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毒と科学と人間模様

著編者 : 

一月

著 : 

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「やあ、いらっしゃい。さ、遠慮しないで入ってくれたまえ」

 まだ大分寒い、雪がしんしんと降る冬の日。少女はビーカーに注いだコーヒーで体を温めていると突然扉をノックする音が部屋に響いた。

 少し間を空けてギィ、と研究所の扉が開いた。おどおどしながら入ってきたのは緑髪の大人しそうな少年。年齢は17くらいといったところか。鍵の掛かった棚に陳列されている薬品や、何に使うのかよくわからないような機械を、物珍しそうにキョロキョロと見回している。

「さて、用件はなんだい?」

 ごちゃごちゃと様々な部品やら何やらで散らかった部屋の中心にある椅子に腰かけていた少女は手に持っていたコーヒーを机に置くと、くるりと椅子を回転させ少年の方に体を向けた。はねまくってボサボサな桃色の髪に金色の瞳、ぶかぶかの真白な白衣を着て大きな丸い眼鏡を掛けて白衣の下はワイシャツ一枚だけ、といった風貌に少年は思わず目を逸らしてしまった。

「…あの、あなたならどんな面倒事でも引き受けてくれるっていう話を聞いて来たんですが…」
「…どんな面倒事でも、ねぇ…。…まぁ、あたしの暇潰しになりそうなことなら尽力を惜しまないよ」

 緊張気味に話を繰り出す少年に対し、飄々と答える少女。少女はそんな少年の様子を察したのか、安心して、落ち着いて話しておくれと笑いかけた。
 少年は少し深呼吸をしてまた話し始める。

「僕はネイティオの心音(ここね)といいます。…まぁ、見ての通り僕は臆病で引込思案な性格で、尚且つこんな女の子みたいな名前ですから、子供の時は虐められていました。…僕のことを虐めていた子は、他の子も虐めていたから別に僕はそれ程気にしていなかったのですがね。
 …数ヶ月程前でしたか、急に僕に謝ってきたんですよ、今までゴメンって。僕はもう虐められたいたことなんて忘れてすらいましたから、それはもう驚きました。気にしないでと言ったのですが彼は頑なに頭を下げて、ただひたすら僕に謝るのです。お詫びがしたい、と。なんだか逆に僕の方が申し訳なくなってきてしまいましてね。なら、お詫びの代わりに僕と友人になってくれ、と僕は頼みました。彼は目を丸くしてそんなことでいいのかと驚いていました。
 …今では僕と彼はすっかり親友なのですが、僕はずっと彼に助けられているままなのです。僕も彼に何かしてあげられないかと、驚かせて、喜ばせてあげられないかと考えました。…僕は話を考えるのが好きです。ですから何か、僕の書いた物語をプレゼントしてあげられないかと思いました。『事実は小説より奇なり』なんて言葉もありますから、実際に冒険をしてみようと考えたのは良いのですが、生憎僕は、今まで家で本を読んで暮らすことしかしていませんでした。今僕が危険な場所に行っても命を落とすだけでしょう…。なので、一緒についてきて、僕を守ってくれる人を探しているのですよ。…どうでしょうか、暇潰しにはなりそうでしょうか?」

 長々とすみません、心音は苦笑しておずおずと少女を見た。少女はふむ、と右手を口に当て一言尋ねる。

「で、その冒険とやらの行き先、目的は決まっているのかい?」
「…あぁ、この森を抜けた先にある山へ行こうかと考えています。とても険しい山なのですが、頂上には大変珍しい木の実が生っているとかで是非この目に収めたいと思ったのです。どうでしょう、きっと薬のいい材料にもなると思いますよ」

