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【企画】百恋一首 〜百の短編恋物語〜

著編者 : 絢音 + 全てのライター

六十五番 氷の夢

著 : せせらぎ

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10,176 文字(読了目安: 20分)
グレイシア♀とエーフィ♀の恋愛・冒険。

ややシリアス(真面目)。
少々残酷な描写もあるので苦手な方はご注意ください。

なお、各描写にそれほど深い意味はございません。
あまり難しいことは考えずに雰囲気だけを楽しむつもりで軽く読むのがおすすめです。

********************

きらきらと白く輝く雄大な雪山。
その中に、氷色のポケモンが一匹佇んでいた。

彼女の種族はグレイシア。名はアイスという。

「……」
彼女はじっと、眼下の景色を眺めていた。
ここは水の都アルマトーレからほど近い、名も無き山脈地帯の麓だ。

ここに来るまでずっと降り続けていた粉雪も止み、今は晴れた空が見える。
そして、その下に広がる白銀の世界には……何体ものポケモンたちの亡骸が横たわっていた。
「……」
彼女はそれをただ見つめている。
この一帯で起きている異常事態に気付いていながら、何もしない。
ただその光景を見下ろしながら、立ち尽くしているだけだ。
「……何をやっているんだか」

そんな彼女のもとへ、一匹のポケモンが近づいてくる。
赤いマフラーを首に巻いた、活発そうなメスのエーフィだった。
「こんなところでぼんやりしてたら凍えちゃうよ? アイスちゃん」
彼女の名前はユメ。アイスと長年共に行動している。
「グレイシアが凍えるわけないでしょう」アイスは苦笑する。「それよりあなたの方が寒いんじゃないの?」
「そ、そんなことないわよ。アイスちゃんがくれたマフラーがあるから…」
ユメはそう言ったが、彼女の四つの脚は寒さに耐えるように震えていた。
それを見て、アイスは再び視線を落とす。

するとそこには、二つの足跡があった。
一つは大きなもので、もう一つはとても小さいものだ。
おそらくそれは、ついさっきまで生きていたであろう二匹のポケモンのものだろう。
しかし今、そのどちらも動くことはない。
まるで時を止めてしまったかのように、冷たくなって動かなくなってしまったのだ。

「……ひどいね」
その様子を見て、ユメが小さく呟く。
その声音には、怒りや悲しみといった感情が入り混じっているようであった。
「でも私たちだって同じだよ」

アイスはその言葉を聞き流しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうだよね」
アイスは音もなく静かに立ち上がると、雪を踏みしめるように歩き出す。
一歩進む度に、ザクッとした感触と共に白い粉が舞い上がった。

その様子を見て、ユメも慌てて後を追う。
二匹の足取りはしっかりしているが、それでもどこか重いものだった。

しばらく歩いた後、二匹はある場所へ辿り着いた。
そこは先ほどのような大きな山々ではなく、比較的低い位置にある小さな山の中腹だ。
「あれって……」
その場所を見た瞬間、ユメの顔色が変わる。
そこにあったものは、あまりにも異様なものであったからだ。
「……酷い」
そのあまりの惨状に、思わず息を飲む。
だがすぐに、ユメは我に返った。
「……ねえ、アイスちゃん。これってもしかして」
「うん、多分だけど……」
二人が見たものとは、無数の氷柱でできた檻のようなものに閉じ込められた、二体のポケモンの姿だった。
その身体には、至る所に痛々しい傷跡が残っている。
「……これは全部あの子がやったのかしら」
「わからないけど、そうとしか考えられないかも」
そのポケモンたちは、まだ生きているようだ。
時折苦しそうに身じろぎしたり、鳴き声を上げたりしている。
しかしそのいずれも弱々しく、もう長くはないことがひと目でわかった。
「どうしよう……。このままじゃ死んじゃう」
「助けたい気持ちはあるんだけど……私達には、この氷を壊すことも、溶かすこともできないから……」
二匹とも力のあるポケモンなのだが、その氷には一切のダメージが与えられなかった。
だからといって、そのまま放置しておくわけにもいかない。
誰かに引き渡すにしても、どこに連れて行けばいいのか皆目検討もつかなかった。
二匹はしばらくの間、何か手立てがないかどうか考える。

