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生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

175.sideユウト×ケイヤ×アヤ 戦う者逃げる者[トウソウ]

著 : 森羅

イラスト : 森羅

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side緑羽(トロピウス)

とてもとても怖い夢を見たんだ。
飛べなくなるくらい、それくらいに怖い夢を見ていたんだ。
傍にいなくて、寂しくて。でも呼んでも呼んでもいつもみたいに返事をしてくれなくて。
緑羽って、大丈夫だって起こしてほしいのに、起こしてもらえなくて。
やっと。

・・・・・・やっと、夢じゃないって気づいたんだ。

sideアヤ

じりじりと見つめあったままのあたし、シロナ、マーズ、ジュピターの4人。
この状況に苦しいものを感じずにはいられないけど、緊張の糸を切らすわけにはいかない。スピカたちの体力は温存しておくべきで、ここで痺れを切らせてポケモンを一匹でも出せば乱闘が始まってしまう。でもあのポケモンを、アカギを追いかけようとするあたしたちからしたらポケモンの体力を減らすわけにはいかない。だからこそあたしもシロナもポケモンを出さない、出せないまま。対するマーズ、ジュピターもこの状況だけで十分時間が稼げ、足止めという目的が果たされているから、無理にポケモンを出そうとはしない。

「・・・くっ・・・!」

シロナから不満にも似た声が漏れる。でも、気持ちはあたしも同じ。この状況を打開する方法が見つからないんだから。引くに引けず、進むに進めず時間だけが過ぎていく。パルキアとディアルガ(ザウラク)は嘆くような声を空に向かって上げ続け、そのたびに空は変色を繰り返して波紋を作っていた。アグノムたちだと言う、3つの光も空の上で絡まるように回りながら立ち往生している。

《アヤ》
「スピカ」

握りしめたボールの中でスピカがあたしに声をかける。残りの5つのボールもカタカタと腰で小さく揺れた。

《戦うわ。この状況よりはましだもの》
「ダメ。今は戦っちゃダメ」

スピカの声に小さく答える。目線はマーズたちから逸らしていない。じりっ、と足を動かすと踏みしめていた雪は小指側に寄せられ、足を冷やした。
・・・前に進みたいと思った。前に進むために真紅を受け入れて、真紅を否定した。自分の力を振り絞るって決めた。でも、今は前に進むために待つしかない。チャンスが来るのを、待つしかないのよっ!
苦虫をかみつぶしたようなあたしたちの顔に、フッとマーズが嘲笑を浮かべた。

「一体何分、こうやってしてるのかしらね?まぁ、いつまでそうしていても構わないわよ。時間こそがアカギ様の望む世界を作り出すために必要なのだからねッ!」
《アヤっ!!》

マーズの挑発にスピカのボールを右手で握りしめる。シロナも奥歯を噛みしめているようだった。切れちゃダメ、あたし!まだ切れないでっ!そう縋るように思った瞬間、ザウラクの悲痛なその叫びが耳を劈く。苦しいと、声はそう訴えていた。

「・・・ザウラク・・・ッ!!」

マーズから視線を逸らし、目を見開いて彼を見る。そこにいるのは引きずり出され、縛り付けられた一匹のポケモン。不器用なのに、あたしの願いを叶えてくれた。優しい声で、黙ってあたしの話を聞いてくれた。そんな彼は青い獣の姿を持った、ひどく優しい『神様』。
あたしはそんな彼を救ってあげたい。一刻も早く、助けてあげたい。

そのきっかけが、今欲しい!

「“アクアテール”!」

唐突に発せられた声が誰のものなのか考えるよりも速く、水流を纏った尾のようなものがあたしたちとマーズたちの間に叩き付けられた。地面に叩き付けられた水はその時点で弾けてあたしたちに容赦なく押し寄せる。わぷっ、と思わず声が漏れた。

「な、何・・・?」

けほけほと水を飲みこんだらしいシロナがむせ込みながら“アクアテール”の出所を探そうと視線を右往左往させる。金色の髪から滴が垂れていた。でも、それはマーズ、ジュピター、そしてあたしも同じ。一体誰よ!こんな標高が高い、寒い場所で水をかけられたら凍死するじゃないっ!!

「・・・あ。ごめん・・・。まさか全員にかかるなんて思わなかった・・・・・・」

ちょうどあたしがマーズの後ろ、つまりアカギが呑み込まれた穴の地点を見たとき、申し訳なさそうな声がそこから響いた。残り3人の視線がその声の主に集まる。とっさにそいつから目を逸らして上空を見上げると、そこにいるのは羽根の部分を広げたハクリュー。あたしはまた視線を戻す。キュウコンとへらへら笑いが再びあたしの目に映り、そいつは言葉を続ける。

「ありがと、シロナ。来てくれたんだ。それから遅くなってごめんね、アヤちゃん」
「ケイヤ・・・」
「アヤちゃん。ゆーとに、会えたよ」

にっこりと笑ってケイヤはそう言った。決して大きな声じゃないのに、その声はよく通る。腰の5つのボールうち2つがその言葉に歓喜するように揺れ動いた。そっちに行くから、と言ってこちらに向かって歩いてくるケイヤに寄り添って離れない燐の尾は、その一本一本が意思を持っているような規則性のない動きで金色に輝きながら踊っている。どこか妖艶で幻想的な美しさを持つそれは見るものを釘付けにしていた。それは本来、ケイヤの行く手を阻むべきマーズやジュピターも含めて。

