ポケモンノベル

ポケモンノベル >> 小説を読む

dummy

生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

171.sideユウト×ケイヤ×アヤ 死を想え[メメント・モリ]

著 : 森羅

ご覧になるには、最新版の「Adobe Flash Player」が必要です。 また、JavaScriptを有効にしてください。

sideユウト

「・・・クレセリア。お前、いつまで遊ぶつもりなんだ?」

溜息交じりのその声をクレセリアは聞いてもいないだろう。突っ立ったまま手短な木にもたれたオレの目の前に広がるのは幻想的なまでのソノオの花園。月光と夜の闇の対比がさらにそれを際立たせていた。オレたち以外の人もポケモンもその場にはおらず、ただ静寂と柔らかな闇が支配するだけ。甘い花の匂いを抱えて、赤い花弁を連れて、冷たい夜風が空を巡る。空を見上げると紫掛かった黒の深淵が三日月を擦(こす)っていた。
オレはもう一度声をかける。

「クレセリア」
《何よぅー。いーじゃなぁいの、ちょっとくらい!心が狭いとモテないわよぅ?きゃはははっ!》

花園の中央、中空を浮かびながら花を散らすクレセリアがやっと返事をした。オレはそれに再び溜息。1時間以上はずっとここにいるんだが・・・もう十分だろうに。ちなみにオレとしてはここにいたところで何も嬉しくない。

「何が楽しいんだか」

ほんのわずかに呟いたその言葉はしっかりとクレセリアの非常に都合のいい耳に届いていたらしい。ぐるりとこちらを振り向き、目を開いたまま固まるクレセリア。世界が沈黙する。クレセリアはまだ動かない。
・・・静寂は安心できる。騒がしかったら不安になる。それは・・・・・・。

誰もいなかったらオレは否定されずに済むから?

その考えに至った時点で冷たいものが背中を走った。何か一言、「あ」だとか「う」だとかの言葉が漏れたかもしれないがそこまで気にかけている余裕はない。そのままずるずると座り込み、偶然雑草に触れた右手が無意識にそれをねじ切るように掴む。不快感は一瞬だけ。嗅覚が掘り返した土独特のにおいと青臭いにおいを捕え、驚いた様子のクレセリアはそばに寄ってくる。

《ちょっ、大丈夫ぅ?》
「・・・多分」

落ち着いて右手についた葉の欠片を払いながら答える。腕のあたりに少し鳥肌が立っていたが、別におかしくなったわけじゃない。いや、もしかしたらなりかけたかもしれないがとりあえず大丈夫だ。ただ、じゃあ何なのかと言われれば・・・怖かったのだろう。

何が、自分なのかわからないから。

はぁ、と軽く息を吐き出しながらクレセリアを見上げる。『しんく』は何も言わないし、いるのかどうかすら定かではない。視界の中にはクレセリアと、三日月の色と相反するような夜の空。時折、赤い花弁が黒に溶け込むのではなく赤色として風に流されていく。・・・あぁ、綺麗だな。

《はあ?》

覚えず漏れていたらしい言葉にクレセリアが何事かと言わんばかりに目を白黒させる。
しばしの沈黙。クレセリアが中空に体を揺らせた。

《え、何。とうとうおかしくなっちゃったのぉ?それとも今更気づいたのぉ?あちしは元々綺麗よぅ。きゃははははっ!!》
「いや、そうじゃなくて」
《・・・即答とか、即答とかひどくなぁい!?》
「全く」

服の裾やら手のひらやらの土をもう一度払いながら立ち上がる。一応、光景にはクレセリアが入っていたが、それよりも。

「完全な世界、か」

トバリでアカギと言うあの男が演説していた内容を思い出した。今の光景はそれだろうか。クレセリアは目をしばたかせ、きょとんとしている。何でもないとクレセリアに言いながらあ、と一つ思い出した。

