生あるものの生きる世界
120.sideアヤ 太陽に一番近い町[ナギサシティ]
著 : 森羅
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sideユウト
アヤに押し付けられたおかげで行かなければならなくなったカンナギという町。
テンガン山のすぐそば・・・と言うよりほとんどその山の一部に入り込んでいるような場所にその町はあるらしい。
あぁ、そうさ。嫌な予感はしっかりしていたんだ。
《毎度毎度の事ながら・・・・・ゆーとのあほーーぉ!!》
「うるさい!文句を言ってる暇があるならさっさと走れ!」
夜月が全速力で4足を回転させる隣でオレも必死で足を動かす。
そう、今この現状は『オレにとっては』毎度の事。『オレ以外の人間』にとっては異常な事。
あまり広くない木々の間をすり抜け、そこにあった段差を飛び降り、
《・・・・お疲れ、ゆーと》
「・・・・・・・おー・・・・」
周りをポケモンに囲まれた。
縄張りを無断侵入した事に非常に怒っているらしいポケモンに。
《こういうのって何ていうんだっけ?ゆーとくん》
「さぁな・・・・『いつものこと』か?」
苦笑いも現実逃避も通用しないとすでに知っている、知ってるが・・・なぁ。
他にどうしろって言うんだ?
sideアヤ
「あの、馬鹿ああぁあぁあああーーぁ!!!!」
あたしの声に受話器の向こうでスモモちゃんはぐらんぐらんと目を回し、ナギサのポケモンセンターのロビーにいた全員が何事かとでも言いたげに一斉にこちらを向いた。
あたしはそれに恥ずかしくなって急いで電話を切る。
ガチャン、という受話器を置く音にあたしのイライラはさらに倍増された。
《アヤ・・・・アタシを殺す気?》
スモモちゃんと同様に目を回しているスピカがあたしに言ってくるけど、あたしはスピカを睨みつける事しかできない。
だって『オオスバメはユウトさんが連れて行きました』って聞いてあたしが黙ってられるわけがないじゃない!
今すぐにでも傍にいて欲しいのに。
ほんとに、あの馬鹿あぁあぁぁあああぁあぁあああぁぁぁ!!!!
心の中でもう一度だけ大絶叫をあげてからあたしはスピカに向き直した。
「スピカ、行くわよ。ここでの用事一刻も早く済ませてカンナギ行く」
あたしはそれだけ言い切ってさっさと出口に向かって歩き出す。
後ろに聞こえるのは小さなため息。
《はいはい。まったく・・・・は》
「何か言った?」
《なーんにも》
くすくすと笑うスピカがスゥとあたしに追いついて並んだ。
あたしは鞄の中から新聞の切抜きを取り出す。
まず、行くべきなのはここね。
sideスピカ(ムウマ)
はいはい。まったくアタシのお姫様は。
小さな呟き声をアヤが聞き取れるはずもなく、アタシはアヤと並んでセンターを出る。
薄暗いポケモンセンターより外の方がよっぽど明るい。
センターが薄暗いのはこのナギサの町全体が停電状態に陥っているから。原因はどうやらジムリーダーが電気を使いすぎたらしいけれど、詳しくは分かっていない。もちろん、非常電源があるから少々の支障で済んでいるみたいだけれどね。
でも、
このナギサと言う町は町全体がソーラー発電を行っているような造りで電気だけは不足しないと聞いていたのだけれど・・・・?
