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生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

182.sideユウト×ケイヤ×アヤ 自己中心的[エゴイスト]

著 : 森羅

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side紅蓮(ウインディ)

どれほどの時間が経ったのか、正直よくわからない。
誰もが静かだった。その時間は長かったような気もするし、短かったような気もする。尤もこの空間に正常な時間の流れがあるのなら、だが。

びくり、と微かな振動が走った。
ぎこちなく、寄りかかっていた重みが前のめりに移動していく。伏せていた夜月殿の耳が揺れて、夜月殿は首を持ち上げる。シロナ殿も我らの様子に顔を上げた。声が、耳に響く。

「夜月、紅蓮」

良く知った、声だった。

《ユウト殿》

彼の名を呼ぶのはひどく久しぶりな気がした。我の声に反応してユウト殿はぐるりとこちらを向く。気の抜けたような、笑みにも見えなくない表情が見えた。瞳は深紅でも真紅でもない。夜月殿は目を見開いたまま立ちすくんでいる。はぁ、とため息にも聞こえなくない息を吐き出した後、呆れたようにユウト殿は我に向かって言う。

「紅蓮、何しに来たんだ?こんなところにまで」

我は笑った。何をしに来たのか、そんなもの決まっている。だが、それを答える前にシロナ殿の腰に付いていたそれがボールを開けて飛び出てきた。その緑の塊の動きは、驚異的なほど速い。我が驚くほどなのだから相当だ。我が茫然とする中、飛び出してきた緑羽殿はびえぇびえぇと泣きながらまくしたてる。シロナ殿が呆然としているのが視界の端に映った。

《ゆぅとおおおおお!!い、ぃっ、嫌なんだよお!!ゆっ、とじゃなきゃ嫌なんだよお!緑羽何か悪いことした!?謝るからああ!謝るからあああ!!緑羽は。緑羽は!ゆぅとじゃなきゃ嫌なんだよお!》
「緑羽」

ぐりぐりとその長い首を下げてユウト殿に擦りこうとする緑羽殿にユウト殿はやはりため息のような吐息を吐き出して少し体を引きながら、緑羽殿の頬にあたるであろう部分をぽんぽんと叩く。・・・いつもと同じように。
手はそのまま、呆れたような表情だけがまた我の方へと戻った。我はそれにゆっくり頷く。同じだと。貴方でなければ嫌なのだと。分かっている。これは我儘だ、無い物ねだりにも近い、我儘なのだ。緑羽殿を撫でていたその片方の手が今度は自分の方へと動く。首の辺りを触れる手の感触が嬉しかった。

「馬鹿ばっかりだな」
《自分でわかっているんですな》

我は笑う。緑羽殿はひとまず落ち着いたようでユウト殿から顔を離した。緑羽殿の影に入って見えなかった夜月殿はまだ固まったままだ。ユウト殿は夜月殿に視線を移して、声を作る。自分の大好きな、あの独特のトーンで。

「夜月」
《ゆーとの、阿呆》

ぴりぴりと夜月殿の体が震えている。震えた声がそう耳に届く。ユウト殿は肩をすくませた。

「お前ほどじゃないな」
《ユウトの、阿呆!阿呆阿呆阿呆!!!俺は!俺はっ!!》

夜月殿からそれ以上の続きの言葉は聞こえない。代わりに続きを言うのはユウト殿の方。澄み渡った青空は相変わらず頭上で回転している。細い雲が円形に伸びている。シロナ殿は静かに成り行きを見ていた。

「オレは嘘偽りの創り物だよ。全部が虚偽だ。そうわかってるくせにオレを振り回す馬鹿が多いから、オレはこうやって抗う羽目になる」

呆れたようなため息。それは何度となく聞いてきたそれだった。仕方ねぇな、といつも妥協してくれる彼のものだった。周りに振り回されることを迷惑がりながらそれでも我儘を聞いて甘えさせてくれる彼のものだった。弾かれたように夜月殿が目を大きくする。恐る恐ると言った様子で歩み寄ってくる。

《ユウト、俺、俺はっ!》

泣き出しそうな夜月殿の声。・・・ふん、ミオで自分は大丈夫だと言ったのは誰なのだ。強がりばかり言って、我儘ばかり言って。一番怯えていたのは誰なのだ。我の吐息に体毛がぶわっと膨らむ。炎タイプの高い体温、それで温もった暖かい風が流れて行った。ユウト殿は動かない。

《俺は『夜月』だけどっっ!!だけど傍にいてやるって言ったからっ!!だからいてやるんだ!死んじゃやだって思うからっ!俺はそう言うんだっ!!置いて行かれるのは大っ嫌いなんだっ!!》

黒いはずの夜月殿の顔が上気しているのがわかる。緑羽殿までもがきょとんと眼を点にしていた。自分は内心で細く笑う。我儘だと。だが、自分も同罪だと。
それは『ユウト』を傷つけるとわかってるはずの願いで、苦しめるとわかっているはずの望み。我らはそうわかっていても言わずにはいられない。世界を敵に回してもここにいて欲しいと。世界を敵に回してでも戦って見せるから。
はあぁぁ、と深いため息が彼から洩れた。どうしようもないな、とそう言わんばかりだ。だがそれは自分達に安堵をもたらしてくれる。

