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生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

164.sideユウト 夜月[ヤミヲテラスモノ]

著 : 森羅

イラスト : 森羅

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―――それは、流す必要のある血だった。
―――それは、受ける必要のある疵だった。
―――それは、浴びる必要のある深紅(あか)だった。

俺には何もできやしない、殺すこと以外には。

殺さないでくれ。
殺させないでくれ。
独りにしないでくれ。
死なないでくれ。
そして、できれば。

どうか、俺の傍にいてくれないか。

・・・ほんの少しの平穏が欲しかっただけなんだ。

sideケイヤ

「続けるから早く座れ」

アヤちゃんが落ち着いてから3階へ戻ると、椅子をシーソーしている深紅がぼくらに振り向き端的にそう言った。足元にはブラッキーの夜月が当惑気味に目線をさまよわせて座っている。・・・何があったんだろ?

ぼくは首をひねりながらもさっき座っていた椅子に収まった。アヤちゃん、燐、夜月、スピカもボール内のポケモンたちもそれぞれ同様に。シーソーを止めた深紅の椅子が重力に従ってどん、と鈍い音を立てた。

「嫌いなんだがな。まぁ、始めるぞ。ありふれていた、下らない話を」

そう言う深紅は、確かに強く笑っていた。

sideユウト・殺戮者

雨だれのような音を聞いた。

現在でいうなら8歳あたりだろうか、中途半端な黒髪がひょこひょこと好き放題に跳ね上がっている。帰ってきたことを知らせるその言葉は途中で目的を失い霧散する。全身がこの状況に警戒音を発し、それでもなおその音源の方へ眼を動かす『そいつ』。
空はすでに暗く、本来火が灯っているはずの家を闇が覆っていた。
そして、動かした目線の先にあったのは、すでに二度と動かなくなった『何か』。
雨だれのような音は、血が上から下へ落ちる音で。

血と静寂が覆う、ただ赫色だけの世界。

「う、うわああああぁあああああぁあぁあぁあぁ!!!!」

悲鳴を上げる自分に狂ったような高笑いが、笑みがこぼれ落ちる声が、遠くの方で聞こえた。

   ※

「じゃー容赦なく次行ってみよー!『殺戮者』、ケイヤ君が望んだ方だね」

・・・。
『管理者』の声に頭の中でエコーがかかる。
やはりどこか疲れているような、無理に明るくしているような声だ。

「次も血まみれ注意。大丈夫だよね?」

まぁ、平気だが。血まみればっかりか。
ため息交じりに言うオレに『管理者』はまぁね、と呟いた。

「んー。まぁ、君としてはちゃっちゃとどうして『深紅』『真紅』が君の中にいるのかってところが知りたいんだろうけど。まぁ、観ててよ。彼らの思ったこと、見たこと、感じたこと、共通点、相違点、つまり全てを」

・・・別に見ないとは言っていない。
肩をすくませるオレに、静寂の世界に音が生まれた。

   ※

殺さないで!死にたくない!死にたくない!!
ただ、それだけの感情が自分を支配する。

狂った三日月のような細い笑みが、俺だけを射すくめる。
真っ赤な返り血を浴びたその男の剣にはたくさんの命が、このムラで静かに暮らしていただけの人の命が、血になって塗られていた。
カチカチと歯が震える音がする。後ずさる俺の歩数分、そいつは前へ踏み出していく。
・・・殺さないで、死にたくないよ。死にたくない・・・っ!

とん、と軽い衝撃が背中にあたった。
行き止まりかと、これで終わりかと心の臓が跳ね上がった。だが俺が振り向くとそこにも血まみれた剣。地面にかろうじて突き刺さっていた剣が、このムラの人が抵抗したものか、それとも目の前のそいつが捨てたものかはわからなかったけど。

『どうする?』

尋ねられた気が、した。
魅入られたように手を『それ』に伸ばす俺に、狂ったように笑っていたその男は一瞬だけ訝った目をして、結局は笑みを浮かべ直した。それは弱った鼠の最期の抵抗をいたぶる猫のように。

「面白い。これ以上楽しい遊戯はなかろう?餓鬼、己(おれ)を楽しませてみろ。戯れ遊びに付き合ってやろうぞ」

嘲るその声は聞こえていなかった。
元々あまり深く突き刺さっていなかった剣は簡単に抜け、代わりに俺はずっしりとしたその重さにふらつく。身の丈もあるそれを、恐怖と怒りにまかせて突いた。

