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著編者 : 風見鶏

第一部 【1】

著 : 風見鶏

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 せっかく遠出してコガネシティまで来たのだから自然公園くらい行っておこう、などと思っているミヤナギの出身はカントー地方である。
 ロケット団のスタイリッシュな制服に憧れて、カントーやジョウトの街を駆け回ったのはいつのことだったか。本日をもって、長く望んでいたことをようやく達成できた。ポケモンセンターのガラス越しに見える自分の姿。色のない鏡面の世界でも、黒と灰に包まれたロケット団の衣装は映える。その上、胸のRは鏡に映った時にこそ読めるようになる鏡文字。ミヤナギは最高の気分だった。
 このままリニアに乗って故郷に帰るのもつまらない。コガネシティと言えば、と考えて思い浮かぶものは大してないけれど、北に行けば自然公園があって、本日土曜日、なんだか誇大広告の感が否めない虫取り大会を開催している。
 曰く、週に三度のビッグイベント、虫取り少年の聖典、選ばれし者の大決戦。
 要するに、虫取り大会に参加するだけで名誉なことらしい。ちょっとした英雄気分になれそうだ。
 腰に付けたモンスターボールを手に取ってみる。三つあるうちのどのモンスターボールにも、虫タイプのポケモンは入っていない。それならば、一匹くらい虫ポケモンが居たって困ることはないだろう。
 コガネデパートを後にしたミヤナギは、観光がてら自然公園へと目標を定める。
 真直ぐ北に向かってコガネの街を歩いていた時だった。
 不意に肩を掴まれ、振り返る。
 そこには自分と同じ格好の男が立っていた。黒と灰の上下にRの文字を躍らせて、腕にはおしゃれな木箱を抱えている。
 ミヤナギは直感した。コガネデパートの地下二階に、新設コスプレコーナーが出来るとあって、全国のコスプレイヤーたちは狂喜乱舞。コガネシティでは様々な衣装に身を包んだトレーナーたちが、自分を見てくれと言わんばかりに威風堂々と街を歩く。そんな中、自分と同じ格好の人が居たならば、声をかけたくなって当然というものではないだろうか。そこから悪乗りしちゃったりなんかして、キャラになりきったやり取りとか、電波なやり取りとか、考えるだけで楽しそうだ。
「これ、例のブツっす」
 今時三流映画でも言わなそうな台詞を吐いて、ロケット団の格好をした男は木箱を突き出してくる。
 まさか本当にこんな芝居をやらされるとは思わなかった。ミヤナギも内心ノリノリで、けれどそんな表情を一切顔に出さず、役者みたいな真剣極まる表情で受け取る。
「確かに預かった。こいつはぼく……いや、俺が責任を持ってチョウジタウンに届けてやる」
 頭上をフワンテが流れていった。ロケット団の男は視線をフワンテに移して、またミヤナギに戻す。
「ま、待て。こっちだって出世がかかってるんだから、そんなジョークやめてほしいっす」
「ははは、悪い悪い。じゃあ一応、確認だ。このブツを持っていく先、もちろんお前も分かってるんだよな?」
 頭上を二匹のフワンテが流れていった。男はふわふわ流れるフワンテに視線を移す。あのフワンテ、誰のポケモンだろう……。そんなことを呟き、物欲しそうな眼差しで風船のようなポケモンを眺める。確かにジョウト地方なら珍しいポケモンではあるが。
「おい、聞いてんのか」
「ん、あぁ、申し訳ないっす」
 男は我に返って視線を戻す。
「はん、馬鹿にしないでほしいっすね。そのブツの行き先はタマムシシティの新アジト! そんなことも分からずして出世の話ができようか!」
「うるさい、うるさいって」
 どうやらブツの行き先はタマムシシティという設定らしい。
「……申し訳ないっす。と、とりあえず、確かにブツは渡したから、おれはこれで!」
 言うが早いか、男はフワンテが流れていくのを追いかけるように走り始める。自然公園とは逆の方向だ。おしゃれな木箱だけが残された。
 ミヤナギは考える。
 これ、マジでタマムシシティまで届けなきゃいけないの?
 あまりにも手のこんだ設定に、ロケット団ファンのミヤナギですらさすがに困惑してしまう。
 しかし、不幸中の幸いというやつか、ミヤナギの家はカントー地方のヤマブキシティにあるのだ。タマムシだったらどうせ隣だし、帰るついでに行ってもいいかなと思う。
 ま、いっか。それがミヤナギの出した結論だった。
 北に向かって歩き始める。木箱をしっかり抱えて、数歩進んだところで立ち止まる。
「あ」
 思わず声に出して、振り返ってみる。
「さっきの人、Rの文字が逆じゃなかった! 正真正銘のロケット団の制服ってことか!?」
 何度思い返しても、ミヤナギが着ているコスプレ衣装とは違ったもの。
 それは、つまり――
「レアモノじゃんか! どこで手に入れたのか聞かないと!」
 とかなんとか。世界広しといえど、ここまで楽観的な性格をしているのは、ミヤナギくらいなものである。
 フワンテが浮いている辺りを目で追ってみるけれど、ロケット団の格好をした男は見当たらない。
 追いかけてみようか。
 腕の中を見てみる。木箱がある。これはロケット団のコスプレをした男から預かったもの。だとしたら、今追いかけていってコスプレ衣装を買った場所について聞くのは野暮ってものじゃないだろうか。芝居だかなんだか知らないけれど、設定から脱線するのは興ざめってものだ。
 ミヤナギは勝手に自己解決して、やはり自然公園に向かって歩き出すのだった。


