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この星の中心と一つになりたくて

著編者 : 芹摘セイ

あなたの右のほっぺ、わたしの左のほっぺ

著 : 芹摘セイ

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 あなたの右のほっぺ、わたしの左のほっぺ(約5,700字)




 しゃかしゃかしゃか。しゃかしゃかしゃか。
 一匹のマイナンが歯磨きをしています。小川の岸辺にちょこんとお座り、水面に映った自分の姿をじっと覗き込みながら。最近、朝ごはんの後の歯磨きがやけに長いのは気のせいでしょうか。
 ぶくぶく。ぶくぶく。
 うがいのお時間。手で掬った小川の水をお口に含んでも、「がらがらぁ、ぺっ」をする気配を見せません。膨らんでは萎み、また膨らんでは萎みをひたすら繰り返すだけの右のほっぺ。そこについているマイナスのマークがお山の形になったり、谷の形になったり。
「おにいちゃんのほっぺ、おもしろーい!」
 そんな横顔を眺めるのが、妹のプラスルは大好きでした。
「おにいちゃあぁぁん!」
「え、ちょっ……うわあ!?」
 砂利を蹴るプラスル。朝一番の”でんこうせっか”。おっかなびっくり、ぴーんと伸びきった水色のお耳めがけて、ダッシュ、ダッシュ。お兄ちゃんの首にぎゅうっと抱きついて、どさりと地べたに尻もち――もし背後から飛びついていたら、2匹とも小川に落っこちてしまっていたでしょう。勢い余って、ころころころ。抱っこしたまま、砂利道をころころころ。背中と背中が、かわりばんこでちくちく。青い空と灰色の砂利と森の木々、色々な景色が一度に見えたせいで頭がクラクラする頃には、プラスルはマイナンのお腹の上にのしかかっていました。
「えっへへへー。つーかまーえたっ!」
 ぐるぐるお目々、仰向けに寝転んだお兄ちゃん。砂のお化粧かぶったほっぺのマイナスマークは薄汚れています。ボタンのような、両方のほっぺのマークを指でぽちぽち、つんつん。摘まんでびよんびよん。あらあら、すっかりおもちゃのようですね。
 マイナンの顔で遊んでいるうちに、プラスルは気付きました。右のほっぺの方がぷにぷにしていて、ふっくら温かいことに。気になったプラスルは、尻尾をふりふり振りながら、右のほっぺのマイナスマークにお顔を近づけてみます。
「おにいちゃんのみぎのほっぺ、ぴかぴかしてるー!」
