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我楽多たちの物語

著編者 : 森羅

まもりがみ

著 : 森羅

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 樹齢何百年だか知らないが、よくもまあこんなににょきにょきと伸びられたもんだ。自分の背丈など比べ物にならないほど真っ直ぐに伸びた木々を見上げて、彼は頬を引きつらせる。いつの間にか太陽はすっかり見えなくなり、仄暗い闇が場を覆いかけていた。前方後方両脇、彼の視界に入るものは全て天を突くような木々の群れか地上に蔓延る雑草だけだ。状況は非常によろしくない。

「まいったなあ」

 軽い口調で彼は頭を掻き、手に握った地図に視線を落とす。だが、この夕闇の中ではそこに書かれた文字を判別することさえ難しい。炎タイプなら手元にいるが、森の中で火を出すのは気が引けた。彼はしばらく難しい顔をしてから諦めたように大きく溜息を吐き出す。そして。

「……どこが“迷わずの森”なんだよ!」

 怒り心頭。八つ当たりにも近い台詞を吐き捨て、彼は手短にあった木を一蹴する。しかし、当然その程度で木の幹が揺らぐはずもなく彼の状況が改善されるわけでもない。行き場のない苛立ちが増大しただけだ。春風が木々の匂いを攫って行った。

「ああもう。“迷わず”だろ、“迷いの森”じゃねえだろ。ああもう」

 それでなくても方向音痴は自覚してるのに。最後にそう自慢にもならないことを呟いてその場に座り込む。そんな彼を叱咤するように彼の腰に付いていたモンスターボールが揺れた。それを一瞥した後、彼はわしゃわしゃと頭を掻き毟り、気を取り直して地図を星明りに透かしてみる。当然と言うべきかやっぱりと言うべきか期待していた効果は得られなかったが。

「ああもう。『守り神』がいるんだろ、この森には! だから迷わずの森って呼ばれてんだろ! だったらもう早く出て……」

 ごごっ、ぐるるるるるきゅー。
 文字に起こすならちょうどこんな感じになるだろうか。非常に長く地響きのような音で彼の腹が鳴った。その音に彼は黙り込み、誰もいないことを知っているくせに腹を押さえて辺りを見回す。駄目だ、騒いでも腹が減るだけだ。彼はそう確信した。手持ちの荷物の中に食料が入っていないわけではない。しかし半日もあれば確実に抜けられる森だと聞いていた彼は素直に荷を軽くしてきてしまったため、できる限り食料の消費を抑えたかった。そのまま仰向けに寝転がり、星明りが散りばめられた夜の闇を見上げる。一日かかっても森を抜けられないなんて聞いてない。自分の方向感覚の無さを呪いながら、ああもういいやこのまま寝てしまおうかな、なんて考え始めたその時。

「……ん?」

 視界の端で何かがちらついた。彼は自分の腰に付いたボールに手をかけ、何かが映ったその方向へと首を回す。横向きの世界。けれど、真っ暗闇の中それは淡く光るその二つの円形はよく目立つ。勢いよく立ち上がり、その正体に彼は顔を緩ませた。どうやら確かに『守り神』はいるらしい、と。

   *

 今朝か昨日かは覚えていないけど、多分テレビのCMの曲。もしかしたらドラマの主題歌だったかもしれない。そんな適当な記憶が告げるまま、その陽気なメロディを口ずさむ。
 春らしくなってきた暖かい日差しが気持ちいい。パステルカラーの日差しと青空に目を細め、今にもスキップしそうな足取りでわたしは歩く。元々常緑樹が多い森ではあるんだけど、若い芽がちょこんと顔を覗かせているのを見るとなんだかこっちまで楽しくなる。冬の間はしおしおと枯れてしまっていた野草も今は青々とした葉を広げていて、花を咲かせているものもちらほら見られた。掘り返した土の香りが鼻をくすぐる。わたしの気持ちと同じなのか、隣をてちてちと歩くフシギダネもどこか楽しそう。冬の間のこの『散歩』は拷問といっても言いすぎないほど辛かったけど、春から秋に関していうなら『散歩』は別に嫌いじゃない。