「ちょっと!アンタ、どこから出てきたのさッ!?」

やっと金縛りから逃れたらしいマーズが怒りと困惑の混じった声を上げる。でも、ケイヤはそれにへらりと笑って、ボールを一つ取り出した。出てくるのはグレイシア。

「透(ゆき)、お願い。ごめんねー、マーズもジュピターも動かないで。すぐ、終わるから」
「なん・・・ッ!?」
「・・・!?」

マーズたちの言葉は、あたしたちの耳には届かなかった。踏み出そうとしたマーズが自分の足の違和感に気付いて視線を下す。ヒッ、という小さな悲鳴と舌打ちがそれぞれマーズとジュピターから上がった。エイチ湖でのユウトと同じ。彼女たちもまた足元が凍らされて、身動きが取れなくなっている。

「何のための“アクアテール”だと思ったの?足元、狙わせてもらったよ。・・・悪いんだけどポケモンは出さないでね。本当にちょっとだけ時間が欲しいんだ。透、見張ってて」
《グイィ》
「ありがとー」

透の返事にケイヤはにこっと透に笑い、マーズとジュピターの間を通り過ぎてまっすぐあたしたちの目の前にまで辿り着く。あたしたちが今までひたすら睨み合っていたのが拍子抜けするくらいケイヤは簡単にあの状況を変えてしまった。ケイヤはあたしに向かって笑い、そして半ば茫然としているシロナへと声をかける。

「シロナはちょっと久しぶりだね。ここに来てくれたってことはリーグとの交渉、上手く行ったの?それとも飛び出しちゃった?」
「・・・・・・相変わらずきみは神出鬼没ね・・・。ここにきた理由は後者よ」

シロナの言葉にえへへーとケイヤは照れたように笑い、燐がそれとたしなめるように顔をあげた。ケイヤはその視線に苦笑して、再び口を開く。ちなみに透が一瞬こちらに視線を寄越したのも、あたしの目にはしっかり見えていた。

「そっか。喧嘩してきたんだ?・・・ん、じゃあ余談はここまでにして本題」
「本題?」

シロナの復唱にケイヤはそう、と頷き、へらへら笑いは微笑にも似た表情へと変わる。空中にいた凪をボールに戻し、ケイヤはこちらを向き直った。

「凪、ありがと。・・・シロナ、今から『やぶれたせかい』に行ってくれる?わかってるかもしれないけど、あの穴から『やぶれたせかい』に、もう一つの『生の世界』に行ける。アカギもいるし、ギラティナも・・・ゆーともいる」
「・・・?え、えぇ。それは行くつもりだったから良いけれど・・・。きみは?アヤちゃんは?あと、ユウトくんはもういるって一体・・・?」

困惑した表情で次々に疑問を投げかけるシロナにケイヤは笑ったまま。そして、シロナの疑問に答えることなく、そのままの表情を保ったままあたしの方を向く。今度はパルキアがその声を響かせていた。

「アヤちゃん、時間がないから急いで決めて。あっちの世界行きたい?それともこっちで戦ってくれる?できればここであの二人止めるの手伝って欲しいんだけど。こっち側から赤い鎖を壊してみようと思ってさ。まぁ、できるかどうか保証はないんだけどね。・・・というか、今のゆーととあんまり接触しない方がいいかもしれない」

早口で言うケイヤは確かに少し焦っている。あたしだってのんびりしている暇がないのはわかっていた。だって、この間にも世界は崩壊に向かって進んでいるんだから。シロナにもそれがわかっているんだろう、疑問を顔に浮かべてはいるものの黙っている。考えること数秒、あたしはケイヤに確認した。

「ユウトはあっちにいるってことよね?」
「うん。ぼくは会えたけど、何もできなかった。・・・何もしてあげられなかった。言えることを言うだけ言ったけど、あとは本当にゆーと次第。アヤちゃんには悪いけど、ぼくらにできることはないと思う」

絞り出すような声。一瞬だけケイヤの顔が歪んだのをあたしは間違いなく見た。けれどすぐにその顔は元の笑みを取り戻す。・・・ケイヤがそう言っているんだからあたしが行ってもできることはないんだろう。なら。

「こっちにいればザウラクたちを救える?」

ケイヤの後ろで、太く深く彼らの咆哮が空に轟く。あたしの声がかき消されてケイヤに聞こえなかったんじゃないかって不安になったけど、ケイヤは強く笑っていた。

「救えるかどうかじゃない、そうでしょ?やるか、やらないか、だ。・・・どうする?アヤちゃん」
「決まってるでしょ」

ケイヤの問いかけに答えは決まっていた。少しふてくされたような顔で、当然だとあたしはそう言う。ケイヤはそれに嬉しそうに頷き、あたしは隣で成り行きを見ていたシロナに目を向ける。

「シロナさん。この子達をお願いしてもいいですか?」
「え?」
「あっちの世界に連れて行ってあげてください。そのあとはボールから出して放置しても大丈夫だと思いますけど、もしシロナさんがよかったらユウトに渡してあげてほしいんです」

腰から二つボールを取り出して、あたしはシロナの前で広げる。シロナの目はあたしとボールとを行ったり来たりした後、確認するようにあたしに尋ねた。

「このポケモン達は、ユウトくんのなの?」
「はい。詳しく話している時間はないですけど」
「・・・とりあえず、向こうの世界にまで連れて行けばいいのね?」

訝るような目線にあたしは頷いた。時間がないよ、とケイヤがマーズたちを一瞥してから言う。空の色もどんどんおかしくなって行っている。シロナには悪いけどあたしたちには説明している時間がないのよ!見つめるあたしの前で、溜息ひとつ、シロナは紅蓮と緑羽を受け取った。

