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生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

160.sideケイヤ×アヤ 願望[ネガイゴトヒトツ]

著 : 森羅

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sideユウト

「・・・どうして来たんだい?ミオ図書館に。君には『行かない』という選択肢もあったはずだよ?」

手始めに『管理者』から飛び出たのは質問。オレはそれに顔をしかめる。
まぁ、それはそうなのだが。つか、あの状況で『行かない』の選択をするのは至難の業だと思うんだが。

「・・・まぁ、そうかもしれないけど。でもさ、君は選んじゃったんだ。良くも悪くもなくただ結果としてね。じゃあ、念のため聞いておくけど・・・知りたい?自分のこと」

正直、わからない。
オレはオレ以外の何者でもないはずなのになぜか矛盾とズレが生まれ続ける。
そして、それと同時に生まれるのは自問の声。
『・・・オレは『何』だ?』
それに対してオレは答えを与えることができず、そのたびに自分のことほど自分ではわからないと言ったヨスガのゲンガーの言葉が耳の奥で響いた。オレは問う。
『管理者』、お前なら答えてくれるんだろう?

「いいんだね?そこから逃げることもできるんだよ?」

念を押すように尋ねる『管理者』。
良くも悪くもない。要はどうせ知る羽目になるんだろう?いや、知らずにはいられないはずだ。どう逃れようとしても。

「君の勘かな?うん、さっすが。もちろんボク自身は君が知らないで済むことを願っていたし、知った後のことも望んでいる。・・・あとは君次第だけど」

だけどね、と『管理者』は言いづらいと言わんばかりの気まずそうな声を出し続けた。

「でも、そう願っても無駄なんだろうね。君は悲鳴を上げてるんだから。じゃあ、話すよ、全てを。でもまずは彼らの話も聞いてもらおうかな。そうじゃなきゃ話が進まないからね」

何を、と聞く前に映るのはケイヤとアヤと夜月とスピカと燐。

「ねぇ、ユウト君。・・・運命ってあるのかな?」

ぽつり、と響いた『管理者』の声にオレは答えることができるはずなかった。

sideケイヤ

まず、切り出したのはぼくだった。

「うん、まずさお互いの立ち位置を確認しよう。そして、それに至る経緯、場合によっては過去になるんだけど、も話してもらう。プライバシー云々って言ってる時じゃないからね。・・・燐、悪いけど『しんく』ってどっちが深紅と真紅なのか夜月に聞いてくれる?」

『しんく』は同意を示すようにぼくを見つめたまま。アヤちゃんは少し視線をさまよわせて・・・意を決したように頷いてくれた。それに対しぼくも頷き返す。燐が夜月の言葉をぼくに教えてくれた。
『英雄』が右目。『真紅』。
『殺戮者』の彼が左目。『深紅』、だとのこと。
ぼくの位置から見て前がアヤちゃん。そして左隣が『しんく』。一人一人が机の直線一本を占領してるからぼくの隣に『しんく』がいるわけじゃない。角を挟んで隣だ。つまり『しんく』から見れば左にアヤちゃん、右にぼくってこと。夜月はアヤちゃんの右隣に移動していてその反対側にはスピカ。そしてぼくの左隣にいるのは燐だ。そしてそれぞれ机の上には2個、2個、3個で白と赤のボール。切り出した責任としてぼくは次の言葉を繋ぐ。

「じゃ、言い出したぼくから言おうか?」
「待って」

言いかけるとアヤちゃんから静止の声がかかった。驚くぼくと『しんく』。だけど、すぐに『しんく』の顔が優しくなった。・・・これは『英雄(真紅)』の方だろう。
アヤちゃんを全員が注目するなかアヤちゃんはゆっくり言葉を続ける。深呼吸の、息を吸い込む音が聞こえた気がした。

「待って。あたしから言う。言わせて。言えなくなりそうで、怖いから」
「うん、もちろんいいよ」

ぼくは安心させるように笑いかける。
それに対しアヤちゃんも安心したように横一文字、貝のように塞がっていた口を本当に少しだけほころばせた。

哀しそうに笑っていたのは、真紅だろう。

sideアヤ

ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
静寂の中に何かが生まれる。
それは、あたしが語るもの。形のない、けれど形のある思い出。