「帰ったら、二度寝してやるー」

 えいえいおーと右手を突き上げにんまり。この貴重な春の日差しを贅沢かつ存分に使うために思いついたそれは我ながらなかなかの良案だと思った。できるだけ日の当たる窓際に毛布を持ってきて、相棒のフシギダネと一緒に毛布に包まるのだ。羽毛布団は少し暑いだろうし、かといって夏布団をわざわざ物置から引っ張り出すには早すぎる。やっぱりベストなのは毛布だけという選択! おばあちゃんのエネコももしかしたら寄ってきて一緒に丸まってくれるかもしれない。それはそれでなんだか素敵だ。春最高。にまにまと、奇妙な笑いが顔から剥がれない。今日は日曜日。どれだけ寝ようと文句を言われる筋合いはない。帰ってからの予定を脳内で詰めたところで、思考を森へ戻す。さて、と。そんな幸せな二度寝を楽しむためにまずしなきゃならないのは。

「……むぅ」

 ああ、またいる。わたしは顔をしかめて、つかつかとそれに向かって歩いて行った。一本足で器用に熟睡する丸々っちいフォルムのそいつ。この森の『守り神』を祀る止まり木の上で堂々と眠りこける茶色いそいつ。毎日、毎日、まーぁいにち、朝と夕方の二回この森を見回ってるわたしがここに来るたびに止まり木に収まってるそいつ。もうこれは戦争だ。わたしと、そいつとの。百五十数センチのわたしより少し背が高い止まり木のせいでそいつを見上げる羽目になるけど、そんなことに屈してはいられない。そいつの目の前にまで来たところでわたしはそいつを睨みつけた。鳥のくせに夜行性のそいつは目下絶賛熟睡中。

「……フシギダネ、まずは止まり木辺りの草むしりしよ。冬が終わって大分草が伸びてきちゃった」

 フシギダネを振り返り、できる限り明るく言う。フシギダネは一声鳴いて、すぐにわたしの傍に来てくれた。わたしは脳内で茶色いそいつに人差し指を突きつけながら言う。うん、今はぐーすか寝てればいい。あんたとの戦いは草むしりの後だ!
 わたしはこの小さな森の森番だ。六つの時から約六年、毎日朝と夕方にこの森に出入りして、異変がないか『散歩』、つまり見回りをしている。当時六歳の女の子をフシギダネが一緒とはいえ、笑顔で森に放り出したおばあちゃんとお父さんはなかなか鬼だと今でも思う。そして友達と遊びたいのだってぐっと堪えて、眠たいのだってぐっと耐えて、時間になったら森の見回りに出かけるわたしはなかなか偉いと自分でも思っている。それでもこれは結構長く続いてきた仕事で、わたしでそろそろ四代を数えるそうだ。尤も森を見回ることだけで生活していくことはできないので、散歩がてら見てくる、というのが今となっては正しいのだろうけど。
 おばあちゃん曰く森番はこの止まり木の『守り神』を祀るのも仕事の一つで、おばあちゃんが今のわたしのように森を見回っていた頃はもっと盛大にお祀りしていたらしい。だけど、はっきり言おう。わたしはそんな神々しいものをこの六年間一度も見たことがない。おばあちゃんも、先代のお父さんも『守り神』のことをいるよいるよ、と笑う。だけど見たことがないものは信じようがないじゃない。なのでわたしはこの森の樹木に異常がないか見回ることが役目だと言い聞かせている。勿論、ちゃんと『守り神』の止まり木も掃除するけど。六年経った今では二時間もあればこの森を迷うことなく一周できる程度には森のことにも詳しい。尤も、わたしの足で二時間なのだから、それなりに迷ってもすぐ抜けられる森ではあるんだけど。
 さて、と。草むしりが終わった手をぱんぱんとはたいて土を落とす。フシギダネが立ち上がったわたしを見上げた。わたしはにやりと笑う。さあ、この不躾者をどう退治してあげようか。すぅ、と肺に空気をため込むことたっぷり五秒。未だ熟睡するそいつのどこに耳があるのかはいまいちわからないけど、多分耳があるであろう場所を狙って。せぇのお。