「よくわからないけれど、やることはわかったわ。あたしがアカギを追って、ケイヤくんとアヤちゃんはこっちであの幹部二人を止めて、ディアルガとパルキアを解放。役割分担はそれでいい?」
「うん。あと、それから・・・シロナちょっとだけ耳貸して」
「え?」

言うが早いかケイヤは爪先立ちになって、シロナに何か耳打ちする。その内容はあたしには聞こえない。シロナは怪訝な顔をしていたけど、ケイヤが伝えてくれたらいいからと言ったら黙った。

「ごめんね。ぼくは伝え損ねちゃったんだ。じゃあ、よろしく。シロナ。きっとユクシーたちが道を教えてくれるから」

ケイヤがシロナにそう言って、穴のほうを指さす。さっきまで上空で立ち往生していた3色の光がそれぞれ吸い込まれるように穴の中に飛び込んで行った。その様子に驚いていたシロナもそれじゃあそっちは頼むわね、と言って穴に向かって小走りに進んでいく。

「透、ありがとう。それから待たせたね。マーズ、ジュピター。・・・それじゃあ、アヤちゃん」

黒く口を開けた穴にシロナが飛び込んだ。
透がこちらに駆け寄り、ケイヤの声に呼応するように燐がその尾を扇状に広げる。あたしはあたしでスピカのボールの代わりにレグルスのボールを掴んで投げた。レグルスの体毛が電撃を爆ぜさせる。マーズとジュピターもさっきまでと少し雰囲気が違う。各々のポケモンで氷を溶かし、挑発するように微笑む。

「始めようか、舞踏会」

無邪気な様子でふざけるように、けれど冗談なんて少しも感じさせない声で、高らかにそれは告げられた。

side紅蓮(ウインディ)

「ここは・・・」

シロナ、という女性から呟きが漏れる。確かにボールから垣間見れるこの世界は異質だ。我にだってわかる。だが、ケイヤ殿が現れた時、夜月殿はいなかった。そして、ケイヤ殿自身も会えたと言っていた。なら、自分がするべきことなんて明白すぎるのだ。

「・・・え?きゃっ!」

耐え切れなくなって、ボールから外へ飛び出す。シロナ殿は驚いて声を上げたが、気にするまい。紅い火の粉が煌めいて散る。辺りを見回し、鼻を利かせても匂いという匂いはなく、生き物のいる気配もない。いや、まず頭上は闇で、足元に空があるではないか。さらに重力の向きが一定ではないらしい。薄暗くて閉塞感を感じさせる世界、それ我の持った第一印象だった。

「えぇっと・・・きみ、あたしのこと覚えてる?」
《緑羽殿の騒動のとき、お世話になりました方ですな》

シロナ殿の声がしたので、我は首を少し傾けて彼女を見る。シロナ殿の問いにはすぐに答えたのだが、言葉が通じないことをすっかり失念していた。すぐさま頷き、肯定を示す。我の首肯にシロナ殿はよかったと笑った。

「ユウトくんを探すのよね・・・?ケイヤくんとかユウトくんとかがどういう理屈でどうなってるのかあたしにはよくわからないんだけど、とりあえず行きましょう。アカギが先か、ユウトくんが先か・・・どっちに当たっても怒らないでね」
《まぁ、それは仕方がないでありますな》

再び頷き、マサゴの時のように前身を屈める。乗ってもらった方が速いのだ。良く知りもしない人間をあまり乗せたくはないが、この際仕方ないだろう。シロナ殿は驚いていたが、すぐさま礼を言って我の背に乗る。

「ありがとう。じゃあ、行きましょう。方向はあたしが指示するけれど・・・きみの鼻が何かを見つけたら教えてね」
《承知ですな》

屈めていた前身を持ち上げ、暗く、入り組んだ迷路のような世界を見据える。

・・・必ず見つけてやるんですな。

シロナ殿が何かを決意してここに来たのと同じように、我らにも決めたことがあるのだから。

side夜月(ブラッキー)

ユウトには躊躇がなかった。
こんな目に見えるものさえ信じられないような世界で、それでもユウトはためらわずに前へ進んでいく。何も浮かんでいない空間にだってお構いなしに足をつけてしまうんだから、俺はもう唖然とするしかない。

《ユウト、なんでわかるんだ?》

ユウトの斜め後ろを歩きながら、俺はユウトに尋ねる。この先に何が待っているかなんて俺は知りたくない。ユウトが足を止めたとき、何が起こるかなんて俺は知りたくない。ひどく勝手な我儘だが、『終わり』に近づくことは怖い。だから、こうやっていつものように振る舞って強がってみせるんだ。自分の恐怖を覆い隠すために。

「さぁ?別に確信もって歩いてるわけじゃねぇし。ただ、見えるものの方を信用してないだけだ」
《ふ、ぅん》

ユウトの答えに俺はそれだけ言った。理屈はわかるが、普通なら恐怖がないはずないだろうに。やっぱり今のユウトはおかしい。それはちぐはぐな行動とは別に、だ。今のユウトは“恐怖”を感じてなくて、それが俺には怖い。
そこまで考えが辿り着いた時点で俺はものすごく細い糸の上を歩いているような緊張感に毛並みを逆立てた。今ユウトがこの細い糸を踏み外したらどうなるか・・・俺には嫌な予感しかしないんだ。

