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生あるものの生きる世界
184.sideユウト×ケイヤ×アヤ 明日の続き[ミライ]
著 : 森羅
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sideケイヤ
堰を切ったように、緊張の糸が解れたように、ちっぽけな彼らは泣き始めた。
堺とザウラク、二匹が泣いている間、誰も何も言わなかった。
燐もスピカも、ぼくもアヤちゃんも。世界も。
堺だって、ザウラクだって本当はずっと前から知っていたはずだ。優しい世界はどこにもないと。誰も傷つかないで済む、そんな答えはこの世界のどこを探してもないと。でも、良くも悪くも彼らは汚すことができないくらい真っ白で、どうしようもないくらい無垢だったんだろう。だから、恐れてしまった。かすり傷をつけることにさえ恐怖してしまった。誰かを幸せにしようとすれば誰かを不幸にしてしまうということ、その事実に怯えた。綺麗な世界を信じ続けていて、誰かを踏みつけて犠牲にするには優しすぎたんだ。・・・とんでもなく、優しく、愚かで綺麗な生き物だ。触れるのを、躊躇う程に。
もしかすると彼らはずっと用意された王座に座っていたら良かったのかもしれない。拝まれても、願われてもきょとんと首を傾げて、誰かの悲しみを無邪気に笑っていれば良かったのかもしれない。喜びも怒りも、そこにはない。そこにいるのは完璧な“かみさま”だ。もし堺が、ザウラクが、そうなれていたなら彼らは悲しみなんて知らなかっただろう。こうやってぼくらの前で泣くことはなかっただろう。でも、彼らはそうならなかった。そうなれなかった。それでも強大な力は彼らを王座に縛り付け、彼らの想いや痛みなど知ったことじゃないと言わんばかりに生き物たちは強大な力を持った彼らに、“かみさま”に縋った。結局、救いを求めて伸ばされる幾万の手に堺もザウラクも“かみさま”のフリを続けるしかなかったんだ。何も知らないよと、これなあにと、無邪気に笑う“かみさま”のフリを、耳を塞いで何も聞かないようにして、目を瞑って視界を闇に閉ざして演じ続けるしかなかったんだ。気が狂ってしまいそうな光景だ。悲鳴さえ上げることを赦されないなんて。
彼らは、こんなにも幼い生き物なのに。
救ってあげたいと、護ってあげたいと、そう思うぼくは欺瞞が過ぎるんだろう。傲慢が過ぎるんだろう。だって、ぼくだってちっぽけな生き物だから。けど、堺もザウラクも本当にただの生き物なのだから。ぼくらと何も変わらない、ただ大きな力を持ってしまっただけの。
長らく聞こえていたのは啜り泣きと、嗚咽と、押し殺したようなうなり声と。雨と見間違えるほど大きな雫は、雪を融かして消えていった。孤独で、嬉しくて、悲しくて、幸福で。ぼくの勝手な解釈だけど彼らの声にはそんな感情がない交ぜになっていたよう思う。ぼくらはただ、黙ってそれを見上げていた。ぼくは笑いながら。アヤちゃんはきゅっと口を横一文字に結んで。
雲のないその青空はどこか紺に暗くて、宇宙が透けて見える気がした。
sideアヤ
夜月、紅蓮、緑羽の三匹が例の穴から飛び出してきたのはザウラクと堺が泣きやんでから数分くらい経っていたと思う。夜月たちが通った後、穴は空間を閉じようとしているのか、狭く細くなっていった。ゆーとは?と聞くケイヤに夜月は微かに笑っていたように見えたのはきっとあたしの気のせいじゃない。でもそれ以上夜月たちは何も答えずにちょこん、と雪の上にお座りをして動かなくなる。あたしはスピカと顔を見合わせ、スピカが意味深に微笑む理由がわからず目を瞬かせた。
夜月たちが戻ってきてからさらに数分、ぬっと真っ暗な闇から赤く染まったハンカチが巻かれた腕が生えて、疲れ切ったような、良く知った顔がのそのそと暗がりから歩いて出てくる。良く知っているけど、かなり久しぶりにその顔を見た気がすると思ったら、確かにミオ図書館以来会ってない。眠そうな、面倒くさそうなその表情で開口一番、そいつは言った。
「寒い・・・」
・・・確かに、寒い。それは間違いない。間違いないけど第一声がそれっていうのはあたしでもどうかと思う。拍子抜けするあたしにスピカが笑った。ケイヤも少しだけ口元を緩ませる。尤も、次の言葉でそれらは凍りついたけど。
「へぇ、ここで死んだのか」
