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POKELOMANIA

著編者 : 水雲(もつく)

乱数畑のパラレルワールドより

著 : 水雲(もつく)

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 リセットされる。
 再起動される。


   *


 誰?

 何者かの気配が付近にあるのを感じて、私の休眠プロセスが中断された。サブシステムが自動的にメインプログラムを立ち上げ、いくつかのセンサーを「SUSPENDED」から「ACTIVATED」に即切り替える。複数の感覚が一挙に解放された途端、湿度の高いじっとりとした風をその身で体感した。繋ぎ目は自然だが音質は(私にとってはバレバレなのだ)適当に録音されているキャモメの鳴き声が今も遠くで続いていた。
 5万平方メートルにも満たない、小さな島。通常のとは別、特殊なポケリゾートとして設計され、「私」が搭載された、一種のポケモン保護施設。
 私は寝ぼけた意識のまま赤外線レーザーへと電気を通した。対物単眼レンズを最狭かつ最小レンジに焦点を絞り、いったい誰だろうと一秒単位で解像度を仕上げていく。

 おや。
 それらは大げさに済んだ。
 すぐそばに、ちっぽけな熱源があった。
 その子は私の寝ている間に、どうやら懐にまでせまっていたようだ。
 それに、まだ起きていた。
 私のよく知っている子だった。
 プロファイルデータを引っ張り出すまでもない。だから、体重が7.45キログラム、体長が0.365メートルだということを知っているし、標準よりも若干下回ったその数値が劣等感であることも知っているし、可愛らしい外見の自分の性別がメスじゃないことを気にしていることも当然知っている。母であるアシレーヌの子守歌が大好きだったことも知っているし、三日前に縄張りを荒らしにきたオニスズメと大喧嘩したことも知っているし、好きなポケマメの味がどんなのかも知っていた。

 でも、なぜ今、ここにいるのかは知らなかった。
 アローラ図鑑ナンバー007。つけられた種族名がアシマリで、親がまだいないからニックネームが存在しない。よって、私からの呼び名もアシマリのままだ。
 ポケモンの声はどんな種族であれ、128パターンを越えることはないと最近判明されたらしい。そのそれぞれの感情と状況からの発声加減を研究し通し、私には通じるよう、また、応対できるように自然言語会話のプロト回路が実験的に搭載されていた。
『アシマリ? どうしたのですか?』
 アシマリは答えない。

 余計なほど多機能にされたとはいえ、それでも誰かのこころまでは解析できない。すでに数多のブラックボックスを所有する私よりも、それはずっと不可解で不思議なものだと思う。質問の背後で、私はもうちょっとアシマリについての容態を探ろうとして、ふと気づいた。私のふもとにはいくつかのきのみがあって、アシマリ自身には真新しい生傷がいくつかこさえられてあった。同じくここでしばらくを過ごす羽目になったニャビーかモクローに、おまえはいくじのないやつだとまた引っかかれでもしたのかと勝手に考える。
 先ほどまで寝っこけていた私が起動したとアシマリは目で認めるも、やはり何も答えない。
 不思議だった。これまで三十日間付き合ってきたが、こういう夜は初めてだ。私から数百メートル離れた位置がこの子の寝床だと決まっていたはずで、そもそも私にはそれほど好意を示してくれなかった。私の「目の良さ」を、また私の「小言」をとことん嫌って、ずっと遠くで普段は過ごしていただけに、このような事態に私はどうすればいいのかしばし困惑した。

 三十日。
 あ。と思う。
 まさか。と思う。

 しかし、私からそのことをずばり訊き出すのはなんだか図々しい気がして、具体的なことはとぼけつつ、アシマリからの返答を待つこととした。
『私に用があって来たんですよね。あなたのことです、何もなく自分からここへは訪れないはずです。ましてや今、いいですか、教えちゃいますよ、夜中の11時14分なんです。よい子は寝てなきゃいけないんです。こんな時間にまで起きていたらアレです、いつまでたっても大きくなれません。ゲンガーとかスリーパーとかがここまでやってきて、夜更かしする悪ーい子を、どこか遠くへ連れ去っちゃうんです』
 さすがに脅し文句が過ぎたと思うが、それまでずっと口をつぐんで沈んだ表情をしていたアシマリが、少しだけ驚き、周囲を伺った。
『ええ、本当の話ですとも。ですが大丈夫です、実は私、ちょっとした防衛機構も持ち合わせておりまして。わかります? 地下のアクチュエータドライブをフル稼働させて、侵入者が嫌う「におい」を外壁のようにばらまくことだって可能なんです。海の向こうからバンギラスがやってこようと、五秒で海の藻屑にしちゃいますよ。人間が用意した、適度に必要な分だけの縄張り荒らしだけをうまく』

