短編企画「続」
もっと君と
著 : 不明(削除済)
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東に行こうと思った。
ううん、本当は違う。僕が本当に行きたかったのは西だった。
ずっと西へ向かい続ければスーラと一緒に過ごせる。そのはずだった。
けど僕たちには無理だった。
だからこれは代替案。非力な僕たちが出来るせめてもの抵抗だ。
僕が西に行きたかった理由。東へ向かうと決めた訳。それは僕たちがイーブイの頃の話から始まる。
僕とスーラは幼い頃からいつも一緒だった。
昼は草原を駆け回り、元気のある限り冒険を続けた。夜は隣り合わせでねぐらに伏し、瞼が閉じるまで話し続けた。
スーラといれば、どんなことだって楽しかった。外に出れない雨の日の退屈だって楽しみの一つだった。スーラといることが僕の日常だった。
「ねえ、進化するならどれがいい?」
ある日スーラはそんなことを訊いてきた。
僕たちには多くの進化の道がある。どれになるかは生活場所を変えることで、ある程度自分で決めることも出来る。
「進化かあ。特に決めてないけど……」
そういえばそろそろそんな時期だ。
一つずつ進化後の姿を想像してみる。
「うーん、格好良さそうなのはサンダースかな。でもブースターのふわふわ感も捨てがたいね」
「私はリーフィアかニンフィアかしら。どっちも可愛くて。なかなか決められないわ」
「なんだ、スーラも決めてないんだ」
「だからこれから考えるのよ」
「じゃあ一緒に考えよっか」
そうは言ったものの、スーラと一緒に居られさえすれば、互いの姿がどう変わろうと関係ない。この時はまだ、そう楽観的に考えていた。
けれど神様の気まぐれは、僕たちにとってとても残酷なものだった。
そんな話をしてから数週間が経ったある日、僕たちはいつものように、並んで森の中を雑談しつつ散歩していた。そんな時だった。突然スーラの体が眩く光り始めた。
光に包まれ、徐々にスーラの姿が変わっていく。しなやかな体となり、体毛は薄い紫色に染まる。ふさふさな尻尾は二股に分かれ、耳の付け根から毛がぴょこんと飛び跳ねる。そして額に赤いルビーのような宝石が現れた。
「わあ……」
僕よりずっと大きくなったスーラを見上げ、思わず感嘆の息が漏れる。吸い込まれそうな深紫の瞳から視線を外せない。
「え……わたし……?」
スーラは身に起こったことがまだよく把握できていないようだった。背中を振り返っては疑問符を頭に浮かべている。
「すごい! 進化だよ」
「え? うん。そう、なのかしら?」
祝福の言葉をかけても、帰ってくるのは戸惑いの混じった返事だけ。
もしかしたら、自分の姿をよく分かっていないのかもしれない。自分から自分はよく見えないし。ならあそこがいいかな。
「スーラ、僕についてきて!」
先に走り出し、振り返って呼びかける。行き先はいつか二匹(ふたり)で探検した時に見つけた場所。
「こっちだよ!」
疾走で約五分。森が開け、湧水が溜まった池が現れる。水は透き通り、周りの景色をそのまま反射している。
「ほらスーラ。これで見てごらんよ」
「う、うん」
勧めてから僕は一歩下がる。代わりにスーラが前に出て、水面を覗き込む。
「どう? 可愛くて綺麗になったでしょ?」
「……うん。ちょっとびっくりした。何の心の準備もなかったし」
顔を映した後は、位置を横にずらして全身を映す。二股の尻尾を揺らして動作確認。スーラの挙措は優美で注意を奪われてしまう。
その間に一通り全身を見終えたスーラは、笑みを浮かべて振り返った。
「次はルネの番ね。わたしみたいに突然進化することもあるから、ちゃんとどれにするか決めときなさいよ。進化したら戻らないんだから」
そう言われても、あまり悩もうという気にはならなかった。
スーラといられるなら、どれになろうと何も変わらないと思っていたから。
さらにそれから数日後。僕の体にも変化が訪れた。
それは真夜中の事だった。なかなか寝付けなくて、半分目を開けながら外を眺めていると、僕の体がスーラの時と同じように光り始めたのだ。
平べったい耳は厚みを増し、体毛は黒一色に染まる。そして額と足に楕円形の蛍光色が浮かび上がる――ブラッキーだった。
背もスーラに並んで、見上げることなく話せるようになった。これで上を見ながら話すせいで首が痛くなることもなくなる。
そして新しい姿になって前よりももっと色んなことがスーラと出来る!
