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生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

176.sideケイヤ×アヤ 舞踏会[ダンスパーティ]

著 : 森羅

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sideシロナ

「え・・・?」

何が起こったのかシロナにはわからなかった。否、わかるはずもなかった。なぜなら彼女は『知らない』のだから。垂れ流しだったその赤い液体が左手の握力によってぽと、ぽと、と雫が垂れるだけとなっている。その影響で右腕同様左手もとろりとした真っ赤に染まっていくが、そんなことはシロナの視界に入ってなどいない。シロナの視線はただ一点、急変した少年の表情、特に瞳に釘付けだった。それは、瞬きを忘れるほどに。

「ユウト、くん・・・・・・?」
《ぶらああっ!》

シロナの少し震えた声に被さるようにブラッキーが先程までとは種類の違う強い鳴き声を上げる。だが、目の前の赤い瞳の『ユウト』はその二つを完全に無視してシロナの肩の向こうをただ見ていた。

《ぶらあああ、きっ!》
「・・・夜月、わかったから。これは俺のせいじゃねーし。『ユウト』のせい。あー、もう最悪だな」

二度目のブラッキーの声に彼はやっと反応して、苦笑にも似た笑みをブラッキーに向ける。その様子は至極自然体で、シロナはさらに当惑せざるを得ない。頭の中で沸々と湧く疑問の数々にしかしどれを言葉にすればいいのかわからず、彼女は棒立ちになっていた。そんな彼女を唐突に押しのけ、アカギの前に一歩踏み出る『ユウト』。え、と言う小さなシロナの呟きは誰も聞いていなかった。

「痛ぇ・・・。あーあ、止めとけってこいつは言ってたはずなんだけどな。お前は神にはなれないって。折角見逃してもらったくせに・・・。愚かだな、刀匠」
「貴様は!」

蔑むような冷笑を浮かべ、憤慨するアカギを見据える彼にシロナは何も言えなかった。ただ、状況把握もままならないまま成り行きを見ていることしか今の彼女にはできない。ウインディがぐいっと『ユウト』に近づき、心配そうな目で何かを囁くように顔を近づける。そんなウインディに対して軽く頷く彼に瞬き一つしないアカギは問うた。

「貴様は、一体誰だ?」
「言っただろ、ハクタイの像の前で。誰でもないって」
「・・・では、何だ?」

質問を変えたアカギに対して、くっく、と喉の奥で笑いを噛み潰す彼に今度はブラッキーが傍に寄って行く。ぽとん、と滴り落ちた血が地面にじわりとしみ込んでいった。

「・・・『誰かの願望』かな。強いて言うなら、だけど」

先ほどまでと少しだけ声の調子が変わったのがシロナにもわかった。雰囲気もどこか柔らかくなった気がする。そして、彼はアカギに発言する時間を与えずそのまま次の言葉を発した。

「さてと、紅蓮。頼むよ。貴方には悪いですが、一度引くことにします。このまま死ぬわけにも行かないですし、僕にとって貴方は正直どうでも良いので」
「なっ・・・!?」

どうでも良い、という言葉に目を見開くアカギを自ら発した言葉の通りに無視して、シロナのほうに振り向く『ユウト』。左手で右腕を握りこんだままにこやかに笑う『ユウト』にシロナの違和感は助長されるばかりで、何一つ疑問が解決しない。しかし、そんなシロナの当惑を無視して、あるいは見越して彼は口早に言葉を継いだ。

「とりあえず、一緒に来てください。事情は話します」
「えっ?え、えぇ」

勢いで返事をしてしまった一瞬後に、ここでアカギを倒さなくてはと言う思いがシロナの頭をよぎった。この壊れた世界にいると時間の感覚や通常の感覚がおかしくなって忘れかけてしまうが、向こうの世界はこの間にも刻一刻と壊れて行っているのだから。
しかしやっぱり、と断ることもできず、また状況がまったくわからない彼女は自分の勢いに従ってトゲキッスをボールから放ち、乗った。それを確認した後、『ユウト』もウインディに乗ろうとするが、アカギはヘルガーに対して命令を飛ばす。