「ふっしゃー!」
「わぁっ、えぷっ。……フシギダネ?」

 突然声を上げたフシギダネにわたしは中途半端な声を上げて溜めこんだ空気を全て吐き出してしまう。ただそれでも耳元付近を狙ったそれは十分な声量だったらしく、茶色のそいつは驚いて止まり木から飛び上がった。ほぅほぅ、と抗議の声を上げて適当な木の枝に止まるそいつ、ホーホー。目的は達したけどなんだか納得いかない。何するのよ、とフシギダネに文句を言おうとしてその視線がわたしを見ていないことに気づく。フシギダネの視線を追って、止まり木を通りすぎ、カラスノエンドウを通り過ぎ、木の影に視線が移って。

「ひっ」

 足が、生えていた。つい身じろぎしてしまったけど、でんっと突き出された人間の足は生えていると言うより寝転がっていると言う方が正しいだろう。肩の力を抜いて、わたしは恐る恐るその足が突き出ている木の裏へ回る。木の幹に寄りかかって、止まり木に居座っていた茶色いそいつと同じくらい熟睡するのは、十六から十八くらいに見える人間の男の人。ありふれた真っ黒な髪に木漏れ日が降り注いでいる。右手に握りこまれているは地図らしき紙切れで、幹と背中の間で可哀想なくらい潰されているのはリュックだろう。上向きに仰け反った顔は口が半開きになっていてまぬけさを加味している。そしてその隣には濃紺の毛皮の巨大な鼬ポケモンがいた。

「バクフーン……?」

 ヒノアラシの最終進化系。テレビで何度か見たことがある。ここの森にはいないポケモンなのでこの男の人の手持ちなんだろう。男の人の隣でこちらも幹に寄りかかって熟睡している。上向きの顔に半開きの口。よく見れば左手がお腹のあたりに置かれているけど、それはこの男の人もだ。わたしはついじっと見入る。フシギダネもじっと彼らを見ていた。そして言葉はどちらともなく。

「……そっくり」
「ダネダネ」

 わたしとフシギダネは顔を見合わせ、吹き出した。とりあえずこのまま放置しておくわけにもいかないので恐る恐る男の人の肩に触れて、揺すってみる。すると案外すぐに彼は起きた。

「んあぁ? ……あれ、人間?」

 なかなか寝起きは良いらしい。数回の瞬きと、一回の大あくびで完全に目覚めてくれたその人はわたしの姿に驚いてから未だ眠っているバクフーンを軽く小突いて起こした。バクフーンも彼と同様に数回の瞬きと大あくびで立ち上がる。ぐー、と伸びをするバクフーンの耳がぴくぴくと気持ちよさそうに痙攣。完全にバクフーンに見下ろされるわたしに未だ座ったままの彼が笑った。

「起こしてくれてありがとう。心配しなくてもそいつは何もしねえよ。……ところでこの辺の人? だったらちょっと道を教えて欲しいんだけど」

 身体が解れたのかあぐらを組みなおし、眠っていたときに握り潰していた地図をひらつかせながら彼は苦笑いのような曖昧な笑い方でわたしにそう言った。道? この森は小さな森だ。慣れてしまえばわたしの足でも二時間あれば簡単に一周できるほど。それなのに道を教えて欲しい? 首を傾げるわたしは思った以上に彼を警戒するそぶりを見せたのだろう、彼はひらひらと地図を振りながら困った顔で言ったのだ。

「いやね、いや。この森、俺も半日もあれば抜けられるって聞いたんだけど。……俺、相当の方向音痴なんだ」

 たははは、と乾いた笑いを浮かべる彼にバクフーンがぽん、と彼の肩に手を置く。憐れむようなその仕草に合わせてその目もなんだか憐れみを含んでいた。それを眺めるわたしの目もどこか虚ろだったのはきっと気のせいじゃない。

