生あるものの生きる世界
125.sideユウト 白色一等星[シリウス]
著 : 森羅
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埃っぽい空気に、仄暗いカンテラの明かりが頭上で揺れている。
埃まみれの蔵書が鎮座するシロナさん宅の地下室。
打ちっぱなしのコンクリートだか漆喰だかの壁がもたらす閉塞感は喝采もので、閉所恐怖症でなくてもそれなりの圧迫感を感じる。
ふと、かろうじて動いている壁時計を見上げると3時をとっくに回っていた。
夜月は床にあぐらを組むオレの隣でコートを布団代わりに夢の中。
そして、唯一ある荒削りの木の机には金髪がカンテラの光に照らし出され規則正しい呼吸と共に上下を繰り返している。・・・端的に言ってしまうと寝ている。
オレは活字に疲れた目を休ませようと天井を仰いだ。
さて。
・・・なぜオレだけが起きているのだろう?
*
「シロナさんの家って由緒正しい何かですか?」
「う〜ん、いちおーね。由緒は正しいわよ。
だってシンオウ地方の最初の町、カンナギの長老だからね」
「最初の町?」
「そっ!神話が一番残っている、シンオウ地方のハジマリの町。
あたしの誇りよ」
本当に誇らしげに言うので、本当に誇りに思っているのだろう。
オレの家とは比べるまい。珍しい苗字だとはよく言われるが、ごく普通の中流階級だ。
そして、なぜオレたちがこんな所にいるのかと言うと、
「じゃあ、そっちの端から探して。関係なさそうなら隅に寄せてくれたらいいから」
「はぁ」
オレが見せて欲しいといった生の世界と死の世界の話にまで遡る。
なんでもシロナさんがこちらに里帰りしたのは神話関係の文献を漁るためだったらしく、「もっと資料が見つかるかもしれないから」と言われれば断る術はオレにはない。
《は、へ・・べっくしゅっ!ユウトってとことん人に使われるタイプだろー?》
そうかもしれない・・・。
埃にくしゃみをしながら言う夜月に抱えられるだけ本を抱え運びながら一人納得してしまう。
まぁ、それでも。
「文句を言うな。一宿一飯付だと思えば安いぞ」
《ユウトのびんぼーしょー》
これが貧乏性に当たるのかどうかはともかく、オレもしっかり一宿一飯の要求を呑んでもらっているのだから対等条件だろう。さっそく設置してある机に座って本に目を落としているシロナさんを倣ってオレも床に座り込んでページをめくった。
*
そこまでは良かったはずだ。間違いなく。
細部に至るまで思い出しながらオレは一人頷く。
活字を見ると眠くなる典型みたいな夜月は10時過ぎには寝ると宣言して寝てしまった。
・・・まぁ、そこは予想の範疇だ。全く問題ない。
問題は机に突っ伏しているあの人だ。
・・・・・どうしてシロナさんが『寝て』いる?
調べたいといったのはシロナさん。
実際に調べているのはなぜかオレ。
明らかに、明らかに色々おかしい。オレだって眠い。つか、しばらくまともに寝ていない。
あらかた調べ尽くした古書の山を見上げながら眠気でぼんやりしている頭でそう考える。
だが反対側を見るとまだ調べていない古書が5,6冊プラスオレが現在進行形で読んでいる本。
・・・あと、1、2時間あれば終わるな・・・。
やれといわれて始めたら、やりきってしまわなければという強迫観念に駆られるのはオレだけだろうか?・・・・我が性格ながらその奉仕精神に涙が出てきそうだった。
しばらくそうやって睡魔と戦い続けながら活字とも戦っていたが、ふと思い立って外に出てみることにした。この地下室はそのまま外に直結しているので家人に迷惑はかけないだろう。
そうでもしなければそのまま泥のように寝てしまいそうだ。
無造作に放り出してあった鞄の中からボールを2つ引っ張り出し、古書を脇に挟んで開いている手にはカンテラを引っ掴んだ。
「寒ぃ・・・」
開口一番それはないだろうと思うが、そこまで頭が回らない。
とにかく寒い。夜月がコートを布団にしていなかったら着て来れたんだが・・いまさらか。
血まみれの服は洗濯に回され今オレは白のTシャツとジャージ。不満は特にない。
