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我楽多たちの物語

著編者 : 森羅

魔女の話

著 : 森羅

イラスト : 森羅

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 昔々魔女がいた。
 千と百の軍を率いて、『大いなる女王』とまで呼ばれた魔女だった。
 敵兵たちは逃げまどい、誰も彼女の国を侵せなかった。

   *

「あら、お早う。早いのね、ぼうや」
「……ぼうやと呼ばれるほど、子供じゃない」

 陽が目を覚ますよりも少し早く、鳥が朝を告げ始める時刻。
 声の主を一瞥し、ぶっきらぼうな声で訂正だけを伝える。けれど、そのソプラノの声の主は、そんな“虚勢”など歯牙にもかけない。膝に乗せた四足の小さな水獣を撫でながら、こちらに余裕たっぷりの笑みを向けるだけ。

「そうやって剥れている時点で子供なのよ、ぼうや」

 その生き物の見た目は娘のそれに近かったが、正確な年齢など自分を含め誰も知らない。木の葉から落ちる微かな木漏れ日が顔と、ローブの裾から覗く白い肌を薄灰色に染めていた。おおよそ戦場には似つかわしくない、絹のドレスとそれを覆うローブ。瞳の色は日の光の加減で色が変わり、腰のあたりに届くほどの長い赤毛には癖がなかった。ふふふ、とその顔に不敵な――良く言えば色気のある、悪く言えば可愛げがないというべき――笑みを浮かべてその生き物は、『魔女』は木陰に座っていた。

「黙れ。……お前なぞ、魔女なぞいなくても、この国は、守れる」
「あら、そお?」

 精一杯の非難の言葉を吐き捨て、睨み付ける自分の視線などまるで気にせず、魔女は目を歪めて笑う。小馬鹿にしたような顔で。ころころと、可笑しそうに。海の色の身体に魚の尾を持つ膝の上の使い魔が、詰まらなさそうに大あくびを噛み締めた。そしてその獣を撫でた後、魔女は相変わらず先程と同じ笑みを浮かべたまま口元に人差し指を当てる。紅を引いた唇が言葉を形作った。

「でも、あたしさえ守れないのに、ぼうやに国なんて護れるのかしら? 『魔女の護衛』なんて不名誉な役割を与えられた、可哀想な『ぼうや』」
「……ッ!」

 最後に一睨み。自分はさっさと魔女の元を離れる。ああ、なんて忌々しく邪悪な化け物なのだろう。あの、魔女という生き物は。
 数年前のことだ。この国は隣国から攻められた。兵の数も、穀物も、領土も、絶望的なほどの差があった。みな誰もが諦めかけた時、ふらりと魔女は現れたのだ。魔女は狂暴な獣を使い魔として手懐ける術を知っていた。国の王でさえ知らないことを、魔女はこともなくやって見せ、自分の国を荒らすものたちを全て排除しようとのたまったのだ。
 ……その成果は素晴らしかった。

 口惜しいなどという感情さえ、愚かと思えるほどに。

   *

 昔々魔女がいた。
 世界に生きる不思議な獣を使役できる魔女だった。
 世界に起こる理を、ほんの少しだけ知っていた。

   *

「さあ、はじめましょう」

 戦場が良く見渡せる小高い丘の上。まるで歌うような、軽く、上品で、それゆえに場違いな鬨(とき)の声。魔女は手ごろな石の上に腰かけたまま、誰に言うでもなくそう呟く。
 『魔法』を使う際に人を傍に置くのを――それこそ将軍や軍師、国の王でさえ――嫌う魔女のせいでここにいるのは自分と魔女の二人だけ。前線はとっくの昔に『戦争』を始めていて、今になって“はじめましょう”なんて言い出した彼女は文字通り高みの見物を決め込んでいるようにも見えた。“『魔女の護衛』なんて不名誉な役割を与えられた”自分はそんな彼女の態度と前線に立てない自分に苛立ちながら自覚できる程の不遜な態度で魔女の傍に立つだけ。人がいることを嫌うくせに不思議な話で、魔女は護衛役の自分の存在を“いいわ”とだけ言って容認したのだ。襟巻をしているような水獣が甘えるように彼女の腕にその体を擦り付ける。

