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短編ノベル集

著編者 : 北埜すいむ + 全てのライター

ウツクシキモノ

著 : 不明(削除済)

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※これはある歌を基に作った物語です。よかったら何の歌か考えながらお読み下さい。





 俺は今日も腹を空かして、何か引っ掛からないかと待ち伏せがてらに巣を張る。
 ふっと顔を上げると、太陽が地平線から少し頭を出しているのが見えた。

 今からまた、ひたすらじっと獲物を待ち続けるつまらない今日が始まる――そう思っていた。彼女に会うまでは。

 彼女は俺のことなどちっとも知らないだろう。だけど俺は彼女を好きになってしまった。
 何故なら彼女は言ったんだ。誰にでも忌み嫌われた俺の蜘蛛の巣が朝露に光るのを見て。

 ――――『キレイ』――――

 そう言って笑った彼女は今まで巣にかかったどのアゲハントよりも美しかった。
 それから俺は彼女の虜になってしまった。俺は彼女の為に巣を張るようになった。

 でも、この恋が叶うとは思わない。
 俺みたいな醜いアリアドスなんかに振り向いてくれるはずもない。
 だから俺は巣を張るのだ。べつに俺の気持ちに気付いてくれなくていい。存在だってこの際無視してくれてもいい。
 ただ――彼女が笑ってくれればいい。俺の巣を見て「キレイ」と言ってくれるだけでいい。

 だが俺が巣を張る目的はあくまで獲物を捕まえることだ。
 そう、レディバやバタフリーや――空を美しく飛ぶ彼女のようなアゲハントを。
 彼女がぼんやりして蜘蛛の糸の迷宮に入ってしまわぬように、俺はただそう願っていた。

 だからだろうか――徐々に昇っていく朝日を眺めていた横目に何かがもがくような影を見つけてドキッとしたのは。
 俺は素早く振り返り、朝日に照らされた悲運な獲物を見つける――まさか、と思った。
 糸を振り払おうと必死にもがいて、星のような粉を撒くその羽。

 それはまさしく、あのアゲハントだった。

 俺は思わず彼女の元へ駆け寄る。「今すぐ助ける! 」と言おうと口を開いた。
 しかしその時、彼女が俺の存在に気付き、恐怖に震える声で泣き叫んだ。
「た、助けて! お願い、助けてぇ!! 」
 そしてさっきまでよりもっと激しくもがく。でも彼女がもがけばもがく程、糸は彼女に纏わり付く。
 それを見て俺はふとこんな事を考えた――このまま糸にまみれた彼女を食べてしまおうか――
 そうすれば、彼女は俺の中に取り込まれ、俺の身体の一部になる。言わば一心同体に――

 俺がすぐ傍まで来ると彼女は叫ぶのももがくのも止めた。大きく目を開き、俺を見る。
 俺はその視線をまっすぐ見つめ返すことはできず、少し反らして彼女に目を向けた。初めてこんな至近距離で彼女を見た。
 漆黒の中に咲いた色とりどりの花のような薄い羽。灰色の顔に栄える、今は涙で潤んでいる水色の大きな丸い瞳。

 彼女はまさに『ウツクシキモノ』そのものだ。

 そんな彼女をこんな醜い俺の中に閉じ込めて、俺が死ぬまで一生そのままなんて――バカな考えだ。
 そんなのは俺のエゴでしかない。俺は、俺が彼女の為にできる限りのことをしよう。
 そっと彼女にかかる蜘蛛の糸を取る。俺が触れたら彼女はぎゅっと目を閉じ、小刻みに体を震わせた。小さく鳴咽するのが聞こえる。
 彼女の恐怖を取り払おうと「大丈夫だよ、俺は君を食べたりしないから」とでも言おうと思ったが、止めておいた。
 ただ無言で彼女から欝陶しい糸を剥いでやる。これが俺にできる精一杯の事だった。
 全ての糸を取り終え、俺はぽんと軽く彼女の背を押した。
 すると目をつぶっていた彼女は驚いて「キャッ!」と声をあげてから飛び立った。
 何も言わず、振り返ることもなく、逃げるように飛び去る姿さえ『美しい』と思った。
 もういっそのこと今死んで、永遠にしようか――俺は空高く飛んでいく彼女を追って巣の淵にまで来ていた。
 下を見る。地面がはるか彼方にあるようだ。なんて高い所まで巣を張ったものだろう。