次の朝が楽しみで仕方がなかった。
けど、現実は僕たちの理想通りにはいかなかった。
僕たちの歯車が狂ったのに気付いたのは、朝になってからだった。
朝日が昇り、木々の間から橙色の光が差し込んでくる。
今日は何をしよう。進化して体力も上昇したからもっと遠くまで行ける。少し遠出で山まで行こうか――、
「――あ、れ?」
視界がぼやけた。
ぐらりと視点が右に旋回し、それが自分が傾いているせいだと気が付くのに少し時間がかかった。
おかしい。なんだか――すごく眠い。
「ルネ、どうしたの?」
起きたばかりのスーラが心配そうに駆け寄ってくるけれど、上手く舌が回らない。
もう、起きてられないや――。
目をこすっても瞼は下り、全身からは力が抜けていく。地面に背中がついた感覚を最後に、僕の意識は夢の中へ運ばれていった。
スーラの困惑する声を聴きながら。
「……ん」
目を開く。
暗い。
太陽は姿を消し、月が淡い光を放っている。
僕は……寝てたのだろうか。
だとしたら何でこんな地面で。
ぼんやりした頭で順番に思い出す。まずは昨日の夜まで遡る。
真夜中に今の姿、ブラッキーに進化したんだ。スーラはぐっすり眠っていたから、僕一匹(ひとり)であの池に行って容姿を確認しに行った。池に映る黄色の輪が目玉に見えて、危うく変な声が出るところだったっけ。帰ってきてからは眠れなくて、朝まで起きて――その次が出てこない。
そうだ、倒れるように眠ってしまったんだ。
「スーラには悪いことしたな。後で謝っとかないと」
それで、そのスーラはどこに……。
寝床に行けばいるかもしれない。そう思って一歩踏み出すと――柔らかな感触が足の裏に伝わってきた。慌てて足を引っ込めるけれど、触れた部分には微かに熱が残っている。
もしかして、誰か踏んだ?
「あ、えっと……ごめんなさい! そこにいるの気が付かなくて」
怒られない内に頭を下げる。けれど、帰ってくるのは無言だけ。不思議に思って耳を澄ますと、足元から安らかな寝息が聞こえてきた。
「良かった、起こさなかったみたい……って、スーラ?」
確かめてみれば、さっき踏んでしまったのはスーラだった。木の根元で身体を丸め小さくなっている。でもどうしてここに?
最後にスーラの声を聴いたのは?
朝日が昇った途端急に眠くなって、スーラは――そうだ、心配そうに駆け寄ってきて。
それからどうした? 僕だったらどうするだろうか。もしスーラが倒れたら。目が覚めるまで側にいると思う。
起きたら彼女はねぐらに帰ることなく地面で眠りについていた。無防備に寝ていたら襲われる可能性もあるし、体調を崩すかもしれないのに。それでもスーラは僕の隣にいてくれた。とても心配かけたに違いない。
「ごめんね。でももう大丈夫だから」
すやすやと夢を見ているスーラの頬に軽く口先をつける。
明日しっかりお礼を言おう。
今度は僕が側に居て、寝起き一番に言ってあげるんだ。ありがとう、って。
でも次の日も、その次の日も、僕たちの歯車が噛み合うことはなかった。
スーラが目を覚ますと僕は眠りにつき、僕が目を覚ますとスーラは夢の世界に入る。朝と夜が入れ替わるのに合わせて、僕たちの活動も交代する。だから僕が進化して以来、スーラとはほとんど言葉を交わしていない。話せるチャンスは、朝と夜の狭間、つまり日の出と日の入りの間だけ。しかもその時間は数分にも満たない。「おはよう」から始まり数言交わしたら、すぐ「おやすみ」がやって来る。片方は夢の世界へ。そしてもう片方は孤独な現(うつつ)へ。
もっとたくさん話したいのに。ふたりでもっと遠くへ行きたいのに。
だから僕は決めた。
西に行こうと。
太陽も月も東から昇り西へ沈む。東の方が西より朝が来るのが早く、夕方もそうだ。ということは、朝と夜の狭間の時間が始まってから西へ向かい続ければ、ずっとその世界にいられる。スーラとまた遊べる。
けどこれはただの空論。自分でもこれが不可能なことぐらいわかってる。足掻いてもほんの少し時間が延びるだけ。
でも、このまま終わりなんてのは嫌だった。スーラとこんな形で離ればなれになるなんて絶対に御免だ。
だからこれが無理な事でもやらずにはいられない。何もしない内に諦めるなんて選択肢はなかった。
この事をスーラに話すと、彼女もすぐに乗ってくれた。
「また二匹(ふたり)で冒険できるのね。楽しみだわ」
久しぶりに見たスーラの笑顔だった。