あたしたちのことなど目もくれない様子で呟かれたそれに場が凍る。聞こえるのはただ、さくさくと言う雪を踏む音だけ。勿論、あたしのものでも、ケイヤのものでもない。夜月たちの傍にまで到着したその足音の主は夜月の声に下を向いておぅ、だとかあぁ、だとか無愛想に答える。それがどこか遠い光景のようで、何かの映像のようで、あたしは動けなかった。・・・・・・謝らなきゃ、と。そうわかっているのに。赦してもらえないとしてもそれでも謝り続けるとそう決めたのに。そう思っているのに。それなのに喉から声は出てきてくれない。まるで金縛りにでもあっているよう。何気なく下を向くと膝小僧が寒さとは別の理由で少し震えていることに気が付いた。・・・そっか、あたしは怖いんだ。言わなきゃわかってるけど、言いたいと願ってるけど、それが一体何を引き起こすのかわからない、もっとあいつを、ユウトを傷つけるかもしれ・・・・・・ううん、これもきっと言い訳。あたしはただ、怖い。この一言を言うのが怖い。それ以上でもそれ以下でもなく本当にそれだけ。謝りたいと思うほど余計に怖くなって逃げ出したくなる。そんな臆病な自分に、肩の力を抜いた。細かく震え始めた手を見てほんの少し笑う。本当に情けないんだから、あたしって。本当に弱くて、甘っちょろいんだから。見つめていた手にぎゅっと力を込めると、少しだけ震えが身体の外へ出て行った。よし、とあたしはもう一度前を向き直す。ユウトはまだ夜月たちと何か話していて、あたしたちの方は気にしていない様子。きゅっ、と雪を踏む音は少し離れた隣から、ケイヤのもの。そっちに目を遣ろうとして・・・・・・でも結局ケイヤの姿を見ることは叶わなかった。
一番最初に謝罪の声を上げたのは、他でもないザウラクと堺だったから。
《ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――!!!》
ザウラクの言葉はいつもの喩え話ではなかった。堺の声はあたしには聞こえないけど、その咆哮はザウラクのそれとよく似ている。この光景だけをを見れば2柱の神が王に跪くようだと、首(こうべ)を下げて傅くようだと、そう見えなくもない。けど、彼らの口から飛び出してくるのはそれしか謝り方を知らないと言わんばかりの、ただ感情を剥き出しにさせただけの芸のない言葉。叱られることに怯える子供のような、馬鹿の一つ覚えのような声。
ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい。息継ぎを忘れたかのように続く言葉。その唐突な光景にあたし(と多分、ケイヤも)は驚いたことには勿論驚いたけど、そこまで動揺はしてなかった。それはさっきザウラクたちが泣いたのを知っているってことが大きいはず。逆にそれを知らないユウトは突然すぎるその声にぎょっとしたらしく目を少し見開いて彼らを見上げる。夜月たちも驚いた様子できょろきょろしていた。
ザウラクたちの単調な謝罪の言葉はまだ止まない。だけどそのうちに2匹を見上げるユウトの驚いたような目が、すぅっと無表情に近いものに戻っていった。それは面倒くさそうにも見えるいつもの仏頂面で、見慣れたそれ。だけどこの状況では一体何を考えているのか全く読み取れなくて、不安を掻き立てるものでしかない。万が一ザウラクを、堺を、ユウトがどうかしたら・・・責め立てたら?殺そうとしたら?壊そうとしたら?
そうしたら、あたしは。
「これじゃまるきりオレが悪いみたいだな・・・」
面倒くさそうな声と吐き出された溜息は、テンガン山の頂でやけに、反響した。ユウトの声に“ごめんなさい”の合唱が止まり、ザウラクと堺はどうすればいいの分からないと言わんばかりに口を開閉させる。紅蓮がユウトの傍で低く唸って、夜月がそのだらんと無気力な腕に顔を摺り寄せた。そんな紅蓮と夜月に一瞥もくれないユウトの視線の先にはザウラクと堺。呆れ果てたようなその視線にザウラクも堺もその瞳を収縮させていた。
「謝らなくても良いよ、もう。謝るくらいなら、最初から選ばなきゃよかったんだ。そうだろう?・・・謝るっていうなら、何が悪かったのか言ってみろよ」
淡々とユウトの口から吐き出される言葉。その口調も、その声のトーンも、あたしはよく知っていた。相手から目を逸らさず、相手にも逃げ場を与えないそれが、核心を突く問いかけだと言うことも。
ザウラクが震えているのを背中に感じる。当然だ。ユウトの質問は核心ではあるけど、意地が悪すぎる。ザウラク達は悪くなんて、ない。でも100%を言い切ることも、できない。ザウラクたちもあたしたちもそれは良くわかっている。この『望み』も『願い』もその『結末』も本当は“誰も悪くなんてない”。誰もこんなことなんて願っていない。望んでなんていない。彼らはただ叶えたかっただけ。自分に嘘を吐くことに飽きてしまったから。あたしたちは願っただけ。あたしたちの望みが叶っただけ。それだけの、はずだったのだから。そこの“想定外”が生まれ、自分が覚悟したものとは別の“後悔”が生まれるなど、誰も思ってもみなかったんだから。何かが悪かったと言うのならその全てが悪かったことになってしまう。ザウラクたちが望んだことが、あたしたちが願ったことが、“かみさま”が少しだけ依怙贔屓をしたことが、彼らの優しさが、その全てが間違っていたことになってしまう。でも、誰も悪くないと、その考えを押し通してしまったら・・・ユウトが全ての責任を負ってしまう。ユウト一人が悪者になる。あんたが消えればいいのだと、そう言わなければなならなくなる。ユウトも・・・ううん、多分ユウトこそが一番悪くないのに。
「ユウトっ」
