生あるものの生きる世界
133.sideユウト 過信[ウヌボレ]
著 : 森羅
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sideトロピウス
歌のようなその誰かの声にずっとずっと耳を澄ませていた気がする。
繰り返し、繰り返し語られるその言葉(メロディー)を暖かい卵の中で。
ヒトに見つかるよりももっと前に。
ききとれなかった。
たいせつなことばだったはずなのに。
こえはとどかなかった。
だいじなものだったはずなのに。
あの声は一体何を教えてくれようとしていたの?
あの黒いのは「よづき」。
あの赤いのは「ぐれん」。
紺色のは「しりうす」。
「まち」はヒトのたくさんいる、ヒトの住処。
「そら」は青いもの。「ほし」は光るもの。
「つき」と「たいよう」は交互に顔をのぞかせる。
じゃあ・・・じゃあね。
じゃあね、「これ」は「なに」・・・?
sideユウト
ナナカマドのじいさんもといナナカマド博士の研究所の前でオレはシロナさんと合流した。
「・・・忘れ物は見つかった?」
「はい、すみません」
若干シロナさんの笑顔が引きつっている気もするが気にしないでおこう。
オレは特に悪い事をした覚えはない。
潮の匂いがするマサゴ町の中をじっくりと眺めたのは実は初めてだ。
オレが初めて訪れた町ではあるが、あの時はあまりにもあわただしかった。
・・・感慨深くなっても仕方がないのだが。
《磯臭い・・・》
「黙ってろ」
肩の上の夜月の文句をすぐさま切り捨てる。
俺はお前より鼻がいーんだよ!という声も無視した。
「・・・?入りましょうか」
「あ、はい。どうぞ」
オレの『独り言』に対し不思議そうに首を傾げながらシロナさんはドアノブに手をかけ開く。
内開きの扉が何の抵抗もなく開いた。・・・無用心なことこの上ないな・・・。
呆然としたオレを放置してシロナさんは中に入って声をかける。
「博士ー。シロナですー。ナナカマドはかせー?」
シロナさんの声に顔を出すのはおっさん3人。一人壮年が混じっているが。
「おうっ!」
「・・・・・・・・・・・・・ぁぁ」
「ぬ、来たか・・・・・・ユウト?」
シュールな光景だと、そう言えば良いのだろうか?
山積みの研究書類を無理やり退けた机をぐるり囲むとまるで会議をしているようだ。
ナナカマドのじいさんに出してもらった緑茶をすすりながらオレは面子を確認する。
ナナカマドのじいさん、オレの右隣、紅一点のシロナさんはオレの知っている人間。
今、初めてあったのが残りの2人。
どこかの工事現場から飛び出してきたような赤茶の髪のおっさんがミオって町のジムリーダー、トウガン。ぶつぶつと口の中でものを言い、根暗な雰囲気を醸し出している。オレの正面。
それと対極に元気と言うより迷惑の塊のようなレスラーのおっさんがノモセのジムリーダーマキシ・・・そうか、スモモの少女趣味はお前のせいか。位置はオレの左横。
訝しがるオレの表情を見たのか隣のシロナさんが補足を入れてくれた。
「ジムリーダーって言うのは基本若い人に回していくのよ。
若いジムリーダーが多いのは常に実力練成を行うためなの。ずっと誰か1人だけがジムリーダーなら下は育たないわ。下からの逸材をジムリーダーにおいて、挑戦者と競わせる。
ジムリーダーは挑戦者の実力を試し、さらに自分の力を上げていく、みたいなプロセスを続けるの。この2人は他のジムリーダーの教育役と言ってもいいわね。リーダー歴もトレーナー歴も長い」
「そうなんですか」
相槌を打ちながらオレは納得する。
もっと年上でまともなやつらもいるだろうと思ってはいたのだが、そういうわけか。
ジムリーダーと言うのはどこまで行っても「壁」役割。叩き伏せるのが仕事ではない。
だが、オレにとってそんなことはどうでもいい。オレが知りたいのは「なぜここにそんな人がいる?」と言う事だ。もちろん、シロナさんは答えを持っていた。