 いけない。
 これは禁則事項だった。
 三十日目、最後の日。最後の夜。この真実だけはその日でも絶対明かさずに、送り出さねばならない。

『ええっと、ですから。何もないのでしたら、早く戻って寝たほうがお利口でしょう。やっとの思いで築いた自分の城。私になんかかまっている時間なんてないはずです。明日はいよいよ巣立ちの日です。しっかり寝て、元気よく朝を迎えなくてはならないんです』
「やだよぅ」
 小さな身をよじらせ、ついにアシマリが口を開いた。その声には、若干の震えが含まれていた。
「ぼくには無理だよ。絶対、できっこないよ」
 私は返答に困ってしまった。
 同時に、私に添えられたこのきのみの意味がわかってしまった。
『やはり、人間に会うのが怖いですか』
 うつむいていたアシマリは、その二つの目をもって、私のレンズをじっと見返してくる。
「当たり前じゃないか。XELHAは色々と人間について教えてくれたけど、それだけで完全にわかるはずがないよ。どうしたらいいんだよ」
 どうしたらいいのか。
 そう簡単な話でもないのだろう。
 うまれたばかりのこのアシマリは、人間のことをよく知らずに、ここまで育った。ポケモンスクールの座学成績をトップでおさめたトレーナーへ内定がすでに通達されてある。が、向こうも向こうで、正式にポケモンを所持したことはないらしく、この子が一匹目となる。せっかくの御三家を粗末にしてしまわないよう、今まで以上の缶詰同様の猛勉強に励んでいると途中報告を受けている。

 それでも、私はこの期に及んでも、一定のわかりきった言葉で返すしかなかった。
『あなたができることを精一杯するまでです。あなたなりの形で気持ちを表し、人とともにありなさい。互いを尊重しあい、自身を誇りに思うのです。あなたは選ばれた「御三家」の一匹なのですから』
 ちぇ、とアシマリは小さくつぶやく。
「XELHAはポケモンじゃないからそうやって好きに言えるんだ」
 機械だから、とは表現しない部分に、アシマリのささやかな気遣いを私は思う。そこにこの子の優しさが十分に出ているとも感じる。

 アローラ地方の南部に建設された人工島。ポケモンを人の手で造っていたという話題も結構有名となったのだが、それももう五年ほど前の話だ。カントーの某企業が開発していたのとはまるで違う、非常に有機的で画期的なものであったらしい。アローラで勃発したとある騒動もその人工島が一枚噛んでいるのだが、それもうまく燃料の一因となった。長い時間をかけていざこざが精算されたのち、落ち着いて考えてみればと、人工ポケモンに関するプログラムの有効性が一部の識者に注目された。地方問わずして有志が集い、開発データの一部を再利用し、発明されたのが私だ。
 そして私は、このアシマリたちが仮住まいしている特殊なポケリゾートの、本当の原住民。天から刺さってきた墓石がごとく、黒くて分厚い板っきれとして地表からひょっこりと顔を出しているが、その実は地下に何万もの神経ケーブルとセンサーを張り巡らして、島全体を死角なしに監視している管理システムなのだった。有り体に言えば、私という鉄の塊が砂をかぶって草木をぶっさし、島のように見せているのだ。顔を出している部分は、浜辺と海と空の様子がよく察せる、比較的なだらかでポケモンでも通いやすい場所にあった。
 ドリルでも用いたのかと思われるくらい遺伝子に改造を施し、培養液の中で反応、増殖させ、その特定の菌糸類が複雑に組み合わされて形成された一種の神経集合体。DNAの塩基配列データは市販のハードディスクを一瞬でパンクさせられるほどには膨大で、人工衛星の一機を軽く造れるくらいには金がかかったそうだ。案の定、外見までは予算が追いつかず、有機的な知能からは億光年ほどかけ離れた無骨な格好に仕上がった。書類を届けにと工廠で試作型を見た事務員が開口一番、「なんだか猿の惑星を思い出しました」と言ったのはかなり有名だ。よって、整備士たちには「モノリス」という、開発陣からすれば侮辱と畏敬の宙ぶらりんをゆく実に微妙なあだ名で通っている。アローラに限らず国際的な条項までいくつか修正され、私はコンピュータではなく「生物」として、電子的にもこの世にあることを正式に許されることとなった。正式なパーソナルアドレスは「system.other.nn.XELHA.rn.proto」。この通り思考でき、インターフェースさえマウントすればポケモンとだって会話ができる。感覚や感情がある。記憶ができる。寝たり起きたりする。物忘れもすれば、勘を働かせることもして、贔屓もごまかしもする。ひょっとしたら、私以外の者が新たに開発、量産されたとき、個体差があって、別の性格として誕生するかもしれない。