―――実際、彼のことをなんて呼んでいたのかあたしは覚えていない。
名前を呼んでいたかもしれないし、「お兄ちゃん」って呼んでいたような気もする。
ただ、確かなのは彼はあたしの『英雄』で、あたしの、小さな集落―クニと呼ばれるもの―の『英雄』だった。
最初に会ったのは、確か。

「返してよ、返してよ!!返してよおぉ!!」

その遺骸を傍に幼いあたしの全身全霊の叫びはただただ無力でしかなかった。
周りにいる人はただただ視線を背けるか、当然だという顔で首を振る。五月蠅そうに露骨な嫌そうな顔をする人も、共に泣く人もいた。

こんなことは、あたしの周りでは日常茶飯事だった。あたしのクニは戦いをしていたのだから。
あたしだけが嘆いているわけではなかった。ただ、今回あたしの家族の番が回ってきたというだけ。遺骸を持って帰ってきてくれただけでも喜ぶべきだっただろう。
けど、受け止めることができなかった。

理不尽さを嘆いた。
自分の無力を悔いた。
家族を守ってくれなかった人を恨んだ。
家族を殺したモノを憎んだ。

悔恨と憎悪。
復讐してやろうと、そう思った。
家族を奪ったモノは人じゃないって。
あれは、『化け物』だ、って。

そう、思った。

一人の夜。静かな夜。さびしい夜。
彼が訪ねてきたのはそんな、その日の夜。

「・・・すみませんでした・・・」

家の外で小さな声が、震えていた。
大昔の家が今の建物と同様の建築技術を持っていたとはお世辞にも言えない。つまり、外の声はまる聞こえだったということ。
その声は、泣いているようだった。

「・・・申し訳ありません。僕のせいです。全て僕のせいなんです」

押し殺した声で、自分自身に言い聞かせるように。

「誰?」

真っ赤に泣き腫らした目で恐る恐る外を覗いてあたしは尋ねた。あたしの声にはっとして顔を上げるその人。髪の毛がばさばさと揺れる。うつむいていたらしい。反動で飛び散った何かが細く痩せた月の光を受けて闇の中で光って消えた。
その顔を見てあたしはあ、と驚いた記憶がある。この時彼はすでに『英雄』であったから。

「・・・君は、ここの・・・?」
「何しに来たの?」

淡々とあたしは再び聞く。もう放っておいてほしかった。わずらわしくて、煩くて仕方がなかった。
―――もう、放っておいてよ。あたしは一人でちゃんと仇を討つんだから。
うざったそうな顔を隠しもしないあたしを彼は驚いたように見下ろし、それからあたしの身長に合わせるように屈んだ。
悲しさを隠しもしない目に、涙の筋が彼の頬に見えた。

「ごめん。・・・ごめん。僕が君から奪ってしまった。僕が彼らを護れなかった・・・」

嗚咽を漏らすその人をあたしは心ここに在らず、と言った感じでぼんやりと眺める。
頭の中で、彼の言葉を反復しながら。

僕ガ『奪ッテ』シマッタ?
僕ガ『護レナカ』ッタ?

・・・・・・。

「・・・返して」

零れるのは怒り。降って湧いたように点と点が繋がった。
あたしの声にその人が顔を上げる。ご近所への迷惑を気にするほどの精神的余裕はなかった。

「返して!!返してよっ!!返して!!返せえぇぇええぇ!!!!」

虚空に響き渡る声。涙は止まらなくなって情けないほど溢れ出した。
この人が、あたしから奪ったんだ。この人が護ってくれなかったから、みんな死んでしまったんだ。
この人が。
・・・『英雄』だったくせに!どうして、どうして!?どう、して・・・!?
自分の無力さを相手に転嫁していたことに、その時のあたしが気が付いていたかどうかはわからない。

「返して!返してよ!!どうして護ってくれなかったの!?どうしてよ!!?どうして!!?」

無茶苦茶に殴り掛かるあたしを彼は避けなかった。当然だと言わんばかりにあたしの攻撃をまともに受けてそのままあたしを抱きしめる。そして自己満足のように呟く謝罪の言葉。

