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Second Important

著編者 : ぴかり

【その守護】綺麗なひとへ送る 下

著 : ぴかり

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 シィと暮らしてそれほどしないうちに、私は彼の部屋の本棚に手をつけた。
 なんということはない、ただ、本棚の上を掃除しようとしただけだった。
 その瞬間に、本を落としてしまったのだ。背表紙に何も書いていない分厚い本――特に私は今まで気にもとめなかったが、落として開けた瞬間、その本が色あせた写真で埋まっていることに気が付いた。
 大体の写真が、幼い二人の子供を映している。そこには彼によく似た少女と、真っ黒に油性のペンで首から上を全て塗りつぶされた、おそらく恰好からして少年。
 そのページに、彼の“顔”は一枚もなかった。近くにはロコンとオオスバメ。私は震える手でそのアルバムを取った。周りを確認してから夢中でめくった。
 すべてのページの少年に、顔はない。後ろめたさと、得体のしれない恐怖に、胸を支配される。心臓が高鳴って、うまく息が出来ないほどに。
「なにを見てるの?」
 後ろからシィの声がして、瞬時に振り返った。私は、よっぽど、おびえた顔をしていたのだと思う。顔の筋肉がこわばって、目は開いたままいつものようにうまく閉じることができない。
 シィはそんな私の様子に少し困ったような顔をして、それからいつも通り笑った。
「ああ、それは俺だよ。なんか、こう、突発的に塗っちゃったんだ」
 シィが安易なごまかしを言わなかったことに、私はわずかに安心した。
「突発的にって?」
「あんまり自分が好きじゃなかったんだよね」
 彼は過去形でそう言ったが、私は今もそれは変わらないように思う。彼の物言いや仕草は決して自嘲気味でもないし、高圧的でもない。ただ、ひどく自分に興味がないのだ。他のひとに関心がありすぎるだけ、という理由ですませられないくらいに。
「写真、嫌いなの?」
 私が訊くと、彼は頷いた。
「そういう形に、残りたくないんだよ」
 彼が答えたそれは、明らかに、自己嫌悪の意味を含んでいた。穏やかな表情と声色でそう感じさせないだけだった。
「――それはそうと、これから暇? 手伝ってくれないかな」
「えっ?」
「今日はクロスの誕生日だから。ほら、これ」
 不安げな顔をしていた私に、彼は大きな袋を取り出した。中からはたくさんのふわふわもふもふのぬいぐるみが詰め込まれているようだった。今ディガルドで流行していて、クロスが大好きなぬいぐるみだった。
「クロスの部屋にたくさん並べてつりさげて驚かせようかと思って」
「つりさげるのは、こわいと思うわ」
 くすくすと笑った私を見て、彼は少し安心したように、笑って見せた。
「そこも醍醐味なんだよね」
 それは、いつもみせるような、子供じみた無邪気な笑い方だった。
 ――これが一番はじめだっただろうか。
 このときから私は、少しずつ、その深淵に、あるいはある種の真実へ、近づいていけると思った。それはとても恐ろしかったが、私が此処に来た理由は――シィを理解すること以外のなにものでもなかった。私は彼を理解したいと心から思っていた。
 ……私がいくら望んでも、それは最後まで叶わなかったのだが。
 ディガルドに来て、幾度目かの季節が過ぎる。四季をニ回巡り、三年目まであと半年と数か月を残そうとしていた。
 彼は相変わらず変わらないようで――もしかしたら、変わらないように見せかけているだけかもしれないが――この数年で世の情勢は特に大きく変わったところはない。彼もまたそう見えた。
 私はあのアルバムの話を、あのときから一度も彼に投げかけなかった。聞いてもうまくはぐらかされるだけだろうし、なにより、まだ彼は私にその場所に触れさせてくれないのだろうか、と思うと、中々切り出せなかった。
 こころから、幸せになってほしいと思う。でもそれは、私のひとりよがりな考え方で、彼は望んでいないのではないだろうか。見るに耐えない過去を克服するより、未来を信じていたいのではないだろうか。
 彼がそう望むのならば、私はそれでかまわない。彼が過去を見たくないと言うのならば、私は過去に立ちはだかる壁になってもいい。つらいことを見たくないのならば私が隠したっていい。
 私はシィに強さなど求めていない。彼が幸せに感じるならば、シィはずっと、弱いままでいいのだ。
 毎週日曜日の夜、彼は中々眠ろうとしない。それはずっと前から変わらないことで――以前聞いた時には、明日から仕事だって思ったら寝たくないんだよ、なんて言っていたが、そのうちに白々しい誤魔化しであることを知った。元々、彼はそれほど懸命に仕事をしていなかったし。