「あ、ああぁあああああぁあ!!!」

悲鳴のような咆哮を上げたのは俺で、

「・・・くっくっ・・・!」

油断したのだろう、血を吐きながら・・・それでも楽しそうに嘲笑(わら)っていたのはその男で。
貫くほどの力は俺にはなく、ただ腹のあたりに剣を突き刺しただけだったのに。
真っ赤な花の花びらのように血しぶきが俺の手を染め、体の色を変えた。
まっすぐこちらを見る男の目に俺が映る。真っ赤で怯えた俺が。

「楽しかろう?血の、においは芳しかろう?・・・どう、だ?餓鬼め」

何が楽しい。こんなことの何が楽しい!?
悲鳴を上げるように詰問する俺の声は言葉にはならず、その男はただ話を続けるだけ。

「同類になった、な。殺されておれば、楽に死ねたもの・・・を。一度覚えた快楽(けらく)を、貴様も忘れることな、ど・・・できない。・・・餓・・・」

鬼、という最期の言葉はかすれて吐息だけだった。
ずるりと男が崩れ、支えられなくなった剣が俺の手から滑り落ちる。心の臓が早鐘のように脈を打つ。

「嫌だ・・・。嫌だいやだ・・・!」

首を振り、嫌だと呟いた。
殺してしまったのだと、そう気づいたから。命を奪ったと、そう理解したから。
下らない拒絶は自己防衛の賜物で。

「嫌だあぁあぁあああぁああぁぁぁあ!!!」

闇色の空に叫ぶ自分は、

獣のそれだった。

   ※

殺して、殺して。血を浴びて。血のにおいを覚えていく体、相手を殺すための方法を覚えてしまった頭。
男の言った『快楽』を覚えることなどできなかったが、確かに生あるものをを殺し続けた。

生きるために殺し続けた。

幼かった俺が生き残ったのは、あの時虐殺を行った男を殺したから。
その後に俺が殺した男の血縁者だか知人だかがやってきて、俺は死にたくなくて。
繰り返した。逃げても追いかけてきて、ただひたすらに血を浴びた。自分が生き残ることに精一杯で他の事なんて考える余裕がなくて。『殺すこと』が当たり前な日々。俺はどこかで下らない戯事の的にまでされているらしく日々数は増えていた。

気が付けば、俺は深紅に染まっていたんだ。

沢山の者がいた。
『正義』を語るヒトも『仇討ち』を誓うヒトも『快楽』を求めるヒトも。獣も。
誰もが口々に自分勝手な正義を唱えていた。ヒトゴロシの俺は咎人で、俺を殺しに来たのにはかわりない彼らは正義だと。

・・・わけがわからなかった。
ヒトゴロシがヒトゴロシを悪だと裁くのか!生き残った者が、正義なのか!
じゃあ、俺のムラのあの死んでしまった人たちは、両親は全て悪だったのか・・・!?
それとも、あの時男を殺した俺は正義だったのか!?そんなはずはない!!生ぬるい血を覚えている、恐怖を覚えている、死にたくないと思ったのを覚えている。だが、それだけだ。そこに正義は存在しない!そうだろう!?
・・・正義なんて、どこにもないじゃないか!!

問いかけは、風にまぎれて消えた。
結局世界は俺に何も語らず、ただ現実としてその事実を目の前に示すだけだった。
すなわち、理不尽な世界の理と、血色の現実を。

「・・・こんなことの、何が楽しいんだ?」

もうすでに動かなくなった『それら』に血にまみれた俺は淡々と尋ねる。当然、返事は帰ってこない。
『それら』からは赤い筋が数本、川のように大地を滑って流れていっていた。

「なぁ、何がそんな楽しい?命を奪うことの、何が楽しい?悲しみを生むことの何が楽しい?」

俺は逆に吐き気がする、と後に付け加えてみるが答えを期待しているわけではない。
大地は紅と人型の倒れた『それ』がまだら模様のように折り重なって色を付けていた。
鉄臭い臭いに死肉を求めた鴉達が集まり影を落とす。
俺は身の丈より小さくなった――と言うより俺が大きくなったのだろうが――自分の欠けてしまった剣を地面に突き立て、両手を広げてみる。
そこにあるのは。

