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毒と科学と人間模様
二月
著 : ○
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「やあ、いらっしゃい。さ、遠慮しないで入ってくれたまえ」
雪はもう殆ど溶けて春の色が見え始め、冬の終わりが近いことを告げている。しかしまだ肌寒く、葉月はもう少し暖かくならないものかとぼんやり考えながら先月入手した木の実の資料を整理していると、ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。
葉月が招き入れる言葉を言い終わらぬ内に扉は開き、5歳ほどの少年が急がしそうに研究所に駆け込んできた。それにあわせて揺れる炎を灯した尻尾は、恐らくヒトカゲのものであろう。
「急いでるんだよ、もうすぐ冬が終わっちゃう!」
「…っ、おい!」
入ってくるなり少年は葉月の腕を引っ張り、外へ連れ出そうとする。子供とは言え、あまりに必死なその剣幕に葉月は少し怯んでしまった。
「まずは落ち着こうか、少年。冬が終わるまでの時間に、何故君がそこまで慌てているのか、それを説明する時間くらいは残っているだろう?」
そうやって葉月が少年の頭を撫でるように優しく諭してやると、少年は少し落ち着いたのか息を整えて謝ると、すぐさま説明を始める。
「…急にごめんね、僕もちょっと焦ってたんだ。…僕一人じゃもうどうにもできそうにないから、お姉ちゃんに頼もうと思って。
一ヶ月半くらい前かな。僕は友達の雪苺(ゆきめ)ちゃんと、この研究所のもうちょっと奥で鬼ごっこをしてたんだ。あ、僕も危ないのは知ってたし、お母さんにも森の奥には行かない様に止められてたから、誰にも言わないでね。…でもやっぱりスリルがあった方が楽しいし、ぼうぼうに生えた木が良い障害物になって、そこで遊ぶと凄く白熱するんだよ」
その時期はたしか、半引き籠りのネイティオと共に山に行って、死にそうになっていたなぁと、一ヶ月程前の出来事を懐かしんで口元を緩めつつ少年の話に耳を貸す。
「…話が逸れちゃったね。で、いつものように鬼ごっこをしていたんだけどね、ちょっとしたことから喧嘩になっちゃったんだ。最初は言い合いだけだったんだけど、僕、頭に血が上っちゃってつい、ひのこを使っちゃったんだ…。僕も冷静さを失ってたから技はギリギリのところで外れて地面に当たるだけで済んだんだけど、僕は今やった事が恐ろしくなって、すぐさまその場から逃げ出しちゃってね…。家に帰った後物凄く後悔して、謝ろうと思って雪苺ちゃんを探したんだけど、どこを探しても見つからないんだ…」
未だにその時の雪苺ちゃんの怯えた顔が頭から離れなくてね、と少年は憂いを帯びた表情で静かに話す。葉月はふと昔、似たようなことをして研究所を訪ねてきた子供がいたことを思い出して顔を顰めた。
「雪苺ちゃんは春が来たらここより寒い場所を求めていなくなっちゃうから、今を逃したら次の冬まで会えなくなっちゃう。それまでに何としても謝りたいんだ…。こんなことお母さんにバレたら怒られちゃうから、頼めるのはお姉ちゃんだけなんだよ…」
お願い、雪苺ちゃんを探すのを手伝って、と体を震わせて今にも泣きそうな顔で少年は呟くように言う。葉月は堅い表情のまま、少年に問う。
「…少年、名前は」
「…火奈太(ひなた)」
変な名前でしょ、火奈太はぼやいた。葉月は、あたしはそんなことないと思うよと否定すると、苺に林檎、両方赤い果物でお似合いじゃないか、と笑った。火奈太は目を瞬いて僕の名前に林檎はないよ、と不思議そうにしていた。
「さて、じゃあ季節外れの苺とやらを探しに行こうかねぇ」
葉月はスッと立ち上がるとニヤリと火奈太の顔を覗き込む。火奈太は一瞬呆けた後、ハッと我に返り、探してくれるの?と嬉しそうに顔を輝かせた。
「じゃあ、早く雪苺ちゃんを探しに行こう!早く早く、時間が無いよ!」
「おいおい、少し待っておくれよ。あたしにも準備があるもんでね」
「あぁ、そうだね!…あ、そうだ、お姉ちゃんの名前はなんていうの?」
「葉月っていうのさ」
ベトベトンらしくない名前だろう、葉月が嗤うと僕の名前よりはマシじゃないかな、と火奈太も笑った。
* * * * * *
「その雪苺ちゃんとやらはどこに住んでいるんだい?」