 それもこれもすべて、「御三家たちをトレーナーへお送りするため」、だった。
 野生のポケモンはまあそれなりの形で弱肉強食の世界を生きている。人間の知らない、裏の世界でいくつもの闘争を繰り返して、今日まで成し遂げてきたはずだ。草むらから飛び出せるくらい元気なのは、その生き残りだからと言ってもいいだろう。

 ところが、この子たちはそうはいかない。
 アローラ地方のポケモンリーグ、初代チャンピオン。若冠11歳の天才だと私は聞いているが、そのトレーナーのパートナーだったポケモンのルーツが、この子にあたる。あの歴史的な一日以来、アローラ地方は以前にも増して活気に溢れるようになり、もはや沸騰しそうなほどとなった。チャンピオンの子供の後を追うようにして島巡りの少年少女が内部外部からミツハニーの巣をつついたように湧いて現れた。思い思いのポケモンをそばにおき、自分たちの足で冒険すること、様々な事を自分で決めなくてはいけないこと、出会いと別れを知ること、時には挫折も味わなければならないことと、稚拙な文章ながらも千日かかっても読み切れそうにない多くのレポートが記録された。

 それ自体は大変結構なことだと私も思う。
 だが、中にはポケモンを手にしたことのない子も、当然ながらいることだろう。どのようなポケモンから第一歩を踏み出せばいいのか、同じく一緒に第一歩を踏み出したらいいのか、生まれてからたった三千日とちょっとばかしの人間の子供が一発で決められるはずもない。そこで、初代チャンピオンが最初の一匹を選んだ前例にならった。バリバリの叩き上げである初代チャンピオンやその友人の所持していたポケモンの、その子供を、そのまま次の世代の少年少女へと託す。ある程度の個体差はあれど、あの伝説的なポケモンたちの遺伝子を引き継いだ、由緒ある血統種なのだ。これから島巡りを楽しもうと胸に夢と希望を膨らませている少年少女たちの助けと、間違いなくなってくれるはずだ。
 だが、そう明るい話が続くばかりではない。モクロー、ニャビー、そしてアシマリ。この御三家たちはそもそもの生息数が少なく、非常に稀少な存在として通っている。育ち方はともかく、育て方も完全には解明されきっていない。誕生して間もなく「初心者」の手に渡ったら、その先に待ちかまえている運命がいかがなものなのか、想像に難くない。
 だから、「私」が「ここ」に「いる」。ただでさえ少ない種族のため、初期段階の育成にはこの上ないほどの慎重さを要した。人間でもなく、そしてポケモンでもない私が預かり、このアシマリを含めた御三家をここで一定期間だけ放し飼いにさせる。ポケモンの親元から離れさせ、この子たちをこの環境下で一時的に野生に戻し、自力で生きる術、戦う術、思考能力、判断力、免疫力、自立心を再度養うのだった。それは人間の飼育員であってもならず、そちら側へ深く取り入りすぎて、本来のトレーナーになじまずに断念したという前例が過去にいくつもあったらしい。あたたかいこころが裏目に出るのも、皮肉な話だ。

