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ポケモン昔話〜第二章 ケロマツの王子様〜

著編者 : 絢音

[2]王子、絶望に堕ちる

著 : 絢音

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 部屋を出た僕はまず母上に挨拶をと玉座の間へ向かった。僕が意味もなく部屋に引きこもっていた時でさえ心配してくれた心優しい母上の事だ、きっと酷く心配をかけてしまったに違いない。そう思うと自然と足は速くなった。
 城の中で最大であろう扉の前で僕は立ち止まる。ドアノブに手をかけたもののそれを引くのに時間がかかった。ここまで急いで来たにも関わらず、何と声をかければ良いのか迷ってしまう。普通に「おはようございます」でいいのか、それともきちんと今までの事を詫びるべきか。母上はどのような反応を取るだろう? 驚くだろうか。それとも怒るだろうか?……泣かれると少し面倒だなぁ。そんな事を悶々と考えて扉の前に突っ立ていたが、ふと廊下の向こうから足音が聞こえてきたので僕は慌てて玉座の間へと逃げ込んだ。
 薄く開いた扉の隙間から中に滑り込む。ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、すぐにここは玉座の間なのだと思い出し、背筋をピンと正す。それだけで気持ちがしっかりする気がした。そうして前を見据えるもある違和感に首を傾げてしまった。
「サリド大臣……?」
 僕はその違和感の中心人物である者の名を小声で呼ぶ。しかし静まり返った部屋の中ではやけに大きく響いた。それに驚いた小太りな男は玉座から跳ねるよう飛び降りたが僕の姿を確認すると、なんだお前かとでも言うように顔を安堵と嘲笑に歪めた。
「あぁ、ルーン第一王子じゃないですか。前ディレイア王が亡くなってから久しいですね。こんな所へいらっしゃるなんて、いかがなさいましたか?」
 人を小馬鹿にした話し方が相変わらず癪に障る。口には出さずとも『いつも引きこもってるダメ王子が』と顔から読めてしまう。彼は僕が城の中で一番嫌いな人物だった。
「……母上に顔を見せに参りましたのですが……」
「あー王妃ならお休みになられて居られますよ。王の死に、慣れない仕事が積み重なり精神的に参ってしまったようですねぇ。息子も部屋から出てこな……おっと失礼。まあ、いろいろと問題が山積みですから」
「…………母上の所へ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
 嫌らしい笑みを浮かべてねちっこく嫌味を並べていく大臣と話しているだけ気分が悪くなると判断した僕はさっさと扉に向かう。取手に手をかけた所で先程の光景を思い出し、後ろを睨みつけながら釘を刺しておく。
「そういえばサリド『大臣』、自分のお立場をお忘れなきようお気をつけ下さい。僕は継承権を捨てたつもりはありません。それでは失礼致します」
 流石に「次の王様は僕だ」なんて大逸れた事は言えないし、まだそんな覚悟もできていないので言いたくない。だからといって大臣を調子に乗らせておきたくもなかった。そもそも自分が忠誠を誓ったであろう君主が死んであんな嬉しそうに一人で玉座にふんぞり返る奴があるだろうか。僕は大臣の浅はかさに更に嫌になって返事も待たずに玉座の間を出る。その去り際「引き篭りの餓鬼が」と憎々しげに呟く声は気のせいだった事にした。

 使用人の目を掻い潜り(見つかると「やっと部屋から出てきた」とか何とか言われて寄ってたかられ面倒なのだ)僕は漸く母上の寝室の扉の前に着いた。正確には王と王妃の寝室――だけどもう父上はいない。その事にまた胸が締め付けられたが、いつまでも燻っては居られない。僕はもう前を向こうと決めたのだ。きっと引き結んだ顔を上げて控えめに二回ノックをする……返事がない。おかしいな、いつもならすぐ良く通る声が聞こえるのに。そういえば大臣が王妃はお休みになっていると言っていた。もしかすると寝ているのかもしれない。ここは一旦引き返すべきか?
 そうは思ったがなかなか気持ちが落ち着かない。何故だろう? 普段はこんなに会いたいとは思わないのに。回り回って折角ここまで来たのだから一瞬でもいいから顔を見ておきたい。親と離されたガルーラの子のように、握り締めた拳だけでは押さえつけていられない不安に揺れる心臓を早く鎮めたかった。母上の笑顔さえ見られればすぐにでも治まると何となく分かっていた。だけど何故こんなに不安でたまらないのか――父上が倒れた時と同じような気持ちになるのか分からなかった。ふと僕の頭にある光景が浮かぶ。まさか母上まで――
 何かがフラッシュバックする前に僕は勢い良く扉を開け放っていた。僕の恐ろしく馬鹿な考えを振り払うように。不安に飲み込まれないように。しかしその行動は逆の結果となる。
「母上…………?」
 ベッドに上半身だけ投げ出し、床に座る母上が目に映る。呼びかけに対する返事は聞こえてこない。僕は静かに駆け寄り、その細くなった肩に手を掛けた。触れると更にその細さがありありと伝わってくる。乱暴に扱ってしまえばすぐにでも壊れてしまいそうだ。僕は慎重に母上の肩を持ち上げそのお顔を窺う。そして僕は次の瞬間には先程の考えなど無視して母上の身体を乱暴に揺さぶりながら大声をあげていた。
「母上! 母上! おい、誰か! 誰か来てくれ! 母上が!!!」
 久しぶりの僕の大声にも、激しい揺さぶりにも母上はその瞼を開ける事はなく、ただ――血色の悪い紫色の唇の間から赤い血を流すだけだった。





