生あるものの生きる世界
64.sideケイヤ 戦う理由[カナシキナミダ]
著 : 森羅
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「うわぁ・・」
ぼくは自分の手を見て小さく悲鳴を上げる。
小学校低学年のときはよく砂場で遊んだけど高校生にもなって土いじりをするとは思わなかった。
穴を掘って、土をかぶせて・・・ひたすらその繰り返し。
爪に泥が入り込んでいるし、とにかくどろどろ。
黒いはずの詰襟の制服はいつの間にか砂埃を被って白っぽくなっていた。
「大丈夫かな?ありがとう、手伝ってくれて」
涙が頬を伝った跡がぬぐいきれていない顔で彼は笑ってその場に座り込んだ。
墓を作るのは一応ひと段落したのでぼくもその場に座り込む。
「この、『剣』はこの世に出るのが早すぎたんだと思うんだ。
人は使い方を知らないから、これは人殺しのための道具でしかないとわからないから」
唐突な、彼の意見。
ぼくも、そう思う。
ぼくらの時代にすら、剣(ぶき)は人の命を奪う。
そういえば、この剣は明らかに鉄剣。
・・・・・・・・『鉄』?
「どこで、生まれたんですか?・・えっとその鉄剣は?」
「これ?・・・さぁ?どこかな。あそこの方の山に星の降る山があると言う。
その星から作るんだって聞いたことはあるよ」
そう言いながら彼が指差すのは、北東・・・鬼門だぁ、どうでもいいけど。
ぼくが聞いたのは純粋な興味。
星の降る山・・?あったかな、そんなところ。
燐も首をかしげている。
「ちなみに僕が言う砦はあれだよ。少しだけ先っぽの所が見えるだろう?」
目を凝らしてぼくはみるけどほとんど見えない。
かなり遠いんだ。
でもあれ、見たような・・・?
そう、ゲームのどこかで。
・・・・・まぁいいや。
無事に帰れたら、ゲームで探してみよう。
そこで、ふと気になった。
「・・・どうして戦うんですか?」
それは根本的な問題だとぼくは思った。
どうしていままで気にならなかったのかおかしいくらいに。
彼は一瞬だけ目を見開いて驚いて、静かに笑った。
・・・・・この人は、どうして笑えるのかな・・・?
あまりにも優しくて静かな笑顔。
それは戦場にはあまりにも不似合いだった。
まじまじと彼を見つめるぼくをよそに彼は答える。
「どうしてって、・・・守るためだよ」
「何を?」
「僕のクニの人達を。その人達の暮らしを、幸せを」
ぼくの質問に彼は間髪を入れることなく即答する。
けれど、それは自分の考えを完全なものとして見ている人のそれじゃない。
ぼくはさらに言葉を重ねる。
「じゃあ、そのためになら自分が死んでもいいって?
戦争をしている敵の人を殺してもいいって?」
「君は、痛いところを突いてくるね。
・・・そうだよ、と答えれば君は僕を非難するかい?
それともその通りだ、と納得してくれるのかな?」
ぼくの答えは紛れも無く前者。
後者は、戦争をしている当事者だけの考え方だ。
その人たちにとってはそれこそが正しい事なんだろうけど。
けど、ぼくがそれを答えるよりも早く彼は続けて言った。
「君は、僕を非難するんだろうね。
君は戦の無いところから来たんじゃないかい?君を見ているとそう思う」
「・・・うん」
その通りだよ。
ぼくの答えに満足したのか彼はまたぼくに笑顔を向けて、それから戦場の方に目をやって、そのまま口だけを動かす。
「やっぱりね。・・・いいね。羨ましいよ。戦なんて無い方がいいに決まっている。
こんな悲しみはもう十分だから。間違ってるよ、こんなこと。
それでもね、それでも。僕は守りたいんだ。
誰かの幸せを踏みにじってるって知ってる。
敵だといわれる人が紛れも無く生きている事も。
その人達も誰かの幸せのために戦ってるってことも。
そして、僕の剣は彼らの『正義』を一瞬で否定してしまえる。
正しくなんか無いよ、絶対に間違ってる。
けれど、たとえ幾千の血と幾万の呪詛の言葉を浴びて罪人だと言われても・・!
