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天穹の彼女

著編者 : spica

第五話 紙一重 前編:幻惑

著 : spica

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 ヨゾラ達がマコエに帰って二ヶ月、平穏に月日は流れた。時には桜を集めて遊び、時には春の嵐に見舞われ、照る日と若葉に初夏の香りが感じられるようになった。
レイ達と別れ、モモヤの頼みで破片や素材を探しに沿岸にやってきていたヨゾラ。
夕日の眩しい砂浜は、あの日のことを思い出させるので少しばかり辛かったが、王になる時に備えやってきたのだった。

「……ない」

 貝殻に触れ、緋色を映し揺らぐ海面を見つめながら記憶を反芻する。思わず屈み込んで触れた海水は、あの日そのものだった。燃える太陽も、鉄紺に染まり始めた空も、もう一つの自分が吐いた技を思わせる。
遠くに点のように見えるポケモン達。ぼやけていても伝わってくる和気藹々とした雰囲気は、余計ヨゾラの心を抉った。
小さく煌めく冷たい真珠。陽を受けて月の如く輝く姿は、まるで涙の結晶。心の中ちらつくのは、裏側とは似て非なる存在。

「…あっ、た」

小さな小さな鉄の欠片だったが、確かに強く地に突き刺さり、己の存在を主張していた。歪んだ鏡に映るのは、最早手遅れの空色と橙。

「ヨゾラ!見つけたかーい?」

お手製の包みと武器を持ち、笑顔で駆けてくるモモヤ。その背に掴まるモチも、珍しくにこにこと笑っていた。

「モモヤ!ええ、少しだけど見つけたわ。これで力になれるといいんだけど…」
「ありがと!海岸で見つけるなんてやるじゃん」
「…よぞたしげぇの?」

小さな声でモチが言った。モモヤの顔がぱっと明るくなる。

「そうそう!すげぇんだよ〜!…ん、ご飯がいい?…あたしは行くね、そんじゃ!」

モモヤを笑顔で見送り、ヨゾラも遠回りでマコエへと戻る。

「……」


────本物の私は一体どっちだ?
幸せを繕う生真面目な姿。
許しを乞う汚点塗れの姿。
過去を見てばかりの己に貼り付いた二面。
それ等はいつも紙一重だ。





 草木の間を忍足ですり抜け、ひっそりとした幻怪の泉から森に戻る。誰にも話しかけられたくなかったのだが、それが叶うことはなかった。逆側の草むらにいたレイ達が、ヨゾラの気配に気づいてしまったからだ。

「あ、ヨゾラ!……さん…?」

花が咲いたようなレイの笑顔の眩しさすら、心に突き刺さる。無理矢理な笑顔、バレていないだろうか。

「ふん、んなとこから入ってくるとかコミュ障でもないのにやめとけ」

いつもと変わらないビターの罵声。本当は分かっているんだろう、あなたは。

「あ、もう暮れるよ。おれはもう行く」

マイペースを崩さずゆるゆると駆けて行くバニラ。その自由さを私に分けてくれないか。

「ああ、全く仕方ない奴だな。私も行くぞ、さすがに心配なのでな」

イリジェもバニラを追って飛んでいく。どんな状況でも誰かを気遣える力が羨ましい。
 そしてまた一人になった。望んでいたはずの「それ」が、今の一瞬で憎らしくなったのは何故だろうか。静けさに揺られながら目を閉じる。澄み渡る力とは真逆の感情を吐きかけた、その瞬間。


鋭い鉄の音が響き、キリキザンが五匹斬り掛かってきたのだ。

 幸いヨゾラは直前に気づいたので間一髪で躱すことができたが、一対五、さらには相性不利。唯一の打点であるマジカルフレイムは、昼、各地で火を焚くのに使ったので切れている。浮遊や妖の技を駆使して応戦し持ち堪えたものの、限界を迎えたヨゾラは二匹に抑えられた。超の力を巡らせ遠ざかろうと試みるが、じりじり、じりじりと少しずつ離れることしかできず、その距離も微妙なものだった。

 鼓動が身体中に、これでもかというほど大きく響く。近づく銀の刃が首元に届くまで、秒を刻む。不死身が斬られたら……一体?そんなことを思いながら、眼前の刃から焦点をずらす。


その瞬間目に入ったものが、記憶を引き戻す鍵となったのだ。

『あのまじない…きのみを剥くのが難しいのよね。刃でも当てればうまくいくのに』

刃なら、目の前にある!
 残ったサイコパワーを振り絞り、わずかに成っていたきのみを枝から引き剥がす。突然の行動に彼等が困惑しているうちにヨゾラは、泉に一番近いキリキザンの刃にきのみを滑らせ、そのまま泉へ投げ込む。

 ───────助けて!

強すぎるその思念は爆風に成り変わった。全力で走る足音が聞こえてくるまで、数十秒も掛からなかった。

「…ヨゾラ!!」

 レイが腕の刃をふんだんに伸ばし、ヨゾラを抑えていたキリキザンを弾き飛ばす。ようやく解放されたヨゾラは、暗くなった空の宵月に手を翳し、極限まで力を高めたムーンフォースで三匹を吹き飛ばした。防衛本能、と言えば聞こえはいいかもしれない。不死身だろうが何だろうが痛みはある。本当に死なないとも限らない。一発一発確実に打つレイとは対照的に、ヨゾラは死に物狂いで戦っているようだった。

 暫くしてバニラ達も参戦し、なんとかキリキザン達を追い詰めた。彼等にもう戦意はないようだったので、ヨゾラは攻撃をやめた。

「き…い、ざん」

キリキザンが一匹此方にやって来て、申し訳なさげに言った。

「…ざん…」
「ざんっ!!」

その仲間も次々に言う。すると外から、瑠璃色に輝く大将───ドドゲザンが現れた。

「…我が名はサゲツ。この度は我が手下がマコエを荒らしてしまい、誠に申し訳ない」

詫びの品は後ほど、と残し、サゲツはキリキザンを連れて去っていく。群れをまとめ上げる姿が、これまたヨゾラには痛かった。




「…なんとかなった、ね」

 バニラが言う。だがヨゾラの耳には入っていなかった。ひどく頭が痛い。心の中には、ぐるぐると渦巻くあの時の何か。

「…こんなんなって…許してよかったのかよ、企んでたんじゃねーの、なんか?」

荒れた地面。守るべきものが、憎く見える。ぐらぐらと視界が揺れて、時折赤紫に染まる。


駄目だ、私は、壊さ、ないと、壊れて、しまう。
────いいよ、壊しな。散らして、散りな。


誰かが囁く。幻惑の中、紙一重、その裏側に似たものがちらつく。両方散れないのに、馬鹿げたことをするのだ、私は。

「…ヨゾラ?」
「レイ、ごめん、なさい…」


────謝らなくていいよ?壊しゃあたしもうまくいくから。Win-Winさ、ほら。やれよ。な?


 愛と抵抗と毒と幻をごった煮にした不協和音が、がんがんと鳴り響く。涙を零したその瞬間、光は落ち、何者かは笑った。

「ねえ、ほら」
「?」

…………死んで。

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2023.12.8  17:19:41    公開
2024.6.8  19:32:11    修正


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