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【企画】百恋一首 〜百の短編恋物語〜

著編者 : 絢音 + 全てのライター

六番 僕は何度も「はじめまして」と微笑んだ

著 : 不明(削除済)

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 彼女と出会ったのは、よく晴れた春の日だった。
 その日、僕は昼休みになると、会社の連中が『今日も寝坊で遅刻したくせに、また虫ポケモンとデートか』と嗤うのを無視して(虫だけに)トキワの森へと繰り出した。
 丸くて可愛いキャタピー。鋭いトゲとつぶらな瞳のギャップが堪らないビードル。通りすがりの黄色い鼠。三日月のような横顔が凛々しいトランセルに、進化先のシャープさを既に感じさせるような眼つきをしたコクーン。ああ、あそこの切り株の傍らでキャタピーとビードルが戯れている。なんて素晴らしいひとときだ。
 こんな具合に(普段通りに)トキワの森を散歩していた僕の前へ、天使は突如として舞い降りた。
 美しい真白な翅に緩やかな曲線を描く漆黒の文様。くりくりとした赤い複眼に、あどけない小さな手。僕はもう、声をかけずにはいられなかった。
「はじめまして」
 逃げられるのも覚悟で、興奮を隠しきれぬままに僕が挨拶すると、彼女は(僕ほどの虫ポケモン好きともなれば一目で性別を判別するなどポッポにピカチュウで勝つくらい簡単、いや、ポッポにピカチュウを繰り出すように当然のことなのだ)きょとんと首を傾げたような仕草をした。慌てるでも僕を襲うでもなく、彼女はただじっと僕を見ていた。
 どうにも人間への警戒心が薄いので、僕は彼女が野生ではなく他のトレーナーに逃がされたポケモンではないかと安直な仮説を立てた。悲しいことに、幼虫を捕まえた少年が蛹の育成に飽きて手放すことも少なくないのだ。
 そこで僕はこんなこともあろうかと常備していた空のモンスターボールをちらつかせ、僕の家族にならないかと誘ってみる。すると彼女は先程と反対方向へ首を傾げた。ははあ、なるほど。どうしてモンスターボールなんかが必要なんだ、というわけか。ならば話は早い。このまま共に僕の家へと帰ろうではないか。会社なんて知ったことではない。そもそも、僕が昼から突然休んだところで影響が出るほど忙しい部署ではない。そんなことよりも、この運命の出会いの方がよほど重大だ。
 僕がくるりと出口の方を向き、ずんずん歩みを進めると、彼女は僕の思った通りに後を付いてきた。ふたりで仲良く鼻歌を口ずさみながら帰路につく。初対面にもかかわらず、僕と彼女の意思疎通は完璧だった。

 あくる日の朝、僕は彼女をフリルと名付けた。バタフリーという種族名から取った安直な名前だが、僕も彼女も、それをとても気に入った。
 そして会社へ辿り着いた僕は、同僚の驚く顔を存分に眺めた。社内ですれ違う誰もが、口をそろえて『お前、なんでポケモン連れてんだよ』と言う。そう。フリルは僕が初めて家族にしたポケモンなのだ。
 特にトラウマだの主義主張だのという深い理由があるわけでもなく、僕はポケモンを持たなかった。幼いころに一度もトレーナーを目指さず、親にポケモンをねだったこともなかった。僕は空のモンスターボールを携帯し、数多の虫ポケモンを愛しながらも、手元に置きたいと強く感じることは一度たりとも無かったのだ。彼女と出会うまでは。そういう意味でも、フリルは僕にとって特別な存在だった。
 隣の席の同僚がガーディを傍らに侍らせているように、僕もフリルをずっと傍に置いた。フリルは僕の仕事を、退屈そうな素振りも見せずにずっと眺めていた。
 喉が渇けば、席を立たずともフリルが水を運んでくれた。腕が当たってペンを落とせば、そっとフリルが拾ってくれた。もちろん命令は一切していない。フリルが僕のためを思って行動してくれているのだ。
 昼休みにはフリルと一緒にトキワの森へ行った。僕は友だちと遊びに行っておいでと声をかけたが、フリルは僕の傍を離れなかった。一人でトキワの森を散歩するという僕の日課は、ふたりでトキワの森を散歩するというものに変わった。
 たとえどこの誰に『あいつ、本当に虫ポケモンとデートしてやがる』だとかいって指差し嗤われても、それは嫉妬からくるやっかみだとしか思えなかった。

 晴れの日も、雨の日も、僕らは一緒に行動した。
 朝はいつも同じ時間にフリルの歌で目覚めた。
 昼はトキワの森で一緒に散歩と食事をした。
 夜は暖かなココアを飲んだ後、同じベッドで眠った。
 そんな幸せな日常を、何度も何度も繰り返した。

