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死が追いつかない場所で

著編者 : シガラキ

死が追いつかない場所で

著 : シガラキ

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「君の思うがままに――」



 ***


 アキヒトは真っ白な横開きのドアを静かに開けた。405号室。中にはポツンと一つの白いベットがあって、寝たきりの少女が窓の外を眺めていた。いつも通りの光景。アキヒトに気づいた少女は窓から視線をそらし、笑みを浮かべて歓迎する。

「いつもありがとうね」
「幼馴染の務めさ」

 アキヒトも応えるように笑って、静かにドアを閉めた。外ではポッポが群れをなして飛び交っている。その光景は彼女のパートナーを連想させるのであろう。アキヒトは自身に向けられている笑顔の裏を知っていた。だから、右ポケットの中には小さな球体が入っている。全ては彼女にために。

「いいものを見せてあげるよ」

 彼女の寝ているベットの前に立ったアキヒトはそう言って、アキヒトはまず左ポケットからポケギアを取り出した。それから少しいじって彼女の前に差し出す。そして流れ出していく軽快な音楽。

「あー! これ、『ネオン☆十七』の新しいアルバムでしょ! 『タイラント』だよね」
「そう。お前ネオン好きでしょ?」
「ありがとー! 聴きたかったんだ」

 音楽が流れ出したポケギアを受け取り、画面に出る歌詞カードを眺めながら、音楽に合わせて幸せそうに鼻歌を歌う少女。名前はフユカ。黒髪のショートカットの、確か昔は活発だったアキトの幼馴染。色々事情があって、今は病院で闘病生活を送っている。ゆえに、幼馴染であるアキヒトがお見舞いにきているわけだ。
 個室ゆえに、小さな音量でなら音楽を流していても苦情はこない。そして、個室だからこそできることは他にもある。

「はい」

 本命の右ポケットのモンスターボール。ボタンを押して指の先サイズだった大きさを手のひらサイズに戻し、ゆっくりと静かに繰り出した。モンスターボールがパカっと割れて、中から赤い光が飛び出しフユカのもとへ降り立つ。
 いきなりのことにビックリしたフユカは、持っていたポケギアをベットの上に投げ出し、赤い光から出てきたポケモンを思わず凝視した。それは出現と同時に、気持ちよさそうに羽を震わせていたが、目の前にご主人様が現れたとし知るや否や羽を広げて飛び掛かる。

「ムーちゃん!?」

 フユカは思わず抱きしめたかつてのパートナーの姿を見て、目を真ん丸にしながらもどこか嬉しそうだった。投げ出されたポケギアからは未だ音楽が流れ続けている。
 ムックルのムーちゃん、彼女がまだ入院していなかったころに出会った、外の世界での大切な記憶のピースのひとつだ。アキヒトはその時のことをよく覚えていないが、それが運命的な出会いであれ平凡な接触であれ、今の彼女を見るにそれは大切なモノだったのだろう。かつての、もう再現できない時の中からつまみ出された思い出は、人を豊かにする。それは間違いないのだ。
 と、パートナーとの再会を喜んでいた彼女であったが、ふと目線をアキヒトに向けて睨みつけた。もちろん、ムーちゃんを抱きしめたまま。ムーちゃんは嬉しそうにもぞもぞしている。

「ダメじゃない! ここ、ポケモンの持ち込み禁止だったよね!?」

 そう、この病院は衛生上の問題、そして患者間のトラブルを防ぐため、許可されたポケモン以外の持ち込みが禁じされている。フユカの家にいるはずのムーちゃんがここに現れたということはつまり、アキヒトが無断でここに持ち込んだということに他ならない。いくら自分のためとはいえ、病院の規則を破ってしまえば今後に大きな問題を生じてしまうかもしれない。しかしアキヒトはそこに何ら問題があるとは思わなかった。
 アキヒトは頬を含まらせたフユカに、ふっと笑って見せる。