《ユウト、俺・・・》

呼んではみたが掛けるべき言葉なんて見つからなくて、俺は結局黙った。ユウトは反応しない。ただ、前へ進むだけ。俯いた俺の視界にユウトの足が見え隠れする。その足が大股気味にひょいと地面と地面のに隙間を飛び越えた。俺はユウトに続いてそれを飛び越える・・・が、ユウトが立ち止まっていたせいで鼻が思いっきりユウトの足にぶつかった。

《ぶえっ。・・・ユウト?》
「・・・何をしてるんですか?いや、何をしようとしてるんですか?」

俺に対して言った言葉じゃない。ユウトの隣に立って顔を覗き込むと、じっと蔑むような目でユウトは一点を見下ろしていた。その視線を追って俺も目線を動かす。少しだけ段差になっているのでこちらの方が高いので、俺の視線は緩やかに斜め下に降りていく。呆れたようなユウトの声が頭の上で響いた。

「ここにきてまで、一体お前は何がしたい?」
「私は、・・・私は新しい世界が欲しいだけだ」

視線の先に、俺にとってはわけのわからない演説をしていた人物、アカギの姿があった。

sideアカギ

彼はただ自分を飲み込んだ黒い影、ギラティナを追っていただけだった。そして、アカギ自身は知りえないがユウトも同じようにギラティナを探しているのである。理由は異なるが、このさして広くもない世界を同じ目的を持って同じ方向に向かって歩いていれば二人が鉢会うのは時間の問題だったことは言うまでもない。しかし、幸か不幸かアカギはそのことを知らなかった。トバリで自分を殺しにかかった人物に、喉元をぞわりとした不快感に襲われながらも空元気のような威厳を保って問いかける。

「・・・何の用だ?キミも私を止めに来たのか?」
「別に。オレはただ、黒い神に会いたいだけだ。ケイに言われたが、オレにはお前なんてどうでも良いよ。・・・だが、そうだ。なぁ、この世界を壊して望みは叶ったのか?」

即答された言葉はかつてテンガン山の近くで出会った時の敬語が綺麗さっぱりに消えていた。どこか威圧的な雰囲気を醸しながら飄々とした様子で目の前の少年は『詰問』する。その光景はアカギにトバリでの出来事を彷彿させ恐怖を甦らせたが、それでもアカギの『願い』が彼に引くことを許さなかった。

「・・・叶うはずがないだろう。こんな不完全な世界など私は願っていない。無秩序な世界など私は望んでいない」
「お前はこの世界が気に入らないのか。残念、オレはこの世界嫌いじゃないんだが。ここは、否定されないだろう?」

おどけるように言われたそれは、キュウコンたちを連れた茶髪の少年にも言われた言葉。あのときはこちらに反論する暇がなかったために言うことができなかったが、今の彼は言うことができる。苛立たしげにアカギは言葉を吐き捨てた。

「下らん。なぜ私が隠れるようにしてこんな誰もいない場所にいなければならないのだ?私は新しい世界を創る。この無秩序な世界が私の世界を創るのに邪魔だと言うのなら私はここを壊すだけだ。あの黒い生き物を追って、あの生き物を殺すだけだ」

睨みつけながら言い切った言葉は少年に大した影響力を持たず、軽く受け流されてしまった。嘲笑にも似た苦笑さえその顔には浮かんでいる。ただ足元のブラッキーはそわそわと落ち着きがなく、目線が少年と地面とを行ったり来たりを繰り返していた。

「へぇ、お前は自分とこの世界の生き物を秤にかけて自分に傾けることができるのか。傲慢だな。・・・だが、それでも赦されるんだから、本当に不公平だよな」
「・・・・・・何?」

アカギの顔に困惑の色が映る。前半はともかく独り言のように言われた後半の言葉の意味を彼は図り損ねたのである。相変わらず嘲笑とも苦笑とも取れるような表情で少年は彼の問いかけに言葉を創った。

「お前の行動は赦されたゆえの傲慢だろう?まるでものを知らない子供だな。目の前の欲しいものはとりあえず手を伸ばしてみて誰かのものか、どんなに危険なものかなんて気にかけない。その結果、世界を壊して何かを殺して・・・だが、それでもお前は世界に許容されるんだから、まだ願いを望むことができるんだから、羨ましいよ。オレは何も望めないのに」

子供、しかも物事を理解できていないレベルの子供扱いされたアカギは怒りで口を挟もうとしたが、陰りのある声と意味深な単語にその怒りを飲み込んだ。怪訝な顔をするアカギはその言葉の真意を尋ねずにはいられない。この少年と自分との間で話が微妙に噛み合っていないのだ。独り言を言っているのか、自分と会話しているのかさえアカギは確信を持てなくなってきていた。

「さっきから、何を言っている・・・?」
《ぶらっき!》

疑問をそのまま響きに変えたようなアカギの声に挙動不審だったブラッキーが少年に向かって声を上げる。しかし、その警告にも似た鳴き声に少年は一瞥をくれただけで無視した。ふっ、と今度は自嘲するような笑みが微かに少年の顔に貼り付く。

「存在しない存在だからオレは世界から居ることさえ赦されない、そう言う話だ。在るだけで世界を壊すから。世界を壊したら、オレは生きれるのかなって思ったりもしたんだがな。だから、そういう意味ではお前と似てるかもしれないな」

少年のセリフにトバリでも似たようなことを言っていたのをアカギはかろうじて覚えていた。そう、名前を尋ねたあの一瞬だけ『人形』が『人間』になったのだ。それはひどく印象に残っている。ただ、それも含め、ふざけているのかそれとも本気で言っているのか理解しかねるアカギに彼は自分が納得するため、と言った雰囲気で続けて言った。