紅(あか)色の、手だった。

ヒトゴロシになりたかったのか、そう自分を問うて。
他人の命より俺の命はそんなに重要なものなのか、そう尋ねて。
深紅に濡れた自分を嘲笑って。

そうやって自分を保っていないと、何をやっているのかわからなくなりそうだった。
ただの残虐を繰り返す、獣以下の存在になってしまいそうだった。
そしてそうはなりたくなかった。罪の重さに潰れたくなかった。

何気なく見上げた青い空に苦笑しながら俺は呟く。

「・・・俺、もう殺したくない。だが、駄目なんだろうなぁ。俺は生きたいから、生きたいなら殺さなきゃならねーんだろうなぁ。なぁ、そうなんだろう・・・?」

柔らかな風が、頬を撫でて立ち去っていった。ざわり、と木の葉が木の幹ごと揺れる。
世界は静寂を保つだけ。限りなく等しく雨を降らせ、大地を照らし、死を与えるだけ。
いつの頃か、おぼろげながらに俺は理解したんだ。

俺の命は俺が殺したものの命で成り立ってるんだ、と。
だから俺の罪は、誰かを殺した罪は、すべて俺自身なんだ、と。

なら俺はそれを贖う必要も嘆く必要もない。罪(これ)は自分なのだから。
俺自身の重さに潰れることなんてありえないはずだ、ただ血まみれの自分を嘲笑すればそれでいい。
俺の罪は俺のもの、そう理解したから言い訳をやめた。
殺すことを否定も肯定もしなくなった。ただ、俺は俺の正義を唱えるだけ。悪だと言って嗤うだけ。無様に生に縋り付くだけ。
もっとも、俺の命が殺した数多の人の命に釣り合うのか、俺は生きていていいのか、それだけはやはり小さな棘のように疑問を沸かせ続けたが。
だって。

だって俺が殺した人には、想ってくれる人がいただろうから。
俺が初めて人を殺したとき、両親の、ムラの人々の死を嘆いたように。
失う痛みを俺は知っていた、失う悲しみを知っていた。・・・その知識は唯一の救い。

俺はヒトゴロシ。ただ、それだけ。もう、それだけだ。
大切なヒトは奪われてしまったから。誰かの大切なヒトを奪ってしまったから。残ったのは俺だけだから。
だが。

「もう、殺したくねーなぁ・・・」

ふらふらと足を動かし呟きながら歩き始める。
静かに暮らしたい、ただそれだけの望みでヒトが嫌う場所へ行こうと決めた。いや、追われ始めた頃から目指してはいたが。
目の前に広がるのはうっそうとした森。さまざまな緑色の葉が重なり、影を作っている。そこはヒトが忌む、入らずの森。

「殺さなくて、すむといいなぁ・・・!」

木漏れ日が陰影を作る森の入り口。俺は久しぶりにほんの少しだけ笑った。

躊躇なくそこに踏み入ると、獣の気配が血のにおいを嫌ってか遠ざかっていく。森の中は木々のにおいが充満していて、ひどく静かで。どのくらい歩いただろうか、自分がどこにいるかわからなくなってからその場にそのままうつ伏せに倒れ伏した。
土のにおいが冷たくて心地良くて。
そのまま目を閉じて、疲れ切った体を投げ出し力を抜いた。
獣達がこちらを遠巻きに眺めているのは分かっていたが、俺は指一本動かさず無防備なまま。
それは。

・・・ここで死んで終わってしまってもいいな、と思ったから。

   ※

ぬぼーぉ、と目を開けると目線と同じ高さに雑草が見えた。
一体何日眠っていたのかは知らないがかなり長い間眠っていたらしい。朝露に濡れて鳥肌が立っていた。
久し振りに眠った気がする。そうか、ずっと寝てなどいなかったのか。今更な理解を自己完結し、変に固まってしまった重たい体をわずかに動かしてうつ伏せから仰向けへ。木の葉の隙間から辛うじて青色の空が見えた
俺の体重をすべて地面に任せてひんやりとした空気を吸い込んでからはた、と気が付く。

