ポケモンノベル

ポケモンノベル >> 小説を読む

dummy

生あるものの生きる世界

著編者 : 森羅

141.sideユウト×アヤ 悪夢[ナイト・メア]

著 : 森羅

ご覧になるには、最新版の「Adobe Flash Player」が必要です。 また、JavaScriptを有効にしてください。

・・・消えろ。

消えろ。消えろ消えろ消えろ――――――!

キエテシマエ。


sideユウト

「うぅ・・・。頭痛ぇ・・・」
「寝すぎよ、それ」

アヤの一刀両断にオレはそっぽを向く。オレのせいじゃない。睡眠不足が悪い。
テンガン山、と名づけられた山の内部。そこが現在オレたちが居る場所。カンナギまではポケモンの“テレポート”の裏技を使ったが・・・それでキッサキには行けないのか?心底疑問に思う。ナナカマドのじいさんに聞いたルートでは定期船が使えない今、キッサキと言う町まではテンガン山を突っ切るコースしかないと言う。・・・冗談だろ、とオレが思ったのは言うまでも無い。

《ユウト、情(なっさ)けねーなぁ!》
「黙れ疫病神」

夜月の茶々にオレは夜月を睨みつける。それを見た夜月はむくれて見せた。

《誰が疫病神だよ。ユウトこそだろ、この赤貧神!》
「自覚が無いとは重症だな。ついでに赤貧神もお前だ。この万年欠食児童が」
《あーあー、ユウトったらひでーんだっ!!こんなにおちゃめな相棒にそんなひでー仕打ちをするんだからなーっ!!バチが当たるぞ!》

当たらん。つかお前のどこをどうとって『おちゃめ』という単語が出てくるんだ?
不平不満を頭の中でエンドレスに流すオレの目の前を蝙蝠が横切る。青銅の巨大銅鐸のようなポケモンがふわふわと浮かんでどこかへ消えた。

「何してるのよー!早く来なさいよーーっ!!」
《・・・だとさ》

いつの間にか距離を引き離されていたらしい。洞窟の出口、逆光で黒いシルエットを浮かび上がらせたアヤが声を張り上げる。オレはため息一つ、歩を進めた。

sideアヤ

「・・・季節はいつだ」

開口一番、ユウトはあきれたような声を出す。目の前に広がるのは紛れもない一面の銀世界。そう、テンガン山は永遠に冬。万年雪と言う言葉とは少し違う。本物の冬だ。
あたしは呆然とするユウトの疑問に答えてあげた。

「ここはずっと冬なの。春も来ないし、夏も秋もない。ユキカブリってポケモンが生息してて、そのポケモンの特性で雪が止む事もあんまりないし。ひどいときには吹雪になるし」
「ちょっと待てよ・・・。冬の雪山をこの軽装備で登れと・・・?」

呆れ果てたようなユウトの声。微妙に顔がひくついている。
そんなこと言われたってあたしは知らない。ちなみにあたしだってぶかぶかに服を着込んでいる事を除けば普段着と同じ。いつもと同じ格好のユウトはご愁傷様としか言えない。

「幽霊に寒いとかあるわけ?」
「殺すな。寒いに決まってるだろ、そりゃ」
「じゃあ、生きてるって実感を寒さで味わったらいいじゃない。キッサキまでかなりあるわよ。とりあえず今日は中間地点にあるロッジ目指して行くしかないわね」
「・・・」

