Virtual〜とある仮想生物達の奇想曲〜(不定期更新)
優しさという名の(エミリオ視点)
著 : 雪椿
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※エミリオの感情が途中途中重い時があります。そういうのが苦手な方は注意して続きを読むか、今すぐブラウザバックを。
「あんなの私ならすぐにかわせたのに、調子乗ってんじゃないわよ!」
ムチュールから飛び出た言葉に、僕は心臓を針で刺されたかのような痛みを覚える。僕が気合玉の軌道を逸らさなかったら彼女達に技が当たっていたのは、火を見るよりも明らかだった。
でも、ムチュールはかわせたと言っている。ここで訂正したとしても、何倍もの反論が返ってくるだけなのは簡単に予想できる。実際、何度もそういうことがあったから。
僕は胸の痛みに少し顔を歪ませながら、謝罪の言葉を精一杯絞り出した。それを聞いてサリーやウェイン君が何か言おうとしてくれた。その気持ちは嬉しいけど、それを実行しても痛みが倍増するだけだ。サリーには手で制してやめさせたけど、ウェイン君は僕が何かする前に言うのをやめていた。
その理由は何となく想像がつく。……きっと、今の僕の顔は悲しみで酷く歪んでいるのだろう。無理にでも笑って、安心させないと。皆を悲しい気持ちにはさせたくない。
そう思って笑おうとするけど、顔はなかなか思い通りには動かなくて。ふと、昔アランに言われた言葉が蘇った。
『どんなに自分が傷つこうが相手を助けるなんて、僕には理解できないね。もしかして、キミは「優しさ」という名の病気にかかっているんじゃないかい?』
言葉と同時にその時のアランの表情や仕草までもが鮮明に蘇ってきて、僕は心の中で苦笑いをする。
……病気、か。確かに、その表現は的を射ている。自分でもよくわからないけど、助けが必要なポケモンを見ると「絶対に助けないと」という気持ちになって、気が付くと勝手に体が動いているから。
いつからこうなったのかはわからない。もしかして、僕って自己犠牲を美徳としているのかな……なんて思っていると、どこからか冷凍ビームがこちらに向かって飛んできた。
目視できるスピードだから、全員が避けようと思えば避けられる。でも、僕達は現在進行形で黒いまなざしの効果により動けないうえ、唯一動けるディアナもツンベアーに集中していて冷凍ビームに気付く気配はない。
僕は目の前が真っ白になる直前、ディアナに向かって叫んだ。
「ディアナ、危ない!」
やけにぼんやりする頭で目を覚ますと、全身が痺れるような殺気に襲われて意識が一気に覚醒した。目の前には巨大な氷の柵と、こちらに視線を向ける氷タイプのポケモン達。視界の端にはさっきまでアランが背負っていたリュックが氷漬けになっているのが見える。
どうやら僕は今、広い部屋の隅に設置された氷で造られた檻に入れられているらしい。定められた空間でしか動けないものの、見た感じだと檻の中はバンギラスが二、三匹は余裕で入りそうなほどの空間を持っている。これならそれほど苦痛には感じない。
それに、両手両足も拘束されていない。これだけ余裕のある檻の中で自由に動けるのだから、閉じ込められているのを抜かせば比較的恵まれた対応をされている気がした。
僕は手足から伝わってくる冷たさに思わず身震いしつつ立ち上がると、他の皆はどうなっているのかを知るために視線を横に移す。すると、僕のすぐ後ろにはクレアが座っていることに気が付いた。
クレアは大勢のポケモン達を鬼のような形相で睨みつけていて、少しでも目を合わせると痛みを感じる暇もなく殺される。誰しもがそう思うくらいの殺気と電気を、全身からバチバチと放っていた。さっき感じた痺れと殺気は、恐らく彼女のものだろう。
クレアの体から放たれる電気と殺気の強さに、僕は一瞬声をかけるのをやめてこの場を離れたい衝動に駆られつつも、何とか口を開いた。
「く、クレア……」
「……あ?」
クレアは一瞬彼らに向けていたのと全く同じものを僕に向けた。でも、相手が僕だと気づいた途端表情を柔らかくし、殺気と電気を放つのを瞬時にやめた。空気の痺れがなくなるのを感じて、僕は内心ほっと息を吐く。
「! エミリオ、気が付いたのか。……よかった。アンタだけずっと気絶したまま目を覚まさなかったから、心配したよ。でも、見た通り状況は最悪だ。ったく、何でアタシ達が閉じ込められないといけないんだ……!」
舌打ちをすると、クレアは再び体からバチバチと電気を発生させて檻の向こうにいるポケモン達を睨む。イライラしていても彼らに攻撃しないのは、実行したら倍以上のダメージが跳ね返ってくるとわかっているからだろう。
黄金色の殺気に触れないよう、クレアから少し距離を取ってから辺りを見渡す。冷たい檻の中には、壁際に座ってずっと何か考えているディアナ、ビクビクと怯えた様子で周囲を窺うウェイン君、そんな彼を安心させようと必死に話しかけるサリーの姿が見えた。
