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生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

168.sideユウト 手負いの獣[キズオイビト]

著 : 森羅

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sideケイヤ

「ゆぅ」
「アヤちゃん!」

ぼくはアヤちゃんの言葉を制止する。立ち上がり、机に手を置いたアヤちゃんはぼくの声にぼくに視線を向けたままの状態で固まった。

「夜月に、任せよう。だってぼくらができることなんて、ないじゃんか」
「でも、あいつ逃げるなんて・・・!」

アヤちゃんは階段の方を恨めしそうに見る。
ぼくはそれに首を振った。

「アヤちゃんはゆーとを責められるの?ねぇ?誰もゆーとを責めることなんてできないよ。ね、燐・・・?」
《そう、ですね・・・》

燐は目を伏せ、それでも答えてくれる。ぼくはそれにほんのわずか笑った。今はそれが精いっぱい。

「今のゆーとは手負いの獣だよ。手を出すなんて無理。手を出した途端、噛みつかれる」

ぼくの言葉に、アヤちゃんはすとんと椅子に座りなおした。
アヤちゃんはそれからのろのろと首を横に振る。それは、否定しているようだった。

《ムゥ・・・》

スピカの鳴き声は、アヤちゃんを心配しているように聞こえる。
そして、ぼくはぼくで顔を手で覆った。

望んでも、手に入らないもの。
ぼくらが望んでしまったのはそういうものだったのだろうか。
この机が溜め込んだ陽だまりのぬくもりみたいなささやかなものじゃなかったのだろうか。
ぼくは、ただそれだけを望んだはずなのに。

どこかで、道を間違えてしまったのかな?
これは趣味の悪い夢の続きなのかな?

わかってるよ。これは、現実。ぼくらが選んだその結末。
ね、堺?でも、でもぼくは。

ぼくは、どうすればいいんだろう?

sideユウト

背を向けた自分がとんでもなく無様だとはわかっていた。
だが・・・だがじゃあ、他にどうすれば良かったんだ・・・?

ふらふらと人の行き交うミオの町を歩く。空を直視するほどの力はなく、すれ違った人々は俯くオレの事なんて気にも留めていない。アスファルトの照り返しがやけに眩しく、磯のにおいには吐き気がした。

・・・なぁ、もう、オレどうすればいいんだよ・・・。

呼吸がうまくできない、いや。呼吸させてもらえない。
人のざわめきはうざったく、心がざわつく。自分が一人孤立する。

世界の全てに否定されて?
オレは『いらない』存在だって言われて?
オレはただ、道化を演じ続けていただけか?

オレが望んだわけじゃない、のに。
・・・やめてくれ。やめてくれ、やめてくれ。もう十分だ、もう十分だから、やめてくれ!
なんで、オレがこんな目に遭うんだよ、オレは何もしていない!

ナニモシテイナイノニ!

心臓を掻きむしって抉り出したくなるような、気分。吐き気は止まらず、悲鳴を上げる体から不気味な崩壊の音が聞こえる気がする。
わかっている、これは下らない自己防衛を働かせているだけだと。
『耳をふさいで、目をつぶって、言い訳を言っているだけ』なのだと。
だが、それでも溢れてくるどす黒いものは止まらないままただ確実に浸食していく。

どうして、『イラナイ』って言われなきゃならないんだよ・・・っ。
どうして、時空のひずみはオレのせいだって言われなきゃならないんだよ・・・っ。
どうして、どうして全部の責任をオレに押し付けるんだっ。
勝手に願ったのは・・・望んだのはお前たちのくせに!

・・・・・・。

全部全部壊れてしまえば良い。
全部全部消えてしまえば良い。
目の前から全てのものがなくなって静かになったら・・・。

黙れ黙れ黙れ。黙れ!

静かになったら、この感情も収まるかもしれない。
ざわつく不快感も、内臓を抉り出したくなるような焦燥感もなくなるかもしれない。
やっと、世界に否定されなくなるかもしれない。

やめてくれ。やめろ、やめろ。やめてくれ。
壊したくなんてないんだ。そんなこと、できやしない。したくもない。求めていない!

壊れていく、壊れていく。
『オレ』が、無くなっていく。壊れていく。

頭が割れそうだった。2つの感情が、拮抗して暴れるから。
もう、わかっている。どす黒い感情は世界を壊せと言う、『生きたい』と願う感情なのだと。だが、それなら・・・。
引きつった、笑みとも言えないような笑みが口元からだけ零れていく。その拍子に冷や汗が、頬を流れていった。

一体どちらがオレなのだろう?どちらが暴れる獣で、どちらが抑えるための鎖なのだろう?
壊れろと望むのがオレなのか?やめろと叫ぶのがオレなのか?
いや、オレは内心で首を振る。それは一種のあきらめを含んで。
・・・わかってるさ。オレは『生きたい』んだから。獣は、世界を壊せと暴れる方。そして、オレ自身も。
だが、壊したくないとそんな権利はないと言うのもオレなんだ。例えそれが誰かから与えられた感情でも。
・・・いや、それすら違うのか?違うのか?