「ああやって、争ってる間は仕掛けるのが難しいのよね」

 戦場を見下ろしながらわずかな苦笑を浮かべる魔女に鼻を鳴らす。魔女の軽口も戯言も自分はとうの昔に聞き飽きていた。これまで魔女が『敗北』を喫したことはなく、追い詰められた者はそんな軽口を叩かない。その証明のように魔女の口から小さな言葉が漏れていく。実はそのたびに耳を澄ませているのだが、今回もそれが何を言っているのか聞き取ることはできなかった。
 徐々に、徐々に、戦場がその色合いを変えていく。最初は薄く、しかし数分で味方も、敵も、防御も、攻撃も、全てが白に覆われていく。戦場を覆うのは一寸先さえも見えないほどの濃霧。しばらくもせず両方の軍で撤退の命が下る。魔女はそれを見届けてから満足げに自分を見上げた。

「前が見えなければ、戦いようもないでしょう? 味方を殺すわけにはいかないものね。……さぁ、軍をお退けなさい。自分の国(すあな)に帰るがいいわ」

 その声に、その顔に、微かな恐怖を覚えたのはその時が初めてではない。魔女はそれだけ敵にとっても味方にとっても脅威で恐怖であったのだから。魔女の魔法は霧だけには留まらなかった。
 ある時は真夏に雪を降らせ、ある夜は雨を降らせて火を全部だめにしてしまった。
 ある時はカンカン照りの中を散々に彷徨わせた後、逃げる水を敵にひたすらに追いかけさせた。
 砂嵐も起こしたし、海や川から攻めてきた敵は荒れた海に沈んで行った。
 敵が矢を放てば必ず逆風が吹き荒れ、敵兵たちが夜の間に皆揃って悪夢を見たこともあったと言う。

 魔女の軍は、その数を千と百とも万とも言われた。
 一体どこからその軍を連れてくるのか、味方でさえも誰一人として知らず……いや、正確には“誰一人として魔女の軍を見た者はいなかった”のだ。自分も含め、国の王でさえも。剣を構えるでもなく、盾を持つでもなく、弓を引くでもなく、魔女はただ戦場を見降ろし、ぶつぶつと小さく謳うだけ。それだけで、様々な現象が目の前に広がった。そこに『軍』と称せられる姿などどこにもない。しかし、捕虜にとなった敵たちは震えた声で、口を揃えてこう言うのだ。
 “千と百の軍を見た”。
 “人間の軍の上に、それだけの怪物たちが自分達を狙っていた”。
 “巨大な怪物が人間の軍の後ろに控えていた”。

 ――魔女の軍は魔物の軍。見たものは全て死んでしまう。だから誰も見た者はいないのだ。

 敵にしか見えぬ、幻の軍勢。それは魔物の軍なのだと、そんな噂が流れたほど、魔女の軍は恐れられ、畏れられた。
 敵としての魔女を誰もが恐れた。
 味方としての魔女を誰もが畏れた。
 それは、自分もだったのだろう。

   *

 昔々魔女がいた。
 美しい歌声を持った魔女だった。
 哀れなただの、女だった。

   *

「あたしは、別に何もたいしたことはやってないのよ」

 彼女の指定席、海を臨む丘の上。自分の三倍の身長はあろうかというドラゴンを撫でながら、魔女はふふふと笑っていた。艶のある高い声。その声で歌えば翼のある獣も、水に棲む魔物も、凶悪なドラゴンも、美しい妖精も、全てが魔女に従った。

「どこが」

 誰も手懐けられない獣を手懐け、一人で幾つもの軍隊を滅ぼした『魔女』が何を。そう言おうとして、魔女の声が先を越す。いつものように少しだけ馬鹿にしたような笑みを浮かべ、紅を引いた唇を艶めかせて。

「ぼうや。良く聞いておきなさい。風の音も、雲の動きも、季節の変動も、気温の変化も、よく注意してみてればわかるのよ。世界は思ったよりも単純で、あたしは獣たちに頼んでそれをちょっとばかし弄るだけ。千の軍も万の兵も必要ないの。そんなものは要らないわ」

