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Second Important

著編者 : ぴかり

【その守護】美しく眩むノイズW

著 : ぴかり

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 あたしが彼と会ったのはそれからまた、一年以上先のことだった。夜も更けて時刻は日付をまたごうとしている頃、突然部屋の扉がノックされたのだ。
 いつもだったら気づかず寝ているだろう。けれどその日は、なんとなく起きていたのだ。どちらかというと早寝早起きが習慣づいているあたしが起きているのは本当に珍しく、年に一度あるかないかというレベルだった。なんとなく寝付けなくて、ベッド横のランプをつけて本を読んでいた。
 ベッドにシャンデラを残したまま、寝巻のまま扉を開けると、そこにはにーさんが居た。長かった髪は肩につかないほどまでに短く切りそろえられていた。顔付きはまったく変わっていない。ど偉くあたしがとどかないようなひとになったにも関わらず、以前とのあまりの違いのなさに思わず笑ってしまうほどだ。
「ええと、……夜分遅くにすみません。あなたがこの時間まで起きていらっしゃるなんて珍しいですね」
「……た、たまたま、……かな。あ、……たまたま、です」
「べつに敬語じゃなくてもいいですよ」
 にーさんは苦笑いでそう言った。
「な、何年ぶり? さ、三年……と、ちょっと、かな」
「そうですね。……あなたが寝ていたら帰ろうと思ったんですけど、まさか起きていらっしゃるなんて思いませんでした」
 あたしは目線を向け、ある程度部屋が片付いていることを確認してから、
「と、とりあえず入りなよ」
「……あ、いえ、立ち話でも大丈夫ですよ」
「ううん、平気だから。ひさしぶり、だし……」
 彼に会いたくないと思っていたくせに、実際目の当たりにして出てくる言葉は勝手で都合のよいものだった。
 シャンデラが寝ているので、机の上の小さなランプだけつけた。小さな灯だったが、これでも十分、よく見える。
 彼が椅子に座る。今あたしが何をしているか、彼がなにをしているか(これは噂で聞いてよく知っていたけれど)、そんな適当な世間話も大概に、すぐに会話は尽きてしまった。
 あまりに、話すことがなさすぎる。と言うより、何を言ったらいいのかすらわからない。にーさんと離れていた時間も、距離も、あまりに長すぎたのだ。以前どういう風に話していたかさえ、思い出せないくらいに。
 間が開いてしばらく、彼は席についてからなんとなく逸らしていた目線をようやくあたしに向けた。
「……髪、伸びましたね」
 三年前は短かったあたしの髪は、あの頃のにーさんのように長くなっていた。
「にーさんは短くなったな」
 三年前に長かった彼の髪は、あの頃のあたしのように短くなっていた。
 あたしは、ただ、ずるずると伸ばしていただけだ。けれど彼が髪を切ったことには、なにかしらの覚悟があるのだろう。彼は、そういうひとだった。それは、とても覚えている。
「……ヒナリさん」
「ん?」
「僕と一緒に、来ていただけませんか」
 それは、あまりに唐突だった。遠回しな要素などひとつもない、素直な誘い方。にーさんらしいな、と思った。本当に、彼は何一つ変わっていないようだった。
「…………」
「本当は、三年前、僕はあなたと一緒に居たかったんです。けれど、そのことを言えませんでした。あなたが幼すぎるからと自分に言い訳をして、本当は、僕の未熟さから逃げていたんです」
 心拍数があがる。時が止まったような、そんな気がした。壁にかけた時計の秒針が、カチコチと部屋に響く。
「……ごめん」
 あたしが決断を下すまでの間は、決して長くはなかった。
 にーさんは、どこか安心したように息を吐いて、……少しだけ笑った。
「……あなたなら、そう言うと思いました」
「…………」
「夕方には、ディガルド着いていました。ずっと考えていたんです。どう言ったら付いて来てくれるかって。貴方がギターを弾いていた広場に行きました。貴方と買い出しに出かけた繁華街にも赴きました。でも、答えが見つかりませんでした。きっと、言い方とか、そういうんじゃないんですよね」
「…………」
「……あなたの三年間をなにも考慮せずに自分の都合だけを押し付けようとしてすみませんでした。どうか、体調を崩さないようにお気を付けてください」
 彼が椅子から立ち上がったその瞬間、あたしはすぐにその手首をつかんだ。
 たしかに、何かを、言おうとしたのだ。
 開いた唇からは、吐息ひとつすら出てくれない。あたしの喉は、大事な言葉ひとつすら告げられない。
 だけど、違うと思ったのだ。此処でにーさんに付いていくべきじゃないって、そう感じたのだ。
 にーさんはあのとき、確かに、あたしのために、あたしを置いて行った。あたしは正直どうしたらいいかわからなかった。なんで一緒に連れて行ってくれないんだろう、ってそんなわがままなことも思いもした。
 彼が、誰もしらないようなところで、ひとりで頑張っている間、あたしは何ひとつ、努力なんかしなかった。周りに流されて、ただ、適当に都合をつけて生きているだけだった。
 ここでにーさんにすべてを委ねたくなかった。彼はあたしに時間をくれたのに、あたしは彼に時間をあげられないなんて、そんなことはいやだった。
 急に手首を掴んだあたしに、にーさんは少し驚いていた。しかし、あたしが何も告げようとしないのを知ると、すっと自然に、掴んだものの力が入っていないあたしの手を離して、
「僕はあなたの味方ですから、またなにか困ったことがあったら連絡してくださいね」
 そう言って、あたしに向かって形だけの笑みを残し、扉から出て行った。
 あたしはその扉を、しばらく、見つめていた。







