Second Important
【その守護】瞳の中、一羽のラパンV
著 : ぴかり
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「おはよ」
約束時間15分前、中央広場時計台前にシィ様は居た。白のポロシャツ、紺のチノパンと黒のスニーカー。頭には今若者の間で流行っているベージュのエネコ耳キャスケット帽。
こうしてみるとどうみても彼はディガルドの一般人にしか思えない。もちろん髪色は珍しいが帽子さえ被ればさほど目立つものでもない。第一ディガルドは人口密度が多いし、みんなそこまで他人の風貌を気にしていない。
「ま、待たせてしまって申し訳ございません!」
深く礼をすると、いいよ気にしないで、なんて軽い言葉が返ってくる。
いつもの警備服に、護衛用の道具を詰め込んだ大きめのウエストポーチ、厚手のブーツ、シィ様とは対照的に厳つい恰好をした俺は少々目立つ。
だってこうもなるだろ、一国の重鎮の隣なんだぞ!
しかし、マリルは連れてこなかった。
クロスの話をしているときに、マリルに隣にいてほしくなかった。ただ、それだけだ。
「……本当に来てくださったんですね」
「失礼だなあ」
そうは言われても、普通一国の一番偉い人に“次の休みいつ?”なんて言われて本当に会えると思う人が何人いるのだろうか。少なくとも俺はそういう発想には至らない。
少し困ったような顔をした俺に向かって、
「俺は約束は守るよ」
普段の彼の城内での立ち振る舞いを思い出したが――それは言わなかった。この王子は約束は守っても規則は守らない。そういうひとだ。
「さて、今日のデートはどこに行こうか。今一番賑わっているところで言えば、表通りの三番街かな。二つめの筋にあるクレープがとてもおいしいんだ。リュウヤは食べたことある?」
……この王子は何を考えているのだろうか? 前のときも思ったが馴れ馴れしいだけならともかく、少し無神経すぎはしないだろうか。“君に知ってほしいことがある”と言いながらいつまで経ってもその“知ってほしいこと”とやらは話さないし、“クロスがどうやって生きていたのか知りたい”というわりには何ひとつ俺に聞いてこない。
「……二十四区に行きたいです」
二十四区、俺の地元だ。俺だけではなくクロスにとってもまた、そうである。この中央広場や表通り三番街とは比べものにならない、端っこの田舎だ。人口密度もそれほど高くない。
「シィ様の知りたいこと、そこで話します。俺が知っていることは全部。クレープとか、何か関係あるんですか?」
「関係はないけど」
シィ様は随分楽しそうだった。
「その前にリュウヤと仲良くなりたかっただけだよ」
「俺と仲良くなった方が、情報を聞き出せるからですか?」
「……他意はないんだけどな」
言ったあと、しまった、と思った。この言い方は直接的過ぎるし、何より一国の王子に向かって失礼すぎる。明らかに焦った俺に、彼は笑って、
「君の素直なところが好きだから気にしないで」
「……申し訳ございません……」
「いいよ」
シィ様は二十四区の方に足を向け、そのまま歩きだした。主要な道だけではなく、裏道を駆使して国の外れに向かっていく。どうやら、ディガルド国内の地図を完璧に把握しているらしい。俺も裏道を通るのは結構好きな方で、外出する機会があるたび道を変えて歩くようなふしがあったが、その俺でも知らないような道を、まるでいつも通っているところかのように軽やかにぬけていく。
城内の従業員全員の名前を憶えているときも思ったが、このひとの記憶力はどうなっているのだろう。普通のひとのそれとは比べものにならないように思う。
「リュウヤはさ」
「はい?」
「なんでディガルド城で働こうと思ったの?」
誰も知らないような細い裏道、その先の金網に彼は手をかける。こっちのほうが近道だから、なんて言って慣れた手つきで登る。
「……広場でクロスを見かけて、そのときディガルド城従業員の制服を着ていたので……」
「それで?」
「会いたかったんです。それで、ディガルド城で働けばその機会が訪れるんじゃないかって。学も体力もない俺にはかなり難関でしたが、なんとか警備員だけは手がかすって――面接官との相性が良かったというか、熱意を認めてもらえたと言うか」
中々登り切らない俺に向かって、シィ様は手を差し伸べた。遠慮なくその手を掴ませてもらう。ディガルド城警備員採用試験を受ける前に随分体力作りには励んだし、今も日々の筋トレは欠かさないが――それでも身長の数倍ある金網を登ったり屋根上を歩いたりするようなことは早々ない。
早々ないと言うか、あってたまるか。
「俺の地区の住民は、みんなクロスを迫害しました」
金網を登った後の手は茶色い痕がついている。それもそうだろう。こんなところを登るひとなんて殆どいないのだから。少しくすんだ薄茶色のところが、クロスの髪と同じ――……そして俺の髪と同じ亜麻色に見えた。
「……俺は……」
彼女の額に伝う赤い血液。してはいけないことをしてしまったあの日。周りにどう思われようと、自分の思う通りに行動すべきだったあの日。何度も悔やんだあの日。決して取り返しのつかないあの日。
「俺も……その大衆のひとりです」
あの日、あの瞬間、俺はたしかに、そちら側に行ってしまった。彼女にとって俺は、もはや、彼女を迫害する大衆の一人にしかすぎない。それ以外の何物でもないのだ。
掌を強く握りしめる。ずっと忘れられない記憶だった。
「リュウヤはクロスと会ってどうしたいの?」
「……謝りたいだけです」
「クロスはそれを望んでないかもしれないよ」
シィ様は間髪を入れずそう答えた。それは正しい答えだろう。もし俺が彼女の立場だったとして、自分を迫害して今更謝ってくるような人間に会いたいと思うだろうか?
