短編企画「続」
太陽のキマ
著 : 不明(削除済)
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東に行こうと思った。
理屈や理論などこの場所には通用しない。
最初からそんな事はわかっている。
だからこれは自分の直感と──願望。
「レントラー、放電を頼むっ。なんとか凌ぐんだっ」
俺を守るように立ち回るレントラーも疲労の色が強く出ている。
それでも俺の指示にレントラーは力強く頷き攻撃のチャンスをうかがいはじめた。
限界は近い。ここで凌がなければ俺達は連れて行かれる。
尋常ではないプレッシャーを放つ、あの黒い怪物はすぐそこまで迫っている。
「うおおおおおおおっ」
ゴルバットの大群を従え俺達を執拗に襲うその怪物は腹部の亀裂から青白く光る不気味な手を出している。
その手が手招きをしているように見えるのは俺の気のせいなのか。どちらにせよこのゴルバット達を倒さない限り道は拓けない。
進む道の選択肢は四つ。今入ってきた南の入り口か、北か、西か、東か。
ぽっかりと開くその穴の先はブラックホールになっているのではと疑う程不自然に光をシャットアウトしている。
「よし、今だっ!」
ゴルバットのエアカッターを回避し体勢を立て直すレントラー。
まさに絶好の攻撃チャンスだ。これを逃せば体力切れで俺たちは捕まってしまうだろう。
それはレントラーも分かっている。だからこそ、その瞳にはいつも以上に強い光が宿っていた。
────こんな所で死んでたまるか
「いっけええええええええええええええええ」
ゴルバットの群れの中心に向かいレントラーが走り出す。その身に黄金の火花を纏いながら。
「おっはよー! 十二時間ぶりだねぇ、会いたかったよぉ」
その女はいつも明るかった。キマワリを抱きながら満面の笑みで挨拶をする。
それが彼女の日常だった。
「ねぇ、おはよぉってばぁ」
「おはよ」
俺はいつも暗かった。挨拶をされても振り向かず、言葉だけで冷たくあしらう。
それが俺の日常だった。
「あぁん、もぅそんなポーズとったって無駄よ? 私には貴方の気持ちがお見通しなの」
キマワリを突き付けながら女はわざとらしく体をくねくねさせながら俺の腕に抱きついてくる。
俺はキマワリの顔をわしづかみにして彼女におしつけながらそれを回避した。
「ああっ私のキマワリ!」
涙目になりながらキマワリを抱きしめる女。
これがトレーナーズスクールに通う、俺とこの女の日常だった。
「おはよーキマちゃん、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないよぉ! 見て私のキマワリ、すごく痛そう」
「う、う〜ん、そうだね……顔は笑ってるけどね」
苦笑しながら彼女に声をかけてきたのはクラスメイトだ。名前は知らない。覚えていない。ちなみにこのキマワリ女の名前も覚えていない。
ただ一つ知っているのはこの女のあだ名がキマちゃんということだけだ。
いつもキマワリと一緒にいてキマワリのように笑っているからだとか。安直なネーミングセンスだがお似合いといえる。だから俺もこいつの事はキマと呼ぶことにしていた。
「もう彼にちょっかい出すのやめたら? 今日ぐらいはさ……」
「いやだっ! 私は彼と絶対仲良くなるんだもん」
ばたばたと手をふるいながら駄々っ子のように叫ぶキマ。俺はいやでも視界に入ってこようとするキマを教科書でシャットアウトしながらため息をついた。
こいつは、わかっているのだろうか。今日という日がどれだけ大事な日なのか。
数時間後には俺たちの誰かが未来を手に入れ俺たちの誰かが挫折する。
「ねぇねぇ、今日の対戦相手知ってる?」
と、きらきらと目を輝かせながらキマが俺にといかけてくる。それを見て流石に俺はあきれ返ってしまった。
こいつには欠落しているのではないだろうか。
緊張、不安、恐怖──そんな感情が。
「もう発表されたんだよ? ねぇ聞いてるの?」
興味が無いわけではない。だがどうせあと数分もすれば授業がはじまり数十分もすればその対戦相手と俺は対峙している。今急いで知る必要もない。どうせここにいる誰よりも俺の方が強いのだから。
だが次の言葉を聞いた瞬間、流石に俺もキマワリ女に視線を移すことになった。
「一回戦の相手、私なんだよ? びっくりした?」
驚いた。まさかここ数年、ずっと俺につきまとってきた奴と最後の勝負をすることになるとは。
感謝した。初戦とはいえ下位のこいつと対戦する事になるとは。
苛立った。いくらこいつでも俺と対戦するとなればこんな笑顔でいられるはずがないと思っていたから。
「そうか、覚悟しろよ」