「・・・生きてる、のか・・・?」

あれだけ獣の気配があったのに。もちろん野生の獣は空腹でない限り狩りをしない。道楽で『狩り』をするのはヒトだけだ。だが、あれだけの獣がいて、一匹も空腹でないなどあり得るだろうか。それともここにいる獣はすべて肉を食わない獣なのだろうか。
ゆっくりと首を左へ右へ動かす。頭の下で押しつぶされた草が青臭い臭いを発していた。
静かな、森。それは自分一人だけになってしまったのかと、少し怖くなるほどだ。

「・・・っぐ、う」

奇妙な声を上げながら、重たい体を起こした。傍にあった剣は血がこべり付いて錆が浮かんでいる。首の後ろがゴキッと言う音を鳴らした。

「ぁ」

上半身が起き上がるだけでかなり視界が違う。静かだと思っていた森は静かにしていただけだったのだ。ぐるり、と回る範囲で首を回すと一定距離を保って獣達に囲まれている。その様子はまるで俺を観察するかのようだった。

・・・・・・。

奇妙なにらめっこ。向こうに殺意があるわけではなく、こちらの出方をうかがっているような雰囲気。複数の目に見られ、俺はどうすればいいのかわからなくなる。しかし、しばらくそうして睨み合っていたが結局俺はもう一度寝転がった。向こうに何かする気がなさそうだったし、まだ眠いし、なにより体が重たかったから。

「おやすみ・・・」

通じないとはわかっていたが、少しだけ、なんとなく安心を覚えたんだ。
もっとも、そのあと起きると獣達は消えていたのだが。

   ※

森の中で適当な洞窟を見つけ、森の構造も徐々に覚え始めて落ち着いてきたそんな頃。
見られている、そんな気がしていた。そして今日も背中辺りに視線を感じる。

「・・・?」

殺意や敵意はない。どうしようかと首をひねっているとぴん、とあることを思いついた。
俺は唐突にくるりと視線の感じる方へ体をひねって声を上げる。

「わっっ!!」

がさがさがさがさっ、と言う足音が草むらの草を踏み散らして遠ざかる。驚きすぎて音を消すことも忘れたんだろう『そいつ』の黒くて長い耳がひょこひょこと草の上から見えた。俺はその様子が面白くて笑う。

「あははっ、あはははっ!!ははっ!!」

そのとき初めて、自分が昔みたいに笑えるようになっていることに気が付いた。

・・・そんなことが何日か続いた。
黒い体に黄色い円模様。きょとんとした顔で俺を見上げる赤い目の『そいつ』。
最初は隠れていたのに、徐々に『そいつ』は顔を覗かせ始めた。おずおずと言った様子で、しかし興味深そうに『そいつ』は雑草の間から顔をのぞかせて俺を観察する。
ある日、俺は聞いてみた。俺の言葉が、言葉として成り立っているかはもうわからないが。

「お前、どうしたんだ?」

勿論『そいつ』からの返事はない。
透き通るような赤い目でこちらを見るだけだ。

「何だ、俺を食べたいのか?それとも食べていいのか?」

たちの悪い質問だが、両方あり得ない話ではない。
だが、話の内容を分かっているのかいないのか『そいつ』はトコトコと草の中から出てきてその場にちょこんと座った。

「・・・変な奴だなぁ、お前」

手を伸ばそうとするとぴょい、と身を引き距離を取る。一定範囲内には近づくな、という事らしい。
行き場を失った手を引いて俺は苦笑する。

「血のにおいは、嫌いなのかよ。まぁ、当然か。俺も嫌い」

『そいつ』と目線を合わせるように座って、にっかりと笑っても『そいつ』は首をかしげるだけ。
結局、『そいつ』は一日中傍にいて空が赤くなる頃帰って行った。

「変な奴」

『そいつ』を見送ってから、笑ってそう呟く。
内容とは裏腹に顔が笑っているのが自分でも分かった。
思うことは一つだけ。

明日も、来るといいのになぁ。
誰かといることに、ただ傍にいてもらえることに、

俺は幸せを感じていたんだ。

   ※

『そいつ』と俺が打ち解けたのかどうなのかはわからないが一定範囲に近づくことは許してもらえたらしい。そんな、太った月のある夜。

俺の寝床と化した洞窟の前は少しだけ広場になっていて、俺達は座って一本の木に寄りかかっていた。
月の光を浴びて『そいつ』の体の模様が淡く光り、俺はそれに素直に感嘆の声を上げる。