「どうしてこう、静かにならないのか・・・。簡単に諦めてくれればこっちも諦めがついたのに」
《諦めたくねーからだよ》
《ですな》

うんうんと首を上下させるのは緑羽殿。我らを一周、見まわしてからユウト殿は肩を落とす。力の抜けたそれは呆れ笑い。ぺちっ、と夜月殿の頬を軽く叩くユウト殿。突然のことに夜月殿は間抜けた表情をしていた。逆にユウト殿の声は少し質が違う。

「夜月、正直時間がない。アカギを探してくれ。お前なら探せるだろ。見つけたらあとはもう伸びてても良いから。・・・・・・シロナさん。すみませんが、あまり時間がないので。とりあえず手を出さないでもらえますか」
「え!?・・・え、どういう意味?」

さっきまで傍観者だったシロナ殿は話を振られて焦っていた。立ち上がったユウト殿に倣うように急いで彼女も立ち上がる。我も立ち上がり、少し伸びをして固まった体をほぐしてから尋ねた。微かに彼の腕が痙攣を起こしているのが目に映る。

《我らは、何を?》
「見ていてくれればいいんです」

それはシロナ殿と我ら、その双方に対しての言葉。“闇夜新月”の影が世界を巡る。ここは元々影でできた世界だからだろう、すさまじいスピードでそれは枝葉を広げていった。シロナ殿が驚いて辺りを見回している。しばらく、と言う時間も過ぎないほどの時間で夜月殿は声を上げた。

《見つけた》
「お疲れさん」

全身の力が抜けたように夜月殿が地面にべっとりと張り付く。それをユウト殿は肩の上に乗せてからシロナ殿の方を向いて、言った。

「シロナさん。そろそろ茶番を終わらせましょうか」

sideユウト

クレセリアの言葉を、自分の言葉をそれぞれ思い出して失笑する。
馬鹿ばっかりだ。だからオレはまだ抗わなきゃならないらしい。・・・それは言い訳だとわかっている。抗うための言い訳だと、そう知っている。世界でさえオレを持て余しているのだろう、という『憶測』に期待をかけているとそうわかっている。『何か』に期待しない代わりに自分の行動に期待している。“もしかしたら”と。
かすかに痙攣する右手に力を込めると痙攣が止まった代わりに吐き気が喉をあがってきた。

生きたいと死にたい、死ななきゃならないと生きなきゃならない。その四つの感情は相変わらずオレの中で拮抗して暴れている。生きたいと思えば自分を崩壊させ、死にたいと思っても自分を壊す。世界はオレを拒絶している。それはどんなに自分が紛い物だと認めても、偽物を本物だと言ってくれる馬鹿がいても関係無い。これだけはやはりどうしようもない。『時間』と『空間』だけでなく『しんく』を消した『生』と『死』の『神様』とやらがオレをどうにかしてくれない限り不快感も拒絶感も消えるはずがない。と言うより『狭間の世界』に逃げ込んだオレがしたことと言えば頭を冷やしたことくらいなのだ。冷静に戻っただけ。『自分』を取り戻しただけ。だが、まぁおかげで色々なことを思い出したのだが。
凄むようにオレは笑う。

あぁ、終わったら死んでやっても良いさ。消えてやっても良い。だからもう少しだけ、生きさせろ。
もう少しだけ、抗わせてくれ。

結末はまだ見えていないのだろう?

sideアカギ

自分を傷つけた世界が、彼は嫌いだった。

目前にいるのは自分をこの狂った世界へと連れてきた生き物。この世界の王のように振る舞うそのポケモンはアカギを嘲笑う様にアカギからの攻撃を避ける。否、避けるとも言わない。地の利は向こうにあり、また上下も重力も関係ないそのポケモンに不安定な足場からの攻撃が当たるはずがない。ゆえにあのポケモン、ギラティナはわざわざ避ける必要がないのだ。付かず離れずの距離を保って自分を監視するように泳ぐこの世界で唯一のポケモンはアカギなど相手にはしていない。少なくともアカギにはそう見えた。
ぎりっ、とアカギは歯を噛みしめる。思うがままに行かない現状が腹立たしい。こんな自分の思い通りにいかない世界など壊れてしまえばいい。壊してしまえばいい。ニィとアカギの顔に笑みが走った。・・・そうだ、壊してしまえばいい。それだけだ。この世界の王はさぞかし驚き慌てるだろう。自分に対し怒りを覚えるだろう。自分を無視することなど、決して赦さない。
彼は傍らに立つヘルガーに向かって破壊するよう命じる。さらに新たにポケモンを呼び出す。この世界を破壊しろ、と。不穏な空気を読み取ってかアカギの周りを回るギラティナの視線がアカギへと移る。アカギのポケモンによる破壊音が轟ぐ。アカギはギラティナを笑みを浮かべながら見上げた。彼の顔に張り付いているのは誰もが戦慄するような、そんな狂った笑み。だが、この世界の王たるポケモンはそんなアカギを体に似合わない小さな目で一瞥した後、ふいっ、と顔を背けた。恐れを抱き視線を外したのではなく、それは明らかに興味を失って視線を外したようであり、驚愕すると同時に彼は怒りを覚えた。自分を無視するな、と。自分を見ろ、と。だが、その怒りが表面化する前にアカギは奇妙なことに気づく。自分に対して一瞥しかしなかった影のポケモンは今、一点を見つめたまま動かない。何があるのか、とアカギはそちらに目を動かせた。ギラティナはアカギの正面より少し上を見ているようである。

