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著編者 : 風見鶏

プロローグ 憩いの調べ

著 : 風見鶏

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 静かな空間に、アコースティックギターの音色がぼんやりと浸透していた。
 紡ぎだされる美しい旋律。その優しげな響きは聴く者に幸福を与え、日々止まることなく流れていく街の忙しい喧騒を忘れさせた。
 コード進行が哀切を帯びた色へと移り変わっていく。悲しげな旋律はこの静かな空間にぴったりだった。奏者の周りで耳を澄ませる者は一様に目を閉じて聴き入っている。頬に涙が伝っている者も居た。
 やがて曲はゆったりとしたテンポになっていき、奏者が六本の弦をゆっくり鳴らしたところで演奏は終わった。観客たちから小さな拍手が起こる。
 ――そんな光景。
 無機質なビルが立ち並ぶ大都会の路地裏で、ひっそりと身を潜めるようにして存在する異質な空間。慌しく人が行き交うストリートの隣にある別世界。そこだけ日常から切り取ったかのように妙な静けさがある。
 それがこのカフェ――『憩いの調べ』であった。
 金を儲けるために経営するのであれば、朝だろうと昼だろうと問答無用に薄暗いこんなスリムストリートで店を構えたりはしない。ここヒウンシティには昼夜を問わず人が走り回っている通りがあるのだ。例えばヒウンストリートであったり、モードストリートであったり。金が欲しければそうした人の流れがある場所で店を開けばいい。
 けれど、『憩いの調べ』のマスターはそれを望んでいない。
 喧騒の只中にこんなカフェがあったとして、確かにそれなりの需要はあるかもしれない。でもそれだけじゃ結局何の意味もないのだ。
 『憩いの調べ』はその名の通り、演奏の調べによって憩いの場を提供するカフェだ。そんな音の世界観を保つためには、こうした静かな空間が必要だった。だからこんな奥まったところに店がある。
 金にはならないが、ここには色んな人が来る。ただ演奏を聴くだけじゃなくて、あらゆるものに追い回される日常から逃れ、愚痴なり自慢なり、各々の語りを残して日常に戻っていく。そうしたちょっとばかり訳アリの者がよく訪れた。
 マスターは清潔そうな服装で姿勢よくカウンターの中に立っている。店の扉が開いた。
 黒い縁の眼鏡をしたギター奏者が、静かな所作で演奏の準備をする。そして、音を紡ぎ始めた。
 客は何を語ってくれるのだろうか。始まった演奏によって作り出される音の世界で、マスターは客が語りだす話に耳を傾けるのだ。
 そうした数々の話は、このイッシュ地方で決して語られることのなかった、小さな物語なのである――。
 
 
 

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2011.2.21  01:51:14    公開


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