「ヘルガー!」
「夜月」

アカギの声に、彼はアカギを一瞥もしないままブラッキーの名前を呼ぶ。刹那、紫電を纏った黒い球体がヘルガーを吹っ飛ばした。すぐに起き上ったヘルガーを見ると大したダメージは与えられていないだろうが、その時間はシロナ達が逃げるためには十分すぎる時間。

「お前達も、来い!」

走り始めたウインディの背中の上で、彼は意味深にそう叫んだ。シロナが一体誰に向かって言っているかと、トゲキッスの背の上で辺りを見回すと三色の光がこちらに向かって飛んでくる。それはシロナ達をここにまで案内した三匹の精神を司る神(ポケモン)。彼女をここまで連れてきた時点で彼らは姿を消したのだが、まさかまだ居たとは。シロナは驚きを隠せず、同時に混乱する頭のどこかで微かな恐怖心を抱いた。

それがなにに対してであるのか、彼女に判断はつかなかったけれど。

sideアヤ

「始めようか、舞踏会」

ケイヤが言ったどこかの漫画から引用してきたような(けどケイヤが言うとなんだか様になる)言葉に対して真っ先に言葉を返したのはマーズだった。

「・・・最初に聞かせな。アンタ、一体いつ、アタシたちの背後に回ったのさッ!?」

ありえない、というニュアンスの言葉にケイヤはにっこりと笑ってシロナが飛び込んだ穴のほうを指差して言葉を発する。

「うん?あぁ、ぼくはあそこから来たからね。入り口が一つだと思っちゃ駄目だよ、マーズ」
「なんだって・・・?」

わけがわからない、と言いたげなマーズの怪訝な顔にケイヤは笑ったまま言葉を続ける。ジュピターも似たような表情でケイヤの言葉を聞いていた。今の空は赤紫にも似た毒々しい色で、風があるわけでもないのにやけに細長い雲が空に線を描いている。

「穴の向こうの世界、それが何であるか知ってる?『死の世界』だよ。そして『生の世界』でもある。ハクタイのプレートにはなんて書いてあったっけ?」

おどけるようなケイヤのセリフにあたしもトバリのギンガビルで読んだハクタイポケモン像のプレートについてのファイルのことを思い出そうと記憶を手繰る。えぇっと、確か・・・。

「『生み出されし、ディアルガ。わたしたちに時間を与える。笑っていても、涙を流していても同じ時間が流れていく。それはディアルガのおかげだ』・・・・・・『生み出されし、パルキア。いくつかの空間を作り出す。生きていても、そうでなくても同じ空間にたどり着く。それはパルキアのおかげだ』・・・」
「そう、正解。パルキアは『いくつかの空間を作り出』した。そして、両方が『生の世界』だって言ったよね?『生きていてもそうでなくても同じ空間にたどり着く』んだ。どちらもが同じ『生の世界』なんだから。そして、生きてる。『笑っていても涙を流していても同じ時間が流れてい』っているんだ」

答えたのは、あたしでもマーズでもなくジュピター。ケイヤはそれに頷き、その言葉を反復しながら『生の世界』の神話と重ね合わせた。一息入れて、だから、とケイヤは続ける。

「ジュピターたちにも、ぼくたちにも、アカギにも世界を壊していい権利なんてないんだよ。だから、ぼくは止めるよ。全力で。・・・さてと、アヤちゃん。マルチとシングルどっちがいい?」