僕はあの人達を守りたいんだ・・・」
・・・すごい覚悟だとぼくは思った。
ここまで言える人はきっと少ないはずだから。
間違っているとわかっていてもそれでも剣を振るう。
誰かを殺(あや)め続けて。それでも誰かの『幸せ』を望む。
ぼくには到底出来ない、精神的な『強さ』。
ぼくは続きの言葉を待つ。
「・・ここからは僕の独り言だと思ってくれていいよ。
僕はね、『英雄』なんだってさ」
「?」
英雄ってぼくの考えている英雄で意味はあっているのかな?
でもこの人ならそう言われる気がする。
「沢山の『敵』を殺したからね。もう、数もわからないくらい。
クニのみんなは僕を『強い』とほめ称えてくれるけど、僕は本当に強いのかな?
人を殺して測る強さは、本当に強さと呼んでいいのかな」
・・・・・。
ぼくは何もいえない。言う事もない。
ぼくにできるのは、最後まで聞くこと。
彼は自分の手を見つめている。
彼の目には、『真っ赤な』手が見えているんだろうな・・・。
「わかっているんだ。本当は僕は、『強く』もなければ『英雄』でもない。
この墓だって自己満足なんだってわかってるんだ。どれだけ獣達を弔(とむら)って涙を流したとしても僕が誰かの命を奪った何の免罪符にもならない。
さっきの言葉も、人を殺すためのただの言い訳」
『全否定』だ、自分の全てを否定している。
優しさも、涙も、悲しみも。
この人の言っている事は本当なんだ・・・・どちらも。
自分が守りたいと思っていることも、
それが欺瞞でしかないと思っていることも。
「僕は偽善者だよ。弱虫で死ぬことが怖くて怖くて仕方が無いんだ。
死にたくない、死にたくないと駄々をこねている子供みたいにね。
だから誰かを殺して、自分の居場所を確保しようとしているんだよ。
そしてその殺した人の恨みを買う。
剣が血で錆びてしまうんだ、その人の最後の呪詛のように。
そして、誰かを殺せば僕はまた英雄と呼ばれる、虚偽のね。
・・・誰かが僕に泣き叫んでお前は大罪を犯したと罵ってくれればいいのに。
そうすれば、僕は自分を正当化できる。戦うためだけの狂人になれる」
自嘲の笑いが見えた。
泣き笑いのような悲しい笑顔。
人間の一番暗い部分と一番優しい部分。
この人は自分の優しい所を全て偽りだと、自分は偽善者でしかないと言うけれど、
ぼくはふと、墓に目をやる。
この墓を作っている間、彼は何度も泣いていた。
大声で泣くことはしなかったけど、確かに涙を流していたんだ。
“名前”を持たない獣(ポケモン)たちの墓。
爪に土を食い込ませて、それでも丁寧に土を盛った墓。
名無きモノたちの墓。
こんなお墓を作れる人が?
このモノたちのために涙を流してくれる人が?
優しくないわけ無いじゃん。
ぼくは、言わなきゃ、と思った。
これだけは、と。
この人が忘れている事を。
ぼくはそれを口にする。
「それでも」
「え?」
久しぶりに話すからすこし声が裏返った。
こんなこと言ってもいいのかな?未来が変わりませんように。
・・・ううん、いい方向に進むならそれもいいかな?
それとも、
ぼくがここでコレをこの人に言うのはすでに決まっていた出来事かもしれないね。
「忘れているよ。
確かにその剣で命を奪った。人を殺した。獣を殺した。けど」
ぼくがここにいることになにか意味があるのなら。
「けどね。君は確かに、その剣で守った人がいるはずだ。
その剣で、誰かを救ったはずなんだ」
ぼくの声は静かに響く。
彼は驚いたようにぼくを見て、そして穏やかに笑う。
「そうだね。・・・・その通りだね。ありがとう」
ぼくは、いま、気がついた。
この人がこんなにも穏やかで優しく静かに笑えるわけが。
この人は自分の罪を自覚しているんだ。
どれほど重いのか。
そして、全て負っている、自分の罪として。
ザザザッ!