ついにユウトは何にも言わなくなってしまった。

「じゃあ、行くわよ。ほらさっさと歩く!」

ずぶずぶと積もりに積もった雪を掻き分けながら進むあたしとユウトの真上には灰色の雲。その雲はちらちらと白い花びらのようなものを吐き出している。
・・・ユウトが雪だるまにならなきゃいいけど。
あたしは後ろで死んだような目をしているユウトを盗み見た。

sideユウト

「・・・うぅ〜、足痛いー」

ものの一時間ほどでアヤとオレの位置は逆転してしまっている。しかもその距離がどんどん広がっているのでさすがにいささか不安にもなる。夜月はさっさとオレの肩の上に乗っかりコートの中に潜り込んでいるのだからオレの方が疲れるはずなのだが。雪はすでに目の前を覆うほどに降り、前後左右の視界の悪さは最高潮。はぐれるとまずい。振り返ったオレにアヤは泣き言で答えた。
・・・はぁ・・・。
オレはため息をついてアヤの元へ来た道を逆戻りする。

「ペースを崩すな。余計に疲れる上に足が痛む」
「あんたねぇ・・・!あんたが異常なのよあんたが!!寒くないの!?痛くないの!?」

寒いに決まっている。普通の運動靴のようなオレのスニーカーにあっという間に入り込んできた雪が足先の感覚を奪っているのだ、寒くないはずがない。ついでにオレはこのコートの下は薄っぺらい七分袖だぞ。

《アヤ殿を乗せましょうかな?》
「紅蓮。・・・アヤ、紅蓮が乗せてやろうかって言ってるが」

ボールの中からの紅蓮の提案にアヤはぷくぅと顔を膨らませた。・・・そんなことして可愛いと言ってもらえる年齢はとっくの昔に過ぎているだろうが、とオレは白い目を向けるのみ。

「てか、紅蓮に“にほんばれ”とか頼んだ方が早いでしょ!!それか“かえんほうしゃ”で溶かすとか」
「・・・アヤ。お前・・・馬鹿か?」
「なんでよ!!!」

アヤの発言に愕然としたオレは思ったことを素直に口にする。飛んでくるのは怒号と雪玉。雪玉は見事に夜月の唯一突き出ていた顔面に命中し、黒い顔が白く変わった。

「なんでって・・・。こんな所で“にほんばれ”なんかしたらどうなるかわからないのか?」
「はぁ?」

心底不思議そうなアヤの顔。どうやらわからないらしい。もっともオレだって確証があって言っているわけではないのだが。

「ここには春とかがないんだろ」
「うん」
「じゃあ雪は溶けねぇし、温度も一年中極端には変わらないんだろ」
「うん」
「・・・そこにいきなり高温当てたら、雪崩が起きないか?」

アヤが静かになる。そして胡散臭そうな目をオレに向けた。

「・・・ほんとに?」
「わからんが。だが、この場所はこの状況で状態を保ってるんだろ。
・・・いじらない方が良いと思わないか?」
「まぁ、いいけど」

こんこんと、という表現を通り抜けて雨あられのように降ってくる雪がすぐに体に積もって体温を奪っていく。動かないのもまずいな。

「とりあえず歩け。動かなかったら死ぬぞ。凍死体は自殺じゃ一番綺麗に死ねるらしいが死にたいか?」
「冗談じゃないわよ」

大雑把に積もった雪を払いアヤはまた歩き始めた。
オレは後ろから追いかけながらアヤに一言忠告しておく。

「はぐれんなよ」
「こっちのセリフよっ!」

だが、まぁ。

「・・・言わなかったか、オレは。はぐれるなって」
《さぁー?アヤはユウトが迷子になったって思ってるんじゃね?》
「いや、それはありえないだろ」

歩き始めて何時間、後ろに居たはずのアヤの姿が消えていた。『後ろ』にいたのだから間違いなく行方不明者はアヤの方だ。

「・・・嘘だろ?」
《いや、ホント》

夜月の声が遠くで聞こえるのはなぜだろう?

sideアヤ

「あれ?」

気がついたらぽつん、と一人取り残されていた。辺り一面視界が悪いし、どこもかしこも似たような風景。そんな風景のど真ん中であたしは一人でいた。

「・・・ユウト?」

当然ながら返事はない。
あたしはボールの中のスピカに話しかける。

「スピカぁ、ユウトの馬鹿が行方不明になってる」
《違うわよ。迷子はアヤの方》

スピカの鋭い指摘。声が全然笑っていない。
あたしは愛想笑いで取り繕うように、でも一番肝心な事を言った。

「・・・どうしよ・・・」
《・・・》

答えが返ってこない。見えるのは銀世界。聞こえるのは風の音。

「・・・え?」

さっき、何か聞こえた?