へらり、とした笑みを顔に映してケイヤはあたしに話を振ってくる。ケイヤと戦うか、あたしたちだけで戦うか・・・・・・そんなの、決まってる。だって、あたしは弱いから。

「2対2」
「おっけー。思いっきり暴れていいよ。ごめんね、マーズ、ジュピター。それで勘弁してもらうけど。・・・じゃあ燐、行くよ」

返事の代わりに聞こえてくるのは燐の声とレグルスの雄叫び、羽音は一つ、金属音にも似た音も一つ。

鬨の声が上がった。

sideケイヤ

何の打ち合わせもなく初めてコンビを組んだぼくとアヤちゃん。逆にマーズとジュピターはマルチバトルをしたことがあるのかもしれないってちょっと不安だったんだけど実際戦ってみるとよくわかった。この二人もあんまり二人で戦ったことがないんだろう、ぼくらと同レベルでなんとか合わせてるって感じ。燐とレントラー、マーズのゴルバットとジュピターのドーミラー。レントラーとゴルバットはほとんど攻撃一徹。まぁ、ぼくがアヤちゃんに暴れていいって言ったのも悪かったけど。皆が皆このまま自分のことだけを考えて戦い続ければ下手したら2対2じゃなくて、1対1が同じフィールドで起こっているか、乱闘バトルような状況になってしまう。そうならないのはぼくとジュピターがそれぞれアヤちゃんとマーズの補助にまわっているからだ。ただ、それがいいとか悪いとかすごいとか考えなしだとかいう話じゃない。この状況は補助と攻撃の役割が綺麗に分かれて保たれていると言えばそうかもしれないけど、逆に言えばその補助と攻撃のバランスが崩れてしまった時点で状況が全く変わってしまうという危険を孕んでいる。要は押し負けたら終わり。
例えばこれがゲームのようなターン制のバトルであれば“かえんほうしゃ”と“ほうでん”でゴルバットとドーミラーにそれなりのダメージを負わせることができた。ポケモンの立ち位置も変わらないし、一度発した指示も変わらない。でも、残念ながらこれはゲームじゃない。一瞬で指示が変わり、ポケモンの位置が変わり、状況が変わっていく。目まぐるしく変わっていく状況の変化一つでも見落とせばその時点で“詰み”。攻撃の予兆を感じ、対策をとり、隙をついて攻撃を仕掛ける。指示を考え込む時間はなく、その指示を後悔している時間もない。これでよかったのか、とためらっているうちに状況が変わってしまっているんだから。必要なのは頭を空っぽにしてフル回転させること。実際やってわかったけど、これはシングルバトルよりずっとつらい。ポケモンの数が多くて、ぼくの頭はパンクしそうだった。これは、まるきり頭脳ゲームだ。考えるのは今の状況。そして過去の動き、未来への移行。
“あやしいひかり”の対策に“しんぴのまもり”を燐に頼んだ直後、レントラーが隙だらけでゴルバット向かって猛進していく。となるともうあちらの行動は明白。当然のようにドーミラーがその隙を突こうと動いた。そのドーミラーを妨害しようとして燐が炎を放ち、ぼくと燐の注意が逸れた瞬間に今度はゴルバットの方が“エアカッター”を放ってくる。そしてまた次の一瞬には走りこんでいたレントラーがゴルバットに飛びかかって電気の通ったその爪と牙で翼を落とす。だけどその光景に感動している余裕もなく、ドーミラーの行方を探し当て攻撃を妨害するか防御するかを判断。ドーミラーの“ジャイロボール”を“まもる”で守ろうとして、ドーミラーの“ふういん”が発動。薄水色の半透明な障壁は中途半端なまま消滅してしまい、近づく“ジャイロボール”に対しては“ひのこ”で威力を殺す。それでも効果を受けた分はきっちり“おにび”を放って取り戻す。けど今度はゴルバットを抑えていたはずのレントラーが“どくどく”を受けたか“どくどくのキバ”を受けたか、胸元を毒々しい紫色に変えて悲鳴を上げながらゴルバットを放してしまった。よろよろと空へ戻るゴルバットに追い打ちとばかりに炎を浴びせかけるのは燐で、その攻撃の隙に燐の横っ腹に飛び込んでくるドーミラーを今度はレントラーが・・・。
ぼくはもうほとんど脊髄反射にも近い感覚で直感的に攻撃と防御を指示していた。必死で頭を回転させて蜘蛛の糸のような、今にも千切れそうな注意力を保ち続ける。アヤちゃんが、レントラーが、燐が頑張ってくれてる。ジュピターだってぼくと同じくらい必死なはずだ。ぼくが今ここでこのパワーバランスを壊すわけにはいかない。諦めるなんて、そんなことできるわけがないじゃんか。だって、ここでぼくが諦めてしまったら何も変わらないままだから。オーバーヒートしかけた頭の意識を保ちなんとか使える状態に戻そうとして、頭がぐらりと揺れた。