「似てるが、逆か。否定されていないのに世界を否定するお前と、否定されているのに生きたいとしがみ付くオレ。オレは結局世界を壊そうと積極的にはしなかったが、お前はこの世界を壊して見せたしな。今もお前はギラティナを殺そうとしているが、オレはそんなことしようとは思っていない。オレたちはまるで『しんく』みたいだな」

言い切った少年からため息交じりの視線がアカギに注がれる。彼には『しんく』の意味は分からないが、少年の言うところはわかった。そして、アカギ自身も確かに少年が言うように自分と彼は良く似ていると感じたのだ。だが、ならなぜ?疑問を感じずにいられなかったアカギは続けて尋ねる。

「なら、なぜキミは世界を壊そうとしない?自分を否定するものを排除しようとしない?」

アカギの問いかけに、少年は笑った。ひどく寂しそうに顔を歪めて。

「願えるなら、そう願うさ。だが・・・もう何回も言ってるんだが、オレの存在のためにこの世界を犠牲にして赦されるのか?あっちの世界を犠牲にして良いのか?違うだろ。オレは自分にそんな価値を見い出せない。排除してどうするんだ?お前の世界にお前しかいなくなるだけじゃないか。それに、そもそもオレには元から願う権利すらないんだ」

何をしても無駄じゃないかと、彼はそう言っていた。ある種の達観してしまったような価値観は諦めという感情が作り出した代物なのだろう。諦めるなどという思いを抱かない自分とその部分も異なっている、とアカギは思いつつ質問を重ねる。

「願えないから願わないのか?」
「あぁ。望んでも手に入らないってわかっているからな。何もできないなら諦めるしかないじゃないか。オレにできることなんて、せいぜいあの黒い神に会っておくことくらいだ」

足元でブラッキーがぐいぐいと勢いよくジーンズの裾を引っ張っているが、アカギの問いに答えた少年は気にかけていない様子で肩の力を抜いた。聞くことを聞き終えたアカギは少し考えてから、目の前の哀れで諦めが良い不完全な『人形』に向かって言う。それならもう、何も考えずとも良いと。

「・・・それなら、キミがあの影のポケモンに会う必要などない。私があれを殺してそれで終わりだ。キミという存在がキミの言う通りならキミという曖昧で不完全な存在も私の願いがかなった時に消えてなくなる。そして、私とキミが似ているというのなら、『神』は二人要らない」

アカギがそう告げた後にその場に残るは沈黙だけ。トバリの時のように自分を殺しに来るかとアカギは少し身構えるが、少年にそんな様子はなくむしろアカギの言葉に今までの会話の中で一番強く笑っていた。泣き顔にも見えるそれに紛れもない狂気を宿して。

「あぁ、そうだな・・・・・・じゃあ、殺してくれよ」

表情とは裏腹にひどく疲れたような声でそう言った少年の顔から、その強い笑顔が剥がれていった。

sideユウト

アカギの言葉になぜか安堵することができた。

《ユウトっっ!!?》

夜月の声がひどく頭に響く。正直五月蠅くてわずらわしい。だが、もう良いと思ってしまったのだ。怪訝な顔をするアカギを笑いを引っ込めてぼんやりと見つめる足元で、夜月が叫ぶ。薄暗い世界が、さらに闇の濃度を増す。

《ユウト!馬鹿なこと言ってるんじゃねー!!!馬鹿なこと言うなっ!!》

抗えと、クレセリアに言われた。オレを『コトブキユウト』だという人がいる限り抗わなければならないと。“もしかしたら”を信じたくなったからと。だから、ここまで来てみた。そうしたらここはひどく静かで。だが、やはり“もしかしたら”なんてない。『オレ』は偶然が生み出した創り物でしかない。奇跡なんて起こらない。だって、世界は静かじゃないか。オレがいてもいなくても、ここは沈黙しているじゃないか。

《ユウト!!お願いだからっ!!生きてくれよっ!生きようとしてくれよっ!!なあ!なあってばあぁ!!!》

考えることを拒否し始めた頭と虚(うろ)になっていく感情が夜月の言葉を素通りさせる。ケイヤにも言われた、クレセリアにも言われた、夜月にも言われた、ダークライにも期待された。だが、それは言われるたびに息苦しくなる言葉だった。生きろって言われて、オレにどうしろっていうんだ?・・・なぁ?オレに何ができるんだよ。オレには何もできないのに。それに。

《ユウトっ!ユウトっ!ュウトお!やだ!ぜってーやだ!!勝手に決めるなっ!!》

それに、そう。今、夜月も言ったが、その言葉はオレを縛って選択肢を与えてはくれないんだ。決められた道筋を、世界の言う通りの代わりにあいつらの言う通りに行くだけなら『人形』は『人形』のままじゃないか・・・。なら、ここで終わっても同じだろう?クレセリアにも言ってある。言うほど抗わないだろう、と。オレはまくし立てる夜月にゆっくりと声をかける。アカギはまだ成り行きを見守るように突っ立ったままだ。

「夜月。頼むから、それ以上言わないでくれ」
《や・・・っ》

オレの言葉に嫌だ、と言おうとしたんだろう夜月の口を目線だけで黙らせる。頼むから、もうそれ以上オレに『期待』しないで欲しい。そんなことをしたらオレも期待してしまう。息苦しさに拍車がかかった。回転する空が目下に見える。