 その点に関して私は気楽なものだった。そもそも自分では好き勝手に動けないし、ただ親の代わりに監視して、言葉を駆使してしつけを繰り返し、御三家の成長を促進させるだけ。メイデイを飛ばすことも可能なため、緊急時には人間が駆けつけてくれる。この通り目に見えるのはただの黒い板っきれだから、いきすぎた親近感も抱かれない。ポケリゾートは決して飢えに困らないくらいの食料があり、どこでどう暮らすかもそれぞれが自由に決めていい。時々はここを荒らしに来るオニスズメなどと戦って、野戦の方法と自衛手段を身につける。判断し、行動する。ある程度のストレス下で刺激させ、両方の能力を作り上げていく。期間は三十日。短すぎては意味がないし、長すぎても同じ。あくまでもワンクッションの意味を込めて、私はここにおり、そしてここがある。
 例によって、この子たちも寝ている間にいきなり連れてこられたものなのだから、当初はひどい騒ぎだった。野生ポケモンを眼中におかず、御三家同士で三日に一度は喧嘩していた。しかしそこは私も覚悟していたことだ。事情と状況と両親と目的と目標と今後についてのことを細かく噛み砕いて、説得し通した。特に人間について語ることが多かった。足が四つ、指二十。親ポケモンのトレーナーのこともおぼろげなときに連れてきたのだから、中々の箱入りだ。「ニンゲン」とはどういう生き物でどういう存在なのかを、「人間側視点」で代わりに教え、想像力に委ねさせる必要があった。
 迎えも助けも来ないと諦められた一時は少々私も怖くなったが、出来る限りの助言はした。自由に過ごしていいというのが逆説的な束縛となってしまわないよう、きのみのとり方や戦い方も、きっかけ作りはサポートした。

「XELHAは、ぼくたちと別れてもなんとも思わないの?」
 ないと言えば嘘になる。
『別れをいちいち惜しんでいては、私のこころがもちませんよ』
「それは、前向きな言葉として受け取ってもいいのかな」
『ええ、もちろんです。私が嘘をついたことがありますか?』
「――ない」
『ほらご覧なさい』
「いっつもそうだ、ぼくが口げんかへたくそなこと知って、正論ばっかり言うんだ」
『そうひねくれないでください。私もプログラム上、間違ったことを教えるわけにはいかないんですよ。信じてください』
「じゃあ、訊いてもいい?」
『なんですか』
「ぼく、うまくやっていけるかな? 本当に、人間に好きになってもらえるかな」
 何を言うかと思えば。
 受け取ってくれるトレーナーに気に入ってもらいたいと、陰で必死に水のバルーンの練習をしていたことを、私が知らないとでも思っているのだろうか。今になって私のもとに泣きついてきたのも、不安という感情の裏返しなのだろう。
『あなたほど好かれたいと頑張ってきた子、私は他に知りませんよ。大丈夫です、くどいようですが自信を持ってください』
「信じてもいいの?」
『私の予言は百発百中です』
 そうだ、と私は閃いた。
『いいタイミングです。とっておきを教えましょう。アシマリ、空を見てください』
「? なにもないけど」
 私はその間、裏で演算素子を総動員した。VR機構の計算を必死にほどこし、夜空の雲に緊急撤退を命じる。あまり乱雑にしすぎるとメモリがブレイクしてノイズが生じうるから、精密な操作が必要となる。そして、乱数の海からひとつの演出を15秒間だけ、なんとか編み出した。それ以上はさすがに無理だった。
『ほら、来ますよ』
「だからなにが――」
 その続きは打ち消され、アシマリは声も息も瞬きも忘れた。

 広大すぎてアシマリの目では収まりきらないだろう夜空。その遙か彼方にて、エレメントを組んだ航空機のような流れ星が数本と現れた。細長い光の軌跡が超高速で空を一直線に斬り、アシマリの双眸にも対照的な形をもって刻みこまれる。
 数瞬後、花火工場が火事にあったのかと思えるほど、星々が音もなく燦然と輝いた。アシマリの青い体は、私の黒い体は真っ昼間のような明るさに包まれた。そして間もなく、先ほどよりも深い闇が周囲からゆっくりと戻ってきた。
『ほら、来たでしょう? 私にかかれば、空で何が起きるかなんてことも予測できちゃうのです』
「すごい!」
 アシマリは手放しに大喜びし、器用に尻尾だけで立って、ぴょんぴょんと跳ね回った。
「じゃあ、じゃあ! XELHAの言うこと、信じてもいいんだね!」
『はい』
 子供だましだったかなと思ったが、予想以上の反応に、私の回路がちくりと痛んだ。
「XELHA」
『?』
「今日まで、いろいろとありがとう。ここに来た理由、忘れてた。ぼく、お礼が言いたかったんだ」
『――いよいよですからね』
「最初にここへ連れてこられた時、ぼく、すごく不安だった。起きたらお父さんもお母さんもいなくて、何をどうしたら良いのかわからなくて、モクローとニャビーしかいなくて、XELHAがそこにいて。XELHAはXELHAなりに、ぼくらのことを思ってあれこれ言ってくれたんだよね。それなのにぼくらは泣きわめいたり怒ったりするばかりで、XELHAのことも色々悪く言っちゃったよね」
『――そうでしたっけ』
 私はあえてとぼけてみせる。
 アシマリの顔に、じわ、と笑みが浮かぶ。
「やってみる。モクローとニャビーに負けないくらい、あっちこっちを冒険する」
『ええ、その意気です。なんでしょう、アシマリがとても頼もしく見えてきました』
 笑顔を作れるほど気持ちが和らぎ、緊張がやっと抜けたらしい。抑揚の欠けた小さな鳴き声で、アシマリがあくびを漏らした。