「なぁ、ついでだから寄り道してもいいか?すぐ終わる」

side風力発電所

煌々と明かりの灯る風力発電所。半ば住み込みのような状態で管理を行うその男性はかつて娘を人質にギンガ団に協力する羽目になってしまったその人だ。結局は彼自身にも彼の娘にも被害と言う被害はなく、警察の調査もなくなった今では元の生活に戻っている。彼の娘は今、パソコンに向かう彼の後ろで少し眠たそうにしながらも紫色の風船のような姿のポケモンと戯れていた。

「パパぁー、まだ寝ないのー?」

子供と大人では活動時間も睡眠時間も違う。だが、まだそこまで理解できていない娘のセリフに彼は苦笑をもらし、娘の方を振り返りながら言う。

「あぁ、もう少ししたらね。パパはお仕事があるんだ・・・うん?」

小さくノックの音が聞こえた気がした。
時計を見ると時刻は9時を少し回ったところ。人が訪れるには少々非常識な時間帯だ。気のせいかと思ったが、またノックが聞こえてくる。コンコン、と言うよくあるパターンの鳴らし方。彼は首をかしげ、娘にそこにいなさいと言い聞かせてなけなしの警戒心を全開にドアノブに手をかけ少しだけ開ける。

「はい、どちら様・・・」

ですか、と言う言葉は喉のあたりで行方不明になった。硬直してしまった彼に対して、ドアの外の見かけ普通の少年に見えるその子供は軽く頭を下げる。

「夜分に申し訳ありません。すぐ失礼しますので。・・・あの、覚えていますか?オレの事」

油を差し忘れたブリキのような動きでなんとか彼は首を縦に振った。忘れるはずもない。自分はギンガ団よりもこちらの方に恐怖を覚えたのだから。その、深紅の左目に。
だが彼は肯定してしまってから否定した方が正しかったのではないかと言うことに気が付いた。しかしすでに時遅し。そのまま扉を閉めてしまうこともできず、まるで蛇に睨まれたカエルのように彼は固まっていた。対する少年の方はと言うとこちらの内心の焦りなど露にも気づかない様子で今度は深々と頭を下げる。

「あの時はすみませんでした。それだけ言いに来たんです。怖がらせてしまったようで本当にすみませんでした」
「・・・き、キミは」
「はい」

何とか絞り出した言葉に返事をされ、彼はまた言葉を見失う。パパ―だぁれー?、と言う娘の声が遠くの方で聞こえた。娘の存在に自分を奮い立たせ、彼は言葉を待っている少年に対して問いかける。

「キミは、何だ?」
「・・・」

今思い出しても寒気がする。それほどまでに彼は恐ろしかったのだから。あれは10代の少年が、いやむしろ普通に、また平穏に生きている種類の人間のもつ雰囲気ではない。目の前の少年は彼の問いかけに複雑な表情をしていた。

「・・・・・・すみません。アヤや夜月・・・あとから来たブラッキーやウインディを連れた黒髪のやつとポケモンだけは恨まないでやって下さい。お願いします」

問いかけには答えず、少年はもう一度頭を下げる。次に顔を上げた時には、彼に口をはさむ隙を与えずそれじゃあ、すみませんでしたと踵を返してしまった。
阿呆のようにドアを開けたままそれを見送っていた彼だが、少年はすぐに暗がりに紛れ込んでしまう。不審に思ったのであろう娘が彼の近くまで寄ってきて外と自分の父親の顔とを見比べ不思議そうな顔をしていた。

「パパ、誰だったの?」
「・・・なんでもないよ。間違いだったようだから」

ふーん、と納得したのかしていないのかよくわからない返事をする娘の頭を撫で彼は扉を閉めた。

・・・あの少年が自分の質問に泣きそうな顔をしていたように見えたのはきっと、見間違いではなかっただろう。

sideシロナ

代々使ってきて少し古びてきた、しかし丁寧に掃除の行き届いたその部屋。『執務室』という仰々しい名前の付けられたその部屋はシンオウポケモンリーグ、すなわちシンオウのポケモン協会の理事の部屋だ。
誰かが嗜んでいたのであろう煙草のにおいがかすかに残るその部屋にシロナは、いた。