 ぼんやりとした、まるで豆電球のような光。お腹を座布団代わりにして座っていて、マイナンの顔にプラスルの影が落ちていたので、光っているのがすぐにわかったのですね。光を自分の左のほっぺに当てるたびに、びりびりちくちくした感覚を覚えます。それが何だか心地よくて、ほっぺとほっぺを通じて、お兄ちゃんの温もりが体中に伝わってくるようでした。
「ほっぺ、ほっぺ」
 ドキドキ、後で怒られちゃうかな。でも、いいじゃん、いいじゃん。昨日はすりすりしなかったんだし。そう思いながら、自分の左のほっぺを擦り付けようとしたとき――
「げほっ! げほっ!」
「きゃあっ!」
 おでこに何かがちくり。マイナンが吐き出した竹の歯ブラシでした。
「あほか! つっかえるとこだったわ!」
「だってぇ、すりすりしたかったんだもん」
「だめだ、だめだ。ほっぺすりすりはもうおしまい」
「えー?」
「一昨日も言っただろ」
 お膝の汚れを払い落とし、マイナンは続けます。
「学校で話題になってんだよ。オレが毎晩、お前とほっぺすりすりしながら寝てる、ってな。そんなところ、クラスの誰か――例えばピカチュウちゃんにでも見られてみろ。かっこ悪くてありゃしない。だから、ほっぺすりすりはダメ。これからも、ずうっとだ」
「そんなぁ……」
「泣きたいのはこっちだよ。あーあ、朝っぱらからうがいの水飲んで気持ちわりィ」
 むすっとしたお顔を小川の水でひと洗い。お目々をぎゅうっとつぶって、右のほっぺから電気がばちばちばち。砂利の上に転がっていたオレンの実まで、びりびりびり。朝ごはんがこんがり焼けました。
「お前も顔洗って朝飯済ませろ。じゃ、オレは学校行ってくるからな」
 そう言うと、マイナンは森の方へ去っていきました。生で食べようとしていたのに、勝手に木の実を焼いて行ってしまったお兄ちゃん。遠ざかっていくその青い尻尾をぼんやり見つめます。
「ほっぺぇ……」
 プラスルはしゅんとしました。昨日はお兄ちゃんの言いつけをちゃんと守って、すりすりしなかったのに。今日はいっぱい、いーっぱい、ほっぺすりすりできると思っていたのに。どうしてすりすりさせてくれないの。そう考えていると、あれあれ? ちょっとだけ、お目々のあたりが熱くなってきたような。
「つまんない」
 焼きオレンも、何だか美味しくなさそう。ちっちゃな手のひらに載せて、左のほっぺに近づけてみます。すると、どうでしょう。お兄ちゃんの右のほっぺに触ったときみたいに、びりびりちくちくしてきました。
「でんきがびりびりびり」
 電気ポケモンが元気になるのは、びりびりちくちくするとき。ほっぺが電気でいっぱいになるとき。だから。
「そうだ!」
 垂れていたお耳を持ち上げ、プラスルも森の方へ走っていきました。
 


