Second Important
【桃ピカ】空色ピカチュウ
著 : ぴかり
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――わたしはひとのために生まれてきて、ひとのために生きてきたのだと思う。
わたしの一生はひとのためにあり、もし、ひとがわたしを要らないと言うのならば、わたしの命にも身体にもそして生涯にですら、なんの価値もなくなってしまうのだ。
お父さんとお母さんのことはよく覚えていない。どうやら家族の中ではわたしだけが連れさらわれたらしい。兄がいたのか、姉がいたのか、弟がいたのか、妹がいたのか。それとも一人っ子だったのか。今となってはそれすら知ることが出来ない。
わたしが此処に来たのは、わたしが生まれてからから三週間目のことだった。
幼すぎたわたしはまだ、自身の人格をおぼろげに作っている最中だった。
いつも閉じ込められている部屋から、“その人間”はよくわたしだけをたまに出してくれた。赤いカーペットに暖かい暖炉、ゆらゆら揺れるロッキングチェアに座って、膝にかけた毛布の上で、そのひとはわたしの背をずっと撫でていた。
「君は小さくてかわいいから、きっと高く売れるよ」
よく、口癖のようにそう言いながら。
“きっと高く売れるよ”。その言葉がうれしいものなのか、それともかなしいものなのか、おこるべきものなのか。この世をまだ三週間しか知らないわたしにそれを知ることはできなかった。
けれど、そう言ったひとの顔はわらっていた。高らかに、わらっていた。そこに込められた意味など解りもしないわたしは、その様子をみてむじゃきにほほえんでみせた。
それから、そう遠くないうちに、わたしは身体を染められた。身体を丁寧に拭かれて、スプレーを一気に吹きかけられた。
それは、綺麗な空色だった。
わたしはそれを喜んだ。いつもいる、鉄格子の窓から見える、あのとても美しい青色と同じだったから。
鉄格子の部屋に居るまわりのピカチュウは、わたしを見てかなしそうな顔をした。
なぜ、そんな顔をされるのかわからなかった。“あのひと”は綺麗にむらなく染まったわたしを見てよろこんだのに。
わたしが染められたのをきっかけに、その部屋に居るピカチュウは次々に染められた。赤、翠、桃、白――色とりどりのピカチュウを見るのはとても楽しかったのを覚えている。同時に、得体の知れない不気味さを感じていたけれど、わたしはそれが“恐怖”ということを知らなかった。だから、ぞっとした感覚に、よく気味悪がっていたものだった。
わたしたちが染められて、ちょうど一年ぐらいしたときだろうか。すでに、鉄格子の冷たい部屋にいたたくさんのピカチュウは半分ほどになっていた。
“その人間”は、むじゃきに接するわたしをいたく気に入っていた。
「いいかい、君はまだ手放せないんだ。もっともっと、高く売れるからね」
“その人間”に決して笑いなどもしない周りのピカチュウと違ってよく懐いたわたしを、“あのひと”はいたく気に入っていた。そして、わたしを部屋から出す度に、もっともっと高くなあれ、そう言って変わらずわたしの背をやさしく撫でて笑うのだ。
わたしは醜い優越感すら感じていた。まわりと違って、わたしは高く売れるのだ。高く売れる、ということがどういうことか、生まれて一年たったわたしでもわからなかったが、“その人間”がこんなに高らかに笑うのだから、きっと素晴らしいことだろうと思った。
わたしが生まれてから、二年目のとき。
「みんな、もうこんなところから出よう! このままじゃ、あたしたち、全員売り飛ばされちゃう!」
一匹のピカチュウはそう言った。
残り四分の一になったピカチュウのうち、半分はここから逃げ出した。高い天井の上の鉄格子にみんなで山のりになって、その隙間から潜り抜け、脱出を試みた。のこり半分は、こわくて逃げ出すことができなかった。
そして逃げ出した半分のピカチュウのうち、二割ほどのピカチュウはつかまった。
“その人間”はこういった。
「これは見せしめなんだよ。これは見せしめなんだ、そう、君たちへのね」
そう言ってそのピカチュウを処分した。ということを、残ったピカチュウに永遠と語った。
内容はおもいだしたくもないほど、わたしでもわかるくらい非道な内容だった。全部の毛を剃って暖炉に投げ込んだとか、切り刻んでポチエナの餌にしただとか、良心のかけらもない方法だった。
けれど、それは当然の報復のように思えた。