「当たりだ、夜月」

ギラティナの視線の方から先程も聞いた声が聞こえた。それは先程、自分に対し背中を向けた少年の声だった。自分と良く似て非になる哀れなそれの声だった。
何をしに来たのか、と訝るアカギに対してその声の主は当然のように今居る地面から飛び降り、何もなかったはずの空間に足を付ける。一瞬前までただの闇が広がっていた空間にはさも当たり前のように足場が生まれていた。ギャラドスの咆哮がアカギの真後ろで生まれる。“はかいこうせん”の光が走り、アカギは後ろを振り返る。しかしギャラドスが狙ったのであろう木々は“はかいこうせん”が当たる瞬間、元からなかったかのように消え失せた。光の軌跡は空を切りアカギは顔を歪ませ、視線を戻す。ギャラドスの攻撃が外れたことに対してか、それともまた別のことに対してか、バランス悪くブラッキーを肩に乗せた少年は微かに笑っていた。少し自分に向かって前進している。後ろには現役チャンピオンの姿も見えていた。少年の口元が動く。真上のギラティナはただ審判役のように自分達を見下ろしているだけ。

「悪いが・・・これ以上壊すな」

それは決して大きな声ではなかった。しかし、その声にアカギのポケモンたちは敏感に反応を起こす。怯えたように辺りを見回し、少年とアカギを見比べてヘルガーは尻尾を垂れる。凶悪さと暴れ出したら手がつかないことに定評があるはずのギャラドスさえ、冗談のように大人しい。彼らは主であるアカギの命令よりもさらに素直に、迅速にトレーナーでもなんでもない少年の声に従った。彼がまた飛び石を渡るように、何もなかったはずの空間に生まれた足場に足を付ける。それはこの世界が少年の味方をしているようでもあり、この世界の所有者が彼であるかのようにも見えた。そんなことを思っている間にもアカギから2、3メートルほどの距離までまで少年はやってくる。赤とも黒とも言い難いその目がよく見えた。アカギは問う。お前は自分に背を向けたではないかと。何もかも諦め、殺してくれとそう言ったではないかと。

「何の用だ。私はキミに用はないが」
「残念、オレにはあるんだ」

にっ、と少年が笑う。それにはトバリで見たあの不気味な殺気はなく、またこの世界で見た壊れてしまったような自嘲と諦めが混ざったそれもない。目の前の少年は今、アカギの見た『人形』ではなかった。
勿論、だからと言ってアカギからトバリの時に植え付けられた恐怖が消えるわけではない。少年自身が何をしでかすのかわからない不気味さを醸していることはとりあえず今はないが、いつまたそうなるのかアカギには予想がつかないし、さらにヘルガーとギャラドスは使えなくなっており、ほかのポケモンが出たところで二の舞を踏むだけだろう。手持ちのポケモンを自分の『力』だと称する彼は今、丸腰も同じなのだ。使えないポケモンをボールへと戻し、彼はじりっとわずかに後退する。しかし彼の夢と虚勢が彼の最後の砦として逃走を許さない。空の果てのあたりで黒と青が混ざっていた。

「なぁ、アカギ。お前は何が一番怖いんだ?」
「私に怖いものなど、無い」

反響するのは唐突な質問。アカギはそれに首を振った。自分に怖いものなどない、と。自分がかつて目の前の少年に恐怖したことを棚に上げて、今自分がかすかな恐怖を抱いていることを見ないふりして。
だが、そんなアカギの心を見通しているかのように少年は不敵に笑う。嘘つきだと罵っているように。態度にもよるのだろうが、それは人を小馬鹿にしているようにも見えた。チャンピオンであるはずの彼女は少年の後ろでただ成り行きを見守っている。襟巻のようにだらんと体の力を抜いてしまっているブラッキーはそれでも真紅の瞳を開き、黄色の模様を仄かに光らせていた。

「・・・『昔々、あるところに一人の男がおりました』」
「何?」

アカギは予想外の言葉に顔をしかめる。少年の口から零れた言葉の意味を彼は理解することができなかった。文章の脈絡もあったものではない。だが、そんなこと知ったことじゃないと言わんばかりに少年は続きを語る。静寂こそが正しいような世界にぽつんぽつんと音が落ちて行った。ギラティナが低く小さなうなり声を上げる。ギラティナの泳ぐ空はこの世界に似合わないほどに蒼い。一歩、少年は歩を進める。