「ここに来てもらったのはちょっとした理由。それはきみには話せない・・・いい?」
「退散すればいいんですよね、要は」
ならなぜオレを連れてきた?迷惑千万もいいところなのだが。
危うくでかかった言葉を喉の辺りで押し戻す。
だが、シロナさんの言葉はマキシ(スモモの事で敬語をつけたくない)によって遮られた。
「まぁまぁ!いいじゃねぇか!!大した話をするわけでねぇし。
ところでボウズ、お前はもっと肉を食え、肉を。薄(うっす)い線をしやがって、よぉ!」
そう言ってオレの背中をバシバシと叩く。・・・痛ぇ。
影が薄いのはオレのせいじゃねぇし、体型的にオレは標準程度なのだが。
つか、お前が太りすぎだ。
叩かれ続けるオレを見てか、ナナカマドのじいさんがオレに話を振った。
おかげでオレはマキシから解放される。
「ユウト、まさかシロナと現れるとは思わなかったぞ。
調子はどうだ?探し物は見つかったか?」
「おかげさまで。・・・見つかっていたらここには来てませんよ」
オレの端的な答えにナナカマドのじいさんはあぁ、そうかと相槌を打つ。
周りの人間には何のことかさっぱりだろうが、ここで生の世界だの死の世界だのの話をしても仕方がない。
そういえば、オレがここにいるのに意味があるなどと言ったのはこの人だ。
だが、まぁ、やはりオレに意味などはない。期待もしていなかったが、ない。
オレにあるのは目的だ。この世界の裏の世界に戻るという。
・・・それもまた微妙なところではあるのだが。
「・・・・・・・・いいから、さっさと始めては?ギンガ団の行動だろう?
俺だって暇ではないし、コウテツ島の方の後処理もある・・・・あーぁーッ!!」
話し始めたトウガンさんはいきなり前のめりに机へ倒れこむ。
まるで酒でも飲んで酔っているような雰囲気だ。
皆が一様に驚く中、ぐちぐちと話し始めた。
「そうだ俺があの時馬鹿息子のところになんぞ言ってなかったらゲンに報告を上げてもらうまで知りもしなかったとは何事だあそこの管理者は俺のはずなのになぜあの日に限ってギンガ団の襲撃が起こったのだ俺の可愛いコウテツ島があぁあの馬鹿息子の電話で化石の話で意気投合などしなければあの日だってトレーニングに・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
以下略。とオレなら付けたいが、あいにくまだ話している。
ただの根暗だと思っていたが、一体どこで息継ぎしているんだか・・・。
その肺活量にある種の感動さえ覚えたが、一言言うたびに空気が1Gずつ重くなっていく気がしてならなかった。貧乏神でもこの人には付いているのか?
オレは重い空気に耐えかねて窓まで歩いていき開ける。新鮮な空気が風と共に入ってきて一気に呼吸が楽になった。
オレの後についてきていた夜月がにやっ、と笑ってこの状況を茶化す。
《酸素ってすばらしいって俺は思うんだけどどうかな?ユウト君》
「いわずもがなだろ、そんなもん」
呼吸が楽になった、と思ったのはオレたちだけではなかったらしい。
あからさまにほっ、とした空気がその場に流れた。
仕切りなおすように苦笑いを浮かべシロナさんは口を開いた。
「コウテツ島の被害はどんなもの?」
「行ってみたがほとんど被害と言う被害はないしいて言えばやつらが脱出のときに空けた“あなをほる”の穴くらいだろうがそんなものはコウテツ島にいくらでもある」
「実質被害0か・・・。良かったわ。ゲンって人に感謝ね」
「あいつはなかなかの人材でジムリーダーにならないかと誘ってみたが無類の」
「もう良いだろ、話を切れよ。俺様の番だ」
うんざりした様子を隠す気もないマキシはため息と共にトウガンさんの言葉を切り強引に自分の方へと話の主導権を移す。興味がないオレは再び茶に口をつけた。
「コウテツ島と違ってノモセは重大被害。
ニュースにもなったからある程度は把握してるだろ?
