生あるものの生きる世界
135.sideユウト 仮家[アルジナキツバサ]
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sideトロピウス
ごめんなさいっっっ!
ほんとうにほんとうにごめんなさい。
ごめんなさいばかり言ってごめんなさい。
ここにいて、存在してしまってごめんなさい。
はねがいたいよ・・・ぉ・・・。
そう呟きかけた口をふさいだ。
だって、そんなことを言ったらダメなんだ。
また「きらわれ」ちゃうもん。弱いって。
だから「これ」は何も言わないのが一番いいんだ。
だって、
何も言わなかったら、何もわからないから、
「これ」が「いたい」こともわからないままですむから。
それでもどうしても痛くて、「これ」は地上に足をつける。
ぽろぽろ、ぽろぽろって欠陥品の「これ」の目から雨が降って「これ」を濡らした。
下は柔らかくて白い砂がいっぱいで。大きな水溜りがすぐそばだった。
でもその大きな水溜りはきらきら綺麗だけどそこから吹く風も「これ」に優しくない。
痛い翼がさらにひりひりと痛む。
・・・ここはどこなの?
こわいよぉ・・・。怖いよぉ。
だって「せかい」は優しくないから。
あまりにも大きくて広くて恐ろしいから。
だから全てに謝っていた。
ごめんなさいって、ごめんなさいって。
ここに生きていてごめんなさいって。
謝り続けるから、どうかここに居させてくださいって。
そうやって泣き叫ぶ「これ」を「ますたー」は困った顔でそれでも撫でてくれたんだ。
だから「これ」には「ますたー」しか居ないんだと思った。
「ますたー」がいれば十分なんだって。
青くて大きな空も、高くて広い空から見える緑の大地も要らない。
だから、どうか。
たすけてよ。
くるしいよ・・・「ますたー」
sideシリウス
《コトブキユウト!貴様、海の方・・・そっちで本当に良いのだろうな!?》
「多分な。・・・縄張り荒らされてカモメみたいなのが怒ってる」
足を止めたコトブキユウトが少し息を切らしながらそれでもすぐに回答した。
そちらを見れば、なるほど確かに上空に鳥山ができている。
よく見ているものだ、と自分は不本意ながらも感動するが一つ引っ掛かって仕方がない。
言わせてもらうがコトブキユウト・・・あれはカモメではなくキャモメだ!
「何ぼさっとしてるんだ?シリウス、行くぞ」
《貴様に命令される覚えはない》
自分は即座に反応した。
都合上貴様と居るだけで自分は貴様の事など大っ嫌いだ。
今回の事は自分にも少し非があったため警告し手伝ったまでの事。
それ以上の命令をされる覚えはない。
だが、コトブキユウトはそれを笑った。
「よくしゃべるようになったじゃないか。嫌ならじいさんの所に戻っていてもいい。
自分のことは自分でなんとかするさ」
《・・・む・・・》
つい言いどもってしまう。罪悪感がじぐじぐと突き刺さった。
昼下がりの閑静な町。通行人は少なく、大して熱くない太陽がそれでも背中を焼く。
自分は答えた。
《さっさと行け。見届けてやる》
「助かる」
色褪せた黒衣が翻り、再び走り出した背中を空から追いかけながら自分は思う。
自分は自らボールという名の鳥籠に入った。
あの子を、守ってやりたかったから。あの子をただ愛おしく思ったから。
その決断に後悔はない。それは無意味な自由よりもずっと大切だったのだ。
あの子は今、自分のことをどう思っているのだろうか?