「バレなきゃ問題ないのさ」
「ダメなものはダメでしょー! まったく! ねえ、ムーちゃん?」

 同意を求められたムーちゃんは無邪気に、そして嬉しそうに鳴いた。それを見たフユカは今一度、ギューッとムーちゃんを抱きしめる。ムーちゃんはとても楽しそうにまた鳴いた。

「で、今日の夜なんだけどさ」
「話をそらさないでよ、まったく」

「今日の夜、星を見に行かない?」



 ***


『ダメだよ! 私、病院から出ちゃダメって言われてるもん』

『大丈夫だって』

『第一、どうやってここから出るのさ』

『大丈夫、まあ見てろって』


「……本当に出てきちゃった」 

 フユカは久しぶりの夜景を前にして、唖然としていた。アキヒトはたまたま防犯装置が壊れていた窓から侵入し、夜勤の看護師の見回りと運よくぶつからず、見事にフユカを連れ出した。窓に取り付けられていた防犯対策のセンサーが壊れていたのはともかく、看護師と巡り合わないという保証はなかったはずである。しかしアキヒトはそれをやり遂げてしまった。

「はしゃいで川に落ちるなよ」

 大博打を成功させた後にしては、涼しい顔で冷静にフユカへ注意を促すアキヒト。ガードレールで仕切られた川沿いを2人並んで歩いていた。道はしんと静まり返っていて、たまに車が通り過ぎること以外、ヒトが存在しない世界のような寂しさが漂っている。
 病人に多くは歩かせられない。だからといって病院の近くで繰り出すわけにはいかなかった。この辺りが最善だろう。懐かし気に街中を見渡しながら歩くフユカを一旦止めて、自らのモンスターボールに手を翳す。
 夜に溶け込む赤い光。それは、ふいに飛び出せば思わず人が後さずるほどの大きさを形作り、姿を見せる。

「これに乗っていこう」

 ムクホーク。彼女のパートナー、ムックルが最後に行き着くであろう形態だ。アキヒトの目線にうなずいたムクホークが、2人が乗りやすいように身をかがめる。アキヒトはそんなムクホークの頭を撫でた。
 前にアキヒト、後ろにフユカが乗ったことでムクホークはその大きな羽を広げ、空へ浮上する。地上の住宅街にはまばらにポツポツと明かりが点在しており、それは漆黒の夜空に輝く星々のようだった。歓声を上げて迫りくる大気でなびく髪を抑えながら、フユカは空中散歩を楽しんでいる。アキヒトはただ目的地である山のふもとの高台へ目を向けていた。
 空中散歩が終わり、ムクホークが降り立ったのは町が見下ろせる高台だった。下りた途端に手すりまで駆け寄って町の夜景をうっとりと眺めるフユカの後ろ姿を追い、アキヒトも横に並んだ。

「綺麗……」
「楽しそうなところ悪いけど、本命は上な」

 頭上には宇宙の光が隠れることなくキラキラと光っていた。快晴の夜空は人々が代償を払って作った景色よりも、ずっと堂々としていて、ずっと綺麗だった。黒の天井に瞬く星々は時間と現実を忘れさせてくれる。

「ねえ。アキヒトは、何座が見たい?」
「俺は、そうだな」

 星空から目を離しアキヒトの横顔を見ながら、フユカ少し興奮気味に尋ねた。アキヒトは夜空から目を離さずにしばし考える。

「蠍座は嫌い、かな。意味はないよ」
「アキヒトって、たまに変なこと言うのね」

 笑って星空に視線を戻すフユカ。今度はアキヒトが視線を戻して、フユカの横顔を見る。そしてポケギアを密かに起動し、現在時刻を読んだ。『23:54』。

「いつか見たいって言ってただろ。星」
「え? 言ったっけ? まあ見たかったけどさ」

 星。宇宙。初夏の風。アキヒトはただ夜空を見つめる。変わりもしない光。香りも、温度も、手足の疲労も、瞳に渇き具合も、空腹度合いも、全部が変わりのない夜。


 ――『00:00』。










 アキヒトは真っ白な横開きのドアを静かに開けた。405号室。中にはポツンと一つの白いベットがあって、寝たきりの少女が窓の外を眺めていた。いつも通りの光景。アキヒトに気づいた少女は窓から視線をそらし、笑みを浮かべて歓迎する。

