生あるものの生きる世界
92.sideユウト 鬼事[オニゴッコ]
著 : 森羅
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sideシロナ
トゥルル・・、トゥルル・・。
もう合計で何度目かもわからない電話にシロナは慣れた様子でボタンを押す。
「・・・今度はなんなの?」
声は少し疲れた様子をあらわにしている。
もうすでに相手が誰かわかっているからなのもあるのだが。
『ひどい言い草。少し疲れているのかしら?』
電話の向こうにはリッシ湖で匿名の電話をかけてきたその本人がいる。
あの時と同じように、控えめな忍び笑いを浮かべて。
シロナはそれに動じることなく短く用件を尋ねた。
「用件は?」
『あら、世間話はお嫌い?』
シロナのイライラした声に余裕たっぷり、という雰囲気の言葉がすぐに返ってくる。
「世間話をしている間に見つかったら困るでしょ?『飼い犬のご主人様』に」
『嫌味?ひどいわね。そんなヘマするわけないじゃない。
それじゃなきゃ、電話なんてしてないわ』
「・・・早く用件を言いなさい」
シロナはいい加減にして欲しい、と思った。
これで一体何度目の電話だろう。
大概が用の無い『無意味』な電話。
こちらの都合などお構いなしでかかってくる電話にシロナはすでに嫌気が差していた。
『ふふ・・。貴女のご依頼だけれどもね、もう少し待って欲しいのよ。
まさかこんな依頼を受けるなんて思わなかったもの』
・・・・・。
昨日、同じ事を言わなかった?
昨日・・・・?いや、それどころか一昨日も、その前も。
「ボケているの?一体何度目!?
くだらないことに時間を割いている時間はあたしにはない!!」
『・・・あらあら、カルシウム不足かしら?短気は損気、ってことわざ。ご存知?』
携帯電話を握りつぶしたい、とシロナが携帯に力をこめたことを電話の向こうの人物は知る由も無い。
『・・・・・・・あら?』
「何?」
ふいに電話の向こう側で疑問を含んだ声が聞こえてきた。
またつまらない事を言い出すのではないかと思ったがシロナは一応聞いてみる。
『・・・ふふ・・・素敵』
「何が?」
『貴女のご依頼、果たせるかもしれないわ。
もしかしたら、今日中に。
パーティが始まるみたいなのよ、素敵でしょう?』
「・・・え、それは!?」
シロナは携帯電話に向かって声を上げるが、ブツン、と一方的に電話は切られてしまう。
後に残るのはツーツーという機械音と訳もわからず電話を切られたシロナ。
「・・・なんなのっ!!一体っ!?」
シロナは怒りに任せて、携帯電話を握り締めた。
sideユウト
「なぁ」
《なんだ?》
オレの呼びかけに夜月がすぐに反応してくれるが、オレは特段言いたいことがあるわけではない。
ただ、
「あまりにも、拍子抜けしねぇ?」
《自分の存在感の希薄さに聞け》
「・・・本当にそれだけか?」
《俺に聞くな》
まぁ、そりゃそうだ。
オレは閉口するしかない。
なんと言っても、なんとか団の本拠地っぽいビルにいるわけだが、
オレはまだ誰にも見つかってない。
もちろん、見つからないよう配慮して倉庫と思われるところの1階の窓から侵入した。
したんだが、
その後は廊下のど真ん中通ってるんだがな、オレは。
この階には見たところは誰もいない。
だが、監視カメラはあったぞ!?
それでもオレは総無視ですか。
まぁ、楽でいいんだが。
・・・・なぜかなんともいえない気分になるのはなぜだろう・・・。
「アヤはどこだろうな」
《さぁな。でもさ、さっきの爆発音はアヤのだろー?》
「・・・だと思うんだが」
はぁ、とオレと夜月どちらともなくため息が漏れる。
無理にこの繋がりの無い会話を続ける必要性はどこにも無いのでオレは黙り、夜月もそれに倣うようにおとなしくなる。
後に残るのは、オレたちの足音だけ。
カーンカンカツッ、と無意味に響く足音をあえて静かにさせようとはオレは毛頭も思っていない。
どちらかといえば、相手方に見つかった方が楽だとさえオレは思っているのだから。
廊下は直進。味気の無い灰色のタイルに銀鼠色の壁。
暖房が入っているのか、室内だからか少し暑いくらいに温かい。
ところどころ窓があって、そこから見える景色は林に面していることを裏付けるかのように緑色だった。
窓が無ければかなりの閉塞感があるだろう、とオレは思う。
まぁ、オレは閉所恐怖症ではないのだが。
そんなことを思いながらいい加減同じ景色にうんざりしてきたオレに夜月が鋭い声で聞いてくる。
《なぁ、ユウト》
「どうした?」
《おかしいぞ》
何が、と言いかけてオレもおかしさに気が付く。
壁が、揺らいでいる・・・・?