「へぇ・・・。光れるのか、お前」

俺の言葉が気に入ったのか、自慢げな『そいつ』。その様子が気に食わない俺は『そいつ』の耳の後ろに手を当て撫でてやった。こいつはここが苦手らしいのだ。案の定、一瞬前の自慢げな顔はどこへやら短い悲鳴を上げてその場を飛び退く。今度は俺が得意げに笑う番。警戒態勢を取る『そいつ』に向かってひとしきり笑ってから俺は話しかけた。

「なぁ、お前なんていうんだ?」

俺の問いかけに深紅の目は首をかしげるだけ。わかっている、言葉なんて通じない。
だが、俺は『そいつ』に話しかけるのが当たり前になっていた。ただ、聞いてもらえるだけがうれしい。

「お前の名前だよ。な、ま、えー」
《ぶらぁ?》
「ぶらぁ、なのか?違うよな、それは鳴いてるだけだろ」
《っき!》

俺は『そいつ』の鳴き声を無視して考え込む。何か何かないかな、と。
うーんうーん、と唸り続ける俺に何やってるんだ、と言わんばかりの『そいつ』の目。
ふと、丸々と太った月が目に入った。

「夜月・・・」

呟いた言葉に『そいつ』は首をかしげる。
俺はうん、と頷いた。なかなか満足できる名前だ。

「よづき、でいいだろ?お前の名前わかんねーもん」
《ぶらぁき?》

訝る目をするよづきに笑った俺はぐしゃぐしゃとその頭を撫でた。
よづきはそれに、ただ目を細めていた。

   ※

この時代に種族名があったのかどうか知らないが、ブラッキーが出てきた時点で確かに少し気にはなっていた。だが『夜月』?
深紅がそう付け、与えた意味が確かにオレにはよくわかる。オレは今『深紅』なのだから。
つまり。

つまり深紅にとって太陽では明るすぎたんだろう。
だから、『夜の月』。闇を、自分を照らしてくれる唯一の根源。救いの光。
眩しすぎず、淡すぎず、闇に光を当てるもの。

なぁ、お前にとって『夜月』は救いだったのか?
つい尋ねた。わかっている、答えはない。オレはただ傍観するだけだ。
だが、そう。多分、こいつは。

『夜月』に祈りを込めたのだろう。

あぁ、そういえば。ふとオレは思い出した。
夜月と出会った時オレは聞こえた声のままに名前を言ったんだったよな。
それは深紅(こいつ)だったのか?

「そうだよ。今更だね、ユウト君」

あっさり答えるな。
つか、それなら『しんく』は一体いつからオレの中にいた・・・?

オレの疑問の声は聞こえているだろうに、『管理者』からあったのは質問。

「ところでさ、彼についてどう思う?ユウト君」

・・・どうって言われても、なぁ。
『管理者』の声にオレは言葉を濁す。言うべき言葉はない。
『真紅』にしろ『深紅』にしろ同じように生きているものを殺し、それぞれの方法で罪を見つめていた。それに正しいも間違ったもなく、何か言えと言われても言うべきことがない。

「そう。まぁ、いいけど。・・・ちなみに君はどうしてかわかる?彼が森の中で眠っていた時ポケモンに襲われなかった理由」

・・・はぁ?
『管理者』の質問にオレは首をひねる。理由として挙げられるのがオレには『攻撃しなかったから』くらいしか思いつかないんだが。『管理者』はそれに対して頷くように言った。

「ん、正解。それであってるよ。狂気を持つ者はあの場で彼らを殺そうとする。彼はどっぷり血のにおいがこべりついているけど、殺意を示さなかった。だから、認められた」

そこにいることを?

「そうだよ」

即答だった。
オレに次の言葉を言わさないうちに『管理者』は努めて明るい口調で続ける。

「ねぇ、このままずっと彼が幸せだったらいいのにって願いたくならないかい?」 

それは泣き笑いのような、哀しい結末を知っているものの声だった。  

  ※

とうとう森の中までそれぞれの理由で俺を追ってきたヒトゴロシ達。もっとも全員がヒトゴロシとは限らないのだが。
だが、そいつの場合は俺に巡り合うまでに相当な量の森の獣やヒトを殺したらしくその剣は紅(あか)色。鉄のにおいが森のにおいを変質させていた。
俺を見つけ狂喜するその狂人に俺はただ、淡々と剣を突き立て急所を射ぬく。
どっぷりと大量の血を浴び、強烈なにおいに顔をしかめ、視界の端に俺は『それ』を見つけてしまった。

黒くて、黄色い・・・獣・・・?