サファリパークの湿原地帯での爆弾実験らしい。見に行ってみたがひでぇもんだった。
規模は小さいがノモセの宝、湿原の一部が真っ黒だ。ポケモンも何匹か傷ついた。
死者が出なかったのが救いってもんがな!」
そうか、そりゃなによりだ。
どうでもいいオレは茶菓子をねだる夜月に煎餅を割ってやる。
ぱんと言う良い音の後、ばりばりという夜月の煎餅をかじる音が静かになった研究所内に無遠慮に響いた。視線がオレに集まる。マキシが口を開いた。
「ボウズ・・・オレの武勇伝はちゃんと拝聴するもんじゃないか?」
「拝聴させていただきました。結局、見に行っただけですよね」
《そーそー。俺には煎餅の方がいい音色っ!》
まるで棒読みで答えてやる。
突然ぶん、と何かが飛んできたのでぎょっとして頭を下げた。
頭の上を薙いで行くのはマキシの腕。・・・おいおい、危ねぇな。
「ボウズ、なかなかいい反射神経してるじゃないか」
おかげさまで。
毎朝夜月を起こすため夜月の容赦のない寝相と戦っていたら自然とこうなる。
座り込むような体勢になったせいでオレはマキシを見上げる羽目になるが、どうやら怒っているらしい。まぁ、なんでも構わんが。
オレは立ち上がり言った。
「煎餅を食べたのはオレではなく夜月です。文句は是非夜月に」
「俺様を馬鹿にしてるのか?」
マキシはどうやら本気で怒っているようだ。顔が怒りで真っ赤になっている。
「していません。だから話も聞いたじゃないですか。
武勇伝だと言うので、見に行っただけの話しか聞いていないと答えたんですが?」
逆効果だと知りながらも懇切丁寧に説明してやる。
頭の血管が今にもまとめてぶち切れそうなマキシにシロナさんの静止の声がかかった。
「そこまでよ。もういいわ。何をやっているの?今そんな事をしてる場合じゃないでしょう」
「シロナ・・・!」
マキシはそれだけ言って口を閉ざしてしまう。
シロナさんの目線はいつの間にかオレに移っていた。
「きみもよ、ユウトくん」
「はぁ、すみません」
スモモの事が引っ掛かっていた事もあるのだろう。
だが、まぁ、マキシの話がどうでもよかったというのが行動理由として一番正しい。
《ユウトぉ〜、外行こうぜ、外。俺も暇だし、ユウトもつまんなさそうじゃねーか》
さもつまらなさそうな声で夜月が暇だと訴える。煎餅滓が口の周りで斑点のようだ。
オレは周りの空気と夜月の意見、そして自分の考えを考慮して、
「オレがいても邪魔なだけみたいですね。外にいます」
一番シンプルかつ実用的な答えを選んだ。
sideシロナ
ブラッキーを伴って研究所の外に出て行くユウトの背中を見送りながらシロナはため息をついた。何を考えているのかさっぱりわからない、というのが彼女の素直な感想だ。
シロナにとってユウトはケイヤとは違う意味で扱いにくい子供以外の何者でもない。
年上には敬語を使うし礼儀もなっているが必ずしも絶対服従というわけではないよう。さっきのマキシとのやり取りでそう理解したが、それ以前に人嫌いな節があるように見える。
・・・シロナはもう一度ため息をつくことでユウトのことを一時頭から追い出した。
残った3人に向き直って言う。
「分かってると思うけど、ギンガ団の被害報告を上げるためだけに来てもらってるんじゃないわよ。ナナカマド博士の研究所まで借りてね。今回あなたたち2人に来てもらったのはリーグ側の意向を伝えて、これからの事を確認するため。どうやらギンガ団ってそうとう太いパイプを持っているらしくて電話回線じゃ盗聴される恐れがあったの。だから来てもらったのよ」
実際、シロナの携帯番号はアクア団のミズキに弾き出されていた。
はっきり言って電話やパソコンの類はその手の人間からすれば穴だらけのセキュリティ。情報が漏れないようにするには原始的な手段に立ち返るほうが安全なのだ。
ちなみにジムリーダーの中で2人が選ばれたのはギンガ団の報告を上げるついでと言うのとこの地方でもっとも強いと言われるデンジが引きこもっているのが要因だ。
マキシがシロナの発言にニヤリと笑った。
「さすがはシロナ。さっさと教えてくれ、リーグ本部は何と言っている?