 魔女は比較的おしゃべりだった。自分がその戯言に付き合うことは少なかったけれど、それでも彼女は一人でも楽しそうに下らない話をしゃべり続けたりもしていたのだ。ただ、その日は明確に言い聞かせるつもりがあったのだろう、唄うような声は聴きたくないと思っていても心地良く耳に残った。

「未来の予測も難しくはないの。わからないのは愚か者だけ。だからぼうやはよくよく考えて行動なさいな。そうすれば賢王にもなれるわ」

 目が、見開かれるのがわかった。
 自分の様子に可笑しそうに微笑む魔女。その魔女の傍に侍っていた獣たちが一匹、また一匹と彼女の傍を離れていく。最後に残った四足の水獣が、彼女の傍を一時として離れなかった獣が、一声鳴いて海の中に消えて行った。
 固まったまま動けなかった。魅入られそうなほど醜く、毒々しいほど美しい魔女。妖艶に笑うそれは確かに『魔女』という生き物だった。心地良く耳に流れ込んでくる声も、まるで呪いのようで。

「可愛い王子。あなたが治める国を護ってあげる。ええ、幼いあなたが気に入ったのよ。魔女が動く理由なんて国の王ほど難しくないの。ほら、見てちょうだい。あれがあたしのお城なの。いつかあなたが立派になったら、あたしがきっと招待してあげるわ」

 遥か向こう、海の果てにそれは見えた。空に浮かぶ巨大な城。ここからでも全体像を掴ませぬほどの大きさに見えるのならば相当大きなものであろうに、それは風に揺らめく幻のよう。あれが彼女の住処だと言う。逃げる水を追いかけさせられた敵兵のように、ただ追いかけてもあそこにたどり着ける気はしなかった。
 彼女の城に目を奪われている間に、魔女は軽い足取りで丘を下っていく。

 そうして、それを最後に魔女を見たものはいなくなった。

 少し考えればわかったのだ。
 戦場で最も安全な場所は、魔女の傍であったのだと。
 敵は魔女を恐れていた、と。味方も魔女を畏れていた、と。
 ならば結末の予想など、魔女にはたやすい問いかけだったのだろう。

   *

 昔々王がいた。
 小さな国を治め、先見の明を持った若く賢い王だった。
 彼の国が攻め込まれれば、彼が戦に出たならば、必ず不思議なことが起こるのだった。
 森は敵を彷徨わせ、濃霧は彼の国を隠し、幻の軍が彼の味方をしたと言う。

 昔々王がいた。
 彼が死ぬとき、海の向こうに巨大な幻城が浮かんでいた。

   *

 昔々魔女がいた。
 美しい歌声を持った女だった。
 千と百の軍を率いて、『大いなる女王』とまで呼ばれた魔女だった。
 獣を従える術を持ち、世界に起こる理を、ほんの少しだけ知っていた。


 昔々魔女がいた。
 今はもう、魔女はいない。

***
お題「逃げ水」。お題有難うございました!!
挿絵は千助さんより頂いております。 本当にありがとうございます!! ふぉおぉ、お麗しい……!

逃げ水っぽくないですね……はい(謝罪)。「逃げ水」からの連想ゲーム的にこうなりました。
ファタ・モルガーナというやつですね。世界最大の蜃気楼で、モーガン・ル・フェ(ファタ・モルガーナ。アーサー王物語に出てくる魔女)の魔法だとも言われていたそうです。正直詳しくはないので、すみませんが気になる方はグーグル先生にお願いしてください。
あ、四足・魚のしっぽ・襟巻の水獣はシャワーズです。

http://stringforest.blog.fc2.com/blog-entry-15.html#more
僕のブログにつながっています。このお話に関してがっつり補足しているので気になる方はどうぞ。
補足入れてる時点でダメなんですけどね……。本当にすみません。

魔女の話

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2014.9.22  23:55:42    公開
2014.9.23  21:12:36    修正


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