天穹の彼女
第一話 大雨
著 : spica
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カンッ、カンッ、カンッ、カンッ───
真西の方向から聞こえてくるのは、鋼と鋼を打ち付ける音。
ヨゾラはすれ違うポケモン達と挨拶を交わしながら、音の方向へと進む。
「ヨゾちゃんおはよっ!今日は大事なお話があるんだっけ、頑張って!」
いつものように明るく笑いかけたのは、ニンフィアのオト。
「ありがとう、内容が全く伝えられていなくて…少し不安だけど、頑張って聞いてくるわ」
オトは頷き、ニカッと笑った。彼女の明るさ、前向きさに元気づけられたことは、この森の誰もが数え切れないほどだろう。
「ぁ…おは、よう…」
囁くように呼んだのは、ミブリムのマジュ。
「おはよう、今日も挨拶できて偉いね」
そう言うとマジュは俯く。だが、その口元が緩むのをヨゾラは見逃さない。
内気な子だが、苦手を克服するために日々努力しているのだ。
ソーナンスの親子に、仲睦まじいネイティの恋人達。
朝から花粉を集めるアブリボンに、踊って遊ぶピィとプリン。
ひとりひとりが暖かく、優しさに満ち溢れているこの森に、ヨゾラが来たのは一年前のことだった。
ヨゾラが生まれ育ったのは、名前も無い小さな島。
ポケモンは十匹ほどしか住んでおらず、もちろん人間はいなかった。
だが数が少ないからこそポケモン達は仲良く暮らし、他とは違う橙の瞳、水色の頭をしたヨゾラが生まれた時も、暖かく受け入れ、祝ってくれたのだった。
だが、幸せな日々はたった一日の出来事によって壊された。
サーナイトに進化して少し経ったある日、ヨゾラは見たのだ。
貝が煌めく島の端、ポケモンではない何かの影を。
それが人間だと、ヨゾラはすぐに悟った。そして数回しか使ったことのないテレポートで移動し、島の全員に招かざるものの存在を伝えたのだった。
親のポケモンは青ざめて我が子を見つめ、子のポケモンは分からないながらに戸惑い、そして震えた。だが、大丈夫だ、とヨゾラは自信たっぷりの声色で言った。
…そうでもしないと、心が壊れてしまったからだろう。
そうして乗り込んできた人間達は、知らない機械や武器で無慈悲な攻撃を行い、島の自然や建物を一瞬で無に還しヨゾラを独りにした。
人間達は退いていった。だが、その気配は海岸の方に残り続けている。つまり、しばらくすれば彼らは帰ってくるのだ。ヨゾラが狙われるのも時間の問題だろう。
ヨゾラは枯れた草を踏んだ。と、その時、島の奥に自分の一番の友人の姿を見つけた。
友人に駆け寄り、そして、辺りと友人の惨状に絶句した。赤紫のしなやかな毛は焦げ、深緑の眼は閉じかけている。ヨゾラが手を伸ばしても、彼女は反応しない。そこに沈黙があるだけだった。
ただその顔には優しい笑みが浮かんでいたので、ヨゾラは安堵した。それが仇となることも知らずに。
彼女の身体が痙攣し、完全に動かなくなる直前のことだった。
彼女の目玉がぎろりと動き、此方を思い切り睨みつけたのだ。
突然の出来事であったため、ヨゾラは困惑し、硬直した。そして初めて、彼女の属性が“悪”であったことに気付いた。
お前は守れなかった。守らなかった。
なのに一人生き残って。
愚かだ。共に死んでしまえ。
そんな声が、聞こえてくる気がした。
「つらかっ、…」
そこまで言ったところで、耐えられなくなり嗚咽を漏らす。
何より辛かったのは、最後に親友の本当の姿を見てしまったことだった。遺恨、憎悪、嫉妬。そんな感情に溢れたあの顔を、知りたくなかった。
零れた涙が、砂面に小さなくぼみを作る。心の中で何か二つの感情がぶつかり合い、苦しいもやが渦巻きだすのも、その時だった。
辛い。みんないなくなって、辛い。
だから、優しい誰かの方へ逃げたい。暖かい愛情が欲しい。
だから、憎い人間を潰したい。同じ様に無に還してやりたい。
どちらも、苦しさ故の思いだ。だがそれを紛らわす方法は、真逆といってよかった。
海の向こうを見つめながら、ヨゾラはしばらくの間考えた。そして決めた。
逃げよう、と。
ヨゾラはふわりと浮き上がり、燦々と輝く夕日の方向へ飛び立った。
…正確には、飛び立とうとした。
その時丁度帰ってきてしまった人間達は、珍しい姿のヨゾラに固い網を投げ掛けたのだ。
捕まる、とまではいかなかったものの、足をすくわれたヨゾラは墜落した。ぼすん、と音を立てて網と共に砂浜に激突し、腕は海水に浸かった。だがそれを乾かす暇もなく、人間達に応戦するためヨゾラは振り向いた。
人間達の顔を見た瞬間、ヨゾラの気持ちが一転した。
逃げられない自分を、嘲笑うかの様な表情。
まるで因縁の相手の前の様な、恨みに塗れた表情。
汚い人間達を前にして、ヨゾラは歯を食いしばった。
(…見ていろ)
ヨゾラは先頭の男のほうへ飛び、その胸をサイコパワーを纏わせた脚で思い切り蹴った。一撃で倒れた男を見て、ヨゾラはにやりと笑った。
そう。ヨゾラの二つの感情の後者が、暴走を始めたのだ。
サイコキネシスで女の身体を貫き、その先の大柄な男を地面に縫い止めた。
違う!こんなことをしようとしたんじゃない!