「・・・ごめん。ごめんなさい」
「許さない!!許さないっ!!許さないッ!!!あんたも!みんなを奪った『化け物』も!!あたしは赦さない―――!!」

一生恨んでやる、と。
一生憎んでやる、と。

絶対、殺してやる、と。

力任せに、それでも縋り付くようにあたしは彼に握りしめた拳を振り下ろし続ける。
恨みはあたしの生きる糧だった。憎しみはあたしを支えてくれる、存在意義だった。
そんな叫び続けるあたしをその叫びごと抱きしめながら彼は頷いた。

「うん、僕を恨んで欲しい。憎んで欲しい。・・・それで君が生きていてくれるなら。だけど」

あたしの耳にだけそっとささやくように。

「僕以外の誰をも恨まないで欲しい。憎しみだけに囚われないで欲しい」

ゆっくり染み渡るような不思議な声の響き。
それは泣きじゃくるあたしに届くほど。

「君の憎悪は僕が受け取るから。仇を討ちたいと言うのならそれは僕が代って討とう。罪は、僕がすべて受けるから」

疲れ果てていて、張りつめていた糸が切れたあたしはもう泣くだけ。
彼はずっとすすり泣くあたしの背中をさすっていてくれた。

・・・。出会いとしては最悪だったと思う。間違いなく。
あたしは彼を恨んだし、憎んだ。はっきり言って大っ嫌いも行き過ぎるくらいだった。
でも、その後。少しずつ、だけど確実に、あたしの復讐の決心が別のものへと変わって行ったのは確かに彼のおかげ。

―――その日以来、彼はあたしが嫌がろうと殴ろうと貶そうと暇ができてはあたしの所を訪ねて様子を見に来てくれるようになった。自分の武勇伝を聞かせるでもなく、言い訳をすることもなく、本当に最初は『様子を見る』それだけ。あたしが彼の訪問を黙認するようになってからはもう少し時間は長くなったし、打ち解け始めてからは遊んでくれるようにもなったけど。
あまり自分のことを話さなかったけど、間違いなく彼はあたしの『家族』になってくれた。義務的なものでもなんでもなく。
頑ななあたしが打ち解け始めたきっかけは多分あの出来事。

彼や、あたしの実父や他の男の人が戦をしていたことはもちろん知っていた。あたしの家族もその犠牲者だったのだから当然と言えば当然だ。一体どちらが侵略側でどちらが侵略されている側なのかあたしは知らなかったけど多分、侵略されていたのがあたしたちのクニの方だろう。理由なんてものは今はどうでもいいと言えばどうでもいいんだけど要は肥沃な土地が欲しかった、というのが一番に挙げられるはずだ。

『彼はすごいんだって。彼が居たら絶対助けてくれるんだって』

『英雄』に関してその類の話は何度聞かされたかわからないくらい。ただ、あたしはその度に首を振っていた。
彼はみんなを護ってはくれなかった、と。そして嘘つきだと罵った。
その噂が決して嘘ではないと証明したのはあの時。ちょうど彼の訪問を無視することにした頃。
確か、お腹を空かせた野生のポケモンに襲われたか、戦から落ち延びた人に襲われたかのどっちかだったと思う。あたしの他にも何人かいて、誰もが無力だった。あぁ、死ぬのかな、なんて縁起でもないことを思わざるを得なくなったとき。
光が一閃、空気に切れ目を作った。
それは、脳に焼付くほど綺麗な光だった。
茫然とするあたしたちの前で飛び出た彼は泥人形を崩すがごとく相手に致命傷を負わせる。造作もないと言わんばかりに。

「大丈夫?」

返り血をどっぷりと浴びた彼は困ったなぁと呟いて本当に困ったように泣きそうな顔で苦笑する。口々に飛び交う感謝の言葉をバックにあたしだけ何も言わず睨み付けて踵を返した。
あたしを救って満足かって。
どうしてみんなを護ってくれなかったんだって。
あたしは、泣きそうだった。

ちなみに、彼はあたしの所に謝りに来たけど、彼は本当は別にあたしの家族を守っていたわけじゃない。彼が居たのは防衛の最前線だったのだから。要は自分が守ってるはずの人が殺されてしまったということが許せなくて謝りに来たんだろう、無力でごめんなさい、と。
それを知ったのはその日から数日後。ようやく何がおかしいのか察したらしい周囲の人たちが口々にそれは筋違いだと話してくれた。
ショックが大きかったのは言うまでもない。
あたしは彼がみんなを護れなかったと謝りに来たってことは近くの防衛をしていたんだろうと考えていたから。