《ケイッ!?》
「燐、駄目!」

ぼくの指示が途切れたからだろう、振り向いた燐がぼくの声にはっとして向き直ろうと顔を振る。けど、それはもう遅かった。“こうそくスピン”なんて持っていないだろうに、燐の首元を擦って、横向きのドーミラーが燐とレントラーの間を薙ぐ。でもその勢いは止まらず、ぼくとアヤちゃんの間にまでドーミラーは突っ込んできた。わっ、と腕が反射的に顔を防御する。これ、攻撃?・・・ううん、違う!?これが攻撃だったとしたらあまりにもお粗末な攻撃すぎる。ぼくらを狙った?違う、これは。

「やられた・・・!」
「ケイヤ!?」

少しだけぐもったアヤちゃんの声がぼくの右側に出現した『壁』の向こうから聞こえる。ぼくはばんっ、と『壁』に近い右手で一回その『壁』を叩いた。じぃんとした痛みが手のひらに広がる。透明な壁が“ひかりのかべ”か“リフレクター”かはわからないけどとりあえずそのどちらかだろう。アヤちゃんも事態に気が付いたみたいで扉でも叩くみたいにがん、と左拳をそれにぶつける。至極簡単に言うと、要は分断された。この壁にはマーズも驚いたようで左右を見回している。視線を隣に移動させて、ドーミラーを手前に控えさせたジュピターに目を向けると彼女はぼくに向かってうっすらと微笑んだ。燐はぼくに向かって首だけで後ろに回している。静電気を体毛から爆ぜさせるレントラーを傍に、壁を壊そうと新たにモンスターボールを開こうとするアヤちゃんに静止をかけ、ぼくはジュピターに尋ねた。

「お疲れ?ジュピター」
「貴方もでしょう?」

まぁね、とぼくは照れ笑いをしながら頭の後ろに右手を当てた。そう、ぼくも限界だったようにジュピターも限界だったんだろう。このマルチバトル(これを正式なマルチバトルと呼べるのかどうかって言う話は置いておいて)で突っ切れるなら突っ切ったはずだ。それができなかったからこそ、ぼくらを二人一組に分断した。だって、これは決していい方法じゃない。一部分にしか壁を張れていないから上空はガラ空きだし、そもそもこの壁には時間制限(タイムリミット)がある。これはそんなに長時間保てるものじゃない。少しだけ視線を落として、ぼくを見つめる燐とアイコンタクトをとる。それは特に意味があるものじゃなくて、ただお互いを確認するためだけのもの。

「初めてって言うのは大変だね。考えることが多すぎて頭が疲れちゃった」
「お互い邪魔なお荷物も背負っていることですしね」

その蔑みを含んだ声にマーズが驚愕と怒りの混ざったような顔をする。アヤちゃんがどんな顔をしているかぼくに見ることはできないけど、ぼくは肩をすくめて言った。アヤちゃんが荷物?そんなことあるわけないじゃん。

「ぼくはアヤちゃんを荷物だなんて思ってないよ。思ったこともない」

はっきりと、きっぱりとぼくはそう言った。だって、アヤちゃんはあんなにも苦しんで悔しんで喘いでやっとのことで答えを出して決心したんだから。苦しくてもここまで来てくれたんだから。だから、アヤちゃんが荷物だなんてあるはずがない。そんなことぼくが決めることじゃない。
ジュピターのおかげで十分なインターバルをもらえた頭が正常に回り始める。視線を真横に移動させてぼくはアヤちゃんの顔を見た。マーズとは少し違う、戸惑うような驚きを顔に移したアヤちゃんにぼくはめいいっぱい笑って見せる。