違うんだろうなぁ・・・。

壊れろと言うのは、自分を守るため。『願い』を叶えるためであり、世界に拒絶される『オレ』を守るため。・・・世界から、オレは拒絶されているのに。オレを守ろうとすることがオレ自身を壊すのに。
やめろと言うのも、自分を守るため。消えてもらっては困るから。『望み』が叶わなくなってしまうから。そして、『しんく』がそう思うから。そうしていたらずっと世界はオレを否定し続けるだけなのに。
どちらの感情も器(オレ)を守るが、結果的には『オレ』を守ってはくれない。
その感情すらも、世界がオレを消去するための仕掛けなのだから。

『だって、だぁれも君を求めちゃいない。だぁれも君を望んじゃいない』
『管理者』の言葉が脳裏をよぎった。

「くはは。あぁ、そうだよな・・・。くはっはっ・・・」

泣きそうな顔で笑っているのはわかっても、本当にそれが自分の意思なのかわからない。そんなことすらわからないんだ。嘲笑っている声も、押し殺した言葉も自分のものではない気がした。『しんく』が憐れんでいるだけなのではないかと。・・・なぜなら『オレ』は存在すらしないのだから。
周りの人はただ、無関心に流れていく。何かを気にも留める様子もなく。
とうとうオレはそれを直視することができなくなり、脇の林へと道を外れて行った。そして、人が来なさそうな所まで歩いてからずるずると傍にあった木に背中を預けて座り込む。座り込んでしまったら二度と立ち上がれない気がしたが、それでももう・・・疲れてしまった。呼吸すら億劫で、何も感じたくなくて。上を見上げると、木漏れ日の光が目を刺す。すこし薄まった潮風が林を駆け抜けて消えていった。

何も考えられなくて、何も考えたくなくて。
ただ、ぼんやりとうつろな目でどこを見るでもなく瞬きだけを繰り返す。手も足もすべての力を抜いて投げ出すだけ。

世界は、静かだった。

オレは思い出したように、痙攣するように微かに嗤(わら)う。狂ったような狂気の笑いで。
それはオレの最後の理性を保つための安全装置なのかもしれないが。
・・・本当は、叫んでしまいたい。どうしてこんなに理不尽なのかと、オレが一体何をしたのかと、怒りに任せて意味など無くても叫んでしまいたい。世界が揺らぐなんて知ったことかと。
だが、それをしないのは。

・・・あぁ、そうだよなぁ。
すぅ、と顔から笑みが剥がれ落ちた。オレはただ、『しんく』たちの会話を思い出す。
呟いた言葉は、すぐに消えて残らないだろう。

「性格まで、設定されてるのかよ。なぁ・・・?」

世界に見つからないように。世界から排除されないように。
静かに静かに、心を揺らさないように。
何もかも面倒だと、関わりたくないと、そういう性格であることが求められたんだ。

『契約』も、同様。
オレが何も傷つけないように。何にも害を与えないように。
『しんく』たちの願いを刷り込んで、何重にもかんじがらめにして。
生あるものを、殺さないように。

ざわざわと、木の葉が躍った。
風が遊んでいる。オレは刹那、泣き顔にも笑顔にも思える顔を作った。

存在感のないような今のオレ。
これも世界に過度の影響を与えないように、だろう。
願いをかなえるために必要で、世界に影響を与えないための妥協策で。

「ふざ、けるな・・・」

思わず言葉が漏れた。怒りではなく、それはあえいでいるような声。もう表情は、先程と同じような無表情の人形に戻っていると言うのに。焦点の合わない目には地面に生えた雑草の緑だけが、のっぺりとした単一色として映っていた。

わかっている。誰も悪くなどないのだと。
ケイもアヤも真紅も深紅も。4匹の神々も。
ただ、一つだけ望んだだけだ。

ありふれた幸せを、手に入れたいと願っただけだ。

じゃあ、なら。
オレはどうすればいい?ただ、消えろと言われて消えればいいのか?
オレ自身など知らないと、暴れないように、傷つけないように何重にも鎖で縛られて、勝手に壊れるように仕掛けをされて。
誰にも怒ることができず、理不尽さを嘆くこともできず、本来存在しない存在だから。
『誰も“オレ”は必要とはしていない』から。

全てをあきらめて何も考えずに消えて行けと、それで丸く収まると、言われなければならないのか?

勝手に創られてしまったから、勝手に壊れろ、と?