腰掛けられるところを探すと広場の祠の前に石が突き出ていた。
もうあれでいいか、と口の中でつぶやきとにかく広場に下りて見つけた石の上に座り込む。
カンテラと本を脇に置いて一息。ボールからトロピウスとシリウスを出してやる。
うにゅー、と言いながら遠慮がちに擦り寄ってくるトロピウスに一言。
「街中だから静かにな」
《う、・・う、ん。うん。わ、わかった・・・よッ!》
ぶんぶんという音がしそうなくらい激しく首を縦に振ってトロピウスはうれしそうに4枚の羽を広げて空を飛んでいく。泣いている時は饒舌なのだが普段は吃音。謎の多いやつだ。
すでにオレや紅蓮よりも大きくなったトロピウスは常に外、ということがあまりできない。ボールの中に入ってもらっているとなんだか閉じ込めているような妙な罪悪感が生まれるオレにとって夜や朝方は妥協策なのだ。
トロピウスが飛び去ったのを見届けてからオレはもう一匹の方に一瞥をくれた。
《・・・・なんだ?》
「別に」
手短な岩を止まり木にする鳥目のシリウスにはカンテラの明かりだけでは暗いらしい。
オレは特に話すことはないのでさっさと活字の世界に戻る。
せいぜい羽を伸ばせばどうだ、と思っただけだ。
《何か言いたいことがあるんじゃないのか?》
「ないが?」
本に目を落としたまま即答すると、シリウスのうらめしそうな目線がちくちくと突き刺さっている気がする。・・・なんなんだ、一体。
古今東西視線で怪我をした人間をオレは知らないが、キリの良いところまで読んだ後居心地の悪さに耐えかねて視線を動かすことなく聞いた。
「・・・何か話してほしいのか?」
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に》
さいで。・・・だが、ならそんな目でオレを見ないで欲しい。
とにかく、「別に」との事だったのでオレは再び活字に集中し始める。
・・・・やっぱりシリウスの視線を感じるんだが?
《何かあるだろう・・・・?》
そんな迷子の泣き出しそうな声を出さないで欲しい。
あぁ、わかった。つまるところ、だ。
「お前があるんだろ」
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
沈黙。
オレとしてはお前の話よりこの本の話の続きの方が気になる。
だが、流石にそれは冷たすぎる、気がする。
シリウスが沈黙を続けるのでオレとしては本に戻るわけにも行かず非常に居心地が悪い。
《あの子は変わったのだろうか?》
シリウスの、ぽつりと出た一言にオレは気づかれないようにため息をついた。
なぜなら、
アヤの事をこうだと決め付ける義務も権利もオレに無く、
アヤの事について語れるほどにオレは大層な存在では無いからだ。
sideシリウス(オオスバメ)
《あの子は変わったのだろうか?》
こちらが意を決して聞いたというのに、向こうは難しい顔をして黙っている。
貴様、本の方が気になるのではなかろうな?
「さぁな」
やっとのことで返ってきた言葉はなんとも味気の無いもの。
苛立ちは隠し切れず、カチカチと嘴を鳴らしてその人間を威嚇する。
自分のその様子にコトブキユウトはそれでも平然とそれを受け流し、聞いてきた。
「オレに何を言ってほしいんだ?オレに何を求めるんだ?
『アヤは来る』なんて適当な言葉が欲しいわけじゃないだろうに」
《む・・・》
その通りだ。
一体自分は何を言いたかったのであろうか。
コトブキユウトは――無礼極まりないが――視線を本に戻し、言葉を続ける。
「『アヤが変わったかどうか』?・・・知るはずが無いだろ。
オレの方がお前よりもよっぽど付き合いが短いんだ」
《そうだが・・・》
そうではあるが、貴様のせいであの子は泣いたではないか。
どうすればいいかわからない、と苦しんだではないか。
貴様があの子を変えたのではないか。
あの子に『弱さ』を与えたのは貴様ではないか。
なら、その代償は貴様が払うべきものであろう?
自分がそう言った数秒後、コトブキユウトは頭を右手で掻いて、「あー」と言う府抜けた声を出した。
赤黒い目と目が合う。
「何を支払えというんだ、シリウス?
