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我楽多たちの物語

著編者 : 森羅

花冠を君に

著 : 森羅

イラスト : 森羅

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 コトブキシティのとある高層マンションの最上階。ある住人の趣味だとかでそこあたかも植物園のような状態になっていた。申し訳程度の土が敷かれ、亜熱帯の様な植物が植えられ東西南北から収集された草ポケモンがそこに詰め込まれていれば、そりゃもう遠くから見れば植物園以外の何物でもないだろう。そう思わないと言うなら、何に見えるか教えて欲しい。ジャングルが切り取られているんだろ、以外で。
 ちなみにこの中で暮らす住人の一人として言っておこう。この中はなかなか快適だ。冬の厳しいこの地方でぼくらが凍えないように温度も室温もしっかり調整されているし、水はきちんと与えられるし、奇人変人のこの植物園の主……いや失敬。我らがマスターはぼくらを溺愛してくれているし。ただ、ただね……。

 そんなに鏡ばかり見つめて、一体何をしているのかってそりゃもう、ぼくのこの海よりも深い事情をちょっと聞いて欲しい。ぼくはサボネアだ。うん、サボネア。サボテンじゃなくてサボネア。高さ40センチ、重さ51キロちょっと。サボネアとして平均的かつ、理想的なボディを持ったサボテンポケモン、サボネア。だから何度も繰り返すようだけれどサボテンじゃない。サボテンだ。……あれ、ちょっと混ざってきた。サボネアじゃなくてサボテン。いやサボテンじゃなくて……まあいいや。ちなみに女の子なのでそこのところ考慮してどうか優しく接してほしい。
 で、そうそう。ぼくがこうやって鏡の前で溜息ばかり吐き出している理由。それは。

「さぼちゃん、さぼちゃん。さぼちゃん、まだお花咲かないの?」
「……うん、咲かないの」

 傍に来てくれていた同期の彼女が心配そうに小首を傾げる。頭に花飾りの様な花を2輪咲かせる彼女はフラワーポケモン、キレイハナ。花の擦れる音が、心地良い音色を奏でる。身長は40cmでちょうどぼくと同じくらい。彼女がナゾノクサだった頃は2人仲良くこの鏡に映る自分の姿を眺めながら溜息を吐いたものだけど、彼女はいつの間にやら進化してしまって、綺麗な花を持っている。この前「“はなびらのまい”が踊れるようになったのよ」と報告に来てくれた時に“ミサイルばり”を打ち込んでやろうかと軽い殺意を覚えたけど、基本的に仲のいい友達だ。……いいなあ。羨ましいなあ。ぼくも花が咲けばいいのになあ。

「心配しないで。さぼちゃん、いい子だもの。きっと咲くよ」
「うん、ありがとう」

 じゃあ後で遊ぼうね、とだけ言い残して立ち去る彼女を見送ってからぼくはまた鏡の前でしょぼんとする。ああ、ぼくのお花。どこにいっちゃったんだろう。

 そう、ぼくの悩みと言うのは“花が咲かない”ことなのだ。なんだそんなことかと言わないでほしい。ぼくにとっては切実なことなんだから。こうやって鏡の前で一日中待ってみても、いつもの2倍くらい水を飲んでも、ご飯を食べても、たくさんたくさん光合成しても、花が咲かない。頭の上にちょこんと載った王冠のようなそれの黄色が色鮮やかになったけど、それだけ。首を傾げても、お星さまにお祈りしても、花が咲かない。ぼく、何か病気なのかなあ。キレイハナの彼女は心配しないでって言ってくれたけど実際は不安で不安で仕方がない。こんなに待っているのに花が咲かないなんて。
 いつの日かマダツボミが笑いながら、「いいじゃない、私は一生花なんて咲かないよ」って慰めるつもりか言ってくれたけど、それでも心配で、心配で仕方がない。ぼくの、ぼくのお花……。ぼくのお花……。

 ぼくのお花、どこにいっちゃったの?

  鏡の前で、でも鏡に映る姿なんて見たくもなくて。花が咲けば、ぼくは毎日だって鏡の前で笑顔で踊って見せるのに。枯らさないように大切に大切に水をあげて、ご飯もちゃんと食べて、光合成もして、大切にするのに。大切にするのに、どうしてぼくに花が咲かないんだろう。

「さぼちゃん、あんた、どうしたの?」

 のっしのっし、と今度ぼくに近づいてくるのはフシギソウ。少しハスキーな声のお姉さんで、背中には花のつぼみを背負っている。ぼくより大分大きくて、ぼくはいつも彼女に見下ろされるのだけど、威圧感はほとんどない。ちなみに「進化したら花は咲くけどこの植物園には大きすぎんのよね」という理由で進化はしないそうだ。「別に花が咲かなくても素敵でしょ」とにっかり笑う彼女はとてもかっこいいのだけど、それは“我慢しなければ花を咲かせることができる”という余裕からくるものでしょうと卑屈に考えてしまうぼくがいる。そうなってくるともうマイナス思考は止まらない。いつもなら「なんでもないよ」と言って見せるけどぼくはもう、泣きそうだった。経験豊かなフシギソウにぼくは泣きつく。

「花がね、咲かないの。ぼく、病気だと思う?」

 ぼくの突然の独白に彼女は面食らった。その大きな目をパチパチさせて、固まってしまって。そして唐突に笑い出した。それはもう、植物園に響くくらい大声で、あげろっぴに。それに今度はぼくが面食らう。そして同時に悲しくなった。ぼくはこんなに真剣なのに笑うなんて。