もっとだ。生き延びるために殺せ。
渦巻く感情は喉元へとせり上がり、マジカルフレイムとなって放たれ、動けず冷や汗をかく男を焼いた。慌てた仲間が受け止めようと走ってきたが、男の重みに耐えられずそのまま火に巻かれた。
最後の男は慌ててポケモンを繰り出したが、ボールを取り出す時焦るがあまり鞄から黒色の円盤を落とした。その中身を一瞬で読んだヨゾラは円盤の方へテレポートし、封じられた技を吸った。進化した時に覚えたマジカルシャインが消し飛ぶ。男は紫のドレスを着たようなポケモンに指示をしたが、ポケモンは戸惑った様子で鳴く。どうやらそのポケモンが覚えるはずのない技を叫んだらしい。だがそんなことは気にせずヨゾラは、先程覚えたシャドーボールを三発打ち込んだ。ポケモンと男は同時に吹き飛び、倒れた。ポケモンのほうに軽く手当てをしてやると、ぺこりと頭を下げ、痙攣する男を睨んでから逃げていった。
ヨゾラは身体に付いた砂を払った。そこにあるのは悲しみではなく、中身のない虚無だった。
そこからの生活は味気ないものだった。ポケモンも人もやって来ない島で、育つきのみを貪るだけ。言葉を発することもなく、次第に味もしないのに食べる、眠くもないのに寝る、誰も必要としないのに起きるという、作業のような生を送るようになっていた。
海面が上がり始めたのか島が小さくなってきた頃、ヨゾラはようやく、
「飛べるかな」
と一言発して、生まれて初めて島を出た。
それが故郷との一生の別れであることも、彼女は知っていた。
悠々と海を渡り、時に島に降りてきのみや草を取り、そこに人間がいれば、純粋なものに寄って水や食べ物を分けてもらった。心ゆくまで休み、そしてまた海を渡り…と、暖かい心を取り戻す、という目的も兼ねて旅をした。
そしてある日、驚くほど心惹かれる場所に辿り着いたのだ。
思念と威圧的な煌めき。
魔力と純粋無垢な輝き。
真逆の属性がぶつかり合いながら絶妙に混ざり合い、他のどの島にも無い力を漂わせている妖しい地。
そう。この場所こそが、今のヨゾラが住まう森───
“マコエの森”だったのだ。
「あっ、おーい!ヨゾラーー!!」
自分を呼ぶ溌剌とした声に、はっと我に返った。
「モモヤっ…ごめんなさい、遅れてしまったわ」
「ぜーんぜん?ヨゾラは真面目すぎ」
からっとした声色で言うのは、デカヌチャンのモモヤ。鋼を打つ音の主、マコエ一の武具家だ。
先程の大声のせいか、彼女の娘であるカヌチャンのモチがひんひんと泣き出す。それを宥めながら、モモヤは続けた。
「この奥にさ、幻怪の泉?だっけ、あるでしょ」
「ええ、長が儀式をする泉よね」
「そうそれ!あっうるさいねごめんねぇ…でさ、イリジェ達が待ってるって」
イリジェは、旅の末にマコエにやってきた紫色のイオルブだ。達、といえばもうメンバーは決まっている。ギャロップのバニラ、クエスパトラのビター。三人とも、ヨゾラと同じ色違い。
「なるほど。もう三人は待っているのかしら?」
ヨゾラは問う。
「うん!!さっき向かってた!!!」
「ぴぇえ…」
再び泣き出すモチ、慌てふためくモモヤ。仲良しなのに少しずれている親子を微笑ましく思いながら、ヨゾラは幻怪の泉へ向かった。
モモヤ達の住まいからさらに奥へと進む。すると、ヨゾラの背丈ほどもある草むらが現れた。一見刈り忘れのように見えるが、この草むらこそが幻怪の泉への道となるのだ。
尖った草が刺さらないよう、サイコパワーで草をどけながら進む。賑やかさが失せ、柔らかく爽やかな香りがしてきたら、泉はもうすぐだ。
「あ、来たぞ」
呟いたのはイリジェ。
「おーーーーーい!」
無駄に伸ばして叫ぶのはバニラだろう。
「…うるさい」
となると、吐き捨てたのはビターだ。
ヨゾラは三人の方へと走った。だがサーナイトの身体は陸を駆けるのには長けていないため、泉の辺に着く頃にはヨゾラは息を荒げていた。
「体力なさすぎ、もっと運動しろ」
ビターが冷たく言う。だが心配しているのが丸見えだ。彼女は前からこうなので、気にすることはない。
「モモヤに伝言を頼んだが…聞いたか?」