「頼む。頼むから。・・・これ以上生きたいって思ったら、壊れる」
《ユウトっ!?》

当然だ。夜月に聞かれたときに答えた。『生きたい』と『死にたい』、『生きなきゃならない』と『死ぬべきだ』がオレの中にはあると。だからぎぐしゃくして見えるのは仕方がないだろうと。ぎりぎり均衡を保っているそれらが、生きて欲しいと言われるたびに勝手に『生きたい』に傾いてしまう。均衡が崩れたら、どうなるのかオレは知っているのに。それでもオレには止められないから、だからもうこれ以上言わないで欲しい。やっと。

「夜月、やっと消えてくれって言ってもらえたんだ」
《ユウ、ト・・・?》

何を言っているんだと言わんばかりの夜月の声にオレは少し笑った。生きろとは言われたが、死ねと、消えろと言われたのはひどく久しぶりだ。アカギに言われた瞬間の肩の荷が下りたような安堵感は生きれることに『期待』しなくてすむからだったのだろう。夜月がオレの言葉に目を見開く。

「頼むから、もう赦してくれよ・・・。疲れた」

自分でも驚く程穏やかに出た言葉に夜月は全身を小刻みに震わせながら、瞬きもせずに首を細かく左右に振った。オレが溜息の代わりに肩をすくませると、アカギがやっとその口を開く。

「下らない悲哀ごっこは終わりか?」
「・・・・・・貴方も同じ穴のムジナでしょう?・・・どうぞ。もともと待ってくれなんて頼んでないですから」

皮肉交じりで言った言葉にアカギはぴくりと右瞼を痙攣させた。腰からボールを一つ選んで投げた結果、出てくるのは犬に悪魔の尾が付いたようなそんな黒いポケモン。そしてそのポケモンはかつて一番最初にシンジ湖でグラエナに襲われた時と完全に一致するポーズで襲いかかってくる。違うのは赤く開かれた口に炎を灯していることだろうか。恐怖は全くないと言って良い。オレもまた、あの時と同じように笑い、そして。

《ざけんじゃねーよっ!!》

“シャドーボール”が盛大にそのポケモンの横っ腹を殴った。ここのシーンもあの時とよく似ているが、この場面の再現だけはいらなかったのに。アカギがその光景に眉をひそめ、“シャドーボール”に吹っ飛ばされたそいつは半開きの口の隅でチロチロと火を燃やしながらこちらを睨んでくる。隣を見れば夜月の方も目が怒っている。

《・・・来いよ、俺は許さねーし、認めねー》
「夜月、やめろ」
《やだっ!!》
「夜月、良いから。もう良いからやめてくれ」
《やだねっ!無理!何がいいのかわけわかんねーし!何もよくねーもん!》
「夜月っ」

この期に及んで夜月は嫌だと連発していた。オレの最後の声は夜月に届いていなかったようで夜月からの答えはない。遠距離では相手側の炎が夜月を焼き、至近距離では牙をむかれる。火に炙られた毛並みは焦げた匂いがし、噛みつかれた部分は赤い血が細い川を創っていた。夜月の劣勢は明らかで、ここまでぼろぼろになった夜月は初めて見たといっても良い。オレを気にしすぎているせいなのかもしれないし、夜月が技も使わずがむしゃらに向かっているせいかもしれない。だが、後ろに押し戻された夜月はそれでもまだ相手に向かっていく。あのポケモンの名前が分かれば止めれるが、オレにはそれがわからないのだ。
・・・どうして。一体どうしてだよ。一つくらいオレの言うこと聞いてくれたって良いじゃないか。オレが消えたって何も変わらない。誰もオレなんて望んでいなかったのに。願っていなかったのに。なのに。
なのにどうして夜月が、ぼろぼろにならなきゃならないんだよ・・・・・・?

『“あんた”を探しに来てるブラッキーがいるわよぅ。紛れもなく“ユウト”を探してる。ほぉら、まだ終わってない。まだ途切れてない。でしょお?』

・・・クレセリア!
それは夜月の行動からの連想ゲームのように頭に浮かびあがった言葉。クレセリアはそう言ってオレを動かしたのだが、その言葉をこの時点で思い出すのは間違いなくまずかった。

―――生きたい。生きたい、生きタい生キたいイキタイ。・・・シニタクナイ!

「ぁ、ぐっ」
《ユウトっ!?》

歯止めのきかなくなったそれが、世界を壊そうと動きを始める。自分を存在させるために、拒絶物を全て排除するために。微かに漏れ出た呻き声に反応してしまった夜月はものの見事に相手の黒い炎ポケモンに吹っ飛ばされた。そして、障害物(よづき)を排除したそのポケモンは勢いを緩めることなくオレに向かって突進してくる。オレは無意識に左に吹っ飛ばされた夜月を受け止めようと夜月の方へ体重移動を始めたが、それだけのことに吐き気を覚え視界が歪む。さらに、夜月を吹っ飛ばしたそのポケモンも確実にオレとの距離を縮めていた。オレの左手が夜月に触れるのが先か、牙がオレの腕の皮膚に当たるのが先か。そんな一秒にも満たない間に三つ巴状態のそれはそれぞれの勢いのまま地面に激突した。

side紅蓮(ウインディ)

ぴくり、と我の鼻が何かを感じた。それは無臭の世界の中では頭がくらくらするほど強烈に香る、血の匂い。足を止め、その方角を確認するように辺りを見回すと、背中の上でシロナ殿が不思議そうに尋ねてくる。