「ごめんなさい・・・」

あたしは半泣きになりながら謝り続けた。驚いた彼の顔は疑問符でいっぱいで、それから最後には優しい顔で笑っていた。それからは色々な話をするようになってあたしはそれが楽しかった。彼は時折自分の手のひらを見つめたまま、哀しそうな顔をしていたけど。

あたしが耳をふさいでいた彼の話は、どんどん入ってくるようになり、そのたびにくすぐったい様な誇らしい様な気分。
優越感にも近いその感情は徐々に憧れのようなものに変わっていった。
憎しみの対象が羨望へと変ったのはその頃からだっただろう。

彼のようになりたい、と。

優しくて、強い、『英雄』。あたしが求めるものは全て彼が持っていた。
一番傍にいたからこそ、というのもあるんだろうけど利害を求めず見返りを求めずただただ守護の役を全うする・・・彼はまさに『英雄』だった。もちろん、彼のようになりたい言う声は男の子からも声高に聞こえていた。それほどまでに『戦い』はあたしたちの身近な存在だったんだろう。
頭の奥に張り付いた光と、剣の軌跡が切り裂いた空気。それは『強さ』の象徴。

―――復讐心を誰かを護るための力に変えられればいい。
―――彼があたしを護ってくれたように。
―――もう、あたしのように悲しむ人が出ないように。
―――相手を倒して、倒して。そうしたらきっとみんな幸福(しあわせ)になれる。

我ながらのナイスアイディアを自信満々に満面の笑顔で彼にそれを伝えた覚えがある。
貴方のようになりたい、と。
敵を倒して、みんなを護りたい、と。
だから、護るための術を教えてほしい、と。

途端、戸惑いが彼の顔にしっかりと浮かび上がっていた。
いつもと同じ笑顔でよく考えたね、とほめてくれることを期待していたあたしは完全に裏切られたと言ってもいい。不思議で仕方がないあたしに彼はなんとか笑みを作っていいたけども首を振った。

「ごめんね。でも、駄目。君にそんなことは教えない。みんなを護りたいと思うことは素敵だよ。でも、僕と同じやり方は駄目」

どうして!?、そう尋ねた。それは叫びに近かったかもしれない。
わからなかった。
どうしてあたしの考えを否定するのか。
どうして彼は駄目だというのか。
どうして彼と同じやり方が駄目なのか。
あたしにはわからなかった。

愕然とするあたしに彼はためらってためらって自分の手をあたしの肩に載せる。そして彼は笑った。今にも泣きだしそうな笑みだったけど。

「ごめん。でも君にもわかるよ、いつかきっと」

いつかと同じ、染み透るような彼の声。
でも、と言いかけた言葉はそれ以上続かなかった。
どこまでも優しく、けど自分に寄せ付けないように。

「僕のようになりたいなんて思ってはいけないよ。僕のようになりたいなんて願ってはいけないよ。お願いだから、そんな事を願わないで。・・・・お願いだから。僕は強くなど無いのだから。僕は偽善者でしかないのだから。
だから、君はそんなことを願わないで」

そんなことない、貴方は強くて優しいとあたしは何度彼に言ったことだろう。知り合いから聞いた彼の武勇伝を何度彼に話続けただろう。何度も同じ問答を繰り返した。何度も何度もあたしは言い続けて、彼もまた何度もあたしに言い続けた。終わらない問答は、結局終わらないままだった。
そう、それは今も。

―――彼との出会いも唐突だったけど、別れもまた唐突だった。
『戦い』が終わって数日が経っただろう、そんな日。あたしと彼が出会って2年程。
『戦い』の結末はかなりあっけなかったけど双方これ以上犠牲を出せない、ということで和平したんだったと思う。『戦い』の結末はとりあえず今は置いておいて、クニのみんなは平穏をかみしめ始めていた。
それはそんな昼下がり。訪ねてきた彼と2人並んで草原に腰を下ろしてぼーとしていた。あたしは彼が傍にいればそれで良かったし、彼は話すことがないなら黙っている人だった。