そして俺様たちはどう動けばいいのかをよ。
なぁ、『チャンピオン』?」
マキシの声にシロナは覚えず微笑んでいた。
sideユウト
「《はぁ》」
外に出た瞬間、夜月とオレとでため息一つ。ついでにオレはぐ、と両手を空に突き上げ伸びもした。夜月がオレを見上げてにししと笑う。
《居心地、最高だっただろ?》
「最高に最悪だった」
オレはそのまま少し歩いていき、通りに面していない、陰になっている研究所の側面で壁を背もたれに座り込んだ。さすがに通りに直面している扉の辺りで座り込む勇気はオレにはない。
目の前には木々が広がっている。ぶわりと風が吹き込んできた。
夜月が涼しげに目を細めて、言う。
《おー、いい風っ!なんで人間ってあんな狭っ苦しい建物なんか作るんだ?
おかげで窒息死しかけたぞ、俺》
窒息死しかけたのは建物のせいではないと思うが・・・。
苦笑しつつ、言葉を選んで言った。
「人間はお前らみたいに強くないからじゃないか?」
《わかんねーなぁ・・・。
山を削って、町を作って。結局は自分の首絞めてるだけじゃねーか》
「さぁな、何でかなのかは知らん」
《答えになってねーっ!》
ぶぅ、とむくれてみせる夜月を完全無視して、オレは紅蓮とシリウスとトロピウスをボールから出す。
と、声がかかった。
「ユウト」
「・・・博士?」
オレは声の主に顔を上げ軽く会釈する。
ナナカマドのじいさんはオレのすぐ隣まできて座り込んだ。
「何か用ですか?」
「いや・・・私もいるだけ邪魔なのでな。トレーナーの会話に研究者は入っては行けん。
・・・ユウト、お前のポケモンたちか?」
ナナカマドのじいさんは夜月、紅蓮、トロピウス、シリウスを見ながら驚いたように言う。
だが、オレは苦笑した。
「違いますよ。『オレの』ポケモンなんていません。こいつらは物じゃないんですから。
シリウスはアヤが連れているのを見たことがあるはずでは?忘れて行ったんです」
《そーそー。俺たちは俺たち》
《ですな》
オレたちの反論にナナカマドのじいさんはムゥ、と顎に手を当てる。
「そうか。・・・なるほどな。
だが、オオスバメにかかわらずポケモンの顔は皆同じなんでな。見分けがつかん」
「違いますよ。似ていますが、性格も声も一人ひとり違います」
「・・・お前が言うと、信じざるを得んが、私には声がわからんのでな」
そりゃ申し訳ない。だが、声が分からなくても見れば分かると思うのだが。
少し考え今度はオレが質問する。
「シロナさんに連れて来られたのですが、博士は湖のポケモンを調べているんですよね?なぜ調べるんですか?ついでに何か教えてもらえる事があるなら是非お願いしたいのですが」
ふむ、とオレの質問に頷いてナナカマドのじいさんは口を開いた。
「湖にいるのは『感情』『意思』『知識』の神だ。それぞれエムリット、アグノム、ユクシー」
「それは知ってます」
「むぅ・・・そうか。私の研究のメインテーマは『進化』だ。
ジョウトのウツギはタマゴ・・・つまりそのポケモンの『前』を主に調べているが、私は逆に進化『後』を調べている。他地方では進化系の存在しなかったマニューラやジバコイルなどをな。それで調べていくたびに思うのだ。『進化』とは『何』か。完全な姿になるというのであれば進化前のポケモンは不完全なのか。不完全と言うのであればどう不完全なのか」
「はぁ」
適当に相槌を打つが、何が言いたいのかいまいちわからない。
ナナカマドのじいさんは続けて言う。
「私はその答えが湖のポケモンにあると思っている、と言うわけだ。
彼らは『時間』や『空間』と共に『神』と呼ばれるポケモンたち、この地方を形作ったものだ。進化もしないだろう。なら彼らはポケモンとして完全なのかもしれない・・・話に付いて来ているか?」
「・・・まぁまぁです。つまり『神』が完全なのであれば完全に近づくためにポケモンは進化するという理論を立てたいんですよね?」
「まぁ、私の単なる興味とも言うがな」
ふっ、とナナカマドのじいさんは笑った。
つられてオレも力を抜く。
「博士、ついでに聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「4つ目の湖、『おくりのいずみ』をご存知ですか?どうやら神話では『あの世』に繋がっているらしいんですが、どこにあるのかとか明確な資料がないようで」
4つめの湖、という言葉が出た時点でじいさんは顔をしかめた。