「……そんなに引くなよ……。俺だって好きで迷ってるわけじゃねえんだから」
「ご、ごめんなさい。でもこの森で迷う人なんて見たことないから……」
「へえ……。そうなんだ……」

 わたしの台詞は彼にとって相当なダメージだったのだろう、彼はさっと目を逸らして無理やり笑ったような乾いた笑みを漏らす。自嘲ってきっとこういうことを言うんだろうな、とわたしは理解した。主人に興味を示さなくなったバクフーンは興味深げにフシギダネをつついている。フシギダネが特に嫌がっている様子はないのでわたしは何も言わない。開き直ったらしい彼はリュックを下してその中から、水とパンを取り出す。

「えっーと、それでよかったら道教えてもらえる? ついでに待ってて貰えるなら、これ食べたいんだけど」

 腹減った、と呟く彼にわたしは頷く。あっという間に抜けられる森だ。道を教えてあげるくらい訳ない。どうせわたしだって帰るんだし。わたしが頷くのを確認してから彼はありがとう、と言って嬉しそうにパンに噛り付く。フシギダネをつついていたバクフーンも鼻をひくつかせてのそのそと彼の傍に寄って行った。現金だな、と笑いながらバクフーンにパンを分けてやる彼。待っている間立っているのもしんどいなと思ったわたしはその場に座って、パンを口いっぱいに詰め込む彼とバクフーンをじっと眺めることにする。フシギダネはわたしの傍でうつらうつらし始めていた。

「気になってたんだけど、もしかして君が森番?」

 ごくん、と良い音をさせて口の中のものを飲みこんだ後、彼はわたしに向かってそう言う。そうだけど、と答えるわたしをまじまじと上から下まで見てから彼はふーんと頷いた。春風が木の枝を揺すって音を鳴らす。木の葉が零す日の光が淡い影を創っていた。

「いやね。道に迷ったら、森番か『守り神』を探せって教えてもらったんだ。いや探せっていうか、見つけてもらえっていうか。見つけてもらえてよかった。な、バクフーン? なるほど、昼と夜とで役割分担してるんだな」
「は、い……?」

 彼の言っていることがいまいちよくわからなかった。役割分担? 誰との? 森番はわたしだけなのに。それに『守り神』を探せって? この六年間森に通い続けたわたしでさえ見たことないのに。だんまりになったわたしを不思議そうに彼が覗き込む。うつらうつらしていたフシギダネもわたしを見上げて心配するように一声鳴いた。わたしは彼の言葉を確認しようと反復する。

「『守り神』って、今言った?」
「言ったよ。というか、森番なんだから知ってるんじゃないのか?」

 怪訝な顔で問い返してくる彼。パンを食べきったらしいバクフーンがぺろりと舌なめずりをする。それを横目にでもでも、とわたしは彼に続ける。この森でわたしは六年森番をやっていること。おばあちゃんもお父さんも『守り神』がいるというけど自分はそんな神々しいものをここでみたことがないということ。おばあちゃんの頃はもっと盛大にお祀りしていたこと。きっと『守り神』というからには止まり木があるんだし巨大な鳥だったりするんじゃないかと思っていること。でもこの止まり木に止まっているのは今あそこの枝でまた熟睡し始めたらしいホーホーだけだと言うこと。大分熱っぽくなってしまったわたしの言葉を彼はじっと聞いてくれた。けど、離し終わったすぐ後に彼はこれでもかというほど爆笑する。

「あははははははっ!!!」

 盛大に笑われてわたしはむっと頬を膨らませる。何よう、わたし、そんなに変なこと言った!? ちょっぴり涙目になりながら笑う彼はペットボトルに入った水を一口含んでからにやりとした笑みを向ける。その笑顔はおばあちゃんやお父さんが『守り神』はいるよ、と笑う時のそれとよく似ていた。

「ここの守り神はね、そんなに大きな生き物じゃないと俺は思うけど。……理由が聞きたい?」
「何よ、教えてよ」

 こんな小さな森で迷っていたくせにこの訳知り顔の笑顔は何だろう。むっと顔をしかめながらわたしは彼に続きを促した。彼はもう一度水を飲んでからにやけ顔はそのまま続ける。

