生あるものの生きる世界
109.sideケイヤ 離反者の末路[セイサイ]
著 : 森羅
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燐の背中に乗って、森の中を駆け巡る事数分。
森の様子がおかしいのはぼくにだってわかった。
・・・・・・・・みんな、同じ方向に向かってる・・・・?
燐の進む方向と同じ方向に森中のポケモンが向かっている。
それは小さな虫ポケモンから、大きなポケモンまで。
ざわざわと森の木が不自然に揺らいだ。
「どういうこと・・・?」
《黙っていてください。あなたの存在がばれれば殺されますよ》
燐の鋭い声の意味がぼくにはわからない。
わからないけれど、本気の気配だけを読み取ったぼくはひたすらに黙っていた。
さらに数分、やっと燐が走るのをやめたのは森の中心、広場のようになっている所だった。
燐はその寸前のところで急停止。
他のポケモンらも燐と同じように、その広場をぐるりと囲むようにたたずんでいた。
・・・・・・・・何これ。何が起こってる・・・・・?
彼らは広場を凝視していた。
何かの、観客みたいに。
「燐・・・」
《黙ってください。貴方にも見えるでしょう?》
何を、と言おうとしてぼくにも『見えた』。
広場の中心、クリスマスの飾りのように赤と緑のコントラストをなしている、『それら』が。
ポタポタと流れる赤い、液体。それは緑色の大地を汚す。
血液を垂れ流す『それら』は身動きもせず、多分とっくの昔に絶命している。
『人』ではなく、『ポケモン』、その死骸が転がっていた。
数はわからない。見えるのは羽根をほとんど失った黒い翼、茶色い毛皮、ずたずたに引き裂かれた羽、袈裟斬りにされた植物のような何か。
それらはまるで精緻なオブジェのように山積みにされている。
吐き気を催すほどに、悲惨な姿をさらす『それら』。
・・・・・・・どうして・・・・・。
ぼくはこみ上げてくる吐き気を抑え、誰がこんな事をしたのかとその死骸の辺りを見回した。
と、
ぼくが見つけたのは、『彼』の姿。
ぼくから見ると後姿しか見えないけど、あれは間違えようがない。
彼が?こんなことを?・・・・・まさか。
「・・・ぅ、そだ・・・」
驚いたぼくはつい呆けた顔で小さくつぶやいてしまった。
それを燐がたしなめ、言葉を続ける。
《違いますよ。よく見なさい。・・・・・もう一人、います》
「・・・ぇ・・・・?」
ぼくは首を振って意識を取り戻し、彼が見つめる方向を目で辿った。
・・・・・・・・・・・・・・・・人が、いる。
彼よりも大きな大人の男性。
彼のような、死んだ人間からもらった上着ではなくちゃんとした羽織袴のような格好で。
刀というよりも『英雄』が持っていたのによく似た剣を右手に無造作に垂れさげて。
ただ、
その剣は鈍色の光を放つことなく、その男自身と共に赤く染まって狂気を示していたけど。
「お前がやったのか?」
突然響いた、凛とした相手に動じていない声は彼のもの。
その声に相手の男は大口を開けて笑った。
それは、己の行いを『誇る』ように。
ぼくは別の意味で胸がむかついた。
「なんだ、こんな餓鬼が?本当に?おい、貴様。貴様は一体何人殺した?
ぅうん?答えてみろ。1人か?2人か?それともただの迷い子か?」
嬉しそうに、彼を小馬鹿にしたように笑いながら聞く男。
その声にざわざわと森が揺らめく。
見物に回っているポケモンらが牙をむいた。
彼はその男の質問を完全に無視して再び問う。
「お前がやったのか?お前がこいつらを殺したのか?」
「質問に答えろ。貴様が噂の人殺しか?貴様のようなただの餓鬼が?」
「・・・・・・・五月蠅い。聞いているのは俺だ」
男の重圧をものともせずに五月蠅いと切り捨て、彼はすっ、と剣・・・いや、刀を抜いた。
銀色に輝く刃先に、ぼくは目を奪われる。
人の命を奪うそれを、綺麗だとさえ思ってしまった。
彼が刀を逆手に持つのを見届けた男は獲物を見つけた獣のように狂喜を笑みに変えて顔に浮かべる。
「なんだ!そっちのそれはお飾りじゃないって訳だ。
ってことは大分前に貴様を殺しに行ったあいつら、貴様にやられたのか?