「ムゥ・・・そっちが本当に知りたかった事だな?」
「はい、まぁ」
オレの苦笑にナナカマドのじいさんはしたり顔をし、今度は腕を組む。
夜月たちは静かだ。
「私もよくは知らん。だが・・・シンオウ地方の始まりの神話を知っているな?」
「『さいしょ』が『じかん』と『くうかん』を作り出して、って話ですか」
「そうだ。その話には続きがある」
ぴん、ときたオレはナナカマドのじいさんの言葉を先取りした。
「『さいご』ですよね?」
「・・・知っているのか。つまらんやつだ。なら『さいご』が裏の世界に閉じ込められたという話の筋も知っているだろう。その入り口が『おくりのいずみ』」
・・・大体オレの考えていた事は一致していたらしい。
オレにあまり感動がないからだろう、取って置きのネタを披露するかのようにナナカマドのじいさんは声を潜めてみせる。・・・なかなか子供っぽいところもある人だ。
「その『さいご』の名前はギラティナ・・・最近付けられた便宜上の名前だがな。
存在するか否かも分からんが、それ言うなら湖の3匹も同様、時間と空間も同様だ。
とりあえず、というのがまぁ学会の意見だな。
ちなみに教えてやろう。『時間』の名はディアルガ。『空間』はパルキア。そして『さいしょ』はアルセウスとそれぞれ言う。・・・お前の役には立たんだろうが豆知識だ」
「・・・大げさな名前ですね」
率直な感想を言わせてもらうと、まったくだと言わんばかりに夜月とナナカマドのじいさんがほぼ同時に頷いた。
「まったくだ。ダイアモンドに真珠。プラチナをそれぞれ意味するのだからな。
アルセウスにいたっては究極、根源、初め、極め付けに神。大げさと言えばそうだろう」
言葉もない。
存在するかどうかも判明していないポケモンに対してここまで真面目に名前をつけるとは・・・よっぽど暇なのだろうか。
半ばあきれるオレにトロピウスが遠慮がちに顔を摺り寄せてくる。オレは手でそれを押さえてその顔を撫でた。頬擦りはやめてくれ。ナナカマドのじいさんは取り繕うように苦い笑いを漏らす。
「まぁ、そちらはどうでもいいといえばどうでもいい。
さて、『おくりのいずみ』がどこにあるのか、という話だったが。端的に言えば知らん」
本当に端的だ。
「神話の話だ。存在確認などされておらん。
だからこそ幻のポケモン、伝説のポケモンと言うのだろう?
どこにあるのか知っておるなら私が聞きたいくらいだ」
「・・・その答えはある程度予想はしてましたがね」
知っていたならまず初めに行ってみろと言うだろう。場所を知らなかったからこそじいさんは何も教えなかったとも言える。オレは肩をすくませた。
《なぁなぁなぁ!》
「ぅっ!?」
突然夜月が肩の上に乗っかってきたせいでオレは奇妙な声を上げる羽目になった。
オレの怒りと痛みが織り混ざった目線を受け流しながら覗き込むようにオレを見る夜月はすました顔で続ける。
《ユウトの目的はそれにするってことか?その、『おくりのいずみ』を見つけることに?》
「・・・まだわからん。本当に存在するならもう見つかっていてもおかしくないだろ?」
《見つかっていないのは『死者しか行けぬ場所』だからという訳ではないのですかな?》
「オレが今『死んでる』保証はないんだぞ?『生きている』保証もないが」
「・・・ユウト、私もいるのだが・・・分かるように話してくれんか?」
・・・重ね重ね申し訳ない。オレは頭を下げた。
いやいや、とナナカマドのじいさんは首を振り、聞いてくる。
「ブラッキーとウインディは何と?」
「オレの目的を『おくりのいずみ』を見つけることにするのかと聞かれたのでわからないと答えて、死者しか行けない場所だから『おくりのいずみ』が見つかってないのではと言われたのでオレが死んでいる保証はないと答えたんです」
「ふむぅ・・・なるほどな。横から聞いていると奇妙な光景だが疑う余地もない」
「逆に言えば信じる証拠もない、ですよ。オレの精神は病んでいるんだろうと言えばそちらの方が真実味がありますから」
自虐的な言葉にナナカマドのじいさんは豪快に笑う。
それは疑う必要がどこにある、とでも言いたげでシロナさんにしろ、アヤにしろ、こちらの世界の人間は汚いものを知らない純粋培養者が多いのかもしれないとオレは思った。
ぽんと膝小僧を一打ち、ナナカマドのじいさんは立ち上がる。
「そろそろいいだろう。話も終わったころだ。中に入らんか?