不要だと言われたならば自分はトロピウスのように飛び出すのだろうか。
暖かい籠に還りたいと願いながら、虚空にあの子を探すのだろうか。
トロピウスとコトブキユウトを自分とあの子になぞらえるわけではないが・・・。
鳥籠の鳥を哀れに思うならその鍵を開けてやれば良い。空へ飛び立てるように。
飛び去った鳥が傷ついたなら、また還(かえ)って来れるように。
鳥籠を、枷ではなく住まいにしてやれば良い。
翼を休めるための。
自分にとって『あの子』はまさしくそうなのだから。
sideシロナ
「ちょ、ちょっと待ってー」
シロナは無謀にも声を張り上げて呼びかけてみるが、無論そんな事で前の二匹が止まるはずがなかった。静かな住宅街に反響する声。何事かといわんばかりに窓から住人の顔がのぞく。
走って息切れ切れのシロナにとって、声を上げる事は体力と羞恥心の2つの意味でマイナスにしかならなかった。体力の限界が来たシロナは立ち止まり肩で息をする。ちなみに彼女は決して体力の少ない方ではない。
「と、とまってくれないわけね・・・。そうくるなら・・・!」
ふっふっふという何か黒いオーラでも纏っていそうな悪戯顔で彼女はボールの1つに手をかけ、放った。気分は完全に幼少時、初めてポケモンをもらったときの年齢だ。好奇心という冒険心は『公共の迷惑』などという言葉を顧みないらしい。
「ロズレイド!“くさむすび”!」
《ロズゥ!》
容赦のない“くさむすび”の蔓がコンクリートという材質を完全に無視して地中から生えウインディの足を絡めとった。突然の状況に対応が遅れたらしいウインディは見事にすっ転び、ぎょっとした様子でブラッキーは振り返り前かがみにいつでも飛びかかれる姿勢をとる。
「ちょっと待ってって言ってるのに気づいてくれないからよ」
シロナはそう言ってロズレイドに“くさむすび”の蔓を回収させボールに戻した。このコンクリートの修理費を誰が払うかなど今の彼女は知った事じゃない。だが、足止めができたことでシロナはブラッキーとウインディの目の前までたどり着くことができた。
《ブラァ!ブラッキ!!》
「ごめんね。ねぇ、どこ行くの?ユウトくんは?」
シロナはブラッキーと目線をあわせそう問いかける。
もちろん、答えが返ってくることなど考えもしていない。
蔓から解放されたウインディは立ち上がり牙をむき出して怒りを表現していた。
邪魔するな、ということらしい。
それでもシロナは笑顔を崩さずに続ける。
「あたしも連れて行って欲しいの。どこに行くの?」
《・・・・・・・ぶらぁ・・・》
《・・・・わふ》
ブラッキーとウインディはあきれ果てたように顔を見合わせ、ため息のような鳴き声を発した。そして次の瞬間、ぐるんとウインディがシロナの目の前にまで移動し乗れとでも言いたげに前かがみになる。シロナは顔を綻ばせた。
「ありがとうっ!」
跳ねるようにシロナがそのふわふわの背中に飛び乗るとウインディは立ち上がって再びブラッキーと疾走を開始した。
sideユウト
鋭い鳴き声で威嚇をしながら空を覆わんばかりに円を描いて飛ぶカモメ。
水色と白のコントラストがなんとも涼しげなカモメもこれほど集まると流石に迫力があった。砂浜でうずくまる『何か』を激しくつつきながら出て行けと繰り返すカモメの攻撃に『何か』はところどころ流血して茶色の体に赤いラインを幾本か走らせながらそれでも耐えていた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返しながら。
オレとシリウスが砂浜に到着して見つけたのがその光景。
オレたちを新たな侵入者だと認識したカモメはぎろりと顔にまったく似合わない種類の鋭い目をこちらに向ける。
《・・・どうするつもりだ?コトブキユウト。敵だと認識されたようだが》
少しだけ焦ったようなシリウスの声。
さすがにこの量とまともにやりあうのは無理なのだろう。
だが、オレはその声を無視した。
言うべき言葉は一言づつ。
「邪魔だ、どけっ!」
声を荒げるとカモメの集団はおののいたように次から次へと海の方へに飛び去る。
オレは、少し怒っていた。
sideトロピウス
その声にばさばさばさ、とキャモメの集団が「これ」を離れて飛び去った。
声の主に聞き覚えのあった「これ」はおそるおそる長い首を持ち上げる。
やっぱりそこにはそのヒトがいた。
いつもと同じような顔なのに、いつもと違ってこわい。表情が写っていないから。
さくさくと砂を踏んでまっすぐこっちに歩いてくる「ますたー」。
シリウスはその場に降り立ったまま。
《ます・・・・・・ごめんなさいっ!ごめんなさいっごめんなさいごめんなさい!!》
「ますたー」と言い掛けた、その声を喉の奥に押し込み「ごめんなさい」を繰り返した。
違うんだ。だって「ますたー」は「これ」のことなんかイラナイんだから。
「これ」のことがキライなんだから。勝手に飛び出すポケモンなんか要らないんだから。
「ますたー」に認められていないんだから。
だから「これ」は「ますたー」ってよんじゃだめなんだ。
《ごめんなさいっごめんなさぁぁいい!!ごめんなさいって言ってごめんなさぁああい!