 

 ちいさなもりの奥地には、洞窟があります。「でんじはのどうくつ」と呼ばれる不思議のダンジョンで、電気ポケモンがたくさん暮らしていました。入るたびに地形が変わる不思議な不思議なダンジョンは、いつも新しい発見でいっぱい。
「わーい! でんきだー!」
 足元には青い電流がびりびりびり。洞窟の中は赤、青、黄色の導線が無数に張り巡らされていて、壁や天井の至る所に豆電球がくっついています。いつもぴかぴか明るいので、小さなポケモンでも安心。歩いていると元気が出てきます。プラスルはここに遊びに来るのが好きでした。
「たんけん、たんけんっ」
 今日はどんなポケモンに会えるかな。ご機嫌になってスキップしながら奥へ、奥へと進んでいきます。地べたに胡坐かいて睨みつけてくるエレキッドさんやビリリダマさんにご挨拶。電気タイプでもないのになぜかこの洞窟に住んでいて、壁にしがみついたまま尻尾を振ってくるコラッタさんやニドラン♀さんにもご挨拶。今日もでんじはのどうくつは賑やかです。
「あれ? なんだろー?」
 ふと、見慣れた景色に見たこともないものが映りました。短い棒切れのようなものが2本、電流の流れる床の上に落ちていたのです。真ん中を境にして赤色と水色に塗られていて、とっても不思議な感じ。手に取ったそれは硬くて冷たいけれど、何だかカッチョイイ。思わずくるくる回してみました。すると。
「くっついた!」
 片方の棒の赤い部分が、もう片方の棒の水色の部分にぺったり。引き離そうとしても、簡単にはいきません。まるで赤い妹棒が、水色のお兄ちゃん棒にくっついているみたいですね。
「それ、ええ磁石やろ?」
 聞き慣れた声に振り返ります。豆電球の光で照らされた空中に、一つ目のポケモンが浮かんでいました。おばけ……じゃなくて、
「コイルおじちゃんだー!」
「プラスルちゃん、こんにちは」
「こんにちはこんにちはー!」
 マイナンお兄ちゃんの次に大好きな、コイルおじちゃん。会うたびにヘンテコなものを発明して見せてくれるので、お兄ちゃんが学校に行っている間は、よくおじちゃんのところに遊びに行っていました。今日、でんじはのどうくつにやって来たのも、コイルおじちゃんに会いたかったから。
「これ、『じしゃく』っていうのー?」
「せやで。ワイの手作りや」
「ねーねー、プラスルもぺったりしたーい!」
「え」
 プラスルは、コイルおじちゃんの右のほっぺにお顔をすりすりしました。けれども――
「うぅっ、おじちゃんのほっぺ、かたくてつめたい……」
 赤いお耳がそっぽ向いて、またまたしゅんとしてしまいました。今度はお目々のあたりがもっと熱くなって、うるうる、うるうる。まあ、大変!
「プ、プラスルちゃん! よく聞いてや!」
 無機物なのに汗かいて、あたふた、あたふた。慌てた様子で、コイルは続けます。
「ワイのほっぺにはな。くっつくもの、くっつかないものがあるんや。せやから、プラスルちゃんがすりすりするもんではあらへんのや」
「ぐすん……。どーゆーこと?」
「電気タイプのポケモンには、相性ってもんがある。お互いに引き合ったり、反発し合ったり。引き合うってことは仲良しさんで、反発し合うってことはあまり仲良うなれへんってこと。ポケモンによって誰が誰と仲良しさんになれるか、ある程度は決まってるんや。ちょうど磁石みたいにな」
 プラスルが握っていた棒磁石を右のほっぺにくっつけ、コイルは笑いかけました。お山の形になったお目々は、まるでお兄ちゃんのほっぺのマイナスマークのようです。
「じゃあさ」
 じゅるりと鼻水を啜って、プラスルは言いました。
「プラスルとマイナンおにいちゃんは、なかよしさんになれないの?」
「何でや」
「だっておにいちゃん、きのうからほっぺすりすりさせてくれないの。プラスルのこと、きらいになったのかな」
「そんなことあらへん!」
 コイルはきっぱりした口調で言いました。自分のかいた汗でおでこのあたりが錆びついていたのも相まって、ちょっぴり怖いくらい。
「お兄ちゃんは、プラスルちゃんのことが大好きなんや」
「ほんとう?」
「ちょっぴり恥ずかしがり屋さんなだけなんや。ワイにええ考えがある」
 コイルの”ないしょばなし”。お顔を赤いお耳に近づけてきて、触れるとやっぱり冷たい。けれども、プラスルはもう泣かないことにしました。