つい、声が出た。何かを伝えたかったわけじゃない、何かを言いたかったわけじゃない。それは制止でもなく、呼びかけでもなかった。勢いに任せすぎたせいで口もごるあたしにユウトの視線がゆっくりと移動する。そして今初めてあたしたちを認識したみたいに、何度か目を瞬(しばたた)いてから口を開いた。
「あぁ。よぉ」
ぼけた、と言うかズレた反応だった。ぼーっとした目は少し眠たそうで。それは、何か続きを言わなきゃと考えていたことさえ吹っ飛ぶようなピントの外れた返答だった。返事するだけしてユウトはまたザウラクたちに向き直る。その視線に怯えるように身をすくませたザウラクと堺にユウトは少しだけ疲れたような溜息とともに言葉を吐き出した。
「冗談。別にお前らのことを責めるつもりはないよ。お前らが悪くないことくらい、わかってるさ。お前らも何も悪いと思っていないんだろ、選んだってことに後悔してないんだろ?なら謝る必要なんてない」
ザウラクたちがさっきとは別の意味で怯え、その目を右往左往させる。ケイヤの口元はなぜか少し笑っているように見えなくもなかったし、スピカは黙っているままで何も言わなかった。細く裂けた雲が上空を彩る。
あたしは・・・・・・あたしはそれが本当にユウトの本心なのか、図り損ねていた。あたしだったらきっと赦さないし、赦せない。自分の全く知らないところで、自分の全く関係ないことで、世界から否定されるなんて。その理不尽さに怒るに決まってる。それは自分の知るところではなかったのだと、そう言う“誰か”に馬鹿なことを言うなと言うに決まっている。あたしが何をしたのかと、罵るはずだ。なのにユウトは悪くないと言う。あんなに淡々と、謝る必要なんてないと。本当に?あんた、本当にそう思ってるの?納得できなかったあたしはずんずん、と雪を踏む。ケイヤの静止の声が聞こえた気もしなくはないけど、そこは無視した。両手を伸ばして、どん、とユウトを突く。
「お?」
突然のことだったからか、あっけなくユウトは体勢を崩した。ぐしゃ、と雪の潰れる音がして、呆けた顔のユウトが雪の中に座り込む。それを見下ろしながら、あたしは聞いた。スピカがあたしの左肩のあたりに漂う。
「あんた、それでいいの?」
あたしの言葉はシンプルで、
「何が?」
ユウトの返事も同じくらいシンプルだった。
夜月が抗議の声を上げる。心底不思議そうなユウトの顔にあたしは唇を少し、尖らせた。
「あんたの言ったことよ。それじゃまるで聖人君子じゃない」
「それは違うな」
ふっ、とユウトはあたしを馬鹿にするように笑った。さくさくと雪を踏む音にケイヤと燐がこっちに歩いてきているとわかる。紅蓮と緑羽が大丈夫かと言わんばかりにその顔をユウトに近づけ、だけど紅蓮と緑羽の呼びかけに答えないままユウトは得心したように数度頷いてあたしを見上げた。
「・・・あぁ、そうか。お前、そこまでわかってないのか。アヤ。ものすごく情けないことを言うが、オレは泣き叫ぶことなんてできん。怒ることもできん。“オレには何もできない”んだ。悲鳴を上げているつもりで、できたのは息を吐き出してるだけだったくらいなんだから。『消えられない』から。『生きなきゃならない』から。おかしいってことくらい、狂ってるってことくらい、自分でもわかってるさ。怒ればいいのに、理不尽だとそう怒れば良いだろうにそれさえできなかった。それさえできないなんて狂気だろ。狂ってるだろうし、どこか壊れてるだろ。そうわかっててもそんな権利さえオレにはない。そうしないと世界が壊れるから。この感情さえ創り物で、都合の良いものなんだろうさ。聖人君子なんかじゃねぇよ、そうとしか考えることができないだけだ」
にっ、とどこか自虐的に、どこか子供っぽく気の抜けた表情のそれにあたしは無意識に半歩後ずさった。その笑い方になぜかぞっとする。それはどこか嘘っぽくて、人形みたいで。
確かにミオで『しんく』に、ユウトは世界のすべてに否定されていると、そう聞いた。けどそれは生死だけではなく、存在だけではなく、本当に『全て』だったのだと、あたしはこの時初めて気が付いたのだ。ぁ、と小さく嗚咽が漏れる。一体何が言いたかったのか、声になるはずのそれは頭の中にさえ意味を残さなかった。
でもあたしは衝動的にユウトに怒鳴りたくなった。怒ることも、泣くこともできないって、理不尽を理不尽だと言うことさえできないって、それは一体どういうことなのかと。あたしのせいだと知っている、本当に言いたいことはこんなことじゃないってわかっている。
それでも、あんたはなんで笑っているのかと、そう怒鳴りたかった。わかってるわよ、それは『しんく』に聞いた話以上は何も考えていなかった自分への苛立ちをユウトに八つ当たりしているだけだって。でも、あたしはあたしが一番許せない。さっき、“それでいいの?”と聞いた自分が腹立たしくて仕方がない。でもそれらが口から飛び出すよりもあたしの傍にまでたどり着いていたらしいケイヤがあたしを制した。そして半歩前に踏み出る。にっこりと、いつものように笑って。
「アヤちゃん、落ち着いて。・・・やっ。ちょっとぶりだね、ゆーと。ねぇ、アカギは?シロナは?」