 あの後、僕の声を聞きつけたメイドが駆けつけ、すぐさま医者を呼んでもらった。医者の話によるとストレスからくる胃潰瘍らしい。普通なら薬だけでも充分回復が見込めるようだが、母上の場合はかなり病状が進行しているようで胃に穴が開いている可能性があるとの事だった。極めつけの医者の一言がこれだ。
「それに加えてこんなに痩せ細って……ろくにお食事をされていなかったのでしょうな。この状態だとこのまま目覚めずに死ぬ可能性も無きにしもあらず、といったところでしょう……覚悟はしておいてください」
 翌日から僕は母上の看病を始めた。と言っても身の周りの世話は全てメイドがやってしまうので、僕はただひたすら母上の生気のない顔を眺めているだけだった。一通りの仕事が終わったのか、メイド達が部屋を退出した時だった。
 ずっと見つめ続けていた母上の顔が少し動いた気がした。思わず体を乗り出すと、母上は薄らと瞼を開いた。僕は驚きと感激のあまり叫んでいた。
「母上!」
「あぁ……私の可愛いルーン……もう外に出て大丈夫なの……?」
「僕の事などどうでもよいのです! 母上のお身体の方が大事です。気分はどうですか?」
 母上は一度目を閉じ深く息を吐いた。それからゆっくりと僕を見た。
「……そうね、そこまで悪くないわ」
 そう言って変わらず血色の悪い顔に弱々しい微笑みを浮かべる。その姿に込み上げてくるものがあり僕は泣きそうになった。そんな僕の顔に母上の優しい手が伸びる。
「泣かないで、ルーン……私は死にません。貴方を残してなんて逝けない。だって私が居なくなってしまえば、貴方は孤立してしまう……! そんな事は絶対にさせないわ」
 こんな時まで僕の心配をしてくれる母上のお気持ちに僕の涙はとうとう溢れ出してしまう。それを優しい手つきで拭ってくれていた母上だったが、あまりにもとめどないので少し呆れたように笑われた。上半身を起こした母上がおいで、と広げた腕の中に恥ずかしさも忘れて飛びつき、暖かい胸に縋りつく。抑えきれない嗚咽をあげる僕の頭を幼子にするように撫でながら、母上は穏やかな口調で、でもきっぱりと言いつけた。
「ルーン王子、貴方は他人の心の機微に敏感ですから、その分人一倍傷つきやすい心の持ち主です。でも、いえ、だからこそ――強くありなさい。母はいつでも貴方の味方です」




 あれから母上は再び昏睡状態に陥ってしまった。医者には匙を投げられ、今夜がヤマですとまで言われてしまった。城中の者達がてんやわんやしている中、母上の部屋だけは不気味な程に静けさが支配していた。僕に対する配慮なのか、それとも単にこの非常に重苦しい空間に居たくないだけなのか、そこにいるのは母上と僕とルーディだけ。僕は蝋人形のようになった母上にぼそりぼそりと話しかけた。
「母上……どうか目を覚ましてください。僕を一人にしないって言ってくれましたよね? 嘘は駄目って散々言ってらしたじゃないですか。このままじゃ母上はウソッキーになっちゃいますよ、なんて……何か、何か答えてくださいよ、母上……!」
 ぽたりと、母上の眠るベッドのシーツに小さな染みができる。それをきっかけに堰をきったように流れ始めた涙を止める術を僕は持っていなかった。留めていられない心の叫びが口から次々と漏れ出てくる。
「母上、僕を独りにしないで。嫌だ、居なくなっちゃ嫌です。父上も母上も居なくなったら僕はどう生きればいいんですか。どうして僕だけ置いてっちゃうんですか……お願いです、置いて逝かないで……!」