思うわけがない。嫌な記憶なんて誰でも忘れたいものだ。彼女だってまた、そうだろう。俺だってそうだ。
でも、俺は忘れることが出来ない。今でもずっと覚え、気にし続けている。脳裏に彼女の影がある。忘れられないから、忘れられないのなら、せめて汚れた思い出に蓋だけでも綺麗なものを選びたくて、“謝りたい”と思っているだけだ。
そんなこと解りきっている。解りきっていてなおかつ、自分が楽になりたいがために彼女に会いたいだけなのだ。彼女の気持ちなんてこれっぽっちも考えていない。
「……最低だな」
呟いた俺の言葉にかぶせるように、シィ様が言った。
「着いたよ」
二十四区――。広がる景色は俺が幼かった頃とそれほど変わっていないはずなのに、昔よりずっとちっぽけに思える。俺の背が伸びたからか、それとも、屋根上から見ているから単に視界が広がっているだけか。
「……シィ様は二十四区に来るのは初めてですか?」
「ううん、週に一度はくるよ」
「こんな閉鎖的な空間をみて楽しいですか?」
「随分地元に否定的なんだね」
生ぬるい風が俺の頬を撫でる。汗でシャツの襟もとが首に張り付いて、あまり良い心地はしない。
肯定的になどなれない。ひとの嫌な処だけ煮詰めて凝縮したようなこの空間から、俺はずっと離れたかった。正しくない行為を肯定する周りも、否定せず最終的に同意した自分も大嫌いだった。
屋根瓦を落ちないように足裏で踏みしめて歩く。
「あそこがクロスの家があった場所です。今はもう空き地ですが。……中々土地の買い手はつきません」
先導する俺に、シィ様が後ろからついてくる。
「あっちに見えるのが――展望台です。夜はとても星が綺麗に見えますが……あまりひとは来ません。有名でもないので。でもクロスはそこが好きでよく訪れていました」
ひとつひとつ、記憶を辿って説明していく。思い出したくないものを無理やりこじ開けるというより、そっとほどいていく感覚に近かった。ひとりのときに考えると必ず頭が痛くなるのに。誰かに聞いてもらっているからだろうか。
「あれは……よく此処の子供が遊んでいる公園で――」
「…………」
「俺は石を投げました。彼女に」
「痛かった?」
シィ様のその言葉はすぐに理解できた。
「痛かったです。今でも、ずっと、これからも、痛いと思います」
でなければ、あの日をずっと引きずりなどしない。
「……リュウヤ」
シィ様が瓦の端に座る。
「君はとても優しいよ」
「まさか。本当に優しいのなら、俺は石など投げず、勇気を持った行動をしていたはずです」
失礼します、と前置きをつけてから彼の隣に座る。
公園では無邪気に子供たちが遊んでいる。入口には少年が一人、輪に入りたそうにその様子をみているが、誰も声をかけることはない。
誰も声はかけないだろう。たぶん、あの子はクロス同様、“犠牲に選ばれた存在”なのだから。
その理由はなんとなくわかる――彼は亜麻色の髪ではなかった。たぶんどこかから越してきたのだろう。帽子をかぶっているあたり、本人も気にしているのだろう。
自分と違うものを受け入れないのは、人間の特徴だ。別にこの地区に限ったことではないが――とりわけこの場はその縮図に見える。
「……俺の口から言えるのはこれくらいです。貴方の望みは叶えられましたか?」
“「君に知ってほしいことがあるんだ」
それと、と彼は言葉をつづける。
「俺も知りたい。――クロスがどうやって生きていたのか。君の口から」”
「だから……俺にも教えてください。――貴方が俺に知ってほしいこと」
「そうだね」
彼女が今どんな生活をおくっているのか、それとも彼女が生まれた時から守護獣がいない理由か――。
俺の予想とは反して、彼の言葉は意外なものだった。
「ひとは後悔して学ばないと成長できないよ。そこで“謝りたい”と思った君の気持ちは自己保身じゃない。君はとても優しいひとだ。恥じることじゃない」
「…………」
「あとは――……」
シィ様が手をそっと、公園の入り口にいる少年のほうに向けた。その手のひらから少し光が見えたかと思うと、少年の帽子がふわりと浮いて、子供の集団のほうに舞った。
――それは明らかに獣がつかう“かぜおこし”の技だった。
少年はすぐに帽子を追ったが、帽子は集団の中の少女が捕まえた。少年が小さく口を開ける。少女はじっと少年を見つめた後、口を動かした。
ぱあ、と少年の顔がほころぶ。少年はそのまま輪に入っていった。