太陽が西の地平線に触れたところで計画は始まる。
「おはようスーラ」
「おはようルネ。もう一つの挨拶はしばらくお預けね」
そうだ。いつもだったら、あと数分で「おやすみ」を言わなければいけない。けど今日はまだだ。
「じゃあさっそく行こうか」
「そうね。私について来られるかしら?」
「頑張ってみるよ。スーラはトバし過ぎて転ばないようにね」
「もちろん!」
互いに頷き合って体の向きを転換。三拍数え、後ろ足から「でんこうせっか」でエネルギーを放出し、初速からアクセル全開。
とにかく西へ。
周りの景色が現れては後ろへ流れていく。
コラッタの兄弟がびっくりして草むらへ慌てて逃げ込んでいく。対照的にジグザグマが「何だ何だ?」とひょっこり顔を出す。背が大きくなった分、前よりも速く走れる。夕暮れの冷涼な風が頬を耳を掠めていく。
こんな風にスーラと並んで走るのは当たり前だったのに。どうして僕たちはエーフィとブラッキー、別々の姿になってしまったんだろう。片方だけでも、例えばリーフィアだったら良かったのに。
悔やんでも仕方がないのは分かってるけど、神様を恨まずにはいられない。
こんなに一緒にいられることが嬉しいのに。ただスーラと昔のように居たいだけなのに!
そう考えている間にも、宵は刻々と迫ってくる。
スーラの足取りが急に重くなった。
「スーラ!」
後脚を前に突き出し、尻尾の付け根を地面に落として急ブレーキ。左前脚を右に踏み出し、時計回りに直角カーブする。
左に傾いたスーラの体を横から僕の背で支える。
「ごめ……ん。そろそろ、限界……かも」
瞼が半分まで下りているスーラが声を絞り出す。走った疲れと眠気が混じり、起きているのがかなり辛そうだ。
……ここで終わりなのかな。
やっぱり僕たちの計画は無謀なもので、スーラと昔に戻ることは出来ない?
もう諦めるしかないのだろうか。
……まだだ。せっかく抵抗しようと決めたんだ。弱気になってはいけない。もう少しやれるはずだ。
でもどうやって? 夕暮れと宵の境界はすぐそこまで来ている。
僕たちの足じゃすぐに追いつかれる。
もっと速く、もっと遠くへ。
何かないのだろうか。
「〜♪ 〜♯〜〜♪」
僕の焦燥とは裏腹に、森の奥から軽快なメロディが聴こえてきた。とても上機嫌で――こっちの方へ向かってくる。
歌が聴こえてくる方に注意を向けていると、萌葱色の大きな体躯が現れた。
両手いっぱいにオレンの実とオボンの実を抱えている。それらを幸せそうな表情で頬張っていた。
そうだ。フライゴンの翼ならまだいける!
ふとそんな事が思い浮かんだ。思慮するより早く僕は彼に頼んでいた。
「お願い! とにかく僕たちを西へ運んで!」
声に気づいたフライゴンは歩みを止め、僕たちに視線を向けた。鼻歌も中断してじっと僕たちを見つめる。
必死な表情で頼むブラッキーと、体重を彼に預けるエーフィ。
ただ事じゃない状況を察し、フライゴンは口いっぱいの木の実を飲み込むと、背中を向け両翼を左右に広げた。
「よく分からないけど、翼を必要とする者がいたら、貸すのが翼ある者の役目。さあ乗って!」
好意に感謝して、背に飛び乗り、彼の首につかまる。
「速度は?」
「最速でお願い!」
「落ちないでよね」
一言注意を残して、フライゴンは首を前へ傾ける。
まずはゆっくり羽ばたき低空で体形調整。そして、
「うわっ!」
全速で大空へ飛び出した。
木々の群がる森が眼下に広がる。湧水の池が、とても小さく見える。
前方を見れば、山々の中に太陽が吸い込まれていく。後は頭がほんの少し出てるだけ。振り返れば、空は藍一色で別れの時間はすぐそこまで来ている。
スーラは辛うじて起きている状態で、落ちないように僕が片足で支えていた。ぼんやりとした目で僕を見る。
「たくさん、話したいこと、あったのに、あんまり話せなかったわね。でも、ルネと、また一緒に走れて、すごく楽しかった。嬉しかったの」
「僕も――」
スーラに言いたい事いっぱいあったのに、まだ何も言ってない。でも、
「スーラといれて楽し……っ!」
その後の言葉はふさがれてしまった。スーラの唇で。
「……大好き、ルネ」
スーラの頬に一筋の涙の跡ができ――スーラは目を瞑った。
「スーラ!?」
呼びかけても、体を揺すっても目を覚まさない。
時間切れだった。
「そんな……どうして……っ!」
別に死に別れるわけじゃない。それでも、今日は、今日だけは、今まで通りの僕たちに戻りたかったのに。