「ごめんね、分裂されちゃった。“かわらわり”とか持ってるかもしれないけどとりあえずこのまま一人でやれる?アヤちゃんの覚悟、見せてよ」
「・・・!・・・ノルマってことでいいわけ?」

ぼくの言葉にアヤちゃんの顔に力強い笑みが戻る。ぼくは最初の笑顔のまま頷いた。向こうではマーズがジュピターに対して騒ぎ立てている声が聞こえる。

「うん、負けられないからね。ぼくらは負けない。燐!行くよ」
《はい》

燐がぼくの声に微笑んで頷き、その九尾をまた広げる。その様子を見ていただろうアヤちゃんもぼくが目線をジュピターに戻したところで自分の相手であるマーズに向き直り構える。ずりっと雪の擦れる音がした。目の前にいるのはジュピター。さてと、どうやって戦おうかな。

「お待たせ、ジュピター。わざわざ待ってくれてありがと。あ、でも別に待っていたくて待っていたわけじゃないかな。マーズ、怒ってるよ?」
「気にかけて頂く程のことではないですわ。そちらは役に立たない作戦会議は終わったのかしら?この際、何匹でかかってきても結構よ」

何匹でもいい?ジュピターの発言にぼくは苦笑するしかない。まぁね、ジュピターが強いのはぼくだって知ってるけどさ。アヤちゃんにあれだけ言っておいてぼくらが負けちゃうとかカッコ悪すぎるでしょ。それに。

「舐められてるなぁ・・・。ジュピターが強いことは認めるけどさ。まぁね、ぼくらも負けられないし」

チャリと音を立てたポケットからもう一つボールを取り出して右手に握りこんだ。
それに。ぼくも燐たちの強さを、彼女たち自身を信頼してるから。

「どうなるかはお楽しみってね」

ぽつ、ぽつ、と小さな火が提灯のように燐の周りに灯る。今までは炎技さえ補助や防御のみの意味で使ってたけど今回は本気。燐から発せられる熱気が足元の雪と水を蒸発させた。

・・・・・・計算は少し狂ってしまったけど。埋め合わせ、できるかな。

sideアヤ

ジュピターのセリフに自分がどれほどケイヤにべったり頼っていたのか嫌でもわかった。好きなように動いていいと言ってくれたケイヤの言葉を真に受けて好き勝手攻撃していたけどそれができたのは全部ケイヤのフォローのおかげ。ケイヤがいなかったらあたしは一瞬で二人に倒されてしまっていたのは間違いないし、主にレグルスにだけ注意を払っていたから周りの状況が読めていなかったに違いない。そんなお荷物にしかなってなかったあたしなのに、それなのにケイヤは荷物じゃないって言ってくれた。それに。

『アヤちゃんの覚悟、見せてよ』

ケイヤが笑いながら言ったその言葉を思い出す。その言葉はあたしに任せてくれたということ。あたしを頼ってくれたということ。だから、あたしは精一杯頑張ろう。
あたしにできることを、あたしたちにできることをやり遂げよう。

「レグルス、まだ行ける?」
《もっちろんっ!まだ倒れないよー。せっかくおねーちゃんのために大きくなったんだもんねー》

返ってきたレグルスの明るい声に、右横にいる彼の体毛をそっと撫でてあたしは笑った。“どくどく”の効果で蓄積していくダメージにそれでも戦う意思を見せてくれるレグルス。その体が、毒に蝕まれつつも放電された電撃がレグルスの鬣から尾にかけてを金色に輝かせた。そう言ってくれるなら、これが間違っていると言われてもあたしはレグルスと戦う。あたしが決めたようにレグルスにだって決めた意志があるんだから。あたしはそれを信じるしかない。どうしてもって時は考えるけど、とりあえずはレグルスと戦ってみる。毒の治療をしている暇はないから、レグルスのノルマはゴルバット。