・・・・・・・・まぁ、アタシがそんなこと気にしても仕方が無いわね。
「スピカ、どうしたの?」
《いいえ、どうもしないわ》
気が付けばアヤがアタシを覗き込んでいる。アタシはそれに笑って答えた。
ここはナギサジム前。でも別にここにいるのはジム戦をしようっていう理由じゃない。
理由はアヤが手に握っている新聞の記事。そこに写っている冷めた目の少年、『アカギ』はナギサ出身。
アタシたちは彼を知る人を探して、その人からその少年の家が残っている事を聞いた。
気のいいおじいさんおばあさんだったけれど、あまり詳しい話は聞く事ができなくてせめて何か手がかりだけでも、と残っている家を見せてもらうため管理をしているジムリーダーの所にまで来たってわけ。
でも・・・。
《アヤ、アタシは文字を読み間違えているのかしら?》
「ううん。大丈夫よ。あたしにもそう読めるから」
扉の前に張られた紙切れが風に飛ばされそうになりながらしがみ付いている。
そこに書かれた言葉は、
『ナギサジムへようこそ。
大変申し訳ありませんが、ナギサジムリーダー・デンジはただいまナギサシティの発電システムの修理中&ジムの改装中でひきこもっております。
どうか探さないでください』
ぴゅう、と突風が吹いてさっきまで頑張ってしがみ付いていた紙を攫って行った。
アタシたちは顔を見合わせる。
《『探さないでください』と『ひきこもってます』は同時には使わないわよね?》
「あたしの知らないうちに日本語が変わってなければね」
どこにいるかは探すまでもなく、明白。
アヤはジムのドアを押し開けた。
sideアヤ
「・・・やぁ。どういったご用件だい?見てのとおり俺は忙しいんだけど」
出てきた男の人は、困ったような笑い方をしていた。
金に染めてある髪にはツヤがない。猫背で、眼鏡が鼻にずり落ちている。
あたしの第一印象は・・・・引きこもりかオタクみたい、ということ。
とりあえず、あたしは聞いてみた。
「ジムリーダーのデンジ?」
「・・・そうだよ。でも今はジム戦は受け付けない。
今、俺は発電機の修理に忙しいんだ。電気工事の最中なんだ」
ははは、という笑いには元気がなくて死人のような顔になっている。
・・・・いきなり倒れないでしょーね、このひと。
「じゃ、そういうことで」
デンジが踵を返してドアを閉めようとしたのをあたしは足をドアの間に挟むことで阻止した。
デンジは見かけよりずっとすばやい。
「まだ何か?」
「『アカギ』って男の子の家の管理をしてるんでしょ?あたしはその家を見せてもらいたいの」
「・・・『アカギ』?10年ほど昔有名になったあの『アカギ』?」
デンジの表情が当惑の色を見せ、あたしが頷くと怪訝そうな目に変わる。
「・・・どうしていまさら?もう何も残ってないけど」
「いいからお願い!!」
何も残ってなくてもいい。わずかな可能性があるならそれに賭けたいだけ。
あたしは顔の前で手を合わせて“お願い”を繰り返した。
あたしが引き下がる様子がないのを見越してか、デンジはため息をついてドアを開ける。
「・・・どうぞ。散らかってるけど。鍵を探す間、適当に座って待ってくれるなら」
「ありがとう!」
あたしは開かれたドアの中に滑り込んだ。
・・・・中はぐちゃぐちゃで栄養ドリンクの瓶と持ち込まれた機材が積み重なっていたけど。
*
久しぶりに太陽光線を浴びて灰になってしまいそうなデンジはそれでもさっきよりはまともな格好をしている。顔を洗って、髪にくしを入れ、眼鏡をコンタクトにしたら雰囲気がずいぶんクールになった。
「いつもはどっちなわけ?」
あたしが聞いてみると、
「どっちでもいいだろ。出かける用事がないときぐらいどんな格好でも怒られないさ」
つまり、出かけない時とジム戦がない時は引きこもりなわけね。
あたしはその豹変にびっくりするしかない。
そんなことを思っているとデンジが一つの家の前で立ち止まった。
「ここだ、『アカギ』の家。俺は入らないから行って来なよ。はい、マスク」
あたしは差し出されたマスクとデンジの顔を交互に見比べ、聞く。
「何、これ?」
