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我楽多たちの物語

著編者 : 森羅

Hello World!

著 : 森羅

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『まず、はじめに。このコロニーのルールを説明します』
『他愛の無い話ができる場であればいいと、そう思ってる』
『だから何、難しいルールじゃあない。簡単な話だ、ここは――――』

   ※

『こんばんは』
『今晩も我らのコロニーへようこそ!』

 あーあー、テステス。オーケーオッケー、マイクバッチシ、音声、音量、放送状況、全て問題なし。あえて問題を上げるとすればマイクの向こうでアツキが今夜も馬鹿をやっていることだろうか。まあ、それはいつものことと言えばいつものことだ。よぅし、つまり問題なしだ! ……あれ、ん? まあいいか。あれ、良くないのか。良くないな。

『よっしゃじゃあさっそく、質問の受付から始めるとするか!』
『受付じゃなくてすでに届いた分への回答なんだけど』
『あれ? そう?』

 あっはっはっはっはははは……!
 あっちとこっちでそれぞれ笑い声が上がる。あっちは勿論全く反省などしていない声で、こっちは勿論真顔で笑い声を絞り出している。僕は今から大急ぎで放送用アンテナを引き抜いてくる方が良いのだろうか。……物理的に可能かどうかは別として。
 ただまあ。それを僕が実行するまでもなくやはり彼女の声がぴしゃりとアツキを叱る。

『アツキ、これ以上ふざけたら怒るからね』
『いやいや、カオリちゃん! ……はい、すみませんカオリさん。ちゃんとやりますよはいはい』

 アツキの暴走を毎度止めてくれるのはパーソナリティで唯一女性のカオリだ。このやり取りは一種の様式美というか、定番というかになってしまっているようでリスナーからの手紙にちょこちょこ出てきたりする。「いつも楽しく聞いてます」なんて手紙、アツキが図に乗るだけなので僕としてはやめて頂きたい。

『えー、じゃあ。カオリちゃんに叱られたところで真面目にお便りを読みましょー。まずはラジオネームゆいさんからの質問です。ポケギアが壊れてしまって、ラジオを聞くことができません。直し方を教えてください。……あー、大昔に一回バラしたことあるけど、ゆいさんがどうやって壊したかわからないから大人しく修理屋に持って行こうな。あと、ラジオを聞けないのに、ラジオで直し方を聞いちゃいけないぞ』

 ……ごもっとも。
 ゆいさんには悪いが、ポケギアは大人しく修理屋に持っていてほしい。そもそもこの放送を聞けているのかが疑問だけど。

『じゃあ次ね。次は』

 アツキは話のテンポが良い。声に軽薄な感じが拭えないところはあるけど、明るくて聞き取りやすく、マイクを通しても声が潰れてしまわない。下手に恥ずかしがったりもしないので肝が据わってもいるのだろう。口達者で浅く広く知識を蓄えている節もある。というかぶっちゃけると彼は仲間内では一番頭がいい。神様とやらがいるのならそれはきっと非常に非情に違いない。詰まるところ、アツキは要領の良いタイプなのだ。

『はい、じゃあ……そんな缶詰暮らしさんには一曲贈るわね』

 おっと。
 カオリの声に僕は音楽プレーヤーとアンプを弄る。
 暴走しがちのアツキを抑えたり、放送時間を合わせたり、脱線しすぎた話を戻したりと全体的にラジオを纏めてくれるのがカオリだ。彼女が居なければ多分、この番組はとっくの昔に崩壊していたに違いない。流れてくるのは一昔二昔ほど前の、アップテンポなポップス。彼女の選曲は古いものが多い。けれど、それらは彼女がこの番組の『ルール』に抵触しないものを必死で探してきた結果だと僕は知っている。
 三分少々の曲が終わり、アツキとカオリは次へ次へと手紙を読み上げる。日常生活上の詰まらない相談、愚痴、自分のこと、趣味の話。特にこの番組でリスナーから送られてくるお便りの内容に決まりはない。ただ一つの『ルール』さえ破らなければどんな話であろうと構わないのだ。

『……あら? 次は恋愛系の質問?』
『おっ、じゃあ変わろうか! 少々お待ちくださいってな』

 本来ラジオ番組というのはそんな余計な音を入れるものじゃないと思うのだけれど、この番組では番組途中だろうと平気でパーソナリティが入れ替わる。勿論その間も放送は続いているわけで、つまりドアの開閉音や入れ替わるときの『よろしく〜』なんてアツキの声が録音に入ったりする。リスナーたちが許容してくれているからいいものの、いつお叱り手紙が来るか僕は気が気でない。せめてアツキには黙って交替して頂きたい。ねえ、ホントお願いだから。

『ほい、じゃあよろしく。ヨシ』
『……こんばんは。ラジオネーム、カフスボタンさんですね』

 アツキとは一転、静かな声がマイク越しに響く。一言一言丁寧に区切る喋り方の彼のパーソナリティネームはヨシ。少ししゃがれたような声はアツキとは違い聞き取りづらいところもあるけど、その分彼はゆっくりとわかりやすく話してくれる。番組に来る恋愛系の質問は彼が答えることがほとんど……いや、ほとんどというか最近は彼が全て答えている。まあこの放送を聞いていればそれはわからなくもない。
 彼にそんな色恋沙汰の質問が集中する理由は勿論その声にある。いやまあラジオから声以外の情報は入らないのだからそれ以外の理由は考えられないのだけど。つまり、その優しく、柔らかい声は恋に迷える子羊たちが彼を頼るには十分すぎるほどの威力を持つらしいのだ。彼自身もその声色を裏切らない穏やかな性格をしていて、どんなつまらない質問でも丁寧に内容を読み解いて返事をしている。解決策の提示ではなく共感を持って答えてくれる彼の回答に僕でさえ危うくときめきそうになったことがあるのはここだけの秘密にして頂きたい。
さて。
 話し上手でおちゃらけたところも多い『アツキ』。
 全体的なまとめ役の紅一点『カオリ』。
 静かで穏やかな声で共感を示してくれる『ヨシ』。