 この土地柄にしては珍しく、雪がちらつくほど冷え込んだある日。
 僕は、ずいぶん久しぶりに寝坊をした。
 それからしばらくの事を、僕はよく覚えていない。

 あくる年。
 彼女と出会ったのは、よく晴れた春の日だった。
 昼休みに会社を抜け出し、ぼんやりとトキワの森を歩いていると、つい先ほど虫取り少年に捨てられたらしいトランセルに出会った。白く美しい天使の蝶が脳裏を過ぎった。
「はじめまして」
 僕が優しく声をかけると、彼女は怯えた瞳で僕を見た。そんな顔をしなくってもいいだろうに。いいや、そんな顔をするはずがない。そんな顔をしてはいけない。フリルはそんな顔をしない。僕に怯えたりなんかしないんだ。わかったかい? 『フリル』。ほら、ついておいで。一緒に鼻歌を歌いながら僕の家へ帰ろう。
 僕はくるりと出口の方を向き、ずんずん歩みを進めたが、彼女はその場から微動だにしなかった。ああ、僕としたことがやってしまったか。ひとちがいだ。
 申し訳なさに首を垂れて、とぼとぼ帰る僕。その足元に、ふと桃色の触角がふれた。見ればつぶらな丸い瞳に、きょとんと首を傾げる仕草。僕が一、二、と小さく歩けば警戒せずについて来る。
「はじめまして」
 僕は笑顔で彼女に話しかけた。彼女は笑顔で僕の肩に乗った。初対面にもかかわらず、僕と彼女の意思疎通は完璧だった。
 あくる日の朝、僕は彼女を『フリル』と名付けた。バタフリーという種族名から取った安直な名前だが、僕も彼女も、それをとても気に入った。

 晴れの日も、雨の日も、僕らは一緒に行動した。
 朝はいつも同じ時間に『フリル』の歌で目覚めた。
 昼はトキワの森で一緒に散歩と食事をした。
 夜は暖かなココアを飲んだ後、同じベッドで眠った。

 冷たく澄んだ風の吹く日。
 僕はまた寝坊をした。
 もういっそ共に眠ったきりでいたいと思った。

 あくる年。
 彼女と出会ったのは、よく晴れた春の日だった。
「はじめまして」
 初対面にもかかわらず、僕と彼女の意思疎通は完璧だった。
 僕も彼女も、『フリル』という名をとても気に入った。


 もう昼過ぎなのに、小さな水たまりが凍っている。
 初めてフリルと出会った日から、もう何年経っただろう。
 僕は今もずっと『フリル』と暮らしている。
 今日は『フリル』が居ないから一人でトキワの森へ来ているけれど、きっとまたすぐに『フリル』と再会できるさ。
 丸くて可愛いキャタピー。鋭いトゲとつぶらな瞳のギャップが堪らないビードル。通りすがりの黄色い鼠。三日月のような横顔が凛々しいトランセルに、進化先のシャープさを既に感じさせるような眼つきをしたコクーン。ああ、あそこの切り株の傍らでキャタピーとビードルが戯れている。なんて素晴らしいひとときだ。
 こんな具合に(普段通りに)トキワの森を散歩していると、きらりと輝くつぶらな黒い瞳と目が合った。
「はじめまして」


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2014.10.20  15:08:01    公開


■  コメント (2)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

絢音さん初めまして。素敵な企画へ参加させて頂き、ありがとうございます。お返事が遅くなり、申し訳ありません。

序盤はもはやギャグにするくらいのつもりで書いていたので、少しでも笑っていただけて嬉しいです。

おそらくモンスターボールやパソコンの中に居れば何度も越冬できるのだろうと思いますが、自然のままだとやはり長くは難しそうなイメージでした。

主人公である彼の中では、まだ『フリル』は死んでいない(死を認めていない)のだと思います。だからきっと、彼は曖昧な表現だけしかしなかったのでしょう。と書き手が言うのもなんですが、主人公のキャラが強すぎてこう言う他ないのです(

目次の紹介文、是非お願いします。ジャンルも『日常』で大丈夫だと思います。

こちらこそ、参加させていただきありがとうございました。また余裕がありましたら参加させていただきますね。

14.10.21  22:05  -  不明(削除済)  (uni313)

初めまして、悠さん。企画者の絢音です。この度はご参加頂きありがとうございます。
序盤の虫ポケモンの描写が多彩過ぎて「主人公めっちゃ虫ポケモン好きだなw」って少し笑ってしまいました。そして初代フリルちゃんの健気さが可愛いです。
もともとバタフリーは好きなのでどういう風に話が進むのか読み進めてみたら…虫だけにやはり人間とは進む時間も生きていける環境も異なるという自然の厳しさを感じましたね…。
『死』を直接的にそのまま表現しない事と語り手のあくまでも淡々とした口調(少し皮肉も混じっていてそこがまた面白いです)で重いテーマを、何と言いますか、ドライというか温もりを残したままの作風に出来上がっていて、すごいなぁと思いました。
自分でも何言ってるのか分からなくなってきましたが、とりあえずその表現技術が独特でいいなと思ったということです!
えーと、目次の方で作品の概要紹介をしているのですが、ジャンルとしては『日常』でよろしいですか?あと、紹介文は私が書いても大丈夫ですか?お返事待っています。
それでは、ご参加ありがとうございました。またのご参加お待ちしております!

14.10.21  08:43  -  絢音  (absoul)

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