そしてふと顔を上げると、視界の端にあるものが映る。
「……あ!」
「な、何!?」
突然声をあげたユメに対し、アイスは驚いたような表情を浮かべた。
「……ちょっと待っててね」
ユメは雪原の上をしばらく歩くと、その上の一点で立ち止まった。
(ここだ)
ユメは狙いを定めると、宙高く跳び上がり、雪の中にダイブする。
そして雪の上には何も見えなくなった。

「ユメ!?」アイスが心配して駆け寄る。「大丈夫?どこにいるの?」
しばしの静寂。

が、しばらくすると、突然雪の中から鋭い、白銀色の何かが突き出た。
ユメが重そうな剣のようなものをくわえて、降り積もった雪の中からはい上がってくる。
「それは……」アイスは驚きを隠せない。
ユメは白銀の剣を雪の上に置いた。
「そう、これが伝説の剣……アイス・ソードね」
それはこの地方に古くから伝わるもので、アイスの名前の由来にもなっている。
氷の世界の女王が使ったという、伝説の剣『アイス・ソード』は、どんな氷でも打ち砕く能力を持っているとのことだった。
「これさえあれば…!!」
アイスはその剣をくわえた。
ずしりと重い。歯が折れてしまいそうだ。
だがアイスは歯を食いしばり、さきほどの氷の元へと駆けつけた。
(今助けるから…!!)

アイス・ソードを振り落とすと、二匹のポケモンを包んでいた氷が粉々に打ち砕けた。
同時に、今まで閉じこめられていた冷たい空気が一気に流れ出す。
二匹のポケモンは、その衝撃で大きく吹き飛ばされてしまった。
「きゃあっ」
「わぁっ」
後ろからついてきたユメは慌てて二匹を念力で受け止めた。
幸いなことに怪我はなく、ただ気を失ってしまっただけのようであった。
ユメはそれを確認すると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「よかった……」
その姿を見て、アイスもまた安堵した様子を見せる。

「ユメ、あなたはこの子たちを村へと送り届けてあげて」
「アイス……まさかあなた……」
「私はこの剣を持ってあいつのところへ行く」
アイスの決意に満ちた瞳を見て、ユメの胸に不安が広がる。
「そんなことしたら……」
アイスは首を横に振った。
「このまま放っておいたら、きっと大変なことになるよ! それに私が行かなきゃダメだと思うの……お願いできるかしら?」
その言葉に、ユメはすぐに答えることが出来なかった。
「……わかった」やがて小さく呟く。

「ありがとう、ユメ」
アイスは微笑む。
「絶対に無茶しないでね」
「えぇ、わかっているわ」
アイスは自分の身体を見回す。
あちこちに傷を負っているが、動けないほどではない。
「それじゃあ、行くね」
アイスは山をぐんぐんと登っていった。
その後ろ姿を、ユメはじっと見つめていた。
「……」
「本当に、大丈夫なのかしら……」
アイスの姿が見えなくなるまで見送っていたユメは、はっと我に帰ると二匹のポケモンを抱え、急いでふもとの村へと戻っていった。

***

やがてアイスは雪山の頂上付近までたどり着く。
そこには、深い深いくぼみのようなものがある。
あの子……キュレムの住処だ。
ここ100年ほど、その場所は深い雪に覆われており、キュレムは長らく眠っていた。
だがこの数年の気候変動により、そこの氷が溶けてしまい、怒ったキュレムが夜な夜な暴れまわるようになってしまったのだ。
キュレムの作り出す氷は異質であり、通常のポケモンには溶かすことも壊すこともできない。
だから、キュレムを倒すべくやってきた、力あるポケモンたちも次々にその氷に捕らえられ、命を落としていった。