 そして、月曜の早朝、シィはきまって中々目覚めなかった。
「月曜にはよくあることなんだよ、ほっとけ」
 オオスバメ――あのときのチラーミィはそう言った。彼はまぎれもないミュウであり、今はオオスバメに姿を変えて生活をしているらしい。詳しい事情を知っているわけではないが、やはり、幻の獣ともなれば色々不便が生じるのだろう。
「本当に、それだけかしら」
 私が彼の顔をのぞきこんだ瞬間、彼は目を覚ました。
「…………あら、おはよう」
「……おはよう」
 シィはけだるそうに身体を起こして、大きくのびをした。よく眠っていたはずなのに、どこか疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「なにか夢でも見たの?」
「少しね」
「日曜日は決まってそうなのかしら」
「まあね……。誰かに嫌われでもしてるのかな。心当たりが多すぎてわからないけど」
「神さまのお告げじゃなくて?」
 乾いた笑いかたをしたシィにそう告げると、彼はとたんに驚いた表情を見せた。
「アミルフィでは夢は神さまのお告げなのよ。そうじゃなくても、あなた、前に私に言ったでしょう? “神さまの受け売り”だって。そんな顔をするような、特に深い意味はないわ」
「…………」
「隠し事なら、もうすこしうまくやることね。鉄仮面さん」
 シィはふっと笑って、私の頭を撫でた。それから額にキスをして、
「リスネルにはかなわないな」
 そのまま抱きしめられた。ミュウが明らかに怪訝そうな声で、
「いいからてめェら、仕事しろ」
 そう呟いた。私はもちろん、シィにも聞こえたはずだが――彼はそれを華麗に無視し、私をぐいぐいベッドに引き入れ二度寝しようとする。
「シィ」
「ん?」
「お仕事よ、お仕事。起きなさい」
「俺の部下は優秀だから俺が出る幕なんてないよ」
「そういう問題じゃないで――……」
 私がいい終わる前に、今度は先ほどとは違いやさしい寝息をたてていた。
「くっそ……結局オレかよ」
 こういう状態のシィは、もうどうにもできない。それをよく理解しているオオスバメはそう言い捨てると、シィの見た目に“へんしん”して、
「あとは頼んだからなー、リスネル」
 彼の代わりに仕事をしに行った。これもまた、よくあることだった。
 オオスバメがいなくって数秒――彼は目を開けた。当たりまえのように、寝たふりだったのだ。
「寝たふりは感心しないわね」
「知ってて黙っててくれたんだろ?」
「まあ、そうだけど」
 シィは私をじっと見つめると、
「話があるんだけどな」
「いや」
「……そう言わずに」
「聞きたくないわ」
「なんで?」
「シィがいきなりじゃなくて、そうやってわざわざかしこまって話題を切り出すときはたいていよくない話だからよ」
「よくわかってるね」
 私は返事を返さなかった。少しでも、数秒でも、聞きたくなかったのだ。
 シィは意を決したようでもなく、ごく自然に、その言葉を告げた。
「俺が居なくなったあとのことだけど」
「…………」
「……俺は、リスネルに独りでいてほしくない。君は俺よりずっと強いけれど、強くあろうとして居られるけれど、本当は寂しがりだから」
 なら、居なくならなかったらいいのに。ずっと一緒に居てくれればいいのに。
 そんな言葉をかみ殺して、私は小さく言った。
「……つまり、具体的にどういうこと?」
「…………」
「他のひとと結婚してほしいって言いたいいの? よくそんな無神経な言葉がその口から吐けるわね」
「ごめん」
 シィはいつも素直だった。自分に非があると認めればすぐ謝ったし、私は彼のそういうところも好きだった。けれど、このときばかりはそれが疎ましくてしょうがなかった。
「私は貴方に幸せにしてもらおうなんて、これっぽっちも思っていないのよ」
 吐き捨てるように呟いて、
「そんな楽しくない話、また今度にしましょう? そんなことより、もっと楽しいこと、たくさんあるじゃない」
 彼の首筋に顔を埋める。小さく噛みつくと、細く白い首筋に紅い華がひとつ、咲いた。そのうちに消えてしまう、儚い華だった。
 彼は私の左肩をベッドに向かって押し付けると、そのまま上に跨った。
 扉に鍵がかかっていないわ、と私は忠告したのだが、たまにはそういうのも悪くないよ、なんて、シィは私に口づけた。
 本当は寂しがりだから、シィはわたしにそう言ったが、私からみれば、シィのほうがよっぽど、私なんかより寂しがりやだ。
 だから彼は、私を求めたのだ。彼の奇妙な性格と感情の感じ方は、普通のひとでは到底理解しがたいものだったのだから。その感情の感じ方を、長年探し求めた私だけが、彼を理解することができたのだから。
 そのわりに、私でさえ自身の深淵に触れさそうとしなかったのは、彼の強がりだったのだろうか。
 それとも、私に拒絶されるのが恐ろしかったのだろうか。