「いい加減にしてくださいっ!!!」

シロナは目の前の書類まみれの木製デスクを両手でぶっ叩く。バンッ、という音の直後にシロナの手のひらはじぃんとしびれ、長い金髪はばさりと乱れた。白い書類用紙が風圧で少しだけ宙に浮かび上がり、そして再びひらりと降りる。それでもまだシロナの怒りは収まらない。目の前にいる平常心を保っているような、少しふてくされているようなその表情の壮年の男に向かって彼女は叫んだ。

「どうしてですか!?理事!!」
「証拠も何もない、その状況でリーグ側がどう動けると言うのだ、シロナ?」

シロナの声に淡々と理事、と呼ばれた男は即答する。シロナの後ろに控えているガブリアスがじっとその様子を見ていた。
男はかけていた眼鏡をはずし、クリーナーで拭きながら続ける。

「シロナ、一度結論を下したはずだ。君はそれに納得していたのではなかったのかね?だからこそ、ジムリーダー達にも伝えたのだろうに」
「えぇ、伝えました。ですが、納得はしていません。ギンガ団は・・・彼らはアグノム、ユクシー、エムリットを捕まえたんですよ!?存在が定かでなかった彼らは確かに存在した!ならディアルガ達もいると見なしていいはずです、違いますか!?ポケモンを撮られたという人間も多ければ、風力発電所の件もある・・・トバリのスモモが連絡をくれました。ギンガ団の構成員の半分がテンガン山を目指して動き出したそうです。理事、それでもですか?」

シロナは縋るような思いで慎重に言葉を選びながら言った。だが、綺麗に磨きあがった眼鏡をかけ直し、理事はシロナに向き直りあっさりと言い放つ。

「・・・やつらが何をしようと法に触れていない限りリーグ側(こちら)は手が出せん。どれも証拠不十分。ポケモンと風力発電所は警察の仕事。湖の神とまで呼ばれたポケモンを捕獲しようと『野生』のポケモンを捕獲するのと同意だ。違うかね?」

その言葉を皮切りにぷつん、と・・・いや、ブチンッとシロナの頭の中で毛細血管の束がまとめてちぎれた。俯いたシロナからため息のように言葉が吐き出される。

「・・・・・・そう。なら、もういいわ」
「シロナ?」

当惑したような理事の声。それでもシロナはとまらない。ガブリアスがふっと顔を上げた。
窓の外で蛍光灯の光に追いやられた夜が立ち往生し、風だけが部屋を満たしている。

「いつまでもそうやって言い訳を言っていたらいいわ。何もできないってそう言っていたらいいんだわ。何かが起こっても仕方なかったで済ませて責任逃ればかり繰り返していたらいんだわ。何か起こってからじゃ・・・何か起こってからじゃ遅いのよっ!!!」

それだけ言い捨てるとシロナは理事に見向きもせずさっさと踵を返し重厚な感じを醸す扉へと向かう。金糸のようなその髪がシロナの動きに円を描いた。その様子にあっけにとられていた理事はそれでもシロナを止めようと声を発する。

「待て、シロナ。・・・どこへ行くつもりだ!?シロナ!?」

扉に手をかけながらシロナは少し理事の方を振り向き、晴れ晴れしそうに笑った。ガブリアスがシロナのそばに寄って、付き従う。

「テンガン山よ。もう、縛られるのは嫌。後悔するもの嫌なの。あたしはあたしよ。チャンピオンである前にひとりのトレーナーなの。チャンピオン失格って言うなら外してくれていいわ。あたしも無責任だと知ってるし、この行動が正しいかどうかなんてわからないもの」

じゃあね、と言わんばかりにシロナはひらひらと手を振って扉を引く。扉の後ろから聞こえてくるのはバタバタバタ、と脱兎のごとく逃げる足音数人分。どうやらどこかの誰かが聞き耳を立てていたらしい。シロナはそっと苦笑しながら執務室を退室し・・・理事を振り返ることは、なかった。