 どれだけ悲しくても涙は枯れる。けど涙は枯れても悲しみは消えない。泣き疲れても悲しみの波は押し寄せるばかりで引きはしない。

 どれほどの時間が経ったのか。外はすっかり陽が沈み闇に覆われている。けどそんな事も今はどうでもいい。なんだかとても疲れていた。全てがどうにもならなくて、それならもう何もかもどうでもよくなってきた。意識を手放そうと目を閉じた時、ふと足に冷たい感覚を覚えた。泣き腫れて半分しか開かなくなった重たい瞼を持ち上げると心配そうに僕を見上げるケロマツがいた。ルーディ、とその名を呼んでみるけど喉も枯れて声にならない。でも僕はそんな事もどうでもよくてだらだらと掠れた声で言葉を紡ぐ。
「なんかもう……何もかもどうでもよくなっちゃった。僕だけ残ったって仕方ない。寧ろ邪魔でしかないだろうな。何も出来ない引き篭もりの王子なんて。僕が居ても居なくても国政はサリド大臣あたりが上手くやってくれるだろうし。僕なんかもう――死んでも構わないよね。
 ルーディ、君も僕なんかといないで自由になっていい。君にはそうなれる力があるんだから。君は僕みたいに縛られる必要はないんだ……君が羨ましいよ。僕も君と同じポケモンだったらこんなに苦しまなくて済んだのかな……」

 思った事を取り留めもなく喋り続けていた僕だったけど、そのうちいつの間にか寝てしまっていた。そんな僕はルーディが夜中こっそりと城から抜け出していた事なんて知る由もなかった。

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2015.9.1  16:34:03    公開


■  コメント (6)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

≫泡雪様
コメント返しが遅くなってしまい、大変申し訳ありません。お久しぶりです。企画『百恋一首』ではお世話になりました。
と、まず始めにお友達申請がありましたので…こんな奴で良ければぜひよろしくお願いします。デビュー当時から人気の泡雪様とお友達になれるとは嬉しい限りです。私の事はあやちゃんとかお好きなように呼んで下さいね(^^)

前作も読んでくれているのですか、それは嬉しいです!前作、と言ってもそこまで関連性があるわけではないので無理して読み進める必要はないですからね(^ω^;)
今作は最初から、というよりは最初が、とてもシリアスで始まってしまったのでこれからどうなるのか書いてる自分が一番不安だったり…(笑)姫様が出れば多少明るくなるのではないかなぁと期待してます。
お母様に関しては今のところグレーですね。まあそれものちのち回収していければなぁ…。
ルーディが城を飛び出した事で漸くこのお話が動き出すと言っても過言ではないですね!主人公の親殺しといてなんですが…。
コメントありがとうございました!励みになります。これからもスローペースではありますが、頑張って更新していくのでよろしくお願いします!それでは(*゚▽゚)ノ

P.S.泡雪さんの小説にもいずれ遊びに行きたいと思います!

15.9.28  10:33  -  絢音  (absoul)

絢音さん、お久しぶりです。元雪音の泡雪です^^*

前作の「鳩の恩返し」の方は全話読めていないのですが、こちらのコメントに勝手ながらお邪魔させていただきます!

最初から絶望のどん底と言った雰囲気ですが……王子は辛いでしょうね。いつも身近にいるはずの両親が一気に亡くなって(母親の方は亡くなったのかは不明ですが)しまったのですから……。
最後にルーディが城から抜け出していってしまいましたが、これからますます波乱な出来事が起こる事を予想しています。王子の心が安まるのはいつの日なのでしょう…。


そして最後に、よければ私とお友達になっていただけないでしょうか? 絢音さんは素晴らしい文章力をお持ちの方ですので、私などでは釣り合いませんが……。よければご検討ください^^*

それではVV*

15.9.17  20:19  -  不明(削除済)  (yukine)