 ――そのうちに、私は妊娠したことを知った。彼が居なくなった後にその子供を残していくことに、彼がいい気がしないだろうことを、私はよく理解していた。
 部屋の隅に安全ピンが転がっている。私が彼を騙して授かったようなものだった。
 数か月後、子供をおろすのが難しくなってから、彼に告げた。シィは非常に困った表情を浮かべていた。
「私が育てるわ。貴方には何も言う権利なんてないでしょう?」
 復讐のつもりだったわけじゃない。けれど、どうしてもそういう言い方になってしまった。
「ごめんなさいね。私、やっぱり貴方の言う通り寂しがりだったみたい。でもね、貴方が知っている通り、私、貴方の代わりなんて一生見つけられないの。たとえ貴方の子供だって、シィの代わりにはならないわ」
 でもね、と私は続けた。
「私、忘れたくないの。貴方が居たことを、忘れるわけにいかないの。きっと、誰も気づかないわ。いつものようにミュウが貴方のふりをしたら、誰も貴方が居なくなったなんて気づかないの。それが一番、寂しいの。貴方が確かに此処に居たことを、その証を、目で見える形で欲しいの。私の、勘違いじゃなかったって。貴方の存在は、夢じゃなかったって」
「……リスネル」
「貴方は誰も傷つけていないつもりかもしれないわ。自分だけが傷ついて、周りを救っているつもりかもしれないわ。でも、そんなことはないのよ。貴方が誰かを心配して心を痛めているように、また他の誰かも、貴方を心配して心を痛めているのよ。貴方は他の誰と同じように、誰かに心配される存在なのよ」
「…………」
「だって、貴方は“ひと”だもの。貴方は“ひと”であろうとしたわ。私は貴方を、“ひと”だって、そう、思うもの――」
 私が最後まで言い終わらないうちに、シィは私を抱きしめた。その腕は、震えているように思えた。私になにも背負わせようとしなかった彼の痛みが、少しだけ、伝わった気がした。私はそれで、十分だった。もう、それだけで良かった。
 このひとは、ひとであろうとする以上に、――きっと、誰よりもやさしくあろうとしただけだった。
 奇しくも出産予定日は、彼が此処を去る当日だった。彼が此処を出るのは早朝だそうなので、出産に立ち会えなくて残念ね、なんて私が笑ったら、彼はやはり困ったような顔をしていた。
 彼が此処を出る前日、私は彼と少しだけ話をした。本当に、少しの時間だった。
 翌日、子は生まれた。ルシファーとセルフィと名付けられた双子は、それから大きな病にかかることもなくすくすくと育つ。
 私が想像した通り、彼が居なくなったことに、彼の守護獣のミュウ以外は誰も気づかないまま。
 ――彼が居なくとも、世界は回る。歴史は紡がれる。










 みんなが幸せになればいいのに、とシィはよく言った。
 その“みんな”の中に、彼自身は決して含まれてはいなかった。
 彼はいつでも、自分をみんなの外側に位置づけていたのだ。ひとでありたいと口では言うくせに、自分がひとになれるなんて、ちっとも思っていなかったのだ。
 そして、そのシィの意識を変えるには、あまりに遅すぎた。私では、もう、無理だったのだ。
 ふと、アルバムで彼の隣に写っていた少女を思い返す。
 彼女ならば、あるいは、シィのことを変えられたのではないか――。
 なぜ、少女はシィを捨てたのか――今どこでなにをしているのか――。
 思い返しても、すべては、遅すぎるのだ。
 彼はもう歩き出した。自分の進まなくてはならない、望まない道へ。
 彼にとってのすべての大切なものを、この場所に置き去りにしたまま。
 彼が居ないことを、誰も気付かない。知っているのは、私と、かつての彼の守護獣だけである。
 私は、結局なにも変えることができなかった。彼を何一つ救えなかった。
 けれども私は、たしかに、彼を、愛していたのだ。
 それだけが、まぎれもない事実だった。
 奇跡は起こらない。彼はもう二度と、以前の彼のままでこの地に足を踏み入れることはないだろう。
 ディガルド王国のシィは死んだ。
 もし彼が、この地に足を踏み入れることがあったとして、すでにそれは彼ではない。中身を伴わない器は所詮、器以上の価値があるわけではないのだ。
 来るわけない“いつか”、なんて、信じることは出来なかった。
 彼が居なくなってから、私は、はじめて、ひとりきりで、泣いた。



