生あるものの生きる世界
幕間 それは裁きと祝福で
著 : 森羅
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ただ望んだだけでした。
ただ願っただけでした。
それが赦されないだけでした。
本当にそれだけの、つまらない話でした。
※
死を司る神様は哀れそうに言いました。
無力だと。
愚者だと。
我々はそれにしかなれないのかと。
自虐するように陥れるように嘲笑うように。
可哀想なほど慟哭していました。
柔らかい闇の中で彼は希望を約束してやりました。
ひどく満足そうな顔で、ひどく泣き出しそうな顔で。
こんなに穏やかな彼の顔を私は久しぶりに見たのでした。
※
空間の神様は願いました。
時の神様は望みました。
彼らの願いを叶えたいと。
彼らの望みを聞き入れたいと。
それは許されないことでしたけれど。
それは途方もなく愚かで感情的な想いでしたけれど。
泣き叫ぶように、嘆き悲しみ縋るように、
小さな祈りを聞き届けました。
そうして嬉しそうに笑いました。
そうして優しく涙しました。
私は彼らの幸せそうな顔を久しぶりに見たのでした。
※
気が付けば、私はここにいました。
暗い場所にいつしか私はここにいました。
独りでは寂しかったので、誰かにいて欲しいとささやかに望みました。
ですが私の力があまりにも強かったのでしょう、その願いは唐突に叶ったのです。
何もない空間に、世界という名の空間が生まれました。
止まったままの時間に、流れという名の時間が生まれました。
時間の流れの中に生きる空間が、命が生まれました。
感情が生まれました。
意志が生まれました。
知識が生まれました。
精神達は小さな命にそれらを与えていきました。
私にはそれがとても嬉しかったのです。
自然は私に優しく、生き物達も私に温もりをくれました。
私は自分が創った愛おしい世界を、どこまでも慈しみました。
だからその結果に何が待っているのか私は知ろうとしなかったのです。
身の程も知らず力を振った代償を私はこの身に受けました。
愛して愛して、大切に想い続けた者達は限りある命を燃やして私の前から消えて行ってしまいました。
どれだけ留めたいと思っても時間は止まってはくれませんでした。
世界は何事もなかったかのように静寂を保っていました。
それがいつから生まれていたのかは知りません。ですが、彼は生まれていたのです。
私の影の中に、彼がいたのです。
『生』を生み出した私の影に『死』である彼は生まれていたのです。
それが罰なのだと、私はその時初めて気が付いたのでした。
全てを失っていくことが罰なのだと私はその時初めて知ったのでした。
私は永遠に罪の罰を受け続けました。
悲しくて哀しくて、私は泣きました。愚かで仕方がない自分を嘆きました。
そんな私を憐れむように時間と空間と精神達はもう一つ、『死』のための世界を作ってくれました。
それでも私は泣きました。誰かの死を悲しむ者達がいるからです。誰もが罰を受けるからです。失いたくないと、そう願っても皆最後には同様に罰を受けるからです。それは、永遠に罰を受け続ける私も含めて。最も、死が等しく皆にとって罰かどうかなど私の知るところではなかったのですが。
嘆きの声に耳を塞ぐように私は2つの世界の隙間に逃げ込みました。
体のいたるところからひび割れのように血が止めどなく流れていくのを感じていました。
そこで見ていました。ずっと見ていました。
2つの生あるものの生きる世界をずっとずっと見ていました。
笑う姿を見ていました。
嘆く姿を見ていました。
祈る姿を見ていました。
悲しむ姿を見ていました。
楽しむ姿を見ていました。
苦しむ姿を見ていました。
慟哭する姿を見ていました。
殺しあう姿を見ていました。
愛おしむ姿を見ていました。
ただ、見ていました。全てを見ていました。
それが私の犯した罪の罰から逃げた、その代償でした。
私に向かって、誰かが願いました。
“神”に向かって、何かが望みました。
私には何もできませんでした。
私は何もしようとしませんでした。
罰が怖かったのです。誰かが不幸になるのが怖かったのです。
悲しみが増えるのが怖かったのです。
誰かが傷つくのが・・・自分が傷つくのがとてつもなく恐ろしかったのです。
ただただ、私は世界の全てを見ているだけでした。
誰かの死を、何かの生を、悲しまずに喜ばずにいられるように何者とも関わろうとしませんでした。
だから、あの日、あの白い神域に小さな人の子が入ってくるのを私は最初から最後まで知っていました。
その人の子の過去も、今も、想いも、ここに来た経緯も。私はすべて知っていました。
知っているだけでしたけれども。
それは微かな笑い声でした。
それは静かな慟哭でした。
息も絶え絶え、その人の子は口元を吊り上げ笑っていました。
涙の筋を凍らせて、それでもなお泣きながらその人の子は笑っていました。
・・・・・・あぁ。
どうして私を嗤うのですか?
どうして私を嘲笑うのですか?
そんな満足したような顔で笑わないで。私に問いかけないで。
私は。
私は・・・私は無力なだけなの。
自分の持つ力を眠らせておくことしかできないの。
お願いだから、私を見ないで。憐れむように笑わないで。嘲るように泣かないで。
その人の子の語りかける声に、これまで私が耳をふさいで聞かないフリをしていた祈りの声が鈍く頭の中で反響しました。慟哭の声が耳を劈きました。
その人の子は“私”に縋りながら“私”を嘲笑っているようでした。
叶えられるものなら、叶えて見せろ、と。
それは、目を逸らしたくなるような光景でした。それは、逸らすことの叶わない光景でした。
目を覆いたくて、けれどそれすらできない光景でした。
何もしないようにして、何も感じないようにして、そうやって必死に癒してきたはずの傷がたやすく開いていくのを感じていました。開いた傷口に体が悲鳴を上げるのが聞こえました。それは自分の無力さを再び思い知らされ、打ち据えられたようでした。
雫があふれて、何もない無色の世界に溶けて消えて行きました。
あぁ。あぁ。ごめんなさい。ごめんなさい。私は。私は・・・。
ただ、遠い昔に微かに夢見ただけなのです。
身の程も知らず小さく願っただけなのです。
私は誰も救えません。
“かみさま”なんかじゃありません。
たとえ力を持っていたとしても耳を塞いで、閉じこもって、見ていることしかできないのです。
途方もなく哀れで愚かな生き物なのです。人の子が私を嘲笑うのをどうして咎められるでしょうか。私は限りなく無力で、何もしていないのですから。
私は無力です。だから笑わないで。泣かないで。お願いだから。
笑わないで。泣かないで。・・・・・・泣かないで、泣かないで。泣かないで。お願いだから泣かないで。私は誰も傷ついて欲しくないのに。それだけは未だ不遜にも望み続けているのに。
頭の中では未だ、私が生まれてから聞いた無限にも似た数の慟哭が響いていました。祈りの声が反芻されていました。
救えなかった者たちの救いを求める声も、見ぬふりをした者たちの祈りの声も、本当はずっとずっと聞こえていました。ひとつ残らず覚えていました。
「そうだね、ずっとそうしてきたよね。覚えてるだけ、聞いてただけ。でも、ボク、そんなの嫌いだよ」
ぽつんと落ちてきた声はとろんと溶けていきました。
時と空間と死の穏やかで泣きそうで幸せそうな顔がふわりと脳裏を流れていきました。
何もできない自分が、私は大嫌いでした。
2011.11.30 23:27:22 公開
2011.12.14 01:48:08 修正
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