「シロナ」

完全に扉が閉まってからそのタイミングを見計らったように、すぐ隣で彼女を呼ぶ声。扉から30pも離れていない、クリーム色のその壁に寄りかかった声の主が誰であるかシロナは知っていた。名前を呼ぶ。

「・・・オーバ」

真っ赤に染めた髪も、その声も彼以外の何者でもない。腕組みをしていて、片足が寄りかかっている壁を蹴っている。それだけ見るならカッコつけもいいところだ。だが。

「聞き耳を立てていたのは四天王(あなたたち)ね?・・・古風過ぎよ。その紙コップは何なの?」

半ばあきれて言うシロナ。そう、オーバの腕組みされた手の先には白くて簡素な紙コップがしっかりと握られている。これを扉に当てて聞き耳を立てていたのだろう。オーバとリョウだけならともかくキクノやゴヨウまで紙コップを扉に押し付け聞き耳を立てていたとは・・・。想像するだけでたやすく彼らのイメージが崩れていく。場違いで本来の使い方がなされていない紙コップ。今、オーバから醸される雰囲気をぶち壊すにもその威力だけで十分すぎた。だが、オーバは肩をすくませ、言う。

「感度良好だったよ、思った以上に。内容も最高だった。皆で今度呑みに行こうかと思ったくらいさ。シロナが反抗期を迎えたって」
「あのねぇ・・・・・・」

反抗期なんてとっくの昔に終わった、と言いかけてシロナは口を閉ざした。そして、少し考えてから口を開きなおす。

「じゃあ、話は早いわね。行ってくるわ」
「おう、いってらっさい。土産話を楽しみにしてるぜ?・・・あぁ、それと。伝言だ。『リーグの方は任せとけ』・・・これは、全員の意見だから。挑戦者がチャンピオンにたどり着かなかったら、居てもいなくてもオッケィだろ?」
「・・・!!・・・ありがとう。お願いするわ」

オーバのセリフにシロナは目を見開き、そして微笑する。四人の四天王の顔をそれぞれ思い浮かべながら。
ガブリアスを連れ、歩き始めたシロナにオーバは言葉を足す。

「頑張れよ。シロナ」
「もちろんよ」

金色の長髪と犬の耳のような耳当てを揺らせながらオーバの目の前を通り過ぎていくその女性は、すがすがしいほど勇ましく笑っていた。

sideアヤ

「ふぅ・・・」

クロガネシティのポケモンセンター。ロビーのソファーに座ってあたしは一息入れる。片手に持ったペットボトルからたぷん、と水が跳ねた。天井を見上げながら6匹になったポケモンの回復を待つあたし。辺りには数人のトレーナーがいるものの、夜も更けた今、騒がしく会話するものはいない。つけっぱなしのテレビから流れてくるニュースアナウンサーの声が唯一の雑音だ。あの後、ケイヤと別れてすぐあたしはシリウスでこの町まで飛んだ。クロガネシティにした理由は単純に、テンガン山に行ける町でミオから一番近いところだったから。ギンガ団の事もあるし本当は一泊したくないんだけどミオからクロガネまで飛んでくれたシリウスのことや、夜に疲れた状態で山に登っても結果的にはマイナスだと言う紅蓮の言葉に従って今日の宿泊が決定。・・・紅蓮はきっと気を使ってくれたんだろうけど。

・・・明日は、頑張らなきゃ・・・。

ペットボトルのふたを閉め、ぱんっ、と両頬を叩いて気合を入れる。手元の番号カードとカウンターの上に取り付けられた電光掲示板の数字を見比べる限りもう少しかかりそう。ぐぃーと伸びをしながら時間つぶしに何かしようかな、と思ったところで・・・設置されている公衆電話が目に入った。少しだけためらって、でもやっぱり電話をかけることにする。

呼び出しのコールは3回。

『・・・はい。アヤ?』
「あ、もしもし。おかあさん?」
『ふふ、電話くれるなんて珍しい。でも嬉しいわ。どうかしたの?』

電話の向こうで笑っている声が聞こえる。あまりにも温かくて、優しくて。どこか懐かしくて。あたしは泣きそうになった。でも、堪えて続ける。もしかしたら、最後になるかもしれないから。

