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我楽多たちの物語

著編者 : 森羅

僕と彼と時々タマゴ

著 : 森羅

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 テッカニンがジリジリと五月蠅く鳴き、手加減というものを知らない直射日光が皮膚を焼く。この時期のキマワリはいつ見てもご機嫌で、近所のガーディは心頭を滅却すればなんとやら、完全に無の境地に至っていて。かくゆう僕も扇風機の前で宇宙人ごっこをする元気すらなく、山積みの宿題と一日に数本以上のアイスを消費してなんとか日々を耐え忍んでいる。
 長々と言えばこうなる季節は、一言で言ってしまえば夏。もっと言えば残暑の時期。

 コンビニへアイスを調達しに行った昼下がりの帰り道。それはアスファルトの熱が生み出す陽炎の向こうからやってきた。

「『た、け』……?」

 十数年間見続けた、見間違えるはずのないシルエットと、

《ぼん、久しぶりやなあ》

 その十数年の間で、ただの一度も聞いたことのない声と言葉で。
 それは、“キュウリのポニータに乗ってご先祖様が帰ってきて、ナスビのケンタロスに乗ってご先祖様が還っていく”なんて言われてる三日間の初日のことだった。

   *

 『たけ』というポケモンが我が家にいた。

「とぉさあぁん! 『たけ』が!!」

 靴を脱ぐのももどかしく、縁側に回り込み、仏間で連休を満喫している父親を叩き起こす。ぺたぺたと僕に付いてきたちょっとスケルトン気味な“それ”は父さんの顔を見て懐かしそうに目を細めた。うっとおしそうに目を開ける父に「『たけ』が帰ってきたんだよ!」と伝えるも馬鹿にしたような返答が帰って来るだけ。

「……寝ぼけてるんか?」
「でもほら!」
「ほら何や。『たけ』は死んだやろうが」

 『たけ』というポケモンが我が家には“いた”。
 種族は鼠ポケモン、サンドパン。オス。父さんのポケモンで、僕が生まれた時にはすでに家に居た。ニックネームなんてものを父さんは付けていなかったから、最初は唯の『サンドパン』だったのだけれど、途中から『たけ』と名前が付いた。由来はすぐ近所の竹林。そこに生えたタケノコを見て幼い僕がサンドパンみたい、と言ったからだとか。ちなみに名づけの張本人である僕はそんな話をこれっぽっちも覚えていなくて、ただ、その。非常に申し訳ないんだけど、正直色ぐらいしか似てないと今は思う。いやまあそのまま『たけのこ』にならなかっただけマシなのかもしれないけど。そして、『たけ』は間違いなく、我が家に“いた”。

《そやな。おいちゃん、もう死んでんな》

 今はもう、いない。去年の暮れに老衰で死んだから。
 いない、はずなのだ。

   *

 混乱する頭を整理すべく、そういえば意外にもぺたぺたと地面を歩く『たけ』を連れて二階の自室へ上がる。開け放しの窓から風は通らない。蝉の声も暑さを助長させる効果しかもたらさない。これは本当に現実なんだろうか。『たけ』がここにいるなんて。目の前に現れた『非日常』に感動よりも興奮よりも一抹の後ろ暗さを感じながらコンビニの袋から溶けかけたアイスを引っ張り出して口に含んだ。

「『たけ』、あのさ」

 椅子を引っ張ってきて、背もたれを正面に座る。氷菓の冷たさが頭にキーンと襲って来た。ぺたんと床に座る『たけ』は生前と同じ仕草で僕を見上げて、

《なんや、ぼん》

 生前には一度も聞かなかった言葉で聞き返す。その声がどこから出ているのかわからなくて、なんだか白昼夢を見ているか狐に化かされているかしているようで、どこか気味が悪かった。

「……なんで、しゃべってんの? なんで戻ってきてんの? なんで父さんに見えてないの? だって『たけ』は父さんのポケモンだったのに……なんで僕だけが見えてんの」

 半透明な、けれどなんとなく色の分かる『たけ』の身体は確かに“生きているもの”のそれではない。真っ黒だった目は僕を映さない。けれども確かに『たけ』と同じ仕草をしながら、目の前のユーレイは目を細める。