「ゴルバットだけ頑張って。行くわよ、レグルス」

負けられない。だって、守りたいものがあるから。失いたくないものがあるから。
それは、あたしもレグルスもきっと同じ。

金に輝く体毛が残像を残して、駆け出した。

sideジュピター

「燐、“かえんほうしゃ”!」

相手側の少年の声に紅の炎が雪を溶かして水に変え、さらにそれは水蒸気に。キュウコンの発した熱気が雪を溶かしてそれを水へと変換していく。ドーミラーにキュウコンの炎技はかなりヒットしてるが、もともとの『耐熱』特性とレベルのおかげでいまだ倒されるには至っていなかった。キュウコンの炎に反応を起こした水蒸気よって白いスモークが徐々にジュピターの視界を奪う。この白い煙ががむしゃらに攻撃をした結果なのか、それとも意味のあってのことなのか現時点ではジュピターに判断はつかなかった。そもそも彼女がケイヤと戦ったのは一度きりで、しかもその時はグレイシアとキュウコンの規格外な攻撃によって攪乱されただけだといってもいい。前回のエイチ湖でのバトルと先程のマルチバトルで少女の方ほど無鉄砲な考えなしだと言う印象は受けなかったが、それでもその判断能力はそこそこ頭のまわるトレーナーであれば指示できるレベルのもの。要は彼女にはケイヤに対する判断材料が少なすぎたのだ。それでもある程度の警戒を怠っていないジュピターに少年はへらりと笑いながら話しかけた。キュウコンとドーミラーは指示がなくても互いに戦っている。

「“あまごい”したいならしてもいいんだよ?・・・エイチ湖の時みたいにさ」

わずかに自分の顔が揺らぐのがジュピター本人にもわかった。ケイヤと言うらしい少年はジュピターに向かってにっこりと無邪気に笑って見せる。そう、エイチ湖でグレイシアの攻撃を見ているジュピターにとって“あまごい”はトラウマにも近い。これ見よがしに右手に持ったボールをちらつかせるケイヤになおさらジュピターの表情は苦々しいものになった。それでも彼女はケイヤに向かって答えを返す。キュウコンの炎がまた地上に撒かれた水を蒸発させて、熱せられた水は白い煙へと姿を変える。

「・・・わざわざ自滅を選ぶ必要なんてないですわ」
「だね。ちなみに“あられ”とか“にほんばれ”もやめておいた方がいいよ?燐と透を知ってる時点で理由はわかると思うけどさ」

ケイヤの笑っているような声は聞こえるが、その顔をジュピターがはっきりと見ることはなかった。徐々に濃度を増していった白い煙がその場を覆う。これは罠なのかそれとも偶然の代物か。キュウコンの炎がおぼろに霧の中に浮かび上がっている。

「見辛くて仕方がないね・・・」

ケイヤの苦笑しているような声にジュピターは意味深に呟いた。

「偶然かしら?それとも小細工かしらね?」

返事は、なかった。

side???

・・・・・・・・・・・・。

『窓』の向こうにはかつて荘厳な神殿のそびえていた場所が映っていた。そこは白い雪で覆われたどこまでも清らかな聖地。まぁ、今の状況と状態でそんなことを言っても仕方がないんだけど。赤紫とも青緑ともとれるような気色の悪い空の色を背景にパルキアやディアルガ、そしてケイヤ君とアヤちゃんがそれぞれ映る。ジュピターとマーズと言う彼女達も勿論のこと。レントラーのレグルスからは電気が迸(ほとばし)り、キュウコンの燐からは炎が巡る。ダメージの蓄積したドーミラーが力尽きかけ、ゴルバットもかなりのダメージのようだ。ケイヤ君は何か思いついたようにかすかな笑みを浮かべていて、アヤちゃんは発生した霧に難儀している。いくつものアングルで表示される『窓』。ここでは『全て』を見ることができる。冗談でもほとんど、なんて言うアバウトな話でもなくて『全て』。まぁ、それが良いのか悪いのかはわからないけど。でも、ボクはくるりと『窓』に背を向け、そののぞき穴とも言える『窓』を閉じた。狭間の世界から音が消え、『生の世界』から入ってくる映像も途切れる。