対戦前の挨拶なんて俺にはそれで十分だった。
これから行われるのはただのポケモンバトルじない。
お互いの夢の潰し合いなのだから。
「えへへ、ありがと。 でもさ、最後なんだしもっとお話ししようよ」
そんな俺の言葉にもキマは満面の笑みを浮かべている。
どこをどう受け取れば俺に感謝できるのか分からない。
今日はトレーナーズスクールの卒業学年生による対抗戦。今までのスクール生活は全てこのためにあったといっても過言ではない。
トレーナーズスクールの生徒は二種類に分けられる。
一つは主に十歳未満の子供達で構成されるジュニアクラス。公式のポケモンバトルに参加する資格のない年齢である彼らが将来トレーナーとして旅に出るため、またはポケモンに関する仕事につくためのクラス。トレーナーズスクールの学生ときいて多くの人間が連想するのはこちらのクラスの学生だ。
そしてもう一つが俺たちが所属するマスタークラス。
こちらはポケモンリーグの出場を狙う人達が通うクラスだ。ポケモンバトルの最高峰であるポケモンリーグ。その参加資格は各地のジムに通い八つのバッジを手に入れる事。だが何かしらの事情があって旅をする事ができない者はこのスクールに通い勉強をしながら出場資格を得る事ができる。
そして今日の学生対抗戦。
この上位十名はバッジ八つ分の実力にふさわしいとされリーグの出場権利が与えられる。それ以外の生徒も成績に応じていくつかのバッジを手に入れたのと同等の資格を持って卒業ができるが、そもそも旅に出る事ができないからこんなクラスに何年も通っているわけだ。上位十名に入らなければリーグ出場の夢はほぼ潰えてしまう事になる。
だから気に入らなかった。このニタニタしている女が。
まるで、私は勝つから大丈夫だ、とでも思っているかのような笑顔。
「どうしたの? そんな怖い顔して」
そんな俺にいつもと変わらぬ調子で話しかけてくるキマ。
後ろにいるキマワリの友人はこの空気をちゃんと察しているのだろう。居心地が悪そうに後ずさりをしている。
「お前は俺に勝てる気でいるのか?」
「えっ?」
「なんでそんなに笑ってられる」
俺の言葉にきょとんとした表情を見せるキマ。だがその表情はすぐに穏やかなものになった。
「なんでって、君とバトルできるからだよ」
「それは俺になら勝てるって意味か?」
「うーん、どうかな。 私だって負ける気はないけど君の方が勝つ確率が高いのは事実だね」
「それは皮肉か? 本気でそう思ってるなら笑ってなどいられないだろ」
「そんなことないよ、こんな大事なバトルを君とできるなんて嬉しいんだ」
キマは自分のキマワリに頬ずりをしながら笑っている。
そんな彼女の顔は俺の心にノイズを与えてくる。
「お前は本気でリーグ出場を目指しているんじゃないのか?」
「目指してるよ、だから今まで頑張って勉強してきたんじゃん?」
「その勉強の成果がこのクソ弱いキマワリかよ」
「あはは、そうだね。 確かに私たちは弱いよね」
俺の嫌味をすらりとかわしてカラカラとほほ笑む彼女。
いつもこうだ。俺の言葉はスルーされ彼女は自分のペースを崩さない。だからすごくやりにくい。バトルにおいては雑魚のこいつがこの時だけは最強の敵になる。
「でもね、ポケモンバトルって相手を叩き潰すためのものじゃないでしょう?」
と、キマの声のトーンが少し下がったのを感じた。
彼女の様子はいつもとかわらない。キマワリの顔をぷにぷにとつまみながら笑っている。だが何故か、違和感を感じた。
「君がそう教えてくれたんだけどな?」
「はぁ……?」
ふふっと意味ありげにほほ笑むとキマはすっくと立ち上がる。何をするのかと俺は一瞬身構えたがキマはそのまま俺に背中を向けた。
「んじゃ、あとでね」
最後に見せたその笑顔は。
いつもの笑顔よりどこか大人びて見えた。
「うん、おめでとう」
その声はいつもとは少し違っていた。元気な、というよりは穏やかなという形容詞がよく似合う。
その笑顔はいつもとは少し違っていた。明るい、というよりは優しいという形容詞がよく似合う。
俺はその差し出された手を直視する事すらできなかった。
「どうしたの?」
俺は顔をあげられなかった。俺の目の前にはキマワリが倒れていた。
俺は信じられなかった。俺の目の前にはレントラーが息を切らしながらも必死に立っていた。
「なんで……」
俺は勝った。当然だ、負けるはずがないのだ。だから結果は問題じゃない。
問題なのは、その過程だ。
「お前、実力を隠していたのか?」
この状況が信じられなかった。現実だと思いたくなかった。あの弱いキマが俺のレントラーをここまで追い詰めるなんて。どこか一歩でも間違えれば負けていたのは俺の方だった。