だが、今のアイスにはこのアイス・ソードがある。
アイスは息を整え、一歩ずつそのクレーターへと近づいていく。
(落ち着け、私ならやれる)
自分に言い聞かせるように、心の中で何度も繰り返す。
そしてついに、アイスは窪地の底にある洞窟の前に立つことができた。
(ここが入り口か)
アイスは覚悟を決め、中に入っていった。

***

「うっ……」
アイスはゆっくりと目を開ける。
どうやら自分は倒れているらしい。
(あれ、私いつの間に気を失っちゃったんだろう……)
あたりを見回したが、暗くてよく見えない。
ただ、少しだけ涼しい風が吹いてくることから地下だということだけは理解できた。
キュレムの住む空間に来たようだ。
アイスは慎重に起き上がると、辺りの様子をうかがい始めた。
(誰もいないみたいだけど……)
その時だった。
どこからともなく地響きが聞こえてきた。
「グオオォオオオオオオ……」という低い声と共に地面が激しく揺れる。
やがてその音の正体が姿を現した。
「……ッ!」
それは大きな白い竜のような姿であった。
全身を覆う氷の鎧によってその姿はよくわからないが、長い首と巨大な翼からそれが伝説のポケモン・キュレムであることがわかる。
その目は怒りに燃えており、口からは白く煙が立ち上っていた。
「グオォアァ!!」
その叫び声とともに氷の柱が何本も飛び出してきた。
「きゃあっ」
突然の攻撃に避ける間もなくその柱に貫かれる。
そのまま地面に叩きつけられてしまった。
「くぅ……」痛みに耐えながらもなんとか立ち上がり、再び剣を構える。
しかし、先ほどの攻撃で受けたダメージは大きく、立っているだけでやっとの状態だ。
それでも彼女は戦う意思を捨てなかった。
「ここで負けちゃったら、ユメや世界のみんなを守れないもの……!絶対……諦めない……!」その目にはまだ闘志が残っている。
キュレムはその姿を見て、さらに怒り狂った。
「グオオ……」
その瞬間、辺りの温度が急速に下がり始める。
「……っ!?」
その凄まじい冷気に、アイスの体が震えだす。
グレイシアの自分でさえ震えてしまうほどの冷たさだ。
「こ、これはまずいわね……」
アイスはいったん距離を開けようと慌てて駆け出した。
だが、そんな動きで逃げ切れるはずもない。
「ガアッ」
次の瞬間、目の前に氷の壁が現れた。
「そんな……!」
アイスはそのまま壁に激突する。
「ぐぁあ……」
壁の向こうでは、キュレムの勝ち誇るような鳴き声が響いていた。
「はあ、はあ……」
(もうだめかも……)
アイスは絶望感に襲われていた。
だが、同時にどこか冷静な自分もいた。
(……まだだわ。私はこんなところで終われないもの……)
そのとき、不思議な感覚に襲われた。
身体の奥底から力が湧き上がってくるような気がしたのだ。
やがて、アイスは確信を持つ。
「これなら……勝てるかもしれないわね」
そう呟いて、そっと微笑むのだった。

「はああーっ!!」
アイスは渾身の力を込め、キュレムに向かって斬りかかる。
だが、キュレムの作り出した氷の盾に阻まれてしまう。その衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
「うっ……」
(なんて硬い氷なのよ……。でも、このままじゃ何もできないまま終わってしまう)
すると今度は氷の柱が迫ってきた。
アイスはそれをぎりぎりまで引きつけてから避けた。
(よし、これで反撃できるわ)
アイスは再び走り出し、また何度か攻撃を仕掛けるがやはり氷の壁が邪魔をする。
(どうしよう……あとちょっとなのに……)