 彼ら三人がこの番組、コロニーのパーソナリティたちだ。
 三十分の番組が終わった彼らに、僕は今日も身体の力を抜いて言う。

「三人ともおつかれさま」

   ※

 学習机に伏せると、木特有のひやりとした触感が頬に当たった。

『……ですって、アツキ。本当、ちょっザザ、ヨシを見習ったら?』

 大昔に買ったCDプレーヤーがラジオを拾えると思い出したのはつい最近のこと。部屋の隅で埃を被っていたそれは、やっぱりそこまで高性能ではないらしく、時々ノイズが混じる。今のところまあそこそこ問題なく聞けているから、別にそこまで高音質なものを求めてはいないけど。
 のろのろと体を起こして壁の時計を見上げると夜中の二時も回った頃。部屋の中で明るいのは机の上だけで、部屋の隅には暗闇が溜まっていた。秋風がカーテンを撫でていて、秋特有の土の匂いが鼻を抜ける。……最近、少し肌寒くなってきた。カーディガンを羽織ってちょうどいいくらいかな? なんて肩に掛かったそれを正す。広げていた宿題はさっきからちっとも進んでいなくて、わたしは欠伸を噛み締めた。……眠って起きたら全部終わってないかなこれ。

『んなわけないでしょ、アツキ、いい加減にしなさい!』
「はうっ!」

 タイミングよく飛んできたカオリの叱責に身体が跳ねて、慌てて口を押える。アツキがその声にけろりと笑って、わたしの眠気は一瞬吹き飛んだ。……あ、ハイ。そうですね。ごもっとも。
 このラジオ番組の存在を知ったのは本当にたまたまだった。たまたまコガネに住んでいたからだとかでラジオをよく聞く友人がいて、たまたま面白い番組があるという話を聞いて、たまたまその話が頭に残っていて、たまたまCDプレーヤーがラジオを聞けることを思い出した。そして、毎週火曜、夜中の二時前から始まるこの『オバケ番組』に、わたしは齧りつくようになった。

「んーー、うん」

 眠気を払うために伸びをすると肩甲骨のあたりがバキボキと鳴った。……花の女子高生がこれでいいのか。駄目な気がする。うん、駄目だ。これはいけない。椅子から立ち上がり、窓の傍によってカーテンを開ける。涼しい風は頬を撫でて、部屋の中へと忍び込んだ。

『それじゃあ、活字中毒さんに一曲プレゼント!』

 カオリの声から数秒も経たないうちにCDプレーヤー、もといラジオが名前も知らない曲を吐き出す。初めは静かに、それからアップテンポで。甘いアルトがどこへも行けないと唄う。きっとどこにも行けないと。けれどどこかへ行きたいと。連れて行って、連れて行って。海の向こうの知らない国まで。
 窓の外、遠くで電車が走って行くのが見えた。
 時間的に見て終電か回送電車か。夜も更けたこの時間にあの電車の車両から漏れる光はやたらと目立つ。わたしにはなんとなくあれがケムッソとかキャタピーとかそういう芋虫的なものを想像させるんだけど……それはちょっと妄想がたくましすぎるだろうか。ぼんやりそんなことを思っているうちに電車は窓枠の外側へと消えていった。
 街の明かりは消えることがない。街灯も、どこかの家の営みも、夜の星よりずっと明るい。ゴルバットらしき蝙蝠の影が上昇気流を捕まえたのか夜空へと滑る。それに釣られて目線を少し上げると人口の光に追いやられた夜の空は、ぼやけた濃紺に染まっていた。
 机の上だけを照らす電灯をスポットライト代わりに学習机の上でラジオはまだ、唄っている。

 いとしいあなた。どうか、わたしを、連れて行って。

   ※

 今日の放送は、カオリがいない。それはつまり。

『ははあ、なるほど。上司に腹が立って仕方ないと。あの無能な類人猿のパソコンから仕事用のデータを全て初期化してやりたいと、つまりそう言うことだな! ……え? そこまでは言ってない?』

 …………もう、何も言うまい。ツッコミ不在、鬼の居ぬ間に何とやら。今日の放送はいつもの二割増しアツキの舌が良く回る。立て板に水と言うのだろうか、よくもまあこれだけぺらぺらと話せるものだ。いや、僕が今から口を出してもアツキが吐き出した言葉は戻って来ないんだけど。ねえ、これ、ばっちり流れてるんだよね? 電波に乗せて流しちゃってるんだよね? ねえ、ちょっと。誰か今すぐこの類人猿の口を塞げ!
 しかし残念ながら僕がここでどれほどいい加減にしろと叫ぼうとアツキは止まらない。言葉は音速でマイクの向こうに吸い込まれて行って、光の速度で電波に乗る。僕はその見えない言葉が消えていくのをただただ眺めることしかできないのだ。あーあーあーあー……一瞬だけ半径一キロ圏内のラジオが全て壊れないかな。無理だね、うん。
 茫然と成り行きを見守る僕に、声をかけてくれる人はいない。

『いやいやヨッシー、言い過ぎなんかじゃないぜ? なんたって俺にも社会経験と言うものがあるわけで、そこでホント……』
『アツキ、いつの間におれは、ヨッシーになったんだ?』

 ヨシの、ピントが外れた反応に、もう僕は全てを悟った。……よし、ミキサーを切ってしまおう。音さえアンテナに送れなければ放送もできまい! ふははははは放送中止! 放送中止! よしきた、任せろ。

『ヨシはヨッシーって呼ばれたことない? まじ? 俺はさあ、……………………あ…………』

 …………え? ミキサーを切ろうとした身体が、アツキの声に停止する。

『アツキ』
『あーいや、大丈夫大丈夫。ちょっとほら、昔のさ。うん、こう……いや、悪い。ルール違反だな』
『そうか……。少し休んだほうが良い。続きはおれがするから』

 いつもと変わらない、ヨシの穏やかな声がかすかに震えるアツキの声を宥める。リスナーにはこの声の震えまで届いているだろう。そして、彼らは。その声の震えの理由を察したはずだ。僕は放送を切るのをやめて静かにヨシの声に耳を澄ませる。