やり切れない感情が胸の中で幾層にもわたって渦巻く。
もう僕たちは住む世界が違う。天の川に隔たれたように共に過ごすことは許されない。
そんな刃物のような事実を突き付けられたような気がした。
「フライゴンさん……もう……いいです。降ろして……ください」
こくん、と黙って頷くと、フライゴンは高度を落としていった。
「そっか、それでボクに西へ行くように頼んだんだ」
彼の背から降りた後、僕はフライゴンに事の始終を話した。
僕とスーラはとても仲の良い幼馴染だったこと。二匹は別々の姿になってしまったこと。そのせいでスーラといられなくなったこと。西へ行こうと決めたこと。そしてこの現実。
フライゴンは細い腕を組み、静かに聴いてくれていた。
「ごめんね、大した力になれなくて」
「ううん、フライゴンさんのおかげで、長くスーラといられたから。ありがとう」
深く頭を下げる。フライゴンは首を振って言った。
「顔を上げて。それよりもする事があるんじゃないかな」
「……え?」
「彼女の事、諦められないでしょ。だったらすべきは過去の後悔じゃない」
「でも、他にどうすれば」
「一つ考えがあるんだ」
中の指を立ててフライゴンは言った。
「東へ行くのはどうかな?」
「東に?」
そんなことをしたら余計スーラと会える時間が短くなってしまう。不安げな様子の僕を見て、フライゴンは慌てて「違う違う」と付け足した。
「どちらかが眠っている間に、東へ向かえばいいんだ。さっきキミも言ったじゃないか。朝は東の方が先に来るって。だったら東へ向かえば、その分だけ早くその子に会える」
確かに。けれど一つ問題が上がってくる。
どうやって起きている方が寝ている方を運ぶのか。
「ギャロップの馬車は見たことあるかい?」
それってどういう関係が、と思いつつも記憶を調べる。
ギャロップに縄をかけて、後ろの旅人を乗せた台車を運ぶ。二、三度見たことがあった。荷台の果実がいつも美味しそうだったことは覚えている。
ギャロップ曰く、引っ張るのはそれほど大変ではないらしい。
「それと同じものを作るのはどうだろう」
「でも作り方を知らないし、一匹(ひとり)じゃ出来そうにないよ」
「困ったときはお互い様。理由(わけ)を話せば皆手伝ってくれるよ。ちょっと待ってて」
そう言うと、フライゴンは森の中へと入っていった。
言われた通り、数分その場で待っていると、彼は多くの森のポケモン達を連れて戻ってきた。
「さあ皆、作業を始めよう」
おう、と粋の良い掛け声とともに腕を高く掲げる。そしてそれぞれが持ち場に付き、仕事を開始した。
ストライクが木を切り倒し、キリキザンが研磨する。そしてリオルとルカリオがそれらを運び、ワンリキーやドテッコツが組み立てる。
作業はあっという間だった。
平らな台に転落防止の柵と四つの車輪。そこから延びるのは台を引くための縄。短時間で出来たとは思えない丈夫な作りだった。
「さあ行っておいで」
フライゴンがスーラを台の上まで運んでくれる。
「どうして皆、こんなにしてくれるの」
「さっき言った通りさ。困ったときは助け合う。ボクたちはそうやって生きてるからね」
ね、と確認を取るように彼が振り向くと、全員が「そうだ」と頷いていた。
「それに、キミたちのこと、応援してるんだ。進化後の性質に立ち向かおうとするひとなんてそういないから。皆それが自分に不利な事でも諦めて受け入れてしまうことがほとんどだ。でもキミたちは違う。だからキミたちの思いが報いられることを願っているし、信じている。だから不安に負けないで」
「ありがとうございます」
もう一度礼をして、踵を返す。
フライゴンの言葉が心強かった。
諦めないで。
彼の言葉を背に受け、東へ踏み出していく。
ほんの数分――僕たちの一番大切な時のために。
2013.3.19 23:55:02 公開
2013.3.20 00:04:19 修正
■ コメント (1)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
13.3.20 00:24 - 不明(削除済) (vulstale) |
ひねくれる分、西へ行く理由、東へ向かう訳を考えるのは大変でしたが、なんとか一つの話になりました。
普段とは少し異なる書き方にしたので、なかなか原稿が進まなかったです。いい経験になりました。