「わざと弱いふりをして……この勝負のためにっ……」
油断などしていなかった。
本気で叩き潰すつもりだった。
俺の夢のためにこいつの夢をつぶすつもりだった。
「ポケモンバトルは相手を叩き潰すためにやるもんじゃないんだーっ!」
と、キマがいつものふざけた声色で奇妙なガッツポーズをとりはじめた。
当然、俺にはその意図がわからない。だから硬直するしかなかった。
「私は知ってるんだよ」
にこりとほほ笑みながらキマは俺の右手を両手で握る。
いつものように抵抗できなかった。いや、抵抗しようと思う気が起きなかった。
「君が旅に出れなくなった理由、君がいつも一人でいる理由」
目の前の女が、何を言っているのか。俺がそれを理解するのに数秒ほどの時間を要した。
「八年前、君はジュニアクラスで一人の男の子と大喧嘩したよね。
それもポケモンを使って、相手に大怪我をさせて」
何故そのことを? とは言えなかった。
彼女の言葉から感じる重圧を感じてしまったから。
「相手の男の子はスクールのスポンサー会社の社長さんの息子だった。
君は事態を収拾させるためにジュニアクラスを退学させられポケモンを扱う資格を得る事ができなかったんだ。 これが君が旅に出る事ができない理由」
でも今はポケモンを扱う資格を持っている。 だからこそこのクラスに来て勉強してきた。
その理由は……
「でも君はモンスターボールなんて使わなくてもポケモンと仲良くなって一人のジムリーダーを野良試合で倒しちゃった。 そのジムリーダーの推薦で、今君はここにいるんだよね?」
「それが、どうした?」
俺の声は少し震えていた。俺の頭の中は一つの疑問で埋め尽くされていた。
一体この女は、誰だ?
「大事なのはそこじゃない、問題はなぜ君が喧嘩なんかしたのかってこと」
キマの顔からはいつの間にか笑顔が消えていた。
俺は見たことがなかった。キマのこんな表情を。ついさっきまで真剣勝負をしていたはずなのに。
キマにとっては今しているこの会話の方が真剣勝負だというのか。
「君は知っていたんだよね? 相手の男の子がバトルの試験になる度に対戦相手のポケモンに毒をのませていたことを。
君は守ってくれたんだよね? 相手の男の子が毒を飲ませようとした『私のキマワリ』を
その時君は言ってたよね? ポケモンバトルは相手を叩き潰すためのものじゃないって」
「っ!?」
俺の中の時間が止まった。
俺は覚えている。ただ良い成績をとる、それだけのためにポケモンを苦しめていたアイツのことを。
だが俺は覚えていなかった。
アイツが苦しめた……
ポケモンのことは。
「あの子、成績良かったよね。 でも一番はいつも君だった。
だから君はあの子に嫌われてたよね。 あの子は嫌いな人にはとても冷たい人だったよね。
うん、あの子は……自分に逆らう存在を絶対に許さないような、そんな子だった」
キマは倒れているキマワリを優しくなでながら言葉を続けていく。
「だから皆あの子が怖かった。 私も怖かった。 だから私は君を裏切ったんだ」
「そうか、お前は……」
そこまで言われて俺は初めて気が付いた。
こいつが、誰なのかを。
「私のキマワリを守ってくれたその日から、あの子は君を虐めはじめたよね。
あの子だけじゃない、あの子を怖がってあの子に従ってたまわりの子もみんな。
逆らったら自分のポケモンに何をされるかわからない。 私もそうだった。
だから私は、私を守ってくれた君の事を──虐めたんだ」
何も言えなかった。
こいつが具体的にどんな方法で俺を虐めていたのか、そんなことはもう覚えていない。
でも、キマの顔はとてもつらそうだった。
当時の俺はいつもこんな顔をしていたよ、と言っているかのように。
「最後には皆で『君がポケモンに毒をのませて試験で良い点数をとってる』なんて言っちゃった。
その時だよね、君と一番仲良かったスクールのポケモンがあの子を攻撃したのは。
うん、そう……今君が持ってるそのレントラーだよ。 野生に返されたって聞いたけど君と再会できたんだね」
「えっ、いやこいつはたまたま……」
俺はそこで言葉をとぎらせた。
こいつはスクールを退学になった後、たまたま出会ったポケモンだ。
そう思っていたのだが……レントラーは笑っていた。
それを見て察してしまった。こいつは退学になった後の俺の事が心配で、ついてきてくれたのだと。 たまたまなんかじゃなかったんだ。
「やっぱり気づいていなかったんだ? まぁ、無理もないよね。 君はもう、何を目的にしたらいいのかわからなくなってたみたいだし。
ただがむしゃらに、リーグ出場だけを目指して強くなろうとしていたんでしょう?