『……申し訳ありませんでした。放送を続けます。次のお手紙は』

 ルール、違反。このコロニーの、このラジオ番組の、唯一無二のルール。
 それは、

 ――ポケモンに関する話題の一切の禁止≠セ。

   ※

 『オバケ番組』。
 そう言いだしたのはわたしにこの番組を教えてくれた友人だった。そう言われるのにはもちろん理由があって、このラジオ番組、どこの放送局の物かわからないのだ。
 「多分、ミニFMのラジオ局だと思うんだけど」というのはその子の言。詳しく仕組みを説明してくれたけどいまいちピンとこなかったわたしはとりあえず『免許不要で放送できる範囲で放送してるラジオ』という認識でいる。多分、正確には間違ってるだろうけど、ラジオ局を開設する予定はないのでとりあえずこの認識でもいいはずだ。多分。

『元気になったら、旅行に行きたいです。……ああ、そうだな。カロスの、パルファム宮殿だったか? テレビでしか見たことがないから、おれも一度、実物を見てみたい』

 勿論週に一度はラジオとして働いてもらうわけだけど、最近このラジオ番組で覚えた曲のCDを借りてダビングしたので、CDプレーヤーがCDプレーヤーとしての本来の役割も果たしている。よかったね、プレーヤー君。君も冥利に尽きるでしょ? なんてぽんぽんとプレーヤーの頭を叩くと、ラジオのノイズが増えた。……なんでよ。アナログ人間なのでわたしは『ラジオ』をぺしんともう一回叩く。……よし、直った。というわけで『ラジオ』から聞こえるヨシの声は今週も静かだ。実はわたしはこの人の声がかなり好きで、わたしがこのラジオ番組を聞き続ける一つの要因になっている。そもそもこのラジオを聞き始めたのは別の理由だったはずなのに。
 いや! でも、あえて言い訳するのならそれくらいヨシは良い声をしていて、それは他のリスナーからの手紙でも確認済みだ。ヨシにはよく手紙が来る。声が聞きたいので一曲歌ってくださいなんてリクエストが届いたこともある。……録音機が手元にないことをあれほど悔やむことも少ないだろう。なんてリクエストだ! わたしも送る! ……なんて燃え滾ったのはその時だけで結局行動には移せていない。

『ああ、大丈夫だ。上昇気流ばかり捕まえられるわけじゃない。下降気流に乗ることもある』
『なあ、知ってるか、ヨシ。下降気流だと天気がいいんだ。上昇気流は空を曇らせるんだよ。登るばかりが良いだなんて思い上がりだぜ。曇り空ばかりなんてそれこそ気分が沈んじまう。ぞっとするだろ』
『……だ、そうだ。負け犬さん、参考になると嬉しい』

 そもそも――これもこのラジオ番組がオバケな理由なのだけど――『おたよりはこちら』なんて台詞をかれこれ一度も聞いたことがないのだ。それなのに毎回リクエストのハガキをラジオの向こうで彼らは読み上げる。同じラジオネームの人もいる。初めて聞くラジオネームもある。自作自演の可能性も捨てられないけど、聞いている限りそういう感じはない。何もかもが不可思議なラジオ、これはやっぱり『オバケ』なのだ。

『ふふ、じゃあ。ラジオネーム負け犬さんに。今日はこの曲にしましょう!』

 前の放送で二十二歳になると暴露する羽目になったカオリが、明るく笑う。カオリの声も嫌いではない。嫌いではないけれど。彼女の声は、彼女の四つ上のわたしの姉の声とよく似ていて、それで。
 タシン、と。部屋の外。廊下を、擦る音が耳に入った。
 慌てて曲を流し始めたラジオの音量を下げ、黙らせる。タシタシと爪がフローリングに当たる音は人の歩く音のそれではない。そしてその人の歩く音≠ナはないそれはその内カリカリと扉を引っ掻く音に変わる。カリカリ、カリカリ。わたしはそれに耳を塞ぐ。耳を塞いで、聞かないふりをする。聞こえなかったことにする。無かったことにする。それがどれほど酷い仕打ちだとわかっていても。
 しばらくして諦めたのか扉を引っ掻く音がなくなり足音が遠ざかった。
 窓の向こうは、今夜も人工の光で夜を隠している。

   ※

『まず、はじめに。今夜もコロニーのルールを説明から入るわね』

 この世界にはポケモンという生き物がいる。

『他愛の無い話ができる場であればいいと、そう思ってる』

 それは図鑑を捲るまでもなく、テレビのチャンネルを変えるまでもなく、ごくごく当たり前の常識だ。街の中にポケモンはいる。街の外にポケモンはいる。ポケットの中に、誰かの肩の上に、森の中に、海の中に。世界中に、この携帯獣という名前の不思議な生き物が存在する。

『だから何、難しいルールじゃあない。簡単な話だ、ここは』

 けれど、誰もがポケモンと共存できるわけではない。

『避難所≠セ』

 コロニー。植民地。居留地。同業者、仲間の生活共同体。このラジオの名前、『コロニー』はこの最後の意味を指す。ここは、この番組は、ある特定の理由を抱えた人間達に特化した番組だった。
 それは、ポケモンに対するトラウマを抱えた人たち=B
 トラウマの内容は人それぞれで、ポケモンに大けがを負わされた人もいれば、大切なポケモンを失ったことでポケモンに触れられなくなった人もいる。ただ、それはこの番組では一切語られることはない。語ることをこの番組の『ルール』が許していない。この番組は傷の舐めあいや傷を癒すことを目的とはしていないからだ。

『誰もが同じ風に乗れるわけじゃあないさ。そうだろう? 一週間の、たった三十分だ。たった三十分くらい。俺達は普通≠ナあっても良いだろう?』

 テレビを付ければポケモンがいる。会社にもポケモンがいる。街を出ればポケモンがいる。街の中にもポケモンはいる。世界にポケモンは氾濫している。人間も氾濫している。不思議な話でこの量に、彼らの様な人間は比例しないのだそうだ。ネットの海を漁っていたときに僕はそんな記事を読んだことがある。
 寧ろ反比例するかのように彼らは淘汰されていくのだ、と。
 ポケモンと共存することを、人間と共存することを選んだこの世界は、適応できない生き物には決して優しくはないのだから。