《おいちゃん知らんよ、そんなん》

 ちくり、と小さく針の刺さる音がした。

「……お盆だから、かな」
《おいちゃんらに人間の習慣が関係あるんかはわからんなあ》

 そうだね、と首を傾げる『たけ』に笑みを作り、胸を刺す痛みにまだ気づかないフリをした。ああ、どうせすぐにバレてしまうことなのに。

「あのさ、『たけ』。『たけ』がいなくなってからさ、実は」

 僕にしか見えない『たけ』。“おや”である父さんにさえ見えない『たけ』。……なら、彼は間違いなく僕に用があるのだろう。そしてその心当たりもある。けれど僕はそれでもまだ口をつぐんでいた。核心を避けたままたわいもない昔話で取り繕って、薄っぺらな笑顔だけを張り付けて。どうせすぐにバレてしまうのだからさっさと吐いてしまえばいいのに、とささやく声を聞かないふりをして。
 食べ終えて棒だけになったアイスをゴミ箱に放り込む。ああ、腹を括らなければ。どうせ、『たけ』はわかっている。わかっていて、知らないふりをしてくれているだけなのだ。きっと、そうに違いない。だって、そうじゃなきゃ、どうして『たけ』が。

「『たけ』、あのさ。……あのさ」

 他愛もない昔話が尽きた頃、ようやく僕は腹を括った。小さな針を刺すような痛みに、今になって気づいたフリをした。これは夢かもしれないけれど。それでもこれが夢だというのならそれは僕が望んだ夢だろう。外から聞こえる蝉の声が五月蠅い。『たけ』は微笑を浮かべているような表情で僕の言葉を待っていた。
 ちくり、ちくり、とさっきから僕を刺し続ける針。いや、本当は『たけ』が死んで暫くしてからずっと僕に突き刺さり続けていた棘。気持ちが悪くて、吐き出したくて、棘を抜いてほしくて、けれどその相手がいなくてどうしようもなかった痛み。

「『たけ』、ごめん。……タマゴ、孵せてない」

 これは、罪悪感から逃れるためだけの、懺悔だ。

《うん。おいちゃん、知っとうよ》

 《ぼんは、相変わらずしょうがないなあ》なんて、彼は笑った。

   *

 ポケモンはタマゴから生まれる、と言われている。
 “言われている”というのは誰もポケモンがタマゴを生む瞬間を見たことがないからで、それはうちの『たけ』についても同様だった。『たけ』がまだ生きていた頃、彼はいつの間にか“それ”を抱えて眠っていた。

「空っぽ、ってわけじゃないみたいなんだ」
《ほーか》

 こつこつと卵を叩き、よいしょっと腕をタマゴの上に置く。ポケモンのタマゴはとても丈夫で、これくらいでは壊れない。……抱き上げることは、『たけ』には出来ない。
 ポケモンのタマゴは基本的に元気なポケモンの傍に置くことで孵化すると言われている。勿論、ポケモンがいない状態でもタマゴは孵ることもあるそうだけど。ただ、ジョウトのウツギ博士なんかがその研究の第一人者だけど、統計的にもポケモンと一緒に卵を連れ歩く方が孵化する速度が速くなったり、孵化する確率が高くなるという結果が出てるそうだ。でも、僕にはポケモンがいなかった。そして僕は『たけ』の子供を一番初めのパートナーにしたかった。タマゴを孵化させるためだけに別のポケモンを捕まえる気にもなれず、それをするのは捕まえたポケモンに失礼な気もした。友人に孵化させてもらうのも気が引けるし、自分で孵化させたくもあった。でも我が家に『たけ』以外のポケモンはいなかったし、今もいない。手詰まりと言えばその通りで、でも詰まらない意地が僕に他のポケモンを捕まえることや友人のポケモンを借りるなんて選択肢を失くさせていた。
 それが、タマゴへのエゴだと知っているのに。

「まだ、生きてるみたいなんだよ」

 タマゴに耳を当てる仕草をする『たけ』を見ないようにしながら僕は呟く。月に何度かポケモンセンターにも連れて行ってみているからまだ生きているのは知っている。空っぽのタマゴではなく、それが確かにポケモンの生まれるタマゴであることを知っている。けれど、生きているタマゴはそう長く放置していていいものではないことも、知っている。――タマゴの中で、ポケモンは窒息死するそうだ。成長しすぎた自分の身体を支えられなくなって。タマゴの中の栄養がなくなって。または未成熟過ぎて。

「強制的に、割ることもできるみたいなんだけど。でも、あんまり勧めないって」

 天井の木目が目玉みたいに見える。僕を責めているように見える。お前のせいでタマゴが死ぬ。ああ、知ってる。知ってるんだよ。知ってるけど、知ってるけどでも僕が孵したい。『たけ』、お前も僕を責めるために帰ってきたんだろう?