 ほう、と少女は感嘆の声を漏らすとそれはもう満面の、楽しそうな笑みを浮かべた。嬉しそうに動いた体が机にぶつかり、ビーカーに入ったコーヒーの水面が揺れる。

「中々面白そうじゃないか。あたしでよけりゃ喜んで付いて行ってやるよ」
「本当ですか!良かった、ありがとうございます!」

 いそいそと出掛ける準備をする少女の様子を眺めながら心音はふと、尋ねる。

「そう言えば、お名前は何ていうんですか?」
「葉月(はづき)、だよ」

 穢いヘドロのベトベトンには似合わない名前だろう、と葉月は嗤って言った。
 心音は少し目を見開いた後、そんなことないですよ、と笑った。

 * * * * * *

 聳え立つ大きな山、その麓に二人は立っていた。周りに生物の気配は無く、しんとしている。当然だろう、雪が降り積もりいつ雪崩が起こってもおかしくないような季節に態々険しい山を登ろうとする物好き、いや命知らずなどいるわけがない。この二人を除いては。
 これから登る山を見上げ感嘆している葉月。ふと隣にいる心音に目をやると、いかにも寒そうにガタガタと震えていた。
 飛行タイプであることと、普段はあまり家から出ない生活をしていると言っていたことを思い出し、持ってきた鞄の中を探る。折角持ってきた薬も使わなければ意味が無い。

「ほら、これ。これを飲めば体が温まるから、雪山で凍え死ぬようなことはなくなる筈さ。凍死して後悔する前に飲んでおきな」

 若干渡すの遅かったな、と葉月は苦笑しながら鞄から取り出した瓶を渡す。蓋に注いだ分だけ飲めば丁度いい筈さ、と付け加えた。
 心音は震えた声でありがとうございますと礼をすると急がしそうに蓋に注いだ液体を飲乾した。うへぇと苦そうに舌を出した心音を見て良薬口に苦しだよ、と笑うと葉月はさっさと山へ向かって歩いて行った。待って下さいよ、と心音がそれを追いかける。



「ここへ来るまでの道のりの中、もう既に僕にとっては見慣れないものばかりで驚きましたよ」
「へぇ、何かあったっけかい?」

 ザクザクと雪の山道をひたすら歩いて行く。雪は研究所のある森より強く降っていた。白い息が更に白く見えた気がした。

「雄叫びをあげるかのような大きなポケモンの声に、切刻まれた大木、…あぁ、一部だけ積もった雪が溶けていた場所もありましたね」
「そんなのこの辺じゃ日常茶飯事さね。あたしらポケモンはそりゃあ凄い能力を持っているんだよ」
「…僕にはそんな凄いことできませんし、僕の周りも平和なポケモンばかりですから」

 遠い目をしながら心音は柔らかく言う。まあ、そうだろうね、と葉月は笑って呟く。

「森の手前の方は整備もされてて平和だけど、あたしの研究所から更に奥へ行くと木も伸び放題だし無法地帯みたいなものだからね。ま、今までのは全部バトルの跡だろうねぇ。変な喧嘩や争いの跡じゃないといいけどね」
「そうですね。やっぱり平和なのが一番です」
「バトルもね、お互い認め合うようなライバルなんかがいると楽しいもんだよ」
「へえ、葉月さんにもいるんですか?」
「昔はいたんだけどねぇ、相性が悪くて逆ギレされちまったよ。じゃあ戦術でどうにかきてみなよ、なんて言ってやったんだけどさ、私はエスパーも地面も使えないもの、なんて怒られてね。それっきり戦おうとしてくれないのさ」
「はは、随分と我儘な方ですね」
「だろ?このままじゃ体が鈍っちまうよ」

 そうぼやく葉月はどこか楽しそうでもあった。きっとその人はいい人なんだろうなぁ、なんてぼんやりと心音は考えた。



 どれくらい歩いただろうか、数時間前まで自分たちが過ごしていた場所はもう随分と低い所にあり、雪の所為で殆ど見えなくなっていた。
 心音は驚いていた。
 もう山の中腹には来ている筈なのだが、自分の疲労と歩いてきた距離が比例しないのだ。前述の通り普段は家から出ず、バトルさえまともにしたことが無いほどに体を動かしたことが無いのだ。本来ならば山の一合目に辿り着けた事すら奇跡と言っても過言ではないくらいだ。しかしとっくに五合目を超えているにも拘らず自分の体はまだ歩けると言っている。

「体、全然疲れないでしょ。体を温める薬にね、疲れを溜めにくくして、一時的に体力を増強させる成分を含んだ木の実を調合しておいたんだよね。それ飲んでなかったら今頃あんたはこの世にいなかったよねぇ、絶対」