「・・・ごめんなさい・・・」
『え?どうかしたの?』

テレビ電話じゃないから顔は見れないけど、声だけでも十分当惑しているとわかった。それでもあたしは急き立てられるように続ける。

「ごめんなさい。あたし、行くことにしたの。行かなきゃ駄目なの」
『・・・・・・』
「もしかしたら、帰ってこれないかもしれない。でも、行かなきゃ駄目なの。ごめんなさい。でも」
『アヤ。・・・どこへ行くの?もう帰ってこないの?』

静かな声があたしの言葉を遮った。あたしはそこでやっと文章がごちゃごちゃになっていたことに気が付く。息を吸って唾を飲み込んで、あたしは話し始めた。

「・・・あのね、ずっと言ってたあの人に会えたの。それで、答えが出た・・・うん、出たの」
『そうなの?よかったじゃない!』

ふわり、と微笑んでいるおかあさんの姿は容易に想像できる。甘いお菓子のようなにおいがした気が、した。

「それで、でも・・・。でもね、そのせいであたしはとんでもないことをしちゃったの。いくら謝っても許してもらえないくらいひどいことをユウトにしちゃったの」
『ユウト、君?・・・あ、一回アヤが言ってた子ね。何をしたの?』
「・・・」

あたしはその質問を沈黙で答えた。これは、多分勝手に話していい内容じゃない。おかあさんには雰囲気で伝わったらしくそれでと続きを求めてくれた。あたしはうん、と頷いてから続ける。

「それで、ね・・・。話がSFみたいだけど、本当に世界が壊れようとしてる。ほら、あのノモセの湿原で爆発が起きたでしょ?あのときの犯人が神話のポケモンを捕まえて世界を壊そうとしてるって。それで、だから・・・あたしはテンガン山に行く。行って止めなきゃ駄目なの。あたしは『願った』から。悪いからとかそういうだけの問題だけじゃない。ディアルガの事はあたしに責任があることだから。だから、あたしは行かなきゃ駄目なの。ユウトにも謝らなきゃ駄目だし。赦してもらえなくても、あたしは贖い続けなきゃ駄目なの。そう、決めたから。あたしじゃどうにもならないかもしれないし、帰ってこれないかもしれないけど、でも何もできないよりずっと気の利いた答えだから」

ちゃんと伝わったかどうかわからない。あたしにはうまく伝える術(すべ)がないから。もどかしい。だけど少しでも伝わってほしい。

それは、祈りにも似た何か。

『・・・そうなの・・・』

ぽつり、とおかあさんから言葉がこぼる。あたしはそれを一言も聞き漏らさないように受話器に耳を澄ませるだけ。

『頑張ったのね。頑張って、その答えを出したのね?後悔しないのね?』
「うん」

はっきりと、答えることができた。
後悔したくないからこそ、選んだのだから。あたしの答えにお母さんは笑っていた。明るい声が聞こえてくる。

『じゃあ、私は待ってるだけよ。アヤが帰るのを待っているだけ。ここはアヤの家だから。だから、ちゃんと帰ってきてね』
「うん。あたしも、ちゃんとあたしの家に帰りたい。この電話が最後になんてしたくないし」

あたしは強がるように笑って見せる。受話器の向こうで釣られる様におかあさんも少し笑っていた。
わかってる、保証なんてどこにもない。だからこそ、電話しちゃったんだし。でも、ちゃんと帰りたい。それは確か。
悲しみだけは、創りたくないから。

『うん、アヤ、頑張ってね。応援してるわ』
「・・・ありがとう。おかあさん」

切るね、と言って受話器を置いた。
どこまでも暖かい。あたしを待っていてくれる人がいる、あたしの背中を押してくれる人がいて、引っ張り上げてくれる人がいる。あたしに向かって笑ってくれて、傍にいてくれる彼らがいる。それは途方もなく幸福なこと。一つさえ、失いたくないとそう願う。・・・ユウト、あんたもでしょ?
あたしは小さく小さく公衆電話の前で呟いた。