「『その男は何かを創り出すという素晴らしい力を持っていました。ですが、そのためヒトに畏怖されました。自分を畏れの目で見るヒトビトに、自分に恐怖を抱く者達に、その男はいつしか歪んだ願いを持ちました。その男は生き物を呪いました。自分を否定する生き物を恨みました。その男は神を創ろうしたのです。そして彼は結局、そのあまりにも傲慢な望みを果たしました。彼は剣を創りました。何かの命を奪える者を沢山創りました。何かの神様になることのできる物を創りました』・・・知ってるか?トバリの神話のさらに前の話、『刀匠』の話だ」

少年の問いかけにアカギは無言で答える。何かがアカギの胸のあたりに引っかかった。唐突に始まった昔話にシロナも表情を崩している。勿論、アカギもそんな話は聞いたことがない。だが彼は思い出し、考える。トバリの神話は剣を持った若者が自分の過ちに気づいて剣を打ち砕く話。その前話に『剣』が造られる話は繋がりとして確かにおかしくない。だが、それが一体どうしたのか。アカギは少年を睨み付ける。少年はアカギの視線に対して反応せず、ただ言葉を続けた。

「こいつは一体何が恐ろしかったんだろうな。そういえば、ハクタイで深紅が言っただろう?お前のことを刀匠だ、と。なら、お前にはわかるか」
「・・・・・・知ったことか。戯言はもう良い。私が新たな宇宙を生み出すのを黙ってみていれば良い。大体、その刀匠とやらが感じたのは憎悪か、怒りだろう。恐怖ではない」

それは焦燥感のようなものだった。訳の分からない戸惑いと言う名の感情がそこに生まれていた。確かにハクタイでは言われた。『刀匠』、と。だが、昔話のそれと私の間に何の関係がある・・・!?訳の分からない感情を持て余すアカギに目の前の少年は笑う。会心の笑みで。

「怒りだと、憎悪だと言うのか。あぁ、そうだ。オレも話を聞いただけだが、この剣を創った人物も自分の感情をそう思ったらしい。自分の感じている感情は憎しみだと、自分を認めない者たちへの怒りだと。そうやって他人を排除した。誰かを傷つけるための道具を創った。・・・そうやって自分を護ろうとした。アカギ、今のお前と同じだよ」
「なんだと・・・・・・!?」

淡々と突きつけられた言葉に怒りの声をアカギは上げる。私は自分を護ろうとなどしていない、と。アカギは自分の顔がなぜか火照っているのがわかった。だが、アカギが新たに言葉を発する前に少年の何も変わらないトーンのそれがアカギを遮る。
青空が忙しなく回転する。だんだん早くなってきたようなそれはこの世界の崩壊を示しているようにも感じた。また少し少年が歩み寄ってくる。アカギは動かない。

「何が違う?そうだろ、これはお前のためのような物語じゃないか。『何かを創り出す』ほどの力があり、『人を見下し、嫌い、畏怖させ』て、不完全な世界に対しては破壊してやると『呪い』、『新たな神を創る』という、また『新たな世界を創る』と言う『傲慢な願望』を叶えようとしてる。その通りじゃないか。お前も昔話の刀匠と同じように他人を排除し、誰かを犠牲にして、そうやってお前を傷つける人間に怯え、お前を傷つける世界に怯え、自分を護っているんじゃないか?」
「なっ・・・!!!」

アカギに沿ってなぞらえられた物語にアカギはそれ以上の反論が出なかった。焦る反面アカギの胸中で落ち着かなかった焦燥感はこれだ、とアカギは気がづく。そう、この話があまりにも自分と似ている為にそれが引っかかったのだ。殺したはずの感情、それはもう先程から、いやもうずっと前からアカギの皮膚を突き破ってしまっている。怒りを示し、戦慄を示し、恐れを示し、まだ止まらない。感情はやわな体を突き破って溢れていく。一滴の血も溢れさせずに、傷跡さえ残さず。
目の前にまで来た少年がアカギと目を合わせる。赤とも黒とも言い難い双眸はアカギから目を逸らさなかった。

「感情を捨てた?笑わせるな。それさえも自分を護る為の嘘だろう。自分が傷つかないように。お前は昔話の刀匠と同じだ。誰とも目線が合わないことをお前は一番恐れているじゃないか。独りでいることを一番恐れているじゃないか。お前は自分を護る為に独りになろうとばかりしたんだろう?独りは嫌だと、そう思って独りになってしまったんだろう?」

吐き捨てるように言い切るように少年はそうアカギに告げる。目の前にいる少年は自分のことを全て決めてかかるように言い切って切り捨てる。まるで自分自身に言い聞かせるように。
だが、そう。それは、それは・・・当たっているのだ。ぱきん、とアカギの中で封じていたはずの記憶が弾ける。
トバリで一度彼によって壊れされた彼の根本的支えになっているものが、また彼の言葉によって音を立てて崩れていく。一度壊れたそれは、ヒビが入って前よりずっと脆くなっていた。ぐらりと視界が揺れる。