《どうしたの?》
「何か聞こえない?」
《何も聞こえないわよ。風の音か気のせいじゃないかしら?》
「・・・違うわよっ!」
《アヤ!?動き回るのは危ないわよ!?》

あたしはスピカを無視してずんずんと進む。

『・・・』

ほら、やっぱり聞こえじゃない。気のせいじゃなかった。
あたしは声のしたほうへ一歩踏み出した。
途端、足元が崩れる。雪の底が抜ける。

「きゃああぁあぁぁあぁーーー!!!?」
《アヤ!?》

スピカの声は、聞こえなかった。

sideユウト

「・・・む?」
《どうした、ユウト》

声が聞こえて気がしたが、気のせいか?
一面の雪に覆われたこの場所をぐるりと360度見回してみるが、やはり人影は無い。

「・・・どうすっかな・・・」

このままじゃ凍死するぞ、本気で。額には汗も浮かんで入るが汗は引いたときが一番怖い。オレは肩の上で動く毛皮と化している夜月からの返事が無いので少し方を揺らしてみた。

《なぁ、ユウト》
「何だよ」

夜月は空を見上げたままオレに話しかけてくる。オレも少し見上げてみるが鉛色の空が見えるだけだ。・・・鉛色?そうだ、どうしてこんなに視界が良いんだ?

《雪、止んでるな・・・》
「・・・・・・あぁ」

雪が止んでもおかしくはないだろう。雪を降らすというそのポケモンが偶然近くに居ないと考えればそれで辻褄はあう。だが、なんだろうかこの不安は。

「雪が避けているとでも?」
《違う。ポケモンが避けてるんだ。ここを、か俺たちを》

ポケモンに攻撃される事は多々あったが避けられる事は全くと言って良いほど無かった。『偶然』で済まされる確率が急激に下がっていく。

「・・・どっちだと思う?」
《わかんねーけど。ヤな予感っ!・・・わあぁっ!!》

夜月が言うと同時にオレは膝を折る。真上を何か黒いものが通り過ぎていった。おー、どうやら嫌な予感は的中らしい。

《ユウト、いきなり何すんだよ!!》
「・・・は?」

夜月が当然のように抗議してくる。これは冗談ではなく本気の声だ。・・・ちょっと待て。
オレは当惑しながら聞いた。

「見えてないのか?」
《だから、何をっ!?》
「何をって・・・」

こんなにはっきり見えるのに?

オレは目の前に浮かぶ『それ』に目をやる。夜の闇を濾したような深い黒に空色の目は片目しか見えない。人間なら髪の毛にあたるであろう部分は体と対照的に白かった。そして『そいつ』は一言も話さないまま黒い球体を手の中で大きく膨らませる。・・・身の危険を感じた。

「夜月、見えて無くてもいい!頼むからまっすぐ“シャドーボール”」
《え?えぇ!?》

わけわかんねー!と叫びながら夜月は“シャドーボール”を放つ。そしてそれはあちらも。オレとそいつとのちょうど中間地点で2つの“シャドーボール”が相殺された。

《うっそー・・・何でだ?》

爆発した“シャドーボール”に面食らう夜月。何が起こっているのかさっぱりのようだ。

《ユウト、何が見え・・・るん、だぁ・・・眠っ》
「夜月!?」

途端、くすーと言う寝息が聞こえてくる。・・・寝てやがるぞ、おい。
元凶は、多分『あれ』だろうが。オレはそのポケモンのようなものに向き直った。

「お前、誰だ?」

ポケモン。多分ポケモンだ。だが、何だこの違和感。
オレはこいつを知っている――――?

