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短編企画「続」

著編者 : 不明(削除済) + 全てのライター

受け継がれる約束

著 : リルト

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 東に行こうと思った。







 それは彼らに共通した挑戦だった。彼ら。旅立つことを許された三人の子供。
 けれどすぐに東には行けない。そこにいくまでには長く険しい道のりがあった。
 だから三体のポケモンを連れた三人の子供は、東で会うことを約束して別れた。







 ナマケロを相棒にした少年は北へ。

 アチャモと出会った少女は東へ。

 キモリを手にした少年は南へ。







 それぞれの道を進み、それぞれの道を究め、彼らは二人のライバルに東で会うことを夢見た。

 ……夢、見たのだけれど。



 *   *   *



「それで、どうなったの?」

 冒険の話をねだった子供はわくわくと続きを促した。故郷から別々に旅立った三人のトレーナー。わざと方向をたがえ、けれど目的地は一つ。そこで必ず会おう、という約束は、まだ五つになるかの心にはとてもかっこういいことに聞こえた。

 母の手が優しく栗色の頭をなでる。ろうそくだけの暗がりの中、母は残念そうに笑った。

「それがね、約束は守れなかったの。とてもとてもがんばったのだけれど、二人は東に行く権利を認められなかったの」
「えーっ。ケンリってなにぃ? そんなにたいへんなの?」

 女の子が膨らませた頬をちょんとつついて、女性は「そう」と肯定した。

「東に行く権利は八つのしるし。八人のとても強い人たちをポケモンバトルで倒して、八つのしるしをもらわなくちゃいけないの。二人は、八人倒せなかった」

 その権利を願わないトレーナーはいない。けれど、現実に勝ち取れるのは一握り。
 三人の子供の中で、その一握りに入ったのは一人だけだった。

「そのひと、いちばんつよいってことだよね! だぁれ?」
「ナマケロを連れていた少年よ。彼はしるしを八つ集めて、東に行ったわ」
「ひがしにはなにがあるの?」
「一番を決める場所よ」

 優しく、優しく髪をすく手に眠気が誘われてくる。女の子はぱしぱしと瞬きをして、母の話を聞き続ける努力をした。

「このホウエン地方で一番強い五人のトレーナーがそこにいるの。その五人に勝とうとトレーナーはみんなそこを目指すわ」
「ナマケロのひとも……?」
「アチャモの子も、キモリの子も。でも、三人の中で一番強かったナマケロの子も、その五人には勝てなかったわ。ナマケロはケッキングになって、ほかにもポケモンを持っていたけれどね」

 彼は一番にはなれなかった。

 女の子は不満そうに口を曲げた。もう半分夢の世界にいたから、実際にはほとんど動かせなかったけど、それはないだろうと母の話に落胆した。そこはやっぱり、悪いことをしていた東の五人を旅に出た三人が倒す話でなければ。
 あるいは旅に出た三人が悪い人と戦って、勝って、それから東に行って約束を果たす、というストーリーがいいだろうか。……うん、どちらも捨てがたい。自分ならそんな冒険がしたいな。

 ああ、いや。

 眠った女の子の頭に一つ、キスを落とした女性はろうそくを取ろうとして、女の子がうにゃうにゃと何か言ったことに気付いた。もがもがと不明瞭な言葉を聞き取ろうと耳を近づける。

「……あたしがひがしにいくの……」

 叶わなかった夢。果たせなかった約束。
 そんなのはいやだ。だって悲しい。だってそんなの冒険じゃない。

「……ナマケロと……アチャモ……と……キモリ……つれてく……の……」

 だから自分が彼らに代わって夢と約束をかなえる。女の子はそれがいい、と夢の中で力強くうなずいて、どきどきわくわくする冒険の旅に出発した。

 現実では、女性が虚を突かれて丸くなった目を愛しげに細める。「ありがとう」と唇の動きだけでつぶやき、髪をそっとなでる。女の子がうれしそうにふふふと笑った。夢の中でもきっと幸福なシーンだろう。
 女性は音をたてないようにして、女の子の部屋から出ていった。



 *   *   *



「……あら。帰ってきていたの? おかえりなさい」

 リビングに夫の姿を見つけ、女性は少しあわてて部屋に入った。白衣を脱ぎ、暖房を入れたばかりらしい男性は「気にしなくていい」と身振りで止めた。夜の草むらで冷えた体の芯を温めるように、バシャーモが小さく炎を吐き出す。それにずざざざざっ! と飛び退ったのは男性のすぐ横にいたジュカインだ。炎が苦手なジュカインにごめんよと苦笑いしつつ、男性はありがたくその炎に手をかざした。

「ハルカは?」
「今寝たところよ。……ふふっ」
「ん? なんだなんだ?」

 自分の荷物の整理を手伝い始めてくれた女性が不意に口元を押さえて笑った。バシャーモに礼を言い、いそいそと資料を並べ始めた男性はきょとんと手を止める。

「いえ――あの子ね、東に行ってくれるんですって」

 きょとん、だった表情がぽかん、になった。

「実現しなかった夢と約束の話をしたら、ナマケロとアチャモとキモリを連れて東に行くんだって。ねえ、そうなったら素敵だと思わない?」
「……いいなあ。うん、素敵だなあ。センリの息子も東を目指しているんだ。僕らが果たせなかった約束を、子供たちが実現してくれたら……うん、それはとても素敵なことだな」

 男性はこらえようとして、こらえきれなかったように笑みを漏らした。それは照れくさそうな、誇らしげな笑い。

 八つのしるしを手に入れ五人のトレーナーを倒す、それがどれほど難しいか、自分たちは知っているけれど。

「本当にそうなったら、いいよなあ……」

 どこか泣きそうな顔で、男性はつぶやいた。



 *   *   *



 東へ行こう。

 東の果て、最強のトレーナーたちが集(つど)う島で、また会おう。

 その時は今よりもっと強くなって。仲間を増やして、たくさんの経験を積んで。

 最尤(さいゆう)の島、もっとも高き島に俺たちの名前を刻もう。







 ――それは果たせなかった約束。

 ――それは叶わなかった夢。







 彼らにかなえられなかった約束は、けれど世代を超えて受け継がれる。







 五年後。ホウエン地方で一人のポケモントレーナーが島の歴史に新たな名を刻む。

 今までの誰よりも早くバッジを集め、サイユウシティに至ったその赤い少女の傍らにいたのは、約束を果たす三体のポケモン。

 これは、歴代で最も幼いチャンピオンが誕生する、それより少しだけ前の話。







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2013.2.28  23:25:43    公開


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