生あるものの生きる世界
112.sideケイヤ 復讐[オノレノセイギ]
著 : 森羅
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side???
・・・・・・どうしたいの?
・・・・・・・・どうして欲しいんだい?
ねぇ?
それはきっと、今にも千切れそうなほど頼りない糸。
それはきっと、すれ違っただけとも言える微かな繋がり。
それでも君はそれを繋げておきたいと思うのかい?
永遠だと信じていたいのかい?
切らないように、切れないように、
生あるものは、
・・・・・・・・・・生あるものは。
そんなわずかな繋がりでさえ、
失いたくないと、消えてしまわないで欲しいと、
そう願うんだね。
どんな対価を支払っても。
どんな過酷な未来だとしても。
君達は、そう望むんだね。
無の空間(はざまのせかい)でボクは、たった一しずくだけ涙を流した。
sideケイヤ
「燐、・・・・どうしよう。どうしたらいいのか、な・・・?」
《どうしようもありません・・》
ぼくも燐も互いの顔を見ようとしない。
たった一つの光景、それだけに視線を注いでいる。
止めた方が良いんだろうか、
止めない方がいいんだろうか、
過去(いま)を見るぼくはただ、『傍観者』にしかなれないんだろうか。
対峙するのは2人の人間。
一方は彼、もう一方は、昨日の男性よりも若い青年。
彼はつまらなさそうに刀をたれ下げて、
もう一方の青年は震える腕で剣を正面に構えて。
《あの人間は、ヒトを殺した事がありませんよ》
「そうなの?」
燐の声にぼくは青年の方に目をやる。
確かに慣れていない様子は一目瞭然だけど。
ぼくらが盗み見する中、彼が口を開いた。
「森に喰われなかったってことは、まだ何も殺してないってことか」
青年は答えない。ただ焦点の定まらない剣がぐらぐらと揺れてる。
ぼくがいまいち彼の言葉の意味を理解できず燐の方に目をやると燐は答えてくれた。
《無意味な殺しはただの虐殺です。そのような者は裁かれる。
昨日の男がそうだったでしょう?あの者が森に許容されているのは、無意味な殺しはしないからなのでしょうね。あの者は自分を護る為以外で剣を振りかざさない》
そっか。この森で何かを殺すのはご法度なんだ、生きるため以外で。
だから彼は赦されている。どれだけの血を纏っていても、森に裁かれない。
彼と対峙するあの人も、きっと何も殺してはいない。
そして、やっと青年が震える声を表に出した。
「ぉ・・・お前が、奪ったんだ」
「何を?」
淡々と、でもどこか苦渋の表情で彼は聞き返す。
言葉が続かないその人の代わりに彼が言葉を続けた。
「肉親か?それとも仲間か?くだらない復讐心だな。そんなもの棄ててしまえば良い。
死者は何も望まない。何も語らない。お前の身が紅くなるだけだ」
「・・・ぅるさいっ!五月蠅い五月蠅ぃッ五月蠅いッ!!
正しさを語るな!罪人がッ!お前一人が死ねばいいものを!!」
まくし立てるような声を森は静かに声を吸い込んで静かにさせていく。
彼は眉をひそめて吐き捨てるようにこう言った。
「正しさなんぞ語ってないさ。ただな、俺が死んだら全てが幸せになるのか?
俺を殺すか?裁くか?それでも憎しみの連鎖は終わらない。悲しみは消えない。
死んだ人間は戻ってこない。それでもか?」
「お前はヒトを殺す事が悪だとわからないのか!?」
答えではなく質問で、青年は彼に問い詰める。
彼からため息が聞こえた。
「悪、な。じゃあ悪だ、俺は。それで満足か?」
「・・・なッ!?」
「なんだ?そう答えて欲しいんだろう?違うのか。
それとも俺に正義を語って欲しいのか?俺を殺せば、お前も同じだぜ。同類だ」
「違うッ!違う!お前とは違う!お前と違うのは正しさだ・・・・・!」
首を振って真っ向から否定する青年をさっきの表情とは一変冷めた目で見続ける彼。
「正しさなんざ存在しない。何が一体正しいんだ?
俺も正しいさ。俺の中ではな。お前の中ではお前の正しさが存在するのだろう?
それを俺に押し付けるな。下らない。不幸を全て背負っているなどと自惚れるなよ。
俺だってな、俺だって・・・全て奪われたんだっ!」
初めて声を荒げた彼にぼくは驚く。
だって、それは昨日の様子とまるで同じ。
戸惑っているような、迷子の子犬のような、そんな瞳(め)。
燐も驚いているように目を大きくさせている。
彼は歯止めが利かなくなったようにまくし立て始めた。
「全部全部!誰が好き好んでヒトを殺すか!誰が血の匂いを覚えたいと思うか!
血に染まった両手は取り戻しようがないのに!俺から全てを奪ったくせに!!
俺だって普通に暮らしたかった!普通に暮らせるはずだった!
皆皆殺された!全部全部奪われたんだ!!」
言い切った彼の言葉に息を呑む声は3人分。
彼と対峙する青年にとってはかなり驚愕の事実だろう。
でも、微妙に文法的に間違っているそれはぼくにとっても驚愕だった。
それは、『悲鳴』のように聞こえたから。
だからぼくはそれを最後まで聞かなきゃならない。彼を知っている者として。
まだ言い足りない様子の彼はさらに声を張り上げる。
「お前にも少しはわかるだろうが?俺はいきなり全てを奪われたんだッ!親だってな、兄弟だってな知らない誰かに笑いながら殺された!何もしていないのに!何もしていなかったのに!一体何をしたって言うんだ!?静かに暮らしていた、それだけじゃないか!