《ぼん》

 ものが動く気配がして目線を下に戻す。僕を映さない、透けた黒目で『たけ』は笑った。

《遊びに行こうや》

   *

 次の日。
 夏だから海に行きたい、という『たけ』のリクエストによって二時間ほどバスに揺られる羽目になった。適当な言い訳をこじつけて昼前にだらだらと家を出て、人気の少ないバスに揺られる。『たけ』は隣で大人しく座っていて、鞄の中のタマゴも当然だんまりで。ああそうだ帰ったら宿題しなきゃとぼんやり思った。そうして一時間ほどバスに揺られた時点で、ふと僕は気づく。

「そういえば『たけ』。お前、地面タイプのくせに海なんか入れるの?」
《なんかな。おいちゃん、今ならいける気がすんねん!》

 ああそりゃ透けてるから……、なんて思わなくもなかったけどそれは色々フラグじゃないだろうか。今の『たけ』がただのゴーストタイプだって言うのなら話は別なんだろうけど。《楽しみやなー》なんて、足をばたつかせる『たけ』に、確かに『たけ』は椅子の上でその仕草をよくしてたななんて思った。
 居間にはまだ、『たけ』の分の椅子がある。タマゴが孵ったら使えるだろ、なんて父さんは言っていたけれど、それはただ捨てるのが忍びなかったからに違いない。『たけ』の使っていた皿だって、水入れだってまだ残ってる。写真だって飾ってあるし、モンスターボールは仏間にきちんと置いてある。仏間にはご先祖様に並んで、『たけ』の分の膳が並ぶ。白い菊の花とか榊も生ける。『たけ』は確かに家族の一員だったから。昨日の晩、『たけ』はそれらを見て照れたように自分の頭を小頭突いた。少しだけ寂しそうに目を細めて。

   *

《海やーー!》

 大声を上げる『たけ』の声に恥ずかしくなるけれど、振り向く人は誰もいない。というより僕が一人(ぼっち)で海に来たように見えるだけ。あれだけ閑散としていたバスとは逆に海岸は人で溢れかえっていて、皆早起きなんだなと見当違いの感想が浮かんだ。カップルに、親子連れ、水着のおねいさんに海パン野郎。水ポケモンは当然として、砂浜では炎ポケモンだって遊んでいた。……ユーレイポケモンは『たけ』だけだろうけど。
 磯の匂いが鼻を突く。友達でも誘って来ればよかったんだろうけど、『たけ』のことを信じるやつはいないだろう。『たけ』のことを隠し通しながら遊び呆ける余裕は僕にはなかった。タマゴのこともあったし。

《ぼん、ぼん。ほら、見てみぃ! おいちゃん、海に入れんで!!》

 まじか。
 波際で水を蹴り始めた『たけ』を遠くに見つける。こげ茶と黄色の、タケノコカラーのハリネズミ。楽しい時はその針を震わせることが多かった。背中の針を震わせる『たけ』の足の動きに水は動かない。波は『たけ』をすり抜けて、“なにもいないかのように”海へ戻る。きっと、僕以外には何も見えない。

《ぼんも来(き)ぃやあ》

 間延びした声に呼ばれて、水に足を付ける。足の裏で砂が動いてくすぐったい。《折角やからつけたって》と『たけ』に言われるがままタマゴを水に浮かべる。波に揺られてくるくると回るタマゴ。本来温めるべきタマゴを冷やしてもいいんだろうか、なんて疑問は無視することにした。……ところで僕は、かなりの変人にみられているのではないだろうか?

《人生のうち、一度くらいのは恥やないの、ぼん》

 バシバシと僕の背中を叩く素振りをする『たけ』に、周囲を見るのが怖かった。

   *

 それから、あっちへこっちへ僕を引きずり回す『たけ』が満足するまで海辺にいて、行きとは違う満員のバスに揺られて帰った。ぽつぽつと人は降りて行って、さすがに二時間もかけて来ている人は少ないのか、一時間半も経てばあれだけ混んでいたバスは打って変わってがらんどうとし始める。『たけ』の分と、後方の二人席を陣取って、湧いてきた疲れに椅子に背中を預けた。
 長い夕暮れ。バスの中に斜陽が走る。そこまで詳しくない道。搭乗者たちは黙りっきりで、停車を告げる声は機械音で。金と橙に染まる車内で時折光る降車ボタンの赤い目は、気味悪いほど現実味を持たない。こちらを見ているようで見ていないそれは一点だけを見つめるヨマワルのようで。
 どこに連れて行かれるんだろう、と思った。隣には『たけ』がいて、でも『たけ』は死者だ。ユーレイの乗ったバスは本当に僕の良く知る街に帰してくれるのだろうか――なんて。

