生あるものの生きる世界
118.sideユウト 井戸端会議[イドバタカイギ]
著 : 森羅
ご覧になるには、最新版の「Adobe Flash Player」が必要です。 また、JavaScriptを有効にしてください。
「とりあえず出て行くか、意味のある洗い方をするか、決めて欲しいのですが」
一通りの掃除が終わったころにはとっくに昼を回っていたのを覚えている。
それでもいいから一刻も早くここから出て行きたいというオレの切実な願いは万年欠食児童夜月の《昼飯ー》の声によって粉々にされ、結局オレたちは有難く昼飯をいただくことになった、それも覚えている。
そしてその後。
『食べた物は片付けなければならない。そしてオレは客ではない』
という見事な等式が成り立ったことで片づけをしなければならない状況に追いやられたオレは、その一言でスモモ家の台所からジムトレーナー4兄弟を叩き出した。
《小姑みてー》
「うるさい。お前も出て行くか?」
夜月の茶々をオレは後ろで聞き流しながら七分の袖をさらに上へと捲り上げる。
片手にスポンジ、片手に鍋。目の前には流し台。
見ないようにしていた山の様に積みあがった食器などからは異臭が鼻を突いた。
この状況はこの家の掃除をさせられて気になった事が見事に的中したと言うことだろう。
すなわち、
『この家の住人は誰一人としてまともな掃除が出来ない』。
・・・冗談だと思いたいが、本気だ。
例を挙げるなら、バケツの水はひっくり返す、床に雑巾をかけてから天井の掃除をしようとする、片付けようとしたものは壊す、そしてこの目の前のカビが繁殖していそうなくらいまともに洗えていない食器類に調理器具。
オレの心境を非常に端的に言うならさっき食べた物を胃から吐き出したい、それのみ。
こんな異様な調理器具を使っていたとは思いも寄らなかった。
「なんで、人様の、家で、こんなこと、しなきゃ、ならないんだ」
一字一句言葉を切りながら洗剤のついたスポンジでひたすらに鍋をこする。
こべりついた油汚れはなかなか落ちない。
「あのー、ユウトさん?」
「何だ?」
唯一台所に残ったスモモはタオルで食器を拭きながらオレに声をかけてきた。
ちなみに今日のスモモのスタイルは黒色のドレスに、何のために付いているのかオレには一生わからないだろうひらひらの付いた白いエプロンだが、それは別に筆頭すべき事ではない。
なぜならオレにそんなことに興味はないから、以上。
「油って落ちるんですね。初めて知りましたです」
「・・・・・」
・・・そんなことをしみじみ言われても困るんだが。
とっさに言葉が出なかったオレの様子を見て笑い転がる夜月を一瞥、オレはスモモに常識を一つ教えておいた。
「油は湯で洗え」
ようやく全ての食器が綺麗に片付いた所でオレはその場に座り込んだ。
「疲れた・・・」
《お疲れさんっ!『ゆーちゃ・・》
「それ以上言うなら首を絞めるが?」
夜月の喉元を押さえながらオレは言い切り、夜月が凍りついた笑顔で頷くのを見てから手を離す。
スモモは食器を拭いていたタオルを洗濯機に放り込みに行ったので今はいない。
《ひでーなーぁっ!》
「ひどくねぇ」
即答したオレに夜月は口を尖らせ、そして聞いてきた。
《・・・なぁ、ユウトの頭、大丈夫か?》
「あぁ。つか、こんな大げさにする必要がねぇんだが?」
オレはご丁寧にも包帯が巻かれた頭を小突く。
アヤたちが立ち去ってからやられたものだが、なんというか・・・まぁ、『情けない』。
紅蓮がやった傷なのだから紅蓮が気にするのは当たり前といえばそうなのかもしれないが、結果として紅蓮本人に包帯を巻け、と言われてしまうとオレは反論できない。
そもそも紅蓮は気にし過ぎだ。最もあいつにオレの価値観を押し付けるつもりはないが。
と。
《何を言ってるんですかな?》
紅蓮がドアの所に立っていた。
素晴らしいタイミングで現れた紅蓮にオレは声をかける。
「紅蓮」
《紅蓮ー、ユウトがいじめるんだー》
夜月が紅蓮に向かってそう言うが、違う。オレは夜月をいじめた覚えはない。脅しただけだ。
つか紅蓮、お前今までどこ・・・・・に?
オレは紅蓮を見上げて、奇妙な『もの』が目に入った。
「紅蓮?・・・・オレの目が悪くなったのか?」
《いえ、見間違いではないんですな》
・・・・・・・・・・・・・・・。
オレはもう一度よくよく紅蓮の頭上に乗っかっているものを見る。
「シリウス?」
《正解なんですな》
アヤと一緒に出て行ったはずのオオスバメがそこにいた。
「・・・・・・・」
《・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・・・》
三者三様の沈黙が場を支配している。
あいつ忘れていったのか、とは決して、誰も、あえて、言わない。
夜月はあー、といった顔をしていて、紅蓮は曖昧に笑っていて、
当のシリウスはと言うと、
《・・・・・・・・・・》
いつにもまして無言だった。
アヤ、お前はどれだけオレに貧乏くじをひかせたいんだ・・・・・・・・・?