「アイス!!」
ユメの声に、アイスは驚いてあたりを見回した。
「上よ、上!」
紫色の躯体くたいが天井からひらりと舞い降りてきた。
「どうして…?! 帰ったと思ってたのに…!」
「ふふ、私があなたをひとりきりでこんなところに行かせるとでも思いまして? 入口のところであなたを一瞬眠らせて、そのスキに入ったのよ。そして、あなたがキュレムを引きつけている間に、洞窟の奥の方まで探索してきたわ。ほら、これがあの子の力の源泉よ!」
ユメはそう言うと、持っていた光のかたまりをアイスに放ってよこした。
「あなたの剣でそれを断ち切りなさい!」
アイスは言われたとおりに光のかたまりに向けて自分の剣を叩きつけた。
その途端、眩まばゆい光が辺り一面に広がる。
「グオオオオォオ!!!」
キュレムが苦しんでいる。
やがて光は徐々に収まっていった。
「やった……のかしら?」
ユメが恐る恐る洞窟の中を見る。
そこには苦しげに悶える白い竜の姿があった。
「グオオオォォ!!」
雄たけびを上げると、白い竜は氷の柱を作りながら空へと飛び立っていく。
「さすが伝説のポケモン。しぶといわね」ユメがため息をつく。
「えぇ……」
アイスも同意せざるを得なかった。
白い竜はしばらく飛んでいたが、急に向きを変えるとこちらへ向かって急降下してきた。
「危ない!!逃げるわよ!」
ユメはアイスの手を引くと急いでその場を離れた。
数秒後、激しい地響きとともに先ほどまでいた場所に竜が落ちてきた。
「グオオ……」
白い竜はゆっくりと立ち上がる。
「すごいパワーだわ……」
ユメはつぶやく。
「グオオ……」
キュレムは二匹を見つけると再び襲い掛かってきた。
アイスが慌てて逃げ出す。
だが、先ほどの攻撃で体力を消耗していたアイスの動きはかなり鈍くなっていた。
ついにアイスは足を滑らせ転んでしまう。
その隙を見てキュレムが迫る。
「アイス!」
ユメが駆けつけようとしたが、遅かった。
キュレムがアイスの上に覆いかぶさってくる。
「うぅ……」
アイスは必死にもがくが、身動きが取れなかった。
キュレムがアイスの首元へ噛みつこうとした、そのとき。「アイスから離れろぉおお!!」
アイスは突然自分を襲う重みが消えたことに驚き、目を開いた。
「……ユメ!?」
見ると、いつの間に来たのか、ユメがキュレムの前に立ちふさがっていた。
「な、何してるのよ!早く逃げないと……」
「嫌よ」
ユメは振り返り、優しく笑った。
「ここで逃げたら私じゃないもの」
そう言って、アイスにウインクをしてみせる。
「ユメ……」
「アイス、お願いがあるの」
「……なに?」
「私のこと、忘れないでね」
そう言い終わるや否や、ユメは思いっきり後ろに飛びのいた。
次の瞬間、白い竜の巨体が地面に叩きつけられた。
「グオッ……!」キュレムが苦悶の声をあげる。
「くらいなさい! 私のすべてを!」ユメは自分の身体に炎を纏わせると、その勢いのまま竜に向かって突っ込んでいった。
めざめるパワー・炎だ。
「グオオオォォ!!」
白い竜も負けじと氷のブレスを吐きかける。
その攻撃をものともせず、ユメは一直線に竜に向かっていく。そして、竜の顔面に激しく激突した。
その衝撃でキュレムがよろめく。
だが、竜も黙ってはいなかった。
今度は尻尾を振り回し、ユメに強烈な一撃を食らわせた。
ユメは壁に吹き飛ばされた。
そのまま床に倒れこむ。
「あぁっ!」
アイスは思わず声を上げた。
キュレムはゆっくりと近づいてくる。
「くそぉ……」
アイスは何とか起き上がると、ユメのもとに駆け寄った。
「ユメ、大丈夫?しっかりして」
ユメを抱き起す。
「……えぇ、なんとか」
ユメは弱々しく微笑んだ。
「よかった……」
アイスはほっとしてユメを見つめる。
ユメはそんなアイスを見て言った。
「ねぇ、最後にキスしましょうよ」
「……え?」
「だって私たち、恋人同士になったばかりなんだから。最後ぐらい思い出作りたいじゃない」
そう言うとユメは目を閉じた。
アイスはしばらく呆然としていたが、やがてユメの肩に手を置くと、静かに唇を重ねた。
「……ありがとう。あなたと出会えて本当に良かったわ」ユメがささやく。
「私もよ。今まで言えなかったけど、ずっと前からあなたのことが好きだった。だから、いままで一緒にいられて、本当に幸せだったわ」「ふふっ、それならもっと早く告白してくれればよかったのに」
「ごめんね。でも、これからはずーっと一緒だよ。永遠に……」
「……うん」
二匹は抱き合ったまま動かなかった。
「さようなら、私の愛しい人……」ユメがつぶやく。