「よ、づき・・・?」

その『幸せ』の結末は、あまりにもあっけなくて。

「なぁ・・・?なぁ!」

斬撃で傷つき、血まみれたよづきの体はいつもより小さく見えた。

「嫌だ、嫌だ!!嫌なんだ!!!」

あらん限り叫ぶ否定の言葉は無意味なだけ。体の力が崩れるように抜けていく。手から剣が滑り落ちた。
涙で歪む空の色はこれ以上なく綺麗な青色で、どこかで鳥が歌っているほどなのに。

「よづき!なぁ!どうしてだ!置いて行かないでくれ!」

俺の声は一生届かない。願いはもう叶わない。ただ、ただ祈っていただけなのに。

「お願いだから、お願いだから・・・俺を置いていかないでくれ!!」

ほんの少しの、幸せを望んでいただけなのに。

平穏は、あっという間に崩れて消えた。
残ったのは血まみれの俺と、血まみれた剣。そして、死骸。
容赦なく零れ落ちる涙を拭いもせずに俺はよづきを抱き上げる。

「よづき?・・・よづき!!よづきぃ!」

消えないでくれよ。置いて行かないでくれよ・・・なぁ。
嫌だ、嫌だ!嫌だ!!どうしてだよ、どうして・・・?

―――それは、俺が剣を振るうから。生あるものを殺すから。だからよづきは死んだ。俺のせいでよづきは死んだ。

死にたくなかった、ただそれだけじゃないか!
浮かび上がった答えに、俺はそう反論する。

―――そう。それでいいじゃないか。俺は『俺』が一番大切なのだから。だから、殺し続ける。そうだろ?

違う。違う、違う!!
俺は、俺は・・・!俺はただ!

―――何も違わない。ソレモオレノ『ツミ』ナノダカラ。

―――『ツミ』ヲオカシタ『バツ』ナノダカラ。

反論は、できなかった。

「よ、づき・・・。よづきぃ・・・。ごめん、ごめんなぁ。
俺、俺自分しか護れないんだ・・・。誰かを傷つけることでしか生きていけないんだ」

赤い血に、透明な液体が混ざる。口の中が塩辛く、濡れた頬は気持ちが悪い。
謝罪の言葉は、無意味だというのに。罪は、俺自身だから。
なのに。

「よづきぃ・・・」

冷たくなったよづきの体を、ずっとそうやって抱きしめていた。

   ※

よく晴れた夕暮れ時のある日。うつろなまま俺はよづきの骨を持って川べりへ向かった。

「よづき、ごめんな・・・」

本当は、こんなことしてはいけない。これは俺がしてはいけないことなのだ。
地の獣の骨を、水に流すなど。
だが、何かしなければおさまらなかった。たとえ勝手な行動だったとしても。

「俺のせいだから。俺は馬鹿だろう?嗤えるよな、本当に」

よづきの骨をそっと撫でて俺は笑う。なぜか涙が流れるけれど。

「よづき。幸せだったんだ、本当に」

そっと川に浮かべるとよづきの骨が一瞬浮かんで、また沈んで流れていく。
夕暮れ時の川は赤い。それは俺が、変な奴って笑いながらよづきを見送った時と同じ色。
明日も来るといいのになぁって俺は思ったんだった。・・・明日の事なんて誰にもわからないのに。
もう、願った『明日』は来ないのに。
苦笑が漏れた。

あぁ、そうだよ。俺は俺を嘲笑ないと。そうじゃないと自分の罪に潰れてしまうじゃないか。
そして、そんなことあってはいけないだろう?
よづきを殺したのに、たくさんのヒトや獣を殺したのに、自分だけ楽するなんて赦されない。そうだろう、よづき?

空に吸い込まれるように、よづきの骨は俺の前から消えてしまった。


*挿絵の夜月はそよかぜさんからの頂き物です!!お忙しい中、本当に有難うございました!!


164.sideユウト 夜月[ヤミヲテラスモノ]

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2011.5.15  00:11:40    公開
2011.6.11  01:26:16    修正


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