「頑張る、から」

それは、誓いの言葉。

何一つ、失わないための。

sideケイヤ

「とうちゃーく!」

ぼくの声に燐以外の3匹がきょろきょろとあたりを見回す。訂正。茫然と、の方が正しいみたいだ。
時間の停止した世界、その時間が秩序を取り戻す前にぼくは口早に言った。

「ごめん、燐、凪、透(ゆき)。少しだけ入ってて。4匹ともこっちに来れたってことは、もう相当マズい状況っぽいから」

3匹がそれぞれ頷き赤い光に吸収されていく。これが世界への影響を少しでも抑えてくれるといいんだけど、と思いながらぼくはそれを急いで鞄の中にしまった。4匹もポケモンをこちらの世界に連れてこれたこと、それは見かけ何ともないような世界が実はもう限界だという証明。ぼくは軽く唇をかんだ。ゆっくりと時間が戻っていく。

「・・・夜月?」

唯一ボールのない夜月は外に出しておかざるを得ない。完全に動き出した世界でぼくは夜月の姿を探したけど、探すまでもなくすぐに見つけた。

「あ、ゆーと・・・」

そっか。ぼくらはここの穴から向こうの世界に行ったんだった。黒髪ゆーとは相変わらず何事もないように眠っている。一瞬だけ行方不明だった夜月はそのゆーとに釘づけだった。ぼくはパイプ椅子に座って夜月に小声で言う。

「黒髪ゆーとは初めて?ぼくはこっちの方が見慣れてるけどね」
《きっ!》

鞄の中の燐がゴブゴブと夜月の言葉を翻訳してくれる。
許したわけではない、夜月はそう言っていた。その言葉にぼくは夜月に向かって微笑する。

「・・・うん。許さなくていいよ。ただ、ゆーとを見つける。その目的一致で一緒にいるだけ、そうでしょ?それで全然構わないよ」

ちょこんと床に座り込んでゆーとを見つめる夜月。ぼくの話を聞いて・・・ないんだろうなぁ。少しだけ苦笑いを浮かべてから、ぼくはぼくでゆーとを見る。

「・・・ごめんね、ゆーと・・・」

呼吸をしている。白いシーツが規則的に上下している。・・・ゆーとは生きてる。でも、焦燥感がぬぐえない。それは、きっと夜月も。
さわさわと開けた窓から風が流れていく。カーテンが風に遊ばれて、ぼくやゆーとの髪の毛、夜月の体毛までも風のおもちゃとなっていた。

《ぶらぁ・・・》

棘のない、夜月の声。ぼくはその夜月の頭をそっと撫でた。噛まれるかな、と思ったけど夜月は抵抗しないまま。目を瞑って、それはまるで祈っているみたいだ。

「うん、このままになんてさせられないよね。絶対」

夜月に倣うようにぼくもまた祈る。

どうかどうか。

それが決まりきったものだというのなら結末を変えることができますように。
幸せを、願わせてください。

そのための行動を、どうか赦してください。

sideユウト

《着いたわよぅ?》
「・・・ここが?」

見渡す限り霧だか靄だかにおおわれた、まるで鏡のように波紋一つすらない泉。視界は悪く、辺りの様子もはっきりしない。まぁ、夜だということもあるんだろうが。クレセリアから降りたオレはその光景に息を吐き出した。

《そうよぅ。ここが『おくりのいずみ』。で、あんたの言ってる『入り口』はあっち。中は『もどりのどうくつ』って呼ばれてるわあ。生きてるものを追い返すのよぅ。ここを通れるのは『死者』だけなのっ。レアパターンもあるけどぉね》

意味深に笑うクレセリア。・・・レアパターンというのは真紅のことだろうか。まぁ、真紅は死ぬつもりだったのだからある意味では『死者』だったのかもしれないが。
そこだけさらに黒色の濃くなった穴。そこに吸い込まれていく風はまるで穴が呼吸しているかのように思わせる。だが、恐ろしいとは思わない。