《・・・め》
「何だと?」

聞こえなかった。口を開いたと言う事はオレに用があるのだろう。
そのポケモンは真っ黒な口を開いてはっきりと言った。

《咎人め。そのような姿になってまで生にしがみつくか。ヒトとして存在が成り立っていない、存在無き者のくせに》
「何だと――――?」

オレは怒りをあらわにする。オレだって別に好きでこの世界に来たんじゃねぇ!
肩の上で眠っている夜月が呻いた。オレはあわててバランスをとる。

「夜月・・・?」
《あまりよくない夢を見ている》
「・・・お前の仕業か」

オレはとりあえず夜月を引き剥がし、しゃがんで雪の上におろす。冷たいかもしれないがオレを狙っているのなら危ないだけだ。それから立ち上がってそいつをにらみつける。紅蓮と緑羽が声を上げるが出てきても見えないのなら夜月の二の舞になってしまうだけだ。オレは首を振る。

「オレだって好きでここにいるんじゃ・・・まさか」

言いかけて、思い当たる事があった。
オレがここにいる羽目になった元凶。事故のときの、『黒猫』。
こいつが、あのときの猫なのか?・・・だが、違う気もする。似て否になるもの、のような。
オレに向かってそいつは不気味なまでに無表情なままだ。

《消えろ》
「・・・・・・なんで?」
《消えろ》

なぜ?
奇妙な焦燥感がオレを占める。
『管理者』の言葉がよぎる。
・・・オレは『何』だ?
だが、相手は疑問には答えてくれない。

《消えろ。消えれば良いのだ。存在自体が罪なのだから》
「はい、そうですかって死ぬと思うのか?」

残念だが、オレはそこまで自殺願望を持っていない。
だが、答えはあっさりしていた。

《違う。『死』ではなく『消滅』を》
「絶対やだね」

なお悪い。
だが、オレの中の焦燥感はくすぶったままだ。
知りたい事が山ほどある。オレは何も知らないじゃないか。
オレだって、生きていたいのに。
唐突に向こうは声を荒げる。

《生きたいと望むな!生きたいと願うな!貴様にその権利はない!消えてしまえ!》

キエテシマエ。

どこかで何かが切れた。

気がつけばオレは笑っていた。喉の奥から堪えるような笑い声が漏れる。
頭のネジがどこかに飛んでいってしまったのかもしれない。

「・・・お前ごときに殺されるとでも・・・?・・・殺してみろよ」

強く強く、それは相手を怯ませるほどに。
無言で弾丸のように飛び込んでくるそいつにオレは無抵抗にただ笑ったまま。


―――そいつとオレが触れ合う直前、光が間に割って入った。

《なっ!》
「・・・なっ」

2つ分の声。その両方が光にはじき出される。オレは雪の中にすっ転び、黒色のそいつはおののく様に後退する。・・・オレは、『何をしようとした』んだ?

《ちょっと〜ぉ、あんたら何やってるわけぇ?てゆーか、禁止?きゃははっ!》

・・・一昔前の女子高校生か、お前は。オレは茫然とその光を眺める。
光から聞こえる声は甲高い女の声。だが妙に癇に障る。光が弱まり、見えてくるのは落ち着いた水色と藤紫と金色のグラデーション華やかな生き物。その生き物はオレには目もくれずさっさと黒い方に目をよこした。

《ダークライ。あんたさ〜ぁ、さっさと帰ればぁ?あちしには勝てないんだしぃ?きゃはははっ!てゆーか、手出し禁止のはずでしょお?ぶにゃっ!》
「あ、すまん」

つい足が出ていた。突っ込みどころかどうかは知らんが、とりあえずその話し方やめろ。
つか、こいつとあのダークライと呼ばれた黒いのは同じ存在(もの)のような気がするんだが。