 さっすがあたし、えらいでしょー、とへらへらしながら話す葉月を見ながら、心音は素直に感心していた。まさかそこまで考えていたなんて…、同時に改めて自分の無鉄砲さを思い知った。



「崖…ですね」
「崖…だなぁ」

 じっと上を見上げる二人の前に立ち憚るのは大きな崖。薬のおかげもあるとは言え、意外とすんなり進めるものだなんて思ったりもしたがやはり甘かったようだ。他に回避できそうな道は見当たらない。この崖を登らない限り、頂上に辿り着くことは不可能であろう。
 心音がどうしようかとおろおろしているのを尻目に、葉月は鞄から長く丈夫なロープを取り出し自分に結び付けた。ほら、あんたも、と言って葉月は遠慮なく心音の腹に、自分に結んだロープの反対側を結び付ける。

「えっ、あの」
「頂上に行くんだろう?ならこの崖を超えるしかないでしょうが」

 尻込みもせず、堂々という葉月に心音は目を白黒させ慌て、性別を逆転させた方が違和感がないな、と少し自分に落胆した。

「ちゃんと足場を確認してゆっくり捕まって。安全第一だからね」
「はいっ」

 先に葉月が崖を登り、心音もそれに続く。葉月が足場にすべき場所を教えてくれるので、心音は余計なことを考えずに登ることに集中できた。
 しかし、崖は雪の所為で濡れて滑りやすくなっている。十分注意したのだが、うっかり足を滑らせてしまった。あ、と気付いた時にはもう遅い。

「心音!」

 葉月の声が聞こえた。心音の圧力に引っ張られ、葉月も一緒に落ちてくる。心音はあぁ、ここで死んだら誰にも見つけてもらえそうにないなぁ、とかどこか冷静に考えていた。落ちる速度がやけにゆっくりに感じられた。葉月さんには非常に申し訳ないことをしたなぁ、いきなり僕の我儘に付き合わせてしまって、尚且つ僕が足を引っ張って死なせてしまうんだから。そう言えば、子供の頃の夢は売れっ子小説家だったなぁ、まるで走馬灯のようにぼんやり昔を思い出した。…あれ、子供の頃の夢?

 あれま、まさかこんなとこで死ぬとは思いもよらなかったなぁ、そもそもこのくらいで死ねるのかな、痛いまま死ねない、なんてのは勘弁願うなぁ、なんて他人事みたいに葉月は考えた。このまま運命に任せてみるかな、と目を閉じて落下することにした。が、急に引っ張られ浮くような感覚に思わずはっと目を開けた。

 心音が優雅に空を飛んでいる。葉月はそれに引っ張られ宙に浮いている。

「…心音、お前」
「…すいません、そう言えば僕、鳥ポケモンでしたね」

 苦笑しながら謝る心音に、葉月は飛べるならさっさとあたしを乗せて飛んでよ、今までの苦労はなんだったのさ、と悪態を吐く。心音は仕方ないじゃないですか、僕だって今まで飛べたことすらなかったんですから、きっとこの薬のおかげですね、と満面の笑顔で反論した。

「やけに嬉しそうだねぇ」
「僕の子供の頃の夢は有名な小説家になることと、空を自由に飛ぶことだったんですよ」
「あたしのおかげで夢が叶ったじゃないか」
「もうそんな夢、とっくに忘れてましたけどねぇ。あ、もうすぐ頂上じゃないですか?」
「死にそうにはなったけど、随分あっさり着いちゃうもんだねぇ」
「きっとあの大きな崖が最大の難関だったんでしょうね。崖を飛び越えられる鳥もドラゴンもこの雪じゃとてもじゃないけど体力が持たないでしょうし」
「大方あの崖を超えられるのは氷を扱える奴とあたしだけってことさね」

 葉月は得意気に鼻を鳴らして笑った。でも葉月さん僕がいなけりゃ死んでたかもしれないじゃないですか、と心音は意地悪く言ってみたが、そもそもお前が足を踏み外さなきゃ生きてたよ、と一蹴されてしまった。