 それは、あたしの、たしかな、たったひとつの答えだった。








「――国家外交官試験を受ける?」
 あたしはこくりと肯いた。
 にーさんと別れてから三年、再び会ってから三か月。これが、あたしが考え抜いたうえでの答えだった。
 答えを決めてからあたしは、真っ先にシィ様に伝えに言った。このひとならきっと、一番理にかなった助言をしてくれると思ったからだ。
 国家外交官試験、毎年の合格率は五パーセントを切る。その選択がどれだけ難関かなんて、少し調べれば誰でもわかることだった。
 側近の少年も去った後のシィ様の仕事場、月末には山のように積んであった書類もようやく片付いた頃。シィ様はいやな顔もせず、いつものように落ち着いた様子でマグカップに暖かいココアを淹れてくれた。
「……それが一番、にーさんの役に立つと思って」
 国家外交官試験に受かるほどの実力があれば、にーさんの側近としても十分有用だろう。元々彼はひどくディガルド語に苦労していたし、特に語学の面では役に立つはずだ。
 彼が打算抜きであたしと居てくれたのは重々わかっていた。でも、あたしは、それじゃ納得できなかった。そのもやもやした感覚を、あたしはずっとわからなかった。
 でも、今ならなんとなくわかる。あたしは、彼と対等でいたかったのだ。
 初めてリルア広場で会った、ただのギター弾きと、ただの通りすがりであったみたいに。
 ガラスの靴に、綺麗な色をつけて、めいっぱい笑いたかったのだ。
「でも、外務官の知り合いとかいないし、そもそも、試験科目内容も学校で習ってないこともかなりあるし……」
 不安を口に出すと、シィ様は楽しそうな様子で、
「俺が教えてあげるよ」
 そう、答えた。
「……え?」
「語学、政治、国際、経済、人間科学、数理科学、物理、その他一般教養の筆記試験と人物試験――だっけ」
 前々からこのひとの知識量には瞠るものがあったが、まさかここまでとは思っていなかった。
「そういう勉強を、なさったことがあるんですか?」
 シィ様はココアを一口飲んで、白い息を吐き出した。
「少しだけね」
 そうは言うものの、おそらくかなりの範囲を網羅しているのだろう。シィ様はそういうひとだ。すべてを知っているひと――という意味合いでなく、きっとそれは、わたしの知らない“誰か”のために、そうする必要性があればためらいなく学ぶひとだ。
 ……まあ、誰かを論破して自分に優位な方向に話を持っていくために学んだ可能性も、十分にこのひとには考えられるのだが。
 あたしは持ってきたテキストをシィ様の前で広げた。何分範囲が広いため、概要を記した程度のテキストだが、今のあたしにはこれくらいの内容すら理解できない面も多い。
「どこの範囲ならできそう?」
「……語学は、少しだけ。選択式でディガルド語以外を三つだから、カルディアと、あとふたつ、出来ればディガルド語と文法が近い言語をどこか選ぶつもりで、――政治経済国際も、なんとなくならわかりそう」
 ――困るのはやはり、理系科目だろうか。元々文系の全日制学校に通っていたあたしには、まるで呪文のようにしか見えない。
「じゃあ、残りは俺とやろうか」
「はい、――……え?」
 クロスの机を使えばいいよ、とシィ様は側近の少年が先ほどまで使用していただろう場所を指さした。
 シィ様の隣で毛づくろいをしていたオオスバメが明らかに、また勝手なことをしやがって、という目つきでシィ様を見ている。もっともな意見で、とても、申し訳ない。
「週末、金曜なら、今の時間帯に二時間くらい付き合ってあげられるから、わからない範囲は持っておいで」
「あ、あの、そこまでしてもらったら、その――」
「はやく受かりたいんだろ? 使えるものは使わなきゃ」
 ごくりと唾液を飲み込む。
 心臓がどくんと脈をうつ。こぶしに力が入る。
 やっと、道が見えた気がした。近づける。にーさんが駆けたその足跡を、追いかけることができる。そのことが、あたしの胸を、強く揺さぶった。
「あたし、……がんばりますっ。きっと、受かってみせます!」
「はい、がんばってね」
 シィ様はとても楽しげだった。シャンデラは嬉しそうにぴょんぴょん飛び回っている。オオスバメはシィ様には冷たい目線を向けたものの、あたしにはわりかし暖かい目線をおくってくれた。
 決断したあとは、本当に早かった。占い師として働く一方、開いた時間さえあれば勉強に取り組んだ。
 外交官試験はそう何度もあるわけではない。機会は三年に一度、次は二年後の冬である。
 受からなかったら、また、三年後――。
 二年後でもあやしいのに、五年も彼が待ってくれる保障は全くない。高揚と、焦りと、不安と――少しだけときめきを抱え、あたしはただ、インクを付けた羽ペンをテキストに走らせた。
 そのインクが空白のページを埋めるたびに、空いた彼との時間が埋まるように思えた。