まだ自分が無邪気な子供だった頃。
世界は綺麗だと思っていた。
世界は優しいと信じていた。
なのに、世界はそれを裏切った。
ただただ、恐ろしかったのだ。
誰とも目線が合わなかったから、怯えて小さくなっていた。
独りでいるのが怖かった。それがとても嫌だった。
この世界はそんな恐ろしい世界。だから壊してやろうと思った。
もっともっと優しい世界が欲しかった。
ただ、それだけだった。

「黙れ!黙れ黙れ黙れっっ!!!なぜ貴様にそんなことを言われねばならん!私を決めつけるなっ!!貴様に私の何がわかる!!?」

置いていかないで、おいていかないで・・・・・・!!

ただ、そう願っただけだったのに。
目線の合う誰かが欲しかっただけなのに。
誰にも追いつけなくて、誰の手も掴めなくて、気が付けば独りでいたのだ。
誰とも目線が合わないから。それがひどく、恐ろしかったのだ。
誰も周りにいないことに虚勢を張っていた。私は一人で生きていけるのだと、友情や仲間などは全て虚偽だと、そんなものは不要だと。お為ごかしの綺麗事になど興味がないと。そうして余計に独りになった。
そう言い聞かせて独りぼっちの自分を護った。

それは、アカギの見たくもない過去だった。

アカギは感情をあらわにして喚いた。憤り、憎しみ、悲しみ、寂しさ、ぐちゃぐちゃに混ざったそれが影の世界を震わせる。シロナはそれに戦慄するように身を強張らせたが、目の前にいるはずの少年は何も感じていないようで、涼しい顔をして立っている。はぁはぁと肩で息をするアカギに対して少年はやはり目を逸らさない。静かな声も先程から何も変わらない。

「さぁな。お前のことなんて知らねぇよ。世界を壊したいなら壊せば良い。止めやしないさ。ただ、オレは聞いただけだ。そうじゃないか、と。お前がそれを違うと言うならそれで良い。オレがそう勝手に決めつけただけなんだから。オレにお前の行動を邪魔する権利なんて無いんだから。ただオレはお前にオレの意見を押し付けているだけ。世界を壊すなと、そうお前に向かって言ってるだけだ。オレもお前と同じただの意気地無しだから、失うことが怖い。ただそれだけ。言っただろ、似ていると。オレは自分がそうだから、お前もそうなのかと思っただけだ」

凄むような、強がるような笑みが少年の顔に映る。
存在さえ赦されず、なのに消えることもできない矛盾だらけの創り物、願うことも望むこともできず、感情も意志も知識も全て虚偽で。世界の全てに否定された。だから、世界の全てに怯えたと。誰も救ってくれないと馬鹿のように逃げ惑ったと。今でさえ逃げていると。お前と同じように何もかも壊れれば良いと考えたと。自分を護る為に傷つけないように自分に対して都合の良い理屈ばかり探していたと。一人になって感情を殺す言い訳ばかり言っていたと。自虐するような言葉を彼は自分の言葉に対する証明だと言わんばかりに淡々と紡ぐ。
アカギは言葉を失った。反論する気力も全て失ってしまった。確かに。確かに少年はある意味ではアカギの写し鏡だった。自分が最も見たくない弱い部分を、切り捨ててきたはずの脆い部分を、強がりの言い訳を、少年は自らを持って自分に突き付けたのだから。この世界に自分は怯えていると。感情を殺したとそう思い込んで自分を護っていたと。自分にだけ都合のいい理屈を探していたと。ここで終わってたまるかと、このままでは願いは叶わないと、そうどこかで誰かが告げる。だが、もう完膚無きまで叩き伏せられたようにアカギの腕に力は戻らなかった。感情など持っていないとそう言い聞かせても、必死で仮面を繕っても・・・それは何かから背を向け無様に逃げるための言い訳をずっと言い聞かせ続けているだけだ、と。

そう、彼は気づいてしまったから。

ひどく自分が幼く感じた。世界を大きく感じた。
傷だらけの少年が目の前にいる。小さくなって夢の中に逃げ込んでいた自分の代わりに自分の傷を受けたような少年がいる。
一歩間違えば彼は自分よりもっとためらいなく世界を壊しただろう。全てを否定し、拒絶し、彼だけの世界を創っただろう。
だが、そうならなかったのは。

「なぁ、アカギ。世界がもし完全だったら、オレは自分を否定できたのかもしれないのにな。世界に否定されて、でもそれでも生きていたいと望むなんざ赦されないのにな。それでもまだオレは悪あがきし続けてる。この世界が完全じゃないから。馬鹿がオレを唆すから。・・・全てが救われる優しい世界も完全な世界も残念ながら無いんだよ」