運よく逃げ出したピカチュウは、その後桃色の花畑についたらしい、という信じがたい噂があるらしいということを、鉄格子の部屋にいつもご飯を運んでくれるおばさんが一度だけつぶやいた。たぶん誰かの幻想でしょう、とおばさんは笑ったが、それは周りのピカチュウにとって希望でしかなかった。
それを聞いたピカチュウのうち、三匹は此処から逃げ出そうとした。
鉄の柵から見えるはるかな青空の下にある楽園を目指して。
「あんたも一緒に行こう」
三匹のうち一匹のピカチュウはわたしに向かってそう言ってくれた。けれど、わたしは黙って首を横に振った。
それは、“その人間”が望まないと思ったから。“その人間”に必要とされることがないわたしなど、本当にどうでもいい存在なのだから。わたしが生きる意味なんて、今更見つけられるわけがないのだから。
そして何より、わたしは“その人間”を裏切ることができなかった。わたしの背を撫でる冷やかな指の感触、わたしを見つめる冷え切った瞳の色、わたしはすべて、それらが愛おしく感じていたのだから。
結局――……三匹の願いは叶うことはなかった。今回は三匹とも見つかって、処分された。
――わたしが生まれてから三年目。
部屋に残る、わたし以外のピカチュウが全員売られた。冷たい部屋に残るのは、もはやわたしのみとなった。
「君はまだ、だめなんだ。君はもっと高く、売れるはずなんだ」
“その人間”はそう言ってうれしそうにわたしのほおを撫でた。
わたしが生まれてから三年と一ヶ月目。
「君はもっと高く売れるはずなのに、なんでこんなに安いんだ」
――わたしが生まれてから三年と二ヶ月目。
「おかしい、君はずっと高く売れるはずなのに」
――わたしが生まれてから三年と三ヶ月目。
「おかしい、君はすばらしく高く売れるはずなのに」
――わたしが生まれてから三年と四ヶ月目。
「そうだ、わかった、君が高く売れない理由」
――わたしが生まれてから、……。
「君が大きくなりすぎてしまったからだよ」
“あのひと”は声色をかえていった。いままでわたしに聞かせていた声とはちがう、低くておそろしい声だった。
三年と数カ月もの月日はわたしの身体をとても大きくしていた。
わたしはあのころのように、もう、ちいさくてかわいらしい身体をもっていない。
「ああ、君は最低だ。ぼくが君にどれだけの食べ物をあたえてあげたと思っているんだ?」
とがった爪をわたしの首元につきたてた。わたしは思わず小さく鳴いた。
「何か言ったらどうなんだ、この親不孝者め!」
わたしが何も話せないことを知って、“その人間”はそう言った。渇いた指が首にからまる。おおきなてのひらに“その人間”の身体から圧力がかかる。
息ができない。くるしい。もう、どうしようもない――。
「ああ、最悪の気分だ」
“その人間”はふるえた唇で言った。
「でも、最高の気分だ」
相対する感情を述べて、“その人間”はわたしの首に爪をくいこませた。
「お金はお前らのおかげで山ほどある。もう必要なんかじゃないさ。逃げたヤツらもいるけれど、あとでかならず捕まえてやる。ぼくを裏切った罰さ」
聞き取れないほどの早口でそう言った後、
「まずは君だ。よくもぼくをだましてくれたね」
わたしは“その人間”を“あわれ”だと思った。
“その人間”のことを何も理解していないわたしだけれど、“その人間”の行動はひどく“あわれ”に思えた。
同時に、わたし自身も“あわれ”に思った。
“その人間”の懐をあたためるためだけに、わずかなコインの身代わりになるためだけに、うまれてきたわたしの命。
わたしはそれで構わない。“その人間”が喜んでくれるのなら、わたしは喜んでコインの代わりになってみせる。
でも、こんな結末だと言うのならば、わたしの命はなんのためにあったのだろうか。
“あのひと”に偽りの期待を与えた。たくさんの食べ物を犠牲にした。なのに一枚のコインのかわりにすらなれなかった――。
ふと、自分のからだの色を思い出す。
柵から見える綺麗な空の色。
感じるのは、うわさできいただけの、うつくしい桃色の楽園。
陳腐な想像力で作り出す、やさしいばしょ。
そんな場所を、“あのひとにあたえたかった”。
思い出して。わたしの色を。もっと見て。わたしの色を、――。
見つめるあのひとの瞳にすでに光がやどっていなくとも、わたしはそう願い続けた。
わたしは“その人間”が好きだった。とても大切に思っていた。
「ああ、これで最初の悪役退治は終了だ」
薄いカーペットの上に残ったのは空の色をした一匹のピカチュウの亡骸。
手に残るわずかなあたたかみをにぎりしめた――……“その人間”は、高らかに笑う。
2012.9.23 10:48:31 公開