   ※

 部屋の本棚に入っている本だって、必ずと言っていいほどポケモンが出てくる。推理小説のトリックにポケモンの技は使われていて、アイドルの歌うポップスにもポケモンの名前は出てくる。教科書にだってポケモンは出てくる。国語にも歴史にも古典にも生物にも。シーツや絨毯の模様にだってポケモンがいるし、レストランにもポケモン用の食事がある。それが、当たり前で、当然。
 そんなこの世の中でポケモンに関連した話をしないこと。
 それは、ひどく魅力的な響きに聞こえた。
 ポケモンに対するトラウマを抱えた人だけを相手にしたラジオ番組。ポケモンを愛していた人、愛している人、それでも触れることができなくなってしまった人。ポケモンが憎くて仕方がない人。恐ろしくて仕方がない人。ポケモンと共存するこの世界で、ずっと戦わなければならない人たち。この世界で生きていくために、普通のフリ≠しなければならない人たち。そんな人たちが、ただ何でもない他愛のない話≠何も気にせず出来るというのは、きっととても素晴らしいことだ。

『時間が解決する場合もある。何かの拍子で、何かの理由で解決する場合もある。そうなったら、もうこのラジオから離れて構わない』

 コロニーに入れるのは、仲間だけ。同じ痛みを持った人だけ。だから、わたしがラジオを聞くようになった数か月前からでも数人、リスナーを離れたらしかった。彼らは何かの拍子≠ナ、トラウマを癒すことができたのだろう。多分、そうだと信じたい。
 今夜も三十分だけの『普通』が始まる、

『だから、おれは。出て行くよ』

 ――――はずだった。

「……え?」

 扉の向こうで、今日も微かに戸を叩く音がする。

   ※

 とうとうこの日が。
 僕はそれを黙って聞いているだけだった。僕はそれがいつか起こることを知っていて、その結末をきっと僕はわかっていた。なぜなら、日々を重ねるごとに彼らは淘汰されていくのだから。
 二か月前、ヨシが、コロニーから出て行った。
 これは当然ラジオには流していないけれど、カオリとアツキはラジオの後、ヨシとかなり長い間話をした。ラジオの放送自体は切っていたけど、録音はしっぱなしで、誰も消すことなんて誰も覚えちゃいなかったんだろう。カオリもアツキも、彼に強い言葉を投げて、それでもヨシはいつもと変わらない穏やかな声で、彼らの言葉を受け止めて、それからぽつぽつと話し始めた。

『だって、ここはコロニーだ。おれたちが決めたルールを、おれたちが破るのは、おかしいだろう』
『でも、だって!』

 カオリの声を、アツキが抑える。
 友人のポケモンに触れる機会があったそうだ。ヨシはそれを拒絶して、けれど。

『なんともなかったんだよ。何ともなかった。いや、ここで、そんな話をするのはルール違反か。今は、ラジオの放送中じゃないから、許してほしい。……愛玩用のポケモンなら、小さくて大丈夫だろうって。ニャースだったんだが、それに舐められて、なんともなかったんだ。だから、おれはここにはいられない』
『そうか』

 アツキの声が、今まで聞いた中で一番穏やかだったのが、ただただ僕の耳に残っている。

『おめでとうか? ああ多分、それで合ってるんだろうな。おめでとう、さようなら。コロニーのパーソナリティ、ヨシ』

 カオリは、ずっと、すすり泣いていた。

 そして、今晩。
 今晩は、彼の番だった。
 繰り返して言おう。僕はこの結末を知っていた。
 この結末を知っていて、この先の予想がついていて、それでも、僕はこのラジオを流すことを止めはしない。一種の使命感だといえば聞こえはいいが、多分そうではないんだ。そうじゃなくて。
 ヨシの時と同じ、カオリのしゃくりあげる声だけが響く中で、僕はカオリのかわりに彼に言った。

「おめでとう。そしてさようなら、お調子者のアツキ」

   ※

 ヨシがパーソナリティを離れてからカオリとアツキの二人で番組がしばらく続いた。
 けれど、ギグシャグとした雰囲気はリスナーからの叱責でも改善する気配はなく、結局、一週間ほど前にアツキもあっけんからんとコロニーから出て行くと宣言した。
 午前二時前からの三十分だけのコロニー。あれから毎日わたしはラジオの周波数を合わせるけど『オバケ番組』が聞こえてくることはない。あのコロニーは、避難所≠ヘ、もう、なくなってしまった。

 カリカリカリカリ。
 その扉を引っ掻く音に、わたしはのろのろと机から顔を上げる。いつもなら聞かないふりをするそれを、今日は聞こえたことにした。壁時計を見上げるとまだ夕方の六時を回ったところで、でも窓の外はもうすっかり夜だった。いつの間にか季節は冬に変わっていて、雪がちらつく日もたまにある。カリカリ、カリカリ。いつもよりも長い気がするそれはきっと晩御飯を呼びに来たのだろう。もし扉を開けて何もいなかったら聞こえなかったことにしたらいいと、そう思いながらわたしはヌオーのような鈍さでドアノブまでたどり着く。えい、やあ。
 何の変哲もないフローリングの、見慣れた廊下。わたしの扉の前には、当然何もいない=Bわたしは少しだけ首を出して、右隣に目線を移す。……灰色の猫の姿をしたポケモンが、そこにいた。

「……ニャルマー、おいで」

 わたしを見付けた巻尻尾の彼女は隣の部屋の前≠ゥら離れてわたしの方へとやってくる。にゃあ、と小さく鳴くそれを抱き上げて頭を撫でてやると彼女は気持ちよさ気に目を細めた。

「おねえちゃん」

 ニャルマーを抱えたまま部屋の戸を、叩く。返事は、ない。
 おねえちゃんがこの家に帰ってきたのは、四年前だった。別に将来を有望視されたポケモントレーナーでも、レンジャーやブリーダーでもない。ただちょっと趣味としてポケモンバトルを齧っていて、それがまあ、アマチュアならまあまあ強い<激xルだった。それが、七年ほど前、少しだけ、悪い方向に走ってしまった。アマチュア同士の野良試合。フリージャッジで行われたそれに、おねえちゃんは降参のサインを出すのがわずかに遅れた。そのわずかな遅れが、おねえちゃんの判断ミスが、取り返せない結果を招いた。……結局。結局『その子』は今、シオンタウンで眠っていて、残りの子たちもおねえちゃんは友人に譲ってしまった。それからポケモンと関わらないようにして三年過ごしたらしくて、四年前に泣きながら帰ってきた。

