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生あるものの生きる世界
154.sideアヤ 繚乱[ウヨキョクセツ]
著 : 森羅
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side夜月(ブラッキー)
「そうとも諸君!
私が夢に描いて来た世界が、現実の物となる。テンガン山に行くもの、このアジトに残るもの、それぞれなすべき事は違えどものその心は一つである!
我々ギンガ団に、栄光あれ!」
壇上に立った人間がそう言い切った瞬間に歓声が沸き起こる。だがその場で俺はきょとーんとして話を聞いていた。全くわけが分からない。人間が考える事は俺にはよくわからないからかもしれないが、とりあえず俺はこの世界を憎んでない。
《なぁーユウトー。どう言う意味だ?
俺、別にこの世界で不自由なんて感じてねーんだけど》
隣にいるはずのユウトに尋ねてみる。
だが、いつもなら返ってくるはずの返事が無かった。
《ユウト・・・?》
ユウトがいるはずの場所を見上げてみるが当然のようにユウトの姿はなく、周りにもいない。
・・・ユウト!?
妙な焦りが生まれた俺はおっさんと小声で話しているアヤの足に頭突きを食らわせ注意を向けさせる。
「いったぁ!!?・・・夜月!?何すんのよっ!!」
《アヤ!ユウトがいねーんだっ!!どこ行った!?紅蓮も緑羽もいねーし!!》
スピカがアヤに俺の言葉を反復。俺からしたら鈍すぎる速さでアヤは焦りだし周りを見回したが、やっぱりユウトの姿は見つけられなかったようだ。
「どうかしたのか?」
「ごめんなさい!あたし行かなきゃ・・・!スピカ、夜月行くわよ!」
何がなんだか分からない様子のおっさんを放置して俺たちは入ってきた方と反対側の出口を目指し、人ごみをかき分ける。かき分けられる方は熱狂でこちらにまで注意が向かないらしく迷惑そうな顔はするが、気にも留めていない。焦りが徐々に膨らむ。ヤな予感はしてたんだ。
《ユウト殿っ!?》
《ゆ、ゆぅとぉっ!!!》
紅蓮と緑羽の声が聞こえた気がした。
side紅蓮(ウインディ)
ただならぬ状況に自力でボールから飛び出した。
緑羽殿はまだボールの中で叫んでいたがそんな事を気にしている場合ではない。
これは非常事態だ。
《夜月殿!?》
傍にいたであろう夜月殿を探すが見渡す限りではいなかった。
というよりもここはどこなんですかな・・・っ!?
明るくは無くどちらかといえば暗い場所。緑羽殿のボール入りの鞄を咥え辺りを見回す。階段があるが、これを上ったのか。降りたのか。
どうしようか迷う我に夜月殿を先頭にアヤ殿とスピカ殿まで突っ込んできた。
《紅蓮っ!》
《夜月殿!》
《ユウトは!?》
焦りに焦った夜月殿の声。だが我も夜月殿のことを言っている場合ではない。
何が起こったのかよくわかっていないのだ。
《わからないんですな・・・!ユウト殿がいつもみたくおかしくなったのはわかっているのでありますが、どこに行ったのかはさっぱりなんですな・・・》
黄色の輪っか模様をほのかに光らせる夜月殿が苛立たしそうに二手に分かれた階段を見比べる。だがどちらへ進んだのかはわからないだろう。我だってわからないのだ。嗅覚には自信がある方だがそれでもわからない。ユウト殿は無臭過ぎる。スピカ殿を間に挟んで状況を理解していたアヤ殿が声を決心したように上げた。
「夜月、紅蓮。二手に分かれるわよ。下と上に。湖のポケモンとユウトに分かれてるか、同じ方にいるかは分からないけど、アグノムたちも助けなきゃだから・・・」
「その必要は無い」
アヤ殿の声に下へ向かう階段の方から声が被さる。カツーン、という金属のぶつかるような音を鳴らしてこの場に上ってくる人間。ユウト殿ではない。暗がりに浮かび上がるのは青に染まった髪の男。とっさに構える我と夜月殿を無視して踊り場に立ったその男の目線はアヤ殿へと移る。
最初に声をあげるのはアヤ殿。スピカ殿も目線をそちらに移していた。
「あんた・・・サターン!」
「ほう・・・。湖のポケモンを助けるためにわざわざこんな所まで追いかけてきたのか。その勇敢さだけには拍手を送り、教えてやろう。悩む必要は無い。湖のポケモンはこの階段を下り、そこからワープパネルに乗れば行ける。別の行き方もあるがな。自由にしてやりたいならボタンがあるからそれを押せばそれで湖のポケモンは助けてやれる。もうギンガ団には不要なのでな、おまえが好きにしていい。お前はそのために来たのだろう?」
アヤ殿はサターンと言うらしい男を睨みつけ、言った。
「わざわざ教えてくれて、その上ただで通してくれるとは思えないんだけど?」
「全くだな。ギンガ団にとって邪魔な存在はどんな小さな要素であれ排除しておくべきだ。それに、湖でのリベンジもある事だし・・・ギンガ団流のもてなしをさせてもらう」
「・・・その前にもう一つ聞くけど、赤でも黒でもないような髪の男を知らない?」
我は夜月殿と目配せをし、軽く頷く。咥えていた鞄をそっと下に置く。
男はアヤ殿の質問に少し顔をしかめ首を振った。
「さぁな・・・。ワタシは見ていないな」
「・・・じゃあ、見事に分かれたみたいね・・・」
アヤ殿は軽くため息をつき、ボールを構える。そしてそれは男も同じく。
だが、両者のボールが投げられる前に夜月殿が男に向かって飛び出していた。突然の事にたじろぐ男。男に対峙する夜月殿が声をアヤ殿に声を張り上げる。
《アヤ!下に行けっ!ユウトの方は俺たちが行くから!》
「な、なんだ・・・っ!?」
スピカ殿の反応は早かった。すぐさまアヤ殿に話し、困惑するアヤ殿を引っ張る。
アヤ殿に迷っている暇は無い。するべき役割というのは存在するのだ。
《アヤ殿!アヤ殿はここに湖の神を救いに来たはずではなかったんですかな!?
