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著編者 : 風見鶏

優しさと、悲しさと。――ムシャーナの女の子

著 : 風見鶏

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 あたしは、とてもひどいことをしてしまったんです。
 コーヒーカップに注がれた液体を覗き込みながら少女は言う。白いカップに相対した真っ黒な液体。自分がしてしまった黒いことがそこに溜まっているかのように、少女はコーヒーカップから目を離そうとしなかった。たったこれだけの小さな黒に吸い込まれそうで、少女はミルクをちょっと乱暴に回しながら注ぎ込む。黒に白が混ざっていき、その色はひどく曖昧なものになった。
 スプーンでかき混ぜても黒の面影は消えず、少女は懺悔をするかのように訥々と語り始める。


 ◇ ◇ ◇


 シッポウシティのポケモンセンターを出たあたしは、言われたとおりヤグルマの森に行ってみることにした。途中の道にいたトレーナーたちは、傍らに連れているムシャーナを見て、バトルを仕掛けようかどうか迷っている。心配しなくてもあたしのバトルの腕は大したものじゃないのに。
 森の入口にはナースのお姉さんが立っていて、ポケモンが疲れてきたら回復させてあげるから私のところに来てね、と天使のような微笑みで言ってくれた。ヤグルマの森で修行をする人がいかに多いかを教えてくれるようだった。
 森に入ってみると、そこかしこにトレーナーがいる。きっとみんな秘密の共有者。ここまで広まっていたらもはや秘密じゃないのではないかと思う。でも、あの子はそうすることで人と繋がっていたいんだ。たぶん秘密が常識に変わるまで、ずっと秘密の共有を繰り返していくのだ。
 しばらく歩いてみると、少し賑やかな草むらを発見する。
 ポケモンレンジャーの格好をした男の人がすかさず飛び込んでいって、同時にハーデリアを走らせていた。モモン色のポケモンが反撃もせず、一方的に攻撃を受けて倒れる。
 ――よし、レベルアップだ!
 男の人は嬉しそうに叫んで、ハーデリアを撫でてあげるけれど、草むらに臥したモモン色のポケモンなんてもう忘れてしまったかのように、さっさと次のポイントを探し始める。
 たぶんあれがタブンネだ。あたしは、なんだか優しいポケモンだよね、と言ったあの子を思い出す。ポケモン何匹分もの経験値を与えてくれて、トレーナーやポケモンを幸福にしてくれる優しいポケモン。なんて歪んだ解釈だろう。あたしはその場に立ち尽くしてしまった。
 倒れていたタブンネが移動しようとして、再び草むらは揺れた。それに目ざとく反応したトレーナーがポケモンをけしかける。タブンネは数歩も歩かないうちにまたやられてしまった。
 タブンネを倒したトレーナーは嬉しそうだった。
 あたしは言葉を失った。トレーナーが去っていった後、倒れているタブンネの元に歩み寄る。
 なんてかわいそうなポケモンだろう。そう思っていた。けれど――。
 草むらに臥したタブンネは傷を負いながらも、海のような色の瞳でトレーナーの後姿を見つめ、天子の羽のように整った耳を動かして、嬉しそうに草むらで横になっていた。
 そんな姿を見て、思わず涙がこぼれた。タブンネはあたしに気づいて立ち上がり、草むらを揺らす。こうしていればトレーナーが寄ってくることを知っているのだ。
 そして、その後に何が起きて、どうすれば人やポケモンに幸せを与えることができるか。そうしたことを何もかも知っている。見返りを求めない優しさを振りまいて、タブンネは幾度も倒される。そこに悲しさなんて微塵もない。タブンネですらそれが嬉しいのだ。
 多くのポケモンが簡単に森の中で身を潜めることができるのに、どうしてこうも易々とタブンネ狩りなんてものが成立するのだろう。だれもそのことに疑問を抱かなかったのだろうか。ひどい仕打ちを受け続けているならば、タブンネはどこにだって身を潜めることができた。けれど、考えてみれば簡単なことではないか。その天使のようなポケモンは、恨むことも悲しむことも怒ることさえもしなかったのだ。
 あたしはたどり着いてしまった。これこそが本当の秘密。真白な真実。誰も気づいていないことだった。
 揺れる草むらを尻目に、あたしはヤグルマの森を後にした。