あそこにいた皆が閉じ込められている現実に悲しくなっていると、ふと数匹欠けていることに気が付く。
「クレア、アランとイツキがここにいないけど、一体どうしたの? まさか――」
冷凍ビームをまともに受けた時、耐え切れずにその場で力尽きちゃったの? そう尋ねようとした時、蒼白い氷の中で彫刻のように固まっている二匹の様子が鮮明に浮かんでしまい、言葉を続けられなくなった。不吉なことは想像するべきじゃない。きっと、何か別の事情があるんだ。
そう自分に言い聞かせていると、僕が言おうとしていることが伝わったのか、クレアが小さく微笑み黄金色の殺気をスッと収めた。
「安心しな、アランとイツキは生きている」
その情報に、さきほどまで浮かんでいたイメージは嘘のようにかき消えた。大切な友達を失わなくてよかったという思いから口角が緩く上がるのを感じていると、クレアが絞り出すような声で別の言葉を紡ぎ出す。
「だが――」
その言葉は、僕の脳内に別のイメージを鮮明に浮かび上がらせた。
「だが、二匹はアタシ達の前で――あのツンベアーと一緒に『処刑』される」
処刑。その言葉に目の前の景色が一気に色を失い、代わりに氷の刃に串刺しにされるアランとイツキの姿が浮かび上がる。
「何で?」
いつの間にか口から零れていた言葉に、クレアが歯ぎしりをする。
「……っ、自分達を侮辱したアタシ達に対する『見せしめ』のためだとよ。アイツら、アランとイツキが寒さのせいで抵抗できないのを知っていて、あえて指定したんだ……! 普通だったらツンベアーと戦っていたディアナや、目を覚ました際にアイツらに雷を落としたアタシを指定すると思うからな……。くそっ、あの時眠り粉させ浴びなければ――」
クレアの悔しさが滲む声をぼんやりと聞きながら、僕の脳内がある考えで埋め尽くされていく。
アランとイツキが、僕の大切な「友達」が危険に晒されている。これは絶対に助けなければいけない。
助けなければいけない。助けなければいけない。助けなければいけない。助けなければいけない。助けなければいけない。おい、助けろよ。助けなければいけない。助けなければいけない。わかりました、助けます。助けなければいけない。助けなければいけない。助けなければいけない。友達が困っているのが見えないのか? 早く助けろ。助けなければいけない。助けなければいけない。助けなければいけない。ま、待って下さい。僕にも限界があります。助けなければいけない。助けなければいけない。助けなければいけない。
『こんなに困っている「友達」を助けられないって言うのか? じゃあ――』
助ケナイと、僕ハ――――。
「……エミリオ?」
突然檻の前に向かって歩き出した僕の行動を不審に思ったのか、ずっと考え事をしていたディアナの声がした。その声には憂いが滲んでいる。
少しでも安心させようと途中で立ち止まって振り返ると、ディアナだけじゃなくてサリーやウェイン君も心配そうに僕を見つめている。視界には入っていないけど、視線を感じることからクレアも僕を見ている。
きっと、皆は僕がまた「優しい」せいで無理をするんじゃないかと思っているのだろう。その考えは当たっているし、普通これだけ心配されたらためらうと思う。
でも、これは僕にもどうにもならないんだ。
「え、エミリオ!? やめろ、今すぐ考え直せ! さっきも話したように、アタシ達が檻を壊したら――」
何やら焦っているクレアの制止を無視して檻のすぐ目の前まで移動すると、瞬時に形成した複数のシャドーボールで檻を攻撃した。大きさはやや不安があったものの、近距離からの攻撃だったことが幸いしたのか氷は低い音を立てながら砕けていく。
シャドーボールが消滅する頃には、中くらいの大きさのポケモン一匹なら余裕で通れるくらいの隙間が檻に作られていた。
檻が壊されたことで、さっきまで僕達を見ていた氷ポケモン達の間にざわめきが広がる。この反応から考える限りでは、僕以外誰も檻を壊そうとしなかったと見て間違いない。
何で檻を壊そうとしなかったのかは謎だけど、その理由を知るのは後でも大丈夫だろう。そう考えると、役目を失った檻から出てなぜか何もしようとしないポケモン達の前を通り過ぎ出入り口らしきところへ向かう。
あと数歩で広い部屋から出るという時、アランの鼓膜を突き刺すような叫び声と男の悪意に満ちた笑い声が耳に飛び込んできた。
「エミリオ、何やっているんだ! 僕達を殺したいのか!?」
「フハハハハハ! 檻を壊したな? よし、処刑決定だ!」
「…………え?」
僕が檻を壊したせいで、アラン達が処刑される? 耳に入ってきた情報が理解できず固まっていると、何か重い物が地面に落ちるような音が響いた。
驚いて音のした方向に振り向く。すると、そこには檻に入れられていた時には気づきもしなかった巨大な鳥かごのような檻が出現していた。さっきまで固まっていたポケモン達が檻と取り巻くような形に移動しているのと、檻から延びる鎖の先を見る限りではどうやら天井に吊り下げられていた檻を地面に下ろしたらしい。