へにゃっと無邪気に笑うケイヤは、きっとあたしとは違ってユウト自身がさっき言ったそれを、全てに否定されると言うことは本当に『全て』なのだと言うことを知っていたか、ユウトから聞いたか、もしくは自分で考え付いたんだろう。感情的にならず、状況をユウトに尋ねるケイヤにそう確信した。そうじゃなきゃ、こんなに冷静でいられない。こんな恐ろしいことを今初めて聞いたなら冷静でいられるはずがない。笑えるはずがない。そして、ケイヤのユウトへの質問にこちら側の空の色が元の戻ったことやザウラク達のことがあって向こうの世界にまで気が回っていなかったことに気づいたあたしは、あっとする。ケイヤに尋ねられたユウトは少し考えるように目線を空中に彷徨わせてからまた視線をあたしたちに戻す。緑羽の控えめに下げられた首がユウトの左腕に触れ、後ろで堺が小さく鳴いた。
「・・・もう戻ってるはずだ。多分、『おくりのいずみ』の方に出てるんじゃないか?」
「あ、そっか。『おくりのいずみ』、確かにそうかも。ってことは向こうの世界は、ぼくらの世界は大丈夫ってことでいいのかな?」
『おくりのいずみ』がよくわからないあたしは、それでもとりあえず二人はこちらに戻ってきているのだと言うことだけ納得しておく。変わらない笑みをユウトに向けるケイヤに、ユウトは少し表情を崩した。左手が緑羽の首のあたりを撫でている。
「・・・『大丈夫』?オレがここにいるのに?まだ消えていないのに?」
それは嘲るような声で、自虐するような強い笑いで。でも、それはさっきあたしがぞっとしたそれとはなんだか違和感を感じる。これは何か違う、どこか違う。ケイヤは笑みを崩さない。
「駄目だよ、ゆーと。嘘はよくない」
静かに言葉を続けたケイヤの声には躊躇いも迷いもなかった。ユウトがケイヤの言葉にその嘲笑めいた笑みを消す。
夜月が小さく鳴いて、紅蓮がユウトに視線を落とした。ザウラクたちは沈黙している。あたしはまだ違和感の正体を掴み損ねていた。
「・・・事実だろ。嘘じゃない」
「そうだね、事実だ。“ゆーとが存在している”んだからまだ向こうの『生の世界』もこっちの『生の世界』も大丈夫じゃない。大丈夫ならもうそこの黒い穴は閉じていてもおかしくないからね。閉じきっていないのはまだ世界が治っていない証拠だ。確かに事実だよ。嘘じゃない。・・・でもね、ぼくが今、嘘だと言ってるのはそっちじゃない。ユウト、わかってるでしょ」
ちっちっち、と芝居掛かった仕草で右手の人差指を振りながら、ケイヤはわざとらしく片目をつぶって見せる。ユウトはそれに呆れたようなふてくされたような表情を返した。よく冷えた風が、キッサキの方へ駆け抜けて行く。温もりを求めるように燐の頭を撫でながらケイヤは続けた。
「ゆーとのその言葉は空っぽで中身がない。本当にそれだと思っている人の言葉じゃない。まるで台詞の棒読みだ。違う?反論があるなら聞くけど?」
ケイヤの笑みはとても強くて茶目っ気を含んでいた。まるでこれから何が起こるのか、ユウトが何を語るのかの予想がついているような笑み。燐がケイヤの傍でその赤い瞳を細めて微笑む。ユウトは今無表情にも近い、睨み付けるような顔でその言葉を聞いていた。でもケイヤの言葉であたしはようやく違和感の正体を掴む。そう、ケイヤの言うことはもっとも。だって、もしこいつがその言葉を言うのならきっと“嘲笑(わら)わない”。嘲笑するとしても、自虐するとしても、もっと。もっと似合わないくらい穏やかなはず。・・・だって、ユウトは『真紅』なんだから。ミオ図書館で見た表情だって、泣き出しそうな静かな自嘲だった。そして、それは確かに『真紅』のものだ。彼の、真紅の自嘲は穏やかで、それでいて人を寄せ付けないものだったのだから。違和感に感じたのはそこ。さっきのユウトは嘲るようではあったけど、どこか“不敵”でもあったから。
「世界のことはともかくとして。まずはどうすることにしたのか、答えを教えてよ。ゆーと」
ケイヤの声にユウトははぁ、と息を吐き出して肩をすくめた。雪の潰れる音が耳にひどく残る。ここは静寂こそが正しい場所のはずなのに。
寒いと言っていたくせに雪の上から立ち上がろうともしないユウトはケイヤを見上げて、脱力しきった表情で言う。それは笑っているようにも見えなくもない。
「台詞の棒読みこそが正しいんじゃないのか?『オレ』には」
あたしはユウトの言葉に、自分が少しだけ笑っていることに気が付いた。そう、これは、これこそがこいつ“らしい”。投げ出したような、仕方ないなと、抵抗するのを諦めたようなそれは、とてもとても、ユウトらしい。ケイヤもまた、ふにゃんと人懐っこく笑った。
「ぼくがわめいたかいはあったのかな?」
「・・・あったんじゃないか?」
気の抜けたような笑い。それもまたあたしの良く知る『ユウト』の表情だった。夜月が嬉しそうにその肩に飛び乗って、ユウトが少しバランスを崩す。
その光景になんだかいままで遠くにいた何かが戻ってきたような気がして。体中を駆け巡る行き場のない何かをスピカを抱きしめることで押しとどめた。スピカは最初驚いていたけど、すぐにあたしの腕の中で微笑(わら)ってくれた。