「君は、生きていてよかったかい?」

陽だまりが気持ちよくてうとうとし始めたあたしに突然、彼の口がそう尋ねる。
びっくりして顔をきょろきょろさせるあたしに彼はごめんごめん、と笑い同じ言葉を繰り返した。

「生きていてよかったかい?幸せかい?」

少しだけ不安そうな声。覗き込むようにあたしを見る彼。
あたしは迷わず首を縦に振った。

「うん、当然でしょ。生きててよかった。死ななくてよかった」
「・・・本当に?」

確かめる彼にあたしはこれでもかと言うほど笑う。
あたしは幸せだ、と。
その笑顔を見てか彼は安心したようにふわり、とあたしに笑い返す。

「よかった」
「え?」

彼の呟きが意味するところが分からなくて聞き返したあたしだけど、結局彼は笑っているだけだった。

彼はその夜、行方をくらませた。
行かないで、と泣くあたしを置いて。
ごめんね、とそう言って。

またいつもと同じようにあたしの肩に手を乗せる。あたしと視線が交わった。
どこ行くの、そう尋ねると彼はどこだろうね、とおどけてみせる。

「あたしも連れて行って」
「駄目だよ」

即答。
彼の顔は死人のそれ。疲れ果てていて、でもどこか満足したような顔。

「僕は英雄じゃないんだ。ただのヒトゴロシでただの弱い人間」
「違っ!!」

きっぱりと否定しかけたあたしの言葉を彼は首を振ってさえぎる。

「違わないよ。違わない」

いつもと同じ優しい笑顔がそこにあった。
柔和な笑顔のまま彼はあたしを抱きしめる。何か冷たい液体が顔にかかった気がした。

「君は僕に力をくれた。・・ありがとう。それだけで僕は立っていられる。胸を張れる。
覚えておいて、君は選ぶ事ができるんだよ。何でも選べるんだよ。
だけど、お願いだから・・・僕のようにならないで」

彼はそっとあたしを離した。
行かないで、置いて行かないで。
彼にしがみついたまま涙が止まらないあたしを彼は困った風に笑い首をかしげた。

「君にもわかるよ。いつか。きっと。
そのときに君は僕を忘れていて欲しい。僕の言葉だけ覚えていてくれればいいよ。
そして、僕がそんな綺麗なものじゃないと嗤(わら)ってくれればいい。
じゃあ。もう二度と会わないだろうから、いい人生を。
幸せになって欲しい。それこそが僕が護ろうとしたものだから」

ごめんね、と最後に呟いて彼はあたしに背中を向ける。
振り返ることは、なかった。

置いて、行かないでえぇ!!

忘れることなんて、できなかった。

ザウラクと出会うのはそれから1年もたたない頃だったと思う。
幾多の星を数多の生き物に例えたディアルガに、あたしは一つの星の名前を付けた。
『舟の輝く星(ザウラク)』。
彼はあたしの道導。
何百年、何千年の時を越えても、星はこの時代の光で輝いているはずだから、と。
次元を捻じ曲げるとそう忠告してくれたザウラクに、でもあたしは頷いた。

「大丈夫?あぁ、よかった。ほら、雨の中傘も差さないで、ずぶ濡れじゃないの。あなた、どこの子?この辺りじゃ見かけないけど、名前は?」

気が付けば、ノモセの町。あたしのクニはどちらかというとカンナギに近かったからそのまま移動したというわけではなかったらしい。もちろん、これは後で調べたことだけど。
そして、その時目の前にいたのがあたしの義母となってくれた、キサラギアユミ。
家に招いてくれた彼女は嬉しそうにあたしの世話を焼いてくれた。
自分の夫の話をして、突然いなくなっちゃったみたいだったの、と哀しそうに笑っていて。

あぁ、これはあたしのせいか。

そう、納得できた。
あたしがここにいるから。時間が動いたから。
起こるはずないのことが起きたんだ。起こるはずのことが起きなくて。
あたしがいなかったらもしかしたら・・・。