 とある金曜日、午後十一時。ヒナリが帰ったあと、オオスバメは本来の姿で書類を片づけ始めた。
「誰か入ってきたらどうするわけ?」
「はァ? そんときはシィがなんとかしろよ」
「危機感のない守護獣だなあ」
 オマエに言われたくねー、とぶつくさ言いながらも、オオスバメ――ことミュウは片づけを続ける。いつもはヒナリが片付けまでやって帰るのだが――今日は遅い時間まで残らせてしまったため、後はこちらで片づけると言っておいたのだ。
 ミュウはヒナリが先ほど解いたばかりのプリントをちらりと見ると、それを適当な段ボールにつっこんだ。
「最初国家外交官試験を受けるだの言いだしたときは正気かと思ったけど、随分様になってきたもんだな」
「ヒナリは地頭がいいからね」
 “みんなに幸せに、なってほしいからかな。”
 なぜ時間が足りないんですか、と、ヒナリに訊かれたとき、俺はそう返した。その言葉を、今も忘れていない。そして、これからもずっと、忘れたくない。
 シャオウのことも、ヒナリのことも、それから、クロスのことも、ミュウのことも、この城内のたくさんのひとのことも、この国で暮らすたくさんのひとのことも、俺はとても大切に思っている。自分ができることならば、しておきたいと思うのは至極普通のことだろう。
 壁に立てかけられたカレンダーに目を向ける。
 あと、俺がこの場所に居られる時間は、そう長くない。せいぜい、三年程度だ。それは、リオ以外誰も知らないことであり、言うつもりもないことだった。
 ヒナリに、俺はずっとこの場所に居ると言った、あの言葉も、決して嘘じゃなかった。
 俺は、ディガルドのシィである限り、この場所から離れようとはしないだろう。俺がこの場所を離れるときは――、死んだときに他ならない。
 ディガルドのシィが死ぬまで、あと三年。
 そう考えると、なんとも微妙な気分にだってなる。
 でも、リオを助けたいのは本当の気持ちだった。彼は姫さまを助けてくれたのだから、俺がその代償を払うのは当然だ。もっとも、今は代償と言うよりも、純粋に彼が好きだから役に立ちたいと思っているのだが。
 ココアもう一杯飲むか、とミュウが俺に声をかける。よろしく、と返すと、ミュウは手慣れたようにミルクでココアを練り始めた。
「どうして急にアミルフィに行くなんていい始めたわけ?」
 ――そう、今日ヒナリを遅くまで残してしまったのは俺が来週アミルフィに行くのでヒナリの勉強に付き合えないからだった。それは仕事でもなく、俺の私用で、いわばただのわがままであった。三大王国と名高いアミルフィ、こんな辺境にあるディガルドからの距離は決して近くなく――ミュウの機嫌をなだめるのはとても大変だった。
「なんか、素敵なひとに会える気がして」
「夢かなんか?」
「いや、確信。きっとすごく素敵なひとに会えるよ」
「はは、結婚でもする気かよ」
 ミュウが淹れてくれたココアを一口飲む。とても甘くて、おいしかった。