私がそうさせちゃったんだよね、ごめんね……」
「何だよ、今の俺がダメみたいな言い方しやがって……」
「全然だめだよ、本当の君は私なんかに苦戦しないもん」
いたずらっぽくほほ笑むキマ。しかし不思議と苛立ちはしなかった。
それは俺も分かっていたからだろう。今の俺が、全然ダメだという事が。
「私ね、夢があるんだ」
キマワリをぎゅっと抱きしめ、彼女はそういった。
バトルを終えぐったりしているキマワリも、彼女に抱かれるのはすごく嬉しそうだった。
「この子ね? 朝になるといつも元気に走るんだ。
キマワリっていつも太陽の方を向いているでしょう?
だからずーっと東の方に走っていくの」
「はあ……?」
やや文脈が理解できずに俺は首をかしげる。
キマはそんな俺の様子を楽しむかのようにくすくすと笑っていた。
「それを見てるとね? こう思っちゃうんだ。
東の方にはすごく楽しいものがって、キマワリはそれを追いかけてるんじゃないかって。
ふふふ、バカなロマンチストだよね? キマワリは自分の習性に従っているだけなのに」
俺は黙ってキマの目を見ていた。
いつもだったら俺はキマをバカにしていた。でもなぜか、俺はキマの言葉の続きがきになっていた。 だから俺は黙っていた。
「だから私もいつか東の方に旅に出てみたいの。 朝日が昇る、その方向に。
できれば、私を守ってくれた……私が傷つけてしまった大切な人と」
キマはすっと俺に手をさしのべた。
キマはふふっと太陽のように笑った。
そしてキマはこう言った。
「私ね、君が好きだよ」
俺はその言葉に答えを返さなかった。というか、返せなかった。
ただ無言で立ち尽くす俺にキマはほほ笑みかけるだけだった。
俺は勝った。
次の試合も、その次の試合も。
勝って勝って勝ちまくり、俺はリーグの出場権利を得た。
だがその時には、キマは俺の前から姿を消していた。
何の前触れもなく、キマはスクールを退学した。
彼女が死んだという知らせを聞いたのは、その一週間後だった。
俺は必死でキマの事を調べた。
せっかく出場権を手に入れたリーグも出場を辞退してキマとつながりのあった人物から話を聞いた。
キマは病気だった。
何の病気だったかは知らないが、余命数年と言われていたらしい。
だからキマは旅に出る事ができなかった。
でもキマはスクールに通う事を強く願っていた。
それが何故かを知る術はないがキマはいつも言っていたらしい。
どうしても会ってバトルしたい人がいる。
どうしても会って謝りたい人がいる。
どうしても会って気持ちを伝えたい人がいる。
俺は目的を失った。
必死で追い続けたポケモンリーグも、トレーナーとしての強さも欲しくなかった。
なんでこうなったのかわからない。とにかく何事に対しても無気力になってしまった。
ただ、彼女の本名すらも知らなかった自分に苛立って、彼女に対してあんな冷たい態度しかとらなかった過去に後悔して、おかしくなるぐらいに泣いた。
そしてこう思った。
どうしてもキマに会ってバトルがしたい。
どうしてもキマに会って謝りたい。
どうしてもキマに会って……
そんな時、俺はある噂を聞いた。
命輝く者、命失った者、二つの世界が交わる場所がシンオウにあると。
名を戻りの洞窟。シンオウのどこかにある隠れた泉の先にある場所。
それを聞いたとき、ばかばかしいと思いながらもこう思った。思ってしまった。
キマに会えるかもしれないと。
俺はシンオウ地方を旅する事に決めた。
といっても旅をする資格を公認してもらっている訳ではないのでポケモンセンターのような施設は使えない。サバイバルのような生活を続けに続け、自分でもどのぐらいの時間が流れたか分からなくなった頃、俺はその洞窟を見つけた。