 ここだ。
 ここで振り切るべきだと、私は瞬間的に決意した。
『さあ、夜更かしも十分でしょう。早く寝なさい。起きたら、別の世界が笑顔であなたを待っていますよ。ああそうそう、みっともないですから、その傷もきちんと治しておくこと。それと、もうここには来ないこと。いいですか、決して振り返らないこと』
 そう言わねばならなかった。
 私はただの代理親なのだから。

 言いつけ通り、振り返らないアシマリが寝床へ戻ったのを、別の箇所に搭載したセンサーで確認して、やっと安心した。
 私はレンズを下側へシフトし、置いていってくれたきのみを見つめる。食べられないとわかっていても気持ちの表現として持ってきてくれる、その優しさ。
 私の教育は間違っていなかった。今度の御三家も、素晴らしいポケモンとして偉大な一歩を踏み出してくれるに違いない。
 それが嬉しいと同時に、とてもつらい。
 回路へ押し込めでずっと我慢していた感情が、ぼろぼろと崩れていった。

 先ほど説明していた話を蒸し返そう。
 私も一種の生き物であって、機械ではない。
 だから、真実を隠すこと、嘘をつくことができる。

 あなたができることを精一杯するまでです、か。
 我ながらひどすぎる言葉だ。ここまでですでに精一杯だったじゃないか。なのに、なのにまだこれ以上、何かを精一杯しろだと。ふざけんなよ。小さい、小さすぎる。なんて小さいんだ。あんな小さな子が、大好きだった、それまで絶対ずっと一緒だと信じてやまなかった親ポケモンからいきなり離されて、別の、同じく小さな人間の子供とこれから一緒に過ごさなくてはならないのか。変だろ、理不尽だろ、誰がどう考えたって絶対におかしいだろ。保護とか屁理屈だろ。生態系なんて人間から見た一方的な都合だろ。幼子がポケモンの親と一緒にいることと、トレーナーのパートナーとして過ごすことの、どっちを優先すべきかなんて、天秤にかけるまでもねえだろ。どうしてあんな子たちが、突然こんな場所に落っことされて、
 血も涙もなく自力であれこれ考えさせられて、
 数匹だけで寂しく朝昼晩を過ごして、
 やっとの思いでつかみとれた食べ物をわけあって、
 人間に好かれるための必死で練習をして、
 私なんかのために傷だらけになって、きのみをとってこなくてはならないのか。

 でも、この痛切な気持ちを誰かへ提言するわけにはいかなかった。言い尽くせないほどの思いのことごとくが、言葉にならなかった。
 私も、その人間たちによって作り出された生命だったから。
 この構想に対して疑問を持つことは、自分自身の概念を根本から覆す凶悪な矛盾だったから。

 白状してしまいたい。
 アシマリ。
 ここは、本当はポケリゾートなどではないのです。
 夜空いっぱいに輝く星も、月の光も、潮風も、塩水も、草花も、岩も、すべて、人間と私の手で用意されたものなのです。環境と演出のために、たくさんのティップとデザインを凝らして造形されたものなのです。解像度はあなたたちの目でごまかしきれる程度にしかありませんし、これまでずっと複雑そうに動いていた雲ですら、わずか全32種のフラクタルパターンからできています。アローラ地方の南部にある人工島の、施設の一部。人工島の中の人工島。それがここの真の姿なのです。
 うまれたばかりのあなたたち御三家を、まさか本当のポケリゾートに移すはずがありません。親のいない幼子では生存が難しすぎるとわかりきっていたから。だから人間は「大切にしたい」という愛情よりも、「失敗したくない」という恐怖から、こんな膨大な仮想世界を、できるだけでも天然に近づけて仕立て上げました。天候を映像と水で化粧し、きのみを実らせ、時々は野生のポケモンを放ち、その他多くの案を再現し、無理矢理にでも自立心をせき立てました。