「さぁ、詳しくは知らないんだよね…気付いたらいつも同じ場所で待ち合わせをしてずっと遊んで、日が暮れたらさよならして…」
「気付いたら?」
「うん、気付いたら。僕もなんで雪苺ちゃんと会ったのかちゃんと覚えていないんだよねぇ。…失礼だとは思うけど」
「子供だもんな、仕方がないさ。雪苺もそんなこと気にしないよ」
他愛もない話をしながら、鬼ごっこをしたという場所の周辺を歩き回る。景色は一ヵ月半前とは変らず、特に何か変わったものはない。ここに手掛かりになりそうな物はないだろう。葉月は適当にぐるぐる歩き周り、火奈太もその後ろをぐるぐる歩く。
「やっぱり僕のこと嫌いになっちゃったから、姿を見せてくれないのかなぁ」
そりゃあそうだよなぁ、あんな酷いことをしちゃったんだもんなぁ。少し俯いた火奈太がぽつりと呟いた。葉月は振り向かずに、黙って火奈太の独り言を聞きながら歩く。
「僕のこと、嫌いなままでもいいから、許してくれなくてもいいから、もう一度会って謝りたいな…」
ぽん、と火奈太の頭に優しく手が置かれる。上を見上げると、葉月が絶対見つけてやるから今から謝罪の言葉でも考えておきな、と微笑んだ。雪苺はまだ見つかっていないのに、その言葉ひとつでひどく救われたような気分になった。
しかしその言葉とは裏腹に、どこを探しても雪苺の姿は見当たらない。子供だからそこまで遠くには行かないだろうが、手掛かりが少なさすぎる。そもそもまだこの辺りにいるのだろうか、実はもう寒さを求めて旅立っているのではないか、という考えさえ過ぎった。
まだ2月も下旬、やはりずっと外にいるには少々寒い。そろそろ歩き疲れてきたし、一旦研究所に戻って休憩がてら作戦を取ろうじゃないか、という意見でお互い合致した。
「しっかし見つかんないもんだなぁ…。まだこの辺にはいるんだろう?」
「うん、その筈…。もしかして、出発の日を早めちゃったのかな…」
「そうなるとただの骨折り損になっちまうねぇ」
葉月はコーヒーを、火奈太はココアを飲みながら作戦会議をする。
ほとんど迷宮入りに近い状態だった。一ヶ月半もの間、火奈太は毎日探しまわっていたにも拘らず、雪苺を見つけることはできなかった。人数を二人に増やしたところでいくら闇雲に探しても雪苺を見つけることなど不可能に近いだろう。だからといって、良策も無い。雪苺に関する情報が少なすぎるのだ。家もわからない、家族すらもわからない。友達も火奈太しかいなかったようだ。人に尋ねてみても、有力な情報は何一つ得られなかった。やはりもうここを出発してしまったのだろうか…。
二人して大きな溜息を吐いていると、微かに扉を叩く音が聞こえた。小さな音だったので危うく聞き逃すところだった。どうぞ、入ってくれたまえ、と葉月が音の主に声をかけると、ゆっくりと、少しだけ扉が開いた。少女が必死に扉を押しているが、小さな身体にはその扉は重すぎるのだろう。中々前に進めない。葉月が立ち上がって扉を開けてやると少女はありがとうと礼をしたが、その声は火奈太の驚いたような声によって掻き消されてしまった。
「え、火奈太、今なんて」
葉月は驚いて目を丸くする。火奈太は雪苺ちゃんだよ!と喜びと驚きと怯えと、色々な感情をぐちゃぐちゃに混ぜたような顔をして少女に駆け寄って行く。
「…あれ、火奈太君…何で、ここに」
「それはこっちの台詞だよ!雪苺ちゃん、なんでここに?っていうか今までどこに行ってたの!?」
「ほらほら火奈太、気持ちは分かるが少し落ち着きなさいな。雪苺も困るだろう。…さて、雪苺ちゃん、ここに来たのは何か理由があるんだろう?」
謝ることも忘れて必死に捲し立てる火奈太を制し、葉月は雪苺の前にしゃがんで問いかける。雪苺は少し安心したような表情ををして訳を話す。
「お母さんをね、探してほしいの」
「お母さん?」
雪苺ちゃん、お母さんいないの?と火奈太が訊くと、雪苺はうん、実はそうなんだよね、と眉をハの字にさせて唇に弧を描いた。
「火奈太君と喧嘩して別れた後、暫くずっと一人でぼうっとしてたらふと、お母さんの声が聞こえたの。お母さんの大切なものが無くなっちゃったから困ってるって。…私、今までずっとお母さんは死んじゃってたと思ってたんだけど、声が聞こえたから、会いたくなったの。でも私、明日にはもうここを出発しなきゃだから…」
「じゃあ今までずっとお母さんを探してたのかい?」
「…うん、火奈太君に嫌われちゃったから、遊ぶ相手もいなくなっちゃったし」