そして感じた。ここがその戻りの洞窟なのだと。
根拠はない。だが、キマの笑顔が入り口に立った時に頭をよぎった。
だがそこで出会ったのはキマなんかじゃなかった。
黄色いアンテナに腹部には大きな口。黒い巨体から生気を奪うような不気味なプレッシャーを放つポケモン、ヨノワール。
そいつは大量のゴルバットを従え、俺に襲い掛かってきた。
ヨノワール。
この世とあの世を自在に行き来し、人を霊界に連れて行くといわれるポケモン。
行き場のない、彷徨う生者の魂を『向こう側』へ運ぶとされるポケモン。
ヨノワールは俺を霊界に連れて行こうとしていた。
理由はすぐに想像がついた。
俺が『この世』ではなく『あの世』のキマの事しか考えていないからだ。 『この世』で彷徨う俺はヨノワールにとって『あの世』に連れて行くべき存在なのだろう。
一瞬、思った。
ヨノワールに連れていかれればキマに会えるかもしれないと。
でもその考えはすぐに消し飛んだ。
レントラーが俺を守ろうと必死に戦ってくれたから。
ヨノワールの攻撃からその身を盾にして俺をかばい襲い掛かるゴルバットの牙を電撃で弾き返す。
俺がここで死んだら、レントラーはどうなる?
俺がここで死んでキマに会えたとして、キマは喜んでくれる?
俺がここで死んだら、俺が生きていた意味は……
俺は逃げた。汗、涙、鼻水まで垂らしながら逃げた。
だが来た道を戻っても戻っても出口にはたどり着かなかった。
見えてくるのは岩だらけの奇妙な部屋。
戻りの洞窟は空間の捻じれた世界。 間違った道を進んでも意味が無い。
でもどの道が正解かなんてわかるはずがない。
だから俺は……
東に行こうと思った。
キマが好きだったポケモンが走っていた方角に。
キマがいつかと夢見てた方角に。
理屈や理論などこの場所には通用しない。
最初からそんな事はわかっている。
だからこれは自分の直感と──願望。
「レントラー、放電を頼むっ。 なんとか凌ぐんだっ」
俺を守るように立ち回るレントラーも疲労の色が強く出ている。
それでも俺の指示にレントラーは力強く頷き攻撃のチャンスをうかがいはじめた。
限界は近い。ここで凌がなければ俺達は連れて行かれる。
尋常ではないプレッシャーを放つ、あの黒い怪物はすぐそこまで迫っている。
「うおおおおおおおっ」
ゴルバットの大群を従え俺達を執拗に襲うその怪物は腹部の亀裂から青白く光る不気味な手を出している。
その手が手招きをしているように見えるのは俺の気のせいなのか。
どちらにせよこのゴルバット達を倒さない限り道は拓けない。
進む道の選択肢は四つ。 今入ってきた南の入り口か、北か、西か、東か。
ぽっかりと開くその穴の先はブラックホールになっているのではと疑う程不自然に光をシャットアウトしている。
「よし、今だっ!」
ゴルバットのエアカッターを回避し体勢を立て直すレントラー。
まさに絶好の攻撃チャンスだ。
これを逃せば体力切れで俺たちは捕まってしまうだろう。
それはレントラーも分かっている。だからこそ、その瞳にはいつも以上に強い光が宿っていた。
────こんな所で死んでたまるか
「いっけええええええええええええええええ」
ゴルバットの群れの中心に向かいレントラーが走り出す。
その身に黄金の火花を纏いながら。
この口から勇ましい雄叫びを放ち、ゴルバットの大群へ突進する。
「うおおおおおおおおっ」
ゴルバットの大群が地面へと倒れこむのを確認した俺はレントラーをボールに戻す。
後はひたすら全力疾走。呼吸する事すら忘れ、ただひたすらに足を動かす。
苦しい、苦しい、苦しい。
でも、死にたくない!
「キマアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ただ一心不乱にそう叫ぶ。
なんでこの名前を言ったのか、自分でも理解できない。
ただ、こう叫べば助かる気がした。
俺は東の穴に飛び込んだ。
そこにあるのは三本の折れた柱だった。
なんでこんなところに柱があるのか、理由は理解ではできなかったがその存在する意味は理解できた。
今までの岩だらけの部屋と違う、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる不思議な部屋。
さっきまで俺を襲っていたヨノワール達の気配も無い。
ただ代わりに、見たことの無いポケモンがじっとこちらを見つめていた。
ムカデを連想させるシルエットに黒い翼。六本の足に黄色いとげ。
明らかに普通のポケモンじゃない。
「君は、何?」
気が付くと、俺はその存在にそう問いかけていた。
言葉が通じているのか通じていないのかなんて俺には分からない。
だがそのポケモンの目はとても穏やかだった。
「俺は、死ぬつもりでここにきたんじゃない」
気が付くと、俺はその存在にそう訴えていた。
目の前のポケモンは俺の言葉を待っているかのように動かない。
「でも、会いたい奴がいる! 自然の摂理に逆らってでも、命を懸けても、会いたい奴がいるんだっ!」
そのポケモンの目は穏やかだった。
でもそのポケモンが放つオーラは、怒気に満ち溢れているかのように見えた。
「俺を霊界に連れて行こうとした奴なら、霊界の奴をこっちに連れてくる事だってできるんじゃないのか!?」
それを言うならヨノワールに言うべきだ。
俺の理性が俺自身に呆れたように訴える。
でも俺の本能が俺自身に吼えるように訴える。
このポケモンが、この場所の王なのだと。
「俺は……キマに、キマにっ!!」
「なーに必死になってるの? かっこ悪い」
心臓を打ち抜かれた。
使い古された、ありきたりの言葉だが。
俺はその声に心臓を打ち抜かれた。
刹那、体中に震えが走った。
手は痙攣し視界は歪み、膝が笑いはじめる。
「でも、すっごく嬉しいよ」
薄暗い洞窟に太陽の光がさした。
振り返るとそこには……
「ねぇ、本当にいいの?」
「何が」
「何って、わかってるんでしょう?」
俺の隣にはキマワリを抱いた少女がこちらをじっと見ている。
見ているだけで胸糞悪くなる、太陽のような笑顔をしながら。
「私が外に出る代わりに、君は世界の皆から忘れられちゃった。 いくらなんでも悲しくないかなって」
俺の腕に寄り添いながらものすごく嬉しそうに彼女は言う。
誰も俺にくっつく事など許可していないのだが、こいつは相変わらずだ。
「やっぱお前はほんとにバカだな」
「む〜何よぅ、そんなポーズとったって無駄よ? 私にはダーリンの気持ちはお見通しなの」
「クソが」
何がダーリンだ。 バカップルじゃあるまいに。
こいつのこーゆー恥知らずで人の目を気にしない行動にはうんざりさせられる。
「んで、本当によかったの? ダーリンにこんな代償払わせちゃって」
「俺の気持ちがお見通しなら言う必要はねーだろ」
「あーん、女心がわかってないー」
わざとらしく体をくねくねさせながら気持ち悪い声を出す屑女。
こんな女の心なんて別に知りたくもない。
「ったく、世界中の皆じゃねえだろ」
だからこいつの言葉の揚げ足でもとってやる事にしよう。
そうすればこいつはとびっきりイライラする表情を見せてくれるはずだ。
「お前は忘れてないだろ、俺の事」
あ、間違えた。
俺のポケモンは俺の事忘れてないっていうつもりだったのに。
まぁいっか。
俺の思った通り、こいつが笑顔になったから。
東に行こうと思った。
東にはきっと、楽しい事が待っている。
そう、こいつのポケモンが言っている気がしたから。
2013.3.6 03:15:19 公開
2013.3.11 08:14:48 修正
■ コメント (1)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
13.3.6 03:17 - 不明(削除済) (yunal) |
何か間違ってたらごめんなさい(汗
一つの文章からテーマを決めるのはすごく難しいですね。
勉強になりました。この企画をたててくれた方に感謝します。