その直後、白い竜が二匹に襲いかかってきた。
「グオオオォォ!!」
だが、キュレムの攻撃が届くことはなかった。
なぜなら――。
キュレムの巨体がゆっくりと崩れ落ちていったからだ。
「え……?」
アイスが驚いていると、キュレムの身体が黒い霧となって消え始めた。
「これは……」
「……どうやら時間切れみたいね」
ユメがため息をつく。
「……どういう意味?」
「…………」
ユメは何も言わず天井を見上げた。
「まさか……!?」
アイスはその視線を追って上を見た。
すると、そこには巨大な亀裂が広がっていた。
「嘘……どうしてこんなところに」
アイスは震えながら立ち上がる。

「さっきの光のかたまりよ。あれがキュレムの力の源だって言ったでしょう? あの光からのエネルギーの供給が途絶えたから、キュレムは時間切れで消滅してしまったの。」
「ええっ!?」
「……そして、多分この洞窟もあの光のかたまりが支えていたのね。だから崩れ始めている」
「ど、どうしよう」
アイスは慌てて周りを見回した。
「……外に出るしかないようね」
ユメは立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
「ま、待ってよ!」
アイスも後を追う。
「もうすぐ外だわ!」
ユメが叫ぶ。

***

しかし、その足がピタリと止まった。
「……ユメ?」
アイスは不思議に思ってユメの顔を見る。
その顔は青ざめ、全身が小刻みに震えている。
「……うぅっ!」
突然、ユメは頭を押さえてその場にしゃがみこんだ。
「だ、大丈夫!?」
「こ、これって……頭痛かしら……何か、すごく嫌な予感がするの……胸騒ぎが止まらない……誰かが呼んでるような気がしてならない……」
「え……?」
「……行かなくちゃ」
ユメは立ち上がって再び洞窟の奥の方へと走り出そうとした。
「ちょ、ちょっと待って! どこに行くつもり? 洞窟は今にも崩れそうなのに!」
アイスはユメの腕をつかんだ。
「離して!! 私はどうしても行かなきゃいけないのよ!!」
「そんな、無茶よ。行くなら私が一匹で……」「ダメよ!……お願い、あなたを危険な目に遭わせたくないのよ」
「え……?」
ユメは泣き出しそうになりながらも必死に訴えかける。アイスはその言葉を聞いてハッとした。
(そういえば……)
アイスには心当たりがあった。
先ほど、洞窟の前で眠ってしまったときに見た夢のことだ。
ユメがどこかに行ってしまう夢……まるで予知のような……。
もしかすると、あの夢は正しかったのではないか……。
だとすれば、このままユメを放っておくわけにはいかない。
「……永遠に一緒だって、さっき約束したから。私も一緒にいく」
アイスはユメの手を強く握りしめた。
「……ありがとう」
ユメは微笑むと、アイスと一緒に洞窟の奥へと駆け出した。

