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ひとりぼっちのグレイシア
【new】『世界の生まれる瞬間』(著:夕暮本舗)
著 : せせらぎ
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「お誕生日おめでとう、沙青せゝらぎくん。今日は君に、世界の生まれる瞬間を教えたいんだ」
『世界の生まれる瞬間』
挨拶もそこそこに、ぼくの親友であり、子どもでもあり、分身でもある、そんななんとも説明しがたない不思議な存在のグレイシア――ミントはそう言うと、まだぼんやりしている僕を置いて走り出した。
「待ってよ、ミント! 世界を――なんだって?」
「世界の生まれる瞬間だよ。君は、世界の創り方は知っているけれど、どうやって生まれるかは知らないでしょう」
まるで、歌うような調子でミントが答えた。
「世界の生まれる瞬間……」
ぼくはそう繰り返しながら、ずいぶん小さくなった自分の手のひらを見た。自分が、いつの間にかまたミュウの姿になっていることにはもう驚かなかった。この尻尾だって、生まれたときから生えていたかのような感覚だ。
ミントが走るあとを追いかけるほどに、辺りがどんどん暗くなっていく。心細くなって、決してミントの姿を見失わないよう心がけて駆け続けた。けれど、彼も何度も振り返っては、ぼくがついてきているかを確認してくれて、そんな優しい視線と合うたびに、次第に不安も薄れていったんだ。
そして、ミントは突然立ち止まると、さっきと同じようなごきげんな口調で話し始めた。
「世界は一つじゃないんだ。みんな、それぞれの世界を持っている。君が考えるたびに、想うたびに、創造するたびに世界は生まれていくんだよ」
「きみの言ってること、なんだかわかるような、わからないような感じだよ。それにぼくね、もう頭の中がいっぱいだから、今はあまり難しいことを考えたくないんだよ」
「あははっ! 君も変わったね。これは考えることじゃなくて、気づくことなんだよ」
そう言うミントの方だって、今までより明るく、なんだかひょうきんになったような……そのとき、足元で蛍のような光が灯ったことに気が付いた。ずいぶん下の方――ぼくらは、とても上空の、見えないトンネルの中を走っていたことに気が付いた。
下の方でたくさんの光が、現れては消えていく。イルミネーションみたいだ。綺麗だ、とぼくは無意識に口にしていた。
「誰かが考えた世界たちが、あそこにあるんだよ」
「考えた世界?」
「そうだよ。君が僕という存在を思いついて、物語という舞台に僕を置いてくれたとき……世界は生まれるんだ。命と物語、それを考える人がいる限り、世界は無限に生まれていくんだ」
「それって、なんだかきりがない話だね」
「実はそういうわけでもないんだよ。すぐ消えてしまう光もある。紡げられなかった世界、忘れられる物語。それは決して悪い事でも、いけないことでもないのだけれど……」
ぼくは、世界中の人たちが今こうして、世界を創っていることについて想像してみた。そして、消えてしまう光について、誰の記憶にも残らない世界について考えて、仕方ないことだと思ったけれど……確かに寂しいな、と思った。
「みんながぼくらみたいに、生まれた世界の中で出会えたらいいのにね」
ぼくがそう言うと、ミントはそっと、ぼくの手を握ってくれた。
「僕を生み出してくれてありがとう、沙青せゝらぎくん。きょう、僕はそれが伝えたかったから、この景色を見せたんだよ」
生み出され続ける世界から目が離せないまま、ぼくが深くうなずこうとしたそのとき、一際大きな光を見た。不安そうなアシマリの男の子が、ぼくの方を見つめ返していた。やがてその光はどんどん遠くなっていき――それとも、ぼくらの方が世界の外側で動き続けているのかもしれないけれど――やがて、よくわからなくなった。
どうか、少しでもあの光が、長く光り続けますように。ぼくはただ、祈った。どうか、あの名前も知らない彼と、いつか出会える日が来ますように。
ミントは突然ぼくを強く抱き寄せると、弾んだ声で言った。
「ああ、これから君がどんな物語を創って、どんな命と出会えるか、どんな世界を見られるか……僕は、それが楽しみで楽しみで仕方ないよ!」
ミントのその言葉は未来を示していたけれど、ぼくらにとってはお別れの合図のようだった。ぼくは、自分の身体がどんどん軽くなっていくのを感じた。それでも、ぼくはすぐに彼の手を離すことができなかった。
「待ってて、ミント! 必ず、また会いに来るから!」
ぼくは今までより力強く、別れの言葉を言った。たくさんの光が、辺りにあふれ、ミントの姿がどんどん見えなくなっていく。
それでもぼくは、ちゃんときみの声が聞こえたんだ。
「ずっと待ってるよ。ずっとずっと、君が世界を創ってくれる限り……!」
2017.6.24 01:10:19 公開
2021.4.5 14:46:49 修正
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