夜月のバランスが取れたらしいユウトがザウラクたちの方を向き直る。巨大な彼らがユウトを見る目はどこか辛そうで、哀れそうで、申し訳なさそうで。けど、ユウトは全く動じない。
「世界が都合良く与えたものだろうさ。これだけどん底に叩き落されて、それでも恨めないなんて馬鹿にもほどがある。だが、どうしようもないだろう?それこそがオレなのだから。だから、その答えで良いんだよ」
ため息交じりの諦めたような声。やれやれと投げやりで、それでも諭すようなその声も久しぶりに聞いた気がした。
《真に?》
ザウラクの声が響く。振り向くと憐れむようなその目が“そうとしか答えられない”というユウトを見下ろしている。本当にそれでいいのかと。だけど、ユウトはザウラクの質問を鼻で笑った。残念ながら他に応えようがないらしいから、と。それから。
「それに、お前らはオレにここにいて良いと言ってくれるんだろう?」
少しはにかむようなそれにザウラクは驚き、ただそれだけを瞳に映した。それから瞬き一つ分の時間があって、ザウラクは頷く。ゆっくり、噛み締めるように。一言、応、と。擦りつく夜月にめいっぱい嫌そうな顔をして顔を背けるユウトにあたしはザウラクの方を向いたまま声をかけた。
「ユウト」
スピカはまだあたしの腕の中でじっとしている。あたしはユウトの返事を聞くか聞かないか、言葉を重ねた。低く唸る堺にケイヤが首を回して、斜め上を見上げる。
「アカギなんだけど。あの人、否定し続けてたの。同情されることも嫌がって、自分と違う意見を持つ人を怖がって。・・・なんとかしてあげれた?」
真っ直ぐ目の前には蒼天を背負ったザウラク。その赤い瞳にあたしが映っている。とても穏やかな瞳で彼は頷いた。あたしはそれに笑い、ザウラクは憂いを含んだ表情で返す。・・・うん、そう。まだ終わりじゃない。だって今あたしの中にある行き場のない何かは、ただの感情。正しいとか間違っているとかそう言う理屈めいたものじゃなくてもっと単純でどうしようもないものだから。だから、まだ終わっていない。だって、ユウトの後ろで裂けた空間はまだ閉じきっていない。それでも。
空の果てに消えていく青空の蒼は、真上の空の色とは違いザウラクのそれよりもずっと白に近い青色をしていた。
それでも、彼らはとても優しいから。
ユウトが消えるのが正しいなんて、そう言うばかりじゃなくて、こんなにも泣いて泣いて、苦しんでる生き物だから。
だから、未来を願えるんじゃないかってあたしはそう思ってしまう。
ややあってユウトの答えが背中にぶつかる。ケイヤは相変わらず燐を撫でていた。繰り返し繰り返し、その金の毛並を整えるように。
「なんとかできるほどたいそうな者じゃないもんでな。突き飛ばしたと言う方が近い。アカギがそれを選び続けるならそれを止める権利なんてない」
「あんたって、本当に役立たずね」
拗ねるようにそう言い、スピカが嘘つきと窘めて笑った。確かに、あとはアカギ次第だ。ザウラクが優しい目であたしを見守る。スピカが促すようにあたしを見上げ、腰に着いた3つのボールが躍るように揺れた。
「・・・ごめんね。あたしたちのせいで・・・本当にごめん」
くるっ、とまたユウトへと方向を戻す。ユウトに対して一番言いたかったこと。ちゃんと言えたあたしはスピカをまたぎゅぅっと抱きしめた。
sideケイヤ
「・・・ごめんね。あたしたちのせいで・・・本当にごめん」
アヤちゃんの謝る声に、ぼくは燐を撫でていた手を離した。堺とザウラクが一体何を思っているのかわからないけど、今の彼らは見守ることに徹し、押し黙っている。ただひたすら優しい目をして。ゆーとがここに戻ってきたということ、それはギラティナと出会えたことに他ならない。ぼくが堺に望みを聞いたように、アヤちゃんがザウラクと話したように、ゆーとは一体ギラティナと何を話したんだろう?勿論、それが何であるのか想像はできるけど断定はできない。ただ。ただゆーとがこっちに帰って来たとき、ぼくはつい、笑ってしまった。あぁこれはゆーとだ、って思えたから。その仕草も、表情も、言葉も。
《嬉しそうですね》
意地悪っぽく目を細めて笑う燐にぼくは口元を緩めて答える。嬉しいよ、と。
だって、寒気が走るほど優しい顔をしたゆーとなんて。あんなの、ゆーとじゃない。今、ゆーとがぼくのよく知る『ゆーと』の表情をしてくれていると言うのならぼくがゆーとに泣き付いたかいがあったと思えるじゃんか。
アヤちゃんの声にゆーとはわざとらしいため息をついてからゆっくりと口を開いた。紅蓮と緑羽がゆーとを護るようにその横と背中側へと回る。それはとてもとても大切なものをそうっと扱うように。
「・・・ケイ、アヤ。お前らはいつもオレに厄介事を持ち込んでくる気がするんだが・・・そろそろやめてくれないか」
ゆーとの言葉にアヤちゃんもぼくもきょとんとする。だから、一番早く返事をしたのはゆーとの肩の上を陣取っている夜月だった。表情は悪戯が成功したようなしたり顔でにん、と笑って。それを皮切りに紅蓮と緑羽がぐいっとゆーとに顔を近づける。ぎょっとしたゆーとの顔が見れたのは一瞬。紅蓮の頭でそれはすぐに見えなくなってしまったから。燐がその光景に可笑しそうに紅目を細め、紅蓮と緑羽を押しのけたゆーとがわかったわかったと面倒くさそうに宥めていた。