天井から巨大な岩石が雨のように降ってくる。
二匹は息を合わせて進んでいった。
もう、帰ることはできそうにない。

「あっ、見て!!」
しばらく走っていると、ユメが叫んだ。
洞窟の最奥部の広い空間に出た。
そこには、さきほどの光のかたまりとは比べ物にならないほど、大きな大きな光の柱が立っていた。
「さっきまであんなの無かったのに…」
「あれが……あの光の柱が、ユメを呼んでいたの?」
ユメは何も答えなかった。
そのとき、洞窟全体が激しく揺れ出し、ついに最奥部の大広間までもが崩れだした。
「ええっ、なんであの光の柱があるのに洞窟が崩れちゃうわけっ!?」
「さっきの光のかたまりはキュレムを生み出したり、この洞窟を支えたりしていた。でも、この光の柱は……別のものを支えている。それだけよ」
「別のものって?」
「分からない。でも、いずれにせよもうこの空間は消滅するわ。あの光の柱の中へ一緒に飛び込みましょう」
「うんっ」
二匹は手をつないだまま、渦巻く巨大な光の柱の中へと飛び込んだ。
その瞬間、洞窟全体が真っ白な閃光に包まれた。

*****

「……ここは?」
「……洞窟の外みたいね」
二匹は草原の上にいた。
でも、普通の草原ではない。
夢の中で出てくるような、エメラルドグリーンのさわやかな草原。
先の方は、白い霧のようなもので覆われていて見えない。
……もしくは、そこから先が存在していないだけなのかもしれなかった。

「私達…死んじゃったの? ここは天国…?」
「……いいえ、違うと思うわ。私たちは生きている」
「どういうこと?」
「……ここから先は私の憶測だけど、私たちの意識だけがここに来ているのだと思う」
「じゃあ、身体はどうなってるの?」

「……多分、まだあの洞窟の中にあるはずよ」
「え……えええー!? じゃ、じゃあ私たちの身体は……」
アイスは目に涙を浮かべた。
「……今頃はもう潰れているでしょうね」
ユメはうつむいた。
「………」

二匹の会話が途切れた時だった。
『……お主たち』
突然、背後から声が聞こえてきた。
振り向くと、そこに一匹のポケモンがいた。
「ひゃああ!?」
アイスは驚いて思わず叫んでしまった。
その輪郭はあまりにもぼやけており、何の種族かさえ判別できない。

『お主たち……よくこんなところまで来たな。おかげで久しぶりに目が覚めた』
「あなたは?」
ユメが鋭い目つきでそのポケモンを見つめた。
あれは、相手の正体を見破ろうとするときの目だとアイスは知っている。
『わたしか……』
そのポケモンは輪郭の捉えられないいくつかの目で二匹を捉えた。
『わたしは……おまえたち自身。おまえたちの先祖。そしておまえたちの子孫でもある……そんなものだ。平均化されたポケモン……とでも言えるだろう。……遺伝子……記憶……生命全体の意思……そんなものだ』
「生命の意思ですか……」
ユメは眉をひそめた。
「なぜそんなものが……生命の意思ともあろうものが……キュレムを生み出して罪なきポケモンたちを殺したんですか」ユメの声は震えていた。
「どうして、こんなことをしたの」
『それは……わたしにもわからない。すまない……ずっと眠っているような状態だった。だが、一つ分かることがあるとすれば、わたしは世界はこのままではいけないという意思をずっと抱いていた。それこそ、あの洞窟の中で眠っていた時から、ずうっとだ』「だからキュレムを生み出したということ?」
『そういうことになってしまうなあ……。みんなに警告をしようと思って、あんな怪物を生み出してしまうなんて……情けない話だよ。だから、あの光でお前たちを呼び寄せたんだ』
「それで、これからどうするの?」
アイスが尋ねると、そのポケモンの目が光った気がした。
『私の代わりに、みんなを導いてほしい。あの洞窟のように……壊れつつあるこの世界を……正常に戻してほしい』
「そんなこと……私たちにできるの?」
『できるさ……だって、おまえたちはわたしの子なのだから』
そう言うとそのポケモンは光となって消えていった。
同時に、二匹の身体も光に包まれていく。
「ねえ、ユメ!! なんか体が光ってるよ!!」
「えっ……?」
二匹は慌てて自分の身体を確認した。
確かに二匹の体は光っている。
「これは一体……」
『この光は、私が生み出したものじゃない。もっと大きな力によって生み出されたものだ。この光は、きっと……いや、必ず……お前たちに力を与えてくれるだろう。その力は、おまえたちが望むものになるはずだ。さぁ、行きなさい。私の子孫たち……どうか、希望を持ち続けてくれ。そして、いつかまた会おう……』
「待って! 私はまだ聞きたいことが!」
ユメの叫び声と同時に、二匹の意識は完全に途絶えた。