それともただ、餓死しただけか?まぁどちらでも良いがな!貴様を斬る、それだけだ」
男の言葉を聞いて分かるのは多分、警察みたいなものがあるってこと。それか、武士みたいな人たちの誰かが勝手に力自慢代わりに彼に勝負を挑んでるってこと。あいつら、と言うことは知ってる人が居たんだろうに、それに対して笑うなんて・・・・・豪快に笑う男は、ぼくから見れば間違いなく『狂っている』。
よだれを撒き散らしながら笑う男に調子を変えずにさらに彼は尋ねた。
「答えろよ。それはお前がやったのか?それとも、誰かからもらったのか?」
この挑発めいた言葉はしっかりと相手に届いていたらしい。
笑うのをやめた男が不機嫌そうに彼を見下ろす。
「殺しただけさ!邪魔だったからな。後は捨てるだけだ」
「・・・・ほぉ・・・」
彼が無感情にそう答えたのが相手にはよっぽど気に入らなかったらしい。
男がぎりっ、と剣の柄を握り締める音はここまで届いた。
けど、その認識は『間違ってる』。
ぼくにはわかった。
彼は無感情じゃない。・・・・怒ってるんだ、この事態に。
彼は後姿しか見えないぼくにでも分かるほどの嘲笑した声で相手に言った。
「つまり、お前はただのヒトゴロシって訳だ」
「何だと?」
嘲笑われたのが頭にきたのか、ぴくぴくと片頬を吊り上げさせる男。
目の前に居ればそれなりに怖いはずだろうに、彼にそんな様子はまったくない。
むしろ、さらに笑みを広げているみたいだ。
「お前は生きるために獣を殺したのではないだろう?
ただ、快楽のために殺したんだろう。さぞかし楽しかったんだろうなぁ?
獣の血で喉を潤せたのか?・・・なぁ?」
「・・・・なっ!」
男を覗き込むようにして見上げる彼と男では『格が違いすぎる』。
ぼくはそれを瞬時に悟った。
そしてものも言えない男に向かって彼はすっぱりと言い捨てる。
「お前に俺を裁く権利はない」
「・・・何を、寝ぼけた事をををぉぉぉ!!」
逆上した男に理性はなかった。
ただただ、剣を振り上げ彼目がけて迷いなく振り下ろす。
けど、
そこにはすでに、誰も居ない。
「・・・・れ?」
阿呆のような男の声。
次の瞬間には、それが絶叫へと変わった。
なぜなら、
男の右横に居る彼が男の片足の腿を切ったから。
飛び散る鮮血を彼は頭から被る。
その彼の顔には今度こそ本当に感情がない。
「ぅわっわうっわあああぁあああ!!痛えぇぇえ!!!
何するんだぁあああぁあ餓鬼があああぁああぁ!!」
絶叫を上げながら彼の方を振り返ろうとする男はバランスを失って前のめりに倒れた。
もう、あの足は使い物にはならないだろう。
目をすっ、と細くさせた彼は絶叫を上げ続ける男を見下ろして、告げる。
「お前はヒトゴロシ。俺もヒトゴロシ。だがな、俺は生きるためにしか殺さない。
お前はその掟を破った。そんな奴に俺を裁く権利はない。俺もお前を裁く権利は無い。
だがな、見ろよ。お前が奪ったその命。それらの因果が回ってきたぜ」
ざわっ、と森全体が揺らいだ。
ポケモンらが、理を破ったものを『裁こう』としているんだ・・・。
だが、それがわかっているのかいないのか、男は騒ぎ立てるだけだった。
「燐・・・・!」
《黙って見てください。あれが真実です。残酷で、むごい、無慈悲な因果です》
ぼくは燐の9本の尻尾に絡め取られ、身動きできずに結末を見ることになる。
見たくないよ!見たくない!燐!!