「おねえちゃん」

 わたしには、わからない感覚だった。だってわたしはアツキの言う普通≠フ人間だったから。ポケモンと共存していくことに何の疑問も持っていないから。教科書に載ったポケモンに嫌悪感を抱くことも、街でポケモンが闊歩することに恐怖を抱くこともない人間だから。あのラジオを聞き始めたのは、おねえちゃんのことをわかりたかったからだ。傲慢と言えばそうだろう。だって、わたしはずっと聞かないふりをしていた。ラジオを聞き始めてからだってずっと耳を塞いでいた。おねえちゃんに懐いていた、家で元々飼っていたニャルマーがどれだけおねえちゃんの部屋の戸を引っ掻いても、尻尾で叩いても、聞かなかったことにしていた。だってわからなかった。ラジオを聞いて、それでも何を言えばいいのかわからなかった。あの番組は答えをくれる番組ではなかったから当然だけど。
 それでも普通≠フわたしはこの扉の中に引きこもって、おねえちゃんにとって優しくない世界を拒絶するおねえちゃんに一体何を言えば薄っぺらな言葉にならないのかわからなかった。

「おねえちゃん」

 ラジオ番組のことを、言えばよかった。延ばし延ばし、この次に、この次になんて言い訳しておねえちゃんから逃げていたら、まさかそんな、わたしが聞き始めて半年も経たないうちに終わってしまうなんて思ってもみなかったのだ。もっと前から聞いていたら、もっと前にわたしがあのラジオの存在に気づいていたら。そうしたらおねえちゃんは、あの番組が終わるまで三十分間の普通≠手に入れることができたのかな。

「……何?」

 のろのろと、ヤドンの様な鈍さで、扉が少しだけ開いた。化粧もしていない顔に、好き勝手跳ねている黒髪、黒目は淀んでいて、目の下には隈があって、着古したジャージはよれていた。ニャルマーがもういないと思ったのだろう、わたしの腕の中のニャルマーを見て、おねえちゃんはたじろぐ。にぃ、とおねえちゃんに向かって鳴く猫におねえちゃんは、

「や……っ!」

 小さな悲鳴を上げて、扉の向こうに消えてしまった。
 わたしは、慌ててニャルマーを床に降ろして、向こうへ行くように指示を出す。ニャルマーには悪いけど、今のおねえちゃんにニャルマーに触れろと言うのは無理だ。ニャルマーが廊下の角を曲がって消えたのを確認してからわたしはもう一度おねえちゃんを呼ぶ。ニャルマーはもういないから、出てきてほしいと。

「何?」
「えっと、その」

 少しだけ開いた扉から顔だけを覗かせるおねえちゃんに今度はわたしがたじろぐ。七年前までの明るくて快活なおねえちゃんの面影はそこにほとんど残っていない。

「何? 用事、ないの?」

 ラジオはもう、終わってしまった。こんなラジオ番組があるよとはもう言えない。ヨシもアツキも『コロニー』から出て行ってしまって、カオリはどうなったのかはわからないままだ。

「えっと、その。えーっと……あっ、音楽! ポケモンの名前とかそんなのが一切出てこない曲があってさ、ラジオで聞いて、CDも持ってるんだけどそういうのって……」
「……ラジオ?」

 しどろもどろ、ようやくそういえばカオリの選んだ曲のCDを焼いていたことを思いだすわたしに、おねえちゃんは別の所に喰いついた。淀んでいた目の焦点が、わたしと合う。

「ラジオ、番組で?」
「え、うん。ポケモンの話を出さないラジオがあって、その、三人パーソナリティがいたんだけど、二人いなくなってもう終わっちゃって、それで」
「『コロニー』……?」

 なんで、その名前が。
 何も言えなくなるわたしの肩を、おねえちゃんは揺すった。

「どうして!? だって、あれは!」

 悲鳴が上がる。どうして、どうして。一週間前、ラジオの向こうでカオリが叫んだそれとよく似た声で。

「四年前に終わったはずなのに!」

   ※

 放送終了後、何度目かの夜はとっくに明けていたらしい。
 窓から差し込む日差しが、もはや昼ごろであることを教えてくれる。尤も、僕にとってはどちらでもよいことなんだけど。

 穏やかな声で、恋愛関係の相談をよく振られていた『ヨシ』。
 明るくてムードメーカー。なんだかんだ一番知識の幅が広かった『アツキ』。
 紅一点、全体的にラジオのまとめ役を担当していた『カオリ』。

 三人のパーソナリティの三年間が、終わりを迎えた。
 番組のルールは二つ。ポケモンの話をしないこと。トラウマがもしも癒えたらコロニーから立ち去ること。
 この世界ではきっと特殊なラジオ番組。けれどきっと誰かに求められていただろう番組。
 アツキとヨシは自らの足でコロニーから出て行って、カオリだけが傷だらけのまま飛び出した。独りぼっちは嫌だと、そう泣いて、追い立てられるように出て行った。
 僕は……これからどうしようか。誰もいなくなってしまった彼らのコロニー。僕はうつらうつらと夢のはざまへ揺蕩いかけて――

「アツキ? ヨシ? ……ねえ、誰かいるの」

 電気なんてとっくに通っていない廃屋≠ナ。聞き間違えるはずもない、『カオリ』の声だった。

   ※

 パーソナリティの『カオリ』は、他人の空似ではなく本当におねえちゃんだったらしい。どういうことなのか問い詰めるおねえちゃんにわたしはわたしの知る限りの『オバケ番組』の話をした。友人が見つけたこと。アツキ、ヨシ、カオリという三人のパーソナリティがいる番組だったこと。ラジオ局の不明なラジオ番組であること、ポケモンの話をしてはいけないというルールがあること。『おたより』の宛先が放送されていないこと。それでもずっとリスナーとのやり取りが続いていたこと。わたしの知っている放送ではヨシが二か月前にパーソナリティを辞めて、後を追うように一週間ほど前、アツキがパーソナリティを辞めたこと。そのあとから放送はないこと。
 それらを聞いて、いくつか確認をしてから今度はおねえちゃんが話をしてくれた。
 ポケモンを手放してからポケモンに触れることが出来なくなったこと。同じトラウマを抱えたアツキとヨシに出会って、六年と少し前にラジオを始めたこと。たった数百メートルほど離れれば受信アンテナ次第ではまともに聞こえなくなるような小さな放送局で、それでも数名から手紙を貰ったこと。ヨシが辞めたこと、アツキが辞めたこと。誰もいなくなって耐えられなくなって、裏切られたような気持になって、四年前に実家に駆け込んだこと。
 その夜、ラジオを流してもやっぱりノイズが聞こえるだけで、おねえちゃんは明日四年前に放送していた場所へ行ってみると久しぶりに笑った。