 〆




 それから二十年。
 “それ”はまたこの地に足を踏み入れる。
 そのときとは、全く似もつかない姿で。
 全ての記憶を失い、取り戻すこともなく力の糧に使用した後に。
 “それ”は、悪魔だと恐れられた。あるいは、神だと崇められた。
 奇しくもその日は、“それ”はもはや知らない出来事ではあったが――かつての“それ”の残した子の戴冠式だった――。













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2013.7.20  12:21:37    公開


■  コメント (5)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

GLASSさんこんにちは!
コメントありがとうございます(*´ω`)

えっ
ちょ
まじ
すか
GLASSさんの洞察力がすばらしすぎて普通に涙出るレベルでしたwwwwwwww
“汚い自分が受け入れられなくて、そんな自分を受け入れてくれた人をすごく愛おしく思う”
っていうそうなんです!!!まさしくそういうのが書きたかったんです!!!!!
ちょっと感動しすぎてどうしたらいいですか!?!?うわーんGLASSさーん!!!好きー!!大好きー!!ぎゅーってしていいですかああああわたしはGLASSさんがいとおしいわ!!!!!(まがお)
それと6年したら〜にめちゃんこ驚いたんですが、あの、GLASSさん、12歳ってことです・・?もしそうだとしたらわたし、ネットで聞いた今までの誰の年齢暴露よりめちゃんこびっくりするんですけど……!?フッツーに20歳超えてると思ってました!それで!この!洞察力!!!!
GLASSさん
結婚
してください(まがお

そろそろわりと本気でGLASSさんが好きすぎて辛いです……
芯が通ってるとか、リスネルが強いんだか弱いんだかとか、本当に本当にそのつもりで書いたので、本当に、すっごくうれしいです!ありがとうございます!!(*´ω`)
GLASSさんだいすきです!!(大声)


ではでは!本当にありがとうございました〜!( *´艸`)


13.7.30  21:09  -  ぴかり  (pika)

sakuさんこんにちは!
コメントありがとうございます(*´ω`)

えっ!やったー!///わたしもそんなsakuさんが大好きです!
両想いってやつですね!えへへへへ←

うおお全然勉強になんてなりませんよ〜!
でも話のことをそういうふうに言っていただけるのはちょっと照れますね//へへへ
成果とかわたしより100万倍sakuさんのほうがあげてなさってますよ!(キリッ)


ではでは!本当にありがとうございました〜!( *´艸`)


13.7.30  20:57  -  ぴかり  (pika)

 繫ぐ者に続けてコメントに来ました。
 すごく切ないですね。それにしても皆さん強くてうらやましい限りです。全員芯が通ってるって言うか、しっかり『自分』を持ってて。リスネルさんも強いのか弱いのかって感じですが、そういうところにすごくあこがれます。
 ディガルドに安全ピンなんてあるんですね。理由のほうは6年たったら検索してみます。
 この二人って両方あれですよね、汚い自分が受け入れられなくて、そんな自分を受け入れてくれた人をすごく愛おしく思うっていう。そんな二人がこちらからしたらさらに愛おしいんですけどね。っと、いうか何というか、勝手に型に当てはめてごめんなさい!
 じゃあまた!

13.7.29  15:27  -  不明(削除済)  (GLASS)

18歳……(敬礼!)えぇ、分かりますとも!そんなぴかり様が大好きでございます!←

ぴかり様の執筆力には勉強になりますし時間が空くたびに勉強しております。それにしては成果が挙げられないのは秘密です←

ではでは

13.7.28  08:30  -  不明(削除済)  (saku0727)

書きたいこと大体書いちゃったのであとがきに書くことがあまりないのですが……どうもぴかりです('ω')ノ
SIだからってちょっと調子にのりすぎたなー☆とか思いますが安全ピンの下りはわかるかただけわかってくださいまじで・・・わからないかたは18になったら検索してね(はあと)
最後で少し記述したので、機会があれば戴冠式の様子も書きたいです!ノイズが終わらなきゃちょっと書けない話ではあるのですが……その前に漬物かもしれん……
なんにせよのんびり見守ってくださったらうれしいです(*´ω`)

13.7.20  12:30  -  ぴかり  (pika)

 
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