イリジェが少し不安そうに問う。
「ええ、最初に伝えに来たのは長だけど」
「長ぁ?!」
バニラが叫ぶ。そう。イリジェ達に直接向かわせて話してもらえばいいものを、長はヨゾラに自分→モモヤ→イリジェ達の順で回らせたのだ。
「あの人…少し抜けているわよね」
「ね。それに大事な話だから、長も緊張してたんだな」
バニラが言った時、彼を含めた三人の表情が少し曇った。それほど深刻な問題なのだろうか。ヨゾラは深呼吸をし、襟を正して(人間の言い回しらしい)三人と真っ向に向き合った。
「じゃ、話すよ。ヨゾラは知らな」
「待って!」
突然叫んだのはビターだ。
「僕が話す」
「いや、おれが話す予定…」
混乱するバニラに、イリジェが笑いかける。
「いいじゃないか、ビターが自分から話したがるなんてなかなかないぞ?」
そうだな、と笑ってバニラは退いた。
「今度こそ、覚悟はいいか?」
イリジェが此方を見つめる。小さいのに威厳溢れる、賢さに満ちた彼女。
ヨゾラは頷いた。ビターは目を閉じて、話し出した。
「ヨゾラは知らない伝承の話。僕らも、長が話すまで知らなかった」
「…続けて」
ヨゾラは言う。ビターは唇を噛んで、言った。
「…輝く異色の超と妖は、マコエの使いとなりて森と永久の時を刻む」
「……」
「こんなんじゃ分かんないよな。本当に最後の覚悟」
沈黙が流れる。ヨゾラは拳を握り締め、そして頷いた。
「マコエの超と妖のポケモン、その色違いは不老不死の身体を持ってて、森と同じ様に永遠に生きる…って、わけ」
ヨゾラは瞬きを繰り返した。彼女が口にしたことが事実であるのは、殆ど間違いないだろう。だが、自分が永遠に生きるなど想像もつかず、固まることしか出来なかった。
「どうやら、事実と覚悟が釣り合わないようだな」
「おれもさ、何だよって。言われて承諾するかーじゃなくて、先に決まってて受け入れられるか、ってさあ」
もっともだ、とヨゾラは思った。きっとそれがこの森の定なのだろうが、変えられない事実を突然突き付けられる此方の身にもなってほしい。
「三人は…それで、いいの」
真っ先に答えたのはイリジェだ。
「ああ、私は受け入れたよ。なに、旅で見てきた国々の特色と同じ様に、季節の移り変わりを見ていくだけなのだから。私の考えでしかないのだがな」
続いてバニラが口を開く。
「おれはまあ…イリジェがいるなら安心かなって。単純すぎだとは自分でも思ってるよ」
最後にビターが言った。
「僕は認めない。でもさ、認めようが認めまいが結局生きるのには変わらねぇわけ。未来見れても変えれはしないわけよ。めんどくせーわ、やることやって早死にするつもりだったのに」
「…私達が言えるのはこれくらいだ。長を呼びたければ、あのまじないをするといい」
イリジェが切り上げた。まじないというのは、きのみを使って泉と中央広場を繋げるもののことだろう。
「あのまじない…皮を剥くのが難しいのよね。刃でも当てればうまくいくのに」
はっとしたようにバニラが言った。
「あっ、刃といえばさ、おれ達と同じ色違」
「いい。あのヘタレと絡んでも特に変わらん」
ビターが無理矢理遮り、イリジェとバニラは連れて行かれた。
ヨゾラはきのみを取り、皮を半分に割るように剥いて、
(長、泉へ)
心の中で呟き、きのみを泉に放り込んだ。とたん、目に七色の閃光が飛び込んできた。光はぐるぐると泉を渦巻き、そして消えた。
ヨゾラが目を開けると、そこにあったのは黄金色の身体。そして、たなびく梅紫の腕飾り。額に飾る真紅の珠は圧倒的なサイコパワーを放ち、頭上には白銀の匙が五本並んでいた。
眼前に鎮座するこのポケモンが、フーディンのカテドラル───
“長”が進化を超えた姿だった。
「長…そこまでしなくても」
「実体を失えるようにするのが一番早いのでな、それとお前に話す内容にも関係がある」
淡々と、長は言う。
「話す内容、というのは」
「…いいか?」
「ええ」
長はゆっくりと口を開いた。
「不老不死の話は聞いたな」
「……はい」
静かに答えると、長は自分の身体を指差して言った。