「未来はそう暗いものじゃないんじゃないかな」
今の風は秘密だよ、君にだけしか見せてない、そう言ってシィ様は人差指を自身の唇に当てた。
「俺が君に知ってほしいことはそれだけだよ」
「シィ様」
「なに?」
「俺――……ディガルド城で働こうと思った理由、さっき」
「…………」
シィ様は俺の言おうとしていることは解っているようだった。静かに微笑んだまま、俺の言葉を待っている。
「……来年、採用試験受けなおします。そして――この地区の成長に携われるような、そんな仕事に就いてみせます」
それは厳しい道のりかもしれない。でも、今なら出来るような気がした。そのためにならば、頑張れると思った。
シィ様は肯き、そのまま立ち上がった。
「じゃ、――クレープ食べに行こっか」
「……モモンがいーです」
「俺もモモンがいいな」
彼が元来た道を歩く。俺もその後につづいた。
2016.9.12 23:20:58 公開
2016.9.13 22:57:01 修正
■ コメント (3)
※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。
17.2.27 14:34 - まどか (ゲスト) |
ぴかりさんお久しぶりですー!更新お疲れ様です! 就活終わったんですね!!おめでとうございます…で合ってます?? 森羅さんと同じ会社とは……羨ましい限りです ぴかりさんと森羅さんが一緒とか…どんな神空間ですかそれ 一般ぴーぼーはもう近づけない神聖なオーラが滲み出るんですねきっと!! お仕事の方これから頑張って下さい! リュウヤ君とシィさんの屋根上デート!ですね!! リュウヤ君可愛いです。好きです。ください(真顔) 約束は守っても規則は守らない…かっこよすぎですかシィさん ところで警備員よりも身体能力の高いシィさんはほんとに国王ですか?? 人はきっとちょっとしたきっかけで変われる、何て思わされる回でした。(雑←) これからリュウヤ君とクロスさん、クロスさんとシークの関係がどうなっていくのか…楽しみにしています ぴかりさんの作品はいつもどこか引き込まれるような文章や展開で尊敬させてもらってます これからも更新頑張って下さい! 16.9.13 21:13 - 風鳥 (kuru1109) |
こんにちは!ほぼ2年ぶりですね。ぴかりです。 いや更新したことに自分でびっくりです……2年あけた割に2日でかけたっていう……どういうことかな…… 近況としては就活が終わりました。来年から社会人です。 めちゃくちゃびっくり発言としては、就活の間森羅さんにすごく相談にのってもらって、森羅さんと同じ会社に入ることになりました(わたしもびっくりです) なんかこう……人生ってすごいな……っていうかネットってすごいなと……。 2年あけましたがわたしの創作への熱が完全に冷めてなかったことに、自分自身嬉しく感じてます。 内容としては、なんていうか、シィがスーパーダーリンかな……みたいな……わたしはシィに夢をみすぎているのでは……いやそんなことは……(……) ラパンはもう少し続きますが、よろしくお願いします!(*^-^*) 16.9.12 23:25 - ぴかり (pika) |
自分で続きを想像していたのとは違ってしっくりきました。やっぱりぴかりさん家の子はぴかりさん家の子でぴかりさんの中でいきてるんだなーと思いました(???)お、思いました……
シィさん仏のようですね!人生何回目ですか!あっほんとにn回目でした!ほんとに……仏…… リュウヤくんの視点だからか自分が大事にされているみたいで嬉しかったです そしてモモンクレープは定番でした
私ディガルドの人達大好きで、話がしっくりくるところに着地してくれてとっても嬉しかったです、特にリュウヤくん きっとうまくいくよ!!!
ぴかりさんは社会人になられたんですね!私は高校生になりました。ぴかりさんがお話を書かれていた年齢を追っていくごとにまじでぴかりさんはすごいなあと(こなみ)こんなに長く続いてるんだからきっと忙しくて更新が途絶えてもぴかりさん家の子達は死なないなあと嬉しくなりました
嬉しくなってばっかりですみません、なんかまとまらない上にあほ寒いこと言ってるんですけど届くといいなーと思います!私生活も応援というか、祝福というか、幸福を祈ってます!