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2014.1.20  16:54:44    公開
2014.1.26  11:52:08    修正


■  コメント (3)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

GLASSさーん!GLASSさんGLASSさん!GLASSさん!!
こんにちはー!!!^▽^!!!あけまして!!

うぉあああそういっていただけてうれしいですありがとうございます〜!GLASSさんにお褒めいただくとほんとに涙洪水レベルでうれしいです><***さすがGLASSさんさすがGLASSさん!!
つい長引いてしまってもうしわけがな……!もうほんと・・・・・次でも終わりませんでした(エッ)そういっていただけてありがたいです;;
点はどちらかというと他の作家さんを見ていると多めかな?と思ってたのでGLASSさんにそう言っていただけて安心しました〜!
GLASSさんはほんと古くからのお知り合いなのでフフフ、いつもありがとうございます^▽^!とても意欲になります!
はいっ!がんばりますね!!///
うおお本当ですね!ご指摘くださってありがとうございます〜!なおしておきますね!うおお恥ずかしい恥ずかしい///おしえてくださってたすかります〜!またこんなことがありましたらよろしくおねがいします★<


ではでは!本当にありがとうございました〜!(*´ω`)!!



14.1.26  11:51  -  ぴかり  (pika)

明けましてお元気でしょうかGLASSです。

ぴかりさんの小説を読む時の非日常感が好きです。なんていうか、キャラが活き活きしてて浸りやすいんです。作者の都合が少ないところもそうですよね、話がつい長くなっちゃうのも、話に左右されずにキャラが貫かれてるからだと思いますよ。ぴかりさんのキャラクターが嫌いな人は嫌でしょうけど、私は大好きです。………ついでに、長引くのって読者目線だと嬉しいもんですよ。
ぴかりさんは点を打つのが上手ですね。くどくなくて、盛り上げるのに心地よいタメです(なんか偉そうですね)。もどかしくてしょうがないですよ!伝わってくるようで!本当にもう!!がんばって!
余計なことかもしれませんが、ひとつめの〆の前、しばらくが重なってましたよ。強調かなーとも思ったんですが一応。
趣味ですから、楽しんでやってくださいね。では、この辺で。

14.1.20  20:45  -  不明(削除済)  (GLASS)

まあ結婚することになるんですけどね!!!→綺麗なひとへ送る
このあとシィがアミルフィにいったあとの話が綺麗なひとへ送るですね……^▽^
側近の少年発言はクロスが女だとヒナリは知らないと思われるので少年なのです〜と、ねんの、ため(わたしもクロスが男装設定とかうっかり忘れそうでした)
あとWでおわるとか言っといて(ノイズVあとがき)ぜんぜんおわりませんでしたすみません……。
つ、つぎこそはきっとXでおわるはず!(願望)
そろっそろ漬物も書いていきたいですね……(*´ω`)

14.1.20  16:57  -  ぴかり  (pika)

 
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