うぇ・・・ひっく、ごめっ、ごめ、なさっ・・ひっく、い》
再びぼろぼろと零れてくる水に「ますたー」はひるみもしないまま歩を進める。
いつもなら何か声を掛けてくれるのに。やっぱり「これ」のことなんてどうだっていいんだ。
「これ」が消えた方がいいんだ。
・・・・・・・「これ」もできるなら消えてしまいたい。
そうすれば「ますたー」が喜んでくれるのなら。
どうせなら「消えろ」と言ってほしい。「ますたー」の「めいれい」だもん。何でも聞くよ。
最初で最後の「めいれい」だもん。
「これ」の「そんざいいぎ」はないから「これ」は存在しないようなものだけど、それでも。
喜んで従うよ。
「・・・何をやっていた?」
目の前まで来た「ますたー」の鋭く、無機質な声が肌に刺さった。
現実に引き戻すような温度の低い声の主は俯きがちで顔が見えない。
「これ」はぶるりと身を震わせ恐怖を示した。
「ますたー」に見放されたんだ。だからもうおしまい。
だって「せかい」は大きくて怖いから。「これ」はとてもちっぽけだから。
だからせめて、「ますたー」。「これ」に「めいれい」してください。
消えろとだけで良いから。
だけど、「ますたー」の言葉は相変わらず。ただ淡々と言葉を続ける。
「答えろ。何をしていたんだ?」
《ごめ、ごめんなさっ・・・ごめんなさっ》
「ごめんなさいはもう良い。オレは何をしていた、と聞いているんだ」
いつもとは全然違う冷たい言葉にひっく、としゃくりが起こった。
怒ってるんだ。「これ」があまりにも役立たずで迷惑ばかりかけるから。
しゃくりはとまらず「ますたー」が認めてくれない理由がよくわかった。
だって泣いてばかりの役立たず。情けなくて無様。
せめてとどまる事を知らない垂れ流しのような水を止めようとしてもとまらない。
つくづく「これ」は欠陥品なんだと思う。
《ごめっ、なさいごめなさいごめんなさいごめっ!》
「オレが聞いているのはそんなことじゃない。答えろと言っているんだ」
あくまで冷静な「ますたー」の声。
不安でいっぱいの「これ」はさらに声を張り上げた。
《ごめんなさいっ!困らせてごめんなさいっ!邪魔でごめんなさいっ!役立たずでごめんなさい!ごめんなさいって言ってごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさい消えるから消えるからぁ!!》
「ごめんなさい」しか言葉を知らない。全てを救ってくれる、マホウの言葉は。
繰り返していた。だってそれを言っていれば気持ちが楽になったから。
こんな欠陥品の「これ」でも生きていいと思わせてくれたから。
困った顔をしてあきれたような顔をしてそれでも「ますたー」は撫でてくれたんだ。
だから、それで安心できたんだ。「せかい」に独りっきりじゃないってわかったから。
でも、「ますたー」に見限られた。だから「これ」はもう、独りっきり。
それは、まるで泥沼のような粘っこい闇の中を飛んでいるようなんだ。
どれだけ翼をはためかせても、陸地が見えないんだ。
疲れ果てて、それでも飛ばなきゃ落ちてしまう。
こわいよ、くらいよ。ここはさむいよ。
くるしいよ、かなしいよ。さみしいよ、いたいよ。
たすけてよ。たすけてよ。
だって「ここ」がどこなのかも知らない。
還る場所を知らない。
帰り方も知らない。
「これ」が「なに」なのかもわからない。
すがり付いた「ますたー」に振り払われてしまったらもう「これ」には何も残らない。
不安で。
くるしいよって。たすけてよって・・・・!