そう言うと雪苺は、ちらりと切なそうに火奈太を見やる。火奈太はそんなことない、と言おうとしたのだが、緊張したのか言葉がうまく出ない。ほら、と葉月が火奈太の背中を優しく押し、雪苺の前に立たせる。
「…嫌いになんてなってないよ…ごめんね、雪苺ちゃん。僕、雪苺ちゃんに攻撃して、怖くなって逃げちゃって…。ずっと謝りたくて、雪苺ちゃんを探してたんだ…。本当にごめんね…」
「ひなたくん…」
目に涙を溜めて、鼻声混じりに火奈太は謝る。その様子を見て、雪苺も涙を浮かべる。一ヵ月半ぶりの再会と仲直りに、二人は喚く様にわんわんと泣いた。葉月は邪魔をしない様にこっそりと隣の部屋に移動することにした。
落ち着いたのか、隣の部屋からは楽しそうな子供の笑い声が聞こえてくる。葉月はやっぱり平和が一番だとコーヒーを啜りながら、社長椅子の回転を楽しんでいた。すると部屋のドアが開き、火奈太が楽しそうな顔で飛び込んでくる。
「ちょっと二人で外で遊んでくるねー!」
「おぉ、行ってらっしゃいーもうここより奥には行かない様になー」
「わかってるよー!行こー、雪苺ちゃん!」
「うん、行ってきまーす!」
まるであたしが保護者みたいだなと笑いながらまたコーヒーを啜る。と、同時に思い出した。…まだ完全に今回の問題は解決していない。急いで外に出てみたのだがもう遅かったようだ。二人の姿は見当たらない。
…まぁ、いいか…、雪苺を探している時に母親らしきポケモンはいなかったし、今から探しても見つからないだろう、と考えて二人が遊び疲れ帰ってくるのを待つことにした。
「あー!!お母さん探し忘れてたー!!」
「あ」
雪苺は研究所に戻って来ると思い出したように大声をあげた。ハッとしたように火奈太も声をあげる。
「やあ、おかえり。楽しかったかい」
「どうしようお姉ちゃん、お母さん忘れてた!…もう探す時間なんてないよう…」
葉月が研究所の奥から出て来るなり、雪苺は葉月に抱きついて泣きそうに縋りつく。
「雪苺は冬が来たらここに戻ってくるのかい?」
「…うん、火奈太君とも約束したから…」
「…そうかい、なら次の冬までに雪苺の母親を探しておこうじゃないか。会えるのは随分先になっちまうけど、それでいいだろう?」
絶対に見つけておくから、と雪苺の頭を撫でてやる。雪苺は顔を上げて心配そうに葉月を見ると、絶対約束だよ、と笑った。
「…お姉ちゃん、本当にありがとう」
「ありがとうお姉ちゃん。お母さんを、よろしくね」
「あぁ勿論。またいつでもここへおいで」
仲良さそうに手を繋いで帰って行く二人を見送った後、葉月は机のある作業場へと戻る。
久しぶりに甘いコーヒーが飲みたくなった。あの仲睦まじい二人の影響だろうな、なんて思い出し笑いしながらコーヒーにミルクと砂糖を入れる。久々のブラックじゃないコーヒーの味は少々甘すぎる気がしたが、今の気分にはとてもよく似合っていた。
大切な物が無くなってしまったと嘆く、死んだと思っていた母親の声、ねぇ…。面白そうじゃないか。…あぁ、でも来月には手に入れた木の実の栽培を始めなきゃいけないな、なんて考えながらその珍しい木の実について書かれた資料を眺めた。
この世界は、楽しい出来事が次から次へと沢山起こる。葉月は居ても立っても居られなくなり、早速来月、元い明日の予定を立てることにした。
2011.8.6 19:39:04 公開
2011.8.6 20:52:10 修正
■ コメント (2)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
11.8.28 22:06 - ○ (idkmdjl9) |
こんにちは、守菜です〜! 本編読ませていただきました!!やっぱり本編が神で素晴らしいという直感は当たってたぞぉ!! 火奈太君と雪苺ちゃん、また会えてよかったです!みていて凄くあったまりました! でも雪苺ちゃんのお母さんがいないんですね・・・。心配です。 会える日が来るのかなぁ?わくわくです! 葉月さん頑張ってくださいっっ!! では、失礼しました!次回も楽しみにしています〜!! 11.8.15 12:41 - 不明(削除済) (hato) |
こんにちは!お返事遅くなってしまってすいません…!
いやいや、全然神なんかじゃないですって!
心温まるような物語を目指して書いたので、凄く嬉しいですっ
早くお母さんを見つけてあげたいですね…(他人事
葉月も自分も頑張ります!(笑
コメントありがとうございました!
また読んで下されば嬉しいです〜