まるで陽炎のように揺らぐ壁。
オレの目がおかしくなったのか、それとも壁に仕掛けがあったのか。
《こういうのって何て言うんだっけ、ユウト?》
「さぁな。近いところで袋の鼠、か窮鼠、か」
《鼠ばっかだなー、何か他にねぇの?》
軽口を叩き合っているが、そんな場合ではないことはお互い重々承知済みだ。
夜月は戦闘態勢に入りオレも一応構えた。
「誰だ?」
《出て来いよ?誰がいるか知らねぇけどさっ》
オレと夜月の問いかけに、廊下の向こう側から10人ほどの人物が出てくる。
赤色の装束と青色の装束、すなわちマグマ団とアクア団。
この熱気は暖房ではなく炎タイプのものだったらしい。
それから、この陽炎も。
「残念ね。もう少しで階段(ゴール)だったのに」
響くのは聞き覚えのある女の声。
姿は見えないが、多分間違いなく、
「・・・クロガネ炭鉱の、アクア団」
「大正解。よく覚えていたわね。でも残念、子供と遊ぶほど暇じゃないの。
マグマ団に任せるわ」
オレのつぶやきに拍手と共に弾んだ声が聞こえてくる。
だが、ここで引き下がるわけにはオレもいかない。
「暇じゃねぇのはオレもだ。
ここに紛れ込んできたアヤっていう猪突猛進なやつを知らねぇか?
それとそいつが盗られたポケモンもな。
それさえ返してもらえばすぐにでも出て行ってやるよ」
「目上の人には敬語を使うべきじゃないの?ひどいわね。
・・・そうねぇ、実力主義者なのよ、私。ここにいる全員に勝てたら教えてあげてもいいわ」
やっぱりタダでは教えてくれねぇか・・・。
そのアクア団がここの指揮官らしい。
そいつの声に反応して周りのやつらがオレに向かってくる。
「夜月、紅蓮」
オレは紅蓮のボールを放り投げる。
カチッという開閉音。
次の瞬間には赤い炎が目の前に広がりズバットなんかの炎タイプ以外を焼き尽くす。
火の粉が、その名のとおりに紅蓮に煌いた。
そして、それとほぼ同時に夜月が空間を捻じ曲げる。
「・・・なんだ、それ」
《“サイコキネシス”だよッ!!》
つい聞いてしまったオレに夜月は半ば怒ったように答えた。
そんな技まで使えるのか、夜月・・・。
そして、なぜ怒るんだ?
「“じしん”ッ!」
《下がれッ!》
マグマ団側の反撃に夜月からの指示が飛ぶ。
紅蓮、夜月と後ろに下がって、オレも遅ればせながら後ろに退い・・・・、
「残念ね。ちゃんと後ろにも気を使わないと。
鬼ごっこが下手ね」
まずい、と思った頃にはすでに遅かった。
オレの背後にはいつの間にかあのアクア団。
くすっ、という聞くだけなら控えめな笑いも、今のオレには嘲笑にしか聞こえない。
「プレゼントよ。『上手に使って』ほしいわ」
「!?」
「『ま・た・ね』?」
耳打ちされる微かな言葉。
ずしっ、と言うオレのコートに何か重たいものが入る音。
《ユウト!》
「・・・っ・・」
逃げろ。
夜月たちにオレの言葉が届いたかどうか。
ゴンッというこの世界に来て二度目、鈍器がオレの背後を襲った。
目の前が、真っ白になった。
sideアクア団
案外簡単に伸びたわね・・・。
彼女は彼女の目の前で気を失っている少年を見下げる。
彼女一人では到底持ち上げて運ぶことなど出来ないので、彼女は適当に2,3人を手招きして言った。
「縛って、倉庫に放り込んでおきなさい。ポケモンのほうは?」
「はぃ、とりあえず捕まえたんですが・・・」
「どうかしたの?」
まさか逃がしたとでも言うのではないか、と彼女は顔をしかめる。
そう。もしも逃げられると、
『計画がうまくいかない』。
彼女の渋面にびくりとしたのか、しどろもどろにアクア団の一人が答えた。
「いえ、そうではないんですが、ブラッキーが」
「ブラッキーが何か?」
確か、クロガネの炭鉱でも使っていたポケモンだったはず、と彼女は回想した。
というより、彼女が見て以来からこの少年の手持ちには変化がまったくと言っていいほど無い。
ブラッキーとウィンディ、それからトロピウス。
はっきり言ってトロピウス以外は彼女はすでに見たことがある。
「その、あの・・ブラッキーの、ボールが見当たらないんです・・・」
「そう」
泣きそうな顔をして弁明する一人に彼女は短く、できるだけ無感情に答えた。
内心で笑っていることがばれないように。
「いいわ。そのまま運んで。それが済んだらすぐにもう一組の『鼠』狩りに行きなさい」
彼女の簡潔で的確な指示にわらわらとクモの子を散らすように彼女以外の全員が消えていく。
ひとり残った彼女は廊下で、
「あの子、『本物』だったみたいね。面白いわ。
さて、どうなるかしら?どうするかしら?
策を弄する、・・・・それもまた面白いわ」
くすくすと控えめな忍び笑いを上品そうに手で押さえながら、
ポケギアを取り出して手の中でくるりと回す。
ポケギアの履歴にはただ一人、
『シロナ』の名前だけがいくつもあった。
2009.12.30 23:49:47 公開
2010.1.3 15:51:32 修正
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