 ――ここから落ちれば、この幸せを永久のものにできるだろうか。

 淵から一歩前に身を乗り出す。下から風が吹いてくる。
 目を閉じる。息を大きく吸って、吐いた。そして最後にもう一度、ぼやける視界にこの世界を映す。
 ――もう何の未練もない。
 今が俺の暗いだけのはずだった人生で一番幸せな時なのだから。
 ここまで誰かを愛せたこと、それだけでもう充分幸せなことだから。

 だから――俺は蜘蛛の巣を飛び出した。

 風が俺の身体を駆け抜ける。それと一緒に顔を何か温かい物が横切るのを感じた。





 誰かを愛せた――だけど、愛されはしなかった。

 俺みたいなのが愛を求めるのはお門違いだってことはわかっている。だけど、だから、思うんだ。

 ――今度は彼女に愛される姿に生まれ変われるだろうか――


 そんな願いが頭に過ぎると同時に、強い衝撃と共に俺は――――














 鼻にツンと来る臭いと共に体中に思わず唸ってしまう程の鈍い痛みを感じた。
 死んでも五感は残っているものなのか? ……もしかして地獄を嫌でも味わうためか?
 そんな俺の思考を掻き消すように、興奮気味の子供みたいな声がした。
「あ! あ! やっと起きたん? もぉーめっちゃ心配してんで! だってあんた一日中寝てんねんもん。それで、具合はどやねん? 」
 と変なイントネーションで次々と言葉を投げ付けてくるそれに返事するより先に、その声の主を確かめようと俺は目を開けた。
 そこは木の枝を何層にも折り重ねて作られた簡素な巣だった。
 俺はそこに俯せに寝ていたようで、声の存在は目の前にはいなかった。
 と思った時には不気味な緑色に手……じゃなくて尻尾を染めたエテボースが軽い身のこなしで横から現れた。
 そいつはにこにこ笑いながらやっぱり奇妙な口調で語りかけてくる……どうやら俺の返事は待たないようだ。
「あんたもアホなことしよったよなー、あんなとこから落ちるかフツー?
 自分で獲物逃がしといて、追いかけて落ちるとかよっぽどおちょっこちょいやねんな、あの子もびっくりしてたわ。
 下が腐葉土やったのと外敵さえも放って置けへん優しいあの子の心遣いと手早い処置のおかげで助かったもんやけど、体中傷だらけやし。
 だから今から薬塗るからな、ちょっとピリッてしてツーンて鼻にくるけど我慢してな」
 そう一息に言って緑に染まった尻尾を俺になすりつける。俺はちょっとどころではないピリピリとした痛みと臭いに思わず顔をしかめた。
 しかしエテボースの方はあまり気にしておらず、陽気に鼻歌なんか歌いながら薬を塗っている。
 そんなエテボースをよそに俺はぼそっと呟いた。
「……俺は結局生きてるんだな――あのまま死ねればよかったのに」
 そう言った瞬間、俺の背中の上を滑っていたエテボースの手が止まった。
 そしてさっきまでより少し暗い声でエテボースが話す。
「なんでそんなこと言うん? せっかく助かった命やのに」
 悲しげな顔でそう言うエテボース。俺はその顔を見て、知らず知らずにとげのある言い方をしてしまう。
「お前みたいな奴は『死にたい』なんて思ったことないんだろうな。
 俺は間違って落ちたんじゃない。あくまで自ら落ちたんだ――この暗い人生を唯一の幸せな瞬間で終えるために」
「……死んで幸せになる奴なんかおらんよ? 」
「でも生きてたらもっと辛いんだよ!! 叶うわけもない恋に焦がれて! 闇の中ずっと一人で死ぬまでそんな人生!
 それくらいだったら――あの時に死んでた方がよっぽど幸せだった! 」
 気付けばそう怒鳴っていた。初対面のこいつにここまで暴露するのもどうかと思ったがもう遅かった。
 エテボースは驚いている、というよりは悲しんでいた。正直、哀れみは止してほしかった。もっと辛くなる。
「あんた……ほんまにそれで幸せやと思ってんの? 」
 またこのエテボースは痛いところを突いてくる。俺はすぐには肯定できなかった。そこに間髪入れずにまた静かに言葉を投げかけてくる。
「どうせまだ相手に自分の想いも伝えてへんねんやろ? 」
「だって! ……彼女は美し過ぎる。俺なんか相手にしてくれるはずが――」