*****

「……ここは?」目を覚ましたのは洞窟の中ではなく、いつもの家の中だった。
「ユメ……いるの?」
返事がない。
ベッドの方を見ると、そこには誰もいなかった。
「ユメ?……どこに行ったのかな」
しばらくすると、玄関の扉の開く音が聞こえてきた。
「アイス!! もっのすごいものひろってきたよ!!」
アイスがそちらを振り向くと、ユメがアイスの目の前に光のかたまりをぽんっと置いた。
「げっっ、またこれぇ!?」
「またって……あなたまだ寝ぼけているの?」
「え?」
目をパチクリさせてもう一度見ると、そこには小さく幼いイーブイの赤ん坊がいた。
まだ生まれたてのようだ。
どことなく……幼い頃のユメや自分に似ているように見える。
「目が覚めたらこの子が一緒にいたのよ〜!」
ユメはとても嬉しそうだった。
「『生命の意思』ってやつがくれたのかも! ほら、私たち、ふたりともメスだから…子供は諦めていたけれど……これで家族ができるわね!」
「……うん、そうだね!」
アイスは笑顔でうなずいた。
こうして、アイスとユメと、この小さなイーブイの、新しい生活が始まるのであった。

それは、アイスが長年思い描いてきた夢でもあった。
ユメと一緒に、あたたかな家庭を生きる。それが、氷(アイス)の夢であった。

***おしまい!***

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2021.11.19  14:10:04    公開
2021.11.21  02:40:58    修正


■  コメント (7)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

>>絢音様
ほかに見ないなとは思っておりましたがやはり百合は初めてだったのですね!由緒ある百恋に初となる百合カップルを登場させることができて光栄です///もっと百合作品が増えるといいなぁ…!

たくさんのお褒めの言葉ありがとうございます…!!

ええっ殺してしまうんですか!!(笑)
アイスが幻剣【アイス・ソード】で二匹を貫く感じですね←パクリだぁ!

後日談は……何か思いついたら書きます!()

目次の方も書いてくださりありがとうございました!! 絢音様の書く紹介文はいつもよくまとまっているので、自分のがどう要約されるのか楽しみにしておりました///六五話分もこうした紹介文を書いてきたのは本当に凄いことだと思います!!

こちらこそ今後ともどうぞよろしくお願いします!

21.12.13  09:57  -  せせらぎ  (seseragi)

せせらぎ様、この度はまたのご参加ありがとうございます。
今更ですが感想を送らせて頂きます。

まず始めに「百合」という時点でテンションが爆上がりしました(笑)この企画で百合カップルは何気に初なのではないでしょうか?
怒涛の展開かつ短編ながらに収められた壮大な世界観が読んでいてとてもワクワクしました。なんだか昔読んだ冒険譚を読んでいる気分になれて、童心に戻った心地でした。
アイスちゃんもユメちゃんも可愛いし良い子ですし、何よりお互いの事をとても大切に思っている事がよく伝わりました。末永く幸せになって欲しいです。
個人的には「最後にキスしましょうよ」の所がかなり刺さりました。ああいう展開大好きなんですよね…(私ならその後容赦なく殺すんですが笑)
最終的には氷の夢が叶って良かったなぁと思います。後日談も期待してもよろしいですか!?