《ちょっとお!何するのよお?黙っててくんない?・・・てゆーか、逃げてるし!!
もう、信じらんないーっ!あんたのせいなんですけどー。てゆーか、あんたのために来て上げたのよぅ?あんたに『消えてもらっちゃ』困るしーぃ?》
「・・・お前、誰だ?」
《あちし?ん、クレセリア?きゃははっ!!》

なぜ聞く?聞いたのはオレだ。
オレはしらけた目をクレセリアに向けた。クレセリアはふい、と向こうを向く。

《そんな目される覚えないんですけどー。てゆーか、あんなのを寄せ付けないのっ!あちしの仕事増えるじゃん!》
「あいつは何だ?」

オレは淡々と聞きたいことのみを聞いていく。馬鹿げた茶番に付き合っている暇は無い。寒いのだ。

《テンション低ぅー。ノリ悪ぅ。あんたさ、友達も少ないでしょー、絶対そうよねーッ。きゃははははっ!!あれはぁ、ダークライって呼ばれてんの。悪夢の具現化?ユキカブリたちも逃げるくらいの夢魔よぅ。きゃははっ!》

・・・笑い事なのだろうか。ついでに言うと、友人関係については大きなお世話だ。
ため息交じりでオレは呟く。

「・・・なんで、オレが狙われるんだよ・・・」
《ん?そんなの決まってるじゃーん。『あんたが存在するから』》
「オレは好きでこの世界にいるんじゃない」

クレセリアを睨みつけるとクレセリアは目を大きくした。

《違うわよぅ。そ、れ、は、ねっ!きゃはははっ。エイチ湖に行くんでしょお?その後わかるわよぅ。知りたくなくても知らなきゃならない事になるってぇ!あちしはあんたのおもり。しつこいダークライが狙うからしょーがなくねっ!てゆーか、あんたに手を出すの禁止なんですけどー。まぁ、ということでぇ、これ》
「・・・・・・」

よくそんなに口が動くものだ。オレは口を挟む機会が無かった。
捨てるように投げ渡されたのはクレセリア本人の羽。淡い黄色は月を思わせる。

「・・・なんだよ、これ」
《あちしの羽根。見てわかんなぁい?てゆーか馬鹿?きゃはははっ》
「・・・・・・・・・・」

もう一回、蹴ってやろうか。次は殴ってやろうか。
精神力だけで自分を抑えるオレに構わずクレセリアは続けた。

《それ、持っといて。それでダークライを寄せ付けないから。
あちしはあちしで遊びたいんだもーん》

・・・言い切りやがった。天下御免の屁理屈を。
それでもとりあえずオレはその羽根をコートのポケットに突っ込む。
いちいち突っ込んでいたら話が進まない。

《いー子いー子。ついでに忠告して置いてあげるけどお、あんたむやみやたらとさっきみたく暴走するんじゃないわよぅ。世界が揺らぐでしょお?てゆーか、そのせいでダークライ出てきたんだしぃ・・・実は自業自得?きゃははっ!!》
「・・・どういう意味だ?」
《そーいう意味っ!わかんない方がどうかしてるんですけどーぉ?》

オレはげっそりとした顔でその言葉を聞き流した。
そんなことよりも知りたいことがある。まるでオレは焦燥感の塊を全部クレセリアに押し付けているようだ。

「なぁ、オレを最初に殺しにかかったのはお前の方じゃないのか?交通事故」

もっともこいつの目は黄色ではないのだが。
クレセリアの目が大きく見開かれた。空中で踊るように自分を揺らして。

《ごっめーとーお!おっめでとおー。てゆーか、なんでわかったの?》
「・・・勘」

明るい正解発表。だが、これは明るい話題なのか?・・・違う気がする。
だが、クレセリアは嬉しそうだ。

《えーっ!勘って何よぅ。勘ってっ。サイテー。あちしとダークライは同じ存在でぇ、だからあっちの世界じゃ立場が逆転するって言うかあ》
「あ、もういい」

オレは途中でクレセリアの会話を遮った。オレとクレセリアの間は大した事無い距離だが考え方と行動は天と地ほど離れている。意思疎通が成り立っているのは奇跡だろう。クレセリアはオレに話を中断させられたのが頭にきたのか、むぅー、とふてくされている。

