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この星の中心と一つになりたくて

著編者 : 芹摘セイ

くさむすび

著 : 芹摘セイ

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 くさむすび(約1,000字)




 ナゲキの群れがいた。一人の老人が暮らす山あいの茅葺屋根の下を、帯を締めた5人組が毎朝通りかかった。本結びに差し結び、縦結びに可愛らしい蝶結び、蔓草を編んで“くさむすび”した者まで。5匹のうち一匹だけが野生の個体だろうか、帯の結び方も走る速さもばらばらのナゲキたちは、鍛錬を怠ることを知らない。夏の日に山の石段の上で走り込みするときも、冬の日に滝行するときも一緒。仲間と共に過酷な稽古に打ち込む様子を、老人は自宅の軒下で茅を束ねながら見ていたものだった。
 春のある日。一度は腐敗し、分解されたものが新しい生活を求めて大地から蘇る時期。老人が畑仕事を通じて管理してきた堆肥を、野生のナゲキは足で踏み固めていた。見たところ、今日は一匹だけ。皆で足並み揃えて走り込みをするわけではない。朝の稽古を終え、畑の対岸に正座して花見をするほかの4匹に背を向けるように。ナゲキは黒々とした残滓の山の上に立っていた。
 数多の種子を残して切り取られた木の枝。花畑の花々から孤立するように咲いた花の破片。草庵を構成する茅の一片。家の重みに耐えかねて、束石の下でぐったり伸びていた蔓草の茎。どれもこれも、山と山とを結ぶこの土地を実り豊かにしてきた。老人があるときは家族と共に、あるときは独りで積み上げてきたものが、ナゲキのおかげで形を保ってくれているようだった。
「ありがとう、ナゲキ」
 家屋を修繕しようと茅を結び付ける手を止め。気付けば堆肥のそばにしゃがんでいた。
 ナゲキというポケモンは、稽古についていけなくなったとき、帯を捨てて群れを去ると言われている。このナゲキには蔓草でつくったあの帯がなかった。
「お前の気持ち、私にもわかるよ。もう長いことこの山に草結びしてきたけれど、体は言うことを聞かないものでね。もうすぐここを離れて、都会で暮らそうと思っていたんだ。私にも独り立ちした子どもたちがいるからね」
 ぴくり、とナゲキの両眉が上がったのがわかった。ひょっとして、この子もかなりの高齢なのかもしれない。
 手を振って別れを告げようとすると、ナゲキが老人の腰のベルトを引っ張ってきた。
「お前も一緒に行きたいのかい?」
 ゆっくりと頷いて、群れの仲間たちの方を見やる。楽しげに花をつける蔓草は、随分と遠いけれど。
「ありがとう。これからは私がお前の仲間だよ」
 ナゲキの腰に茅を巻いてあげる。今度こそ、”くさむすび”じゃなくて立派なものをこしらえてあげよう。老人のささやかな夢に頷くように、屋根上の茅が風に揺れていた。

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2021.9.20  14:14:32    公開


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