けど、ぼくの声は燐には届かない。
「森に、喰われろ」
たった、一言。彼のたった一言で、いままで見物に回っていたポケモンらが動き出した。
見物人から『審判者』として。
糸が切れたように男に群がるポケモン。
今度こそ、事態を理解した男は驚愕に目を見開く。
ぼくが見た男はそれが最後だった。
「ぎゃ、ぎゃぎゃああああぁああああぁああああぁあぁああああああぁあぁあああっぁぁぁぁあああっぁあぁあぁぁあぁぁあぁぁあ!!放せ!放せぇええぇえええぇぇぇええぇ!!!!」
長く、耳に残る男の断末魔でポケモンがひるむ様子はない。
手を振るくらいしか抵抗出来ずにポケモンに『喰われていく』男性。
こりこりと身が食(は)まれる音。びりっという音は皮膚が破けた音。
流れる血液と絶叫は止まる所を知らない。
ぽろりと手から落ちた指が群がったポケモンに隠れて消えた。
殺してくれと、そう思っただろう。
生きながらポケモンに喰われる、それがその男の罪の代償だった。
十分も経たないうちに、返り血を浴びたポケモンが男だったものから離れ始める。
あとに残っているのは、骨と、わずかばかりの肉。ヤミカラスがしつこくそれをつつき続ける。
広場の端に寄っていた彼がそっとポケモンの屍の方に歩を進めるのが見えた。
「り、・・・燐・・」
《・・・・・・・・・何ですか?》
救いを求めて燐を呼びかけるのに燐はぼくの方を見ようとしない。
ただ、骨になった男を見つめている。
「燐・・・わからないよ。わからないよ・・・」
《罪の代償です。それほどまでに犯した罪が重いのですよ》
「わからないよ。わかりたくないよ・・・・」
ぼくは燐の毛皮に顔をうずめて首を振った。
ポケモンは、正しい。彼も、きっと正しい。
あの男の人が間違っていた。快楽のために殺すなんて、間違ってる。
うん、そうだよ。わかるんだよ。
わかるよ、けど!
どうして正しいはずなのに、こんなに空(むな)しいんだろう。
どうして正しいはずなのに、誰も正しいと誇らないんだろう。
これが、正しい、と。
『生き残ったものもな、敗者の返り血を浴びるんだ』
ぼくは彼のその言葉の意味を初めて理解した。
生き残ったものが背負う、終わりのない罪の事を。
そんなぼくが思い出すのは、ひとつの神話。
『・・・・・・おまえがつるぎをふるい、なかまをきずつけるなら・・・・・・・』
『わたしたちは、つめときばでおまえのなかまをきずつけよう』
トバリの神話、その1フレーズだった。
2010.3.25 00:14:26 公開
2011.3.29 12:55:53 修正
■ コメント (2)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
10.3.27 01:00 - 森羅 (tokeisou) |
こんばんはです、森羅様。 うっ…痛い。今回の話は私には厳し過ぎます><; 不要な討伐は単なる虐殺ですから男の末路は当然の物なのですが、それでもキツい…こういうリアルな演出は物凄い参考にしたいのですが; 一応彼自身は森に受け入れられてたんですね。燐は外部からのポケだから過敏になってたのかな。 そしてここで神話を持って来るとは流石ですね。ゲームとオリジナルを上手く絡めて物語を展開させる手法は見事としかb 残酷な現実を強いられたケイヤですが、持ち前の明るさで何とか乗り切って欲しいですね^ ^; ではでは乱文失礼しましたっ! 10.3.26 22:19 - 不明(削除済) (lvskira) |
いやぁ、こんなコメントしにくい話にコメントしてくださったはミングさんは神様ですよ!はっきり言って苦笑いでこれ書きましたから;;
・・・さて、気を取り直して・・・。
痛いですね、これ・・・・(書いた本人が何を)ポケモン小説云々という以前の問題に引っかかりそうです^^;ともあれやはり、「生ある」においてこれはどうしても入れる必要があった話だったので、飛ばすわけにも行かず・・・orz次は優しいのでご容赦くださいm(−−)m
男は、ハミングさんのおっしゃるとおり当然といえば当然な末路なのですが、やはりそれ一言では済ますことが出来ないものです。ポケモンによる『裁き』も“生きる目的以外の殺害”となるわけですから、当然のようにポケモンも罪を持ったという話になりますしね。
リアルな描写ですか・・・?ありがとうございます。ですが、ハミングさんの方が何十倍も上手ですよ(と言うか流血描写が、ってどうなんでしょうね・・・・?)
彼自身と森の話は次にも書きますが、現段階だけではとりあえず許容されているようですね。彼は自分でも生きるためにしか殺さない、と言っているように好きでヒトゴロシやってるわけではないですし。燐が敏感になっているのは血の匂いで、彼自身は結果だけ見れば十分すぎるくらいの人殺しですからね・・・血の匂いは半端ないのでしょう。それに反応したと思っていただければと思います。
神話に繋げて行くのはケイヤたちの目的そのものなので、繋がらなかったら逆にマズいです^^;何してんだ!の話になってしまいます。
多分、ケイヤのことですから頑張って乗り切ってくれるでしょう!(他人事)ああ、信じているともs(ヤメロ
それでは、失礼を。