長くなりましたが、とても楽しく読ませて頂きました。
目次の方も書かせて頂いたのでご確認頂ければと思います。
それでは拙文失礼致しました。いつも応援頂き本当に有難いです。今後ともよろしくお願い致します。

21.12.2  19:41  -  絢音  (absoul)

>>ダンゴムシ様
いえいえいえ…!!全然遅くないですよ…!!
コメント頂けるだけでも大変ありがたいのに、お褒めの言葉まで沢山頂いてしまって恐縮です////(´vωv`*)

アイスとユメのイチャイチャラブラブですかぁ!それもいいですねぇ…(ΦωΦ)フフフ 書いてみたくなりました(*^-^*)

最後の氷(アイス)に大した意味はないのですが…//一応説明させて頂きますね!
 まず皆さんはタイトル「氷の夢」を見て、これを「こおりのゆめ」と読むでしょう。しゃれたタイトルだとは思っても、その意味はまだ分からないはずです。そして、最後の場面で「氷」は「アイス」と読むことが判明します。(本当はルビにした方が綺麗なのですが当サイトにはないので…) ここで読者はタイトルの意味(と読み方)をはじめて理解し、「ああ、あのタイトルはそういうことだったのか!」と、伏線を回収した時と似たような感覚を覚えます。
 また、「タイトルの文言で終わる小説」ってかっこいいな…!と前から憧れていたので、それをやってみました!

アイス「受験生さん多いですね(笑)」
ユメ「ダンゴムシさんも受験勉強がんばってください!!」

21.11.22  09:44  -  せせらぎ  (seseragi)

>>じおぐら4891様
お久しぶりです!!(*^▽^*)
そして受験勉強お疲れ様です…!!! 毎日毎日大変ですよね(T_T) しかしながら浪人してしまうともっと大変なので…今だけは遊びたいのをぐっと我慢して勉強に集中しないとですね…!!

あまり先の展開を考えずに即興で進めていたので、私も「これからはずーっと一緒だよ」のところでは「もしや心中エンドになるのか?」と思いました(笑)
私は基本的にハッピーエンドしか書かないのでそこは安心してください♪

アイス「勇敢かな…!ありがとう!」
ユメ「受験がんばってね!応援してる!」
お忙しい中コメントを書いてくださり本当にありがとうございました!!m(*_ _)m

21.11.22  09:42  -  せせらぎ  (seseragi)

コメントが遅れて申し訳ないです!
同じく受験生ダンゴムシも既読です。
アイスとユメのイチャイチャラブラブを想像していた(ちゃんと前書きを読んでいない私が悪い)私の煩悩を突き破るような伏線貼りまくり回収しまくりの展開がぶっ刺さりました。
シリアスかつ壮大な世界観を一つのお話にまとめて、しかも奥の深さも盛り込んでくる仕上がり...流石先代の背中はでかいなぁと思うばかりでございます。
最後の氷(アイス)に何か含まれた深い意味があれば教えてください。(私の稚拙な読解力では理解に至ることができませんでした)
げに、素敵なお話でした!
おかげで受験頑張れs(殴

21.11.21  22:39  -  ダンゴムシ  (tailback)

せせらぎ様、こんにちは!(久しぶりです!)
受験がどうこうのじおぐら4891です()
受験勉強の休憩がてらにノベルを拝読させて頂きました。時間を忘れる程に楽しませて頂きました!
アイスとユメがキュレムを倒し、お互いに恋に落ちるところが心に打たれました。
(↑受験生が落ちると言っていいのか)
「これからもずーっと一緒だよ」のところで、(ホラー感のある台詞だから)もしや心中エンドか?と思いましたが、(結婚か?で)幸せそうなラストで楽しく読めました!
勇敢なアイスとユメがかっこよかったです!おかげで受験頑張れそうでs(
ありがとうございました!*・・~

21.11.21  12:26  -  じおぐら4891  (geograr)

最後まで読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました…!! ポケノベはコメントを頂かない限り読者がいるのかいないのか分からない場所なので、「既読」の一言だけでもいいからコメントを残して頂けると大変ありがたいです…!!
ユメ「ご主人様がコメントに飢えているようだからよかったらコメントしてあげてね。きっと水を得たコイキングのようにそこらへんをビチビチと飛び跳ねて喜ぶわよ」

そして企画を主催してくださっている絢音様、素敵な企画をありがとうございました!!
(恋愛要素少なめでごめんなさい^^;)
アイス「百恋一首がこれからもますます繁栄しますように!」

21.11.20  14:13  -  せせらぎ  (seseragi)

 
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