《でえぇ?ここからどぅするのお?言っとくけどぉ、あちし、『もどりのどうくつ』の中にまで入る気ないわよぅ?》
「あぁ、ここまでで十分だ。ここからは、多分別の案内役がいるだろうし」

別の?、と首をかしげるクレセリアに向かってオレは少し笑った。そう、クレセリアが出てきたというのなら、次に出てくるとだろうは。

《ちょっ!!!あんた、まさかそいつに付いていく気ぃいぃ!!?》

クレセリアの悲鳴とほぼ同時に、『もどりのどうくつ』の入り口付近の影からぬめりとそいつが姿を現す。クレセリアの言葉を無視して、オレはため息交じりにそいつに聞いた。

「クレセリアと言い、お前と言い、オレに一体何を期待するんだ?」
《・・・・・・》

返事はない。元々あまり期待していなかったが、やはりない。霧で見づらいが表情の変化すらないようだ。予想通りの対応にオレは苦笑した。だが、そんな間に割って入るのはふるふると体を震わせたクレセリア。

《ちょおっとぉお!!何ナチュラルに笑って会話してるのよぅ!!?あんたねぇそんな奴に付いて行ったら途中で消されちゃうわようぅ!?そんなの駄目よぅ!駄目えぇ!!てゆーかまず、どうしてあんたがここにいるわけぇ!?ねえぇ、ダークライっ!》
《・・・・・・》

間延びしているせいで連射式銃器のような速さはないが、ぎゃんぎゃんとダークライとオレに噛みつくクレセリア。ダークライは当然のように無視。そしてオレも。すると、クレセリアはなお食らいついてきた。

《てゆーかあぁ!シカトとかマジむかつくんですけどー。説明しなさいよぅ!あんたたち!》
「・・・クレセリア、こいつしか案内役がいないんだ」

つか、お前が案内しないと言っただろうに。これ以上五月蠅くされてはかなわないと思ったオレは非常に簡潔に理由を答えた。
クレセリアを除くと他にここの構造を知っているものはオレが知る限り、真紅とダークライ以外いない。ダークライとクレセリアが知っているかどうかは微妙なところだったが、クレセリアは迷いなくオレをここに連れてきたし、ダークライもここで待っていた。なら内部構造を知っているとみて間違いはないだろう。ちなみにオレも真紅を通してみたのでなんとなくは知っているのだが。・・・そして、そう考えていくと消去法でダークライしか残らないのは明白なのだ。クレセリアはむぅー、と顔をしかめじたじたと地団駄でも踏むように空中で暴れる。ダークライはじっと待っているようだ。

《それはわかんなくもないけどぉ!向こうの世界にたどり着く前に消されちゃうかもよぅ?それって、あちし的に面白くないんですけどっ!?》
「まぁ、消されるとしたらそこまでだろうさ」

クレセリアの言葉にオレはあっさりそう言えた。クレセリアは口を半開きに固まってしまったが。
もし、ミオで消えるはずだったとしたなら、ここまで来るだけでもかなり抵抗している。ダークライに消されたとしても、それはそれ。苦笑いで受け入れるしかないだろう。それに。

「クレセリア、お前には悪いがオレはそこまで抗う気はないと思うぞ?・・・ふたを開けてみないことにはわからんが。そりゃ、生きたいし、死にたくない。無様だが、オレは逃げ惑ってるよ。だからここまでお前についてきた。だが・・・だがな、良くも悪くもオレはやっぱり創り物(つくりもの)なんだよ。それがオレの意思であれ、植えつけられたものであれ、オレはそれ以上は望めないんだ。オレと誰かを秤に乗せてオレに傾かせることはできないんだ」