 泣き虫で、甘えん坊で、お調子者で。夜はほっぺすりすりしてきて、暑苦しい。
「ロクな妹じゃないよ」
 ふわぁと、マイナンは欠伸をしました。だらーんと垂れた水色のお耳は、一日が終わって疲れきった証拠。隣の女の子のお目々が、夕日を受けてぴかぴか光っているのが眩しいくらいに思えます。
「私はかわいいと思うけどな」
 クラスメートのピカチュウちゃんはいつもにっこり穏やかで、みんなの人気者。お空でヤミカラスたちが鳴き始める頃、ちいさなもりの散歩道では、学校帰りの子どもたちが何匹かのグループになって歩いていました。マイナンとピカチュウもそのうちの一つ。
 今日はピカチュウと宿題をする約束をしています。きっと帰りは遅くなるでしょう。帰ったら、右のほっぺから電気ショックを出して、木の実を調理しなきゃ。プラスルはまだ自分で電気を出せないから。オレンとモモンと、それからちいさなもりに落ちているかわからないけれど、クラボの実も拾っておきたい。電気タイプとはいえ、マヒすることだってあるかもしれませんし。さてさて、今夜も妹のためにエネルギーを使うことになるでしょう。
「ピカチュウちゃんは兄妹いないんだろ? 一日くらいならレンタルしてもいいんだぜ?」
「まあ、それは楽しみだわ」
「うっ、本気かよー」
「うふふっ」
 無邪気に笑うピカチュウの赤いほっぺは、いつもぷにぷにしていそうです。プラスルよ、お兄ちゃんじゃなくてピカチュウお姉ちゃんのほっぺにすりすりすればいいんじゃないか。少なくともお兄ちゃんはそうしたいよ。くだらないことも含めてあれこれ考えながら、ぺちゃくちゃおしゃべり。夕暮れ雲の隙間を縫うように飛んでいくヤミカラスの群れも、カァ、カァ、アホゥと、他愛無い会話を繰り広げているようです。俺のどこがアホだ、とムッとしながらも、内心では認めざるを得ませんでした。なぜってマイナンは、引き算は比較的得意なのに、足し算はからっきしダメだからです。算数なんて毎回ひどい点数。ピカチュウに教えてもらわないと、解けっこありません。
「ねえ、マイナンくん」
 宿題の話をしていたとき、左隣のピカチュウがきょとんとした顔で指差してきました。
「右のほっぺ、さっきから光っているけれど」
「はっ、まさか」
 自分の右のほっぺがぴかぴかするのは、妹がほっぺすりすりしてくるとき。ということは。
「わーい! おにいちゃんのほっぺだぁ!」
「――――ッ! プラスルッ……!」
 すりすり、きゃっきゃ。首に抱きついて、すりきゃっきゃ。
 アツアツのほっぺすりすり攻撃。熱のせいで強い光を放った、マイナンの右のほっぺ。そんな兄妹のやり取りに気付いた周りのポケモンたちが、一斉にざわざわし始めました。ピカチュウのほかにも、ヒマナッツ3匹のグループと、タマタマ10組のグループが一つずつ。心なしか、たくさんの視線を感じます。
「ちょ、ほっぺすりすりはだめだって言ったろ」
 視線を左に逸らしつつ、ぼそりと言うと、
「だって、ピカチュウおねえちゃんのそばだったら、いっぱい、いーっぱいすりすりできるって、コイルおじちゃんがいってたんだもーん!」
 幸せそうな笑みで返されたので、マイナンはもうお目々を開けることもできません。ああ、右のほっぺ。みんなの注目の的になったほっぺがアツい!
 左ではピカチュウの笑い声が聞こえます。右では、光合成をしようと光を求めて寄ってきたのか、ヒマナッツたちの気配を感じます。そして、うっすらと重い瞼を持ち上げてみると、前の方では合計60匹ものタマタマたちがぴょんぴょん跳ね回っているのがわかります。いかにも馬鹿にしたような目つきで、ピンポン玉のような動きを繰り返すタマゴたち。なんと、地面に着地するたびにヒビが入って、黄身が露わになっていくではありませんか! 身を削った挑発攻撃は、見ているだけで苛立ちを掻き立てますね。明日学校で会ったら目玉焼きにしてやろう、と思うと、両のほっぺが膨れる心地がしました。
「うふふ。楽しそうね」
「おいおい。オレはちっとも楽しくなんかないぜ」
「そうかしら」
 ピカチュウの視線が両のほっぺのマイナスマークのあたりを泳ぎます。
「マイナンくん、とっても楽しそうに笑っているわよ」
「おにいちゃん、わらってるー!」
 妹まで、一体どうしてでしょう。マイナンは笑ってなんかいません。笑ったら馬鹿にされるから。妹にすりすりされてニヤついているようでは、男として格好悪いから。唇を「へ」の字に曲げようと試みています。なのに――

「マイナンくん、かわいい」
 って、ピカチュウがとどめを刺してくるものですから、やっぱり。

 妹のなすがままに、すりすり、すりすり。
 無数のタマタマたちのジャンプ音がお耳をつんざく中、腹立たしいのか、はたまた嬉しいのか、わからなくなって、マイナンはマヒしたように動けませんでした。すっかり膨らんだ両のほっぺのマイナスマークがお山の形になっていて、にっこり笑っているかのように見える。そんなことは、つゆ知らずに。

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2021.9.20  13:42:09    公開


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