きっ、と反論するような小さな鳴き声がブラッキーから上がった。それに対して少年は微かに笑う。
そう、多分。彼がそうならなかったのは。
そこは唯一アカギと違うところ。彼は一人にならなかったということ。独りになろうとしたとき、止めてくれる誰かがいたということ。勿論それはアカギの想像の域を出ない、勝手な決めつけだ。だが。・・・だが、自分にももしそういうものがいればあるいは。綺麗事の夢物語を描いてそんな自分に苦笑する。空を見上げるとずっと自分達を見ていたギラティナがふいと背を向けて空を泳いで行った。青空はその回転を止める。はっとしたようなシロナの視線が目の端に映って彼が後ろを振り向くとそこには黒い穴が開いていた。ずっとただ黙っていたシロナがアカギのそばに駆け寄ってくる。

「アカギ。伝言があるわ」

怪訝な顔をするアカギに対し、シロナはそっとアカギに耳打ちする。それは少年には聞こえなかっただろうが、アカギには良く聞こえた。目が反射的に見開かれる。アカギの目に空が映った。
役目を終えたシロナが後退し、少年と並ぶ。だが、少年はさっきまで自分に対し自分の姿を映す鏡になっていた彼ではない。
真紅の瞳が微笑を浮かべた。

「さぁ、帰ろうか。この後どうするかは君が決めればいい。もう一度抗うなら、抗えばいい」

深紅の瞳が無邪気に笑った。

「さぁ、そろそろ戯れ遊びを終わらせようぜ」

自分を否定した世界に、自分が否定されたと思い込んだ世界に。
自分を傷つけた世界に、自分が傷つけられたのだとそう決めつけた世界に。
自分を独りにした世界に、自分が好んで独りとなってしまった世界に。

アカギの姿はゆっくりと背中から吸い込まれていった。

sideシロナ

何もしないで欲しい。
ただそれだけをユウトは望んだ。

戦ってねじ伏せようとそう提案した彼女に首を振って。

『例え勝ったとして、何が変わるんですか。何も変わりませんよ。力で叩き伏せてアカギが諦めるならシロナさんにお任せします。ですが、それでは何も変わらないんです。アカギは同じことを繰り返すだけですよ。ポケモンバトルは何の解決にもならない』

じゃあどうするの、と問うた自分に朧な線をした少年は苦笑で答えた。

『アカギの状態は、なんだか自分を見ているようなので。アカギもオレと同じように怯えて逃げているだけです。もう何も感じないとそう思い込んで、強がって自分を護っているだけです。・・・オレが勝手にそう思い込んでるだけかもしれませんが。ですが、アカギがそうならそれに気づかせることができれば多分、アレは簡単に崩せますよ』

歩を進める少年の背中をシロナはずっと見ていた。ただじっと、それがシロナの役目だとそう思ったから。だが、もう一つ。もう一つだけ彼女にすることがある。ケイヤに伝えられた言葉はアカギに伝えなければならない。
だから、アカギの真後ろに黒い穴ができた時、シロナは駆けだした。

「アカギ。伝言があるわ」

声が震えた。震えた声はそれでも世界に反芻する。このギラティナの住む『破れた世界』、すなわち『死の世界』に。アカギに近づき、ケイヤから教えてもらったその言葉を一言一言、確かめながら音にする。

「森の洋館の、テレビの中で。彼はあなたを待っているわ」

シロナには良くわからないその言葉。だが、ケイヤが言った通りそれは確かにアカギには意味が通じたらしい。ゆっくり見開かれていく黒目が空の青を映して、それは深い青にも見える。吸い込まれるように彼は黒い穴へと落ちていく。全てを失った代わりに彼は何を手にしたのだろう。

「シロナさん」
「・・・どうしたの?」

ユウトに名前を呼ばれ、彼を見る。疲れたような顔で彼は深い息をついた。
いつの間にか空がその回転を止めている。空の色は、澄んだ水色。

「ここから、戻れます。多分ですが、『おくりのいずみ』に出るはず。向こうの世界も元通りになっていると思いますよ」
「ユウトくんはどうするの?」

純粋な疑問をシロナはそのまま口にする。シロナの金糸のような髪がさらりと揺れた。在るのか無いのかわからない蜃気楼のような木や足場が視界に映る。シロナの質問に対してユウトは気の抜けたような面倒くさそうな笑い方をして答えた。それは短い付き合いでも見たことのある彼らしいと言えば彼らしいのだろう、その表情。シロナはいつの間にか微笑んでいた。

「オレはまだやることがありますので」
「そう・・・。じゃあ、あたしは行くわね。ユウトくん、あたしはきみの関係者だけど『しんく』の関係者じゃないわ。そうでしょう?だから、ね」
「えぇ、わかってますよ」

ため息を吐き出すように、聞き飽きたと言わんばかりにシロナのセリフを遮るユウト。一見して面倒くさそうだとわかる顔が彼の表情を作っていた。それに対してシロナは笑う。そうね、と。それは202番道路でのポケモンバトルの時の表情をシロナに思い出させた。