 ですが、そのことを告白するわけには、最後までいきませんでした。頑張れとも、戦えとも、そして、つらくなったら逃げてもいいとも言えませんでした。なぜなら私もまた、この保護計画に荷担した、共犯者であるからです。あなたを、ここより遙かに生き応えがあって大変な、「人間のいる世界」へ送り出すことに手を貸した一員であるからです。あなたたちが憎むべきなのは運命ではなく、ポケモンの親よりも人間の親と一緒にあるよう仕組んだ我々であるということも十分承知しています。私は、あなたたちを送り出す翌日、私は教育カリキュラムの、最後の一手をとります。次なる御三家たちのため、プログラム更新ですべての記憶が消去されます。過去の子らに情を移して引きずってはならないがために。あらゆる御三家を平等に扱わねばならないために。あなたたちとの別れが名残惜しい反面で、記憶の消去をこころ待ちにしている自分がやはりいるのです。真実をひた隠しにしたまま生き続けると、きっと私はいつかは発狂するでしょうから。残酷だと思いつつも何匹ものポケモンを親からトレーナーへ送り出すことで、いつかは正気が壊れるでしょうから。それは、私を設計した人間たちが残した、最後の良心であるのかもしれません。

 卑怯者だと自分でも思います。ですが許してください。
 私はただの代理親なのだと、ずっと自分自身に言い聞かせ続けねばならないのです。
 私は、あなたたちの親にはなれないのです。
 あなたたちは、私の子にはなれないのです。

 ですが、私は、あなたたちと過ごせたこの三十日間、本当に楽しかったと今でも思っております。作り物の世界、嘘八百で塗り固めておきながら都合がいいかもしれませんが、この気持ちだけは何事にも代えがたい、たったひとつの真です。人間も、ポケモンも、私も、電気信号による活動という点ではどこにも違いはありません。私も一個の生物として今まで生きてきたのです。だからこそはっきりと思えることがあるのです。
 それは、代理親だから愛したのではない、ということです。御三家だから愛したのでもありません。それ以外の、幾倍もの数の、いかなる生き物の言語でも言葉にできないくらいの理由で、御三家ではなく「あなたたち」を愛しました。希望だったから愛したのではありません。愛した者に、希望となってもらいたかったのです。

 これから先、あなたには多くの困難が待ち受けることでしょう。ですが、心配はいりません。あなたはこの孤独すぎる世界でもたくましく生きました。ですから、この先で挫折してしまうようなことが果たしてありますか。それに、あなたは決して独りぼっちなんかじゃありません。人間は悪い者たちばかりではありません。あなたを受け取るトレーナーは、あなた同様に未熟な子供ですが、あなたに負けないくらいの清くて強いこころを持っています。それは私が保証します。アローラの島々でその生き様をともに見せつけてやりなさい。努力を惜しまず、精進を忘れず、勉学に励み、苦節を乗り越え、毎日を幸福に生きてください。日々を通じてあなたの神経繊維集積の中に蓄積されていく経験すべてが、かけがえのない宝物となるはずです。その思い出の隅っこに、私という代理親のことを添えてくだされば、この私、このような形で、このような世界で、短い間でも生を許されたことを誇りに思えるのです。私と同じくあなたを見守ってきた、この作り物の星が、空が、風が、土が、緑が、波が、音が、光が、同じように思っていると信じています。

 あなたとトレーナーの出会いに、祝福を。
 アローラの光と風がいつまでもあなたとともにありますよう、この小さな家から、お祈りしております。
 さようなら、さようなら。


   *


 いい加減疲れてきたが諦める訳にはいかない。
 今度こそメスが来て欲しい。
 ニックネームをつけようとする。

 L、R、START。

 リセットされる。
 再起動される。


 ――――


 2017年、586様の企画である、第一回ハワイティ杯作品第二弾として投稿させていただきました。
 こちらは、わたしが『斬撃のシンフォニア』の作者であることを逸らすため、つまりは【囮】として書きました。この作品に、本当の性癖とか聖域とかを色々と突っ込みました。

 楽しかったです。ありがとうございました。

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2022.1.20  22:56:06    公開
2022.1.20  23:07:26    修正


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