静寂が、一瞬にして切り裂かれる。
彼の笑顔はすっ、と真顔に戻った。
燐も立ち上がって戦闘体勢を取る。
彼は口早にぼくに言う。
「動かないで。動いたらもれなく3秒で見つかるよ。
ついでに付録に剣が付いてくる」
・・・・ぼくは苦笑いするしかない・・・。
そんなオマケはいりません。
「動かないで。息もしないでくれると嬉しい」
・・・・むちゃくちゃだぁ・・・。
彼は立ち上がって人間の限界に挑むような速さで音のしたほうに走り出す。
剣を片手に。
「おぉおおおぉぉぉお!!」
「わぁああああぁぁあああぁあぁ!!」
狂ったような数人の人の声。
まともな理性は戦には必要ないんだ・・。
必要なのは獣性。『敵』をためらいなく殺すための。
でも、
その獣の声に彼の声は混ざってはいなかった。
《ケイ》
「燐!?」
《帰りましょう。もう、十分です》
悲痛な燐の声が頭に静かに響く。
そりゃぼくだって帰りたいけどさ、
『どうやって』・・・?
ずっ。
《「ずっ?」》
あれ?
このシチュエーションはどこかで・・・?
おそるおそる下を見下ろす。
少しずつ、闇がぼくらを飲み込んでいっていた。
底なし沼のようにゆっくりと沈んでいくぼくら。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・もう、どうにでもしてください。
ザクッ!
剣が何かを切る音。
真新しい血の匂いがあたりに充満してくる。
しばらくしてから、静かな世界に響く静かな声。
「偽善者だと、嗤(わら)ってください。
お前は罪人だと嘲笑(わら)ってください」
限りなく穏やかで。
どこまでも静かで。
そして、今まで聞いたどの声よりも、
「それが、唯一の、救いです」
哀しい声だった。
2009.7.27 16:31:24 公開
2009.8.2 14:07:45 修正
■ コメント (2)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
10.8.25 22:29 - 森羅 (tokeisou) |
変なところから失礼します。 読みやすいのは個人的にアヤやユウトサイドででもケイヤサイドは深くってそれぞれ好きですが深くって時間があるときしか見れません。 『剣』はたくさんの人が戦のために持っていたのですね。なんか一つだけだと思っていました。でも一つじゃ戦争できませんしね←大馬鹿 英雄の「剣」は守った数(あえて彼のためにこう表記)が多いからなのかなにか特別なものなんでしょうか? でてきたのが早すぎたというなら『武』の器はなんのためにあるのでしょうかねぇ 平和な国に生まれていますがそれを維持するそれを食い荒らす別の脅威とも水面下では戦われているのですよね 話し合いは血を流さない戦争だとか 犠牲の上になりたつ幸せ なんか彼は素敵です ではでは 10.8.23 18:13 - 夜光 (iteboe) |
うわぉ、このセリフ久しぶりですよ〜(笑)
そうですね、ユウト&アヤサイドの方が断然読みやすいと思います。ケイヤサイドは書いてる僕ですら時々投げ出したくなりますから(おい
あまり深く考えずさらっと読んでくださって構いませんのでっ!
はい、一応『剣』は量産(?)されてます。そして、別に英雄の剣は特別なものでも何でもありません。彼の「剣が血で錆びて・・」のセリフからあるように使えなくなった剣は捨てているはずです。日本刀も実際3人ほど斬ると切れ味が相当落ちて使い物にならなくなるそうですから、何十本と言う剣を彼自身使っているかと。英雄に対して考慮してくださってありがとうございますm(−−)m
武器が何のためにあるか、ですか・・。使い方を誤ればどんな薬も毒になります。要するに彼らは“使い方”を知らないのでしょうね。
彼は素敵ですか?それは嬉しい限りです、有難うございます><
それでは、失礼を。