 翌日、あたしはすごく悩んでいた。
 トレーナーたちにはタブンネ狩りを止めてもらいたい。でもタブンネは嫌がってなんかいない。その天使の微笑で全てを受け入れ、全てに幸福を与えている。
 だとしたら、せめてこうした秘密を知ってもらって、タブンネを倒したあとにきずぐすりを使うとか、そうした配慮くらい考えてもらいたい。
 こうして悩んでいるうちにも、ヤグルマの森はタブンネを目的としたトレーナーたちでいっぱいになっていた。こんな朝からでもタブンネは嫌な顔一つせずに草むらを揺らしている。それで倒されて、やっぱり何も見返りがないのはおかしなことだ。
 あたしはモンスターボールからムシャーナを出した。ムシャーナはおでこからもくもくと立ち上る紫色の煙で、色んな夢を振りまくのだ。あたしに出来ることはこんなちっぽけなことしかない。
 ヤグルマの森をムシャーナと一緒に歩いて回る。森の中は夢に包まれていった。
 あたしの中にはだんだん罪悪感のようなものが溜まっていく。心には雨雲が立ち込めた。
 本当にこれでよかったのだろうか。タブンネ狩りをすることで、誰一人として悲しんでいる人はいないというのに。あたしがこうすることで、誰一人として喜んでくれる人はいないというのに。
 でも、タブンネだってポケモンで、ちゃんとあたしたちみたいに生きているのだ。タブンネばかりをラッキーアイテムのように扱ってほしくはない。もう止まらなかった。
 トレーナーたちを包んだ紫色の雲を抜け、夢に包まれたヤグルマの森を出て、シッポウシティに向かっていく。あたしを追い越してポケモンレンジャーの男の人がポケモンセンターに入っていった。彼はどんな夢を見ただろうか。タブンネだって生きているということ、そんな何でもない当たり前を知ってくれればいいのだ。そう、思う。
 ムシャーナに指示を出して、ポケモンセンターの周りを紫色の雲で覆った。
 結局、『タブンネの女の子』に教えてもらった秘密のとおりに、タブンネを倒しに行ったりはしなかった。別に悪気があったわけではないと思うけれど、これからはタブンネを倒してしまった後のことも考えるように言ってもらわなければいけない。そうしたことに気づいてくれればいい。
 心が晴れないまま、あたしはシッポウシティを後にするのだった。
 タブンネも今日ばかりは、自分が幸せになる夢を見たっていいだろう。


 ◇ ◇ ◇


 少女が語った数時間後に、同じように悲しさを纏った女の子が訪れる。そのことを知っている者は、まだ誰もいない。
 ここは安らかな音楽の空間。タブンネのように無償の幸福を与えてくれる素晴らしい場所だ。
 語り終えた少女はミルクと混ざったコーヒーを見つめて、一思いに飲み干した。空になったコーヒーカップの中に、もう黒い液体は残っていない。
「きっと、悪いことじゃありませんよ。トレーナーたちは今までも幸福を味わってきたんでしょう? だったら、今回でちゃんとそうした負の部分があることを知って、これまで以上に幸福を享受する方法に気づいたのではないでしょうか」
 マスターが微笑んだ。
「そうだといいんですけどね。あたし、今は旅の途中なんです。世の中いいことばかりじゃないんだなあって、今回のことで気づいちゃったんですよね。つい最近もプラズマ団とかいうのにポケモンとられちゃったし、さっきだって店の外でスキンヘッドの二人組みが怪しげなことをしているの、見ました」
 そうして少女は散りばめられた悲しい真実を知っていく。美しい旋律に飾られたこの空間は、そうした辛いことをなぜだか温度のあることのように感じさせてくれる。そして、自分がすごくちっぽけなことで悩んでいたのではないかとすら思ってしまう。音色にはそんな力がこもっていた。
 それからマスターと少女はしばらく会話をして、曲が終わる頃に少女はカフェを後にした。
 マスターはいつものように祈って、コーヒーカップを拭き始めるのだった。
 

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2011.3.1  00:30:48    公開


■  コメント (2)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

まさかこんなに早くコメントが来るとは思っていませんでした……。
もみの木さん、初めまして!
コメントありがとうございます(´∀`*

風見鶏の文章なんてその辺にいっぱい落ちてるんで、ぜひ拾っていってください!(
お話の内容はゲームの素晴らしさ補正がかかってるので、あんまり騙されちゃいけませんよ!((
実はキャラの台詞も一部はゲームの使いまわしだったりします><
『運命の観覧車』で女の子が観覧車に乗ってる時の言葉はゲームから引用しましたし、タブンネの女の子が喋る言葉は、シッポウシティのポケモンセンターに行けば聞けると思いますb
やっぱりBWの感動をノベルにも持ってきたかったので、ベルが公式みたいだって言われるとすごく嬉しいですね´▽`*
ゲームの裏側ではこんなことがあったのかもしれないよ!っていう雰囲気を楽しんでもらえたなら、風見鶏は幸せです!

これからも期待に応えられるように頑張ります……><
ありがとうございました!

11.3.5  23:38  -  風見鶏  (2004223)

こんばんは!前々から気になっていて、今日やっと全部読ませていただきました……!**
とても感動したので、ついコメントしちゃいました!^^*

まず風見鶏さんの文章力に惚れました……!一つ一つの表現がどれも相応しくてすごいです、文章力わけてください!(←)
そしてトウヤ君やベルが出てきてBW楽しんだ私はすごく楽しめます!
い、1話のお話すごくドキドキさせて頂きました……!どうしてこんなに恋を上手に書けるんですか、って思ってしまいました!^q^
女の子も可愛いし、すぐ状況が頭に浮かんできて、自分が恋してるみたいでしたトウヤ君結婚してくれ!←
前回の2話と今回の3話、続きものですごく面白かったです!
タブンネが可哀想で可哀想で私も涙出てきました……!どんなに倒されてもずっと優しくしているタブンネがたまらないです……!今まで私もタブンネたくさん経験値もらえるからいいなあと思ってよく倒していましたが、ポケモン側の都合を考えると確かにトレーナーは勝手ですよね……。
タブンネの女の子は涙を流して反省してくれて良かったです、ベルもポケモンの事をよく考えてくれましたし……!ベルは公式みたいでした、風見鶏さんってどうしてこんなに上手に書けるんですか文章力ください!(←2回目

それではここらで失礼させていただきます!お話どれもすごく面白かったです、これからも応援していますね!**

11.3.4  19:16  -  不明(削除済)  (osiayo)

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