・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!
我儘はだめだって知ってるから、困らせてしまうってわかってるから言っちゃだめなんだ。
「これ」が我慢すればすむんだ。
「ますたー」は息を長く吐き出して「これ」を見上げる。
声も表情もずっと柔らかくなっていた。
「・・・何がほしいんだ?何が言いたいんだ?ごめんなさいじゃわからない。言ってみろ」
《ひっく・・・ひっく》
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。呆れさせてごめんなさい。
役立たずでごめんなさい!ごめんっなさいっ!ごめっなさい!
疲れ果てて声も出なくなってしまった「これ」。体中が悲鳴を上げる。
そんな様子の「これ」に「ますたー」は再びため息のような長い息を吐き出した。
「オレが悪かった。オレの勝手な先入観がお前を追い詰めたんだろう?
オレは何もわかってなかった・・・つかまずオレは何も知らないんだ」
《どっ、っどうしって!?》
どうして「ますたー」が謝るの?「これ」が全部悪いのに。
「これ」が「ますたー」に認められないのは「これ」がキライだからなんでしょ?
《ちがっ!ま・・ますったーはわるっく・・ないんだ・・・よッ!》
「・・・勝手に飛び出したお前も悪いがオレも同罪だ。お前の考え方を勝手に決め付けてしまっていたからな」
「ますたー」はそう言って力なく笑った。
黒くて赤くて変な目。この目の色は今まで「ますたー」しか見たことがない。
「オレは『マスター』じゃない。オレは誰の『主』にもなりたくない。
お前はお前、オレはオレだ。お前は選べるんだ。空を自由に飛ぶこともできる」
《ちがっ!ちがっちが!うっ!》
違う。「これ」には「ますたー」が全てなんだ。
「ますたー」は「ますたー」なんだ!
だけど、「ますたー」は首を振った。
「違わねぇよ。オレが全てだと思うな。お前はずっとオレたちと居たからそう思うだけだろ?
他の選択肢を見ないうちに選択肢を自分で消すような真似はするな」
ちが、ちがっう・・・よッ!「ますたー」が全てだもん。
「これ」はそれを否定するためにぶんぶんと、風を切る音が聞こえるくらい首を横に振る。
そして顔を戻すと、「ますたー」は言った。
「・・・じゃあ聞くが、どうしてオレが全てだと思うんだ?」
《だっ、だっ、だっ、て!「ますたー」が「ますたー」だもん!
まっ、「ますたー」しか知らないんだもん!!》
言い切った「これ」に「ますたー」は会心の笑みを浮かべる。
それは苦笑いのような変な笑い方だった。
「オレしか知らないから他の選択肢を消すのか?オレしか選ばないのか?
オレよりもずっと居心地の良い場所があるかも知れないのに?」
《・・・・わかっ・・わかっ、ないっ!》
そんなことわからない。
だって「これ」を起こしてくれたのは「ますたー」でしょ。
だから、「ますたー」が全てなんだ。
「偶然オレがお前の卵を持っていただけだ。オレはシロナさんにもらっただけ。
元々お前を孵すはずだったのはシロナさんだ。ならお前はシロナさんを選ぶのか?」
そんなヒト、知らない。
だって「これ」が初めて「せかい」を見た時、居てくれたのは「ますたー」だったんだもん。
だからそんなヒト、知らない!!