ならそちらを全うして欲しいんですな・・・!ユウト殿の事はこちらに任せるんですな!》
スピカ殿に通訳してもらったのだろう。はっ、としたアヤ殿はそれでもまっすぐに頷き、スピカ殿を伴って立ちふさがる男をすり抜け階段を駆け下りる。その足音が遠ざかってから夜月殿は男の目の前から離れ、再び構えなおした。
サターンと名乗った男は階段に向かって小さく悪態をついてからこちらに向き直る。
「・・・ポケモンだけ置いて行ったか・・・。湖のときとは違う面子だが構わんな」
《残念。ちょっとそれは違うんだよな》
にやっと笑うのは夜月殿。我もそれに頷き、偶然どこかにスイッチが触れたのだろう、緑羽殿も登場する。さてと、と呟くのは夜月殿。
《悪いが・・・さっさと退いてもらうぜ》
轟くような威嚇の遠吠えは我のもの。
sideアヤ
本当にこれでよかったのか分からない。階段をひたすら早く駆け下りながらあたしは思う。
夜月と紅蓮にサターンを押し付けてよかったのか、って。
本当はあたし達が戦うべき相手だったんじゃないかって。
紅蓮の言った・・・スピカが訳してくれた言葉。
『アヤ!アナタは湖の神を救いに来たんでしょ!?ならそっちを全うして!
ユウト君のことは紅蓮君たちが片付けるって・・・そう紅蓮君は言ってるわ!』
スピカの考えもあったんだと思うけど、本当にこれでよかったのかわからない。後ろめたい。
でも、確かにあたしにはやると決めた事がある。そして、それは多分、紅蓮たちも。
サターンと戦って紅蓮たちが大丈夫なのかわからない。相手は曲がりなりにも幹部。戦ったあたしが一番分かってる。サターンは弱くない。
でも。それでも。
「任せたわよ・・・!夜月、紅蓮」
ここは紅蓮たちに甘えさせてもらう。
代わりに。
あたしに任された役目、アグノムたちを救うこと。
それをちゃんと全うしよう。
「スピカ、行くわよっ!」
《・・・!えぇ!》
階段の終わり、ぽつんと淡いグリーンの光を放つパネルにあたしたちは飛び乗る。
リッシ湖でそう、決心した心のままに。
sideアカギ
―――演説・・・嘘偽りで塗り固められた、でっち上げも相当な演説だ。熱狂するギンガ団がアカギから見れば、あまりにも愚かで滑稽だった。やはり役立たずだ。そろいも揃って不完全な連中ばかり。
内心に細い笑みを浮かべたまま、歓声を背にアカギは自室に戻るためのワープパネルを踏んだ。
次に目を開けたとき、目の前には見慣れた部屋。明かりが少なく、薄暗い。
―――無論、私は世界を生み出す。新しい完全な世界を創る。
だが、それは私だけの世界。私だけのために私は新たな世界を望む。
そうでなければ完全はありえないのだから。
アカギの意識が自らの夢想へと羽を広げ始めたとき、不自然な動きが目に映った。
それと同時にぱん、ぱん、ぱん、とひどくゆっくりとした拍手がアカギのデスク机に寄りかかっていた人物から送られる。瞬間的に身構えたアカギは緊迫した声で尋ねた。
「・・・誰だ?」
立っている場所のすぐ傍にあるはずの照明スイッチを入れようとアカギは手探りで手を伸ばす。だが相手を見つめたままの体勢では思うようにスイッチは見つからず、まだるくて仕方がない。苛立ち焦るアカギを知ってか知らずか、相手から声が返された。ただし、それは質問に対する答えではなかったが。
「素晴らしい演説でしたよ。・・・ただ本当にそう思っているのか、わかりませんがね」
やっとアカギの手が照明スイッチに触れた。アカギは照明を付け、その明るさに目を細める。
狭い視界の中、相手もまぶしそうに片手を額に当てて光を避けているのが見えた。
「・・・誰だ?・・・何の目的があってここに来た?」
アカギは相手に向かって問い直す。やっと明順応を起こした目が相手の姿を捉えた。
確か、どこかで・・・いや、テンガン山を抜けた辺りで、見た記憶がある。
「キミは、確か・・・」
黒っぽいコートに特徴的な赤の混じったような黒髪、そして同色の瞳の・・・至極自然体の少年がそこにいた。
2011.3.13 12:01:06 公開
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