片頬が引きつるのが、わかった。
紅蓮の話によるとどうやらあの猪突猛進人間(=アヤ)は見事にシリウスのボールを落としたらしく、紅蓮がボールを見つけたとのこと。
あいつは馬鹿か、としかオレは言いようがない。
とりあえず、話しかけてみるが・・・。
「おい、シリウス?」
《・・・・・・》
「おい、聞いてるだろ」
《・・・・・・・・・・》
「何があったんだよ、おい」
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五月蠅い》
アヤに似て、いい根性だ。
オレはその羽へし折ってやろうか、と思いつつそれでもとりあえず話を聞いてやる。
「うるさい、じゃねぇよ。アヤならナギサに行くって言ってたぞ。
お前なら追いかけられるだろ」
《・・・無理だ》
「なんで?」
《・・・言った事がない場所は知らん。・・・・それにもう、自分は必要ないかもしれん》
「・・・・・・・・暗いな、お前」
ネガティブまっしぐらの言葉に異常な程重みがあるのだから笑えない。
その理由に心当たりがあるらしい紅蓮がオレに話しかけてきた。
《アルフェッカ殿のことでしょうな》
「アルフェッカがどうした?」
《アルフェッカって誰だ?》
一人話が見えていない夜月を無視して話を進めたオレは紅蓮からギンガビルでのアルフェッカのことを聞いてさらに何もいえなくなる。
こいつがネガティブになるのもわからなくもない。
つまりこいつは、
自分の『役どころ』を失ってしまったのだ。
そんなときにわざとではないにしろ置いて行かれれば暗くもなるだろう。
だが、オレは残念ながら慰めるつもりは毛頭もない。
「アヤもだがお前もかよ。厄介な所だけアヤに似るな」
《・・・・む?・・・・・コトブキユウト、貴様に説教される覚えはない》
「オレも説教している覚えはない」
当然だ。オレは思ったことを言っているだけ。
残念ながらオレは誰かを諭せるほど偉くはないのだ。
「お前もアヤと同じで何かに固執するタイプだろ。
お前の場合は自分の『役割』。しかも一度決めたら変更不可能な堅物だ。
だがな、『絶対』なんかそう簡単に転がってるものじゃねぇと思うぞ」
《・・・・・・》
シリウスは無言だが、どうやら図星らしい。
オレはさっさと結論付けた。
「アヤがお前をいらないなんか言うと思うか?シリウス、お前が一番分かってるだろ」
《・・・・・・・む・・・》
シリウスの分かっているのかどうなのかよくわからない返事を聞きながらオレは立ち上がって伸びをする。
《ユウト、ユウト、結局どうするんだ?》
「・・・・何が?」
《ですから、シリウス殿ですな。アヤ殿たちに合流したくてもできない状況でありますから・・》
あぁ、そうだったな、と紅蓮と夜月に言われて根本的なことを思い出すオレだが、オレの一存じゃ答えようがない。なので本人に聞く事にする。
「シリウス、どうするんだ?」
《・・・・む・・・・》
「アヤとはカンナギってところで合流できると思うが、確実じゃねぇしなぁ・・。
ここで待ってみるか?気づいて帰ってくるかも知れねぇし」
《・・・む・・・。自分は・・・》
かなり悩んでいる様子で目をつぶってしまったシリウスに、
「ユウトさん!バトルしましょう!!」
別の声が割り込んできた。
唐突な声にびくっと右指が跳ね、急いでそちらに目をやる。
そこには目を輝かせたスモモ。
スモモはこちらの状況などお構いなしでオレに詰め寄ってきて言葉をまくし立てる。
「一試合お願いしますですっ!是非是非お願いしますです!!
もちろんユウトさんが勝った暁にはジムバッチを差し上げますです!」
その迫力にこの場に居るポケモンを含めた男全員が言葉を失った。
だが、一体どんな肺活量をしているのか、スモモはさらに畳み掛けてくる。
「受けて立ってくださいです!当然ですよねっ!?」
「いや、オレは・・・・」
なんとか搾り出した言葉に、視線が夜月の辺りをさまよった。
反論をするならこいつだ。だが、目が合った夜月は珍しく興味なさげで、つまりオレは気兼ねなく断ることができ・・・・・
《我がでますな》
なかった。
「紅蓮・・・!?」
オレは驚いて紅蓮の方に目をやるが、紅蓮はスモモを見ながらこう言い切る。
《出ますな。資金も足りてないようでありますからちょうどいいんですな。
それにその間にシリウス殿に答えを出していただくという事でどうですかな?》
《・・・・む・・・。よかろう》
「・・・それなら、構わんが」
「本当ですか!ありがとうございますです!!じゃあ、待ってます!」
「え、あ・・・あぁ・・・」
紅蓮に返事をしたつもりだったのだが、スモモは自分への返事だと間違えたらしい。
せわしなく台所から飛び出して、一挙にその場には静寂が降りる。
そのせいでオレは一つ聞き損ねた。
お前は一体何を求めているんだ、紅蓮?
2010.6.5 02:42:04 公開
2010.6.5 21:09:51 修正
■ コメント (0)
コメントは、まだありません。