「・・・いい加減に、してくれよ・・・」

どっ、と力が抜けていく。やはり怒ることはできない。そう、『決められている』から。
悲しいとか、苦しいとか、そんな感情さえとっくに麻痺してしまっていた。

・・・いや、そんな感情さえ元々オレは持ち合わせていないんだ。
『コトブキユウト』なんて人間はいないのだから。いるとしたら『しんく』だけなのだから。

「オレ、赦されないんだとさ。存在しないから、生きてるだけで呼吸するだけで世界を壊してしまうから。オレは、消えなきゃならない、んだと」

淡々と、抑揚のない声で。言い聞かせるように。
・・・そんな自分の声にぞっとした。
また、風が吹く。木の葉同士がこすれ合って、不協和音を奏でた。それは騒ぐな、静かにしろと言わんばかりに。

存在そのものが、『異物』以外の何物でもない不要物。
誰にも望まれない存在。存在を認められない存在。ただ偶然、生まれてしまった『英雄』でも『殺戮者』でもない欠陥品。キッサキでどちらの天秤にも傾かないと思ったのは当然だ。どちらでもあり、どちらでもないのだから。

人格も、思考も、感情も、意思も全てが偽りと『しんく』のコピーの張りぼてで。
『オレ』なんてどこにもいない。『オレ』を証明するものなんてどこにもない。
普通に生きてきたはずの15年もすでに虚偽にしか思えなかった。
ただ、かりそめの命を刻んでいるだけの、間に合わせの存在。
世界から拒絶されて、それでも生きなければならない、そんな不都合な存在。

救いを求める権利すら、オレにはない。そうなんだろう・・・?

「オレに、逃げ道なんて・・・与えてはくれないんだろう?」

オレは呟く。
そう、逃げ道なんてない。救いもない。どこにもない。・・・どこにもないんだ。

ケイも、アヤも夜月すら『しんく』の関係者じゃないか。
オレの周りはただ、それだけ。どれだけ走ろうと、逃げられない。
走る権利も、逃げる権限も与えられていない。呼吸することすら、悲鳴を上げることすらままならないのだから。

そして、そうだ。オレは思いついた答えに自虐し、嗤う。
そうか、ケイとアヤの願いがオレを存在させるなら・・・。

―――オレは永遠に、ケイとアヤに認識されることがないのだろう。

あいつらの望みは『しんく』だから。
オレの存在を認めようとすれば『しんく』を認められなくなる。オレの方が大切だとはあいつらは死んでも言えない。
もし、そうしたら、そうしたら・・・。

オレは、いや『しんく』も含めてオレたちは消えてしまうしかない。『望み』が、『願い』がなければ消えるしかないのだから。
吐き気がするほどひどい真実だ。悲惨すぎて、笑えるほどに。

世界は、そこまでしてオレを消してしまいたいらしいのだから。

―――誰か誰か。だれか。

わかってるよ。どれだけ自虐しようと、嘲笑おうと、満たされるはずもない。不快感が消えるはずもない。空っぽで空虚なままだ。
オレは少し長めの息を吐き出す。一体自分が今、どんな顔をしているのかと聞かれれば能面のような顔をしているに違いない。
感情なんてオレには映らないのだから。

・・・もう、何を考えても無駄だった。『しんく』は何も語らない。ただ、オレ自身が否定されるだけ。その証拠が出てくるだけ。
いや、まず。

何かを考える権利すら、そんなことを思う事すら赦されないじゃないか――――。

妙に重たい右手をのろのろとコートのポケットに突っ込む。出てくるのは、白にも似た金色の羽根。クレセリアが与えてくれたそれを少しだけ手の中で回してみてから、離した。
ふわり、と風に乗ってオレから離れていく光。オレはただ、無感情にそれを見送る。

もう、要らない。ナニモイラナイ。

・・・いや。違うのか。
うつろになった視覚には、形を失い崩壊した世界が映る。

正確、には。

「何も、ない、のか」

何一つ、オレのものなんてないじゃないか。オレはただの『人形』なのだから。
殺してくれて良い、壊してくれて良い、消してくれて良い。もう、勝手にすれば良い。何も願わない。望まないから。

ぼぉ、として感情が消えていく。意思も感覚もなくなっていく。
世界はただ、静かなだけ。沈黙を守り、静かにオレを呑み込んでいく。

さわ、と小さな風が渦を創った。

虚ろな視界に光が灯る。
その光の正体は風に連れ去られたはずの光の羽根。それが、いつのまにか戻ってきていて。

《てゆーかぁ、けっこー簡単に諦めちゃうのねぇー。きゃはははっ!》

聞き覚えのある声に目の焦点が、戻った。
ゆっくりと顔を上にあげていく。

「・・・クレセリア・・・?」

羽根の持ち主が、にんまりとこちらを見下ろしていた。

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2011.6.9  22:42:27    公開
2011.6.10  09:37:21    修正


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