私はまだ昼飯を食べていないんだが・・・お前はどうだ?」
《俺、腹減ったあぁ♪》
夜月はオレの肩から飛び降り、スキップのような足取りはまるで踊っているようだ。
オレは空を見上げ、いつの間にか太陽が真上に来ている事に気が付く。
そのまぶしさに目を細め、視線を戻して言った。
「よかったら是非。オレも腹が減りました」
逆光で、それでもナナカマドのじいさんが笑っているのが分かった。
sideシロナ
「・・・んだとっ!?」
マキシがシロナの言葉に逆上し力任せに机に左手を叩きつける。反対側の右手は握りこぶしを作っていた。怒るのも無理はない、とシロナはため息をつく。
「怒ってもこれは覆らないわ。
ポケモンリーグ・・・本部からとしては『不可侵』って言うのが正式に決まったの。
あまりにも話が大きすぎて、ファンタジーじみていて、馬鹿げているから最終的に無害であれば良い、ということね。だってマキシ、トウガン。あなたたちだって『存在するかどうか未だにはっきりしない神と呼ばれるポケモンを捕らえて新世界を作りましょう』なんて言われて本気にする?しないでしょう?それと同じよ」
シロナはそう一気に言い切り、2人のジムリーダーは口をつぐんだ。
ケイヤとハクタイの『もりのようかん』で見つけた資料を報告した結果、本部はこの結論を下したのだ。それに反論する十分な証拠もないし、現実味がなさ過ぎると言われてしまえばその通り。シロナ本人は神話について調べている上に祖母が信心深かったおかげでその『時空』の神様(ポケモン)が存在すると信じてはいるが、それはあくまで一個人の意見。シンオウ中の人間をかき集めてもそれは昔話だろう?と言い切ってしまう人の方がはるかに多い。
マキシは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「だがっ!実際被害を受けているんだ!!それを無視しろと!?」
シロナは冷静な口調のまま答えた。
「そうは言っていないわ。法を犯した人間は当然罰されるべき。
でも、それ以上に手出しする義務も権利も与えられていない。
ノモセでの爆弾実験は法を犯しているけれど・・・証拠不十分だから組織解体にまでもっていけるかどうか・・・難しいわね」
「俺様は見てるんだ!キサラギ家の嬢ちゃんも見てる!それでもか!?」
「偶然そこにいただけの冤罪だと言われてしまえばそれで終わりよ。
証拠品はどこにもないわ。コウテツ島も同じね」
「そうかそうだろうなだがそれでは手出しができない」
「くそ・・・ッ!」
表情は違えど悔しがる2人を前にシロナは思った。
自分の言っている事が自分の本心でない事はわかっている。
だが、立場上シロナも、そして彼らも感情論だけでは動けないのだ。
シロナはなんだか自分が言われた事をただ意味なく繰り返すオウムのような気がしてきた。
虚しい気分に、苦い味が喉の辺りに上がってくる。
そんな考えを強制的に振り払いシロナは続けた。
「とにかくこれは決定事項よ。
ギンガ団を見かけたからといってむやみに突っかかっていかないで。
犯罪行為に対しては当然処罰してもらうけれど。
そして、それを各ジムリーダーに伝えて欲しいの。こんな決定がされた、ってギンガ団が闊歩することは避けたいから電話やメール類は禁止。ポケモンを使うか、直接伝えて。お願い」
「「・・・わかった・・・」」
渋々ながらも二つ返事を返す2人。
それじゃあさっそく、と言わんばかりに2人は分担を決めていく。
そんな時に、タイミング良く扉が開いた。ひょっこりとナナカマド博士が顔をのぞかせる。
「話は終わったか?」
「えぇ、どうぞ。ユウトくんも呼んであげてください」
シロナは微笑み、ナナカマド博士がユウトを連れて中に入ってくる。