■ コメント (7)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
12.11.18 17:47 - ぴかり (pika) |
みるくさんこんにちは! コメントありがとうございます人*'A`∞)♪ 覚えてるに決まってるじゃないですかァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!みるくさぁああん!!! ごぶさたですうううううううううううううううう!!! うおお前のヤツおぼえててくださってうれしいです!//もうめちゃんこ古い話なので緊張しました〜再UPとかもうね、ネタギr(ry かわいいといっていただけてうれしいです〜! 更新ぼちぼちがんばりたいです!!//もうマジみるくさんの一言が救いです!人*'A`∞)♪ ではでは!ほんとうにありがとうございましたヽ(●´Д`●)ノ 12.11.18 17:39 - ぴかり (pika) |
sakuさんこんにちは! コメントありがとうございます人*'A`∞)♪ 分身sakuさん……!?ザワッ!イケメンなsakuさんがわたしになってしまって……!これは……!くやまれry 拝見してくださってうれしいです〜!ありがとうございます! これから短編ぼちぼちかいていきたいですっ!宜しくお願いします人*'A`∞)♪ マジでsakuさんのコメントが日々の励みです< ではでは!本当にありがとうございましたヽ(●´Д`●)ノ 12.11.18 17:36 - ぴかり (pika) |
お久しぶりです。お陰様で、小説を書き始める事が出来ました、ギンです。 以前に失礼した時のコメント日時を確認し、相当な月日が流れてしまった事を知り、少々傷ついておりました。……さて、下手な前置きはこの程度にして、作品へのコメントをさせて頂きたく思います。 中々暗い話ですね。はじめのあたりから、嫌な予感はありましたが、その予想をはるかに上回る、普段のぴかり様からは想像もつかない結末がついていました。特定のワードを括られていたので、非常に読み易かったです。 ではでは、短いですが、また次にお会い出来る事を楽しみにしつつ、筆を置かせて頂きます。 12.11.18 10:24 - カレー (12345678) |
こんにちは!覚えていらっしゃいますでしょうか……。ぴかりさんの隠れストーk……じゃなくてファンのみるくです! これは……!ぴかりさんがブログでうpしてたものじゃないですかっ!元の話も前に読みましたけどどっちも好きです!(><) 空色ピカチュウまじでかわいいです!もふもふm((殴蹴 次の更新も待ってます!乱文失礼しました!m(__)m 12.9.30 17:34 - 不明(削除済) (clovar) |
立ち上がれ、僕の分身!……ライド! saku! どもども、ぴかり様のイメージした分身sakuですよー。 新しい小説、拝見させていただきました。これからの展開など楽しみにしていただきます。 12.9.28 22:23 - 不明(削除済) (saku0727) |
み じ け え。 こんにちはぴかりですこんにちは!Second Important、略してSIでもよろしくお願いします☆(そしてこの話に似つかわないものすごく軽いノリである) この話はブログで以前アンケ結果で数年前(3年?)に書かせていただいたシリアス話に若干だけ書き加えてますー。 次の更新はたぶんこれもブログで書かせていただいたゼニガメ話かな?人*'A`∞)♪ ぼちぼち気が向いたら更新したいと思っておりますので、もし話に希望がありましたらおっしゃっていただけたらうれしいです! 12.9.23 10:50 - ぴかり (pika) |
コメントありがとうございます!人*'A`∞)♪
ものすごいお久しぶりですー!!忘れてませんよ!!ギンさああああああん!!
いえいえ、また来ていただけてうれしいですー!ありがとうございます///
そうですね、この作品はええと、数年前にブログのアンケートでものすごく救いのない話が見たいっていうのが一位だったので書かせていただきました<
自分でも中々書かない部類の話だったので(ハッピーエンド大好き<)すごい緊張いたしました〜
次からはハッピーエンド多めで頑張りたいです!
しょっぱなからかなりハードは話でごめんなさいwwまあほら!そういうときも!!あるさ!!<!?
ギンさんとはながいおつきあいなので今後もよろしくしていただけたらうれしいです〜!//
ではでは!本当にありがとうございましたヽ(●´Д`●)ノ