「これ」はまた首を思いっきり横に振る。「ますたー」はひるみもしない。
「なら、もっと前。お前は卵のときに人間に見つかっただけだ。本当なら『野生』を知っていただろう。空がお前の居場所じゃないのか?」
《わかっ・・・》
わからない、と言いかけて、ふと思い出すのは歌。
暖かい卵の中で。
ずっと聞いていたんだ、聞き損ねた、歌のような声。
きっと、ヒトに見つかるよりもっと前に。
両親が、何かを「これ」に伝えようとして歌っていた声が。
ずっとずっと気になって、ずっとずっと「それ」が欲しくて。
でも、「それ」が何だかわからないんだ。
「ますたー」なら「それ」を「これ」にくれると思っていたんだ。
でも、
《ますっ、ますっ、たーは、そん、そんなに・・・「これ」がッ、キラ・・い!?》
どうしてそこまでして「これ」を拒絶しようとするの?
「これ」には「ますたー」だけだって言ってるのに。
消えるよ、消える。「これ」は消えるからぁ!!
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめっなさい!!
再び目から溢れた水が傷口から流れる血に混ざる。
「これ」の言葉に「ますたー」は目を丸くした。
「どうしてオレがお前を嫌う?
言っておくが、オレは嫌いな奴と一緒に居るほど器用じゃない」
「ますたー」の言葉にびっくりした「これ」はひっく、としゃくりあげて泣き止む。
だって、だってだって。
《だっ、だっ・・・って!ますたーは、これ、これに・・・何も言わな・・言わな・・いか、っら!こ、これ、これはますっ、たーの言う事、聞か、聞かな・・・聞かなきゃ、だめなんで・・しょ!》
「それは違う。オレがお前の全てを決める事なんぞ傲慢すぎるから言わないだけだ。
別にお前が嫌いなわけじゃない」
《ほっと!ほっ、と!?》
「これ」のこと、きらいじゃないの?本当に?本当に?
「これ」は「ますたー」に嫌われているとばかり思っていたのに。
だから、消えなきゃって思ってたのに。
期待を込めた「これ」の目線に「ますたー」は頷く。
冷静な「ますたー」の声は最初みたいに鋭いけど、冷たくはなかった。
「だが、言っただろ。オレは誰の主にもなりたくないし、命令したくない。夜月にとっても紅蓮にとってもオレは『主』じゃねぇし、『命令』という命令をしたことはないと思うんだが。あいつらはあいつらで『選んだ』んだよ。他の何かと比べて、何をしたいか。オレと居たくないなら居なくて良い」
《だっ、だかっ、らますたーが・・・いい、んだっ!》
「ますたー」がいいんだ!「ますたー」が「これ」を孵してくれたから。
「ますたー」が「これ」のこと嫌いじゃないなら。
希望を込めて言った言葉にでも「ますたー」は苦い顔をする。
「だから、オレしか知らない時点でオレを選ぶな。夜月は『野生』であるときを知っているし、紅蓮は『野生』も他の人間のことも知っている。お前はオレしか知らない。その時点で選ぶのは選んでないのと同じじゃないのか?オレはそんな大層な存在じゃない。わかるか?」
世界が広いことは知っているよ。
でも「ますたー」は色々な事を知ってるでしょ。
大きな目で「ますたー」を見つめる「これ」に「ますたー」は肩をすくませた。
「・・・まぁ、そっちはまたわかるさ。オレが全てじゃねぇって。
あんまり一つの考え方に固執するな、固執していたらわかるものもわからなくなる」
「ますたー」の言う事はむずかしい。
でもっ!でもっ!!