そして入れ替わるようにトウガン、マキシの2人が出て行った。
すれ違いざまにナナカマド博士は不思議そうな顔で尋ねる。
「なんだ?帰るのか?」
「あぁ。場所を借りてすまんかった。急いで行かねぇといけないんでな」
「・・・邪魔をしましたエアームド行くぞ」
「そうか、気をつけてな」
ボールを手に2人はそれぞれ頷き、飛行タイプによってその場から飛び去る。
シロナは見えなかったが、ナナカマド博士は空を仰ぎ2匹のポケモンが別々の方向に飛び去るのを見送っていた。
sideユウト
2人のおっさん達が消えて、20分ぐらいは過ぎただろうか。
静かになったはずの研究所で今度はオレが一人で騒ぎ立てている。
・・・ように見えるんだろうな・・・。シロナさんにとっては。
《ユウト、ユウト!それ全部くれ!それ俺のなっ!!》
「ふざけんなっ。これはオレのだ」
夜月は聞いてか聞かずかオレの皿の上の厚切りにされたハムを口で引っ張った。
オレは応戦しようと箸を突き立てそれを防ぐ。だが、限界まで頑張ったハムはぶちり、と中途半端に千切れた。それを夜月は上手に口の中に押し込んでいく。さっきからずっとこの調子。げっそりとしたオレはそばに『お座り』の体勢で座っている紅蓮に千切れたハムの片方を見せて聞いた。
「・・・食うか?紅蓮?」
《・・・疲れてますな、ユウト殿》
ねぎらうような紅蓮の言葉にオレは天井を仰ぎ、無防備なオレから食い物を奪っていこうとする夜月を足で蹴り飛す。
そんな様子をナナカマドのじいさんは哀れそうに、シロナさんは苦笑いで眺めていた。
「トロピウスとオオスバメは外でよかったのか?」
「・・・え?あ、はい多分」
ぴーぴーと泣きまねをする夜月を完全に放置することでオレはやっと静かに食べる時間を確保。ころあいを見計らったように聞いてくるナナカマドのじいさんにオレは頷いた。
良く分からないが、トロピウスは外にいる、と言ったのだからそれはそれでかまわない。
不思議なのはシリウスだ。最初はボールに入っていると言っていたのだが、トロピウスが外にいると宣言した時点で自分も外にいると言い出した。・・・まぁ、なんでも良いのだが。
もそもそと白米をかき込んでいるとうわさのシリウスがコツコツと嘴で窓を叩いた。
「シリウス?」
《なんですかな・・・?》
《さっさと来い!コトブキユウト》
紅蓮が不思議そうに首を傾げるが、シリウスの様子はなぜか焦っているようにも見えなくない。・・・と言うよりオレは基本シリウスに嫌われているようなのでシリウスが自分から話しかけるような事はめったにないはずなのだ。
オレは箸をおいて席を立ちシリウスがいる窓を開ける。
「どうした・・・?」
《貴様っ!自分の予感が的中ではないか!この大馬鹿者がっ!!
さっさと来い!トロピウスが消えた!!》
「トロピウスが・・・?」
なぜ消えたんだ、と言うよりオレはなぜシリウスがそんなに焦っているのかがわからない。トロピウスが自分でオレのところから離れたいと思ったなら無理に引き止める必要はないと思っていたのだから。だが、シリウスは容赦なくオレの頭に嘴を食い込ませる。
「痛ぇ!何する」
《だから貴様は大馬鹿者なのだ!!自分の価値観が絶対だと自惚れているのではなかろうな!?あのトロピウスが貴様に何を欲していたのか気づかなかったのかっ!?》
「何か欲しかったのか?」
当惑するオレにシリウスの片翼がオレを打った。紺色の羽根が舞う。
突然の事でオレは吹っ飛ばされ床で背中を打ちつけた。がたり、と椅子を引く音が後ろで聞こえたのは多分シロナさんだろう。夜月の声も聞こえたが何を言っているのかは耳に入ってこなかった。
驚くオレにシリウスは驚くほど早口でまくし立てる。
《うつけ者が・・・っ!なぜ気づかん!?