「我は長を務めているが、お前らのような異色ではない。つまり永遠に森を治めることは出来んのだ」
代々長や王と呼ばれるものは全員、今のカテドラルのような進化の超越──人呼んでメガシンカが可能なものだった。そこでヨゾラは、純白の衣を纏う同族を思い出した。
「…察したか。そう、お前に次の王となってもらいたいのだ」
ヨゾラは黙る。元々は余所者で、イリジェの様に頼もしくもなく、バニラの様に明るくもなく、ビターの様に冷静でもない自分に、王なんて職が務まるのだろうか。
「無理強いはしない。平穏が続く限り、選択の時間はある」
「…ありがとう」
その場にあった二つの影は、一瞬にして消え去った。
その日の夜のこと。
「あら、お出かけですか?」
問いかけたのはカテドラルの秘書的存在、フラージェスのセレスだ。
「ええ、夜風に当たろうと思って」
「いってらっしゃいませ、どうかお気をつけて」
森を出て、ヨゾラは全速力で飛び出した。まるで、優しさから逃げるかのように。向かう先はマコエと対立するかのようにそびえ立つ、魂霊山だ。
見ればヒトモシが寄り、入ればフワンテが手を伸べ、登ればジュペッタが嗤い、頂へ着けばゲンガーが魔の底に引き摺り込むという御伽話で人間にも有名だ。だがそれが本当であることはポケモンしか知らない。ポケモン達の気まぐれが働く以外に、帰れる術がないからだ。
「…ごめんなさい」
独り呟き、一歩足を踏み入れる。ぞっとする様な霊気や怨念が漂い、超を司るヨゾラにはまるで毒かのようだ。
山頂までは意外にも早かった。心が空っぽだったからかもしれない。じっとりとした深紫の水溜りを見て、ヨゾラは息を止めた。これに触れれば、死の先に連れ込まれる。全て、これで、終わってしまう────
ヨゾラは水溜りに足を伸ばした。その時だった。
「待って!」
腕を強く掴まれた。振り返ると、自分と同じ橙の瞳をしたエルレイドが、息を荒げながら此方を見つめていた。
「あな…たは…」
「僕が言えることじゃない、だけど」
真剣な眼差し。漂う冷たい風。彼は言った。
「……死なないで」
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【アトガキ】
なっげぇ!!
ここで切る以外無かったので…まあ、初回SPということでお願いします。
とてつもない行動に出たヨゾラ、それを止めたのは…?!
人物紹介読んだ皆様なら正体は分かっていると思いますが、彼はなぜここに…?
次回もお楽しみに!!
2023.10.4 21:14:56 公開
2024.6.8 19:15:25 修正
■ コメント (4)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
スーパーミラクルゼリーさん、コメントありがとうございます!!返信遅れてしまいすみません。ここまで褒めていただいてよろしいんでしょうか…とにかく、参加型も交えながら一緒に頑張っていきましょう!スローペースにはなってしまいますが、これからも読んでいただけると嬉しいです! 24.1.25 16:36 - spica (kirarin) |
さすがはSPICAさん!こんな物語、ゼリーには書けません!最近始めたもの同士、頑張りましょう!(自分の制作にアップアップで読めてませんでした。すいません) 24.1.22 22:52 - スーパーミラクルゼリーさん (Zerisan) |
わわ!!またまたありがとうございます!! 続き書くのに集中しすぎて気付きませんでした、すみません!めちゃくちゃ褒めてもらえて非常に(×いっぱい)嬉しいです!!!!!! あと、チリーンのお話思い付きましたよー! あとは組み込む所だけなのでお楽しみに! 23.10.6 18:50 - spica (kirarin) |
またまたこんにちはキノコと13を足(ry 文章力、すごいですね!会話のところもぐちゃぐちゃになってなくてすごく分かりやすいです! 戦闘シーンのマジカルフレイムもすごいです! 23.10.5 22:18 - キノコ13 (13777) |