「そんな初っ端から諦めとってどないすんの! 男やったら当たって砕けろ、や! ……そんなんもせんと死ぬなんて勿体ないやん? 」
 最後は自信なさ気に話すエテボースに、俺は思わず笑ってしまった。
 今までこんな風に相手してくれた奴がいただろうか? 人生まだまだ捨てたもんじゃないかもしれない――そう思えた。
 その時俺は気付いた――笑っているはずなのに俺の頬を涙が伝っている。
 俺は慣れないそれにびっくりして、急いで拭き取った。それでもまだまだ溢れてくる。
 それを見たエテボースは優しく笑った。それから何も言わずに立ち去る。とその瞬間、エテボースが急に何か思い出したように振り返った。
「そういえばあんた、さっき『あの子は美し過ぎる』って言ったやん? 」
「え? あ、あぁ……」
 一瞬『あの子』というのがあのアゲハントということに繋がらなかった。
 でも繋がったところでそれがどうしたというのだろう。それこそが俺にとって最大の障害だということに変わりはない。
 エテボースがぴょんとまた俺の前に跳んで来た。そしてその辺の大きな葉っぱを一枚尻尾で取り、そのまま器用に尻尾に付いた薬を拭き取りながら何気なく喋る。
「それに気付いたあんたの心も『美しいもん』やと思うで」
 その言葉を聞いた瞬間、俺は思わずエテボースの顔を穴が開く程見つめた。
「俺が美しいだって……? 」
 そう言った俺にエテボースがきれいになった尻尾で軽くチョップをかます。
「なぁに寝ぼけたこと言っとんねん! ナルシか! ……て思わず怪我人に突っ込んでしもた、大丈夫? 」
「うぅ……肩の傷が……」
「えぇ!? マジで? ちょっ、えっ……て、うちが叩いたんは頭やっちゅうねん! 」
 エテボースはそう言ってまた俺の頭を叩く。俺は頭を摩りながら久々に声をあげて笑った。
 するとエテボースも俺以上に豪快に笑う。それからこう言った。
「あの子のこと助けてくれてありがとう。あんたやったら大丈夫や、きっとあの子とも上手く行くわ」
 俺はそれを聞いて、今度は少し違和感を感じた。そういえばこのエテボース、さっきから彼女のことを「あの子」と呼んでいるが……、
「お前、彼女の事知ってるのか? 」
「はぁ? 知ってるも何もあの子をあそこまで育てたんはうちやねんで。今きのみ採りに行かせてんねんけど、もうそろそろ――」
 その時だった。枝葉に囲まれた巣の一カ所が揺れた。エテボースが「お、噂をすれば……」と笑うと共にそこの枝が二手に分かれる。

 そこにいたのは――――


「ただいま、あ! やっと起きたんですね」

 そう言って満面の笑みを湛える――間違えようもない、あのアゲハントだった。























 ――俺の『美しき者』よ――今度は絶対、ちゃんと、真っすぐ愛してみせるから。



 だから――貴女は今のままずっと、俺の醜い巣でさえも「キレイ」と思える美しい心で、『ウツクシキモノ』でいてください。


The END
                                   

ウツクシキモノ

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2010.7.4  09:20:17    公開


■  コメント (1)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

初めて短編に投稿させていただきますふわらと申します!
楽しんで読んで頂けましたでしょうか?

前書きにありました「ある歌」、お分かりいただけたでしょうか?
正解は……槇原敬之のHungry Spiderです!みなさん、どうでしたか?え?「ちょっと古くないか?」そうかもしれませんね;
あと調子に乗って挿絵なんかしちゃったんですけどよかったんでしょうか…?
また何かの曲につけて書くかもしれませんが、お暇があればぜひ読んで下さい♪

10.7.4  09:37  -  不明(削除済)  (5emerald)

 
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