 ◇ ◇ ◇


 降りてきてくれないかな、こいつ。
 自分の任務を終えたバンジは、コガネシティの空中で自由気ままに泳ぎまわっているフワンテを追いかけていた。
 観察していて分かったことだが、風に乗って流されているかと思いきや、決してそんなことはなく、フワンテたちも自分の意思で各々好き勝手に動いている。足みたいにぶら下がっているところには、新設コスプレコーナーの宣伝文句を引っ提げた垂れ幕が浮かぶ。フワンテにもバイト代とか出たりするのだろうか、バンジはそんなことを考えた。
 泳ぎ回るフワンテを一匹に絞って追いかけている。もう結構な時間が経つけれど、こいつらの移動に規則性なんてかけらもない。
 とうとうフワンテは、コガネシティを南側から出て行こうとする。いったいどこまで行くのだろうか。あまりにもコガネシティから離れるようだったら、捕まえて自分のポケモンにしてしまうのもいいかもしれない。
 バンジはコガネシティから外に一歩踏み出す。
 口笛が聴こえた。
 振り返ってみる。空耳だったかな、バンジは視線をフワンテに戻して、再び歩き始める。
 ひゅーい。
 また聴こえる。今度は身構えていたので、ちゃんと位置まで分かった。
 コガネシティの南側に立っている大きなアーチ。その右側の足に背を預けて、ロケット団の格好をした男が立っている。
 バンジは立ち止まった。瞬間、フワンテにぶら下がっていた垂れ幕を思い出す。あぁ、そうか。つまり、これは――
「コスプレっすね」
「んなわけねぇだろ!!」
 口笛の男が鋭い突っ込みを入れた。
 コガネシティでロケット団の下っ端に会うのは珍しいことではない。かつて、ロケット団はコガネシティで事件を起こしたこともあり、未だに残党がその辺で居残っていたりするのだ。だから会ったら挨拶くらいするし、世間話の一つや二つしていたって、それはありふれた光景なのである。いや、今はそれどころではない。こうして無駄に時間を使っている間にも、フワンテはどんどん流れていく。
「申し訳ないっすけど、おれ、忙しいんで茶番に付き合ってる暇ないんす。そういうわけで」
 再びフワンテを追いかける。
 それを見て、口笛の男は慌ててアーチから離れ、バンジを呼び止めた。
「おいおいおいおい、待て、待てって」
 相当な慌て様である。バンジは顔をしかめて振り返る。
「こっちだってな、出世がかかってるんだ。いいか、サカキ様が直々に下した命令だぞ? そんな大役を任されてるんだ。そこんとこ、分かってるのか?」
 慌てながらも、なぜか男は口笛を吹いた。
 バンジもそれに対抗して口笛を吹こうとするが、吹きかたの分からないバンジは思いっきり唾を吹いた。
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「いやいやいや、そんなことないっす。それにしても、あれっすか。新しいジョークとかですか」
 口笛の男はきょとんとした表情になった。
 どうも話が噛み合っていないようだ。
「バンジ、だよな? チョウジタウンから来たとかいう」
「ん? なんでおれの名前知ってるんすか?」
 さすがに口笛を吹く余裕もなくなって、男は冷や汗を浮かべている。
 フワンテはもうかなり遠くまで飛んでいったようだ。
「まず、俺の名前はクラボだ。チョウジタウンからサカキ様の命で物資が届く。それを受け取って、俺はタマムシシティの新アジトに持っていく。そうすることで、出世への第一歩を華々しく踏み出すっていうお得な任務だったはずだ」
 クラボ?
 あぁ、そういえば受け渡す相手の名前はそんな名前だったような気もする。だとしたら、さっき木箱を渡した相手は、いったいどこのどいつだったのか――。
 バンジはいよいよ自分がしてしまった失敗に気づき、嫌な汗が止まらなくなった。もはやフワンテに視線を向ける余裕すらない。それほどの大失態である。汗が頬を伝って顎に流れた。
「やばいっす」
 コンクリートに滴った汗が、小さく染みを作る。妙に全身が冷え始めた。
「ど、どうした?」
 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、クラボと名乗った男も焦ったふうだった。何より今のバンジは、見ての通り例のブツ≠持っていないのだ。
「物資、取られたっす……」
 クラボが目を見開く。
 フワンテが頭上を流れて、コガネシティに舞い戻った。