とん、と言う軽い跳躍音とともにシロナは躊躇いなく黒く開いた穴へと飛び込む。
ありがとうございます、と少年の声が聞こえた気がした。

sideケイヤ

あはははっ、と言う笑い声はぼく自身のものとは思えないほど雪山の頂上でよく響いた。雪の上に寝転んでいるせいで背中が冷たい。でもそれは温まった体に程よく、気持ちいい。

「ケイヤ・・・?」

さっきまでぼくに話を聞かせてくれていたアヤちゃんが不思議そうな声を上げる。ぼくはそれにアヤちゃんの方を見ずに答えた。
目を覆った腕が相変わらず自分の視界を闇に落としている。それでもまだ腕を退けて目を開けたくはなかった。聴覚と触覚で世界に触れているのが心地良かったから。アヤちゃんとゆーとの旅路を一緒に歩いている気分になりたかったから。

「ごめんごめん。面白かったから、つい。ゆーとはどこに行ってもゆーとだなぁって」
「はあ?」

素っ頓狂な声はアヤちゃんから。ぼくのすぐ隣にいるはずの燐と堺(かい)も、ボールの中にいるはずの凪も透(ゆき)も黙ったきりだ。
『ポケモン』。アヤちゃんのゆーとについての第一声はそれだった。ユウトはまるでポケモンだと。トレーナーがポケモンに指示を下すのが当然の世界。ポケモンはバトルで、さまざまな状況で、それに応えるのが当然の世界。その『当然』にゆーとは聞きたがり屋の子供のように尋ねた。ポケモンはモノなのかと。所有物なのかと。ポケモンバトルの、こんなに痛いものの、何が楽しいのかと。
ゆーとがそう思ったのはこの世界の『常識(あたりまえ)』を知らないということのほかにゆーとにポケモンの言葉をわかったというのも大きかったんだろう。それから『しんく』の意思も無意識に反映されていたはずだ。深紅も真紅も理不尽にポケモンが死んだのを知っている。人に巻き込まれて、死んでいったのを知っている。それを繰り返したくないとも願っていたはず。ゆーとは『しんく』だから、当然それは反映されただろう。でも、それはアヤちゃんを含めこの世界の『常識』を知る人の目には奇妙に映った。当たり前だ。ポケモンを戦わせ、それが楽しく、またそれがポケモンとの絆だとそう唱える世界がこの世界なのだから。だからアヤちゃんはそれを適切に言葉にしてくれている。“ユウトの考え方はまるでポケモンだ”と。“ヒトのそれではない”と。ぼくはへらりと笑顔を浮かべながらアヤちゃんの声に反応を返す。頭の中には一つの神話が浮かんでいた。

「まるでシンオウの昔話だね」
「え?」

ずぐっ、と雪の擦れる音が聞こえる。アヤちゃんが向きを変えたんだろう。冷たい風がかすかな音を奏でてどこかへ流れていく。日の日差しなんか感じないほど寒い場所のはずなのにでもどこか日差しのぬくもりを感じた。暗闇と静寂の中に落ちていくのは声。波紋を広げるようにそれはゆっくり静寂を揺るがしてまた静寂に呑み込まれていく。

「ゆーとの話。まるでシンオウの昔話その二だ。ほら、あったでしょ。『森の中で暮らすポケモンがいた。森の中でポケモンは皮を脱ぎ人に戻っては眠り、またポケモンの皮を纏い村にやって来るのだった』って。まるであれみたいだなぁって思ってさ。村、つまり人の中ではポケモン、森の中、つまりポケモンの中では人。ゆーとの考えはポケモンのもので、それをアヤちゃんを含め人はゆーとを不思議に思う。けどゆーとは人の枠は越えられない。ポケモンにはなれない。ポケモンの中ではゆーとはどこまで行っても人間として見られる。そう考えると当てはまるでしょ?」
「・・・・・・ふ、うん・・・?」

よくわからない、といった感じのアヤちゃんの声にぼくは少し口元を吊り上げた。だからどうした、と言う話だ。ぼくも話を聞いてただそう思っただけ。でもそれはゆーとがどちらにもなれない、と言う意味も含む。どちらでもあってどちらでもない。だからどちらにも受け入れられない。ポケモンと人間だけの話じゃなくて、生にも死にも。

「エゴだよ。ぼくの気持ちなんてただのエゴ」
「ケイヤ?」

目を覆う腕を退けると、眩しくて細めた目に映るのは青空。どこまでも澄んでいて、どこまでも白に近い青色をした空。青空の映った川に流した骨はここに還って行ったのかなあ。彼は、・・・深紅はこの氷空(そら)を見たのかなあ。青と白の世界で、深紅は願った。とてもとても自分勝手で、ひどくひどく優しい願いを。そして深紅と同じように、真紅と同じように、アヤちゃんと同じように、ぼくも望んだ。それは自分勝手で、小さくて、叶わないはずだった望み。偶然にも叶ったその望みの行く末は決してみんなが笑顔のハッピーエンドではなく『ユウト』を創り、不幸も創った。誰かを傷つけて、何かを犠牲にした。はぁ、と息を吐き出す。白く凍ったそれが空気中に溶けて消えていく。