   ※

 そう、僕は結末を知っていた。僕はこのラジオ番組がどうなるのかをわかっていた。
 なぜなら僕は結末≠セけを先に知っていたのだから。

「ねえ、誰か」

 ふらふらと、少し危なっかしい足取りで歩く生まれて初めて見る本物のカオリ≠ノ、僕はしばらく悩んでからパソコン画面を立ち上げた。パチンと電気の弾ける音がして、青白い光がパソコンから漏れる。カオリの悲鳴が上がったけど、それはもう許してもらうしかない。

『……おかえりなさい、カオリ』

 ディスプレイを凝視する彼女に、僕は電子の海から拾い集めた言葉を表示して挨拶をする。姿は見せない。なぜなら彼女はアツキやヨシとは違う。もしかしたら今でもポケモンに対するトラウマ≠抱えたままかもしれないからだ。

「あなた、もしかして。ポケモ……?」
『はい。コロニーを放送し、ていたのは僕です』

 パソコンで文字だけを打ち込み返事をする。
 放置された機材、埃を被ったマイク、いくつかの私物も混じっていて、人の気配のない場所。僕がこの場所にたどり着いて初めて見た光景はそれだった。ラジオ番組の愉快な仲間はここにはおらず、そもそも僕は本物の彼らを見たことはなかった。ヨシがどんな姿かたちをしていたのか、アツキがどんな髪色をしていたのか、カオリがどんな笑顔を浮かべていたのか、僕は何も知らなかった。知る術なんてなかった。彼らがどんな発言をしていても僕には止める術がなく、止めろと叫んだところで届くはずもなかったのだ。だってここにあるのはラジオの録音データだけだったのだから。僕には声の情報だけが彼らを知るすべてだった。
 そう。僕は、このラジオ番組のディレクターでもなければ、パーソナリティでもなく、音響係でもなく、そもそも彼らの仲間でさえなかった≠フだ。

『ロトムと、そーうう? 違いますね。そういう名前があるそうです?。』

 ネットの海は僕にとって遊び場だ。最近はどうも特殊な機械を使ってロトムに会話をさせることもできるらしいのだから、僕がパソコンに文字を打ち込むくらい造作もない。
 カオリはディスプレイ上の文字を凝視して、それから「成程、オバケ番組なんて言われるわけだ」なんて呟いた。……は? オバケ? 確かに僕はゴースト(オバケ)だけど。

「まさかポケモンが録音データ放送してるなんて……。どうして、この番組を?」

 くるくるくるくる。パソコンをロード状態にすることで僕は返答に困っていることを伝える。僕は唯、たまたまここにたどり着いただけだった。電子の海を泳いで、流されて、ここにたどり着いて、そうしたら面白そうなものが転がっていた。僕はそれを暇つぶしがてらにいくつか聞いて、なんだかこう、無性に流したくなったのだ。
 僕というポケモンは人工の機械に取り憑く存在だ。だから、こう、上手く言えないけれど他のポケモンよりもきっと『人間かぶれ』しているのだろう。だから、こんなセリフはきっとポケモンとしてはおかしいのだろうけど。

『僕は、僕がここに居ると、少し叫びたくなったのです』

 彼らは叫んでいた。この彼らにとって優しくない世界で。それでも居場所が欲しいと、コロニーを作った。たった三十分だけだとアツキは言った。一週間のたった三十分くらい普通≠ナいても良いだろうと。僕だって、そう思っただけだ。たった三十分くらい何かと繋がっていたいと思っただけだ。……これがロトムとして正しい思考なのかどうかは別として。

「……そう」
『はいそれだけです』

錆びたミキサー、アンプ。埃を被った台本とマイク。箱に仕舞われた黄ばんだ手紙。録音データに、賞味期限の切れたお菓子の袋。電気がないのに、淡く光るパソコン。窓から入る光と窓の外に見える青空。四年分の匂いをため込んだ部屋で懐かしげに眼を細めるカオリ。
 そんな彼女をパソコンの向こう側から見ながら、僕はおずおずと尋ねる。

『僕も聞きたかったことがあるのです。貴方の傷は居えまsたいか? 失礼。癒えましたか?』

 泣いて、泣いて、傷塗れのままコロニーから飛び出してしまった彼女。四年の間に、彼女の傷は塞がったのだろうか。

「あたし? ……あたしはまだ、全然。ヨシも、アツキも克服したのにね。あたしはまだ停滞したままなの」

 ならば彼女の受け答えは僕の姿がパソコンとしか見えないからだろう。姿を見せなくてよかったと、ほっと息を吐く。ここで悲鳴を上げて逃げられたなら僕はもうカオリを探す術がない。初めて見る本物のカオリ≠ノ僕は自分が思っている以上に浮足立っている≠謔、だった。

『なら、コロニーが必要ですか?』

 ………………は? 自分が打ち込んだ文字を慌てて削除する。けれどそれはそれこそ光速で彼女の目に映っていて、彼女の脳に届いているらしかった。瞬きを繰り返す彼女に、僕はパソコンをロード中に変えて黙る。余計なことを言うこのパソコンを黙らせるためだ。

「それで、あたしの傷がいつか癒えるって? パソコン君」

 けらけらと、嘲笑にも似た笑いで彼女は笑った。けれど、僕はそれに答えを返す。

『いいえ?』

 だって言っていたじゃないか。ヨシが。時間が解決する場合もある。何かの拍子で、何かの理由で解決する場合もある。そうなったら、もうこのラジオから離れて構わない、と。けれどそれは裏を返せば傷が癒えない場合もある≠ニいうことだ。それをヨシは否定していない。ヨシとアツキはたまたまそういう場合≠ノなっただけで、癒えねばならないなんてことは言っちゃいない。ロトムの僕にだってそれくらいわかったのだからカオリもそれは分かっているはずだ。