「謝るけど、それは無理」
《むぅう》
次はアヤちゃん。アヤちゃんはやけに尊大な態度でそう続ける。腕の中のスピカも同じく、だけどどこかおかしそうに。ゆーとは何も言わずアヤちゃんを見上げる。
だから、ぼくも答えた。
「うん、諦めなよ、ゆーと。それはできない相談だ」
アヤちゃんに倣うように胸を張って。満面の笑みを浮かべて。
ゆーとが必要なんだ、と。
ゆーとがいなきゃ駄目なんだ、と。
それはひどく偏った返答なんだろう。ゆーとを留める為に、押さえつけてどこにも行かないよう縛り付けるように、ぼくらは“甘える”。きっとものすごく惨めったらしくて、傍から見れば滑稽なんだろう。それでも、ぼくらは望みたい。
「・・・何も願えない存在に何か願うなんて勝手が過ぎる。本来いない存在に抗えと言うのは無茶苦茶だ」
苦笑いのように、呆れ果てたようにゆーとはぼくらの答えに対してそう肩を落とす。情けないくらい頼りない乾いた笑みをその顔に浮かべて。そんなゆーとに笑いかけながら、ぼくは言葉を音に変える。そう、無茶苦茶なんだ。
「うん、そうだね。でも、ぼくらも一緒に抗うから。そう望むから」
でもね。でも、その無茶を望みたくなってしまうような世界なんだ、ここは。不完全だからこそ、叶えられるかもしれないと言う、その可能性に掛けることができるから。アカギの言う完全な世界が『やりのはしら』に降り積もった汚れのない雪だと言うのなら、この世界はこうやって足跡で汚された雪だ。足跡を追うことも、新雪を汚すことも自由にできる。紅蓮の毛並を撫でながら、ゆーとはぽつりと続けて問うた。
「もしも。もしも、抗って抗ってそれでも何も変わらなかったらどうするんだ?」
それには一抹の不安が混ざっていたような気がした。ゆーとのそんな声は初めてで、ぼくはそれに対してふわりと笑いかけた。
何も変わらなかったら?そんなの決まっている。ぼくは自分の罪に潰れたくない。諦めてしまったら、そこでぼくは背負っていたものを放棄してしまう。そんなこと、絶対にしない。そんなことをするなら望まなかった方がマシだ。ぼくはへにゃりん、と表情を崩して答える。にっこりといつものように、さも当然のように。
「じゃあ、もっと抗うよ」
ほわりと暖かい燐の九尾がぼくに触れる。雪の白が、空の青と対比をなすように輝く。紅蓮の朱が青と白の中に煌めいた。
「だって、ゆーとにいて欲しいからね」
ぼくの返答にアヤちゃんも頷く。迷いなく、はっきりと、勇ましいほどに。その二つの両方に目をやってから、ゆーとはもう一度派手にため息を吐き出した。どいつもこいつも、と言うつぶやきが聞こえた気もする。
「全く。お前らさえ居なかったら、オレは世界を壊せたのに」
鼻で笑いながら、ゆーとはそう言って一息に立ち上がる。突然の衝撃に夜月が慌てたようにその肩にしがみ付いた。紅蓮も緑羽も驚いたように目を見開く。
「ゆーと?」
「ユウト?」
立ち上がって雪を払うゆーとを見ながら、ぼくの頭は少しだけ記憶を逆手繰る。
・・・さっきザウラクの問いかけに、ここにいて良いと言ってくれるんだろう、とゆーとが答えたすぐ後。アヤちゃんがアカギの話をし始め、堺がぼくにそっと尋ねた。もしかしたらゆーとにはそれが聞こえていたかもしれないけれど。
それはあまりにも哀れな回答なのではないのか、と。
それは決して幸福な答えとは違うのではないか、と。
混入物一切なし、紛れもなくほっとしたような、幸せそうなアヤちゃんがスピカを抱きしめるのを横目に、堺のその疑問にぼくは笑った。
そうだよ違うよまだ終わっていないし絶対的な完全無欠の答えなんかじゃないよ、と。アヤちゃんもきっとわかっているだろう、これはまだ“めでたしめでたし”で終わってはいないってことを。だって、ぼくがゆーとを『ゆーと』だと思えて嬉しいのも、アヤちゃんがどこか幸せそうに顔を緩めているのも、そのどちらも結局は感情論だ。それが世界を壊すと言うのなら、大勢の人の不幸がその先に待っている。そして、ゆーとがぼくらの良く知っている『ゆーと』なのだって、堺とザウラクへのゆーとの回答だって、ゆーと自身が言った通り。“世界が『ユウト』に与えた都合の良いもの”でしかない。ゆーとはそれこそが自分だと言って見せているけれど、それこそぼくが望んだもので『やぶれたせかい』で訴えたものではあるんだけど、その答えは馬鹿馬鹿しいほど優し過ぎる。感情論はゆーとを救うことなんてできやしないんだ。『世界』はゆーとを認めていないって現実を変えることなんてできない。世界を救うこともできない。たとえ、堺やザウラクがゆーとを殺したくないと嘆いても、望んでいても。そう、願ってくれていても。その感情だけじゃどうしようもない。それはここにいる全員が知っている。“消えるべきだ”と、そう世界はゆーとを『拒絶』している。でもね。
こんなにも誰もが傷ついて、それでも望んでいるのだから。
こうやって望むことが何かを変えられるんじゃないかって、そう思ってしまうぼくは間違っているのかなぁ?
