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アドベントカレンダー・リベンジ2022

著編者 : 百歩計

【12/1】 キラキラキラリティ

著 : 百歩計

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【お題:チョンチー】

 ここは釣りの名所。
 と、だれが言い出したか定かではない。
 しかし『そう』だと言われ、『そう』なのかと思った人がひとり、またひとりと糸を垂らしていった。踊らされている? とんでもない。5センチの水かさがあればヒトは死ねるとはもっぱらの言だが、釣り人は3センチあれば命を賭けられるのだ。自身の手で、竿で、「釣りの名所」を暴かんとする心意気、誇りこそすれ恥じ入る気は毛頭ない。
 とまれここ、カントーは東の果て、都市は遠からず近からず、広がる水平、星を描いて。迎える日の輪、去るは雨雲、横切る水鳥行く末しらず。なるほど、名所には違いなし。
 休日にカップルや子供連れが賑わいを見せたかと思えば、平日は求道の太公望。旅人は気ままに投げ入れて、ボウズのお礼にポケモンバトル。人が集まれば店が出て、そのありがたさが人を呼ぶ。
 「ここは釣りの名所」、言ったもの勝ちだったのかもしれぬ。

 ***

 ここは釣りのお店。
 夕日がクチバを影絵にするころ、戸の鈴を鳴らした男は一直線にレジカウンターを目指す。
 男に見覚えがあって、店員の一人がレジへ。覚えず背中に、汗。
「先ほどはありがとうございました、なにか、不都合ございましたでしょうか」
「まぁ、そうだな、取っ替えてもらいてぇ」
 そう言って男が広げたのは、まさに先だって、この店で買われた商品である。

 夜釣りのともにとアサギの会社で作られた「それ」は、口伝てに話題となり、海を越えてホウエン、シンオウ、カロスと販路をじわじわ広げて行った。それが今になってやっと、地続きのカントーで売られはじめたのには理由がある。
 チョンチーが、ついているのである。

 チョンチーと釣り人の歴史は長い。
 なによりまず、明るい。足下を違えない程度に明るく、夜目を狂わすほどには明るくなく、獲物をおびき寄せる程度に明るく、警戒させるほどには明るくない。
 加えて生来の遊泳力で、誤って海へ落ちたときにも大助かり。
 そして昼夜を問わず、そのでんきタイプでもって捕獲に護身に大活躍……といった具合に長らくチョンチーは釣り竿の傍で愛されてきた。

 この商品、言ってしまえば「チョンチーの電力を効率よく使うマシン」である。
 チョンチーの平均的体高に合わせた本体に受け皿が二つあり、そこへほのかに光る触角が
置かれることで、ヒーター、コンロ、ライトにラジオ等の機能を安定して発揮し、また各種機器への給電も可能と、長い夜を水辺で過ごす釣り人を狙い撃ちした内容になっている。『チョンチーのおやつ』と称して言い立てるところのないゼリーがついているのはご愛敬だ。
 さて、そもこの機械は釣り人自前のチョンチーを活用するかたちで開発され、使われてきた。しかし、ここカントーにはチョンチーを連れた釣り人などほぼいない。それでも性能への自信から、商機ありと見込んだ企業は、チョンチーそれ自体をセットにして販売することを画策。モンスターボールの応用でチョンチーの帰化を対策し、安全性を確保、当局への説得をなんとか果たし、販売に漕ぎ着けたのがつい先ごろという話である。

 釣具店へ戻ろう。
 この夜釣りセットが、うんともすんとも言わぬという。
 話題の品である、入荷は追いつかず、交換はしようにもできなかった。であれば返品・返金だろうか。さいわい日没まで時間はある。これがなくとも夜釣りはできるが、あるにこしたことはない。客が釣り人なら、この店員もまた釣り人、修理の道を探ろうということで合意した。
 とはいえ素人である一店員にできることなど知れている。右手に工具、左手に回路図で奮闘するも、なんら異常の見つからないまま、店の外はあっという間に暗くなった。
 もういいよ、と男が言う。
「世話かけたな、兄ちゃん。やけに寒いし、しゃーない、夜釣りはやめだ。上着着込みゃあできなかないが、せっかくだ、さっさと帰って酒でもかっくらうわ」
「申し訳ありません、ご期待に沿えず」
 店員はしょげた様子で立ち上がり、返金のためレジへ向かおうとする。
「気にするな、コイツとも変に愛着湧く前でよかったわ」
 そういって付属のチョンチーを台へ上げた。

 そこへ手隙になった店長が現れる。
 一つ試していいかと言った店長は、チョンチーの触角を交差させ、機械の右の皿に左の光球を、左の皿に右の光球を置いた。果たして、

「ついた……」

 男と店員の声が重なる。

 店長は語る。
「チョンチーは元来、触角の一方をプラス、一方をマイナスと扱うことで発電します。このとき、どちらをプラスにするかは生まれついてのものらしいのですが、その割合は半々どころか十倍以上の差があるそうです。そもそも生き物の電気を利用するということが繊細なことですから、この機械は、とりあえずチョンチーの一般的な電気の向きに揃えてあるのでしょう」
「つまり今までは、プラスの皿にマイナスの触角を、マイナスの皿にプラスを置いていたから動かなかった、そういうことですか」
 店員の言葉に頷いて店長は続ける。
「このチョンチーでこの機械を動かす想定である以上、こんなことは起こり得ないはずなんですが、申し訳ありません」
 深々頭を下げる店長に、店員が追随する。
 しかし男にとってもはや、謝罪や補償はさほど問題でなかった。
「結局、オレはこいつを、どうすればいいんだい」
 店長は顔を上げ、渋面をつくる。
「残念ですが、チョンチーの触角を交差させることはショート回路の危険が伴います。これはチョンチーにとって、ひいては使用者であるあなたにとって、安全を保証しません。触角を後ろへ向けるなど、他の体勢も同様です。どうか、こちらで回収させてくださいませ、返金、あるいは後ほど正規品をお送りします」
 そうか、今日の釣りはなしだな、そう男は呟いて、
「正規品ったってよぉ、こっちの機械に問題はねぇわけだろ、そしたら取り換えるってのは、」
 男は目線を下げる。人間の戯言をまるで意に介さないといった風態のその生き物に。
 正確には機械部分とチョンチーは電子的に紐付けされている。小売店にすぎないこの店は、機械もチョンチーも一緒に返送して、新しい機械とチョンチーのセットを受け取ることしかできない。それでも、

「よし、決めた。こいつはまるっとオレが持ち帰る」

 それが一番さっぱりするだろ、という言葉に、諸々の手続きを想起した店員が曖昧に肯んじてしまう。
「決まりだな、悪かったな、さんざ付き合わせて」
 男はそう言うと『商品』を一纏めに抱えて寒空へ出て行った。

 見送った店員と店長は顔を見合わせる。
「チョンチーに同情でもしたんですかね」

 ***

 ここは釣りの大会。
 優勝杯を掲げる男性の足元には一匹のチョンチー。
 群衆のなかでだれかが独りごちる。

「もしかしてあの人、左利き?」


(了)

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2022.12.3  01:43:17    公開
2022.12.3  04:25:10    修正


■  コメント (1)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

なるほどポケモンが現実にいればこういうこともありそうだなぁ…というリアリティが良いですね!
チョンチーにプラスマイナスが逆の個体もいるというのもなるほどと思いました。人間もまれに心臓とか内蔵が左右反転して生まれたりしますしね。
そして男性は道具の持ち方を左右反対にすることでチョンチーに合わせたということでしょうか…!

22.12.26  12:37  -  せせらぎ  (seseragi)

 
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