《ぼん、次やで》
「……おぉ」

 うとうとしていたら『たけ』に起こされた。相変らずスケルトンな目で僕を見て、スケルトンな爪で僕に触れる。ぴんぽーん。降車ボタンを押してヨマワルの目を光らせた。

《なーなー。おいちゃんな、アイス食べたい》
「え」

 バスを降りて、すぐ。おねだりポーズで『たけ』が僕を見上げたので、コンビニに寄ることになった。なんだか『たけ』に良いように使われている気がしなくもなかったけど、かき氷タイプのアイスか、アイスクリームと呼ばれるタイプのアイスかで真剣に悩む『たけ』に、まあいいかと思えた。
 百円ポッキリのアイスを仏壇に供える。父さんは「昨日からどうした」と訝しんでいたけど適当にお茶を濁した。だって「『たけ』のせいだよ」とも言えるわけがないじゃないか。
 畳の上に座って爪で器用にアイスの棒を掴んで、僕には触れられない氷菓を美味そうに頬張る『たけ』。ああそうすれば食べれるのか、と僕はそれをぼんやり眺める。

 『たけ』には触れられないアイスは仏壇の上でゆっくりと砂糖水に戻っていった。

   *

《ぼん、一緒に寝よーやー》
「……狭くない?」
《おいちゃんは透けてるからだいじょーぶ!》

 昨日、彼は確かタマゴと一緒に寝ていたはずだ。タマゴを抱くように、守るように寄り添って寝ていたのに。……ただまあ、僕には特に拒否する理由はなく、タマゴと一緒に『たけ』を布団の中に招き入れる。尤も、『たけ』は中途半端に布団をすり抜けてしまってホラーなことになっていたけど。
 『たけ』には温度がない。質感がない。触れられない。その一方でタマゴはまだ、暖かい。生きている、と主張するように。……知ってる。知ってるよ。でも、ここにポケモンはいないんだ。
 僕が折れたなら。誰かに預けることができたなら。
 低確率でも長い時間がかかっても孵ることもあるんだよね? 記憶の中の自分が尋ねる。その可能性もある、と答える看護婦さんに僕は都合のいい部分だけを聞き入れた。……どうすればいい、なんて。何が正しいって知ってるわかってるのに。それでも僕はタマゴにとっての一番でありたい。最初でありたい。

 駄目な“おや”でごめんなさい。

   *

《ぼん。起きぃーや》

 『たけ』を通して仄青い月が見えた。

「『たけ』?」
《ぼん、出掛けよーや》

 やっぱり僕を映さない目で、スケルトンの彼はそう言った。
 時計を見ると、夜中の二時を回った頃。こんな時間にどこに、という僕の思いは言葉にはならなかった。

   *

 決して涼しいとは言い難い、蒸し暑いくらいの夜。どこかふわふわとした『たけ』が前を行く。月明かりが彼の身体を青白く浮かび上がらせる。現実味など放棄したような姿の彼はそれでも時折僕が遅れないか振り返り、足元の心配をしてくれた。――連れて行かれたのは、竹藪だった。
 そこは僕が、『たけ』に『たけ』と名付けるきっかけになった竹林。タケノコになんて色ぐらいしか似てないのに。やぶ蚊が多いのか、さっきから虫が纏わりついてくる。

《ぼん、見てん》
「……なに?」

 『たけ』の指差す方に目を凝らすけど、暗くてあまりはっきりとは見えない。薄ぼんやりと光っているように見えるのはそれが本来明るい色をしているからだろう。何度も瞬きをして、ようやく僕はその正体を見付けた。

「……それ、何? 実?」
《竹の花や。珍しいんやで》

 花。花なのか。長細くぶら下がるそれは花というにはあまりにも地味すぎた。月の光と『たけ』の身体のぼんやりした光で白い色をしているとわかるけど、『たけ』が言うにはどうも黄色っぽいらしい。