「承知いたしました、お嬢様。まず、この『守り神』の止まり木。手作りみたいだけど、君ん家で造った?」
「何年かごとに替えてるけど……」
「なるほどね。でもサイズはこのサイズなわけだ。ちょうど君の背丈が届くか届かないかくらいの。少し考えればわかると思うけど君の言うような大きな鳥ポケモンはここには止まれない。なんてたって止まり木が細すぎる。それにこんなに木が枝葉を広げてるって言うのにそんなに大きな鳥ポケモンがどこからくるって言うんだ。空から枝をへし折って? それならジョウトのエンジュのスズの塔をまねた方がよっぽど賢いと思うね」

 すらすら出てくる言葉に、ぐうの音も出ないとはこのことだ。黙り込むわたしに彼は続ける。バクフーンが彼の傍で伏せた。

「俺、ジョウトに行ったことがあるんだけど、その時ウバメの森ってのがあってね。その森の守り神は時渡りポケモンなんだ。小さな妖精らしい。見たことはないけど。そんな感じの生き物ならこの止まり木は分からなくもないが」
「じゃあそういう神様なのよ。きっと。きっと小さくって、妖精みたいなの!」
「残念だけどここに関していうならそれも違うと思うね」

 口を挟んだわたしに、しかし彼はそれを切り捨てる。くくくっ、と彼は笑いを噛み締めてわたしを見た。面白がっているようなからかっているような目。わたしはだんだん機嫌が悪くなっていく。焦らすなんて性格悪い。彼はバクフーンの紺色の毛皮を撫でる。わたしはしびれを切らして彼を急かした。

「ねえ、早く教えてよ。じゃあこの森の『守り神』はどんな生き物なの?」
「まだわからない?」
「わからない!!」

 わからないかー、と彼はにんまりする。そして、取って置きの秘密を教えるように声を潜めて。


「ホーホーだよ」


 は、い……? 彼のその一言を聞いたわたしはきっと怪訝な顔をしていただろう。聞き間違いかとも思ったけど、彼はそんな呆けたわたしの顔を眺めながらもう一度ホーホーと口走る。どうやら聞き間違いではないらしい。でも、ホーホー? こんなどこにでもいるような、特別珍しくもないポケモンが『守り神』?

「冗談でしょ?」

 つい、わたしの口から漏れたのはそんな言葉だった。だって信じられるはずないじゃない。ホーホーだなんて。それでなくてもわたしは毎日ホーホーを止まり木から追い払ってるのに。でも彼はそんなわたしにきょとんとする。

「いや? 多分そうだと思うけど? だって、ホーホーならあの止まり木はちょうどいいサイズだし。毎日のようにあそこに止まってるんだろ、あのホーホー」
「それでもホーホーって! ホーホーが守り神って!!」

 なんて夢がないんだろう!! 小さな時からの『神々しい神様』イメージが派手な音を立てて崩れていく。名前を呼ばれたことに気づいたのか、茶色の丸々っちいそいつが短い羽根でぱたぱたと飛んできた。ええい! 来なくていい!!

「あははっ、君面白いな。ホーホーを知恵の神様とする国もあるんだからそんなに拒絶反応示さなくてもいいのに。なあ、ホーホー?」
「ほぅほーぅ」

 深みのある鳴き声で同意を示すホーホーが止まり木に止まる。鳴くな! 今わたしの視界に入ってくるな!! ぶんぶんと左手でホーホーを追い払う仕草をするわたしに彼はけたけたと笑うだけ。ホーホーはでんと止まり木に止まったまま知らぬふり。

「まあまあ、落ち着きなよ。『守り神』と称されるからにはそれなりの理由があるのさ」
「……何よう……」

 わたしを宥めるようにして、彼は話をまた始める。ずいぶん時間が経ったのか、太陽の位置と影の位置が移動していた。空を見上げると緑色の葉っぱがこれでもかというほど空を覆っている。春らしいぽかぽかとした気温にフシギダネは眠ってしまったようだった。