剣はその時は俺の身の丈ほどあったんだ!冷たくて重たくて!
でもそれを振るうしかなかった!そうしなければ生きられなかったっ!
剣(お前)は俺から全てを奪ったんだ!剣は俺から全て奪っていくんだ・・・!
それでも俺に死ねとそう言うのか!?お前は死ぬべきだと、お前達はそう言うのか!!?」
空気を伝うのは紛れもない悲しみ。
動揺を隠せない青年はどうすればいいのか分からずに戸惑ってしまっていた。
でも彼の『悲鳴』は目の前に居る青年に向けられたものじゃない。
そしてぼくに向けられたものでもない。
彼の悲鳴は、『世界』に向けられていた。
ぼくは、それを最低限の権利だと思っていた。
生きる事は、当然の事だと思っていた。
でも、彼にとっては違ったんだね。
彼は誰かの命を代償にしなければ生きれなかった。
世界は彼に優しくなかった。
生きていたいなら自分で道を切り開け、と。
血の海を渡り続け、屍の山を越えていけ、と。
その罪は、全てお前一人が背負え、と。
それだけの生き方しか世界は彼に教えてくれなかったんだ。
ね、燐?そうだよね?
とっさに燐を見ながら曖昧に微笑(わら)うぼくの視界が歪む。
歪んだ視界、燐がわずかに頷くのをぼくは確かに見た。
「ね、燐。ぼくは・・・ぼくは彼に何をしてあげられるのかな?
ね・・・、何もしてあげられないなんて、そんなの悔しいよ」
《わかりません。あの者の言葉ですら、正しいものなどないのですから》
彼よりも不幸な人間なんて星の数ほどいるだろうし、それは彼も自覚していると思う。
だからと言ってヒトを殺していい理由にはならないし、彼が死ぬべきだと言う理論もない。
彼もあの青年も、どちらも悲しい。
一方は、自らを血染めにしなければ生きれなかった人間。
もう一方は、今から血に染まろうとしている人間。
どちらが正しいかなんて、そんな答えは必要ないんだ。
でも、でもね。ただ、
ぼくは彼に生きていて欲しいと、そう思うんだよ。
さっきから一言も話せなかった青年が震える手で剣を構えなおすのが見えた。
そして、数秒後には手の震えは完全になくなって焦点は彼にと定められる。
「それでも、お前が、殺したんだ・・・・」
「あぁ、そうさ。否定はしねーよ。事実だ。
どんな理由があろうと、ヒトを殺していい理屈なんざねぇから」
落ち着きを取り戻した彼がうっすらと笑いながらそれに答えた。
その様子が、ぼくにはダブって見えたんだ。
『正しくないよ。絶対に間違っている』
悲しそうな笑顔でそう言って、それでも守りたいのだと、そう言ったあの英雄と。
無意識に久しぶりに流れる涙は、優しいくらいに暖かい。
けど、ぼくにこれを流す権利は今はないや。理由を言葉にするのはとても難しいけど。
「それでも、お前が殺したんだッ!!!
どんな理由があれ、お前が殺した事実は消えないんだッ!!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ青年にひどく静かに彼は答えた。
「殺してみろよ。お前がそれで納得できるなら。
罪は消えないぜ、永遠に。忘れる事もできず、血の匂いは消えない」
ひと息をついてから彼はまっすぐに青年を見据える。
「不器用な神々はヒトに戻ることが出来ない」
それは、諭すように。
「・・・オォオォオォオォォオオオオォオオォオオォォォオォーッ!」
彼の声を聞いているのかいないのか半分泣きそうな顔で突っ込んでいく青年。
ぼくの半規管の奥で、誰かがささやいた。
・・・・どうするの?
世界が停止したような感覚の中聞こえてくる声。
それは、ぼく自身からぼくに対する質問。
・・・・・・・・・一体、その小さな手で何が出来るの?
わからないよ、わからない。でも!
何も出来ないなんて、そんなことはないはずだよね・・・・・!?
それはきっと一秒にも満たない間に交わされた問答。
答えを理解する前にぼくは、走り出した。
「駄目だ!!!」
「ばっ・・・・・!」
一体何に対しての駄目なのか、自分でも良くわからなかった。
殺しては駄目、なのか。
死んでは駄目、なのか。
それ以外の何かなのか。
でも、
気が付けば、驚いたような彼の顔が目に映っていた。
彼を守るようにめい一杯両手を広げたぼくは彼と青年の間合いにいる。
彼の口が動くのが見えて、声が音速で空気を渡った。
「馬鹿が・・・・!」
あははは!ゆーとみたいに怒らないで欲しいなぁ。
これが、ぼくの精一杯の君にできることなんだから。
死なないで欲しいと、そう思っちゃったんだよ。
だから・・・・・・・、
ザクリ、という音がどこかで聞こえた。
舞い上がる鮮血が、青い空を汚そうと手を伸ばすように跳ね上がる。
けどそれはどれ一つ天(そら)に届かず、地に堕ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・あ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・れ・・・・・・・・・?
目に映るのは遥かな青空。
それだけだった。
2010.4.5 22:24:56 公開
2010.4.7 00:03:15 修正
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