《ひっどーい!女の子に対して今のひどくなぁい!?》
「ひどくない」

答えは簡潔。
ふてくされていたクレセリアがさらにじたじたと暴れた。

《あーもぉ!優しくないのってキライ!・・・しょーがないしぃ、教えてあげるけどぉ。ここから100メートル無い位このまままっすぐで山小屋でぇ、青色の子は反対側にまっすぐ、崖の下》
「・・・え、あ。あぁ、どうも」

情報に節操がない。だが、まぁ助かった。
ひらひらとまた少しずつ雪が降り始めてきたらしい、視界が狭くなっていく。
クレセリアは用件は終わったと言わんばかりにくるりと90度回る。

「・・・なぁ、オレに手を出すのが禁止ってどういう意味だ?」

多分最後の質問になるだろう、質問に首だけをこちらにもどしたクレセリアはいままでとは少し種類の違う顔をする。雪がクレセリアの姿を朧にしていた。

《・・・てゆーか。あんたも本当はわかってるはず。見てみない振りをしているだけ。何も知らないで居ようと自己防衛を働かせて逃げ惑っているだけ。無様だけどあちしは結構スキよぅ?そーいうの。じゃあねん》

ふわりとクレセリアは浮かび上がって鉛色の空の彼方へ消え去る。
雪が激しさを増していくのみ。全てを白く覆うために。全てを白に戻すために。
それは静寂を保ち何者も寄せ付けず、何者も受け入れない『完全な世界』。
足先の感覚は遠の昔になくなって、雪の冷たさは体温を奪う。それは生きているものを静かにさせようとしているようだ。鼓動の音すら五月蝿い、と。

《・・・ュ、ウトぉ・・・》
「夜月?」

声がした方向を振り返ると夜月が半分雪に埋まっていた。ねぼけていた夜月はやっと自分の状態に気がついたのかあわてて雪から脱出を図る。ぶるぶると体を震わせて真っ白な体を黒に戻した。

《ユウト?・・・何があったんだ?つか、寒ぃ》
「・・・あぁ。説明するのは面倒なんだが」
《・・・しろよ?》
「後でな」

オレはひょい、と夜月を担ぎまずは教えてもらったロッジを目指す。アヤのことだから死んではいないだろう。逆にオレと夜月は凍死体に片足をつっこんでいる・・・気がする。

《ユウトぉ・・・》
「何だ?」
《・・・いや・・・。なんでもねー》

そう言って身を縮ませた夜月は震えていた。

side夜月(ブラッキー)

「紅蓮、火おこしててくれるか。夜月はとりあえずストーブの前に居ろ、凍傷にだけはなるな。オレはアヤ探してくるから」
《一人で、ですかな?》

紅蓮の言葉にユウトいや、と呟きは鞄を下ろした。外から掬ってきた雪をいつの間に見つけたのかやかんの中に押し込んでストーブの上部分にセット。紅蓮の火にあぶられてその雪は水蒸気にへと変わっていく。それからユウトは小屋の隅に積んであった薪を適当にストーブに放り込んだ。