そう思うと苦しくなって仕方がなかった。
でも、それはあたしが選んだ結果だと心の中で首を振って、考えを追い払って切り捨てた。
あたしの様子に少しも気が付いていない彼女はとにかくうれしそうにあたしに尋ねる。来客は久しぶりだと言っていたからそのせいだったのかもしれない。

「名前は?」

彼女の質問はまともに耳に入っていなかった。
『其れは全てに影響を及ぼす。細波のない水面(みなも)に落とした小石が』
ザウラクの言葉。あたしはそれを呟いた。

「アヤ・・・」

『綾模様を作るように』

「アヤちゃんね、アヤちゃん」

復唱する彼女の言葉でやっとあたしは現実に引き戻される。
違う、と言いかけて・・・やめた。
あたしはこの世界の『波紋(あやもよう)』であることに違いはないと思ったから。

「ね、アヤちゃん。よかったら一緒に暮らしましょ?」

その言葉の意味を飲み込むのには少し、時間がかかったけど。
けど、『お母さん』は何の恨み言もなく、いつでもあたしにぬくもりをくれた。

それは、確か。

sideケイヤ

「・・・なるほどねー。そんな大スペクタルがあったんだ」

ぼくは納得したようにうんうんと何度も頷いた。
やっぱりというかやっぱり、アヤちゃんは『時渡り』をしていたらしい。
もっともセレビィじゃなくてディアルガだけど。
ぼくは燐に目くばせをし、燐もそれに頷く。
さて、じゃあ次はぼくの番だ。

「じゃ、インターバルは短いけど次、ぼくが行くよ」

一同の同意を得てぼくも話し始める。
ゆーとの事故から始まった、ぼくの軌跡を。

燐と出会ったこと。
パルキアの声が聞こえたこと、黒い穴が見えるようになったこと。
スズナと凪と出会ったこと。
『英雄』とロストタワーの場所であったこと。
シロナとハクタイの森のマグマ団を倒してデータを手に入れたこと。
『殺戮者』と出会い、一緒に過ごしたわずかな時間のこと。
堺と約束を交わして、ぼくは刀匠の姿を見た。
それから一つ一つを結んで行って何かの形を得ようとして。
カンナギでアヤちゃんやアカギと出会って。
エイチ湖で透と出会い、ゆーとと再会して。
そのあとシロナとも再会して、デンジの所に行って、ミズキとも仲良くなった。
トバリ。ミズキが仕掛けた盗聴器の類で全部会話を聞いていたことも話す。
たくさんの考察なども混ぜながらぼくは順番に話していく。

「・・・ってわけで真紅の言葉を聞いたからぼくはここに来れたってわけ。・・・これでいいかな?」

話し終わって一息、深く息を吐き出した。
どっ、と疲れが襲ってくる。アヤちゃんが呆れたようにぼくに言う。

「ケイヤ。あんた、あたしよりよっぽど不可思議なことしてるわよ?」
「え?そーかなぁ・・・?」
「そうよ!絶対そう!!」

グーを作った右手をこれでもかと言わんばかりに握りしめてアヤちゃんは力説する。ぼくはそう思わないけどなぁ、と燐の方に目を向けると燐から聞こえるのはナチュラルなため息。

《あなたも十分特殊ですよ》
「それを言うなら燐もでしょ?」

燐の言葉にぼくは笑顔で言葉を返した。燐は自分を考慮に入れてなかったのかぐっ、と口を閉ざす。アヤちゃんの呆れた視線とスピカの面白そうなものを見る視線を同時に感じた。

「・・・盛り上がってるところ、悪いんだけど」

困ったような笑顔を張り付けて遠慮がちに口をはさむのは真紅。ゆーとのこんな顔を見たことがないから少し違和感があるけど、ゆーとが純粋に困ったなぁ、という顔をするとしたら同じ顔になるんだろうな、とぼくはふと思った。

「ごめん。次だね。右の真紅から?それとも左の深紅から?」

真紅と深紅を見ながらぼくはできる限り笑顔で尋ねる。
そう。ここからが、本番。
相変らず困ったように笑っていた真紅に変わって今度は深紅が鼻で笑う。
俺達の番だろ、と言わんばかりに。