・・・だが、じゃあなんだ。お前はハクタイまでのアヤの方が強かったとでも思うのか?」
《・・・・む》
そう言い返されると閉口するしかないが・・・。
あの子が強かった、と言い難いのは事実なのだ。
弱くはなかった、無論。
例えるなら、樫の木。
強固ではあるが、柔軟ではない。
微風(そよかぜ)では揺らぎもしないが、一定以上の強風を受ければぼきりと折れてしまう。
「脆い所があっただろ」
飄々と、そして実にあっさり自分が言えなかった事実を代弁する人間。
いつの間にか目線は本へと戻っている。その様子に当然、自分は腹を立てた。
《貴様・・・ヒトの話もまともに聞けないのか?》
「お前は人だったか?」
鼻で笑われた。冗談ではない。
《貴・・・》
「ちゃんと聞いてる。一応」
文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、先を越されてしまう。
つくづく嫌なやつだ。目を見て話ができないのか。
本をカンテラの方に傾け、ほのかな明かりだけでミミズが這ったような字に目を通しながら口だけはよく動く。
「ハクタイでオレは別に特別なことは言ってない。
アヤを変えたつもりもなければ、誰かを諭せるほど大層な者じゃない。
それくらいの自己認識はあるつもりだが?」
《・・・む。・・・とりあえず本から目を離せ》
「じゃあ、ちょっと待て」
ちょっと待て、の言葉通りものの10秒ほどでコトブキユウトは顔を上げた。
指を栞代わりに本に挟み、本は表紙を向けられる。
カンテラの火に照らされ陰影を作っているのは影と自分達。
町は星とテンガン山に抱かれて眠っている。
「で、何だ?結局オレに何が言いたい?」
《だから・・・・・貴様は一体何をした!?》
「何も」
自分が声を荒げようと帰ってくるのはさっきと変わらぬ声。
怯えでも怒りでもなく、なぜわからないんだ、という落胆でもない。
《・・・何も・・・?》
「あぁ、何も」
思わず繰り返した言葉に当然の如く頷き返された。
何もしていないというはずがないだろうに!
憤慨する自分にコトブキユウトは顔をしかめ、言う。
「オレは何もしていない。何かをしたというなら整理しただけだ」
《整理?》
ついすっとんきょうな声が出た。突然何を言い出すのだ、こいつは。
「・・・わかっていないフリはずるくないか、シリウス?」
すっ、とコトブキユウトの目が細くなった気がした。
カンテラの心許無い灯のせいかもしれないが・・・。
まっすぐ見つめられてどうにも落ち着かない。全て見透かされているような不安に陥る。
一言も言えないままたっぷり10秒。さっきと同じ10秒のはずだが、あまりに永(なが)い。
先に目を逸らしたのはコトブキユウトの方だった。ため息が漏れるのが聞こえる。
「少なくともお前とスピカはアヤの脆さを知っていたはずだ。
オレですら気が付いたんだから。なのにアヤに一言も警告しなかったな?
オレはそれを言っただけだ。アヤの無茶苦茶な思考回路に必死で隠れていたものを引きずり出しただけ。矛盾点を指摘してどこがおかしいのか整理して話しただけだ。
特別な事は何もしてねぇし、アヤを変えたわけでもない。アヤが変わったと思うならお前が変わったか、アヤの隠れていた部分が出てきただけだろうさ」
責めるような口調では、ない。
それは事実を告げているだけの、というのが正しいだろうか。
だが、今回目を逸らしたのは自分。
危ういことをわかっていたのにそ知らぬふりをしていたのは、紛れも無く自分達だからだ。
・・・・・・『なぜ』?
ふと湧いてきた疑問に記憶を手繰る。
一体何時からだっただろうか。もはや覚えてはいないが。
ただ、
どこまでも真っ直ぐなあの子に切望した。
まるで口癖のように強さを望んだあの子が愛しくて、ただただ護りたいと思った。
汚い世界も、己の脆弱な部分も知って欲しくなかった。
自分はそれだけのエゴのためにあの子の脆さを隠蔽したのだ。
自分を振り返ってみればあまりにもお粗末な答えに失笑するしかない。
《自分は・・・どうすれば良い?》
目の前の人間は答えを持ってはいないだろうし、持っていても言わないだろう。
本当に気に食わない。
それでも、それは懺悔や告白に近かった。
「オレに何かを求めるな。オレは何もしてやれない。
どうするかなんて自分で決めろよ」
だが、まぁ。返ってくるのは突き放すような、予想の範疇の言葉。
やはり、やはりやはり嫌なやつだ。もう少し申し訳なさそうな声を出したらどうなんだ。
落ち込んでいた心が怒りで奮起した。
腹立ち紛れにこれでもかと言うほど恨めしい目で見てやる。
コトブキユウトが少し身を引いた。
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
「・・・・そんな目でオレを見るな。何がしたいんだ、一体」
ただの憂さ晴らしだ。
「・・・わぁーたよ。好きなだけ話せよ。責任は持たんが、聞いてやるよ」
聞いてくれなど言っておらん。
「《・・・・・・・・・・・・・・》」
両者無表情でお互いを睨むように見続ける。
コトブキユウトは目を下に向けて一言。
「本に戻ってもいいか?」
《・・・・・・・・・・唐変木が・・・》
この状況でそれを言うか?