傍には不敵な笑みを浮かべるオニゴーリとユキメノコの姿が見え、檻の中には――、
「……キミの『優しさ』は本当に病気だね。どこかいい病院紹介しようか?」
「あ〜、エミリオ。気持ちは嬉しいけど、少し空気を読んで欲しかったというか、クレア達の話をちゃんと聞いて欲しかったというか……」
「………………」
心底呆れた表情を見せるアランと、微妙な表情を浮かべるイツキ、表情が一切読み取れないツンベアーが入れられていた。
続く
2018.4.2 11:30:17 公開
2019.4.2 14:40:07 修正
■ コメント (4)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
18.5.3 18:00 - 雪椿 (ssss) |
お久しぶりです!宇田河水泡です! 凛「…エミリオ。アタシは敢えて厳しく言わせてもらうわ。 仲間の忠告を聞かず、なんで一時の衝動で動いたの?結果、アンタの仲間は処刑されかかってる。 アンタにとっては『優しさ』かもしれないけど、他者から見れば『独りよがり』よ。 その『友達』との過去も、本当に『優しさ』が足りなかったせいか?それも『独りよがり』なんじゃないのか?…自分の胸に手を当てて考えてみな。 こうなった以上、アンタにも責任があるんだから、せいぜい頑張って敵を蹴散らしてやりなさい。 『優しさ』の強迫観念があるなら、今度は皆を守る『優しさ』という強迫観念で救ってやることくらいできるはずよ…」 長々と凛が説教してますが、これでも応援しています。 それと、読む時間がとれず、感想が遅れてすみません。なるべく読むようにはしますので、どうかよろしくお願いします。 それでは、次回の話も楽しみに待ってます! 18.5.1 07:06 - 宇田河水泡 (214jb13) |
LOVE★FAIRYさん、コメントありがとうございます! エミリオを突き動かしたのは、彼が持つ「優しさ」から生まれた一種の強迫観念のようなものです(少しネタバレ←え)。 エミリオが行動を決めるまでの間、時々紛れ込む「友達」との会話。会話していた「友達」が彼の「優しさ」を作り上げたのだと考えられるものの、その正体はまだ不明です。 助けなければ、という衝動に駆られ檻を壊した結果、助けるどころか逆に友達を窮地に立たせることになってしまったエミリオ。 クレアは檻を壊したら処刑になってしまうというのをちゃんと話していたのですが、彼は「衝動」のせいで全く聞いていませんでした。 伊月達がどうなるのかは、以前少しだけ登場した「彼」が鍵を握っています。ただ「彼」が出てきたのは本当に少しなので、あまり記憶に残っていない方が多いかもしれませんが……(え)。 次回も楽しみにしていて下さい! では! P.S LOVE★FAIRYさんは4/9が誕生日なのですか! では誕生日イラストを描いて、当日ポケピクに投稿しますね! 楽しみにしていて下さい! 18.4.3 16:08 - 雪椿 (ssss) |
久しぶりの更新、見てみました! 友達を助けたい気持ちがいっぱいなのか、「優しさ」を持っているエミリオにとって、とても苦しい体験を味わった事にとても辛く感じました。 エミリオが仲間を助けるべきか助けないべきかあれこれ迷った末、結局檻を壊してしまった事に、仲間はこの後どうなってしまうのでしょうね…… 次回も楽しみにしています! P.S. 本編とは関係ない話になりますが、4/9は私の誕生日です。 更新した際にせめて伝えようかなと追記しておきました。 18.4.2 20:31 - LOVE★FAIRY (FAIRY) |
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クレア「これはアタシが代わりに答えるよ。確かにエミリオの『優しさ』は時として『独りよがり』なものになる。
あの『優しさ』が原因で大変なことになったのは、今回だけじゃないしね。
……でも、エミリオは行動するまでの間に考えたことを、不思議なくらい覚えていないんだ。いくら胸に手を当てても、答えは全く返ってこないだろう。
アンタが応援してくれるのはありがたいが、エミリオはきっとショックを受けて何もできない。
……アイツが『優しさ』を完全にコントロールできるようになるのは、まだまだ先の話だ」
結果としてエミリオは伊月達を救えませんが、責任は十分感じています。そして救出が終わった後、ある人物にたっぷりと叱られる予定です(少しネタバレ)。
感想が遅れるのはそれほど気にしていません。私も最近時間が取れず、感想が遅れることがあるので……。
私も可能な限り読むようにしますので、こちらこそよろしくお願いします。
次回も楽しみにしていて下さい!
では!