「いつもありがとうね」
「幼馴染の務めさ」

 アキヒトも応えるように笑って、静かにドアを閉めた。外ではポッポが群れをなして飛び交っている。その光景は彼女のパートナーを連想させるのであろう。アキヒトは自身に向けられている笑顔の裏を知っていた。だから、右ポケットの中には小さな球体が入っている。全ては彼女にために。

「いいものを見せてあげるよ」

 彼女の寝ているベットの前に立ったアキヒトはそう言って、アキヒトはまず左ポケットからポケギアを取り出した。それから少しいじって彼女の前に差し出す。そして流れ出していく軽快な音楽。

「あー! これ、『ネオン☆十七』の新しいアルバムでしょ! 『タイラント』だよね」
「そう。お前ネオン好きでしょ?」
「ありがとー! 聴きたかったんだ」

 音楽が流れ出したポケギアを受け取り、画面に出る歌詞カードを眺めながら、音楽に合わせて幸せそうに鼻歌を歌う少女。名前はフユカ。黒髪のショートカットの、確か昔は活発だったアキトの幼馴染。色々事情があって、今は病院で闘病生活を送っている。ゆえに、幼馴染であるアキヒトがお見舞いにきているわけだ。
 個室ゆえに、小さな音量でなら音楽を流していても苦情はこない。そして、個室だからこそできることは他にもある。

「はい」

 本命の右ポケットのモンスターボール。ボタンを押して指の先サイズだった大きさを手のひらサイズに戻し、ゆっくりと静かに繰り出した。モンスターボールがパカっと割れて、中から赤い光が飛び出しフユカのもとへ降り立つ。
 いきなりのことにビックリしたフユカは、持っていたポケギアをベットの上に投げ出し、赤い光から出てきたポケモンを思わず凝視した。それは出現と同時に、気持ちよさそうに羽を震わせていたが、目の前にご主人様が現れたとし知るや否や羽を広げて飛び掛かる。

「ムーちゃん!?」

 思わず抱きしめたかつてのパートナーの姿を見て、目を真ん丸にしながらもどこか嬉しそうだった。投げ出されたポケギアからは未だ音楽が流れ続けている。
 ムックルのムーちゃん、彼女がまだ入院していなかったころに出会った、外の世界での大切な記憶のピースのひとつだ。アキヒトはその時のことをよく覚えていないが、それが運命的な出会いであれ平凡な接触であれ、今の彼女を見るにそれは大切なモノだったのだろう。かつての、もう再現できない時の中からつまみ出された思い出は、人を豊かにする。それは間違いないのだ。
 と、パートナーとの再会を喜んでいた彼女であったが、ふと目線をアキヒトに向けて睨みつけた。もちろん、ムーちゃんを抱きしめたまま。ムーちゃんは嬉しそうにもぞもぞしている。

「ダメじゃない! ここ、ポケモンの持ち込み禁止だったよね!?」

 そう、この病院は衛生上の問題、そして患者間のトラブルを防ぐため、許可されたポケモン以外の持ち込みが禁じされている。フユカの家にいるはずのムーちゃんがここに現れたということはつまり、アキヒトが無断でここに持ち込んだということに他ならない。いくら自分のためとはいえ、病院の規則を破ってしまえば今後に大きな問題を生じてしまうかもしれない。しかしアキヒトはそこに何ら問題があるとは思わなかった。
 アキヒトは頬を含まらせたフユカに、ふっと笑って見せる。