夜月が、『オレ』を必要としてくれていたから。だから。・・・だから、オレは少しだけクレセリアの言う『もしかして』を信じたくなっただけだ。もしかしたら、と。

夜風が、泉の上を走った。
黙りこくっていたクレセリアがやっと口を開く。

《・・・わかったわよぅ。じゃあ、期待して待ってるわぁ、結末を。
ねえぇ、ユウト。完全な幸せなんてどこにもないのよぅ。影があるからこそ光がわかり、光があるからこそ、足元に影は伸びていくんだからあ。4匹の神々も4人もそれぞれ代償を支払い、また今の状況を悲しんでる。でも、でもねぇ、それでも誰もが幸せになろうとしなきゃ駄目なのよぅ?抗って抗って、幸せになろうと生あるものは奔走し続けて、奔走しなきゃならないのよう。
生があるから死があるの。死があるから生があるの。それは等しく与えられていて、誰もが最後は死を迎える。永遠に死を繰り返し、永遠に生を繰り返す。だから、今幸せになろうとしなきゃ、そうしなきゃ次はないのっ!!》
「・・・悔いを残すな、ってことか?それは」

顔をしかめるオレにクレセリアは意味深に笑っていた。

《それは好きなように解釈すればいいのよぅ、きゃはははっ!!頑張ってねんっ》

なんだか上手く丸め込まれた気がする。だが、まぁ、最後の言葉だけ受け取っていればいいのだろう。オレはクレセリアに背を向け、ひたすら黙って待っていたダークライの方へ歩み寄る。

「頼めるか?」
《・・・》

オレの質問への答えはないが、ダークライはそのまま踵を返し奥へと入って行ってしまう。白い髪のような部分と首の赤い部分がわずかにまだ見えているが、暗い。さすがに何も見えない。すると、クレセリアが声をかけてきた。

《あちしの羽根、持ってるでしょお?ダークライが襲ってきてもそれで防御してーぇ。・・・ダークライ!ユウト消したら、あとでタダじゃおかないわようぅ!!?》

後ろから聞こえてきた声にオレはクレセリアの羽根を取出し辺りにかざしてみる。発光しているらしく、ろうそく程度には明るい。助かった。

「ここまで助かったよ。じゃあな、クレセリア」
《死んじゃ、駄目よぅ・・・・・・》

微かに聞こえてきたそれに、オレは、否定も肯定もできなかった。
今はただ、進むだけだから。

side???

生あるものは選択者。

他方を選べば他方を選べず、幻影ばかりが頭に浮かぶ。
仮定の話を想像し、後悔しては後ろを向いた。
けれども、過去へは戻れない。
選んだ時間(とき)には帰れない。
生あるものは後悔し、それでも道を探すのみ。
何かを信じ、何かを願い、何かを欲して進むのみ。

生あるものは狂奔し、犠牲を支払い祈りを捧ぐ。

誰もが等しく死を迎え、誰もが等しく生を得る。
だからこそ。
叶わぬ願いを追い続け、叶った願いを放棄する。
愚かと呼ぶのはたやすいが、できるものは幾人いよう?

選ぶ道は、きっと、きっと数多とあるんだ。
どの道がどこへ続いているかを知ることはできないけれど。
真っ暗で、でこぼこで、曲り道ばかりの道かもしれないけれど。
だけど。
生と死の狭間で、生あるものは確かに生の中に死を見つけ、死の中に生を感じているのだから。

だから、だから後悔したくないとそう思って祈るのだろう?

少しでも何かしたいと、奔走して傷ついても進もうとするのだろう?



⇒ 書き表示にする

2011.6.29  22:52:43    公開


■  コメント (0)

コメントは、まだありません。

コメントの投稿

コメントは投稿後もご自分での削除が可能ですが、この設定は変更になる可能性がありますので、予めご了承下さい。

※ 「プレイ!ポケモンポイント!」のユーザーは、必ずログインをしてから投稿して下さい。

名前(HN)を 半角1文字以上16文字以下 で入力して下さい。

パスワードを 半角4文字以上8文字以下の半角英数字 で入力して下さい。

メッセージを 半角1文字以上1000文字以下 で入力して下さい。

作者または管理者が、不適切と判断したコメントは、予告なしに削除されることがあります。

上記の入力に間違いがなければ、確認画面へ移動します。


<< 前へ戻るもくじに戻る 次へ進む >>