「ここが、頂上ですか」

 降り立ったその場所はとても広かった。一面の雪景色が広がり、綺麗な場所だった。葉月はこんな綺麗な場所なら住んでもいいかな、なんて考えを頭に過ぎらせてみたがここへ来るまでの環境が悪すぎることを思い出して却下した。いい秘密基地にはなりそうなのに、勿体無いなぁ。
 辺りを見回すと、ぽつりと聳える樹木らしき物が小さく見えた。きっとあれが心音の言っていた珍しい木の実とやらだろう。早く研究して量産して、是非とも薬の材料にしたい。葉月の研究精神が疼き、急いでその木の方向へ駆け出した。今までにはないくらい足取りは軽やかなものであった。
 赤い帯が巻かれた樹木には見たことのない木の実が二つだけ生っていた。葉月は意気揚々と丁寧にそれをもぎ取り、鞄の中へ注意深く仕舞い込んだ。

「木の実、あったみたいですね」
「あぁ、無事ゲットしたよ。これからが楽しみで仕方ないのさ」

 遅れてやってきた心音が心底嬉しそうな葉月を見て安心したように微笑む。木の実を理由に頼み込んだのもあり、もし生っていなかったら、という不安もあったのだろう。そんなことも気にせず、葉月は屈託のない笑みを浮かべてその辺をくるくると回っていた。

 * * * * * *

「本当にありがとうございました!おかげで貴重な体験ができましたよ」

 研究所に戻ると、心音は満足そうに深々と頭を下げた。

「なんだかんだで障害、そんなに無かったけど大丈夫かい?」

 葉月は気にすることはない、と笑みを見せた後、少し心配そうに尋ねる。

「問題無いですよ。寧ろ運動神経ゼロの僕があんな壮大な冒険をして、空まで飛べたことが奇跡みたいなものですから」
「壮大だったかねぇ…」

 まぁ、本人が満足しているのだからそれでいいのだろう。葉月は納得することにした。そんな葉月を見て心音が、それに如何に脚色するかも物書きの仕事ですから、なんて言ってきたものだから、あんたのそれは仕事じゃないだろうと返してやった。

「そうですけど、これから仕事にしてみますよ。まずは彼を喜ばせてあげなくちゃですね。実は僕の体験を基にした話だったんだよ、なんて言ったら驚くだろうなあ」

 楽しみだ、というように心音は笑った。今回の冒険を経験したことで、研究所を訪れた時のあの臆病さはすっかり消えているようだった。それにしても性格、変わりすぎじゃないかねぇ。人は吹っ切れるとここまで変わってしまうものなのか。葉月は心音にバレない様にこっそりと笑った。
 飲みかけのまま忘れて冷めたコーヒーの水面がまた揺れた。

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2011.8.5  02:13:50    公開
2011.8.6  00:55:11    修正


■  コメント (2)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

>坑火石さん
初めまして!

「これ、わざわざポケモン擬人化してやる必要あるの?」なんて言われないように気をつけて書いてるのでそう言ってもらえると凄く嬉しいです!
心音には、運動音痴だけど一瞬でもいいから体を使って役立ってみたい、なんていう自分の幻想を実行して貰いましたが感動して頂けるとは…!逆に自分が感動しています(笑

他にも沢山素敵な作品はあると思うので、是非他の擬人化作品にも手を出してみて下さい!
そしてお勧めをみつけたら是非教えて下s(ry
…冗談はさて置き、コメントありがとうございましたー!

11.8.5  17:41  -    (idkmdjl9)

おはようございます。初めまして。

あまり、というか殆ど擬人化モノを読んだことがなかったのでどんな感じなのかなーと来てみました。
擬人化というと、もうこれポケモンじゃなくて良いじゃん、みたいなものがやっぱり多いのかな……と思っていましたが、どうやらそんなことなかったみたいですねー
ポケモンのタイプの話がところどころ出ていたし、2人が崖から落ちてしまってからの 心音の空を飛ぶ、ああそうだ彼らポケモンじゃんすごい! と、ちょっと感動しましたw

擬人化というだけで読まなかった作品とか結構あったりするので、この作品のおかげで少し思い直せた気がします。
次のお話もお待ちしていますね!

11.8.5  08:37  -  不明(削除済)  (jigux2)

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