そらをはじめてとんだとき、とてもたのしかったんだ。
「せかい」があまりにもひろいから、その大きさにおどろいたんだ。
「ますたー」と「よづき」を乗せてとんだときうれしかったんだ。
だから、
《ますっ、たーが・・・いいっ!》
他の誰かじゃだめ。他の誰かなんて知らないから。
選ぶという意味を「これ」はわからないから。
だって空の広さを教えてくれたのは「ますたー」だもん。
だからおねがい。
見捨てないで見放さないで置いて行かないで。
「これ」は「ますたー」に嫌われる事を承知で泣き叫ぶ。
我慢できないから。
《や、や、やだ!置いて行っちゃやだ!こわいよぉ!!
こわい、んだよお!!ごめんなさいっ!!謝るから、謝るからここにいていい!?
さむいよお!いたいんだよお!ごめんなさいごめんなさいっ!!
たすけて!!たすけてよお!!こわいよお!!いたいよお!》
認めて欲しいんだ、ここにいることを。独りはいやなんだ、さむくてこわいから。
役立たずって蔑まれてもいい。きらいでもいい。「これ」は欠陥品だけど。
だって「いたい」んだ。
「これ」が「なに」なのかわからないから。存在していいのかわからないから。
空が大好きでも永遠には飛んではいられない。なのに、翼を休める場所を知らないから。
独りっきりでさむくて、こわくて、くらくて、
だれもここにいていいよって、いってくれないから。
存在しちゃいけないのかなって思っちゃうんだ。
「ごめんな」
《・・・ひっくっひくっ》
「ますたー」は謝らないで。「これ」が悪いんだ。
せっかく「ますたー」は「これ」を嫌わないでいてくれたのに「これ」が「ますたー」を困らせるから。
「悪かった。そんなに傷ついているなんて知らなかった。
オレの考えが浅はかだったな。・・・それでもオレはお前の主にはなれない」
《コトブキユウト!》
静かに見守っていたシリウスから檄が飛んだ。
だけど、「ますたー」はそれを目だけで制止する。
「オレはお前を縛りたくない。オレもお前に縛られたくない。
だから、お前が望めばいつでもオレから離れて良い。『契約』をオレは解除できないが、そう望めば意地でも解除の方法を探してやる。いつでもお前は選べ。いいな?」
《ます、ますたーと・・・離れ、たくなったら?》
「お前は意固地にオレを選ぼうとばかりする。だが、言っただろ。選択肢はオレだけじゃない。オレが全てじゃない。これからお前に全て選ばせてやるから、お前は全部に対して選べ。それにオレは責任を持たねぇからお前の責任で行動すればいい。選び方が分からないなら教えてやる。お前が野生に戻りたくなったなら、誰か別の人間のところに行くと決めたらそれでいい。それまでオレと居ればいい」
《せき・・・責任》
「これ」のことに「これ」が「せきにん」をもつ。
「これ」が選べるように。選ぶという言葉の意味はまだ、ちゃんとわからないけど。
それよりも、今は最後の言葉が心地よく耳に響く。
―――「これ」は「ますたー」と居ていいの!?
「ますたー」は「これ」に目線をそらさずに言い切る。
「後、オレの事をマスターと呼ぶな。いいな?『緑羽』」
《りょくは?・・・・「これ」は「りょくは」!?》
「それが欲しかったんだろ」
緑羽はうんうんと頷いた。
りょくは。りょくは・・・。りょくは!緑羽!