「っし、これで持つだろ。崖下らしいから緑羽に来て欲しいんだが。夜月と紅蓮は休んでてくれ。すぐ戻る。緑羽、いいか?」

俺には聞こえなかったが緑羽は了解したようだ。ユウトは緑羽だけ連れてたてつけの悪い木戸の隅を足先で蹴って開ける。・・・おい、ユウト・・・お前なぁ。

「小屋、暖めててくれよ」
《・・・承知ですな》

んじゃ、とだけ言ってユウトは吹雪いている雪の中に足を踏み出して、思いっきり木戸を閉じた。反動かどうかは分からないがストーブの薪が一本、ぽきんと折れる。

《なぁ、紅蓮〜》
《なんですかな?》
《・・・・・・・・なんもね》

俺は話しかけるがやっぱりやめた。伏せる紅蓮にそっぽを向いて燃える火を見つめる。紅蓮の点けた火は行ったり来たり舞っている。・・・俺、まるで餓鬼みたいじゃねーか。

怖い夢を見ただなんて。

内容なんて覚えてない。ただ怖かった。独りで寂しかった。
震えが、止まらないほどに。

雪の冷たさとはまた違うんだ。でも、静けさだけは。
・・・雪のそれのようだったんだ。

《ユウト、早く帰ってくれば良いな・・・》
《ですな・・・》

紅蓮はごう、と炎を足す。赤々と燃える紅い火。
俺は解けた雪で濡れた体毛を乾かそうとただただ、暖を取っていた。

side紅蓮(ウインディ)

ずるい。・・・その単語が一番ふさわしいと思った。
好きにして良いと言ったくせに、なのに出るなとその目は言った。

わかってるんですな。わかってるんですなっ・・・!

自己暗示のように繰り返す。自分の吐いた火の粉が薪を焼く。
我を信用していないのではない。夜月殿の二の舞になると踏んだからだと。
我や緑羽殿が、傷つかないように。
でもずるい。
あれが天然か意図かはわからないが、あのタイミングで『小屋、暖めててくれよ』はないだろう。何もできなかったことを気に病んでいたそのタイミングで。ずるすぎる。・・・まるで子供のようだ。
はぅ、と少しだけ息を吐いた。

《ユウト、早く帰ってくれば良いな・・・》
《・・・ですな》

赤い炎をさらに足す。もっと暖かくなるように。

sideアヤ

・・・どうして?

『いいんだ。これでいいんだよ』

・・・何もよくないじゃない。どうしてよ、ねぇ?

『僕のようにならないで。そんなことを願わないで。
僕は強くなど無いのだから』

違う。貴方は強かったじゃない。あたしたちを守ってくれたじゃない!
声が、言葉にならない。それでもあたしは必死に手を伸ばす。微笑を浮かべるその人に。
でもその手はいつも届かない。

『・・・取れるのかい?この手を』

・・・え?
声質が変わった。まるで嘲るような声に。
あの人の声なのに。

あたしの手が、真っ赤に染まる。明るく、目が覚めるような血の赤に。
あたしはそれに声にならない悲鳴を上げた。

いや。いや・・・い、や。いやいやあぁぁ!!

悲鳴を喜ぶような笑い声が響く。あの人の声で。
顔を上げたあたしにその人は微笑んでいた。いつものように。

『君が望んだ事じゃないか』

そしてそのまま背を向けて歩き去る。あたしは動けない。
周りには誰もいない。嘲るような高笑いが聞こえるだけ。

いやっ!いやいやいやあぁ!!置いていかないで!!置いていかないでっ!!
一人にしないで!!お願い!!お願いだからっ!!
スピカ!シリウス!レグルス!アルフェッカ!!・・・誰か!!誰か!!誰かああぁ!!

声は届かない。手を伸ばしても何もつかめない。
真っ赤なその手から零れるのは紅の雫。

ここには、何もない。

・・・置いて、いかないで・・・・・・ぇ。

sideユウト

「アヤ?・・・アヤっ、おい!」
《アヤ!?アヤ!!》

まずった。もっと早く来るべきだったようだ。
雪に埋もれかけたアヤを見つけたのがついさっき。吹雪いていて時間がかかってしまった。
一緒に埋もれていたボールも回収して、オレは容赦なくアヤをぶっ叩く。
その様子にさすがに無視できなかったのかスピカは苦笑いを浮かべた。