「バレなきゃ問題ないのさ」
「ダメなものはダメでしょー! まったく! ねえ、ムーちゃん?」

 同意を求められたムーちゃんは無邪気に、そして嬉しそうに鳴いた。それを見たフユカは今一度、ギューッとムーちゃんを抱きしめる。ムーちゃんはとても楽しそうにまた鳴いた。

「で、今日の夜なんだけどさ」
「話をそらさないでよ、まったく」

「花火、しようか」









「いつまで続けるつもりだ?」

 花火特有の煙臭さ。水の張ったバケツへ無造作に入れられた手持ち花火の数々。アキヒトがフユカに線香花火の持続時間で負けたそれも浮いていた。
 誰もいない夜。それは誇張でもなければ嘘でもない。アキヒトは暗闇の中、後ろに現れた影に向き合う。まぎれもない、自分自身。

「意味のない繰り返し。ただ虚しいだけだろ」
「――」
「――ッ」

 アキヒトが駆け出し、影の首を両腕で掴み押し倒す。アキヒトはそのまま左右の親指で喉ぼとけの下を、体重をかけて押しつぶした。影は何も抵抗してこない。ただ、そのまま、温かくも冷たくもない首をただただ絞め潰した。青年が思いっきり体重をかけて行う絞首は、骨の全てを砕くには至らないが、舌骨を一部砕くことにはできる。やわらく若干弾性を感じる肉を通じて、何かがポキりと折れる感覚を得たのはそれが折れたということだろう。それでもアキヒトは影を絞め続けた。絞めて、潰して、絞めて、潰す絞める潰す絞める潰す絞める――。

「これの、どこが、虚構だ! 実感もある! 笑ってた! これの、どこが虚構なんだ!!」

 影の首から手を離した刹那、再び体重をかけて絞め押しつぶす。絞めて、潰して、絞めて、潰して。

「現実だ! 夜がきて、朝がくる! 俺は、1日を生きているだけだ! これの、どこが、間違いだ!」

 絞めて、潰して、絞めて、潰して、吠える。
 何度も、何度も。手を放しては押しつぶし、さらに硬い感覚すら失うほどに、それは何度も何度も何度も何度も。

『いいよ。願い事、叶えるよ。そのためにボクは千年も眠っている。君の思うがままに、何でも願えばいいさ』

 3回目、10時に病院の入り口で老人が倒れる。介抱をしながら院内に入ればボールを安全に持ち込める。
 5回目、フユカの好きなアーティストのアルバムが出るらしい。
 11回目、この時間帯ならばムックルを繰り出しても誰も来ない。
 23回目、病院1階の西館の窓の防犯機能が壊れている。そこからなら入れる。
 43回目、看護師や警備員の行動は活発ではない。ナースセンターを避けて、寄り道しなければ居合わせない。
 68回目、フユカが川に落ちた。
 82回目、ムクホークが発見された。病院の近くで飛ぶのは危ない。

 **回目、フユカは星が見たいようだ。


『ふーん。生き返らせる、なんてのもできるけど』

『なるほどねぇ。生きている限り、死はどこまでもついてくる』

『歪だね。ま、そういうのは大好きだよ。だから、わざわざここに来たんだ』

『素晴らしいじゃないか。千年後も、その先も、君の願いは成就し続ける。初めてさ、こんな充実感は』

『変わってるって? そりゃあ、こんな身分だからね、誠実に生きるだけ無駄なのさ』

『じゃ、もう会うことはないけど、どうか幸せに。ボクはずっと願ってるよ』



 ――気づくと、そいつは死んでいた。















 アキヒトは真っ白な横開きのドアを静かに開けた。405号室。中にはポツンと一つの白いベットがあって、寝たきりの少女が窓の外を眺めていた。いつも通りの光景。アキヒトに気づいた少女は窓から視線をそらし、笑みを浮かべて歓迎する。

「いつもありがとうね」


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2019.4.6  22:00:24    公開
2019.4.7  17:47:18    修正


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