『すべてが円満? ハッピーエンド? で終わることなんて、ないでしょう? それは童話的です。物語のようです。保証はないです。でも、だから必要なのではないのですか』

 連れて行ってと唄う曲があった。きっとどこにも行けないけれどどこかに行きたいと。だから連れて行ってほしいと。ラジオで流した、カオリの選んだ曲だった。けれどあの曲で、唄う人はどこにも行けなかったのだ。誰もが風を捕まえられるわけではないのだから、それは当然だ。ポケモンが苦手な人間が淘汰されて行っているのは、裏を返せばその人間が未だ存在するからだ。
 すべてが幸福に終わるお伽噺など現実にはそうそう転がっていない。そんなことロトムの僕だって知っている。

『下降気流は空を晴れさせるんでしたっけ?』
「……アツキがなんか言ってたわね。何? パソコン君は何の話がしたいの?」
『そうですね? たぶん、上昇気流だけで世界は回ってないという話では?』

 曇りだけの空の方がぞっとするね。なんて。
 ポケモンと共存することを選んだ人がいる。そんな世界で、ポケモンと共存できない人がいる。適応できなかった彼らは淘汰され、数を減らし、それでも傷を抱えて、普通のフリ≠して生きている。別にそれは、誤りでもなんでもないのだろう、きっと。

「なるほど、って納得していいの?」
『多分いいのです』
「そっかあ、多分いいのかあ」

 うっすらと笑い、埃まみれのパイプ椅子に座り込む彼女に窓から光が差し込む。風に舞う埃が煌めく。

「……パソコン相手なら怖くないかな」
『今、僕の姿かたちはただのパソコンですからね』
「うん、ほんとそれ。勝手に飛びついてこないし、噛みつかないし。知ってる形だし……死なないし」
『そりゃもう、僕はゴーストです。nで。ですので』

 これは、多分。上昇気流を捕まえて空を飛ぶ生き物ばかりではないと言う話。

****
ポケストフェス(ポケモンストーリーテラーフェス)に思いっきり遅刻して間に合わなかったブツです。
ただただ、叙述トリックというものを使ってみたかったんですよね。稚拙なのはまあおいておいて。
「音響係」君は録音データを聞いて流していただけのある意味「リスナーの一ポケモン」に。
「ポケモン恐怖症の女の子」はただの「普通の女の子」に。
「最初からわかってたわい!」って感じかもしれませんが(これ書いてる方は全然「騙されて頂ける」かの判断つかないんですよ)、もしも騙されていただけたなら、それはとても幸いです。

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2017.9.18  12:51:33    公開
2017.9.29  15:30:56    修正


■  コメント (10)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

(つづき4)
切れのいいところで区切っていたら凄い長くなってしまってすみません……!

そしてまあ、カオリさんもですね。彼女はコロニーを飛び出して、部屋の中に閉じこもってしまったわけですが、そこから世界に再び向き合っていく。ええ、こんな理由のタイトルでした。
本当に特に深い意味はなかったのです。祝福の言葉のつもりでした。お恥ずかしい限りです、すみません。コメント返事が本当に遅くなってしまいまして、すみませんでした。
改めてお詫びいたします。本当にお読みいただきまして、またコメント頂きまして、有難うございました!!!!

17.12.9  22:19  -  森羅  (tokeisou)

(つづき3)
「戻っていく」と言うと正直ちょっとおかしい(その世界に適応できない人を排除していく、または差別的な意味になってしまいそうなので)のですが、アツキが言った『おめでとうか? ああ多分、それで合ってるんだろうな。おめでとう、さようなら。コロニーのパーソナリティ、ヨシ』とロトムの言った『おめでとう、そしてさようなら。お調子者のアツキ』が象徴的かなと思います。“普通”に戻ること、世界に適応していくこと、それはきっと大多数から見て「正しい」ことだと彼らは知っていたんです。声が枯れるまで叫んでも彼らは自分達がこの世界での“普通”の枠ではないとわかっていたんです。だからそれが皮肉めいた台詞になると知っていても「おめでとう」と送り出しましたし、出て行く側もラジオの中の、小さなお城、またはユートピア(早速使っていくスタイル)から出て行きました。なので「Hello world」です。

17.12.9  22:17  -  森羅  (tokeisou)

(つづき2)
ロトムはこれから『パソコン君』としてカオリさんと居たらいいよね、と思いながらラストを書いてはいたんですが、このラストが曲者でして、本当にもう、ぐだぐだと言いますかなんといいますか……。すみません、ここが本当にぐだぐだなんです。カオリさんと寂しいもの同士仲良くやってくれそうだと思います、たぶん、きっと。
タイトルの意味ですか! なんとなく、と言ってしまったら身も蓋もないのですが、元々はバンプの「Hellow world」から来てまして、それをなんとなく仮タイトルとしていました。で、結局それより良いものが思い浮かばなかったのでそれに収まったのですが、すいむさんのおっしゃる通り「閉じた世界から外界に戻っていく」こと、また「閉じこもった世界から広い場所へ出て行く」のイメージです。

17.12.9  22:15  -  森羅  (tokeisou)

(つづき)
局地的な個人放送ってやつに対する憧れありますよね〜〜! わかります! テレビなんかとはちょっと趣が違って電話なんかとも勿論違って、独特の雰囲気があるんですよね……。夜中に音を小さくして隠れて聞きたい……。そうですそうです、三十分だけの電波上の逃避世界です。ユートピアって言い方素敵すぎですかかっこいいです。使わせてください()
感想に相応しいも何もないですよ!  いや本当に、できるならば彼らを深堀して見たさもあったんですが、トリックの都合上どうしてもその辺りを書くことはできず……。フェスに間に合わなかった時点でもうちょっと掘り下げをしてみればよかったですね、すみません。でも本当に彼らには彼らのドラマがあって、きっと孤独を紛らわすための仲間意識があって、詰まらないことでお酒を飲んで打ち上げをしてたんだと思います(大学生の学祭前のノリに近い感じが個人的なイメージです)。三人のパーソナリティそれぞれに思いを馳せて頂いてありがとうございます!!