「まともに掃除してないからさ、ハウスダスト・アレルギーになりたくなかったら」
デンジの即答にあたしは素直にそれを受け取った。
「まともに掃除してないって・・・全然の間違いなんじゃないの?」
《そうかもね。さて、アヤ。
こことギンガ団ビルでアタシたちが再会した所とどっちが悲惨でしょうか?》
「・・・・どっちもおんなじ」
《正解ー》
ボールの中のスピカがくすくすと笑う。
薄高く埃の積もったその家は大きな家具だけがひっそりと息を殺していた。
「・・・・何にもないわね・・・」
《そうね、10年って長いわね》
感慨深く言うスピカにあたしも頷く。
10年と言う月日は人が住んでいたという形跡すら残してくれない。
「『時間は流れる。
どれほどの代償を支払っても、流れる時は止められない』」
《アヤ?》
訝(いぶか)るようなスピカの言葉にあたしはなんにもない、と短く答えた。
《・・・・もう出る?何にも残ってないもの。一通りは見たんでしょ?》
「うん・・・。なんか無駄足を踏んだって感じ」
《仕方が無いわよ。それに本当にギンガ団の、かどうかも分からないじゃない》
そうなんだけどね・・・。
そう思いつつもあたしは何気なく机の引き出しを開ける。
「あ」
《え?》
ノートがあった。埃はあまり積もっていない。
あたしははっとして足元に目を落とす。
「スピカ」
《何?どうかしたの?》
あたしはスピカが見えるようにボールにあたしの足元を見せた。
《足跡・・・》
「最近、だれかが入ったのよ。あたしの足跡じゃない。大きすぎる。
誰かがここに来てこれを置いて行ったのよ、きっと」
《キーを持っている誰か、が来たって訳ね。
デンジは最近ここを開けた様子はなかったもの》
「・・・そうなの?」
あたしの疑問符つきの声にスピカは盛大にため息。
鈍いわね、とでも言いたげなそのため息にあたしはむっとする。
《決まってるでしょ。最近鍵を開けたなら探す必要はないもの》
「・・・なるほどね」
《それ、なんて書いてあるの?》
あたしははやる心を抑えて、ノートのページをめくった。
白紙のページが続く。
真ん中辺りでやっと黒いしみのようなものを見つけて、あたしはページをめくるのを止めた。
《なんて書いてあるの?》
スピカの質問にあたしはその綺麗な字で書かれた文字を読む。
「『そらにゆめをえがいていたころ、せかいはきれいなんだとおもっていた。
せかいはひどくやさしくて、みにくいものはなにもないと、そうしんじていた。
けれど、せかいはうらぎった。
このせかいはきたなくて、このせかいはしゅうあくだった。
なぜ、皆、私を否定するのか。
寄り集まって、何もできないくせに。
私はこの世界を変える。
この世界が私を認めないのならそれはそれでかまわん。
私を肯定する世界を作ってやろう。
全て全て、作り変えてやろう。
望むがままに。
神だと呼ばれるポケモンどもよ。
全て利用してやろう。
人も、ポケモンも、なにもかも。
誰にも邪魔はさせない。
やっと願いがかなうのだから』」
途中から、文字が違っていた。たぶん、最近付け足したんだろう。
でも、こんなの・・・・間違ってる。
《醜悪、ね。そこまで言うほど世界は腐ってないと思うけれどもね》
「スピカ・・」
スピカの声は蔑むような音を含んでいた。
《アカギ・・・。寂しいヒト。
同一人物よ。きっと。こんな人間が2人もいたら世界は一瞬で消えるわ》
ギンガ団の首領の『アカギ』。
ナギサ出身の天才の『アカギ』。
その2人が同一人物・・・・・。
じゃあ、この機械は?一体何に使うつもりなの?
あたしは新聞記事に目を落としながら、そう思う。
《出ましょ、アヤ。もうわかったもの。
人間として何か欠落しているわ。足りないものに気づいていない》
「うん」
あたしはノートを元の位置に戻して、机の引き出しを閉めた。
10年前の空気がだけがその場に残っていた。
2010.6.29 16:16:44 公開
2010.7.3 12:03:08 修正
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