「その昔、俺はあることを望んだ。それは俺の罪を深くするものだったが」
「僕も、だよ。あることを願ったんだ。それは大きな罪だったけれど」

代わる代わる話す2人。
確かめるように呟くのはアヤちゃん。

「願い・・・?」
「そう、願い。君達が願ったのと同じように」

真紅がアヤちゃんに向かって微笑みながら頷く。

「・・・話してくれるんだよね、全部」

今度はぼくが問うた。
ぼくの方に向き直り、答えるのは深紅。

「あぁ、話す」

うん、とぼくは頷いた。

「じゃあ、哀しい話を始めよう」
「くだらなく思えるほどありふれた話だがな」

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2011.4.14  23:02:41    公開
2011.4.15  00:11:50    修正


■  コメント (3)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

コメント有難うございます!!mossさん!
お久しぶりですね。

おぉう…ものすごくわかりやすい結論ですね…^^;
はい、すみません。このあたりの錯綜っぷりは森羅の無計画さが作り出した芸術です(キリッ
…いえ、もう本当にごめんなさいm(__)m

アヤの過去シーンを気に入っていただけたのなら何よりです。あー、これもまたすみません。実はアヤの名前の由来はズバリ、『後付設定』なのです!当初まったく意味もない適当な名前でした…(ユウトケイヤ含む)でもまぁ、ザウラクの言葉を考えてた時に「あぁ、これ使えるんじゃね?」って感じで採用したものなのです…。だからそんなたいそうな代物ではないのですよ…m(__)m ユウトの関連があってアヤと英雄の記憶は出し惜しみしまくりましたからね…。ケイヤは物語の軸でしたから早い段階からわかってましたがアヤについては下手なセリフを使ってしまったらラストがバレるので…。すみませんです、本当に。
続き楽しみにしていただけるなら何よりです。有難うございますっ!…ただ、先に謝っておきますが、2つに話を分けるのでペースが鈍いです。引き延ばすつもりないのですが、間にアヤ、ケイヤサイドも別で入るのでまた伸びます。ユウトまでたどり着くのが相当遅くなりそうなのです…。引き延ばすつもりはないんですよ!!本当に!!
……すみませんm(__)m

11.4.19  21:28  -  森羅  (tokeisou)

お久しぶりです、mossです。

えーっと、結論から言わせていただきます。

次・回・が・気・に・な・る

じゃないですかぁー、まったくぅ。ぷんぷんっ。

……いや、ごめんなさい。アヤちゃんの過去シーンがでてきてくださっただけでも嬉しいです、ハイ。
アヤちゃんの名前の由来って綾模様からだったんですね!びっくりしました。
にしてもアヤちゃんの過去はすごいストーリーですねぇ。これでやっとこさ英雄とアヤちゃんの関係がわかったわけだ!

さきほど申し上げましたように、次回が死ぬほど気になりますね。酸欠しそうです、ぱくぱく。
真紅サイドのほうとも、ぜひとも比べてみたいので、次回更新楽しみに待ってます!



11.4.19  17:32  -  不明(削除済)  (bengal)

[編集後記]
こんばんは、もしくはこんにちは。
最近編集後記と言うよりこの言い訳コーナーが増えてきたような気がします。気のせいじゃありませんね、絶対。
多分、大詰めの話のメモ山と格闘しているせいでしょう。大ポカをやっていたらごめんなさい。間違っていたらごめんなさい。先に謝っておきます。そして、こっそり直している可能性も否定できm(ry

本当はもっと『しんく』サイドに切り込むつもりだったのですが予想以上にアヤが暴走しました^^;こんな予定じゃなかったはずなんですけどねぇ…おかしいですね(ゴルア
アヤが英雄、つまりは真紅に憧れた理由ってかなり単純だと自分でも思います。まぁ、でも子供ですからね。元々アヤが持っていた正義感に合わせて周りに影響されやすいのです。また真紅サイドでもアヤは出てきますからそちらの方と2つの視点を比べてみてくだされば嬉しい限りです。視点が違うので見方がまた異なるはずなので…(なればいいな、なれば!

ちなみにアヤの回想シーンの英雄のセリフについてですが、大体はこれまでに出てきたものを引用しているかと思います。41話、74話、100話辺りですね。
それでは、無駄に長くなりましたが(本編も言い訳も)失礼を。





11.4.14  23:19  -  森羅  (tokeisou)

 
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