 ◇ ◇ ◇


 選ばれし者の集う場所。
 本日、土曜日。虫アミを担いだ少年少女が集まり、自然公園は形容しがたい空気に包まれている。天気は快晴。渦巻くオーラは赤黒い。その辺に魔王城でもあったなら、集った勇者たちは虫アミ一つで堂々と乗り込みに行くだろう。誰しもが鬼気迫る顔つきをしていた。そこら中で雄たけびが上がっている。
「これが俺たちに与えられた宿命だ」
 ケンタも例にもれず、真剣極まりない表情でエア虫アミを構えている。その大上段に構えた勇ましい姿は、虫アミスラッシュを繰り出すための布石。一たび空を切り裂けば、辺り一面の草が刈り取られるほどの斬撃を生む。
「ところでケンタ、なんでサイコソーダ持ってきちゃったの? 受付に預ければよかったのに」
 一方、ユキオはというと、一人だけ別世界の人間ですと言わんばかりに落ち着いていた。全くと言っていいほど有用性のない丸メガネ。防御力はおなべのふた以下とも言われている丸メガネ。そして、装備するだけでなんだか弱そうに見えてしまうという丸メガネである。自分が選ばれし者だという自覚なんて一切ないようだ。
「勇者たる者、HPを回復するアイテムなくして、決戦の地に立つほど愚かであってはいけないのである! HPが減ったらサイコソーダで補給だ!」
 勢いのままエア虫アミでユキオを横一文字に薙いだ。ユキオは片手を使って塵でも払うかのように受け流す。ちなみに、豪華版サイコソーダは近くのベンチに置いてきた。豪華な外装が安っぽいベンチには不釣合いだ。
「それ、おつかいじゃなかったの」
「おつかい? なんだそれは。ここは決戦の地、シゼーンコーエン。俺たちは今、戦うためにここにいる!」
 だめだこりゃ、ユキオが無表情で手をひらひらさせた。
 虫取り大会が始まるまであと五分くらいだろう。この神聖なる場に、異世界の概念なんてものは持ち込んではならないのだ。
 ケンタは周りを見渡す。
 強そうなやつはいるだろうか。いや、どいつもこいつもガキばっかり。にじみ出てるオーラは大したこともなく、せいぜいレベルで言うと二十五くらいだろう。こんなもの魔王城の手前で倒れっちまう。ちなみにケンタのレベルは五十だ。ユキオも五十。けれどメガネ補正で四十。
 へん、ケンタは不適に笑った。敵なんていないいない。
「ねぇ、あの人強そうじゃない?」
 ユキオが指を差す。
 あの人って、どの人だ。指差す先に視線を向けてみると、ロケット団の格好に身を包んだ男の姿がある。どうしてだか見落としていたようだ。確かに強そうではある。ケンタが見逃してしまうほどなのだ。
 気配を消してやがる。こいつ、できる。
「やるな。あいつが今日のライバルになる」

 ケンタは虫アミスラッシュの構えを取った。

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2011.10.9  23:39:03    公開


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