「・・・・・・」

わかってる。この子をこんな状態にしてしまったのはボクだ。ボクがこの子に真実を教えたんだから。
君が望んだことだろう、ってその言葉を盾にとって救えない現実を教えたんだから。
そうならないことを祈っていたくせに、それなのにボクはそれを伝えたんだから。
ボクは声をかけるかかけないか悩んだ後、黙っていようとして・・・やっぱり声が出た。

「・・・ユウト君」

それ以上続かない言葉に答えはない。というより答えがあることを期待なんてしていない。だって、この子には今、何も聞こえていないのかもしれないから。もし聞こえていたとしても返事をする余裕なんてないだろうから。しんと静まり返った何もない世界で、彼はこの世界にさえ溶け込むことができず膝小僧に額を当てて、頭を抱えて小さくなっていた。蹲る、と言う表現の方が正しいのかもしれない。
もう何もしたくないと、何も聞きたくないと、そう言わんばかりに。

「・・・・・・ユウト、君」

名前を繰り返し呼んでみるけど、結局はそこで何もかも止まってしまう。元々ボクは記録者であって道しるべじゃない。どうすればいいのか、どうするべきなのかボクにはさっぱりわからなかった。いや、もっと根本的に言えば、ボクは何をすることもできないんだけど。
・・・あーあ、でもさそんな自分、ボクは大嫌いなのに。何もできない自分なんて、大嫌いなのにさ。

君は『ボク』を思い出させるんだ。

ねぇ、ディアルガ。
ねぇ、パルキア。
ねぇ、アグノム、ユクシー、エムリット。
ねぇ、ダークライ、クレセリア。
ねぇ、ギラティナ。

ねぇ、アルセウス。

神様は無慈悲だなんて笑っちゃうよね。
神様は無力なだけ。本当に滑稽で仕方がないよね。

ボクに一体何ができるのかなあ?
ボクはどうして何もできないのかなあ?

君達が悪いんだよ。ボクが悪いんだよ。

願いなんて望むから。
叶えたいなんて欲を出すから。
勝手な期待を押し付けるから。

見てごらんよ。・・・一体この子が何をしたの?
何もしてないよ、ただ生きたいって思っただけだよ。ただ当たり前のようにそう思っただけだよ。違うの?ねぇ。
ただそれだけなのに、どうして誰もこの子を救ってあげられないの?ねぇ。ねぇったら。

この子を消してしまえって、世界はそうボクに言うの?

・・・・・・そんなの、嫌だよ・・・。

ねぇ、望ませてよ。
ねぇ、願わせてよ。
ねぇ、期待させてよ。

あの子に真実を教えて、でもそのあとのこともずっと祈っていた。
あの子が生まれる前からずっとずっと祈っていた。
そんな下らないことしかできないボクだけど。これは最後の賭けだけど。
ボクは小さな窓を、過去を、今を映す窓を、いくつもいくつも創っていった。



もしも、もしもが起こったなら、そのときは。


***   ***
こんにちは。もしくはこんばんは。森羅で御座います。
補足というか寧ろ自己満足のような部分なのですが、とりあえず記載させていただきます。
管理者が「そうならないことを祈っていた」とか、「そのあとのこともずっと祈っていた」という発言をしていますが、これは、160.願望[ネガイゴトヒトツ]のユウトと管理者の掛け合いの中に出てきています。……ぶっちゃけどうでもいいようなネタですが、気になられる方もいらっしゃるかもしれませんので云々。
それでは、失礼を。

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2011.10.8  13:00:43    公開
2011.10.8  17:19:30    修正


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