>>せーくん
コメントありがとう!こっちでは初めてだね。こっちも読んでくれてありがとう。
そしてそんな言われるほどすごい文章ではないですよ…なんか恥ずかしいじゃないですか(笑)でも毎回そうやって褒めてもらえて嬉しいです。
ルーン君に同情してくれてありがとうございます。もうとりあえずルーン君が死にそうなくらい辛い心境さえ伝わればこの話は役目を果たしてます。
心の支えだった父上を亡くし、更には母上まで居なくなってしまいそうで少し自暴自棄になってます。彼にはまだルーディがいるのにそれさえも突き放して、自ら孤独を選んでるのもあるのかもしれませんね。
そしてせーくんの推察が鋭すぎてどうしよう。とりあえずルーディに関してはノーコメントで(笑)次回に期待!
応援ありがとう!頑張ります。せーくんも更新頑張ってね!実は最近隠れて読み始めたから(笑)それじゃあまた(*゚▽゚)ノシ

15.9.2  01:17  -  絢音  (absoul)

>>夢猫ちゃん
いつもコメントありがとう!なんかこうして話すの久しぶりな気がするな。
お母様はとりあえずまだ危篤状態だね。明日の状態次第ってところですが…。
いやー、私的になんだかいつもより上手く書けないけどスランプ克服には書くしかないから、と無理矢理書いちゃった感があって読みにくいかなぁと思ってたんだけど、ちゃんと伝えたい事伝わってるなら大丈夫なのかな…?
てか、いつもそんなハイクオリティーじゃないですよ(笑)でも心配してくれてありがとうね(⌒▽⌒)
この話ではルーンが城で見下され孤立していく印象を強く与えたかったから、結構極端な表現が多いかも。始まって早々悲しい場面ばかりで書いてるこっちも憂鬱になっちゃうよ(笑)シリアスの方が得意ではあるけど「死」を扱うとやっぱり重いなぁ…。
ルーディのこの行動にはとても重要な意味があるんだな!ある意味これからが本編の始まりって言っても過言ではないね。原作知らないでも楽しめる?それなら良かった。まあ原作ぶち壊し過ぎて知ってても分かんないと思うよ(^^;でもそれも小説の楽しみの一つだよね!
夢猫ちゃんもスランプですか!?いやーほんと、なんか書けないって辛いよね(´・ω・`)そういう時は無理して書いてもいいのできないからね、休憩も大事だよ。とか言う私は無理矢理書きまくってんだが(笑)応援ありがと〜私も夢猫ちゃんのこと応援してるよ!
これからは少しは更新速度上がるかもなので、よろしくです!それじゃあ(*゚▽゚)ノシ

15.9.2  01:08  -  絢音  (absoul)

こんにちは、せせらぎです!(*゚▽゚)ノ
いつもどおりすごい文章ですね...!

ああ、ルーン君がおそろしくかわいそう...
ひとりぼっちになってしまったのかぁ...

もしやルーディは、ルーンの言った事を
叶える為に魔女のところへ行ったのかな?
するとルーンは目が覚めるとケロマツに…

では、続きを心待ちにしてるよ(*゚▽゚)ノ

15.9.1  18:44  -  せせらぎ  (Seseragi)

 絢ちゃん、久しぶりの更新おつです!むにゃです!
 王子、可哀そうに…。お父様に次いでお母様まで亡くしてしまうなんて…。って、お母様は亡くなられたという解釈で合ってるのかどうかいまいち不安なんだけどね(笑)
 スランプ気味だっていうのでちょっと心配してたけど、いつも通りのハイクオリティーの文章に勝手に安心してるむにゃでしたー。
 王子、やっぱり引きこもってただけになかなか威厳がないですなぁ。大臣はおろか使用人にまで「ダメ王子」のレッテルを張られる始末…。てか大臣「餓鬼」呼ばわりはやめましょうね!?w
 王子の心のぼろぼろさがよく伝わってくる、またまた悲しいストーリーだったね。うーん、お城の中では唯一の味方だった母上も亡くなって、本当に心の拠り所が無くなってしまったんだね。
 そんな中、突然自由を渡されたケロマツことルーディだけど、まさか王子を見捨ててお城を出ちゃったんじゃないよね!?原作をほぼ知らないので(でもそういう楽しみ方もありだったり…?w)、まったく先が読めません!だから地味〜にはらはらしてるw
 これからルーディは、そして王子は一体どういう物語を紡いで行くのかな?スランプって辛いけど(私もそんな状態じゃぁ)、お互い頑張って行きましょ〜!(何を偉そうに
 でわ☆

15.9.1  17:38  -  不明(削除済)  (YK1122)

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