雪を払い終えたゆーとが、肩の夜月を紅蓮の上へと移動させる。そして、もう一度ため息。肺の中に溜まったものを吐き出すように。
「・・・わかったよ。じゃあ、抗ってくる」
面倒くさそうに、いつものように、ゆーとはそう言った。黒に最も近い赤色の髪が風になびかされる。アヤちゃんの着ているコートも、その風にはためき、燐の毛並も紅蓮の毛並も遊ばれる。光の加減か、偶然か、堺とザウラクの宝石が雪に反射して光った気がした。
「白の、アルセウスに会いに行くの?」
緑羽の首元に手をやりながら何か話し始めたゆーとにぼくは尋ねる。話途中で申し訳ないなと思いながら少し待ってみると、紅蓮や緑羽、夜月に話し終えてからゆーとはこっちを向き直って答えた。
「あぁ。・・・あと、アヤ。夜月達のこと頼むな」
短くて素っ気ない返事。しかも、その返事をするや否やくるりと体を翻して振り向きもせず歩き始める。・・・最後の亀裂、ぼくや燐、ゆーとや夜月達が出てきたその穴に向かって。ちょっ、と急いで引き留めようとして、結局ぼくはアヤちゃんに先を越された。呼び止められたゆーとは嫌そうな顔を隠しもせずに何、と問う。何を言うのか考えていなかったらしいアヤちゃんは少し面食らってからごくりと生唾を呑み込んで尋ねる。
「あんた、帰ってくるわよね?」
張りつめたその声に、ゆーとが返したのは。
「・・・さぁ?」
完全に気の抜けきった答えだった。脱力しかけるぼくらに、ゆーとは顔をしかめる。
「いや、どうなるかなんてわからねぇし、知らねぇし。だが、死にたくはないな・・・」
神妙そうに答えたゆーとに、ぼくとアヤちゃんはほぼ同タイミングで笑った。今度面食らうのはゆーとの方。勿論、燐もスピカも夜月も紅蓮も緑羽も何事だと言わんばかりの目でこちらを見る。
「あはははっ・・・うん、そっか。その通りだね。さすがゆーとだ」
「あっ、くっっ。そうね、あんたにまともな返事を期待する方が馬鹿よね」
『もどりのどうくつ』へ行って帰ってこなかった『真紅』。
『やりのはしら』へ行って帰ってこなかった『深紅』。
二人は帰ってくるつもりなんてなかった。自分の都合でぼくを、アヤちゃんを置いて行ってしまった。二度と帰ってこなかった。そう、『しんく』なら『真紅』であっても『深紅』であってもここで「さぁ」なんて言わないだろう。彼らが言うのは別れの言葉だ。とても優しくて、悲しい言葉だ。ぼくを、アヤちゃんを、傷つけないための、いや。傷つけないつもりで本当はぼくらを傷つける言葉のはずだ。でも今、ゆーとは分からないと、そう言った。死にたくないと、そう答えた。笑いすぎたせいか溢れてきた涙を人差し指で拭いながら、ぼくはゆーとに向かって笑う。多くの言葉は必要ない。
「行ってらっしゃい。待ってるからね」
おー、だとかあー、だとか間延びしたやる気のない返事の後、ゆーとは穴の淵に消えて行った。
燐のおかげか、何のおかげか、なんだかすごく、すごく、暖かかった。
side夜月(ブラッキー)
《ユウト、ユウト》
《死なないで欲しいんですな。消えないで欲しいんですな》
《どっか行っちゃやだ!やだあぁ・・・》
ずっとずっと、際限なく俺達はユウトに話しかけていた。ユウトはそのすべてを聞いていただろうか。耳元で、すぐ隣でささやき続けられるその我儘を。
どこにも行かないで欲しい、と。
ここにいて欲しいのだ、と。
ケイヤが『深紅』に望んだそれが叶ったと言うのなら、どうして俺達のそれが叶えられないなんて不平等があるのだろう?