17.12.9  22:13  -  森羅  (tokeisou)

コメント有難うございます! お返事遅くなってしまってすみません……!
いやもう「おお〜」ってなって頂けたなら僥倖です、ありがとうございます!! トリック一個でないのがキモですかそうですか……!ひゅう、ではそういうことにしておいてください!(そう言うことにしておいてくださいとは……)
はい、音響係は音響係じゃなかったぜ、女の子はポケモン嫌いじゃなかったぜ、ラジオは生放送じゃなかったぜってお話でした。ひぃいい、構造上手くまとまっておりますか、それは良かったです!! 本当にこれ、「バレバレなんじゃないだろうか」とか思いながら書いておりましたので、そう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます!! 女の子のお姉さんがパーソナリティだっていうのは何となく伝わりましたか! お気づき頂きありがとうございます。ここはかなりわかりやすいポイントでしたかね……?

17.12.9  22:10  -  森羅  (tokeisou)

トリックをメインにされた今作の感想として相応しいのかは疑問ですが、彼らが本当にラジオをやっていた時、どんな思いでラジオに臨んでいたのか、ラジオの収録時間以外をどんな思いで過ごしていたのか、彼らにとってこの3人組の仲間とは何だったのか。アツキさんとヨシさんは今どこで何をしているのか。彼らの物語を、掘り下げて見てみたいなあという気がしました。
ロトムもまた、これからどうするんだろうなあという感じで、色々と想像が広がります。てっきり永遠にラジオを流し続けるのかと思っていましたが、彼の欲求がそれで満たされるのかはかなり怪しいですね。『カオリさん』がそれを望むのなら、彼女の手で、その寂しさを紛らわせてあげてほしいなあと思いますけどね。
しかしタイトルに込められた意味は何だったのだろう……コロニーから外界に戻っていくこと、あるいはロトムや3人組が「叫ぶこと」を表しているのでしょうか。お伺いしてみたいところです。ともあれ、素敵なお話をどうもありがとうございました!

17.11.8  22:19  -  北埜すいむ  (kitano)

お疲れ様でした!大変遅くなりました、簡単にですが感想を。
序盤からなかなか掴ませて貰えない展開から、何か隠されているんだろうな、と思いながら読み進めていました。ですが特に何も予想することもできずタネ明かしされていくごとに「おお〜」となりました……!wwトリックが一個でないところが肝なのかなと思います、実は主人公はポケモン嫌いな少女ではなく、聞いていたラジオの声はお姉さんのもの(これはなんとなくそうだろうなとは思いましたが)で、音響係のように描かれていたのは実はただのリスナーで、ラジオ自体は数年前の収録分の再放送で。この何重にもなってる構造を上手く纏め上げてくる手法が巧みで、まさに森羅さんらしいなあと感じます。
こういう局地的な個人放送のヤツって私も結構憧れがあるので、個人的にもイイなぁこういうのと思いながら読み進めました。ポケモンが蔓延る世の中に彼らが築き上げた、週に一度、30分だけ、電波の上だけに現れる、小さなお城、逃避世界のユートピア。

17.11.8  22:15  -  北埜すいむ  (kitano)

(続き)

もう本当に有難いです…。ちょっとこう、「夜中のラジオってさみしい人たちが『何処かにいる誰か』と繋がっている感あっていいな」って思いながら書いたのでそう思って頂けたなら何よりです。本当にありがとうございます
この音響係改めロトム君はめっちゃ気が利きます! 彼の台詞は本当に彼に書かされた台詞が多いです。「おめでとう。さようなら、お調子者のアツキ」の所も「すごい気の利く台詞を言いやがるなこいつは!」って思いましたので!(笑うところ
何言ってるんですか、ポリゴ糖さんめっちゃ気の利いたこと言って下さってるじゃないですか!! 『パソコンの中のポケモンも、そういう『繋がり』を求めてラジオを流した……みんな寂しくって、ひとりが嫌で、同じラジオを縋ったことで線と線が繋がる。さながら仕込まれた伏線が全部繋がるときのように』なんて僕咄嗟に言えないですよ!? 僕はこんな内容のない感謝の言葉を繰り返すだけのコメントしかできないですよ……(死ぬ
読んでくださって、引っかかってくださって、コメントまで下さって、本当にありがとうございました!!

17.9.29  17:11  -  森羅  (tokeisou)

コメント有難うございます!!
そうですね、多分そうだと思います。こちらでは初めまして。

引っかかってくださって有難うございま!!! す!!!!

いやすみません、もうツイッターのノリ極まりないんですけど、本当にこれ、引っかかって頂けたんですか?? 有難うございます、めっちゃ嬉しいです。世のミステリ作家の気持ちが分かった気分です(気分だけです)。本当にありがとうございますm(__)m

はい、そうです、そうなんです!
……なんかポリゴ糖さんがすっごい綺麗に纏めて下さってるので僕が言える台詞が「有難うございます! そこまで読んで頂いて読みとってくださって感激です! 冥利に尽きます!ありがとうございます!」ってだけなんですけど、それだけでいいですか(まがお
(すみません、内容がないコメ返ですが続きます)

17.9.29  17:09  -  森羅  (tokeisou)

 仕込まれた叙述トリック全部に思いっきし引っかかったポリゴ糖です、こちらでのコメントは初めましてですかね?

 パーソナリティーの3人が似たような境遇の人を求めて集まったように、パソコンの中のポケモンも、そういう『繋がり』を求めてラジオを流した……みんな寂しくって、ひとりが嫌で、同じラジオを縋ったことで線と線が繋がる。さながら仕込まれた伏線が全部繋がるときのように。綺麗にまとまってすっと話が入ってきた印象です、一気に読み切ってしまいました。
 とりあえずロトムきみめっちゃ優しいっていうか気が利くな? カオリさんの声が判ってたからだろうけれど、すぐに判別したうえで「おかえりなさい」って咄嗟に出ないぞ私は? 一緒にするなって? ……すみません。

17.9.20  01:56  -  ポリゴ糖  (porigo10)

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