「『守り神』って言ってもホーホーは別に森を守る『守り神』じゃあない。どっちかっていうと旅人にとっての『守り神』だな。俺も昨日迷ってた時にホーホーに見つけてもらってここまでたどり着いたってわけ。ここ、“迷わずの森”とまで呼ばれてんだろ? つまりホーホーは夜道で迷っても道案内してくれる『森の案内人』、そういう意味での『守り神』さ。“フラッシュ”が使えるってことはジョウトか、ホウエンのホーホーなんだろうけどまあそこは良いとして。昔、この森がもっと広かった頃はかなり重宝されたんだろうな。森が大きければその分危険も多いから。人間にとって森は脅威で、森を無事に抜けさせてくれるホーホーたちはとんでもなくありがたい存在だった。だからこそ君のご先祖様かこの辺りで暮らす人か旅人かは知らないけどホーホーたちを『守り神』として祀り始めたんだろう。こうやって止まり木を作ってね。今は森のサイズが小さくなってるしナビの機能を備えた機械類も発達してるしでホーホーの仕事は減ってるみたいだけど。でも君のおばーさんとおとーさんが六歳の君を平気で森に放り出せたのはこいつがいると知ってたからさ」

 ちょいちょいと親指でホーホーを示す彼。ホーホーはいつもの場所でうつらうつらまた寝始めている。食い入るようにその話を聞いていたわたしは彼の言っていた役割分担の意味がやっと分かった。朝と昼は森番が森を守ると同時に道案内役をして、夜は夜目の利くホーホーが旅人を案内する。そういう意味での役割分担。その道案内を喜んだ人たちがホーホーを祀って止まり木を作った……。頭の中で彼の話を繰り返しながらゆっくり飲み込んでいくわたしに、話は終わったとばかりに彼は立ち上がってバクフーンも立ち上がる。

「まあ、詳しくは君のおばーさんにでも聞いた方が良いけどな。ところでそろそろ道案内してくれるか? 森番さん」

 あ、うんと反射的に頷き、フシギダネを起こしてわたしも立ち上がる。ぱたぱたと服に付いた草を払っている間に彼はふらふらとホーホーの止まり木まで歩いて行った。ふわあ、という欠伸はフシギダネのもの。

「昨日は助かった。ありがとうな」

 ぽんぽんと気安くホーホーの頭を軽く叩き、睡眠を邪魔されて不機嫌そうなホーホーの声に悪い悪いと謝る。この感謝がホーホーを祀って、森番の仕事をおばあちゃんに、お父さんに、そしてわたしにまで繋げてる……?
 ごうっ、と強い風が森を駆け抜けた。木の葉の掠れ、枝がしなる。おおう、と彼とバクフーンは目を細め、わたしは髪の毛を手で押さえた。みしみしと止まり木も鳴くけれどホーホーは器用に一本足で止まり木に掴まったまま。お父さんが二年ほど前に直したそれはそれなりに丈夫にできているようだった。ちょっとやそっとじゃ壊れないようにしておかないとな、これを作るときにそう言っていたお父さんの言葉が頭の中に浮かんでくる。どこか楽しそうな声だった。

「廃れないで続いて欲しいもんだね、こういうものは」

 止まり木の隅をぺしぺしと叩きながら彼ははにかむように弾んだ声でそう言う。彼より少し背の高いバクフーンがその耳をそよ風に遊ばせていた。

 そうだ、帰ったらおばあちゃんに聞こう。この森の由来を。『守り神』のことを。ホーホーのことかと、そう聞いたらきっと答えてくれるはずだ。いつものようににっこり笑って答えてくれるはずだ。それが終わったら昼寝をしよう。毛布を抱えて、フシギダネと一緒に。夕方またここにくるまで。春の日差しが独り占めできる窓際を探して。

 夕方ここに来るときは、何かホーホーに持ってきてあげようか。

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2013.5.6  10:31:05    公開
2013.5.6  10:39:50    修正


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