空気が読めないというより、あまりにも・・・そう、無関心だ。
情の欠片も持ち合わせていないのだろう。氷の方がまだ暖かい、きっと。
唐変木に失礼だ!
自分の様子に何かを感じたのか、コトブキユウトは顔をしかめた。
「かなりひどいことを考えてないか、シリウス?」
《貴様と話そうとした自分が馬鹿だった》
ふん、と自分はコトブキユウトから顔を背ける。
こいつの根暗が伝染(うつ)ったに違いない。
少し感傷的になっていた、だからつまらない事をつらつらと話したのだ。
あの子の事を考えよう。それが一番だ。
アルフェッカが頭を掠めた。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・自分は、どうして・・・・・。
思い出したくない事まで思い出してしまうのだろう。
「一人百面相」
《黙れ》
声に振り返るとコトブキユウトがニヤリと笑っていた。
自分はきっとすごい形相なのだろうが、相手はどこ吹く風。
そしてそのまま一人で納得したように頷くと、自分に向かって聞いてくる。
「ところで、シリウス。お前が納得した上でしたいと思っている事は何だ?」
《・・・む?》
何の話だ、と思いつつもとりあえず意味の確認をする。
《望むところ、と言う話か?》
「そこまで深くなくても良いが。まぁ、そんなところだ」
どっちなんだ。
だが、まぁ。素直に答えてやろうではないか。
コミュニケーションと言うものを教えてやる。
《・・・あの子を護れれば良いと思う。
あの子が強さを求めるなら、自分はそれを叶えてやりたい》
それが自分の全て。
あの子が望むものになろう。
あの子がそうと望むなら自分は盾にも剣にもなろう。
・・・・・・・・・そう、思っている。
「・・・本気で?」
疑い度数125%の胡散臭そうな目で見られた。なぜそんな目で見られねばならん?
《本気だ》
貴様とは違うのだ。
貴様なら喜んで翼で打ちすえてくれよう。
自分が答えると聞いてきたくせにほぉ、という気のない相槌が帰ってくるのみ。
《何が言いたい?》
「はっきりしてるな、と」
《当然だろう》
「そんなものなのか」
「オレには真似できないな」という響きを含む声。
貴様に真似してもらおうなどと最初(はな)から思ってはいない。
「アヤのために?」
首肯。
無論、そのために。
コトブキユウトはじっと自分を見た後、首をひねった。
「じゃあ、なんでアヤが変わったかどうかを気にしてオレに聞くんだ?」
少々、時間が止まった気がした。
《・・・・・・・は?》
いやいや、貴様は何を聞いてくるのだ?
自分はそう返すのがやっと。
逆にコトブキユウトはさも不思議そうな顔で聞いてくる。
「いや、お前はアヤを守れればいいと思うんだろ。
そこはトバリで自分の必要性を見つけられなくなったところと同じだな。
その上で、アヤに強くなって欲しいとも思っている。そこはわかった。
だが、アヤの脆さを知らない事にした事と、アルフェッカの事は・・・おかしくないか?」
《何が・・・》
自分の声は震えていたかもしれない。
焔(ほむら)の陰影。揺らめく影がいつのまにかコトブキユウトの表情を隠していた。
自分でも自覚していなかった部分があっさりと引き出されていくような奇妙な恐怖。
「アヤに強くなってほしいなら、脆い部分を自覚する事は必要なはずだ。
いつまでも内包するわけにはいかねぇだろうしな。
アルフェッカの事もだ。あんまり詳しくはねぇが、強いんだろ。それらはアヤにとってプラスじゃないのか?その上でアヤが変わった事をどうして気にする?」
《・・・・・・なっ・・・!》
気にして何が悪い、とは言えない。
そう言ってしまえばきっとこいつは気にも留めずにそうか、とでも言って話を切るだろうに。
次にくる言葉は核心をついてくるだろうと、そうわかっているというのに。
「お前はアヤを守りたいんじゃなくて、『理想のアヤ』を護りたいんじゃないか?」
何を馬鹿なことを。
そう言うはずの口は、吐息を吐き出すだけだった。
そうさっき自覚したではないか。
自分があの子の『脆さ』を隠蔽したのは下らない自己主義的な考えの結末だと。
アルフェッカの事も同様。あの子の事も同様。
なぜ、あの子に『弱く』なって欲しくなかった?