貴様、あのトロピウスはタマゴのときから貴様が持っていたのだろう!?》
なぜそんな事を知っている、と不思議に思ったが大方紅蓮辺りが話したのだろう。
だが、それがどうしたんだ・・・?
オレは未だに事態を把握し損ねていた。
《愚か者が!!だから言ったであろう!?『貴様は自分の価値観が絶対だと自惚れているのではなかろうな』と!あのトロピウスに貴様は何を与えたのだ!?『何も与えなかった』のだろう!?貴様が自由主義なのは勝手だが、縛られねば生きられんものも存在する事を知れッ!!》
「・・・シリウス、オレには何がどうなってんのか・・・」
《貴様ッ!まだわからんのか!あのトロピウスは『野生』を知らん!『貴様という主がいる状態』があのトロピウスにとって『全て』なのだ!!これでもわからんのか!?》
それだけ言われてやっと、オレは事態を飲み込んだ。
それはのろすぎるほどゆっくり。
夜月の場合、オレと似たような考え方だった。
野生の獣の本性をそのまま。縛られる事を嫌い自由を好む。戦闘においても同様。
紅蓮の場合、従う事を教え込まれていた。
人間の指示に絶対服従。だがそれは好んでいた事ではなくそう教え込まれていただけ。
だから自由にすれば良いと言えばそれで済んだ。行動を考える頭も十分すぎる程あった。
じゃあ、トロピウスは?
オレのそばにいることしか知らない。
『野生』を知らず、『世界』を知らない。『縛られている状態』しか知らないのだ。
自由にすれば良いと思った。
トロピウスが自分で選べば良い、と。
だからこそ、縛らなかった。縛って良い権利などオレにはなかったから。
だが、トロピウスはどう思っていたのだろう?
オレの言葉のみが世界の全てだと、その考えしか知らなかったのではないか?
その結論にたどり着いたオレは自分の馬鹿さ加減を恨んだ。
オレはゆっくり、オレがもっとも忌まわしいと思う言葉を紡ぐ。
「シリウス。トロピウスが欲しかったのは・・・『名前』か?」
シリウスはやはり大きく頷いた。
良く考えればわかったはずのことだ。オレの考えが浅はかだった。
自分の考え方は誤差はあれど大概当てはまると無意識に過信していたのが全ての原因。
『知っている』という前提で、勝手な先入観でオレは話を進めていたんだ。
トロピウスは『何も知らない』と言うのに。
オレの見せる世界がトロピウスにとっての全てだと言う事にオレは気が付いていなかった。
そんなものはたった一部でしかなかったのに。
それは赤ん坊を枝分かれする道の前に放置したようなもの。
何に通じているのか説明しても分からないのにどの道を選んでも良いと言うのと同じ事だ。
生まれたばかりの赤ん坊は『道の選ぶ』という言葉の意味すら知らない。
オレはこぶしを握り締めた。爪が皮膚に食い込む。
「・・・シリウス、どこだ・・・?」
《む・・・?》
「トロピウスはどこだって聞いているんだっ!
この状況は予想通りだと言っただろう!?それでお前は外にいたんだろう!?
オレを、連れて行けっ!」
《ユウト!?》
《ユウト殿・・・!》
「ユウトくん!?」
吼えるように叫ぶと同時にオレはシリウスがいた窓枠を足がかりに飛び出した。
夜月たちの声など聞いてもいない。
シリウスは綺麗に旋回し、走り出したオレの隣を滑空する。
「オレが過信し(うぬぼれ)ていたのが原因なんだろ」
自分の、そうだろうという『価値観』に。
シリウスは短く頷く。
《その通りだ・・・何をすべきかわかっているな?コトブキユウト》
「あぁ。・・・お前がいてくれて本当に良かったよ、助かった」
オレはシリウスに礼を言った。
自分だけでは完全に、気が付かなかっただろうから。
トロピウスは自然に帰るほうがよかったのだろうとそう思っただけだっただろう。
《む・・・付いて来い》
シリウスが速度を上げオレは走り出した。
オレがすべき事。
それは、
オレがもっとも望まない事、だ。
2010.12.17 16:09:52 公開
2010.12.21 18:35:35 修正
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