ずっとずっと聞き損ねていた歌のようなその言葉(メロディー)。
聞き損ねていたものがやっとわかった。
聞き損ねていたのは、「なまえ」。
「これ」が「なに」なのかっていう答え。
それは、
緑羽が存在しているって言う証明。
「これ」は「これ」じゃないし「とろぴうす」でもないんだ。
もうさむくないんだ、「これ」が何かわかったもん。
泥沼のような粘っこい闇の中で羽根を休める場所をみつけたんだもん。
「これ」は「緑羽」。
ずっと、「それ」が欲しかったんだ。
そこに還る場所があるって知っていたから。
sideユウト
無責任と蔑まれようとオレに『主』の器はない。
どこまで行こうと、緑羽の翼は空のものなのだから。
こいつはまだオレは全てを与えてなどやれないことを理解していない。
だからオレは仮家。羽根を休める場所。
鳥籠にも、枷にもなるつもりはない。
自由に空を飛べる鳥。だが鳥が自由だと決め付けるのは傲慢だ。
それでも。
飛べない鳥は自由ではないだろう?
「『緑羽』」
自由を望めばいつでも空へ還してやるから。
どこかで、鎖が擦れ合うような音が、聞こえた。
sideシロナ
マサゴの砂浜の松の木の影でほぼ一部始終を見ていたというのにシロナは当惑するしかなかった。問題の少年に駆け寄ろうにもブラッキーが服のすそを口で引っ張ってそれを許さず、状況を説明してくれる人はどこにも居ない。
何が起こったの?
傍目から見れば『何も起こっていない』。
だが、トロピウスに対して説得するような言葉が少しだけではあるが彼女の耳にも入ってきていた。それは会話のように聞こえたが、勿論本当にそうなのかどうかわかったものではない。だが、少年の会話は一般のトレーナーが語りかけるような一方通行のものとは質が違う。
ポケモンと話せない、と言う常識をなぞらえるならまるで独り芝居だ。そんなものをするためにわざわざ窓から飛び出したなら一度脳波の精密検査を受けろとシロナでなくても言うだろう。
そうでないなら、彼は本当にポケモンと『会話』していたことになる。
「そんな・・・まさかね・・・」
《ブラッ!》
シロナのつぶやきにブラッキーが吼えた。口で引っ張っていた服の端が離れるが、シロナはまだ目の前の光景に釘付けのまま。オオスバメがその場に座り込んだ少年の頭を無遠慮に占領すると、それを見上げながら少年はあきれたような顔をした。何か言ったようだがその言葉はシロナにまで届かない。だがオオスバメを見上げていた少年が唐突に目線をこちらに寄越した。
シロナはぎょっとして木の陰に隠れるがすでに時遅し。
《ブラァっ!》
《・・・わふっ、ぐるるる、わん!》
その上ブラッキーとウインディが声を上げて容赦のない追い討ちを掛ける始末。
シロナは針のむしろの気分がどんなものか身をもって体感した。
少年の元へ行こうとするブラッキーとウインディに引きずられる形でシロナは強制的にその少年の前にまで連れて行かれる。気分は針のむしろから尋問へと変わった。
「・・・何してるんですか、シロナさん」
「えぇっと・・・そうね。ユウトくんがいきなり飛び出しちゃうから何なのかなーって思って」
「付いてきたんですか」
はいその通りです、とシロナは頷く。
けれどもここで引き下がるチャンピオンではない。
シロナは開き直ってチャンピオンとしての威厳をフル稼働させた。
「ねぇ、ユウトくん。さっき何してたの?」
「緑羽の説得ですかね?緑羽が飛び出したので、追いかけてきただけです」
「さっきそのトロピウスともしゃべってたわよね?」
座り込んだユウトは苦笑いを浮かべる。
「そう聞こえましたか?」
「聞こえたわ」
頷くシロナにユウトはブラッキーとウインディに目を寄越した。
その目はなんで連れてきたんだよ、と明瞭に語っている。
ブラッキーとウインディは苦笑いのような愛想笑いでその目線を避けていた。
シロナは決め手となる言葉を発した。
「ユウトくん、きみ、ポケモンと話せるの?」
その瞬間、どぉーんと遠くで爆発音が響いた。
挿絵の緑羽はそよかぜさんからの頂き物です!
お忙しい中、有難うございました!
2010.12.23 22:29:18 公開
2011.6.11 00:10:04 修正
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