あの子がそう、望んだから。
・・・・・・いや、違う。
《押し付けていたのか、理想を》
「そうなのか?」
呟いた言葉は確かにコトブキユウトに聞こえていたらしいが、答えはまるで他人事。
貴様が言った事だろうが!
・・・だが・・・・・・・。
脆さを隠蔽したくせに?何も教えなかったくせに?
強くなってほしいなどと、あまりにも矛盾しているではないか。
それがあの子の望みだからと、願いだからと、
そう言い聞かせて自分の望みとすり替えていたのだ。
あの子を護っているつもりで、あの子のためだと嘯(うそぶ)いて、
逆にがんじがらめにして身動きを取れないようにしていたのは、自分だ。
だから、アルフェッカに嫉妬したのだ。
自分をおいてあの子だけが先にどこかに行ってしまうような気がしたから。
自分など要らないと、言われるのが恐ろしかったから。
だから、トバリの町で置いて行かれたのはわざとではないかと不安になったのだ。
そして、そのときに本当にあの子の全てを信用していたのかわからなくなったのだ。
コトブキユウトが望む所の質問をした時のほんの少しの躊躇はそこからきているのだろう。
変わらないで欲しい。置いて行かないでほしい。
あの時『自分が』望んだまま強くいてほしい。
たとえそれが偽りでも。不変のものはないと知ってはいても。
自分は自分のためだけにあの子を『鋳型』にはめたがったのだ。
体の力がぐったりと抜けた気がする。
星を見上げても鳥目の自分にはどれが『シリウス』なのか分からない。
道標になるはずの一等星(『シリウス』)。だが、シリウス(じぶん)はそうではない。
自分は星の位置を見誤ったのだ。
《自分は・・・》
「ん?」
自分を放置して本のページを繰っていたコトブキユウトは顔を上げる。
《自分は、愚かだ》
コトブキユウトは何も言わない。少し驚いたような顔をしているだけ。
《何もあの子にしてやれない。利己的なことばかりあの子に押し付けてしまう》
「・・・だからと言って全てが嘘になるわけじゃないだろう。
アヤを守った事実は事実だろうが」
それでさえもお為ごかしなのだ、きっと。
うつむく自分にコトブキユウトはあー、と息を大きく吐いた。
「シリウス。オレに何と言ってほしいんだ?
美辞麗句を並び立てて慰めてほしいのか、それとも糾弾してほしいのか?」
淡々とした物言いははじめと一向に変化していない。
自分が望んでもそうはしてくれないだろうし、望んだらそうしてくれるだろうとも思える声。
だが、自分はそのどちらも欲してはいない。
《・・・・・・わからん。自分はどうすればいいのだろう?》
また同じ質問を繰り返してしまっている。
先程、首を振られたばかりだというのに。
コトブキユウトはやはり渋い顔をする。
「お前にわからん事をオレがわかるわけがないだろう。
あぁ、だが、利己的な部分を持っていない生き物なんぞいないんじゃないか?
・・・・・・まぁ、こんな定石じみた話がほしいわけじゃないだろうが」
そうだとも。
そんなマニュアルじみた模範解答はほしくない。
少し考えてから問うてみた。
《む・・・・。では、お前が自分ならどうするのだ?》
「オレがお前なら?」
今度はコトブキユウトの方がむ、と考え込む。
ポケモン相手にこれだけ普通に応答するやつもまれだ。
「・・・・・・許さない、んじゃないか?」
ものすごく嫌そうな顔で答えられた。
「こんなことオレに言わすんじゃない」と言いたげだ。
『許さない』か・・・。
《なぜだ?》
「・・・難しくは考えてねぇぞ。
オレならアヤを許さねぇし、自分も許さないと思うだけだ」
初めてこいつの調子が崩れた。
ひどく口早で、こちらを見ない。その顔はふてくされているようにも見える。
余計な事を口走ったと思っているらしい。
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回してから言う。
「もういいだろ。オレの答えが全てじゃねぇし、聖人君子でもない。
責任は持たんと言ったはずだ。後は自己責任!」
さっさと言い切ってから立ち上がると広場の中央辺りまで歩いていく。
自分はさっきの言葉を考えていた。
許さない、許さない?