「え?さぼちゃん、あんた……いやそうだね。あいわかった。ああそうか、そりゃそうだ。あははっ、ああそうだね、いやそうだ。さぼちゃん、夕方までお待ち。マスター呼んできてあげるから。いいね、夕方まで待つんだよ」

 笑いを必死に抑え込みながら、彼女はそうぼくに言う。一体なんだっていうんだろう。ぼくをマスターの笑いものにするつもりなんだろうか。それともぼくは病気なんだろうか。そう考えると悔しくって、悲しくって、どうしようもなかった。
 ぽつんと残されたぼくはまた鏡に向かい合う。鏡に映る自分が嫌い。花を持たない自分が嫌い。冠なんていらないから、こんな小さなちょこんと乗っている何かわからないような黄色い飾りなんていらないから、どうかぼくに花をください。

 小さくてもいいから、ちょっとくらい形が悪くても気にしないから、絶対絶対大切にするから。

 ……大切に、大切に。
 鏡に映る自分なんて、もう見てもいなかった。その場にずるりと座り込んで、ぼんやりどこかを見ていて。キレイハナが浮かんで、マダツボミが浮かんで、フシギソウが浮かんで。そして消えて行って。フシギソウの言う夕方が来るまでぼくはずっとそうやっていた。

「マスターマスター、さぼちゃんがね、さぼちゃんがね」

 ふっ、と我に返るとフシギソウが会社帰りらしいマスターを引っ張ってぼくの目の前にまで連れてきていた。よれてしまったスーツに軽い溜息を吐き出しながら、ぼくを見るマスター。どうしたの、という声にけれどぼくは答えられない。
 いつもだったら飛びついてくるのに、と不安がるマスターはぼくと目線を合わせるように屈む。違うんだよ、マスターは悪くないんだよ。でも、ぼく、お花咲かないの。マスター、どうしよう、どうしよう。もし、病気だったらどうしよう。死んじゃったらどうしよう。一生お花、咲かないのかなあ。ぼくは、お花、咲くはずなのに。
 もう泣いてしまいたくて、抱きしめて欲しくて、慰めて欲しくて。ぷるぷる体を震わせながらそれらを必死で堪えるぼくにマスターはあたふたする。どうしたんだ、どうしたの、と繰り返し、ぼくを持ち上げて体に不調がないか診る。

「もう、マスターの、鈍感!」

 フシギソウがそう、苛立たしげに鼻を鳴らした。ぼくらのそんな様子にキレイハナもマダツボミもやってきて、他の子たちもやってきて。そんなことも意に介さず、マスターはぼくを持ち上げたりひっくり返したり一体どうしてしまったのかと首を傾げる。折角花も咲いたのに、と不思議そうに。

 ……折角花も咲いたのに、と不思議そうに。

 その一言にフシギソウは満足げに鼻を鳴らした。マスターの言葉の意味が分からないぼくはぐるぐるとその言葉を頭の中で回転させながら、周りを見回す。もう一度逆さまにひっくり返された時、はっ、とした顔で口元を抑えたキレイハナが一番に口を開く。

「さぼちゃん、お花!頭の、お花!」

 キレイハナが何を言っているのかわからなかった。だって頭にあるのは小さな黄色の冠のはずだ。だってぼくはそれを毎日見ていたのだから。間違えるはずがない。キレイハナだってそれを見ている。それは花じゃなくて冠のはずだ。王冠みたいな、黄色いただの飾りのはずだ。けれど、彼女はそんなひどい嘘はつかない。
 ぼくはにんまりと満足げなフシギソウ、多分一番事情を知っているであろう彼女に視線を投げた。そうしたら彼女は“つるのムチ”でマスターの『かめら』とやらを掠め取って、それで一枚ぱちりとやる。それはとても器用な行動で、マスターさえもフシギソウを制止する暇もなく呆気にとられていた。ぴかりと真上で光るフラッシュ。

「ほら、見てごらん。さぼちゃん。見えなかっただけさ、見えなかっただけ。そうさ、頭の上に咲く花なんて、見えるはずもない。ああそうだった。自分の体のことは知っていると思い込むものね。でも鏡に映せない部分もあるんだよ。ちゃあんと花は咲いてたのさ。キレイハナにも見えなかったろうね、似たような背丈だもの」

 フシギソウが見せてくれた『かめら』に映るのは真上から見た自分の姿。
 黄色い花を頭のてっぺんに咲かせる緑色のサボテン。
 欲しかったものはずっと持っていたのだと。

 嬉しくて嬉しくて、何が起こっているのかと困惑顔のマスターに抱きついた。

 長く響くマスターの悲鳴。

 マスターの腕の中で、あの鏡は割ってやろうと、そう笑った。

***   ***
お題に「サボネア」を頂いたので。 あの冠みたいなのって花なんですねえ……森羅は一昨日まで知りませんでした(すみませんすみません……)
いやでも、書いているうちにサボネアって可愛いなって思いました。本当に。
タイトルは「かかん」でも「はなかんむり」でもどちらでも。

挿絵は北埜すいむさんからです!!お忙しい中、有難うございますっっっっ!!!!
さぼちゃん……!!

花冠を君に

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2013.2.9  02:59:44    公開
2013.2.10  09:17:34    修正


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