「・・・わかったよ。じゃあ、抗ってくる」
立ち上がったユウトがそうアヤ達に言って、やっと俺達の方を見た。そして、開口一番。
「さっきから、五月蠅い」
羞恥と怒りが織り交ざった小声のそれに俺は紅蓮の上でにやにやと笑った。ぐちゃぐちゃに融けた雪が紅蓮の足元で泥と混ざって濁っている。
《うるさくてもいーじゃん。ユウトが無視するから、悪ぃーんだ!》
《ですな》
俺の言葉に続ける紅蓮にユウトはむっと顔をしかめ、けど何も言わさずに俺が先にユウトに言う。
《なー、ユウト。俺、もう一回ソノオのアイス食いたいなーって》
これは、ずるい言葉だ。
《あと、ナギサの方にも行ってみてーなーって》
ユウトは何も言わない。紅蓮も、緑羽も。
《そう、思ってんだけど?》
紅蓮の背中の上はふわふわしていた。
《・・・ずるいですな》
紅蓮が俺の方に首を回して、怒る。それはずるいと。緑羽もずるい、と拗ねたように言う。あぁ、知ってる。俺はずるいって。でも、いいじゃん。俺はユウトの傍に居てーんだもん。紅蓮、緑羽。お前らだっておんなじだろ?だから、別に俺が代表して言ってもいいと思うんだ。・・・それがずるいと言われていることだって知ってて言ってるけどさっ。ユウトは俺の言葉にぐったりと脱力したように言う。
「・・・断定はできないな」
《どけち》
「いや、夜月」
《どけち》
「緑羽」
《どけち、ですな》
「・・・・・・」
「白、アルセウスに会いに行くの?」
三匹から言われて行き場をなくすユウト。ケイヤの声も聞こえたが、それをユウトは無視していた。ものすごく面倒くさそうなものを見る目が俺達に突き刺さる。俺はそれを満点の笑顔で受け流した。紅蓮の上だと、冷たい風がちょうど良く涼しい。
《我儘なんだよ。身に染みて知ってんだろー?》
にやっ、と笑う俺に紅蓮と緑羽が頷く。ユウトの後ろに見えるのはアヤとケイヤと、燐とスピカと、パルキアとディアルガ。それから神殿の残骸。青空。シンオウ地方でいちばん天空に近い場所、そこに自分がいるということに今更ながら実感を覚えた。そんな俺達にユウトは盛大にため息をついて、
「あぁ、全くだ」
ユウトの右手が俺の頭をぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でつけた。
「期待はすんなよ」
《うん、してる》
ユウトは戻ってこないかもしれない。それは多分、俺たち全員がわかっている。でも、それでも願うことは自由だろう?アヤが『深紅』を追いかけたみたいに。
《待ってるんですな》
《あのね、ねっ。アヤ、にもついて行って、見た、見たんだけどねっ、緑羽はね、緑羽は、ゆ、うとじゃなきゃ、嫌なんだっ、よっ!》
紅蓮と緑羽がそれぞれさらに言葉を重ねる。ユウトはどうしようもないなと、そう息を吐いた。そうそう、ユウトはそうやって俺達に振り回されればいいんだ。いつもみたいに。
「あぁ。・・・あと、アヤ。夜月達のこと頼むな」
やっとケイヤに振り返ってその質問に答え、そのままアヤの方を振り返ってそう言う。
ぽん、と最後に一発俺の頭に触れてユウトはそのまま俺達の傍をすり抜けていく。ユウトが亀裂の間に消えるまで、俺はずっとその背中を追っていた。
《・・・あーあ、ユウトに会いたいなぁ》
ぐたり、と紅蓮の背中でへばりながら、俺はその『我儘』を繰り返す。
紅蓮と緑羽がそれに顔を見合わせて、少し、笑った。
***
コメント欄にご報告、および言い訳文章が御座います。
2012.6.29 23:52:04 公開
■ コメント (1)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
12.6.30 00:10 - 森羅 (tokeisou) |
こんばんは、もしくはこんにちは。
少々(三月終わり以降更新なし)ご無沙汰しておりました。森羅でござます。いや、ほら、短編企画とかもあって、いろいろあったんですよ、いろいろ(土下座)……生あるも予定では残り3話分なのですが、うまくいくのでしょうかね・・…(遠い目
最後までお付き合いいただければこれ幸いでございます。
さて、ご報告。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、27話にぴかちゃんことぴかりさんより挿絵を頂きましたっっっ!!!もう歓喜ですね、踊ってますね(画面の向こうで)。本当にありがとうございますっっっ><幸せ!!もうなんたってけ(以下自重
……さて。ここからは184話の言い訳に御座います。
アヤのシーンなのですが、やったら昔のこと(ユウトが「オレは何もできないんだよ」と言っている部分あたりですね)を引っ張り出してきたなとか思った方いらっしゃいましたら申し訳ございませんm(__)mただ、全く意味のないわけでもなくてですね、ケイヤユウトあたりでかなり繰り返してきたそれをなぜまた引っ張ってきたのかと言いますと、単純にアヤはそれを知らなかったんです。……いや、これ本当ですよ。なんでしたらミオ図書館(159~169あたり)を見てみてください。……まぁ読みませんね。しんどいですね。わかってます。すみません。
とにもかくにも、アヤちゃん、ユウトが飛び出した後ユウトとの掛け合いがないためになーんも気づいちゃいないのです。これには僕もビックリでした(おい)。ケイヤは『生の世界(やぶれたせかい)』のところで気づいてますけど。というわけで長々と繰り返し描写が入りましたがご容赦くださいませ。
それでは、失礼を。