自分を置いて行ったあの子も。
あの子が信じきれない自分も。
そのどちらも『許さない』。
それが答えなのかもしれないし、それ以外にも誰も傷つかない答えがあるかもしれない。
確かなのは、答えが手の中にあるわけではないのに、
吐き出すだけ吐き出したら少し楽になったという事だけ。
だから、
もう少し、もう少しだけ時間が欲しい。
たとえそれが無様な保留であったとしても、
覚悟を決めてみせるから。
ぶわっ、と一陣の風がカンテラの熱で火照った自分を撫ぜていく。
自分には姿が見えないが、風が遊んで通り抜けていったのを考えるとトロピウスが帰ってきたのだろう。
「トロピウス」
当たったようだ。
目を凝らすと黒い闇がうねうねと動いている・・・気がする。あまり自信はないが。
《ねっ、ねっ。あ・・・あ、のさっ。と・・・・とーーぉ》
「なんだ?」
やり取りだけが空気を伝って聞こえてくるが。
・・・・貴様は子供にさえそんな話し方なのか・・・?
あきれてものが言えない。
淡々とした物言いが受けようによっては威圧的だと気づいておらんのか。
《・・・・うー、ううんっ!な、なん・・・なんにもない、よッ!》
「そうか。満足したか?」
《う、うん。うんうん》
ぶんぶんという首振りの音がここまで聞こえてきそうだ。
だが、少し気になるな。さっきのトロピウスの言葉。
コトブキユウトは気づいていないようだが。
・・・聖人君子ではない、か。
まさしくその通りだろう。
答えなどひとつも与えてはくれない、腹が立つ人間。
したのは整理。ただ、それだけだと。
「シリウス、オレたちは地下室戻るぞ。お前はどうする?
まったく、お前のせいでほとんど進まなかったじゃねぇか。眠ぃのに・・・」
気がつくといつの間にかこちらに戻ってきていた。赤と白のボールを手に持って。
ふん、貴様にぶつくさを文句を言われる筋合いはない。せいぜい困っていろ。
自分は飛び上がり、そのかき回して鳥の巣状態になった頭の上に乗っかった。
「ぅおっ。何すんだよ?」
《良いから歩け。コトブキユウト》
「いや、タクシーじゃねぇんだが・・・」
《自分は疲れた》
「夜月か、お前は」
なんだかんだ言いながら結局歩いている。
その様子が間抜けで面白い。
さっき気がついた事はあえて言わない。
ろくな事を話さなかった仕返しだ。
自分で気がつけば良いのだ、こいつは。
自分にもそう言ったのだから、当然であろう?
そう思う自分は笑っていたかもしれない。
side???
生あるものは複雑で、真逆の心が同居する。
信じていても、
軽信するほど無邪気になれず、
信じきれぬを愚かと嘆く。
心は移ろい脆いもの。
変わらず誰かを想っても、相手もそうとは限らない。
不安はぬぐえず毒のよう。
信じるほどに心を喰らう。
答えを探して闇をさらえど、
見つかるものは澱ばかり。
信じきれないのを悔しいと思って、
それでも、疑問を感じずに不安を抱かずに、
信じきることなんてきっと誰にもできない。
だからこそ、
信じ切れない事の代償に、
信じていることを見つけるのだろう?
信じ切れない事の懺悔を、
愛しさの中に込めるのだろう?
2010.8.26 18:00:18 公開
2010.10.30 16:32:01 修正
■ コメント (1)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
10.10.30 16:44 - 森羅 (tokeisou) |
こんばんは、もしくはこんにちは。お久しぶりです。
約2ヶ月ぶりの更新でございます(血涙)
えーっと、まぁ、いつもの如く言い訳なのですが、今回えらくシリウスが(普通に比べると)饒舌で饒舌で・・・。ユウトと合わせるとポケモンの心情が書きやすいので便利なのですが(ユウト「待て」)無口という面でよく性格の似通ったシリウスとユウトを合わせると永遠に無言で終わるのです。よってシリウスが良くしゃべっているのですorzあいかわらずユウト君はずばっ、ずばっ、と一刀両断して終わていますが。アヤ相手では遠慮して言えない本音がユウト相手なのでどんどん出ているとでも思っていただけるとありがたいです!!!(涙!)
それでは、失礼を。