《ユウト君・・・アヤは女の子なんだけど?》
「構ってられるか。起きなきゃ死ぬぞ」
「・・・・で・・・」

お?
オレはスピカと顔を見合わせる。2人とも聞いたと言うのなら聞き間違いではない。

「《アヤ?》」
「・・・やっ!ぃやっ!!・・・ないでっっ!!」
「ぐえぇ・・っ。アヤ、おいアヤ!」

いきなり胸倉にしがみつかれた。服のしわが増えていく。抱きつかれる形になるがオレはそんな事よりも服が破けないかが心配だ。どんだけ力が強いんだ、この馬鹿力。もっともこれだけ叫べるなら大丈夫だろうが。

「アヤ!離せ、いいから離せ!」
「いやっ!!お願い、置いていかないでっ!!置いていかないでええぇ!!」
《アヤ、アタシたちはいるわ。いるから!!》

どうやら何も聞こえていないらしい。オレの服をつかむその手だけが異常なほど力強く、周りが見えていないし聞こえても居ない。服が濡れてくると言う事は泣いているのか。

「スピカ・・・何とかしてくれ」
《無理よっ!やってるわっ!アヤ、アヤッ!!?大丈夫よ!?アヤ?》

アヤはただいやいやと首を振るだけ。いい加減にしてくれ・・・。
泣かれると、オレが全部悪いみたいじゃないか。
オレはため息と共にふと思い出して片手でコートのポケットを探る。出てくるのはクレセリアの羽根。

《何それ?》
「・・・わからん。だが、アヤは寝てるんだろ」

訝るスピカにオレ自身まともな説明ができない。
効くかどうかはわからんが、手持ちの荷物はこれだけだ。
とにもかくにもオレは早くこの誤解を招きそうな状況を脱出したい。・・・切実だ。

「アヤ、おいアヤ?」

ため息をついてから羽根を持ったままぽんぽんとその背中を叩いてやる。
使い方が分からん。だが、少し羽根が輝いた気がした。

「迎えに来てやったんだが・・・とりあえず離せ」
「・・・・・・・ふぇ?・・・・・・・」
《アヤ!》

おー、気がついてまともになったぞ。まともに。だが、アヤは固まったまま動かない。理由は、まぁ、わからなくもない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「きゃあああああぁああああ!!!!」

別の意味でアヤが悲鳴を上げる。ちなみにオレは不可抗力でむしろアヤが悪いのだが、まぁそんなことを聞く余裕はないだろう。

・・・・・・あーあー。


悪夢。


《大丈夫よ、アヤ。手以外は触ってないし手以外は触れてないから》

・・・スピカ。そのことを、もっと早くアヤに言え。

《それ以上を超えたら殺すから大丈夫だ》

・・・シリウス。物騒な事を言うな。オレは悪くないし興味も無いぞ。

《そういうところユウト君は逆に安全だもの。一本線が抜けてるから、ねー?》

・・・だから、興味がありません。

木戸を開ける。外気とは比べ物にならないくらいその小屋は暖かい。
夜月が振り返り驚いたような声を上げた。

《ユウト、おか・・・どうしたんだ?顔》
「・・・湿布よこせ」

聞くな。

・・・・だから、オレは悪くないんだって。










































































































⇒ 書き表示にする

2011.1.17  22:54:58    公開
2011.1.19  22:02:14    修正


■  コメント (0)

コメントは、まだありません。

コメントの投稿

コメントは投稿後もご自分での削除が可能ですが、この設定は変更になる可能性がありますので、予めご了承下さい。

※ 「プレイ!ポケモンポイント!」のユーザーは、必ずログインをしてから投稿して下さい。

名前(HN)を 半角1文字以上16文字以下 で入力して下さい。

パスワードを 半角4文字以上8文字以下の半角英数字 で入力して下さい。

メッセージを 半角1文字以上1000文字以下 で入力して下さい。

作者または管理者が、不適切と判断したコメントは、予告なしに削除されることがあります。

上記の入力に間違いがなければ、確認画面へ移動します。


<< 前へ戻るもくじに戻る 次へ進む >>