「で、それがどうしたの?」

 花。竹の花。それは確かに珍しいのだろうけど夜中に連れ出すほどのことじゃあないだろう。じゃあ、『たけ』はどうして。

《『竹の花が咲くと、鼠が湧く』って、よう親父さんが言っちょって》
「親父さんって父さんが? ああ、うん、僕も聞いたことある」

 “竹の花が咲くと、鼠が湧く”。竹の花が珍しく、それゆえに天変地異の前触れとされたからだとか、実際に竹の花は栄養価が高く鼠の餌になったからだとか。あくまで、迷信の話。
 けれど、『たけ』は続けて言う。

《なんとなーくな、おいちゃんそれをずっと覚えててんけど。おいちゃんも鼠やったからかな。でもな、もうひとつ聞いてたん忘れててん》
「何を聞いてたの」

 『たけ』は確かに笑っていた。

《『竹の花は竹を枯らす』》

 開花病。
 竹は花を咲かせると一斉に枯れ始めるそうだ。けれどそれは生理的なもので、正確には病ではない。花を咲かせ、実を結び、枯れる、のサイクルがとても長いスパンで行われるからそう呼ばれるだけ。

《おいちゃんはさ、ぶっちゃけなんでぼんの所に来たんかわからんねん。なんとなーく、呼ばれた気がして、気づいたらおってん。おいちゃんのタマゴが孵ってないのもなんとなく知っとったけど、おいちゃんこんな体やし? 何もしたげられんし。だから、おいちゃんはぼんを責めるつもりは全くないよ。そんなん、おいちゃんにだって責任あるわ。ただ、おいちゃんは多分、これ見に来たんかなって》

 竹の花を見に来たんだと、『たけ』は言う。月は遠く、星は竹に邪魔をされて見えない。青白く発光する『たけ』の光で白く見える花が目に映るだけ。

《竹の花が咲いたら、枯れる。次の株を生かすために死ぬんやって。同じやん。おいちゃんが死んだら、おいちゃんの子が。そういうことなんちゃうかなーって。……ちゃうかもやけど》
「……サムくない?」
《ええこと言ったと思ったのに!?》

 冷静な僕のツッコミに『たけ』は大げさに項垂れて見せた。ああ、なんだか『たけ』の声に違和感を感じなくなっている自分がいる。最初は不気味だとさえ思っていたのに。
 花が咲いて、これできれいさっぱり竹藪がなくなるんだと、そう言った。でも次のタケノコが残っているから、また数十年後には竹藪に戻るのだと。

《いつまでもさ、おいちゃんのことばっかりやったらやっぱりあかんのよ。おいちゃん、それは嬉しいけど、そこで止まったらあかんやろ。親父さんやおふくろさんはな、わかってんねん。ぼんもきっとわかってる。でも、おいちゃんの子はもしかしたらわかってないかもしれんやん》

 どういうことだろう。あのタマゴは、『たけ』がいなかったから孵らなかったのだろうか。“おや”がいないから。……それはきっと恐ろしいことだから。

《もう、ぼんは帰り。大丈夫、おいちゃんの子にはな、おいちゃん、ちゃあんと言っといたったから》
「『たけ』は」

《おやすみ、ぼん》

   *

 朝。目が覚めると、当然のように布団で寝ていた。
 あれは夢だったのかな、なんて思ったけどいくつか身に覚えのない虫に刺された跡があったので多分、現実だったのだろう。そして、『たけ』はいなかった。僕の部屋にも居間にも、庭にも。仏間に活けられた真新しい白菊の傍に、溶けきった氷菓だけがそのままにされていた。
 お盆の三日目。ナスビのケンタロスに乗ってご先祖様は帰って行く。『たけ』も帰ってしまったのかもしれない。ゆっくりして行けば、いいのに。
 いや、『たけ』がやって来たこと自体夢かもしれない。都合のいい、白昼夢。自分でもそう思ったじゃないか。虫刺されのかゆみがそれを否定してくれているけれど。

「なあ、『たけ』はお前になんて言ったの?」

 自室に戻り、布団の中に置き去りにされていた『たけ』のタマゴを撫でる。
 ぽかぽかと暖かいそれに耳を当てると、


 ――中から確かに音が、した。


***   ***
うーん、このぐだぐだっぷり。
お題は「夜」「白い花」「たけのこ」でした。お題有難うございます!!
たけのこが曲者過ぎるだろ……!!

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2015.9.21  21:24:10    公開


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