「どうかしたの?」
《見つけましたな》

シロナ殿の問いかけに答えてはみるが、鳴き声にしか聞こえないだろう。伝わればいいのだが。声に対して少しの間難しい顔をし、確認するようにシロナ殿は言った。

「・・・何か見つけたのね?」

こっくりと我は頷く。目の前には垂直に“ズレ”た大地。血の匂い自体は遠くない。ただ、そこにどれだけ速く行きつけるかどうかはわからないのだ。とりあえず90度ジャンプして普通ならありえない場所に立つ。背中できゃっと言う可愛い悲鳴が小さく上がったが、それはすぐに別の驚きを持った言葉に変わった。

「ユクシー、アグノム、エムリット・・・?」
《?》

わけもわからず自分は目線を前に向ける。するとそこには踊るように宙に浮かぶ3匹のポケモン。黄色と、水色と、赤。その三色が絡み合うようで絡まず、繋がっているようで繋がらず我らのほんの2,3メートル先に、いた。我らを確認した彼らはぴたりとその動作をやめて付いて来いと言わんばかりに我らのほうを振り向きながら進んでいく。どうやら、待っていたらしい。一言も話していないので正確なところはわからないが多分そうだろう。この考えはシロナ殿も同意らしく、彼女は小さな声で呟いた。

「案内してくれるってわけね。・・・あの子たちに付いて行ってくれる?頼むわね、ウインディくん」

淡く柔らかい光を放つ彼らは夜の闇に踊る蛍のように絡み合い離れながら前へ進む。
シロナ殿の提案に対して承諾の代わりに喉から深みのある遠吠えを上げると、それは遠くの方で山彦のように木霊した。

sideユウト

遅すぎる脳の痛覚処理がやっと痛みをオレに教えてくれたのは、地面に直撃した1、2秒後。ただ、その痛みのおかげで暴走せずに済んだ。力任せにいまだ牙が食いついたまま右腕を振り払い、その黒い犬を引き剥がす。かなり深く噛まれた腕には歯型の代わりにぱっくりと刃物で切り裂かれたような穴があり、どくんどくんと血液が脈を打っていた。だが、まあそれはどうでも良い。オレは視線を変え再び攻撃を仕掛けようと走り出す、口元を真っ赤ににしたポケモンを見ながら命令した。

「・・・動くな」

低い声にびくりとそいつの動きが止まり、低い姿勢で唸るようにその場で止まった。オレを殺そうとするそいつを止める必要性なら全く感じないのだが、今は夜月がいるので無理やりにでも動かないでいてもらう。夜月を殺すわけにはいかないのだから。視界の端ではっとした顔になっているアカギにも黙っていろと目を向ける。アカギは手を掛けかけたボールからゆっくり手を放した。

「夜月」

視線を落とし、夜月に声をかける。受け止めることはできなかったが、左腕がある程度緩和材にはなってくれただろう。目線の先には不満げな夜月の顔が見え、夜月が起き上がるにつれ左腕の重みが消えていった。

《何やってるんだよ・・・?》
「何が?」

絞り出すような夜月の言葉に、オレはつい聞き返す。一体何が『何』なのかさっぱりわからない。わなわなと体を震わせる夜月は顎をしゃくってそれ、と『何』の意味を示した。オレは考えがまとまらない頭でしばらくの間考えてやっと答えを導き出す。右腕が脈を打っていて気味が悪いが、夜月が言いたいのはこれのことなのだろう。

「・・・あぁ、これか?」
《他に何があるっていうんだっ!?》

軽い口調で確かめるオレに夜月は言葉の節々に怒りを込めて叫んでいた。改めて自分の右腕を見てみるが、脈に合わせてある種の規則性を持って流れていく赤い筋の下の地面には血溜まりができていて、べたつくなと思った服の袖や運悪く血の当たる場所にあったジーンズは色が変わっていた。当然ながら麻痺しかけたような痛みもある。あぁこれか、と納得しつつもオレは夜月に聞き返した。

「これが、どうかしたのか?」
《・・・なっ!?》

放っておいたら死ぬだろうなってくらいの血が時間をかけて出ていくだけだろ?オレにとってこの傷はその程度の認識でしかない。それなのに、夜月はそれに対して瞳孔を小さくする。夜月のしっぽの先がぴりぴりと痙攣していた。

《ぃ・・・いい加減にしろよ!ユウトっ!!いい加減にしてくれよっ!!》

喚く夜月をオレは無感情に見下ろす。・・・何を?何をいい加減にすればいいんだ?そっちこそいい加減にしてくれ。もう、良いだろ。抵抗しても苦しいだけなのに。なのにどうして、『オレ』は生きなきゃならないんだよ?そうやって勝手なことばっかり言うんだよ・・・?

もう、何も聞きたくないのに。

「夜月、動くな。・・・なぁ。そこの、オレを殺したいんだろ?」
《ユゥ・・・ッ!》

立ち上がりながら夜月から離れる。アカギはその成り行きを凝視していた。オレの言葉に近づけず、臨戦態勢で構えながら口から血の混じった唾液を垂らしていたそいつはウゥッと低く唸り、さらに前身を低くする。夜月の声が聞こえるが、無視した。夜月自身、オレが言うまでもなく思うようには動けないはずだ。ひたひたと血が流れていく。この薄暗い世界で紅色は良く映えるだろう。顔の硬直を緩めるように笑うオレに、目の前のポケモンはダッシュをかけた。

「やめなさいっ!!」
《ユウト殿!》

声と同時に赤色が一瞬だけ世界を満たし、最後の火の粉が消えたころに朱色の体毛に覆われた体がオレすぐ横に現れる。ひらりとオレの目の前に紅蓮の背中から降りる人は、間違いなくシロナさんで。一瞬だけオレに目をよこしたシロナさんがオレに激昂し、そしてアカギに言った。