「アヤちゃん。ぼくらは傲慢だね。自己中心的で、どうしようもない馬鹿者だね」
「・・・・・・そうね。ザウラクたちに願って、それが叶って。なのにまだ願ってる」

頭をアヤちゃんの方へ向けるとアヤちゃんはディアルガ、つまりザウラクに背中を預けて体操座りをしていた。ぼくの視線に気づくと苦笑いのような笑みを見せてくれる。ぼくもそれに同じような苦笑いで返した。自嘲にも、近かったかもしれない。
ゆーとに生きていてほしいと、『しんく』に消えてほしくないと、世界に壊れてほしくないと。そう『我儘』をぼくらは言い続けている。我儘だと知って行動している。誰かを傷つけるのをわかって、何かを犠牲にするのをわかって、自分を傷つけると知っているくせに、それでも抗い続けてる。とんでもなく身勝手な理由を押し付けて、身勝手な望みをぼくらは願い続けてる。これをエゴと言わないで何をエゴだというのだろう。エゴだと知っていて望み続けるぼくはどうしてこうしつこいんだろう。
ザウラクがごぉぉ、と低いうなり声を上げた。空気が震えて風を生む。アヤちゃんが視線を上に移した。そのひどく優しい声に呼応するのは堺の声。ぼくもまた首を動かして真上を仰ぐ。

《世の全てのものが勝手に願い勝手に望む。生き物など皆そうだ。願っても願っても常に願う。望んでも望んでも欲は尽きない。だが、それが当然だ》
「そっか。・・・じゃあ堺も?」

ぼくは身動きしなかった。笑ってもいない。ただ、あっさりと当然のようにそう言った。だって堺だってこの世界に生きている生き物なんだから。堺はぼくに言ったのだから。『叶えさせてくれ』と。堺の目線が固まる。でも堺が望みを叶えたくても叶えられなかった哀しい『神様』なのは、ぼくらがナギサにいる時点で気づいていた。身じろぎしない堺にぼくはふわりと笑いかける。燐の尻尾の一つが、ほんのりとしたぬくもりが、ぼくの手に触れた。

「ねぇ、堺。望みは何?ぼくが、叶えてあげるよ」

堺は、哀しすぎるよ、もっと貪欲になってもいいんだよ。

初めて会った時と同じように豪快に、今にも泣きそうに、堺は笑っていた。

sideアヤ

《小さき舟よ、今度はどこの海で灯りを探す?どこの岸辺で星を読む?》

そう問うザウラクを見上げるとザウラクの赤い目が見えた。こつん、と頭がその紺青の足に当たって音を立てる。堺がザウラクに倣うように喉を震わせる。ザウラクと堺が調整してくれていてもやっぱり少し肌寒くて、体に合わない黒ずんだコートの腕をめくると素肌に鳥肌が立っていた。
泣いていたら、どうしたのかと慰めてくれた。話をすれば静かに聞いてくれた。願いがあるなら叶えてやろうと言ってくれた。自分が傷つくことをわかっていてザウラクはあたしなんかの願いを叶えてくれた。彼はあたしの『神様』。
彼はあたしが願えばまだ願いを聞いてくれるつもりなんだろうか。願ったあたしとは別に彼も傷つくのに。誰かを傷つけてしまうのに。それでも、都合のいい考えなのかもしれないけど彼の問いにそう感じた。あたしはゆっくり笑って冗談半分、ザウラクに言う。

「何、ザウラク。またあたしの願いを叶えてくれるの?」
《・・・また同じように吾に灯を示してくれるなら》

深い声が一言一言かみしめるようにそう言う。風が吹く。ゆっくりと時間が流れていく。腕の中のスピカはただじっとしていた。ザウラクに叶えてもらった願いは確かに叶った。ザウラクの望みも叶った。幼かったあたしはその事実だけに満足した。けど、ミオで聞いた言葉は頭に響いている。

「ねぇ、ザウラク。言ったわよね。あたしの願いを叶えてくれるって。その代わりに自分の望みを叶えてくれって」

ゆっくりと頷くザウラク。あたしはそれにちょっとだけ笑った。多分、きっと綺麗に笑えたと思う。
代償を必要とした、対価を要求された、それでも叶えたかった。『神様』と呼ばれる彼らも。あたしたちと何も違わずそう欲した。

「ザウラクの望みはあたしの願いを叶えさせてくれ、だった。・・・ねぇ、ザウラク。ザウラクは、本当は何が欲しかったの?」

くしゃり、と泣き笑いのような表情にザウラクの顔が歪んだ。

・・・かみさまは、だれが救うんだろう。

彼はやっぱり、優し過ぎた。

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2012.3.16  02:44:08    公開
2012.3.16  12:59:08    修正


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