「ユウトくん、何してるの!?死にたいの!?・・・アカギ、あなたの勝手な理由で世界を変えていいわけがないでしょう。そんな正義、ありえないわ」
「・・・ほう、新手か。だが貴様に認めてもらおうなどとは思っていない。認めなくとも良い。こんな下らない世界で生きることしかできない人間に何も説こうとは思わん」

口を笑みの形に歪めたアカギはそう言ってシロナさんの言葉を一蹴する。シロナさんはそれにアカギを睨みつけ、言葉を続けていた。大量出血のためか視界がぐらぐらしてきたオレに、紅蓮は驚愕の声をあげる。

《ユウト殿、その傷・・・!》
「・・・ん?あぁ、どうかしたか?そもそも紅蓮、どうしてお前がここにいるんだ」

怯えたように目を丸くしながらぱくぱくと口を上下させる紅蓮に、ぶっ倒れたままの夜月が声を出す。

《紅蓮。ユウト、おかしいんだ。いや、おかしくねーんだけど、俺が悪いんだけど・・・俺、わからないんだ》
「どうしてそう、利己的なの?あなたもこの世界の一人じゃない。全てが世界に望まれて生まれているのに。あなたもその一人なのに。その全てを否定する権利があなたのどこにあると言うの?」

夜月の言葉に被さるように、シロナさんの言葉が聞こえる。『全てが望まれて』?・・・あぁ、そんなことを言わないでくれ。オレにとってはこれ以上なく虚しい言葉なのに。もう、これ以上言わないでくれ。夜月、オレはおかしいよ。だから、もう死なせて欲しい。そうすれば良いだろ。世界は直るし、『しんく』だけ生きていたら良いわけだろ。オレも全てに否定されながら生きたくないよ。・・・オレは世界に必要とされてねぇから、要らないだろ。消えればそれで良いじゃないか。完璧な回答も誰も悲しまない優しい世界も、ないのだから。

この感情さえ世界の与えてくれた、偽りなのだから。

sideシロナ

シロナの言葉に、後ろで堪えるような笑い声が聞こえた。アカギはその笑いに眉間にしわを作る。消去法で笑い声をあげる人間はシロナの知る限り一人しかいない。だがシロナにはその理由がわからず、反射的に後ろを振り向いた。

「ユウト、くん・・・?どう」

したの、と言いかけてシロナは初めてユウトの右腕の違和感に気付いた。影になっていたが、そこから水滴がぽたぽたと雨垂れのように流れて行っている。その流れを追うように足元を見れば血が池となっていた。強烈な血の匂いはブラッキーのものだけではなく彼のものもでもあったようだ。

「ユウトくん!」

血が、と言いかけたシロナにユウトは泣きそうな顔で笑う。ひどく傷ついた様子で、諦めたような顔で・・・それは泣いているようでもあった。

「良いんですよ」
「何がいいの!?何もよくないわ!」
「良いんですよ」

笑顔を張り付けたまま、ユウトは繰り返して言う。シロナはアカギが手を出してこないかと、アカギの方を振り返ったがアカギは何も言わずに呆然と突っ立っていてた。彼が出したのだろうヘルガーも主がなにも言わない以上、動く気がないようだ。

「シロナさんには悪いですが、オレは願われていないので」
「何を言ってるのっ!?死んでしまうわ、早く手当てしなさい!!何を考えてるのよ!」

ユウトの放言に対して、視線を戻して猛然と反論するシロナにユウトは笑みの表情を全く変えなかった。だらんと垂れた右腕が止めどなく血を流し続けている。

「シロナさんもオレに生きろって言うんですね。・・・どうして、皆、そう言うんだよ・・・・・・」
「ユウト、くん・・・?」

迷子の子供のような不安そうな、戸惑ったような声にシロナもまた困惑する。ブラッキーとウインディが声を上げ、しかしユウトは叫んだ。

「勝手なことばかりだ・・・。なのに、どうして言い続けるんだよ!!?」

言い切ったユウトは顔を背けるように俯く。びりびりと空気が震え突っ立ったまま主の命令を待っていたヘルガーは怖気づいたように身を縮めた。ブラッキーやウインディでさえその身をすくめる。

「ユ、ウトくん・・・?」

何がどうなったのかわけのわからないまま、それでもシロナはユウトへ声をかける。腰で一つ揺れたボールはアヤから預かったポケモンの残りの一匹。
当惑を声に出すシロナに対してアカギはと言うと、この後に何が起こるのかをなんとなくわかっていた。それは勘にも近いものだったが、一歩も動けない彼は無意識に顔を引きつらせ少しでもその場から離れようと身を後ろに引く。トバリでのことが彼の恐怖を呼び起こす。だが、実はアカギの予想は少しだけ外れていた。『ユウト』が再び勢いよく顔を上げて、ついでに右腕の出血部分を左手で握りこみながら言う。

「痛ッ・・・あいつ、逃げやがったっ!」

それは、『ユウト』ではなく『彼ら』の叫び。



***   ***
いやぁ、ギンガ団のボス(らしき方)が自分のサイドが終わった瞬間地味なこと地味なこと……。ヘルガーのほうが目立ってますよ、どうしてこうなったんでしょうか。
題名の「トウソウ」は“闘争”でも“逃走”でもお好きにどうぞ。

挿絵は木霊さんから強だt……げふんげふん頂いた物でございます。すみません、本当にありがとうございました!!

175.sideユウト×ケイヤ×アヤ 戦う者逃げる者[トウソウ]

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2011.9.13  17:14:42    公開
2011.9.21  13:36:31    修正


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